「銃が欲しいって?お安い御用だよ兄ちゃん。寄ってらっしゃい見てらっしゃい、とびっきりの品がよりどりみどりさ〜。」


辿り着いた武器商は、また随分と陽気な男だった。ぼろきれのようなローブを揺らしてけたけたと笑う。不快さを煽る類の陽気さだ。
うっせェなぁこいつさっきから。短気なラグナは苛立ちも隠さずに言う。
「どこにあんだよ。テメェの店ちっとも商品並べてねぇじゃねーか。」
男は路地裏にビニールシートひとつ敷いて、木箱にだらしなく座っていた。形だけは露天商。そのくせそこには商品がひとつも並んでいない。
グラオが掴んできた情報がなければとても武器商とは思えない佇まいだ。しかし男は気にも留めずににやにや笑った。
「馬鹿だねぇ兄ちゃん。こんなとこに並べたらひったくられちゃうじゃん。」
「店やる気あんのかテメェ。」
「兄ちゃんは俺のウワサを聞いて来たんでしょ?つまりそーいうコト。兄ちゃんのおつむにはちょっと難しいかな〜?」
びき、と青筋立った気配を敏感に読みとって、男はますますにやにや笑う。
おもむろに立ちあがると、ある方向をすぅと手で指して見せた。
「さ、こっちおいでよ兄ちゃん。1名様ご案内ご案内〜♪」
「あ?おい、どこ連れてくんだよおい。」
「俺の武器庫だよ。ほら、見えるだろ?中には腕自慢の武器がずらぁりさ。」
男が指した所には確かに、小さなテントのようなものが張られていた。薄汚れている上に暗がりに引っ込んでいるせいで今まで気づかなかった。なんとなく不気味なものを感じて、ラグナは少し怯む。
「…おや?兄ちゃん、どうかしたぁ?」
「…ッせェな、なんでもねぇ。ほらとっとと連れてけよ。」
「はーいはい、気の短いお客さんだねぇ。そんじゃ、おいでませおいでませ…。」
2、3歩程度でテントの入り口に辿りつくと、男は大仰に道を譲って見せた。その不愉快な動作と真っ暗な入口からくる、なんとも言えない不気味さにラグナは唾を呑むが。
(…こんなとこでビビってる暇はねェな。)
一刻も早く武器が欲しい気持ちが強かった。
それに大人一人入れるかどうかの小さなテントだ。こんなとこにわざわざ罠張ったりはしないだろ…なんて甘い計算と共に、ラグナは意を決して踏み入った。
後に続いて男がテントへ踏みこむ、その一瞬。


近くの木をちらりと見て、にぃやり笑った。


「―――!?」
目が、合った!?ざっと青ざめたグラオが素早く木から飛び降りる。その頃には男もテントの闇へ吸い込まれていた。
その背中に投げたクナイが、がきんと硬質な音で弾かれる。
テントの入り口に見えない壁が張られ、物質を通さないのだ。
「……ッ!」
流石のグラオも絶句した。ついさっき武器商本人と、主がくぐり抜けていったばかりだと言うのに。
嫌な不安が胸を満たす。全て見抜いたような武器商の目が、さらに不安を煽った。

血のような、赤い目が。







中に入ったラグナは絶句する。
大人一人入れるかどうかの小さなテント、のはずが、中に入ると直径2、30mはありそうながらんとした倉庫だったのだ。
なのに中を照らすのは、ぼろ紐に吊るされた電球一つ。明らかに力の弱いぼやけた光の輪を投げかけ、それが届かない所にはしんと闇がわだかまっていた。
どういうことだ、と振り返れば武器商はいない。
気配を感じて前を見れば、積み上げられた木箱のてっぺんで男はまただらしなく腰かけていた。
「…俺の店へようこそ、お客さん?」
相変わらず陽気なその口調に、今ははっきりと薄ら寒さを覚える。
「悪いけど俺は秘密主義者でねぇ、売りモンは客以外には見せないんだ。」
「客以外…ってまさかお前…。」
「そ。手癖の悪いガマ蛙にはご退場願ったよ。兄ちゃん、アンタも男ならこーいうとこには一人で来なきゃあ〜。ね?」
嘘だろコイツ。気配を消したグラオに気づいた奴なんて初めてだぞ。
青ざめたラグナを男は嘲笑う。くつくつ、くつくつ。ひどく陰鬱でねじくれた笑い声だった。
「そんな怯えないでよ兄ちゃん。俺は武器商だもの、約束通り武器は売るよ。ご注文は大口径のマグナム拳銃、でしょ?」
男がさっと手を振ると、暗い床に音もなく何かが並ぶ。目を凝らして見れば、どれも条件を満たした拳銃だ。ご丁寧に二挺ずつ。
どこから出てきたんだよこれ。ラグナは油断なく身構える。ラグナの目には床に積もる濃い闇の中から、"染みだして"きたようにしか見えなかった。
男は目深に被ったフードを揺らしながら、笑う、嗤う。
「どうしたの兄ちゃん。好きなものを持っていきなよ。こん中で一番シビれたデザインで、そして…」
ぱちん。男が指を鳴らすと、なんと銃達が宙へ浮く。

「――― 一番撃ち心地のイイ奴を、さ。」
そして辺り一帯の闇からは、長い爪を携えた人影が無数に湧きでてきた。

「―――ッ!?」
一斉に襲いかかったそれを紙一重で避ける。避けた先の暗闇からも影は湧き出て爪を振るう。かする爪に飛び散る血。派手に血を噴くそこをなんとか押さえながら、ラグナは必死に猛攻を交わした。
銃は影達の手に渡る事なく、ただふよふよと浮いているだけ。
…畜生が、てのひらに踊らされんのは一番嫌いだってのによ!背に腹は替えられないラグナは、手近な銃を手に取って構えた。
今日初めて触れた銃だというのに、ラグナはあっという間に5、6体影を吹っ飛ばす。
「そうそう、そういうことそういうこと。意外と物分かりイイねぇ〜?その調子で頑張って倒してちょーだい。」
「ッてめぇ!!どういうつもりだよこれ!!」
「さぁねぇ。…言ったろ?俺は秘密主義者だって、さ。」
男が人差し指を唇に当て、にぃと笑む。その瞬間湧き出る影がわっと増えた。
くそっ、これじゃァキリがねェ…!おまけに銃との相性が悪いのか、いつものような泥爆弾が撃てない。やむなく実弾で撃つ為、空になれば捨てざるを得なかった。
「ダメダメ、同じのばっかり使ってちゃあ。色んなのを使ってくれなきゃ合う銃も選べないよ〜?」
「ッ何が銃選びだテメェ!ふざけんなッ!」
血がのぼったラグナは武器商に向けて撃ち放つ。撃った瞬間男は姿を消していて、男がいた場所からわっと影の群れが飛びかかってきた。舌うちと共にラグナは後ろへ飛んで新たな銃を取る。激しい連射音が倉庫内に響いた。
「ふざけてないさぁ。俺は武器商。お客様にぴったりの"力"を提供するのが、俺のオシゴト。」
力。その単語は妙にラグナの耳へひっかかる。
「"力"…?」
「そ。"力"。武器は力そのものさ。ガキでも親を殺せるようになるぐらいの、ね。」
特に銃ってのは最たるもんだ。引き金を引く力だけで莫大な暴力を得られるだろ?歌うように男は言う。
武器という力は主人に望み通りの場所を与え、それを護ってくれるのさ。
生贄の血と引き換えにね!
「なァ兄ちゃん、あんたもそうだろ?」
嬲るような声はラグナの奥底を、楽しそうに引きずり出す。
あんたにも望んでいる場所があって、武器の力を欲しているんだろ?暴力の加護を得た立身を、そして保身をさぁ!
「言ってみなよ兄ちゃん。あんたの望みをさぁ。」
人影を手繰るように振る左腕。その腕が一瞬、闇に溶けて見えた。
「常勝無敗の頂点から世界を見下ろす力か?それとも地べたから猿山のてっぺんを撃ち落として私怨を満たす力か?」
聞いているとどこかへ引きずり込まれそうだった。どれも巧みにラグナの胸中に忍び込み、その理性を絡め取っていく。
奥底にある醜いものを引きずり出そうとする。動揺は手先にも現れて、弾の外れた人影に容赦なく肩を割かれた。

だが。ぐっと、ラグナは目を細める。
それは違うと、確かに断言する自分を、はっきり感じた。

「…ッ俺が欲しいのは…!」
弾切れた銃を放り投げ。其処にあった銃に手を、伸ばした。

「勝負する力、だ!!」

――どぉんッ!銃口から轟いたのは鉛の音じゃない。良く聞き慣れた、泥爆弾の炸裂音だった。

「……!」
「…ビンゴ。オメデトウ、イイのが見つかったみたいだねぇ。」
武器商は相変わらずにやにや笑いでラグナを見ていた。けれどその笑みは少し形を変えている。皮肉にまみれた嘲笑いから、面白がるような薄笑いに。
「勝負…ねぇ。なになにー?勝負できれば勝ち負けどうでもいいとかキレイゴト言っちゃうー?」
「言わねェよ。戦るからには勝ちてェに決まってんだろ。負けなんざ考えたくもねェ。」
けど、なァ。ラグナは手に持つ拳銃の重みを確かめると、くるくると回して構え直し…にッ、と笑った。
「――んなもんは後で考えるモンなんだよォオッ!!!」

人が変わったような動きだった。
武器商の目には、そう映る。さっきまでのつまらない動きとはまるで違う。つまらないどころか。男が軽く引いてしまう程のトチ狂った動きだった。
敵の群れにノーガードで飛び込み、攻撃を受けながらぐるりと舞って乱射し、飛び避けて、転がって、辺り構わず撃って撃って撃って。自分と敵の見境もない。己を守る配慮など少しもない。飛び散る相手と自分の血で泥まみれのようになりながら、ラグナは心底愉しそうに、哄笑した。
「ひゃーーッひゃッひゃッひゃッひゃッ!!!これだこれだァ!ぎりぎりで避けるスリル!ブッ放す手応え!威勢よく飛び散る死体!ゾクゾクすんぜェエ最高だろォ!!なァおい!!」
かっぴらいた瞳孔は爛々と光る。時折快楽に酔うように細めたかと思えば、また次の獲物を見据えぎらぎら光るのだ。
「ほら来いよ!!ブチ殺しにきなァ!!脳天シビれるような"勝負"でイかせてみろやァ!!」
土煙の晴れた中、影を殲滅しきった一瞬。しなるようにのびた腕から一発放たれた。
「それができりゃァ死のうが生きようがどうでもいいじゃねェかよォオッ!!!」


だぁッ…ん
それは武器商に向けた弾。弾は壁に被弾したが、わずかに男のフードを揺らしてみせた。
はためくフードの隙間から、濃い紫の髪が零れる。
「…ふーん。」
にぃ。見せた微笑はこれまでのどれとも違っていた。
「思ったより面白いじゃん、兄ちゃん。」
「そりゃどォも。ほらこっち降りて来て遊ぼうぜェ、"猿山のてっぺん"よォ。」
「ま、否定はしないどくけどぉ。それはまた今度にしとこうかな。」
ぱちん。再び指を鳴らすと、倉庫内から影の気配が完全に消えた。
「…おい、逃げんのかよ。」
「おお怖い怖い。俺はしがない武器商だよ〜?だから武器商らしくその銃を兄ちゃんにプレゼント。ついでにチケットもおまけしちゃおう。」
どこが武器商らしくだ。代金取らねぇのかよ。呆れたようにラグナが見据える中。
にやにや笑む武器商の姿が一瞬、ふっとブレた。
「シビれた勝負に招待するチケット一枚、プレゼント。」
次の瞬間、武器商はラグナの横を歩き抜けるところだった。


「―――せいぜいそれまで生き残ってなよ?」


耳元を掠めた声。
はっと振り返った時には既に、自称武器商は何処にもいなかった。




ブラックジャックに
ジョーカー


fin.