〜〜調律〜〜

 

 

ひた

ひた、と

足元に浮かぶ波紋。

湖面には動かぬ月。

視界の全ては巨大な瀑布に飲み込まれ、

しかし現実ならば聞こえるハズの轟音は無い。

その景色に逆らうかのように

ただ、渓流のように軽やかなせせらぎの音だけが

辺りに響いているのである

 

己の精神世界のいわゆる『工房』と呼ばれる場所に、ミナモは居た

その目的は一つ、自分自身の「機体」の調整である。

 

「どうせ修復が終わったら、練習試合に付き合わされるだろうしなぁ・・・」

 

音を持たない言葉が、ひんやりとした空間に溶けて行く

 

「しかし・・・」

 

ため息がもれる、もう何度目になるであろうか

 

「あの人も無茶をする・・・」

 

事の発端は先日届いた急な連絡に始まる。

「いやぁ・・・スマンっ!!ちょっとやらかしちまってな・・・」

詳しい内容は教えてくれなかったが、

機体が召喚できなくなった、と言う。

おそらく「セグメンタ」へのダメージが原因だろう

だが、こうして無事に会話が出来ているのなら、おそらく軽いクラックが発生した程度

機体の「記憶」もリセットされていないに違いない。

これがクレバス、或いはブレイクなどの重度の崩壊段階ならただでは済まない。

数か月間意識が戻らない場合や精神崩壊もありえるし、

最悪の場合脳の活動停止に伴う死すらあり得ると言う。

 

一か月ほど待てば自然に治癒されるだろう

そう話した。

が、どうも「あの人」には急ぎの用事が有るらしい。

 

「どーにかして、少しでも早く治せないか?」

 

そのとき「方法はある」と言ってしまったのが運の尽き

なんと、はるばるこの街まであの人がやってくる、と言う話になってしまったのだ。

 

「何をそんなに急いでいるのやら・・・」

気に掛かる所ではある。

セグメンタが損傷する状況とは機体、或いは機士の精神に

尋常ではない負荷がかかっている状況だ。

物理的な物だけでは無い、「プレッシャー」や「覚悟」などもそれに含まれる

 

だが、余計な詮索を今しても無駄。

あの人はそう簡単には止まらない。

「それ故に格好良くも有るのだがな、あの人は。

・・・変(わった)人でもあるが・・・。」

 

と、またため息をつきながらミナモは再び機体の調整に取りかかった。

 

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ミナモが現在駆る機体「アテイスト」

確実に相手の攻撃から身を守り、確実に相手の急所に一撃を入れる

その目的に特化された機体である。

そのため機体が機士の狙い通りに動くための「行動精度」

そして「移動能力」、「防御能力」の補正に重点が置かれている。

だがその代償として、組み合ったり引き剥がしたりなど

「腕力」に相当する「攻撃力」、そして「体力」への補正は最低ランクだ。

尤も本人曰く

 

「急所を狙うのだから、高い攻撃力は要らない。

組み合ったりも体の使い方でどうとでもなる」

 

と、いう事らしい。

今回の調整は主にその追従性、つまり「行動精度」の上昇に費やされた。

より精密に。「自分が狙いたい場所に体が届く」ように・・・

 

内部時間で数時間、調整も終わりに近づいていた。

機士によって機体の調整方法は様々だ

機体を俯瞰しながらイメージで組んで行く者もいれば、

実際の基地の様な物を『工房』内に作り、いかにも機械的に調整する者もいる

大規模な研究施設が有る場所ならば、

『工房』内での作業を現実世界からサポートする事も可能だという。

さて、ではミナモはと言うと

「機体と一体化した状態で、自らの体を造り替えて行く」

との形式で調整を行なうと言う

「その方が『しっくりくる』」らしいが…この方法、かなり疲れるらしい

上半身の作りを変えて行く

より、自らの体になじむように

己の意識の表層を溶かし、機体の内側と混ぜ合わせ

少しずつ慎重に、そして繊細に形を造って行く。

普段あらゆる金属よりも硬いアルケメタルが

この時は飴細工のように自在に形を変えて行く

 

 

 

「・・・ふむ」

 

調整が終わった

 

「今回は大分変わったなぁ・・・」

 

それまでの姿よりも肩幅は狭くなり、肩装甲の形状も変化。

今までの基準から言えば、「別バージョン」とも言える機体に仕上がった

 

「そうだな」

 

その出来栄えに納得しながら

ミナモは水面に映る機影を前にしばし考え込む、

曰く

「機体を機体たらしめる、最後で最も重要な儀式」、

「命名」の儀をするためにである

 

「・・・ ・・・ スレイドクラウン。

『アテイスト‐スレイドクラウン』これで決定だ。」

 

そう言うが早いかアテイストの機影が滝の前へと跳ねる

と、共に突き出される右手の手刀

その中指が、砕ける水滴の一粒を弾けさせる

 

「良し!」

 

その弾けた水滴が滝と交わるよりも早く放たれた回し蹴りが、

絶え間なく落ちる滝に一瞬の刻印を刻む

 

「良しっ!!」

 

中々の出来である。

 

満足げに頷くその傍らには湖面に突き刺さる3本の棒

その内の2つを手に取りながらミナモは来たる試合に思いを馳せる

「しかし、あの人と闘うのも久しぶりだ」

 

あの人は強い、機体に下手な小細工など無いが

それ故にこちらも小細工を弄する暇も無い

だからこそ、使うアーティファクトは決まっていた。

 

「・・・次は此奴の試験か」

 

 

実装、

それは無相(アンビギュアス)と名付けられたアーティファクト

ゆっくりと巨大な拳を構える。

そして

 

瀑布は割けた

 

まるで預言者が海を割るかの如くに

 

数秒の後再び落ち始める瀑布

生れた風に、一体化を解いたミナモの白の髪が泳いでいる

 

「さて。残りは試合で、だな」

 

月下に雄々しくたつ機体を前にして

仮面の下に覗く口が、不敵な笑みを浮かべていた