瞬間、その白い四肢がぞっと紫に染まった。

「レイ…ッ!?」
目を瞠るレイナ。ライラの叫びが虚しく響く。レイナを見据えるグラオの目が、紅く光った。
『ベノムショック』は四肢から喉元まで侵食し、その膝を崩折れさせた。地面に倒れ伏すレイナはもう動かない。
グラオに不意を突かれ、レイナに庇われてしまったライラは。
血が滲む程に剣を握りしめた。
「―――ッ貴様あああああああああああ!!!!!」
身の丈程もある剣が牙を剥いた。
怒りに荒れながらも太刀捌きは鋭く的確だ。目で追う事さえ至難の業…なのだが、グラオは薄い笑みを崩さないまま最小限の動きで避けていった。
「…脅威は早めに始末しておくに限ります。そうでしょう?これで警戒すべき相手はほぼいなくなりましたね。」
「ッ黙れ、黙れこの外道がふざけるな…ッ!!」
「礼を申し上げましょうか。貴女が危うくなってくれたおかげで…お人よしな彼女を釣ることができました。」
「……ッ!!!」
ぶつんッ、と頭の奥で何かが切れる。
見開いた瞳孔に青い火花が灯り、全身を駆け廻った。火花は掲げた剣へと集い…ライラはそれを、真っ直ぐグラオへ突きつけた。
閃光。
獣が唸るような爆音と共に、『でんじほう』を撃ち放った。

だが。そんなものがグラオに、泥使いの彼らに効く訳もない。
涼しい顔でグラオは喰らってみせ、かすかに肩を震わせた。
「…っく」
くつくつと、嗤って。
「下等にも程がある。テメェも、あの女も。…その上我が主の前で銃の真似事など。」
再びその目が紅く光る。ふっと投げた巻物が溶けて消え。
「笑わせる。」
大地が、猛った。



「……!!」
激しい『じしん』で土煙に呑まれた一角を、ミズハは視界の端に映した。
「ライラ…っ!…ッが!!」
前への注意が疎かになったその1秒で、銃弾は的確にミズハの肩を撃ち抜いた。
「…よそ見してるヒマあんのかよ、なァ?」
「っ…!」
悠々と構えるラグナにミズハは奥歯を軋ませた。戦い始めてもう大分経つのに彼らは疲れた様子一つない。一方こちら側は消耗していくばっかりだ。
このままではまずい。立て直さないと。けれど立て直す策はなく、焦りがじりじりとミズハを焦がした。

ばさッ、とラグナの背後で羽音が一つ。
振りむくと同時に飛んでくる爪。ぎりぎりでガードした腕を爪が切り裂いた。驚き瞠ったラグナの目と、怖気立つ程鋭いヒカトの凶眼が合う。
「…ッは、ひゃひゃひゃひゃ!!!女よか楽しめそうじゃねェか!!今のは結構シビれたぜェ!?」
「黙れ。」
再び翼を鳴らし、振り下ろす。ラグナが下がって避けたのを見て、両手の指先を赤々と光らせた。
指先から我が身を燃やすかのように、生み出す炎。
瞬く間に炎は大きく膨れ上がり、凶眼は真っ直ぐラグナを――"敵"を見据えた。
「耳障りだ。目障りだ。―――ミズハに、寄るな。」
轟。腕を振り、炎を放った。
あっという間にラグナが炎に包まれ見えなくなる。それでも尚とどめを刺そうとヒカトは爪を振り被った。欠片も生かしておくものか。ミズハに傷をつけた奴は絶対に許さない!

「「スキあり。」」
ごッ、
と音と立てて突き立った『ストーンエッジ』が、ヒカトの翼を貫いた。

尚も次々突き立つストーンエッジは、ヒカトの腕を胴を貫いていく。
吐き出した血が地を染める頃。揺らいだ炎の中から哄笑が上がった。
「ひゃっひゃっひゃっひゃ!残念だったなァ、テメェの目ェ気に入ってたのによォ。」
あれだけの業火をまともに浴びながら、ラグナは若干煤けた程度で火傷ひとつない。
濁流が渦を巻く二挺拳銃をゆらりと持ち上げる。照準をひたりと合わせた。動けないヒカトへと。
「――天国イっちまいなァッ!」
特大の『どろばくだん』が撃ち放たれ、

被弾した。
割って入ったミズハの、クロスした腕へと。…みしりと骨の軋む音を無視して、ミズハはぎっとラグナを睨んだ。
「…嫌いじゃねェな、そういうの。けど俺は言ったよなァ?」
ミズハがいる地面にふっと影がさした。何かの気配にミズハが振り向くと。
「よそ見してるヒマあんのかよって、な。」
飛び上がったウトが、両腕を振りあげていた。



…響き渡った轟音もやがては静まり、土煙も晴れている。
晴れた視界の中、ひび割れた地面に倒れ伏すミズハを、ラグナはつまらなそうに見やった。
「…こんなモンか。」
つまんねェの、と呟く声はどこか残念そうだったが。興味をなくしたラグナは踵を返し、あたりを見回した。目に映るのは小さな集落。半分ぐらいの家は壊れていたが、まだ無事な家も多い。
残りの仕事も片しちまう、か。
ふぅっと息を吐き銃を構えた腕を…後ろから掴まれた。

立ち上がったミズハが、血濡れの手で掴んでいた。

「…まだ立てたか。安心したぜ、あんなんで終わっちまっちゃつまんねぇからなァ。」
「どうして…どうしてあなた達はこの村を壊すの?」
その言葉にラグナはきょとんとする。
「あ?…なもん仕事だからに決まってんだろ。そんでこれが俺の生き甲斐だからなァ。」
「生き甲斐?何の罪もない人達を殺すのが?」
「ツミもネズミも知ったこっちゃねーよ。そりゃあんま抵抗ねーとつまんねェけどよ。」
空いている左手を、ミズハの眉間へ向けてにやりと笑った。
「引き金を引く、人を撃つ。撃って撃って撃ちまくる!たまんねェだろ!ぞっくぞくすんぜェ!そいつが何でも誰でも知ったこっちゃねェ、撃ち殺す瞬間が最高にクるんだよ!」
ひゃっひゃっひゃ!と高笑うラグナに、ミズハは眉根を歪めて目を瞠った。
「コイツを味わう為に俺は生きてる。最ッ高の人生だと思うぜ。…んで?まだ邪魔しようってのか?マジメそーな姉ちゃんよォ。」
「…ええ。止めるわ。」
「はーん。…理由はあんのか?」
ミズハはすっと両の目を閉じ、開ける。突きつけられた銃口を、怯みもせず見据えた。

「仕事だから。…そしてこれが、私の生きる道だから。」
光り出す橙の瞳。掴むその手に、どこからか水が集う。
「私は探険隊ラズリーズ、隊長のミズハ。この地と皆を壊す人は、誰であろうと許さない!」

かッ、と光った手から膨大な水が放たれた。その衝撃に思わずラグナがぐらつく。
さらに連続で放たれた『みずのはどう』。後ろへ飛んで避けたラグナは、橙の目を獰猛に光らせた。
「―――面白ェ!!だったらテメェの全力で俺様を止めてみなァアッ!!」
どんどんどんッ!と滅茶苦茶に撃たれる銃弾、『どろばくだん』。ぎりぎりでそれを避けながらミズハは疾る。たっと飛んで拳を振りかざした。
それを銃身で受け、一点に二人の力がこもる。双方同時に間合いを取り、ラグナは地に銃弾を、ミズハは地に光を放った。大地が激しく唸る。二つの『じしん』は二人の中間地点でぶつかり合い、相殺された。
「ひゃっひゃっひゃ!!思ったより遊べんじゃねェか姉ちゃん!…けどそれももうじき終いだなァ。」
その目は残り少ないミズハの体力を的確に見抜いていた。ぐっとミズハが言葉に詰まる。確かに、その通りだ。
気配を感じて視線で伺えば、ウトにアダエス、グラオがすぐ近くまで忍び寄っている。少し離れたところにはユヤンも。
1対6。…1対6?
…ミズハは、小さく笑んで見せた。
「ううん、まだ終わらない。」

「――私達はまだ、終わらないよ。」
瞬間。虹色に光る木の葉が辺り一帯を舞った。

その葉一枚一枚が、ラグナ達にとっては手痛い致命傷となる。
怯んだラグナ達が思わず閉じた目を再び開けると、ミズハの傍らに、よろりと立つ人影が現れた。
「…ったいちょーを…たいちょーをいじめる人は、きらいです。」
まだ毒の残る身体を叱咤して、レイナが立っていた。
「怖い、ですけど、どきませんです。たいちょーがケガしちゃうの、ぜったいイヤです!」
「…っち、あの女この期に及んで…。」
舌うちしたグラオが素早くクナイを構え、レイナに投げる。
ずどん、と突き立った大剣が全て弾き返した。
「この期だと?ふん、読みが甘いな。」
突き立てた剣を抜き、ライラは地を蹴ってグラオに振りかざした。即座に泥壁を作って受けて、グラオは忌々しげに舌打ちする。
「…まだ動けましたか。死に損ないが。」
「――"まだ"って考え方がそもそも間違ってんだよ。」
声と共にグラオの背中から、長い爪が貫通した。
血を吐き崩折れるグラオを、ヒカトとライラが冷たく見下ろす。
「僕達は腕がもげようと意識が飛ぼうと、」
「隊長に危機が迫る限り、全力でお守りしお仕えする。」
「「少しは理解したか、糞蛙。」」
犬猿の仲なはずの二人が、口を揃えた。

「…よしっ、全員集合だね!みんな動ける?」
安堵の溜息は胸に隠して、ミズハはにっこり笑ってみせる。
「レイナはへっちゃらへーき!ですぅ!」
「隊長が動かれる限り、私はどこにでもついてゆきます。」
「…はぁ。愚問だよミズハ。…あったり前でしょ?」
「あははっ、そうだよね。…それじゃあ皆、」
ぎらり。四対の目が光り。

「―――反撃、開始っ!!」
四人がそれぞれ、地を蹴った。




「―――ッあっははははははははは!!!!」
燃え盛る両手を振り回し、ヒカトが哄笑を上げて舞い踊る。
「ミズハに怪我を、ミズハに血を流させておいて!生きて帰れると思うなよ!全員骨も残さず燃え尽きろおおおおおおッッ!!!」
撒き散らす炎はとどまる所を知らない。炎は地面を埋め尽くし避ける場所すら喰い尽した。
轟々と燃え盛る火の海の中心で、ヒカトは笑う。舞い踊り笑う。悪魔と見まごう翼が不気味に啼いた。淀んだ湖水の色をした目は、荒みきり殺意に光る。
「…おいエス、あいつやべぇ…ラグナよりやべぇ…。」
「み、見ればわかるよアダ…こわい…。」
「こっ、怖いとか言うなよばーか!アタシらに怖いもんなんかねーよ!」
唾をごくりと飲み込んで、たっと二人は駆けだした。ぴったり揃った動きで手を翳し、赤く青く目が光る。
「だってアタシらは、」
「だってボクらは、」
「「絶対無敵!!」」
手から『だくりゅう』が放たれた。二人分の力、二人分の濁流。
その凄まじさは津波もかくやと、ヒカトを容易く呑み込んでしまう。
「…っは。」
けれど。二人の背後から嘲笑う声。振り向くより早く爪が二人を捉えた。
地に転がった二人は、そこに立つヒカトを見上げて凍りつく。

「…この程度で"無敵"?」
ゆらり持ち上げた腕には焔、冷たくぎらつく緑の目。
「笑わせてくれるね。…覚悟はできてんだろうな。」



七色に輝く『マジカルリーフ』を、ウトはまともに浴びてしまう。
とっくに倒れてもおかしくない出血量、けれどウトは表情一つ変えず跳ね回った。まるで痛みを感じてないかのように。
「ひっ…!!」
どごおッ、と砕けた地面にレイナはおののいた。少しでもずれたら自分に当たってた。もしこれが当たったら。考えただけでも膝が笑って動けない。
地面に手をつけたまま、ふっとウトが見上げる。その目とレイナの目が合った。
「…泣いてるのー?」
無邪気にウトが尋ねた。そして無邪気ににぱっと、笑った。
「こわいの?おねーさん。えへへ、大丈夫だよ。たのしいよー?たのしいよー?」

ぼろり、と大きな目から涙が落ちた。その涙は青ざめて震える頬を伝って落ちる。
…ぐっと、レイナは歯を噛みしめた。
「…こわい、です。あなたたち、とっても、とってもこわいです。けど。」
突然眩しい光を浴びてウトは目が眩む。それは陽光だった。見上げると空は、雲ひとつなく『にほんばれ』ていた。
黄緑色の鮮やかなワンピースが、日差しを浴びて光り輝く。

「けど、たいちょーが…」
たっ。地を蹴った一秒後にはウトの眼前。音をも超えるスピードでレイナは突撃する。
「ミズハちゃんがこわい思いするのは……もっと、イヤです!」



がががッ、と音を立ててクナイが弾かれた。
幅広の大剣は優秀な盾だった。そして優秀な矛として、グラオの喉元へ牙を剥く。
小刀で受け流し軌道を逸らした、はずだったががりっと嫌な音をグラオは聞いてしまう。刃零れだった。軌道はうまく逸らせずそのまま、
閃く一閃。
グラオは後ろに飛んで軽減した。軽減は、したものの。…右手で押さえる左の肩は、ばっくりと切れていた。
「…ふん。まだ動くか。」
身体の悲鳴はおくびにも出さず。極力すました顔でライラは意趣を返した。グラオが舌うちし睨む。
「…は。この程度で、休む訳にはまいりません。」
ふっとその姿が消えた。次の瞬間には背後から。飛んできた蹴りを反射で腕で受ける。すると甲冑の隙間から、じわり、と何か染み込んだ感触がした。
「…!」
毒だ、と気づくより早く視界がぐらつく。思わずライラは片膝をついてしまった。力を振り絞ってグラオへ剣を薙ぐが容易く避けられる。避けながらグラオは何かを撒いた。丸薬のようなそれは地面に落ちると溶けて染み込み、見た目にはわからなくなる。十分間合いを取ったグラオはにぃと笑んだ。
「主が動く限り…私は止まりません。」
「っ、貴様…。」
「ああ、そういえば貴女もそんな事を言ってましたね。さぁ、動くならどうぞ。…その足でどの程度動けるものやら。」
毒に痺れる足。そしてライラの周囲に撒かれたのはおそらく毒の罠。
どこまでも忌々しい輩だ…。ぎっとライラは歯噛みした。自分と似たような行動理念であることが、尚の事忌々しい。
だが。ライラは右の手に火花を纏わせた。
似た者なら尚のこと、負けられない。

これは、己の意地の戦いだ。
手で地に触れると、奔る電気が辺り一面を焼いた。

「…!」
思わずグラオは目を瞠った。仕掛けた罠が全て、外れた!?
その隙をライラは見逃さない。血色の瞳が凛と光る。両手で握った大剣を水平に構え、

風を斬る。

『すいへいぎり』。閃く風の刃が、グラオの胴を薙いだ。

「――さて。」
膝をつくグラオを醒めた目で見やり。身体の悲鳴は押し殺して、ライラは立ち上がって見せた。
「続けるか?」



宙を飛ぶラグナに向けて『マッドショット』を放つも、凍てつく光線がそれを裂いた。紙一重で避けると、ミズハが立っていた場所がばきりと凍りつく。
続いてがむしゃらに注がれる銃弾の雨。きっと見据えて『みやぶ』ったミズハは『みずのはどう』で迎撃する。弾は全て空中で爆発した。一瞬立ちこめる土煙、それを裂くように二人は互いへ飛びかかっていく。
「喰らいなァ!」
「そっちこそ!」
がッ!『アームハンマー』と『かわらわり』が交差する。一瞬ラグナの動きが鈍くなった。その隙へとミズハは鋼を纏った足で、回し蹴りを見舞う。
その足が空ぶった。当たったのは『かげぶんしん』による幻影。
がら空いたミズハの背に、ラグナがとびかかっていた。
「こっちだこっちィ!!」
全力で『とっしん』するラグナ。ミズハは振りむき、腕で受けた。避けもせずに。
見据えたミズハの瞳が煌と光る。ガードした腕から膨大な『ゆきなだれ』を放ち、ラグナを呑みこんだ。
「うわっぶッ!?」
四肢が凍てつき視界が塞がったが。ラグナは銃に水を纏わせて撃ち、爆発させた。炸裂する『ねっとう』は雪塊を瞬時に溶かす。
しかしミズハの姿がない。
気配に目を向ければ、彼女は空高く跳んでいた。宙には無数の岩が生成されている。そして。
「『いわなだれ』!!」
どがががががががッ!隙間なくラグナへと、降り注いだ。
たっと降り立ったミズハが、用心深く岩山を見据える。岩山は案の定、ばきばきとひび割れて崩れていった。
中からラグナがゆらりと立ち上がる。
大分傷を負い、血を流してはいたが…それでもまだ、嗤っていた。
「ひひ…ひゃっひゃっひゃっひゃ…。」
「……。」
得体のしれない不気味さ。ミズハは怯みをぐっと抑えて見据えた。ラグナはそんな事構うことなく、けたけたと笑い続ける。
「面白ェ…面白ェじゃねェかお前…思ってたより全然楽しめるぜ…。」
「…撤退した方がいい。これ以上続けたって、お互い無駄に傷つくだけだよ。」

「撤退だァ?」
ゆらり、ラグナが顔を上げた。見開いた瞳が蒼い燐光を帯びる。燐光は全身へと、燃え移った。
「つまんねェ事言ってんじゃねェよ―――こっからが愉しいトコだってのによォオ!!」

どががががががッ!!さっきと比べ物にならない量の、銃弾の雨が降り注ぐ。
あまりの激しさにミズハは腕で防御し、そのまま身動き取れなくなった。爆風が吹き荒ぶ。大地が激しく縦揺れする。その中心で撃ちまくるラグナは、ミズハを見ているようで見ていなかった。
「ひゃっひゃっひゃっ!!ひゃーーっひゃっひゃっひゃ!!!イイぜェエ最ッ高だァア!!おらもっと撃ってこいや!!全部弾いて撃ち殺してやっからよ!!もっともっともっともっと戦り合おうぜェエエ!!!ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」
蒼い、蒼い燐光がラグナの皮膚に燃え盛っていた。目にも止まらぬスピード、一撃一撃の化け物じみた重さ。どれもさっきまでとは比べ物にならない。合間を縫ってミズハが『ストーンエッジ』や『みずのはどう』を入れてみても、もはやラグナは避けすらしなかった。まともに受けて、傷を受け骨を折って、それでも尚笑っていた。痛みなど全て忘れて笑って笑って撃ち続けた。
もはやそれは人ではない。
何かに取り憑かれた、怪物の様相だった。

どぉんッ!爆音のした方をはっと見ると、ミズハは目を見開いた。
家が一軒、直撃し吹き飛んでいたからだ。
「…!!」
照準が定まらないらしいラグナは、四方八方に撃ち続けていた。おかげでミズハにはあまり当たらない、が。
暴虐的な威力の銃弾が、集落全体へと飛んでいく。
ラグナは止まらない。また新たな銃弾が、別の家へと飛んでいった。

どんッ!思ったより近い位置で鳴る、爆発音。
ラグナは首を傾げたが、すぐに理由がわかった。土煙が晴れると、ミズハが青い光で壁を張り銃弾を受けていた。
構わず撃ち続ける。ミズハのいる方へと、撃って撃って撃ち続ける。
青い壁はやがて崩れ、『まも』りきれなくなった銃弾がミズハを直撃する。吹っ飛んだか、と思えば…彼女はまだ其処に立っていた。避けずに、そのまま。
「…まァだそんなことやってんのかよ。」
さっきよりやや興奮の醒めた声で、ラグナが呟く。
「つッまんねェことしてんじゃねェぞ。守ってる暇あったら牙剥きなァ。全部フっとぶぐらいに戦り合おうぜェ!!」
「…言った…よね。止めるって。壊す人は、許さないって。」
小さく、ミズハが笑む。それが気に入らなかったのだろう。ぎろりと視線を険しくすると二挺拳銃を構え直した。
「そーかよじゃアくたばりなッ!!」
がががががががががッ!!!
まるでマシンガンでも撃ったかのような、凄まじい猛攻。
濃い土煙がラグナを、ミズハを包み、辺りは何も見えなくなった。

「…倒れない。それに、壊させないよ。」

凛と、声が響いた。
続いて空気が渦を巻き、土煙が薄らいだ。かなりの強風に一瞬ラグナがたじろぐ。渦はミズハを中心に湧き起こっていた。
それはミズハの身体を渦巻く、激流が起こす風だった。
「この命も、この土地も―――この時代も、守ってみせる。」
瞳が、決意を込めて青く光った。
両の腕をラグナへと翳す。脳裏にたなびくポニーテールがよぎった。そう。この命も、この土地も、この時代も、全て。

―――あの人が、護ってくれたものだから。

手から解き放つ、青い閃光。
『ハイドロカノン』が撃ち放たれ…ラグナを、呑み込んだ。




土煙は霧散し、眩い陽光が大地を照らす。
一瞬だったような、長い時間が経ったような。そんな静寂の後、ざっと土を擦る音がした。ミズハが膝から崩折れた音だった。『ハイドロカノン』を放った身体は、もう動かない。
ややして、もう一つ土を擦る音がした。
「…って…。」
ラグナが起き上がった音だった。
そして立ち上がる。まともに喰らい、骨は砕け、身体は悲鳴を上げていたが…まだ立てるだけの、体力があった。
対するミズハはおそらく、もう指一本動かせない。
ラグナはそんなミズハを見やると…くる、と踵を返した。
「…興醒めた。」
ぽつりと吐き捨てる。信じられないものを見るようにミズハは目を瞠り、油断なく構えようとする。が、身体は言う事をきかなくて。そんなミズハを嘲笑うようにラグナはにぃと笑んだ。
「終いだ終い。黙って倒れてな。」
「…いきなりどういうこと?」
「んだよ、まだ戦りてェのか?」
ミズハの視線が険しくなる。ひゃっひゃっひゃ、とラグナが笑った。
「興醒めた、つったろ。テメェみたいなのが防戦してるとこに勝ったってクソも面白くねェ。仕切り直しだ。今度はくだらねェ依頼受けてねぇ時に戦ろうぜ。テメェがいちいち守らなくていい場所でよ。」
くるん、と銃を回してホルスターにしまう。もう片方も同様に。
それをまじまじと見つめるミズハへ、ラグナは獰猛に笑んで見せた。

「俺はテメェの本気と戦りてェ。―――それまで首洗って待ってな、ミズハ。」





Quartetto Cavaliere



fin.