第28話 倒すべき非道あく



「優しくては生き残れぬ。
 そんな当たり前のことを、この実験は確認させてくれるのだな」

 壮年の科学者――ウロボロス――は、最初の人体融合実験を検証しながら、そう呟いた。

 被験者はまるで変わり果てた姿、――そしてまったく違う気質に変容していた。
 融合実験の結果、人間であったときの気質は消えたと言っていい。
 せいぜい生体分野の科学者であった故の、探求精神が残っていたくらいか。
 しかし、それは習慣とも言える、より肉体的な所作に属する側面である。
 つまり言えば、被験者は『魂の変質』の影響を完全に受けたということである。
 いや、もはや『変質』ではなく、『喪失』と言った方が適切であろう。
 非道で貪欲なる精霊と融合させた結果、温厚で謙虚な人間であった被験者は駆逐された。
 もはや半精霊でしかないアンデットの生体が出来上がった。
 幸いにして、この精霊はアンデットの素体を提供する限りは協力的なようだ。
 これからは実験の失敗例として、いくらでも人間・動物の素体を持て余すことになる。
 その死体処理と廃棄作業には、このルーツ・ルインドは確かに適任であろう。
 
 思えば、その者は優しすぎた。
 軍に所属していたときから面識があるが、重い病を持つ母親をいつも心配していた。
 その者はいつも緩和医療ホスピス・ケア終末期看護ターミナル・ケアに関する書物を求めに来ていたと記憶している。
 改めて召集のために書庫に来たとき、その母親は死んでしまっていた。
 そして、できることならば、新たな犠牲を食い止めるための研究をしたいと言う。
 その者は紛れもなく本心から言っていた。何と博愛じみた志を持った青年だろうか。
 もちろんウロボロスは、そんなことには同情しない。
 むしろ付け入る心の隙間として利用し、実験の協力者として確保した。
 研究にも大変協力的で、この人体実験に最初に応じてくれたのもその者であった。
 それが今ではこのような冷酷で残虐な死体愛好家に変貌してしまった。

「あのようにならないためにも、より研究を進め、実験例を重ねなくてはなるまい」

 ウロボロスはより気を引き締めて、次なる実験の準備を始めていった。
 ――これは誰かが『焼き切れた物語』の話――。



「私ノたーんデス、どろー」

 シルキルから始まる二巡目。
 バトルフェイズへの移行が可能になっている。
 翼は相手ターンを連続で耐え抜かなくてはならない。
 ここからが正念場になると言える。

「《幻想召喚師》ヲ生ケ贄ニ捧ゲ、《鳳王獣ガイルーダ》ヲ召喚!」

 チルヒルへの攻めを重視したために残っていた生け贄要員。
 すかさず利用され、新たな脅威が出現する。
 燃え盛る炎をまとって、鎧を身にまとった巨鳥が現れた。

《鳳王獣ガイルーダ》 []
★★★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、 ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
ATK/2500 DEF/1200

「攻撃力の高い上級モンスター、輝鳥がやられる……」

 翼はカード知識に乏しいが、鳥獣族の使い手としてその効果を知っていた。
 輝鳥は除去が得意だが、返しに攻められると弱い。
 攻撃力の高いモンスターを展開され続ければ、場を維持することができない。
 この戦況はカードの出し惜しみを許さない。

「『グリーヴァ』ニ《野性解放》ヲ発動シマス。
 1たーんダケ、攻撃力ニ守備力ヲ加エテぱわーあっぷデス」

《野性解放》
【魔法カード】
フィールド上に表側表示で存在する獣族・獣戦士族モンスター1体の攻撃力は、
そのモンスターの守備力の数値分だけアップする。
エンドフェイズ時そのモンスターを破壊する。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100→5500

 グリーヴァの筋肉が肥大化し、そして力を白い衝撃弾に練りこんでいく。

「『グリーヴァ』デ『キグナス』ニ攻撃!!」

 魔力弾の剛速球が放たれ、地面を削りながらキグナスに迫る。
 その力強い弾道が、翼の記憶を呼び起こしていた。

「最初にシルキルさんと闘ったときも、キグナスに野生解放の一撃が飛んできた。
 あのときは《ガード・ブロック》でダメージを防ぐのが精一杯だった。
 けれど、今ならば――」

 攻撃が及ぶ直前に、翼は咄嗟にリバースを開いて発動した。

「速攻魔法オープン、《蒼炎の洗礼》!!
 俺は墓地にいる《輝鳥-ルシス・ポイニクス》を除外して効果発動!
 ポイニクスの攻撃力3000を、キグナスに加えるよ!!」

《蒼炎の洗礼》
【魔法カード・速攻】
自分の墓地に存在する儀式モンスター1体と
そのカードに記されている儀式魔法1枚をゲームから除外して発動する。
エンドフェイズ時まで自分フィールド上に表側表示で存在する
儀式モンスター1体の攻撃力はこのカードの発動時に
ゲームから除外した儀式モンスターの攻撃力分アップする。

 キグナスは瞬速でグリーヴァの魔砲弾をかわした。
 さらにすかさず反撃に移る。
 キグナスの水飛沫の翼に、ポイニクスの爆裂の粒子が宿る。

《輝鳥-アクア・キグナス》ATK2500→5500

「迎撃だ! 『シャイニング・スプリットメテオウィング』!!」

 水鳥の翼と魔獣の拳が交差する。
 凄まじい蒸気圧の発生する一撃に、グリーヴァは膝を屈した。
 同時に水鳥も衝撃をかわしきれず、羽から着陸して身を崩した。

「あ、相打ちでグリーヴァを早くも撃破……ですと……」

 ダメージ計算時の発動であれば、グリーヴァの退避効果は間に合わない。
 しかもグリーヴァのデッキ破壊効果で墓地に送られたポイニクスを利用しての迎撃。
 シルキルの闘い方を見てきたからこそ狙えた反撃であった。

「《鳳王獣ガイルーダ》デ『アクイラ』を攻撃。
 攻撃時ニ『ガイルーダ』ノ効果発動。
 攻撃力ガ300ぽいんとあっぷシマス」

《鳳王獣ガイルーダ》ATK2500→2800

 まだシルキルのモンスターは残っている。
 翼はリバースに目をやりながら、口を固く結んでいた。
 鎧の鳳王の巻き起こす火炎と、アクイラの巻き起こす旋風がぶつかり合う。
 しかし、炎を散らしきることができず、アクイラはそのまま焼かれた。

翼のLP:3200→2900

「キグナスもアクイラも守りきれなかった……」

 最上級モンスター2体が返しのターンでやられてしまった。
 グリーヴァを倒せたのは大きい。
 だが、このペースで消耗していてはカードが追いつかない。

「私ハコレデたーんえんど」

「フフ、よく掃除してくれたじゃないですか。
 では、ワタクシのターンです、ドロー!」

 そして、さらに本当の敵であるチルヒルのターンが続く。

「まずは《トレード・イン》を発動です!
 あなたに戻された《闇より出でし絶望》を墓地に送って、
 カードを2枚ドロー!」

《トレード・イン》
【魔法カード】
手札からレベル8のモンスターカードを1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。。

「フフフ、これは大変面白い手札ですね」

 チルヒルは含み嗤いを漏らしている。

「まずは、《アンデットワールド》発動!
 フィールドと墓地の種族をアンデットに塗り替えるワタクシの領域!」

《アンデットワールド》
【魔法カード・フィールド】
このカードがフィールド上に存在する限り、
フィールド上及び墓地に存在する全てのモンスターをアンデット族として扱う。
また、このカードがフィールド上に存在する限り
アンデット族以外のモンスターのアドバンス召喚をする事はできない。

 フィールドに魔境が広がり、墓地にまで紫色の霧が立ち込めていく。
 死霊で構成された瘴気は、さながら意志を持った思念体。
 その場と墓地にいるものすべてを同胞にしようと呼びかける。

「俺の鳥獣族がアンデットに……」

 翼は儀式主体の鳥獣族デッキを操るデュエリスト。
 《輝鳥現界》は対象を鳥獣族に限定する代わりに、デッキからの生け贄を可能とする。
 また、《ゴッドバードアタック》や《守護の烈風》などのサポートもある。
 このフィールド魔法の影響に置かれるのは、決して望ましいことではない。

「さらに《ミイラの呼び声》を発動します!
 場にモンスターが存在しないとき、アンデットモンスターを
 手札から特殊召喚することができるようになる永続魔法です!」

《ミイラの呼び声》
【魔法カード・永続】
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
手札からアンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「そして、《死者転生》により手札の《ゾンビ・マスター》を捨てながら、
 墓地から《地獄の門番イル・ブラッド》を回収。
 《ミイラの呼び声》の効果を使用させてもらいますよ!
 手札に戻した《地獄の門番イル・ブラッド》を特殊召喚です!
 さらに召喚権を行使して、その効果を覚醒させましょう!」

《死者転生》
【魔法カード】
手札を1枚捨て、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを手札に加える。

《地獄の門番イル・ブラッド》 []
★★★★★★
【アンデット族・デュアル】
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、手札・自分または相手の墓地に存在する
アンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上から離れた時、
この効果で特殊召喚したアンデット族モンスターを破壊する。

ATK/2100 DEF/ 800

「この蘇生効果の対象は、ワタクシの墓地に限りません。
 つまり、あなた方の素晴らしいモンスターも利用できるということです」

「何!? まさか俺の輝鳥を!!?」

「いえいえ、そんな儀式召喚のときに力を使い果たす小鳥ちゃんに興味はありません。
 ワタクシが欲しい身体は――」

 そして、チルヒルが指差したのは、シルキルの墓地――。

「イル・ブラッドの効果発動! ワタクシの場に舞い降りなさい!
 《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》!!」

 アンデットの妖気に侵され、禍々しき力をみなぎらせながら。
 翼がやっとで相打ちに持ち込んだグリーヴァが再び現れた。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》 []
★★★★★★★★
【獣戦士族・融合/効果】
「幻獣王ガゼル」+「幻獣」と名の付いたモンスター×2
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
自分フィールド上のこのカードをゲームから除外できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
この効果で除外したこのカードは次のエンドフェイズ時にフィールド上に戻り、
お互いはそれぞれデッキの上からカードを5枚墓地に送る。
ATK/2500 DEF/2400

「あなたが無抵抗だとすれば、この2体で十分なのですが、
 念のためにもう一体ほど召喚しておくのが、ワタクシの老婆心なのですよ。
 《異次元からの埋葬》を発動!
 除外されている《馬頭鬼》を墓地に戻して、もう一度除外して効果使用!
 墓地の《闇より出でし絶望》を場に特殊召喚します!!」

《異次元からの埋葬》
【魔法カード・速攻】
ゲームから除外されているモンスターカードを3枚まで選択し、
そのカードを墓地に戻す。

《馬頭鬼》 []
★★★★
【アンデット族・効果】
自分のメインフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分の墓地からアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚する。
ATK/1700 DEF/ 800

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

 《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》、《闇より出でし絶望》、《地獄の門番イル・ブラッド》。
 3体の強大なモンスターが揃い踏みして、モンスターのいない翼の場に狙いを定める。

「さて、その伏せカードで耐え切れますかね!
 3体のモンスターで総攻撃です!!」

 グリーヴァの魔砲弾が、絶望の影の拳が、イル・ブラッドのタックルが迫る。
 翼は静かに腕を振りかざし、効果の発動を宣言した。

「墓地のモンスター効果を発動!
 《恵鳥ピクス》を墓地から除外して、このターンの俺への戦闘ダメージをゼロに!」

《恵鳥ピクス》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
このターン、コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
ATK/ 100 DEF/ 50

 柔らかなる光が翼を包み込み、魔獣たちの攻撃からその身を守った。

「ふふ、ならばここでグリーヴァの効果を発動です!
 『ファントム・ヴァリー』で除外ゾーンに退避!
 そして、リバースを1枚セットして、エンド時にグリーヴァ帰還!
 ワタクシとあなたのデッキを削りつつ、ターンを終了としましょう。
 このターンはたまたま墓地に落ちたモンスターに救われたようですが、
 次の攻撃のときには、そうはいきませんよ!!」

シルキル
LP4000
モンスターゾーン
《鳳王獣ガイルーダ》ATK2500
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
デッキ
18枚
チルヒル
LP1100
フィールド魔法
《アンデットワールド》
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100、《闇より出でし絶望》ATK2800、《地獄の門番イル・ブラッド》ATK2100
魔法・罠ゾーン
《ミイラの呼び声》、伏せカード×1
手札
2枚
デッキ
20枚
LP2900
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
0枚
デッキ
13枚

 事実、翼は想定していたよりも追い込まれていた。
 翼が伏せていたリバースのうち1枚は《希望の羽根》。

《希望の羽根》
【魔法カード・速攻】
自分の墓地に存在する光属性・鳥獣族モンスター1体を
ゲームから除外して、発動する。
このターンのバトルフェイズを終了させ、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 意表を突きやすいピクスの効果は温存しておきたかった。
 墓地の《ミラージュ》を除外して、このカードで回避とドローを兼ねるはずだった。
 だが、チルヒルは見越したかのように《アンデットワールド》で間接的に妨害してきた。
 やはり2対1での戦闘は守るだけでも精一杯である。
 ――なら、一刻も早くせめて一人でも倒すのが先決。

「俺のターン、ドロー!!」

 0枚の手札から、力を込めて引き抜いたカード。
 そのカードに望みを託して、すかさず発動する。

「《貪欲な壺》を発動するよ!
 墓地のアイビス、ルスキニア、ストルティオ、コロンバ、音速ダックをデッキに戻し、
 デッキからカードを2枚ドローする!」

《貪欲な壺》
【魔法カード】
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 手札が少なすぎるが、ここからならきっと連続で儀式ができる。
 理屈ではなく感覚で今の翼には分かる。
 考えすぎて、感じた流れを歪めてはいけない。
 身体の奥底から湧き上がる『力』に従えばいい。
 その『力』は確かだ。
 その直感は真理だ。
 今シルキルを早く解放するためにも、すぐにでもチルヒルを倒さねばなるまい。
 その意志を汲んで、この『力』はデッキを勝利へと導いてくれる。

「《サイクロン》を発動するよ。
 《アンデットワールド》を破壊する」

《サイクロン》
【魔法カード・速攻】
フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

 淡々と竜巻がカードをさらい、場は元の牢屋の空間に戻る。

「安直に除去をして、仕掛けてきますか……」

「俺は手札の《儀式の準備》を発動するよ!
 墓地から儀式魔法を回収して、デッキからレベル7以下の儀式モンスターをサーチする!
 墓地の《輝鳥現界》と、さらにデッキの《輝鳥-テラ・ストルティオ》を手札に!」

《儀式の準備》
【魔法カード】
自分のデッキからレベル7以下の儀式モンスター1体を手札に加える。
その後、自分の墓地から儀式魔法カード1枚を手札に加える事ができる。

「さらにリバース発動、《リミット・リバース》!
 墓地の《英鳥ノクトゥア》を召喚、その特殊召喚時の効果が発動!
 デッキの《輝鳥現界》を手札に加えるよ!」

《リミット・リバース》
【罠カード・永続】
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

《英鳥ノクトゥア》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。
ATK/ 800 DEF/ 400

「そして、儀式魔法《輝鳥現界》を発動だ!
 場のノクトゥアとデッキのアイビスを生け贄に捧げ――」

《輝鳥現界》
【魔法カード・儀式】
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

 フィールドにオレンジ色の光が集まり、勇壮なダチョウの形を成していく。
 翼の無我夢中の勢いのまま、聖なる儀式が繋がっていく。

「来い! 大地の《輝鳥-テラ・ストルティオ》!!
 さらにその召喚時の効果だ! 『ルーラー・オブ・ジ・アース』!!
 墓地のクレインを復活させて、その特殊召喚時の効果で1枚ドロー!
 さらにアイビスを儀式の生け贄に捧げたから、1枚ドローする!」

《輝鳥-テラ・ストルティオ》 []
★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、自分の墓地の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。
ATK/2500 DEF/1900

《聖鳥クレイン》 []
★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードが特殊召喚した時、このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。
ATK/1600 DEF/ 400

《霊鳥アイビス》 []
★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
ATK/1700 DEF/ 900

 儀式をすればするほど、今の翼のデッキは繋がって、手札は途切れることがない。
 召喚された鳥獣たちは澄んだ緊張感を持って、相手モンスターに対峙している。

「そして、《祝宴》の効果を発動するよ!!
 儀式モンスターがいるから、カードを2枚ドローする!」

《祝宴》
【魔法カード・速攻】
フィールド上に表側表示の儀式モンスターが
存在するときのみ発動することができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「いくよ! ライフを800ポイント払って、《救援光》を発動だ!
 除外された光属性モンスターを選んで、手札に加えるよ!
 俺が呼び寄せるのは――」

藤原のLP:2900→2100

《救援光》
【魔法カード】
800ライフポイントを払い、
ゲームから除外されている自分の光属性モンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターを手札に加える。

「《蒼炎の洗礼》で除外した《輝鳥-ルシス・ポイニクス》だ!!」

「なんというデッキ回転……。そして、またもや輝鳥と儀式魔法が揃った。
 このターンも続けて連続儀式を繰り出すというのですか……ッ!」

「その通りだ!! 手札より儀式魔法《輝鳥現界》を発動!
 場のストルティオとデッキの《音速ダック》を生け贄に捧げて、
 超最上級の儀式モンスター、《輝鳥-ルシス・ポイニクス》を降臨させる!」

 フィールドに色とりどりの光が満ちて、瞬時に集まり不死鳥の形を成す。
 光にあふれたまばゆく神々しい尾長鳥。
 目を眩ませる光を放って、瞬間、チルヒルの場に飛び込んだ。

「ポイニクス召喚時の効果だ!
 『ルーラー・オブ・ザ・ライト』!!
 対象にチルヒル、お前を選択する!
 その場のモンスターをすべて全滅させるよ!!」

《輝鳥-ルシス・ポイニクス》 []
★★★★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードを手札から儀式魔法により降臨させるとき、
自分フィールド上に存在する「輝鳥」と名のつく
儀式モンスターを生贄に捧げなければならない。
このカードの属性はルール上「風」「水」「炎」「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。
ATK/3000 DEF/2500

「なに!!」

 ポイニクスによって、地中のマグマへ『突き上げる』衝動が与えられる。
 大地のマグマは火の鳥と一体になって、アンデットの場へと降り注ぐ。

「……グリーヴァは当然その退避効果を使います!
 『ファントム・ヴァリー』で姿を消して、除外ゾーンに退避!
 さらにリバースカード、《デストラクト・ポーション》を発動です!
 《闇より出でし絶望》を自ら破壊して、ワタクシのライフを回復です!!」

《デストラクト・ポーション》
【罠カード】
自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの
攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 チルヒルは一方的な攻めを許すほど、生易しい相手ではない。
 すかさず効果を巧みに操り、その損失を幾分か軽減しようとする。

チルヒルのLP:1100→3900

 しかし、それも焼け石に水の抵抗か。
 フィールドに残されたイル・ブラッドはまっさらな灰に火葬された。
 チルヒルのフィールドにもうモンスターは存在しない。
 翼のポイニクスとクレインの攻撃が通れば、チルヒルは倒される。

「バトルだ! ポイニクスでチルヒルにダイレクトアタック!!
 『シャイニング・メテオラッシュ』!!」

 隕石のように燃えながら、白き尾長鳥はチルヒルに敢然と突撃する。

「その攻撃は受けませんよ!
 墓地からモンスター効果を発動!」

 ビジョンの激しさと光のエフェクトによろめきながら。
 何者かがポイニクスの攻撃をかばい、チルヒルに衝撃が及ばない。

「《ネクロ・ガードナー》の効果です。
 墓地から除外して、攻撃を一度だけ無効にします」

《ネクロ・ガードナー》 []
★★★
【戦士族・効果】
相手ターン中に、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。
このターン、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
ATK/ 600 DEF/1300

 しかし、クレインが飛翔して、その攻撃に続く。

「でも、クレインでダイレクトアタック!!
 これは防げないはずだ!」

 聖鳥の放った羽根がチルヒルへと襲い掛かる。
 羽根の切っ先がチルヒルを斬りつけようと迫る。
 翼が拳を握り締め、攻撃の成功を確信したそのとき。
 ――炎が巻き起こった。
 チルヒルを守るように、羽根を焼き切る。
 駆けつけた爆炎の影に見える勇姿は――。

「ばとるろいやる るーるノ特殊るーるヲ適用。
 《鳳王獣ガイルーダ》デだいれくとあたっくニ介入(インタラプト)します。
 攻撃ヲ続行シマスカ?」

「クッ……」

 翼が力強く繰り出した効果と攻撃のラッシュ。
 しかし、そのフィニッシュは操られた友により阻まれた。
 翼は悔しさに歯を食いしばる。
 仕留め切れなかったのならば、今度は次の防戦を考えなくてはならない。
 だが、今から相手の攻撃をしのぎ切るにはカードが足りない。
 ここは――。

「リバースオープン、《希望の羽根》。
 墓地の《ミラージュ》を除外して、効果を発動する。
 カードを1枚引いた上で、このバトルを終了させる」

《希望の羽根》
【魔法カード・速攻】
自分の墓地に存在する光属性・鳥獣族モンスター1体を
ゲームから除外して、発動する。
このターンのバトルフェイズを終了させ、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

《ミラージュ》 []
★★★★
【鳥獣族】
手にする鏡から仲間を呼び出すことのできる鳥のけもの。
ATK/1100 DEF/1400

 このまま対策なしにターンを引き渡したら負けてしまう。
 そのために消費した貴重な防御カードだった。
 一見勢いづいて有利に見える翼。
 しかしその背後には、敗北の影が色濃く迫っている――。

「俺はリバースを3体伏せて、ターンエンドだ!」

「そして、グリーヴァの帰還効果!
 お楽しみの『メモリー・イーター』の時間です!!
 ワタクシとあなたのデッキを5枚ずつ削ります!
 あがけばあがくほど、あなたが燃え尽きるのが早くなります!
 さて、思ったより早く決着が着きそうですねぇ!!」

「……………ッ!」

シルキル
LP4000
モンスターゾーン
《鳳王獣ガイルーダ》ATK2500
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
デッキ
18枚
チルヒル
LP3900
フィールド魔法
《アンデットワールド》
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100
魔法・罠ゾーン
《ミイラの呼び声》
手札
2枚
デッキ
15枚
LP2100
モンスターゾーン
《輝鳥-ルシス・ポイニクス》ATK3000、《聖鳥クレイン》ATK1600
魔法・罠ゾーン
伏せカード×3
手札
0枚
デッキ
3枚

 精霊の『力』を引き出し、デッキを最大限に回転させた。
 その結果として、超速でコンボと攻撃のラッシュを繰り出せた。
 だが代償として、デッキのストックは限りなくゼロに近づいていた。
 グリーヴァの回避効果を1度でも発動されれば、翼のデッキはゼロになる。
 《希望の羽根》を焦って発動したのもこのため。
 何としてでもデッキ切れを防がなければ、翼は負けてしまう。
 そしてそれだけでなく、相手2人の攻撃も防がなくてはならない。
 翼にとって二重に苦しい状況が続いていく。

「私ノたーん、どろー」

 戦況が移っても、操られたシルキルは変わらずに淡々とカードをプレイする。

「《幻獣ワイルドホーン》ヲ召喚シマス。
 墓地ノ《幻獣クロスウィング》2体ノ効果ヲ受ケテぱわーあっぷ!
 サラニ《デーモンの斧》ヲ装備シテ、モットぱわーあっぷ!」

《幻獣ワイルドホーン》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
ATK/1700 DEF/ 0

《デーモンの斧》
【魔法カード・装備】
装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分フィールド上に存在するモンスター1体を
リリースする事でこのカードをデッキの一番上に戻す。

《幻獣ワイルドホーン》ATK1700→2300→3300

 鹿幻獣が禍々しい斧を手にする。
 さらに墓地から効果を受け、軽々と斧を振りかざして構えた。
 至極単純な召喚と強化だが、その数値はポイニクスを上回っている。
 さきほどチルヒルをかばったガイルーダもその隣に控えている。

「《幻獣ワイルドホーン》デ『ポイニクス』ニ攻撃!!」

 斧を携えて、ワイルドホーンがポイニクスへと駆け出す。
 鹿の俊足は健在であり、ポイニクスですら攻撃はかわしきれない。
 しかし、その攻撃をそのまま通すような翼ではない。

「リバースカードオープン、《ゴッドバードアタック》!!
 クレインを生け贄に捧げて、フィールドのモンスター2体を破壊する!」

《ゴッドバードアタック》
【罠カード】
自分フィールド上に存在する鳥獣族モンスター1体を生け贄に捧げて、
フィールド上に存在するカード2枚を選択して発動する。
選択したカードを破壊する。

「俺が破壊するのは、ワイルドホーンと、そしてグリーヴァだ!!」

 クレインが光の弾丸となって、ワイルドホーンを瞬時に貫いた。
 胸を打ち抜かれて、ワイルドホーンは一瞬にして絶命する。
 その勢いのまま、グリーヴァに向かうが――。

「案の定、ここでグリーヴァの効果発動ですよ!
 いえね、あなたが何かしらのカードを防御に使うとは思ってましたから!
 いずれにせよ、発動はしていたのですがねえ!
 さて、『ファントム・ヴァリー』の効果で除外ゾーンに退避です。
 これで戻ってきたときには、あなたのデッキを削り取り、
 残りデッキ枚数は見事にゼロとなるわけです!!」

「その通りだ。もう俺のデッキ枚数は後がない。
 けど、効果で戻ってこなければ、デッキ破壊効果は発動できないよね!」

「ほう、何を考えているのです?」

「グリーヴァが戻ってくる前に、俺が何とかするんだ!
 2枚目のリバースカード発動! 《光霊術−「聖」》!!
 ポイニクスを生け贄に捧げて、このトラップカードを発動するよ!
 除外されているカードを選択して、俺の場に特殊召喚する!
 俺が選択するのは当然グリーヴァだ!!
 罠を手札から見せれば無効になるけど、シルキルさんに手札はない!」

《光霊術−「聖」》
【罠カード】
自分フィールド上の光属性モンスター1体をリリースし、
ゲームから除外されているモンスター1体を選択して発動できる。
相手は手札から罠カード1枚を見せてこのカードの効果を無効にできる。
見せなかった場合、選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

「なに……! このために回避効果を持つグリーヴァを狙い撃ちしたというのですか!」

「効果判定は成功だ!
 《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》を、今度は俺がコントロールを得る!」

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》 []
★★★★★★★★
【獣戦士族・融合/効果】
「幻獣王ガゼル」+「幻獣」と名の付いたモンスター×2
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
自分フィールド上のこのカードをゲームから除外できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
この効果で除外したこのカードは次のエンドフェイズ時にフィールド上に戻り、
お互いはそれぞれデッキの上からカードを5枚墓地に送る。
ATK/2500 DEF/2400

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK2500→3100

 除外ゾーンからカードが弾かれ、翼がグリーヴァのカードを手にする。
 グリーヴァのカードは、シルキルの魂のカード。
 手に取り眺めると、そのカードはまるで消耗したように(すす)けていた。
 これほどの激戦の中で何度も戦闘を繰り返し、蘇ってきていたのだ。
 損耗するのも無理がないように思えた。
 翼はグリーヴァを労うように、そのカードを優しく両手で包み込んだ。
 チルヒルの悪意に傷つけられた魂を癒すように願いを込めながら。
 ――心なしか、カードの黒がかった汚れが取れた感じがした。
 その気晴らしを慰めに、翼はフィールドにグリーヴァのカードを力強く場に置いた。
 グリーヴァは腕組みをした勇姿で空中から降り、翼を目線をかわした。
 ここまで苦戦させられた相手が、今は最も頼れる仲間へとなった。

 切り札の奪われる様子を、シルキルは呆然と眺めていた。
 ガイルーダの攻撃が残っていても、グリーヴァには敵わない。
 そして、手札も存在しない。
 できることがないことにようやく気づいて、シルキルは口を開いた。

「たーん、エンド……」

「クッ、ワタクシのターンです、ドロー!」

 対して、チルヒルは苛立ちを抑え切れなかった。
 翼をデッキ切れに追い込む算段がまるっきり崩されてしまった。
 おまけに強大なモンスターであるグリーヴァが居座っている。
 チルヒルが持つ単体のカードで、あの攻撃力を超えられるカードはない。
 歯噛みをしながら、グリーヴァを何とかできるカードを待つしかない。
 だが――。

「フフハハハハ、あなたの運も大概ですが、ワタクシとて負けてない!
 この局面でこのカード! そして、あらかじめサーチしておいたカード!
 これなら勝てますね! フフ、あなたの命運もここまでです!」

 チルヒルが感情を昂ぶらせて、宣戦布告する。
 翼は全身にかけめぐる嫌な予感に、体を震わせて身構えた。

「まずは《ミイラの呼び声》の効果を発動します!
 ワタクシの場には、あなたの孤軍奮闘のお陰でモンスターがいません。
 よって、手札から2体目の《闇より出でし絶望》を特殊召喚します!」

《ミイラの呼び声》
【魔法カード・永続】
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
手札からアンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

「そして、《ピラミッド・タートル》を攻撃表示で召喚です!」

 さすがのアンデットの恐るるべき展開力。
 当たり前のように最上級モンスターが現れ、さらに下級モンスターが召喚された。
 目の前を覆う絶望の巨大な影と、不気味な風体のピラミッド甲羅の亀。
 だが、これだけではグリーヴァを倒すには及ばない。
 つまり残るあと1枚の手札こそが、逆転の切り札――。

「手札より通常魔法発動! 《強制転移》!!
 お互いに自分のカードを指定しあって、コントロールを入れ替えます!
 ワタクシは《ピラミッド・タートル》を差し上げましょう!
 さて、相手には翼くん、キミをご指名しましょう!
 ワタクシにコントロールを渡すモンスターを、さあ選んでください!」

《強制転移》
【魔法カード】
お互いはそれぞれ自分フィールド上のモンスター1体を選び、
そのモンスターのコントロールを入れ替える。
そのモンスターはこのターン表示形式を変更できない。

 発動されたのは、不平等交換を強いるカード。
 チルヒルは『選んでください』とおどけるが、実際には選択の余地などない。
 翼のフィールドに存在するのは、グリーヴァ1体のみ。
 しかし、引き渡しては圧倒的に不利な状況に追い込まれてしまう。
 ならば――。

「俺はグリーヴァの効果を発動する!
 『ファントム・ヴァリー』!!
 グリーヴァを除外退避させて、《強制転移》の対象を回避する!
 交換する相手がいなくなったから、その発動は無効だ……」

「フフハハハ、そうですね!
 ですが、そんな足掻きなど無意味ですよ!
 どちらにせよ、あなたを守るモンスターはいなくなりました。
 そして、グリーヴァが戻ってくれば、あなたのデッキはゼロになります!
 友のカードでトドメを刺されるなら本望というロマンチシズムですかねえ!
 美しくも無意味な感傷です! 実に感動的ですが無駄な抵抗にも程があります!
 その前に、空っぽの場でワタクシの攻撃に耐え切れますかねえ……?」

 チルヒルの煽り罵る言葉を、翼は苦い表情で受け止めていた。
 翼のフィールドにリバースは1枚残っている。
 ――だが、防ぎきれない。
 デッキ切れを最も警戒してカードを伏せていた。
 だから、相手の攻撃を回避するリバースを今用意できていない。

「バトル、これで終わりです!!
 《闇より出でし絶望》があなたを覆い尽くす!
 ダイレクトアタックです! 『フィアーズ・ブロー』!!」

 漆黒の巨大な影が、瞬く間に翼の目の前に立ちはだかる。
 
 ――守りきれなかった、ごめん――。

 友を踏みにじる目の前のチルヒルが許せなくて。
 『力』が湧きあがる今なら、誰かを守れる気がして。
 虚勢かもしれなかったけど、翼は決闘を引き受けた。
 だが、結果はこれで終わり。
 勝敗を分けるのは、正しさでも気持ちの強さでもなくて。
 いかに相手を追い詰めるかの技術の差であって。
 『誰かの気持ちを踏みにじる奴を許せない』。
 翼の祈りは、どこにも届かない――。
 そして、翼は目を閉じた。
 すぐに生暖かい温度が翼を通り抜けていった。
 今通り過ぎたのは、《闇より出でし絶望》の立体映像だろう。
 投影光が通り抜けて、翼に熱を感じさせたのだ。
 それを確認するために、かすかに目を開ければ。
 ――そこには烈火と鎧を身に纏った鳳王獣が駆けつけていた。

「特殊ルール適用、インタらぷと……」

 暗黒の影に引き裂かれたのはガイルーダであった。
 バトルロイヤルルールでは隣り合うプレイヤーへの直接攻撃に介入できる。
 翼をダイレクトアタックからかばって、シルキルのモンスターはその身を崩した。
 攻撃をかばった場合、かばったプレイヤーが超過ダメージを受ける。
 シルキルのライフ表示が、静かに変動音を刻む。

シルキルのLP:4000→3700

「シルキルさん! もしかして正気に!!」

 だが、シルキルは答えなかった。
 いや、答えることができないようだった。
 介入を宣言した声も、やっと抵抗して絞り出したように聴こえた。
 害意を強いるアンデットの汚染と、ずっとシルキルは闘っていたのだ。
 翼がグリーヴァのカードを手にしたときの祈りが届いたのかどうか――。
 それを今一瞬だけでも打ち破り、シルキルは精一杯の抵抗で翼をかばった。

「ハハ、ハハハハ、ワタクシの掌握精度も衰えたのですかねえ……」

 チルヒルも信じられないといった面持ちで、目の前で起こったことを眺めていた。

「あり得ない、このようなことなどあり得ない……。
 シルキルの魂の意志がそれほど強かった?
 いえ、むしろ常人よりも弱まっているはずなのですよ。
 『魂の変質』を2度も経て、限りなく磨耗しているはずなのですから。
 イレギュラーがあるとすれば、あなたがグリーヴァのカードを手にしたこと?
 そこで魂のカードを通じて、精霊の力を無力化する『力』が流れ込み統制を弱めたとでも――?
 フフフ、これじゃあ余計に、翼くんを捕らえなくてはいけないじゃないですか――。
 あなたの身体が、余計に、狂おしいほどに、欲しくなってきましたよお!!」

 チルヒルは動揺を露わにしながら、フィールドに意識を戻した。

「茶番に邪魔されましたが、まだワタクシのバトルフェイズは続いています!
 《ピラミッド・タートル》であなたにダイレクトアタック!
 今度こそ、邪魔者はどこにもいませんよ!」

 ピラミッド亀は存外俊敏に動き、飛び上がってピラミッドの角から翼に突撃した。

翼のLP:2100→800

「それにあなたの負けは動かないのですよ!!
 グリーヴァの帰還もデッキ破壊も強制効果です!
 ワタクシは今エンドを宣言します!
 それで、あなたのデッキはゼロとなり、あなたはカードを引けなくて終了!
 どちらにしろワタクシの勝利は揺ぎ無い!」

 チルヒルのエンド宣言により、自動的にグリーヴァの効果が発動する。
 グリーヴァが翼の場に戻り、そして赤い獅子幻獣をデッキへと放つ。
 チルヒルのデッキを削ると同時に、翼のデッキを削り取る。
 そして、翼のデッキはゼロを指した。

「――いいや、俺の勝ちだ!
 シルキルさんが必死で繋いでくれたから、俺の勝ちだ!!
 伏せカードは攻撃を防げない、だからその役目は――」

 翼は右手を振りかざし、発動を力強く宣言した。

「リバース発動! 《転生の予言》!!
 墓地にあるカードを2枚まで選択して、それぞれのデッキに戻す!
 俺は自分の墓地から《星の供物(ステラ・ホスティア)》をデッキに戻す!
 そして、お前の墓地から《ダメージ・ダイエット》をデッキに戻す!」

《転生の予言》
【罠カード】
墓地に存在するカード2枚を選択して発動する。
選択したカードを持ち主のデッキに戻す。

《ダメージ・ダイエット》
【罠カード】
このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。
また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
そのターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。

「な、に……、《転生の予言》を伏せていた……?
 しかも、今デッキに戻したカードは――」

「俺のターン、ドロー!」

 チルヒルの動揺を尻目に、翼はただ1枚のデッキを引き抜いた。
 自ら予言した勝利の結末へと、ターンを進行させた。
 高らかにカードを掲げ、この勝負の終幕に向けてカードを展開する。

「手札より儀式魔法《星の供物ステラ・ホスティア》を発動する!!
 このカードにより墓地の同じ種族のモンスター4体を除外することで、
 それと同じ種族の儀式モンスターを、墓地から儀式召喚する!!」

《星の供物》
【魔法カード・儀式】
自分の墓地から儀式モンスター1体を選択する。
その儀式モンスターと種族が同じモンスター4体を
墓地から除外することで、選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)

 この勝利まで辿り着けたのは、自分の精霊に通じる『力』に、
 デッキに宿るカードの精霊たちが答えてくれたから。
 カードエフェクトで光を放つ墓地に優しく手を添えながら。
 翼は誇らしき仲間のカード達を1体ずつ宣言していく。

「《輝鳥-テラ・ストルティオ》、《輝鳥-アクア・キグナス》、そして、
 《輝鳥-イグニス・アクシピター》、《輝鳥-アエル・アクイラ》を墓地から除外し――」

 輝鳥の魂が墓地から生け贄に捧げられ、フィールドに光として集まってくる。
 それぞれの色は触れ合って加法混色され、虹色を帯びた至高の白を生み出していく。

「再臨せよ!! 光輝の《輝鳥-ルシス・ポイニクス》!!
 そしてその効果発動だ!! 『ルーラー・オブ・ザ・ライト』!!」

《輝鳥-ルシス・ポイニクス》 []
★★★★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードを手札から儀式魔法により降臨させるとき、
自分フィールド上に存在する「輝鳥」と名のつく
儀式モンスターを生贄に捧げなければならない。
このカードの属性はルール上「風」「水」「炎」「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。
ATK/3000 DEF/2500

 今度のチルヒルに抵抗する手段はない。
 絶望の影も、魔の巣窟の亀も、光とマグマに焼き尽くされて死の灰となる。
 誰もいなくなったチルヒルの場を、ポイニクスとグリーヴァが並んで見下ろす。

「俺たちの怒りの一撃を受けてみろ!!
 ポイニクスでダイレクトアタック!
 これは俺の分だ! 『シャイニング・メテオラッシュ』!!」

 ポイニクスは翼の怒りを受けて、体躯を燃焼させ尽くし、
 猛烈にチルヒルへと隕石のごとく突撃した。

「ぐぬううううううう」

チルヒルのLP:3900→900

 手札にもフィールドにも何のカードもないチルヒル。
 致命傷のダメージを受けるが、まだライフは残っている。
 すかさず黒き人型の獅子幻獣――グリーヴァ――が前に躍り出た。

「もう一撃は、シルキルさんの分だ!
 いくよ、グリーヴァ! ダイレクトアタックだ!!
 『ショックウェーブ・パルサー』!!」

 グリーヴァは白い衝撃弾を練りだし、チルヒルへと放った。
 その攻撃にマスターを踏みにじられた怒りも込められているのか。
 力強い弾道のビジョンは、チルヒルを抉るように炸裂し、ライフを削りきった。

チルヒルのLP:900→0

 ライフがゼロを指し、チルヒルは脱落した。
 同時にエナジーが抜き取られ、チルヒルは前に倒れ込んだ
 やっとこの不毛な闘いが終わった。
 一応、デュエルはまだ続いている。
 だが、チルヒルが今力を抜き取られたのなら、シルキルも意思を取り戻すはず。
 翼は期待を込めて、シルキルを見やると、――シルキルは倒れ込んでいた。
 デュエルシステムはバトル続行不可能と判断し、自動的に翼を勝者と認定して終了した。


「シルキルさん!!」

 慌てて翼は駆け寄って、シルキルの様態を確かめる。
 その『力』を用いて、シルキルの状態を探った。
 その結果は――。

「焼き切れている――……」

 ウロボロスは『魂の変質』について話していた。
 精霊と人間を融合させれば、意識が反作用を起こして互いに食いつぶすと。
 シルキルは自分の融合と、そしてイルニルとの融合で二度『魂の変質』を経験した。
 さらに今チルヒルによって、アンデットの邪悪な意思と擬似融合させられた。
 幾度の融合で意識が摩耗してしまうのは、考えれば当然のことだった。
 これまで動けていたのも、チルヒルが人形を動かすための力を送っていたからに過ぎない。
 シルキルは既に瀕死であった。
 何をどうしようとも、摩耗した魂は元に戻らない。

「シルキルさん、起きてよ!
 もうチルヒルを倒したんだ!
 シルキルさんのお陰で倒せたんだ!
 だから、ここから出て、俺たちと一緒に――」

 『力』が『シルキルはもう死ぬ』と訴えてきても、翼の声は止まらなかった。
 しかし、最後には涙声になってかすれて、力なく途切れた。

(私は……これで満足なのですよ……)

 翼に、シルキルは精霊の声で語りかけた。
 
(元から破綻したやり方だったのです。
 私はこの場所を離れて生き続けることはできません。
 あなた方の元で過ごすことなんて夢の話なのです)

「シルキルさん、もう喋らないで……」

 薄れゆく意識の中で、シルキルは何かを伝えようとしていた。

(でも、私はあなたを助け出せただけで満足なのです。
 ウロボロスについて改めて知ったとき、この人になら再び従ってもいいと思いました。
 しかし、あなたが捕らえられたと聞いたとき、あなたを応援したいと思ったのです。
 あなた方の確からしいことを見出そうと闘い続ける姿。
 その探求が続いていくというだけで、私は嬉しい。
 あなた方の眩しさを微笑んで見送れるのです)

「見送らないでくれ! 俺たちと一緒に!!」

(私はずっと憧れてたんです、まっすぐに何かを求められる強さを持つ人に。
 さよなら翼。私の感じたあなたの『熱』を、そのまま皆に伝え続けて……)

 シルキルは事切れた。
 翼に祈りを託して。
 『力』が伝えてくる厳然とした『死』の事実に震えながら。
 翼の中にシルキルの言葉が駆け巡っていた。

「ハハハ、結局救えなかったですね。
 これはちょっとワタクシにも想定外でした。
 シルキルの魂はあそこまで弱っていたんですね」

 チルヒルはやっとで起き上がり、翼に語りかけた。

「ワタクシは腐肉に妖気を蓄えているから、吸収されても何とか行動はできます。
 しかし、これでは完全に任務失敗ですね。こりゃあ逃げるしかありません。
 あなたを逃すのは口惜しいですが、命の方が大事ですからね。
 ではでは、あなたが再び捕らえられたときに、また玩具にさせてくださいな。
 さよーな」

「――《光の護封剣》」

 翼は瞳を青く光らせて、カードの名を『詠唱』した。
 チルヒルが翼に亜精霊を何体もけし掛けて潰させた名残によって、
 この一帯は精霊の空気に満ちている。
 つまり、精霊に通じる翼は、今その力を使いこなすことができる。
 《光の護封剣》の持つ性質は、拘束の力。
 チルヒルの衣服と肌を串刺しにし、壁にくくりつけた。

「お前を許さない。
 誰かを踏みにじる奴を許せない。
 二度とこんなことをできなくしてやる」

 翼は右手を開いてかざし、チルヒルに歩み寄る。

「な、なにをする気です!!」

「その精霊の能力を全部消す。
 俺の力ならきっとできる。
 もう誰もお前にアンデット化されないようにするんだ」

「あ、ああああ……」

 翼が一歩一歩近づくたびに、シルキルは怯えたような声を挙げた。

「や、やめてくれ!!
 キ、キミが何をしようとしてるか分かってるのか!!」

 チルヒルの糾弾の声に、翼の歩みが止まった。
 取り乱したチルヒルは、いつもの慇懃無礼な口調を捨て、ひたすらまくし立てた。

「ワタクシにとって、この能力がどんなものだか分かるか!
 ワタクシたちは、その能力を活かすために作られた存在なのだ!
 そういう風に作られた存在だから、そう生きるしかできないんだ!
 それができなくなったら、生きていく意味なんてなくなるんだよ!
 キミらにとって言えば、そうだな、『去勢』されるようなもんだ!!
 死体を操れないアンデットマイスターなんて、死んだも同然だ!
 そんな残酷な仕打ちを、キミはワタクシに強いるというのか!!
 それをやると言うのなら、ワタクシとキミは同類の存在だ!
 誰かの意思を踏みにじる傲岸な存在として、変わらないじゃないか!!」

 翼の動きが完全に止まった。
 当然、チルヒルを許すことはできない。
 放っておけば、間違いなく同じ過ちを繰り返す。
 だが、翼は誰も踏みにじりたくはない。
 できるなら、誰もの更生を信じていたい。
 しかし、元からの望みが悪なら、その者はどうやって救われればいい?
 夢や願いをかなえる善が、誰かを踏みにじる悪に直結してしまう。
 その望みを断てば、その者の幸福への道を断つことになるとしたら。
 翼はそれでもその者を裁くことができるのか。
 しかし、裁かなければ、またシルキルさんのような悲劇が繰り返され――。

(迷うことない、彼は倒すべき非道あく
 でも、あなたは背負わなくていい。
 そんな命題を背負うには、まだ早い。
 だから、私が代わりに裁く)

 翼の脳裏に女性の精霊の声が響いた。
 それを認識した直後、目の前のチルヒルは――引き裂かれていた。
 そこには刃物もなければ、カマイタチもなかった。
 見えない斬撃により、チルヒルはXに引き裂かれ、致命傷を負った。
 振り返れば、そこには金色の長髪の、人形のように綺麗な女性が佇んでいた。

「キミは、エル……。
 キミも裏切るのですか――」

(裏切りじゃない。
 私は本当のウルの味方。
 そこにあなたは邪魔)

「はは、組織の行動指針に逆らっておいて、何が味方ですか!」

(……そう、語弊があったかもしれない。
 なら、『パートナー』と言い換える。
 その人の取る行動が常に正しいとは限らない。
 私は盲目的に従う『味方』じゃない。
 諌めることもある『パートナー』)

「これだけの仕打ちに遭って、まだ慕い続けると!
 それこそ盲目的な愛ですよ!
 あの方はもうあなたのことを愛してなど――」

 エルと呼ばれた女性はトドメの一撃を加えた。
 チルヒルの糾弾は、エルにより物理的に打ち切られた。

「これで良かったのか……」

(自分が助かるための命乞いに、屁理屈を混ぜただけ。
 利己心だけ、反省も見られない。
 だから、私は裁いた。
 あなたがどう裁くか、それはこれから考えていくべきこと)

「エル……さんは、俺たちの敵なの? それとも味方なの?」

(それはあと少し経てば分かること。
 約束の時間は、きっと、もうすぐだから)

「約束……?」

(私はあなたたちが来るべき場所で待ってる)

 エルはチルヒルの懐を探って、牢屋の鍵を翼へと投げ渡した。

(そこの子を解放してあげて。
 すぐまた私とは会うことになる。
 そのときに本当のことがみんな分かる)

 エルはそう言い残して去っていった。
 めまぐるしい闘いの疲れを感じながら、翼はレイの牢へと向かった。
 考えなくてはならないことは、たくさんある。
 しかし、迷う余地もなく絶対にやらなければならないことがある。

「こんなことは全部終わらせる。
 俺がウロボロスを止める」

 焼き切れていった意志へと胸を馳せながら。
 翼の闘志は静かに、だが熱く燃え滾っていた。


 そして、謎の女性エルが謎めかせた通りに、約束の時間は近づいていた。
 翼の知らないところで、約束へと続くもう一つの物語が既にきざしていた――。



第29話 幻想避行1-異世界と仔竜- に続く...