「少佐ぁ、本当に来るんですかー?」
仰々しい検問の中で、若い兵士は欠伸まじりに言った。確かに此処は国境の関所で警備の必要なところではあるが、一面に広がる牧歌的風景の中この物々しい警備はすこぶる浮いていた。
普段ならこの関所には眠そうな新人兵一人いるだけだ。
セキュリティが甘い、と言われれば返す言葉もないが、それで問題のない土地柄なのだ。本来は。
「…うん?」
ややあって呼ばれた少佐が振り向いた。肩書きのイメージよりずっと若い男だ。
「何か言ったかな?」
「本当にこんなとこ来るんでしょうか、と聞いたんですよ。」
「どうしてそんな事聞くんだい?」
「どうしてもこうしても。だって来るのは物売りの馬車ばっかじゃないっすか。」
がたごとがたごと、やってくる馬車は商人のものばかり。入国許可証もきちんと持っている。彼らは関所の路肩に馬車を停めて、検問を礼儀正しく受けていた。
「そうだね。びっくりする程商人しか来ないね。」
「そーいうところなんすよ此処は。少佐は街のお人だからピンと来ないのかもしれませんがね。麦と野菜を売り買いするだけであとはなーんにもないド田舎なんです。」
成程。派遣とはいえ上官に対してちっとも緊張感のない話し口は確かに田舎らしい。
さして気にすることもなく少佐は耳を傾ける。兵士は安っぽい煙草をポケットからそのまま出すと、マッチで火をつけくゆらせた。
「こんなド田舎に来る訳ないっすよ、指名手配中のテロ集団なんて。」



『災害』と呼ぶ者あれば。
『化け物』と呼ぶ者あり。
『気狂い集団』。『死神の群れ』。『猛獣』に『害獣』。

ロクな呼び名がひとつもない、とある名のないテロ集団。

テロ集団、と仮称しているがその活動内容は派手なくせに謎で。
昨日ある国に味方したかと思えば、次の日にはその国を潰す。
そんな事の繰り返しだ。何が目的かすらわからない。何を考えてるかすらわからない。

わかるのは、彼らが通った後には死体しか残らないという事実だけ。
安っぽいオカルトのような語り口。仰々しい検問が探しているのは、そんな存在すらも怪しい集団だった。



「……なんなんスかね、ホント。」
お上がわざわざお偉いさん寄越すんだからいるこたいるんでしょうけど。兵士はそのお偉いさんを横目に見やる。
「そんなのがこんなド田舎来たらますます意味わかんねーっすわ。何がしたいんすかホント。」
「うーん、俺達の常識じゃ確かによくわからないね。」

「でも、何も考えずに考えたらなんとなくわかる、と思うよ。」
にこやかに、そう続ける少佐を、兵士は怪訝に見やった。
「…わかるんですか?」
「うん。何も考えなければ、想像くらいはできるよ。例えば、」


「――ただ、暴れたいだけなんじゃないかな。とかね。」
…話す二人の背後へ、一台の馬車が通りかかった。


「おっといけねっ。すいませーん検問です止まってくださーいっ!」
いち早く気づいた兵士が検問に取りかかる。それを見た少佐も気づいて振り向いた。兵士に続く。
一般的な商用馬車、の割には6人も乗った大所帯だった。しかも子どもが多い。
「検問?ええいいですよ。急ぐ旅路でもありませんので、どうぞご自由に隅々までお調べくださいな。」
手綱を取っていた男はそうにこやかに言ったが。兵士は思わずじと目になった。
こんなよく晴れたあったかい日に全員フードを被りサングラスをかけているからだ。…怪しすぎる…。
「あー…えっとじゃー通行許可証。全員携帯が義務なんですけど見せてくれます?」
「ひゃっひゃ!持ってるぜェあったり前だろ!ほらほらこれで通れンだろォ〜?」
いやに挑発的な男にカチンとくる兵士。少佐はそんな二人は置いておき、横から得意げに差し出してくる少女の許可証を確認していた。
「アタシらも!アタシらも持ってんぜー!ほらほらー!」
「…お嬢ちゃんたち、いくつ?ちっちゃいのにおうちのお手伝いしてえらいねぇ。」
「ちっちゃくねーし!ガキ扱いすんじゃねーっ!13だぞーでけぇぞー!」
「へぇそうなんだ。13歳かぁ。」
少佐がにこやかにほほ笑む。


「通行許可証は15歳未満には発行しないはずなんだけどなぁ。」
…ぴし。にこやかなその一言に全員が凍りついた。


「…なっ、ちょっ。おいアダこのバカこのバカ何やってんだおい…!」
「ししし知らねぇし!だって皆んなこと教えてくんなかったし!アタシのせいじゃねぇしー!!」
「……っていうかえっ、そうだったんすか少佐…。」
「君は仮にも軍人なら自領土の制度ぐらい覚えておこうね。さて。」
それを見ていた別の兵が鋭く笛を鳴らした。全員集合の合図だ。馬車を素早く包囲して、少佐はその輪の中で微笑む。
「こんにちは、テロ集団さん。残念ながらここで御用、かな?」

取り囲まれた怪しいフードの6人組。
さっきまで焦り気味だった彼らが、不敵に笑んだ。
「……ひひ。ひゃっひゃっひゃ。こんだけ歓迎されちゃあ仕方ねぇなァ。」
中央の男がニヤリと笑むと、皆一斉にフードを空高く投げた。

「上等だァ雑魚助ども!このラグナ様を捕まえられるもんならとっ捕まえてみなァ!!」

きらり輝く二挺拳銃とバカでかいリリーのピアス。
高笑うラグナを筆頭に、ウト・アダ・エス・グラオ・ユヤンの6人が派手に正体を現した。
…本当に来やがった。本物のテロ集団が来た…!包囲網はそんな恐怖を理性で抑え、鋭く銃弾を浴びせかける。
6人はめいめい好き勝手な方向に散ると、
浴びる銃弾をものともせず、包囲網を"潰して"いった。
「ッうわ、うわああああッ!?!?」
「本部にッ、本部に連絡をッ!!化け物!!化け物だああああッ!!!」
とても田舎のぬるい警備軍がどうにかできる訳もなく。だってどうしろってんだこんなの。少佐の傍らで兵士が腰を抜かした。
ものの数秒で仲間の半数以上が跡形もなくなっただなんて!
「んだこりゃぬっるいなァ。おら来いよこんなんじゃつまんねーぞォ!傷ひとつぐらいつけてみせろァ!ひゃっひゃっひゃっひゃ!!」
「ラグナ様、あまり遊ぶ時間がございません。適当なところで御引上げください。」
「うおっと、そーだったそーだった。おいテメェら!そろそろ例の奴探すぞ!」
ラグナが号令をかけると皆攻撃の手を止め、たっと別方向へ駆けていった。それを追う程HPのある奴はほとんどいない。
6人が駆けて行った先は他の商用馬車。警備軍のテントや木箱山に囲まれた、狭い空き地にそれらは停めてあった。目当ての馬車はその中でもひときわ豪奢で目立っていた。いち早く見つけたウトが高く跳び上がる。
「わぁー!みぃーつけ、たっ!」
ごしゃぁあッ!!
両腕を振りおろして馬車を粉砕する。馬車は一撃で木端微塵になったが、地面に血は一滴も流れない。一同は首を捻った。この馬車に依頼対象が乗っているはずなのに。
「あれ?いなぁい?」
「えええー!?おいラグナー逃げられたんじゃねぇのー?」
「うっそだろオイ…あークソめんどくせぇな。お前らその辺しらみ潰しに」
「ご心配なく。そんな面倒はいらないよ。」
さく。草と死体を踏みしめて悠々と歩み寄ったのは、先程の少佐だった。
「…テメェはさっきの。」
「やぁどうも、暑い中ご苦労様。話は聞いてるよ。依頼を受けて、此処を通りかかる大商会の会長を殺すためにわざわざ来てくれたんでしょ?」
だけどごめんね。少佐がぱちんと指を鳴らすと。
どこからともなく包囲網が湧き出てきた。輪の中で少佐がにっこり笑った。
「ぜーんぶ嘘だったんだ。」
それは先刻と同じ軍服の包囲網ではあったが、巨大な剣に重厚なマシンガンに果てはモーニングスターと装備が全然違う。なにより一人一人が纏う殺気が、とても先程の比じゃなかった。怯えるどころかぎらぎらと笑みすら浮かべている。
「本隊からね、結構強い人達をいっぱい連れてきたんだ。これなら少しは君達に対抗できるんじゃないかなぁ。ほら、一応数はこっちが圧勝だし。」
「…ニヤケ野郎。仕組んだのはテメェか?」
「まぁそんな感じ。ニセ依頼を出したのも、検問を張らせたのも、ここで仕留めれるよう罠を張ったのも、俺のしわざだね。…で。」
少佐は笑みを崩さぬまま、紺色の目をわずかに細めた。

「俺としては、降伏をお勧めするよ。でないと多分、」
軽く、右手を上げて合図。
「死んじゃうからさ。」

包囲網が一斉に動いた。
夥しい数の武器と銃弾が、一斉に6人へと注がれる。
その一部が爆発音と共に崩れ、中から血を流すラグナが飛びだしてきた。
「…ッは、さっきよか楽しめるみたいだなァ…。」
「強がりは感心しないかな。今ので結構ダメージ喰らったでしょ。全員倒すまでその体力持つかなぁ。第一、ニセ依頼だからお金にならないよ?」
「ひゃっひゃ、ぐだぐだゴタク言ってんじゃねェよニヤケ野郎。聞いてるだけでもめんどくせェや。」
おもむろに銃を空へ向けると、一発撃ち放った。

「俺ァ戦えりゃそれでいい!脳天イっちまうぐれぇシビれる勝負ができりゃあそれでいい!それが味わりゃ金だ命だどーーでもいい!!そうだろテメェら!いっちょ派手にぶちかますぜェエ!!!」

6対の瞳がぎらりと光った。
飛びかかってきた連中を蹴散らし、逆に飛びかかった。まるで獣のような動きで。
「っあはは!たのしいねぇ、おにいさんたちさっきよりすーっごくたのしいねぇ。いっぱいおきて、いーっぱいあそぼ?ね、あそぼ?あそぼー?」
人懐っこい笑顔を振りまいて、ウトは無邪気に暴れまわる。
怪力を宿したその腕を揃えて振りあげ、振りおろす。ごしゃっ、と小気味よく人間が潰れた。
「あっはははは!!よえーよえー!なんだよお前ら結局よえーじゃん!らくしょーらくしょー!」
「あ、アダってば…人の嫌がること言っちゃだめだよ?ね?」
「「もっと面白いゲーム、ないの?」」
エスが手を翳せば砂嵐が起き、アダが手を翳せばストーンエッジが突き立った。
二人は手を合わせて繋いでくるりくるり。さながら舞い遊ぶ妖精のようだった。そう、だってこれは今お気に入りの遊びなんだから!
「ひぃッ…助け、助け…ッ!」
「ふむ、命乞いかの?乞う程の命でもあるまい。ぬしは別段生きてても死んでても歴史に影響はないからの。」
言うや否やユヤンは足を水へと変化させ、アクアテールで吹っ飛ばした。
全くの無感情な瞳でひたりと見る。その目には悪意もなければ、慈悲もない。
「あのクソガキ…ニセ依頼ってわかってて黙ってやがったなクソッタレ…。…ああ、全く忌々しい事この上ありませんね。ひとまずラグナ様の益にならないゴミ共は地にお還りくださいね!」
グラオが放ったクナイを受けて、兵達が次々と崩れ落ちていく。
猛毒にもがくそれらを踏みつぶした。ラグナ様の邪魔者はとっとと死ね。

立て続けに炸裂する爆発音。
もうもうと立ち込める土煙の中心で、ずっと哄笑が響いていた。
「―――ッひゃーーっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!いいぜェいいぜェさっきよか全然イイぜェ、ブッ殺す感触が最高だァアッ!!!ひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!」
ラグナだった。くるくると回転しながら滅茶苦茶に撃ちまくる。新調したての銃は自分の手足のようにしっくりきていた。あたり一面に派手な爆発を降らせていた。
かと思えば銃を振りおろしアームハンマー。かと思えば地面に撃って激しい地震を起こす。飛んで跳ねて舞って撃って、弾ける内臓を浴びては高笑う。全く読めない動き、全く人間とは思えないありさまだった。
「嘘だろアイツあれでなんで動けっ…うわっ、うわああああッ!?!?」
兵士の言う通り、ラグナ自身も全身傷まみれ血まみれでおそらく片足は折れている。少佐のセリフははったりではなかった。しかし構わずラグナは跳ね回る。
腰を抜かした兵士を撃ち殺し、自棄のように襲いくる兵士を撃ち殺し。清々しく弾け飛んでいくその肉片に、脊髄がぞくぞくと震えた。
ああ、楽しい!楽しい!すっげェ楽しい!限度なく上がるテンション。けだものは暴れ回る。
脳髄焼き切れそうなこのひとときが、俺の生きる全て!
「ッち、んだよコレで終いかぁ。」
それでも、どんな楽しい時間にも終わりはくる。あれだけ大勢いた兵達は全て血の海と化し、まだ形のある兵士がひとり震えていた。
やや残念そうにしながらも。酒に酔ったような恍惚とした目で、ラグナはにぃやり笑い銃口を向けた。
「あーばよ、雑魚助。生まれ変わったらまた戦ろうぜェ?」
最後の一発が、派手に炸裂した。





Alegre tenpestad


(ただひたすらに暴れて旅する、とある名のないテロ集団。)





「……本部、本部応答願います本部、こちらオルドル国境警備軍、応答っ、応答願います…!」

まだラグナ達が戦っている頃。戦線を離れた兵士が一人震える手で無線を掴んでいた。ラグナ達を検問したあの若い兵士だ。
繰り広げられる酷い惨劇への恐怖もあったが。
それより冷たくおぞけだつ恐怖が、とある疑念が、兵士を動かしていた。
「応答願います本部、派遣兵についてのデータ提示をお願いします、本部…!」
それはあの、二度目の包囲網の事だった。
本隊から連れて来た?嘘だ、あんな武器がウチの軍で採用されるものか。あいつらは一体誰なんだ。そして。

あの少佐は、いったい。
…その時だった。無線を持っていたはずの手がふっと、消えた。

肘先からすっぱりと。

「―――ッあ、あ゛ああああああああああああッッ!?!?」
「…俺はちゃんと言ったのに。ぜーんぶ嘘だったんだ、ってね。」
血を噴く己の腕を見つめながら、兵士が慟哭して崩れ落ちる。その背後では真っ赤な斧を携えた"少佐"が、穏やかに微笑んでいた。
「結構お金かけて雇った傭兵だったんだけどね。まぁこんなものかぁ。あれじゃあと2・3分で全滅しちゃうなー。」
「うぐぁッ…ッあ゛…あぁあ…ッ」
「…ん?あ、もう叫び終わっちゃったの?」

「なんだぁ、つまんないなぁ。」
斧が、兵士を縦に真っ二つにした。

「ま、いいか。お目当ての人は見つかったんだし、コスプレは結構楽しかったしね。」
窮屈な軍帽を脱ぎ捨てれば、エメラルド色の髪がばさりと揺れる。男は恍惚と目を細めた。土煙が噴き上がる方角を見つめて。

「―――これでいつでも逢いに行けるよ、ラグナ。」


fin.