報告1、海浜夜行、舞う剣
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ミアトリクスコーポレーション。
コングロマリットという運用の難しい企業形態を今なお続けつつ、
しかも安定した収益を各部門で上げている世界規模の企業の1つ。
そんな大企業が、ある企業への破格の資金提供の見返りとして
秘密裏に得た技術があった。
「ジャイロゼッター」
そう呼ばれたそのマシンは、
今までの科学の概念からは考えられないほどの力を持っていた。
そして、数々の実験を繰り返しながら、
ついにミアトリクスコーポレーションは独自のジャイロゼッターの開発に成功する。
「ジャイロゼッター・タイプ『D』」
運用する組織の頭文字を冠されたそのジャイロゼッターは、
「選ばれなかった者達」を乗せて、今日も走る。
特務機関「ディサイド」のマシンとして。
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初夏の海風が、風景と共に窓の外を過ぎてゆく
横浜新都心から一歩出れば、
そこは未だ普通の車両とAIカーとが混在する世界。
そんな世界の道路を一台の車が駆け抜けていった。
NISSANが誇るスポーツカー、GT-Rだ。
外灯もまばらな海沿いの道を、
テールランプの赤い残像を残しながら悠々と滑らかに走って行く。
だが、不意にカーナビに出現する赤い点が、
ドライバーにつかのまの休息の終わりを告げる。
軽くため息をつきながら、ドライバーは手にしたデバイスのボタンを押した。
「・・こちらディサイド5。
該当エリア近辺を走行中、警戒任務に移行します。」
騒がしい夜になるかもしれない、
そんなことを思いながらドライバーはハンドルを握る手に力を込めた。
先ほどナビに映った赤い点、それは不審車両の目撃情報である。
あくまでその挙動などからの推測であるため、実際はハズレの時だってある。
しかし、今目の前にいる車両は明らかに普通ではなかった。
アルカディアが販売しているAIカーの一台、「アギトツインS」
燃費の良さと軽快な走りを両立した人気のあるモデルだ。
だが、その車はGT-Rの追跡に気づくや否や急に加速を始めた。
しかも本来の車種からは考えられないほどのスピードで、である。
対するGT-Rもマニュアルモードに切り替え、追跡を開始する。
緊迫した状況の中、通信が入った。
『不審車両の到達予測地点が割り出せました、
商業地区に向かっているものと思われます!
直ちに先行し進路を塞いでください、タイムリミットは・・58秒!』
ナビに表示されるカウントが刻一刻と減ってゆく。
もしも先行できなかったならば甚大な被害が出かねない。
だが、このマシンは「GT-R」だ。
危険なカーチェイスにはなるだろうが、
足回りならばアギトツインに負ける気はしない。
アクセルを一気に踏み込み、シフトレバーを前に押す。
マニュアルモードに切り替わった今、それはブーストの点火装置になっている。
画面に表示されたゲージが、ドライブモード用のエネルギーを
恐ろしい速度で消費してゆく様子をありありと見せつける。
しかし、それと引き換えに生まれる爆発的なスピードが
あっという間にアギトツインとGT-Rの車間距離を縮めてゆく。
そして、いつしか車の気配が無くなった路上を
白銀のラインとなったGT-Rが一気に駆け抜ける。
対するアギトツインはその速度を前に食い止めることすら出来ず
GT-Rのバックミラーの中で小さな点になって行った。
残り時間にかなりの余裕を残しながら、
カーナビのアイコンが淡々と目標地点への到達を告げる。
「到着っと。・・じゃ、いっちょ行きますか!」
ステアリングを握り込み、押し上げる。
そう、このマシンはただの車では無い。
「超速変形!!」
ドライバーの雄叫びと共に光に包まれる車体。
そして光の奥から騎士のような外装を纏まとった、人型のマシンが姿を顕した。
そう、これが「ジャイロゼッター」である
車からロボット形態への超速変形システムを有する、
未知の性能を持ったマシンだ。
「ジャイロゼッター、GT-R!!」
呆気なく先行されたアギトツインもまた敵機に近づくや否や変形、
まるでクワガタムシの意匠を取り込んだようなロボットへと変わると
先ほどのカーチェイスでの負けが癪に障ったのかのように、
いきなり宙に飛び上がり、GT-R目掛けて無数の衝撃波を撃ち放ってきた。
アギトツインのバースト技である「デュアルブラスト」
一発の威力こそ低いが如何せん手数が多い技、
食らい続ければ大ダメージは免れない。
二振りのブレードを合わせ、アギトツインがフィニッシュの一撃を放つ。
高速道路の路面を一直線に割く衝撃波が走る。
だが、GT-Rはその上をギリギリで飛び越えると、
右手に構えた剣をアギトツイン目掛けて振り下ろしていた。
大地を割らんばかりの一撃「ナイトスラッシュ」
だが手応えは軽かった。
攻撃の硬直を即座に立て直し、
アギトツインは後方に飛び退いて難を逃れていたのだ。
「(こいつ・・中々やる!)」
これだけの動きをする相手である、
恐らくAIではないハズなのだが・・
不思議なことに機体のセンサーは、先ほどから生体反応を検知していなかった。
ジャイロゼッターの遠隔操作技術は存在するとは聞いているが、
それはあくまでプログラムに基づいた単純な物である。
となると、この動きに説明がつかない。
第一、先ほどの変形からデュアルブラストまでの流れ、
あれはプログラムされた戦術というよりも
単に「怒っているように」しか見えなかった。
滑るように移動しながら剣を交えつつ、相手の正体を探るディサイド5であったが、
いくら考えても埒が明かない。
「まぁ、考えるのはこっちの仕事じゃあ無し・・。とっとと片をつける!」
下段から襲い掛かるGT-Rのブレードを、アギトツインのビートルブレードが
挟みこむようにがっしりと止める。
刀身から生えた鋸状の牙によって動きを封じられたGT-Rの剣。
だが、それこそがディサイド5の作戦だった。
「・・この武器は、こんな使い方もできるんだよっ!」
突如剣の背に配置されたブースターが火を噴き、
猛烈な加速と共にアギトツインの剣が空高く弾き飛ばされる。
更にブースターを吹かしたまま、一撃、二撃と円を描くように、
重い剣戟がアギトツインを襲ってゆく。
「これでフィニッシュ!」
そして、アギトツインが姿勢を崩したその一瞬を見逃しはしなかった。
GT-Rは高く飛び上がり、刀身のブースターの出力を最大にまで高める。
それはさながら、天を貫く一筋の流星。
「ターボエッジィィ・・インパクトォォォォッ!!」
地に刺さる閃光に為すすべなく切り裂かれ、吹き飛ばされるアギトツイン。
辺りを覆っていた爆風が晴れた時、既にその姿は消えていた。
機体の破片などは転がっていないため、恐らく敗北を認めて撤退したのであろう。
「・・こちらディサイド5目標の排除完了。交通、情報規制の解除を求む。」
『了解。こちらでも確認しました。
誘導解除、通常の交通状態への移行を行ないます。
任務お疲れ様でした。』
変形を解除し、新都心の灯り目掛けて車を走らせる。
車載ラジオからは今日も「アルカディアのドライバー」達のニュースが流れていた。
だが、彼ら「選ばれしドライバー」達のように表に出る訳には行かぬ存在、
それが「ディサイド」のドライバーである。
小難しいことは考えない性分のディサイド5ではあったが、
ただ一つ、彼らの様な「正義の味方」にはなれないこと、
それだけは自覚していた。
そして、今日も無事任務を終えたGT-Rのテールランプが、
何時もと変わらぬ街灯りの中へと、少し寂しそうに溶け込んで行った。