〜幕間、アルカディア訓練風景〜

 

 

「博士博士っ!こっちの準備はOKだぜ!!」

空はからっとした快晴、だが辺りには独特な雰囲気が立ち込めている。

それはここがスクラップ工場であることと無関係では無いだろう。

しかし、そんな空気すら吹き飛ばすような底抜けに明るい声が

辺りに木霊していた。

「そうか・・よし!カケル君、今から訓練を開始する!

今日のマシンは手強いぞ。富士山麓の時と同じとは思わないことだ。」

博士は何故か少し緊張しているようであるが、そこはカケルだ。

「へっ!俺とライバードならどんな相手にだって負けないぜ!ぜってー勝つ!!」

 

「では、始めるぞ・・。」

博士はカケルとの通信を一度切ると、傍らの無線に手を伸ばした

「・・よろしく頼む。」

その言葉とほぼタイミングを同じくして、ライバードの後方から迫る蒼色の車体。

MAZDAのセダン、アクセラだ。

「スタートだ!」

博士の掛け声と共に、カケルもアクセルを踏み込んだ。

 

青色の車体に先行したライバードは、工場の通路を飛ぶように駆けてゆく。

「へへっ、楽勝楽勝!!」

だが、2番目のコーナーを過ぎた直後のことだった。

突如ライバードのバックミラーに映る蒼い影、

まるで今まで手を抜いていたかの様に、一気にその距離を詰めてくる。

勝負は3番目のカーブに差し掛かった時に動いた。

少しアウトに膨らんだライバードの内側を

まるで切り抜くかのようにアクセラが抜き去って行ったのだ

「スッゲ―速さだし、スッゲ―テクだ・・

・・あ!・・もしかして乗ってるのシュンスケだろ!!」

 

「・・何を馬鹿なことを言ってるんだ。」

スピーカーから呆れたようなシュンスケの声が車内に響く。

「博士が言うには、どうやら今回のAIは相当凄いらしい。

せいぜい負けないように頑張るんだな。」

「くっそ〜〜〜!!ぜって〜負けねぇっ!」

だが、カケルの気合いも空しく

アクセラはライバードとの距離をどんどん広げてゆく。

スピード自体が速いと言うより、無駄な減速を減らし

加速のポイントをわきまえている、そんな堅実な走り方だ。

そして、

「・・うむ、レースの勝者が決まったようだ」

博士の目の前にあるパソコンには、

アクセラが先に目標地点に到達したことが表示されていた。

「では次にロボットモードでの訓練だ。カケル君!」

「くっそぉぉ〜〜っ!・・でも、こっちなら負けねぇ!

超速変形っ!!ライバード!!」

姿を変え、スクラップ工場の中で向かい合う赤と蒼の機影。

「先手必勝っ!ブレードコンボ!」

そのスピードを活かし、

正に真紅の稲妻の如くライバードがアクセラに斬りかかった。

だがヒラリ、ヒラリとその体躯をものともせず

地面の上を自在に舞うアクセラに、その剣は掠りもしない。

「ちっくしょ〜!なんなんだよ、コイツ!」

その時、カケルのジャイロコマンダーが鳴る。

文字データでの通信だ。

【エアホッケー】

それだけが記された差出人不明のメッセージ。

 

「・・?なんだ?コレ・・」

一瞬考え込むカケル。

そして、その顔にニヤリと笑みが浮かんだ。

「そ〜ゆ〜ことかっ!!」

再びのブレードコンボを仕掛けるライバード。

「もう!それじゃさっきと同じじゃない!」

「まぁ、見てろって!」

りんねの叱責も気にも留めず、攻撃に移るカケル。

しかし2度に及ぶ斬撃も、再びアクセラに躱されてしまう。

 

その瞬間、カケルはアクセラ目掛け蹴りを打ち込んだ。

斬撃を避けた方向に的確に放たれたの一撃は

吸い込まれるようにアクセラへと伸びてゆく。

刹那、ガキンと鈍い金属音が工場の柱を震わせていた。

ハサミで防御されてこそいたが、

それは先ほどとはうってかわって確実にアクセラに「命中」していたのだ。

「ヘヘ、見たか!エアホッケーのパックと同じで、

アイツもふわふわ浮いてるからあんな動きができるんだよな!

でも、それじゃあすぐには止まれないっ!」

 

気を良くしたのか更に攻撃を続けるカケル。

相手の挙動の特性を瞬時に判断し、もう戦い方を覚えたようだ。

そんなカケルの自信満々な様子を、じっと見つめる視線があった。

 

アクセラのシートの中、その「ドライバー」が楽しげに呟く。

「・・良し良し。多少雑なヒントかとは思ったが、気づいたか・・。」

当然その言葉は何処にも聞こえることは無いのだが、

ドライバーは言葉を紡ぎ続けた。

「・・では、こちらの「遊び」に付き合ってくれたお礼だ。

轟カケル、お前に今の私の全身全霊、お見せしよう。」

 

急にアクセラの動きが変化したのは誰の目にも明らかだった。

ふわふわした舞うような機動から一点、

体の軸を動かし、体裁きだけの最小限の動きだけで攻撃を回避してゆく。

だが、カケルもそれに負けじと攻撃を続けていた。

互いが執拗に攻め、かつ致命傷を受けないよう守る。

極近距離で繰り広げられる激しい格闘の応酬。

普段からプロレスが好きなカケルだからこそ、そんな芸当ができるのかもしれない。

 

もしもこの場にマイクマン関が居たのなら

嬉々として解説を始めるであろうほどに白熱した試合が続いていた。

その最中、不意にアクセラがライバードから距離を取り、奇妙な動きを見せる。

その体はヒトの形こそしていないが、

敢えて言うならそれは、拳法のような「構え」。

 

先ほどまでの攻防が嘘のような静寂が辺りを包む。

 

「・・アレ・・あいつ、なんで動かないんだ・・?

・・来ないんなら一気に決めるぜ!!」

構えたまま動かないアクセラに突っ込むカケル、

「あいつ、不用意過ぎだ・・。」

シュンスケのツッコミも気に留めず、どんどん距離が詰まってゆく。

その足がある一線を越えた瞬間、アクセラが動いた。

ブースターを全開にしながらやや上方への急激な加速

瞬く間にライバードとの距離はほぼゼロになり、カケルの視線が上を向く。

だが、其処には何の影も無い。

 

「カケル!下だ!!」

シュンスケの言葉にハッと下を向けば

ライバードの目の前、そこには身を低くしたアクセラの姿があった。

 

「視線を誘導したのか・・!」

シュンスケが驚きのあまり唸る。

それは、外野から見ていればこそ分かった。

アクセラは敢えて自分の進路を相手に予測させてからの

急激な方向転換で、カケルの視界から自らを外していたのだ。

「(実際目の前でアレをやられたなら・・)」

まるで消えたように感じるに違いない。

しかも初見である。

いくらシュンスケといえど引っ掛からない自信は無かった。

カケルが気付き、防御の姿勢を取るより早く

アクセラのハサミがライバードの腹部を捉えて天高く打ち上げる。

そして、為すすべなく舞うライバード目掛けて

アクセラのハサミに隠された大口径の砲身から

高圧の水が弾丸のように次々と発射された。

アクセラのバースト技「ランブルリキッド」、

 

まるで水無月の雨のように絶え間なく降り注ぐそれが止んだ時、

ライバードは、まるで翼がもがれた鳥のように地に叩きつけられた。

ライバードが殆ど破損をしていないところを見ると

アクセラ側の出力はかなり抑えられていたようではあるが、

カケルの「敗北」は誰の目にも明らかだった。

 

「・・勝負あり!勝者、アクセラセダン!」

「くっそ〜・・・・ホントになんなんだよアイツ・・!」

何も言わず踵を返し去るアクセラの後ろ姿に捨て台詞を吐くカケル。

 

そんなカケルを皆が慰めに行く中、

シュンスケだけは一人眉間にシワを寄せていた

「(あれがAI・・だと?)」

到底信じられなかった。

確かに今日のカケルは少し不用心だったかもしれない。

しかし、あの挙動は異常だ。

「(・・仮にゼノンのように「選ばれしドライバーでなくとも(・・・・・・・・・・・・・・)操縦できるマシン」の

開発に成功していたとすれば辻褄はあう。

・・だが、そうだとしたらそれを隠す理由は何だ・・?)」

先ほどの様子からして、恐らく聞いても教えてはくれないのだろう。

いつかそれが明かされる日が来るだろうと信じて、

疑念を胸の奥にしまいシュンスケはカケルの下へと歩いて行った。

 

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夏の終わりの海の上。

未だ衰えぬ日差しに焼かれた巨大な桟橋の上を、アクセラが駆ける。

『で、どう?アルカディアの選ばれしドライバーの実力は?』

「・・荒削りだが、中々面白いヤツというのが感想かな?

それに、内に熱を秘めているのも()。」

通信の声に向かって少し楽しそうにドライバーは答える。

『そう、なら今日は良い休暇になったようね?』

「一寸待たれい!・・確か今日のコレも仕事だった筈だが・・?」

だが、その後告げられた報告にアクセラセダンのドライバー、

ディサイド(ジーベン)の纏う空気が変わる。

「・・その任、確かに承った。補給と修理を済ませたらすぐに出る。」