〜 ― 螺旋の混沌(ぐるぐる惑うゼンマイハート) ― 

 

黄昏時の淡い光に包まれる草原。

そこを駆け抜ける2つの機影。

加速ユニットが放つ淡い燐光の帯を引きながら行くそれは

さながら追い、追われる獣の目にも見える

 

ざ、と

地に足をつけば、草が散り散りに舞いあがる。

一際開けた場所で両者は相対し動きを止めた。

 

戦闘は先程から一方の機体が優勢なまま推移していた

身の丈程もある大剣を苦も無く扱うその闘い方を前に、

相手はなすすべなくあしらわれていたのである

 

いや、相手の機士も予感はしてはいた。

数分前、顔を隠しマントを羽織った一人の機士に声を掛けられた時から。

 

「キミも・・・機士か。」

 

学校からの帰り道、一人になったところで不意に掛けられた声

振り返ってみれば、そこにはフードつきのマントをまとった人影。

一見すれば非常に不気味なシチュエーションだが、

不思議と危険な感じはしなかった

 

「確かにそうだけど・・・?」

 

そう素直に答えてしまった矢先、

目の前の人影は急に右腕を押さえるような素振りを見せた。

(もっとも、マントの下なので良く分からなかったが)

 

「――くっ・・・傷が疼く・・・。

キミも『闇に魅入られしモノ』なのか・・・?」

 

やけに切羽詰ったような、

だがその一切わけがわからないセリフに、男は面食らわざるを得なかった。

 

「へ?」

 

と間抜けな声を尻目に

まくしたてるようにマントの機士は続けた

「余計な詮索は要らない。早く勝負を始めよう・・・!!

――――そうすれば、分かる。」

 

フードの影からのぞく瞳が、真っ直ぐこちらを見据える

 

「(・・・なんなんだ?コイツ)」

 

そんな時、ふとある噂を思い出した。

 

『マント姿の変なしゃべり方をする機士』

一人きりの機士を見かけてはナイトデュエルを申し込んでいる。

中々の実力をもち、敗れた機士は数知れず・・・。

・・・との噂

 

そこまで熱心にナイトデュエルに励む方ではないが

一応地域の中ではそれなりの実力を持っているつもりだ。

ここで、このマントの機士を倒し正体を暴けば

自慢話のタネになることは間違いない

あわよくばヒーローになれるかもしれない。

青年は、目の前の機士の申し出を受けることにした。

 

それが数分前、

今や青年は自分の甘さを思い知っていた。

それほどまでにマントの機士の実力は、

平均的な水準を大きく上回っていたのである

離れれば内側の剣から衝撃波が襲う

かといって近寄ることは自殺行為に等しい。

身の丈程もある剣の前に半端な攻撃は防がれ、

返しの一撃で大ダメージを受ける。

現に、一太刀しか受けていないにも関わらず青年の体力は

限界に近づいていた。

その受けた一太刀も、相手の技量が雑だからではない

見逃されていることがハッキリと伝わるほどに露骨な手加減。

それによってまだ自分は立てている。

 

「――――そろそろ終わりにしよう!」

 

そう言い放ちながら機体が頭上へと大剣を掲げる

 

「この「ファルスフェイカー」が駆る『フリューファルス』の

光と闇を超克せし力の前に呑み込まれ、敗れ去れ!!」

 

二振りの剣が頭上で合わさり

一振りの巨大な剣へと姿を変えた

 

極煌の星蝕剣(ルミナリティ・エクリプスブレード)ッッ!!」

 

白と黒の光が渦を巻き、青年の機体を呆気なく呑み込んでゆく

 

勝負は決し、都会の街並みへと風景は還る。

 

「――キミでは、ボクの闇は払えなかったか・・・・。」

 

そう言い残し、マントの機士は膝をつく青年に後ろを向けながら

 

ゆっくりと去って行った―――

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

蝉の声が騒々しく反響する中、

縁側の日陰にミナモと映佑とが座っている。

そんな噂話を嬉々として話す久札 映佑の傍らには

ミナモが買ってきた西瓜が良い塩梅に冷やされている。

 

タライに浮かんだそれを眺めながら、2人は冷えた麦茶に喉を鳴らしていた。

 

「そりゃまた凄いな・・・」

 

今は学校の夏休みの期間である。

映佑の通う学校は基本の宿題もあるのだが

生徒ごとの自由課題に重きが置かれているのが特徴である。

「エキスパート」を育てる為に、様々な視野を与えるための基礎の学習と共に

生徒が「やりたいこと」を自分で見つけてくることが狙いだそうだ。

だから自由課題はそれこそ「何でもよい」。

 

と、なると

 

映佑のような人間は早々に基本の宿題を終わらせ、

自分自身の「やりたいこと」に目いっぱい打ち込むのである。

 

そんな最中、「面白いネタを仕入れた」との連絡がミナモに届いたのが

およそ1時間前のことであった。

 

「・・・で、この『ファルスフェイカー』なんすけど。」

 

映佑が話を続ける。

ここで話すという事は、ある程度の裏付けまで取れているのに違いない

 

「目撃され始めたのが今年5月ごろ、

急に遭遇情報が増え始めたのがここのところ一週間ってトコっすね。」

 

 

彼の機士関連の情報網をもってして「急に遭遇情報が増え始めた」のなら、

本当につい最近になって動き出したと見て間違いないだろう。

 

「・・・で?映佑、お前はどう見る。」

 

むむ、と一瞬唸り考え込む映佑

 

「・・・学生ってのはまず間違いないかな〜と、

丁度夏休みと遭遇情報の増加が重なりますから。

そして今年になるまで目撃情報が無かったのは

・今年に入って機士としての覚醒が起こったか

・或いは外部からこの街に入って来たか

・・・このどっちかっすね。」

 

どちらも十分にあり得る考えだ。

そこにミナモが映佑の持っていたメモを見ながら付け加える

 

「―そして、遭遇した機士は悉く敗北している、而も一方的に、だ。

付け焼刃でここまで強くなるとは考えにくいなぁ…。

となれば、外部からこの街にやってきた学生って説が強くなるな。」

 

しかし、真面目に議論しても、確かな根拠のない推測の域を出ないし、

そもそもそういう「謎」は、時に分からない方が面白いコトもあるのである。

結局、その日は互いに「良く分からん」という話に落ち着き

他愛ない妄想を並べながら、冷えた西瓜に舌鼓を打ちつつ、

映佑とミナモは別れるのであった。

 

 

 

だがその翌日、午前11時を回った頃だった。

ミナモの端末が、外の蝉に負けないほどにけたたましく鳴り響く。

端末の液晶に表示された名が、映佑からの連絡だと伝えている。

 

スピーカーから聞こえるのは、やけに慌てた声、

やり取り自体は数言だけで終わった。

 

「・・・まさかなぁ。」

 

内容はひどく単純である

「『ファルスフェイカー』が来た。」

それだけだった。

 

今日映佑は撮った写真を現像する関係で学校に居たと言う、

そこに、「ヤツ」が来たのだ。

噂通り外套に身を包み、顔の下半分が隠れていたという。

だが、噂の通りにナイトデュエルを挑むわけではなく、

ただ『河上 (みなも)の居場所』を聞いて去っていったらしい。

映佑の情報通の噂は学校の内外に知れ渡っているから

ファルスフェイカーがアイツを情報源として当たるところまでは分かる。

 

しかし、映佑がご丁寧に住所を教えたと言う点にミナモは引っ掛かっていた。

 

普段多少情けなく見えるが、映佑は恐ろしくしっかりした芯を持つ人間だ。

良くも悪くも自分のスジを通すタイプ。

それがあっさり住所を教えたという事は、恐らく「面白そう」との考えが優先したため。

つまり、そこまで「危険な奴」ではないと踏んだのに違いない。

 

「――『ファルスフェイカー』・・・か。

扨て扨て、一体どんな奴が来るのだろうなぁ・・・」

 

映佑の学校からここまでは、公共機関を乗り継いでも1時間ちょっとは掛かる

 

「昼飯の準備だけでもしておくか…。」

 

恐らく決闘を望んでいるのであろう相手が今から来ると言うのに、

いつもと変わらぬ雰囲気で、ミナモはいそいそと台所へと消えてゆくのであった

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

痛いほどの光がボクを射す。

闇の焔に焼かれたこの体には、陽の光は毒

だが、それを押して動いただけの価値はある。

あの「手掛かり」を見つけてから、どれだけの時間が流れただろう?

最早永劫の時が流れてしまったようにすら感じるほどに、この1時間は長かった

だが、今確かにボクの目の前には、

時間の狭間に取り残されたような古風な建築があった

 

「――此処が、奴の根城か・・・」

仮面を身に着けた機士「河上(かわかみ) (みなも))

冬季大会で優勝を果たした謎多き機士

痛い程に早鐘をうつ心臓の鼓動が、奴こそ宿命の相手だと告げている

ここまで来たのだ、もう後には引けない。

覚悟を決め扉に手をかけようとした時、まるで導き入れるかのように

目の前で勝手に門が開いて行く

「・・・!!」

 

誘うかのようなその扉を前にして、僅かな躊躇いも吹き飛んだ。

門をくぐると、まるで誘うかのように湿り気を含んだ風が頬を撫でる。

そして、その風に導かれた先に

奴は 居た。

隠れることなく、刺すような陽の光に照らされた庭先に悠然と佇み、

しかしその顔は白と紅に彩られた仮面に隠されている。

――間違いない、コイツが

 

「河上 源・・・」

 

口からその名が零れ落ちる

 

「如何にも。」

 

ゆっくりとその顔がこちらを向いた

仮面の奥から覗く瞳に宿る深淵。この気迫、間違いない。

 

「――キミも『闇に魅入られしモノ』なのか・・・?」

 

その言葉に、呆れた風も、驚いた風も見せず、

その人は答えた

 

「――お前の言う『闇』が何かは知らないが・・・

確かに心の中には闇や光と呼ばれる面あるのだろうなぁ。

例えば自己の事ばかり考え動く利己の心が闇なら

他者の事を第一に考える利他の心が光になるだろうか?

闇ばかりでは社会の中で生きて行くのは難しかろう

しかし、光ばかりでもあまり面白みも無い

大切なのはどちらかに寄らない、

どっちかの「立場」に心を囚われないことなのかもな。」

 

一呼吸置き、河上 源は続けた。

 

「で、本日の要件は何だろうか?『ファルスフェイカー』。

できれば早めに済ませて欲しい所なのだがな

――あまり残された時間も無い。」

 

気が付けば相手の雰囲気に完全に呑まれ、

ボクは一言も発せないでいた。

 

「―――ボクは闘う事が宿命・・・。勝負してもらおう、

キミならこの宿業の輪廻からボクを開放出来るかもしれない。」

 

息が詰まりそうになりながら、胸の奥から必死に言葉を絞り出す。

 

―――承知した。

 

ミナモのその言葉を待っていたかのように辺りの風景は一変、

世界は夏の昼の光から黄昏の緋色に包まれる。

 

 

(ほぅ。)

ミナモは内心相手の技量に感心していた。

 

(まさかフィールド持ちとはなぁ・・・。)

自分だけの戦闘空間

『パーソナルフィールド』

機士のなかでも持つ者が少ないこの空間は、

自分に有利なフィールドを展開することも可能である。

 

(――面白い・・・)

そんな事を考えている間に相手の準備は整ったようだ

 

「行くぞ!!」

 

叫びながらファルスフェイカーが大きく左手を上に掲げると、

その手の甲が光を放った。

 

「来い!!双龍に呪われし罪過の剣、「虚栄の機兵(フリューファルス)」!!」

 

背後に浮かぶ紋章をガラス窓のように叩き割り

肩幅の広い、いかにも力強そうな機体が

斜陽の色に染まりながら大地に立つ

 

「ふむ・・・」

 

発する気配からする限り決して弱い機体ではないようだ。

これならば今まで戦ってきた機士達が、軒並み一方的に敗北したと言うのもわかる。

が、それが放つ気配にはどこか違和感があった。

 

(・・・まぁ、後は拳を交えれば分かるか。)

ミナモの右手に召喚されるガントレット

其処から引き出された光の帯を地に叩きつけ、ミナモが叫ぶ

 

「我が前に顕現せよ!アテイストォッ!!」

 

夕日の朱に染まる霧を手で払うように、

黒曜の衣に身を包んだ武人が姿を顕した。

 

「――いざ」

 

「尋常に勝負!!」

 

互いの声を皮切りに

 

「おぉぉぉぉぉっ!!」

 

フリューファルスが動いた

速度は中々のもの。最初から全力で行くつもりらしい。

その内側の手には小ぶりの刀、外部の腕には身の丈をゆうに上回る巨大な剣。

計4本の刀剣を苦も無く構えながら、アテイストとの間合いを一気に詰めて行く。

そして対するアテイストは最初の位置から一歩も動かない

 

「―――先手・・・必勝だ!!!」

 

左右から襲う巨大な刃

だが、

 

ギ ィ ン

 

と、高い金属音の前に得物は動きを止めていた。

何時の間に取りだしたのだろうか、大地に突き立てられた二振りの斧

アーティファクト『アンビギュアス』

その柄がフリューファルスの攻撃を遮っていたのだ。

 

だがそれは両手が塞がっていることを意味する。

そして対するフリューファルスには、

 

そう、内側に構える腕がもう2本、

止められた瞬間には既に次の動きへと移っていた。

試合開始から一切動かない相手を不信に思わないはずがない

 

(――動かないならば、何らかの防御策を講じている――)

その予想が見事に的中した。

 

フリューファルスが動く。

ただし、

それは、前にではなく大きく後方に、

剣を構えようとしたその時、地に突き立てた得物を支えに

アテイストが蹴りを叩き込んで来たのである。

咄嗟に剣を交差させ体への直撃は免れた・・・

 

(いや―――違う!!)

アテイストの攻撃の直前、一瞬入った「溜め」の時間が違和感の正体。

(・・・こちらに防御させる時間を与えたのか?)

 

それが何を意味するのか。

防御に使った内側の小剣はまだ衝撃に耐える形のまま、

 

(――内側を封じられたっ!?)

そう気づいた時には、既にアテイストは至近に迫っていた。

斧が美しい弧を描きながら屋根を打つ霰のように、

次々にフリューファルスへと襲い掛かる。

力で振るのではなく、遠心力を利用し、

確実にこちらの守りの穴をついて斧は襲い掛かってきた

その攻撃は見た目に反して精緻、4本の腕をもってしても捌くのは容易では無い

 

その時、急に一振りの動きが変わった。

回転の勢いを殺さぬままに動きが直線へと変わる

 

(刺突!?)

その先端に備えられた鋭い槍の穂先が防御の穴を掻い潜る。

咄嗟に剣を狭め、止める。

装甲の表面に生まれる痛み

どうやら軽くかすっただけで止まったようだ・・・

 

一瞬の安堵

 

だがそれは油断でしかなかった、と

爆音と共に襲う、突き刺すような痛みを前に思い知らされる。

僅かにせり出す穂先と、その後ろに構える弾倉が攻撃の正体を伝える

 

(――っ、パイルバンカーかっ・・・!!)

吹き飛ばされ、相手との距離が開く。

アテイストはなぜか追撃しては来なかった

 

「さて、そろそろ第2幕と行こうか。」

 

その言葉に答えるかのように

両腕に構えたアーティファクトと機体の全身を、糸状の光が包む。

 

「・・・実装完了、『神斬蟲』!」

 

光の繭の向こう側から現れたのは巨大な両腕と全身を覆う装甲をまとった姿、

そうだ、去年の冬決勝戦で見た時も初めは確かこんな姿だった。

 

(――ようやく本気、と言う訳か。)

先ほどまでの攻勢すらも、ただの余興に過ぎなかったのだ。

相手の底の知れなさに身震いがする。

しかし、得物が無い分リーチは短くなっているに違いない

なら、間合いの外から攻める!!

 

「食らえっ!!波打つ剣舞(ヴェーレ・シュベールト)!!」

 

振り下ろした4本の刃それぞれから放たれるエネルギー波

 

しかし、その剣戟を暴風と評するなら

アテイストはそれを柳の如くに容易く避け、受け流していた

確かに強力な攻撃である、恐らく本体は攻撃出力重視の「火」属性

そこから放たれる攻撃は重く、まともに喰らえば並の機体ならばひとたまりもない

 

しかし、体力補正の低いアテイストにとって

真正面からの防御などそもそも念頭に置いていないのである。

相手の攻撃を受け流し、如何に自分に降りかかるダメージを減らすか。

そこがアテイストの戦闘スタイルの骨頂。

だからこそ、フリューファルスは己の放つ攻撃に手ごたえを感じられないでいた

だがそこにファルスフェイカーが感じていたのは焦りでは無かった

むしろ全ての制約を忘れてぶつかって良い相手と巡り合えたことに、

心が躍っていたのである。

 

「時に、だ。」

 

戦闘の最中にも関わらず、問いかけるミナモ。

いや、その答えを求めていないような雰囲気からすると、

むしろ独り言に近かったのかもしれない。

 

「お前の太刀筋、やはり少し変だな。

そう、何やらお前に『張り付いていない』と言うか・・・」

 

機体は機士を映す鏡である。

ミナモの脳裏に思い出されるのは昨年の冬。

技量としては比べるまで無くもあちらの方が上だが――

そう、あの準決勝で剣を交えた時の「獅子咲 鍔樹」のような

太刀筋から感じる違和感

 

「お前のその外套、一体下には何を隠しているのやら・・・?」

 

「――それは、キミも同じだろう?」

 

そのミナモの問いに相手は疑問で返す。

確かに、外套で正体を隠すファルスフェイカー

仮面で素顔が分からぬミナモ

両者は、似ていると言えば似ていた。

しかし、ミナモとしては少し「違っていた」。

 

(あぁ――)

成程『同類』と思われているか…確かに当然と言えば当然、だな。

――もしや、私の所に来たのもそれが理由か?

…だが

 

「…生憎だな。

私のコレは虚飾(ファッション)。隠すので無く、私を「誇示するためのモノ」だ。

外そうと思えばいつでも外せるし、何も隠すほどの素顔でもない

だが私の場合はこれ(・・)で勝ってしまった以上、背負わなくちゃならん。

『仮面の機士』として君臨してしまった以上、「その姿」を期待される。

だからせめてナイトデュエルの場では「その私」でいる必要があるのだ。

勝手ながら、それが『現チャンピオン』として私が考える責任だ。」

 

ふっ

と一息おいて、ミナモは続ける

 

「扨て、ではお前はどうなのだろうか?

『それ』が無ければ駄目なのか・・・。或いは・・・」

 

「―――(うるさ)いっ!!」

 

ミナモの言葉に一際感情を露わにするファルスフェイカー。

一際距離を空けると、頭上で重ねる2振りの大剣

一つに合わさったそれには

黒と白の光の帯が、まるで蛇のように纏わりついていた

 

「これで、終わりだぁぁぁっ!!

極煌の星蝕剣(ルミナリティ・エクリプスブレード)ッッ!!!!」

 

大地に叩きつけるかの如く激しく振り下ろされた剣から

白と黒の光が幾重にも絡まりながら、アテイストに迫る。

あの位置からでは、いくら速くとも回避は叶わない

そして、空間そのものが武器となるこの技の前に、あらゆる障害は呑み込まれ、

無効化される。

ファルスフェイカーが勝利を確信した。

――その刹那、

不意に引き千切られるかのように、

細かな光の霧となって大気に溶ける2つの光。

そして初めから何も起こっていなかったかのような、

元の夕日に照らされた空間だけが両者の間に残る。

光の霧の奥に未だ悠然と立つアテイスト。

その突き出した両の手と後方に伸びる支柱、

そして両の手のリボルバーからまだ微かに漂う青い燐光。

 

そう、アテイストの『止水掌壁』によって

フリューファルスの渾身の一撃は「鎮められて」いたのである。

 

「くっ!」

ガクン

と、同時にフリューファルスの体がバランスを崩し、大地に膝をつく

(・・・!?しまった、エネルギーが!!)

 

戦闘に夢中になり過ぎ、エネルギー残量が減少していたのに気が付かなかったのだ。

そんな相手の状況を知ってか知らずか一歩、また一歩と

フリューファルスとの距離を詰めて来るアテイスト。

その黒の装甲は、まるで物語の主人公に迫る悪役を髣髴とさせた。

 

顔を上げることも出来ない中

アテイストの腕のリボルバーが鳴らす金属音が

ファルスフェイカーの恐怖を掻きたてる、

 

 

 

(――負けたくない・・・!!)

折れそうになる心を押さえ、ファルスフェイカーは賭けを決意した。

アテイストが眼前に迫り、止めの一撃と言わんばかりに

動かなくなった機体を殴りつけたその瞬間、

飛び散る破片に紛れ、上空へと飛び去る影。

それは言わばフリューファルスの「中身」だった。

左手に構えた小盾が残されたエネルギーを集め煌めく

全力を込めた、本当に最後の一撃だった

 

しかし、アテイストがゆっくりと動く・・・

いや、本当は一瞬だった

まるでそのように動くことが分かっていたかのように

左手の掌が、こちらを向いているのが見えた

だから「そう見えた」と言うのが正しい。

そしてそれは、

辿りつくまでの1時間より、長く感じるほどの一瞬だった。

 

「詰めが、甘かったな。」

 

燐光を纏った掌から放たれた衝撃波は、

最早体力の限界が近かったファルスフェイカーの意識を闇に叩き落すには

十分過ぎる威力であった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「―――」

目を覚ますと仄かな畳の香り、

部屋はひんやりと、ほどよく涼しい

 

「――ボクはいった…」

 

しかし、そこまで言いかけて直ぐに「異常」に気づく

身体に「直に触れる」柔らかなタオルケットの感触

 

(・・・無い・・・!)

闘う前はちゃんと体を覆っていたマントが、無いっ!!

 

「おぉ、起きたようだな。」

 

部屋の中でバタバタしていたのを感づかれたのか

障子を開け、河上 源が部屋の前に立っていた

そして、その手には・・・「マント」が握られている

 

「恐らくパーソナルフィールド内で敗北したことが無かったのだろう?

あの中では制御が効かないが故、本当に『気絶するギリギリまで戦える』からな・・・。

まぁ今後は気を付ける事だ」

 

「――」

どうしよう、このままじゃ・・・。

 

「?どうした、闘う前はあんなに饒舌だっただろうに。」

 

「――クの…レ。」

聞こえているのかどうかも怪しいような小さな声を絞り出す

だが、なんとなく察してくれたようだ

 

「あぁ、…コレ、か?」

 

目の前に差し出されたマントを、半ば奪うような形で頭から羽織る

 

「――くっ・・・まさか、此処までの闇の力を持っていたと――わっ!?」

 

ばさ、

と上から襲う手に呆気なくマントを奪われてしまった

 

「――ぁ・・・。」

 

ファルスフェイカーは無言のまま高く掲げられたマントに飛びつこうとするが、

今やまるで猫じゃらしを追う猫のように、完全にミナモに遊ばれていた

 

「成程。コレが無いと話せない。・・・と言うよりそのキャラを「演じていない」と

話せないって具合か?今回の顛末については

できれば『お前さん自身』の口から聞きたいのだがなぁ?

『ファルスフェイカー』?」

 

少し意地悪な口調で問いかけるミナモ。

対してその時のファルスフェイカーはと言えば・・・

傍から見ても分かるくらいに顔は真っ赤に染まり

目は今にも泣きそうな程に潤んでいた。

その姿は流石のミナモも「やり過ぎた」と内心反省せざるを得ないほど

先ほどまでの自身に溢れた尊大な様子とはかけ離れていた。

 

「まぁ・・・無理にとは言わないが・・・。」

 

マントをファルスフェイカーの体にそっと被せる

まるで女の子と間違えてしまいそうなほど華奢な体つき

この子が一体どのような経緯で「この姿」になったのか、

もしかしたら酷く深刻な問題を抱えているかもしれない

 

(余りにも軽率だったな・・・)

意外と真面目に反省するミナモをよそに

慌ただしくマントをきちんと装着しなおすファルスフェイカー

 

「くっ・・・ここまでの辱めを受けるとは――」

 

本当は違う言葉が口から出るハズだった。

でも混乱した頭ではそんな気の利いた言葉は、

今のファルスフェイカーには思いつけるハズもなかった。

 

「――覚えていろっ!!」

 

気が付いた時には制止の声も聞かず、家を飛び出していた。

嫌な思いをさせただろうか?

勝手に押しかけて、勝手に勝負を挑んで

そして、何も言わずに出て行ったのだ――。

 

ぐるぐる回る思考を整理する事も出来ず、

ファルスフェイカーはその場を去っていくことしか出来なかった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「あの常套句じゃ、ただの小物なのだが・・・」

 

まるで台風のようなヤツだった、

いや、台風ならば事前に備えも出来るからまだマシかもしれない

今回もし映佑が連絡してくれなかったら

本当に何の「下準備」もせずに迎える羽目になっていただろう。

 

「凄いヒトでしたね・・・」

 

「勝手に開く扉」と「風」の演出を無事にこなしたみたてとけぃらが、

こそこそと部屋の奥から出てくる。

 

「にぃ?」

 

けぃらの方は、何が何だか良く分かっていない様子である。

 

「本当に、何が目的だったんでしょーか・・・。

結局正体も何もかも謎のまんま――あれ?」

 

首をかしげるみたての目に庭先で光る物が目に入ったのと、

けぃらがみたての脇をすり抜けジャンプしたのはほぼ同時、

風を孕み、ふわりと着地したその足に優しく掴まれる。

 

――それはドラゴンの翼を模したようなアクセサリーだった。

けぃらからそれを受け取ったミナモは、

透き通った翼膜を陽に透かしながら彼との近い再会を思いつつ・・・

 

すこし困ったような表情を浮かべていた。

 

床の間の机の上には、

氷水でしめられたきしめんと、

鰹だしのめんつゆと、

そしてご丁寧に薬味の器が3人分

ファルスフェイカーが来るちょっと前にゆで始めたそれは

今丁度食べごろなのであった。

 

「どうするかな・・・コレ。折角3人分用意したのだが・・・。」

 

2人の量を大盛りにでもしようかと思ったその時、

どこからともなく駆け足で向かってくる音が聞こえてくる。

 

「全くアイツも・・・タイミングが良いのか悪いのか。」

 

折角のスクープを逃してしまった彼を労うのに丁度良い、と

ミナモは玄関へと足音の主を迎えに行くのであった。