第27話 信ずるべき一光ひとひかり



『―――――。
 あなたは二度目の融合を果たし、記憶も行動原理もほとんど失った。
 その上でウロボロス様に忠誠を尽くす理由を見極めるために戻ってきた。
 それを見いだせなかったから、裏切るのですか』

『忠誠を尽くす理由なら、既に分かっています。
 そして、その理由に納得もいっています。
 その上で、翼を解放しようとしているのです』

『ますます意味不明な行動ですね。
 あなたは一体どちらの味方になろうというのですか』

 決闘前に、チルヒルと交わしたやり取りを思い返す。
 シルキル自身にも、どう考えても自分はバカげた行動をしているとしか思えなかった。

 ウロボロスを支持しない理由もなかった。
 記憶を失って、改めてウロボロスについて知ったとき。
 シルキルは再び忠誠を誓うだけの何かを見出した。
 それは動物的な直感ですらあった。
 群れの中でボスを見出したのならば、それに従わなくてはならない。
 ウロボロスは間違いなくその器の持ち主。
 力の探求者として、ウロボロスは圧倒的に優れていた。
 人道ごときが何であろうか。人の身など既に捨てている。
 だからこそ、確かに弱肉強食は自然の法則である。
 生物的に優れたウロボロスを支持すべきと本能が訴える。

 ウロボロス側に付いていたなら、寝食は保証される。
 敗れる可能性だって、それこそ奇跡でも起こされない限り低いだろう。
 翼たちの味方をしたことが判明すれば、確実に懲罰が待っている。
 ウロボロスの元に戻れば、まず間違いなく殺されるだろう。
 敵の味方とは紛れもなく敵であり、抹殺対象に違いない。
 まして、精霊の力も持っている脅威となれば、真っ先に排除されるだろう。
 であるならば、翼たちに協力してこの基地を脱出して新しく暮らすか。
 それもできないだろう。シルキルはほとんど人間を保っている佐藤浩二 元教諭とは違う。
 もう既に魔力的な擬態なしには人間を模すことができない半精霊である。
 2度目の融合の際に精霊としての残存魔力をほとんど使って、今はストックがない。
 精霊の空気の薄い基地の外でそんな無茶をしては、それこそ身体が持たない。
 この基地を出て生活するなど、ままならない身体なのだ。

 そうして命を投げ出すような造反をしてまで、どうして翼を助けたのか。
 理由は全く上手く説明できないが、シルキルは肌身で感じていた。
 ――翼を助けるために闘うのは、とても気持ちがいい。
 カードをかざす度に、沸き立つように胸が高鳴る。
 声を出す度に、喉の奥が開くように心が跳ねる。
 湧き上がるこの快さは何よりも素晴らしい。
 私は今正しいことをしている。
 魂の願いに適うことをしている。
 身体の奥底――心――からそう感じられる。
 理屈ではない。
 利害でもない。
 贖罪でもない。
 信ずるべき一光ひとひかりを翼に感じたのだ。
 その光が活力を与えてくれる。
 そこに理由も未来もいらない。
 ただこの快さが澄んで響き渡っていれば、それだけでいい。


「私のターンです、ドロー!」

 攻撃を仕損じた《闇より出でし絶望》はチルヒルの場にまだ残ったまま。
 伏せカードもチルヒルの苦しそうな表情を見る限り、さして驚異には思えない。
 引き続き、この攻撃を続くのが最善に違いない。
 冴え渡り熱を帯びたこの脳が、明晰に選ぶべき一手を導く。

「グリーヴァで攻撃です!
 『バーバラス・メテオバレット』!!」

 飛翔して超速で滑空しながら――。
 鋭い黄金の角と、鋭い爪の双拳の突撃。
 暗き絶望はグリーヴァの型に腹に風穴を空けられ、消滅した。

チルヒルのLP:900→600

「クッ……、おのれぇ……」

 対抗策のないチルヒルは、グリーヴァの雄姿を憎々しげににらむ。

「《幻獣の角》での撃破に成功したことで、さらに1枚ドローです!
 そしてカードを1枚セットして、ターンを終了します」

「ワタクシのターンです、ドロー」

 最上級のアンデットモンスターを瞬く間に失ったチルヒル。
 場の流れは確実にシルキルにあると言える。
 だが、チルヒルの戦意はまったく削がれていない。
 むしろ追い詰められるほど、チルヒルの表情からは遊びが消えていた。
 活きのいい生体に興味を示す、科学者の真剣な相貌へと変化していた。

「フフフ、痺れるような強さと気高さですね。
 いいです……、いいですよ、あなたァ!」

「!!?」

 チルヒルは真顔のままで、艶っぽく恍惚とシルキルに呼びかける。

「ますますあなたの身体が欲しくなりました。
 あなたという素体は、やはり本当に興味深いです。
 ウロボロス様はあなたをただの手駒としかみなしていません。
 魂の変質を経た実験の失敗例には、さして興味がないのでしょう。
 ですが、ワタクシは違うのですよ。
 あなたは変質に変質を重ねた、ワタクシ達の進化の可能性なのです。
 ワタクシ自身もね、アンデットの身体を再生するという特性を応用して、
 生物に霊魂を込めることによる疑似融合を行うことができるのですよ。
 ですが、自分自身の身体を実験台にするのは、いささか心もとない。
 そこで、あなたというサンプルを是非とも研究しておきたい。
 そうすれば、ワタクシがさらなる究極生物になるためのデータが得られるでしょう!」

 翼をめぐって始まった争い。
 しかし、アンデット使いの貪欲なる矛先は、シルキルにも向けられている。
 シルキルはその貪欲さに鳥肌を覚え、目を見張りたじろいだ。

「さあ、これがあなた達を手に入れるための、ワタクシのバトルフィールドです!
 手札より発動! 死者の腐敗に満ちた楽園! 《アンデットワールド》!!」

 チルヒルの足元から黒紫の領域が広がり、対峙するシルキルにまで及ぶ。
 朽ちた草木、腐乱した死体、漂う霊魂、腐臭に惹かれた蟲の群れ。
 およそこの世のものとは思えないおぞましい空間が投影される。
 腐敗した世界に取り囲まれ、グリーヴァが苦しさを訴える。
 息をすればするほど、身体に取り込まれるのは汚染された瘴気。
 ソレは体内を侵食し、グリーヴァの体組成を改変していく。

「この領域において、場のモンスターはすべてアンデット族に変化します。
 その影響は墓地にも同様に及びます。
 単にワタクシの同類を増やす効果しか持たないフィールドです。
 恐るるに足りないような、可愛らしい効果のフィールドでしょう?」

《アンデットワールド》
【魔法カード・フィールド】
このカードがフィールド上に存在する限り、
フィールド上及び墓地に存在する全てのモンスターをアンデット族として扱う。
また、このカードがフィールド上に存在する限り
アンデット族以外のモンスターのアドバンス召喚をする事はできない。

「ですが――」

 グリーヴァの黄金の角にヒビが入り、間もなく砕け散った。
 アンデットと化して獣の気高さを失った今、聖なる角は効力を失ってしまった。
 《幻獣の角》は装備対象を不適合とみなし、自壊した。

《幻獣の角》
【罠カード】
発動後このカードは攻撃力800ポイントアップの装備カードとなり、
自分フィールド上に存在する獣族・獣戦士族モンスター1体に装備する。
装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊し
墓地へ送った時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「ワタクシ達に仲間入りしたんですから、そんな尖った角は捨てて、
 暗闇や死体や腐葉土のように、柔らかなる感触を愛そうじゃありませんか、ねえ!」

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3900→3100

「そうですか、このためにこのフィールド魔法を……」

 シルキルの圧倒的な戦闘優位を、チルヒルが崩した。

「そして、リバースカード《リビングデットの呼び声》を発動!
 墓地のモンスターを復活させます!
 舞い戻りなさい! 《地獄の門番イル・ブラッド》!!」

《リビングデットの呼び声》
【罠カード・永続】
自分の墓地のモンスター1体を選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 再び巨大なる異形の囚人がフィールドに姿を現す。

「さらに再度召喚することで、その蘇生効果を得ます。
 そして、《闇より出でし絶望》を墓地から復活させます!」

《地獄の門番イル・ブラッド》 []
★★★★★★
【アンデット族・デュアル】
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、手札・自分または相手の墓地に存在する
アンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上から離れた時、
この効果で特殊召喚したアンデット族モンスターを破壊する。

ATK/2100 DEF/ 800

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

 絶望の巨大なる影が、死者の領域に出現する。
 この場には《一族の結束》が存在している。
 アンデットの魔力が束ねられ、絶望を肥大化させる。

《一族の結束》
【魔法カード】
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が1種類のみの場合、
自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。

《地獄の門番イル・ブラッド》ATK2100→2900
《闇より出でし絶望》ATK2800→3600

「攻撃力を逆転されましたか……」

 今度はシルキルが苦い表情をすることになる。

「さあ、攻めと守りの立場逆転です!
 《闇より出でし絶望》で攻撃!
 『フィアーズ・ブロー』!!」

 影は何処からでも何度でもよみがえり、陽の元の住人を喰らおうとする。
 巨大な悪魔を象った絶望の影が、グリーヴァを殴打しようとする。

「リバースカード発動!
 《攻撃の無敵化》発動です!
 第二効果の私への戦闘ダメージ無効化を選択します。
 そして、グリーヴァの効果を同時に発動です!」

《攻撃の無敵化》
【罠カード】
バトルフェイズ時にのみ、以下の効果から1つを選択して発動できる。
●フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターはこのバトルフェイズ中、
戦闘及びカードの効果では破壊されない。
●このバトルフェイズ中、自分への戦闘ダメージは0になる。

 影の拳はグリーヴァを直撃したはずが、――すり抜けた。
 既にグリーヴァは幻影と化している。現象として捉えることは不可能となった。
 その攻撃の勢いのまま、シルキルに攻撃が及ぶが、先の罠の効果に阻まれた。

「グリーヴァ自身の効果『ファントム・ヴァリー』により、
 グリーヴァをエンドフェイズまで除外ゾーンに退避させます。
 よって、このターンの戦闘であなたにできることはありません」

「2体用意しても仕留めることはできませんでしたか。
 ですが、今度はあなたが耐え忍ぶ番ですよ。
 さあ、ターンエンドと同時にグリーヴァの効果をどうぞ」

 チルヒルは相手を挑発する余裕を見せつける。
 対してシルキルは渋い表情で除外ゾーンに手をのばした。

「グリーヴァの帰還、そして同時に『メモリー・イーター』の効果が発動。
 お互いのデッキを5枚墓地に送ります……」

 流れはチルヒルに傾きつつある。
 自分にも相手にも墓地を肥やすメリットを与えるこの効果。
 その恩恵を得る流れに乗ったものは即ち――。

「そして、墓地に3体目の《闇より出でし絶望》が落ちました。
 相手の効果により墓地に送られたため、場に特殊召喚です!
 フフフ、運にも見放されてしまったようですね!」

チルヒル
LP600
フィールド魔法
《アンデットワールド》
モンスターゾーン
《闇より出でし絶望》ATK3600、《闇より出でし絶望》ATK3600、《地獄の門番イル・ブラッド》ATK2900
魔法・罠ゾーン
《一族の結束》
手札
1枚
デッキ
21枚
シルキル
LP100
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3400
魔法・罠ゾーン
なし
手札
2枚
デッキ
18枚

 超攻撃力のアンデットが3体も並んでしまった。
 並みのデュエリストならば、到底実現しえない驚異的な布陣。
 だが、シルキルも完全に不利というわけではない。

《幻獣クロスウィング》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
このカードが墓地に存在する限り、
フィールド上に存在する「幻獣」と名のついた
モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
ATK/1300 DEF/1300

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100→3400

 墓地には今3体目のクロスウィングが落ちた。
 グリーヴァの攻撃力は3400。
 《地獄の門番イル・ブラッド》程度ならば打ち崩せる。

「私のターン、ドロー」

 シルキルに攻撃力を増強する手段は舞い込まない。
 もっとも、グリーヴァは現在アンデットに種族を変えられている。
 《野性解放》などの魔獣のサポートカードも無力化されている。
 待つのも分が悪い賭けだが、まずは今ある手段で耐え忍ぶしかない。

「少しでもモンスターを減らしておきます!
 グリーヴァで《地獄の門番イル・ブラッド》に攻撃です!
 『ショックウェーブ・パルサー』!!」

 衝撃を込めた白きエナジーボールが、イル・ブラッドを射抜く。
 同時にイル・ブラッドの力で蘇った《闇より出でし絶望》1体も消滅した。

チルヒルのLP:600→100

 これで相手の場に残る《闇より出でし絶望》は1体のみ。
 攻撃力を追い越すことはできないが、翻弄するくらいはできるだろう。

「私はリバースを2枚セットして、ターン終了です」

「さて、ワタクシのターンですね、ドロー!
 フフフ、やはり攻める側というのは心が躍りますね。
 ワタクシのモンスターで、あなたをいかに震え上がらせるか!
 それを想像するだけで、ゾクゾクと興奮が突き上げるのです!」

 チルヒルは引いたカードを得意げに指で弄びながら、高揚感にひたる。

「さあ、不死身なるアンデットの脅威を思い知りなさい!
 ワタクシは《生者の書−禁断の呪術−》を発動します。
 あなたの墓地のカードを除外しつつ、アンデットを蘇生できます!」

《生者の書−禁断の呪術−》
【魔法カード】
自分の墓地に存在するアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚し、
相手の墓地に存在するモンスター1体を選択してゲームから除外する。

「さて、あなたの墓地から《幻獣サンダーペガス》を除外します。
 そして、墓地から蘇生させるのは当然《闇より出でし絶望》!!」

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

「クッ、サンダーペガスが……」

《幻獣サンダーペガス》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分フィールド上に存在する「幻獣」と名のついた
モンスター1体が受ける戦闘ダメージを0にする。
この時そのモンスターは戦闘によって破壊されない。
ATK/ 700 DEF/2000

「ワタクシの蹂躙方法は主に戦闘破壊。
 守りにでも入られたら面倒ですからね。
 少しでも壁は薄くさせてもらいますよ。
 そして、アンデットの展開はまだ続きます!
 墓地から《馬頭鬼》を除外して、効果を発動!
 同じくアンデットを蘇生することができます!
 さらにもう1体、《闇より出でし絶望》を蘇生させます!!」

《馬頭鬼》 []
★★★★
【アンデット族・効果】
自分のメインフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分の墓地からアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚する。
ATK/1700 DEF/ 800

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

 ここに3体の絶望の巨大なる影が揃った。
 グリーヴァの視界を覆い尽くす悪魔の影の群れ。
 さながら地獄の審判に科されたように絶望的な状況である。

「さあ、《闇より出でし絶望》の連続攻撃です!
 もっとも、防ぐ手段がなければ、ライフ100のあなたなど一撃です!
 まずは一撃目! 『フィアーズ・ブロー』!!」

 一体の絶望の影が這いより、グリーヴァに攻撃をしかける。

「リバースオープン、《月の書》!!
 モンスターを裏守備表示にします!」

《月の書》
【魔法カード】
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。

「こちらの1体を裏守備にしても、まだ2体の攻撃が残っています。
 そんな足掻きをしても、無駄なことですよ!
 最初からその程度の防御カードしか発動できないなら、勝負は見えましたかね!」

「裏守備にするのは、あなたのモンスターではありません!
 私のグリーヴァです! 守備表示になったことで私にダメージは与えられません!」

 グリーヴァが月の魔力により、瞬間的に守備態勢を取った。
 だが、《闇より出でし絶望》の攻撃は止まらずに迫る――。

「ほう……。なるほど、そう来ましたか。
 それでも戦闘破壊は有効ですが、あなたの墓地には――」

「――墓地から《幻獣サンダーペガス》の効果が発動しています!
 これにより幻獣モンスターの戦闘破壊を1度無効にします!」

《幻獣サンダーペガス》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分フィールド上に存在する「幻獣」と名のついた
モンスター1体が受ける戦闘ダメージを0にする。
この時そのモンスターは戦闘によって破壊されない。
ATK/ 700 DEF/2000

 電磁結界が張られ、グリーヴァに攻撃は及ばない。

「ですが、ワタクシの絶望のしもべはまだ2体。
 対してあなたのサンダーペガスは生者の書で除外したから、
 残り1体のはずです! 攻撃をさらに続行しますよ!
 2体目の『フィアーズ・ブロー』!!」

「……この戦闘破壊も無効です!
 サンダーペガスの効果発動!!」

 再び暗闇の拳と幻獣の電磁結界が火花を散らした。
 闇を退けるサンダーペガスの閃光。
 しかし、これでサンダーペガスは3体とも除外されてしまった。
 次の攻撃を同じ手で防ぐことはできない。

「続いて、3体目の攻撃です!
 さあ、このまま通しますか!?」

 すかさずシルキルが腕をかざす。

「リバースの速攻魔法発動です。
 《エネミーコントローラー》!!
 コマンド操作によりあなたのモンスターを守備表示にします!」

《エネミーコントローラー》
【魔法カード】
次の効果から1つを選択して発動する。
●相手フィールド上に表側表示で存在する
 モンスター1体を選択し、表示形式を変更する。
●自分フィールド上のモンスター1体をリリースして発動する。
 相手フィールド上に表側表示で存在する
 モンスター1体を選択し、エンドフェイズ時までコントロールを得る。

「やっと守り抜いたというところですね。
 では、こちらはターンエンドして差し上げましょう」

「私のターンです、ドロー……」

 劣勢に追い込まれ、シルキルは神妙な目つきで手札を見つめる。

「私は《一時休戦》を発動します。
 お互いにあなたのターン終了時までダメージを与えられなくなります。
 そして、お互いにデッキからカードを1枚ドローします」

《一時休戦》
【魔法カード】
お互いに自分のデッキからカードを1枚ドローする。
次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。

「同時にグリーヴァの退避効果『ファントム・ヴァリー』を発動です。
 そのままエンドに突入して、グリーヴァが戻ってきます。
 さらに『メモリー・イーター』の効果が発動して、
 お互いのデッキを5枚削った上で、ターン終了です」

チルヒル
LP100
フィールド魔法
《アンデットワールド》
モンスターゾーン
《闇より出でし絶望》ATK3600、《闇より出でし絶望》ATK3600、《闇より出でし絶望》ATK3600
魔法・罠ゾーン
《一族の結束》
手札
1枚
デッキ
15枚
シルキル
LP100
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》DEF2400
魔法・罠ゾーン
なし
手札
2枚
デッキ
10枚

「敢えてデッキを削る効果を発動……?
 なるほど別の勝ち筋も見据えるということですか。
 あなたの方がデッキは少ないのですが、何か策があるということでしょう」

「……あなたのターンを進めてください」

「急かさないでくださいよ。
 劣勢で生殺しに悶えるあなたの表情を楽しませてください。
 おっと怒ってくれてもいいですよ、それもそれで一興ですから。
 とはいえ、そこの坊やを早く手に入れたいところでもありますね。
 ひとまずはドローといきましょう」

 饒舌にシルキルを煽りながら、チルヒルは余裕げにカードを引いた。

「休戦を結ばれては、こちらもできることが限られてしまいますね。
 フィールドには余裕があります。
 《アドバンスドロー》を発動しておきましょう。
 《闇より出でし絶望》1体を生け贄に捧げて、カードを2枚ドローです」

《アドバンスドロー》
【魔法カード】
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル8以上のモンスター1体をリリースして発動できる。
デッキからカードを2枚ドローする。

 蘇生に秀でたアンデットだからこそ使いこなせる手札補充カード。
 カードを2枚手にしようとしたところで、シルキルが介入する。

「ここでチェーン発動、グリーヴァの効果『ファントム・ヴァリー』です。
 除外ゾーンに退避させてもらいます」

「おっとなるほど、休戦を結んだのはあなたとワタクシの間だけです。
 つまり、モンスター同士の戦闘では戦闘破壊処理も行われますものね。
 ならば、グリーヴァを逃がしておいたほうがいい。とても賢明な判断でしょう。
 ですが――」

 シルキルは残る1枚の手札をかざす。
 するとグリーヴァに聖水が振りかけられ、魔力が失われた。

「効果が発動しない!?」

「《禁じられた聖杯》を発動して、モンスター効果を封じました。
 今度こそ逃しはしませんよ。
 グリーヴァを守るリバースがないのですから、これを逃す手はありません」

《禁じられた聖杯》
【魔法カード・速攻】
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は
400ポイントアップし、効果は無効化される。

「クッ……、このままではグリーヴァが……」

「さて、改めて《アドバンスドロー》の効果処理でカードを2枚ドローです。
 そして、差し出された生け贄グリーヴァは、美味しくいただくとしましょう。
 しかし、ただ食い散らかすだけでは、ちょっと味気ないですね」

 3枚もある潤沢な手札にサディスティックな嗤いを隠しながら。
 しかし、その企み嗤いを声音には露骨に響かせながら。
 チルヒルは2枚のカードを意気揚々と盤上に叩きつけた。

「まずは2枚目の《魔界の足枷》を発動です!
 これによりグリーヴァの自由を奪います。
 そして、《ヴァンパイア・ベビー》を召喚です!!
 この状況がどういうことか分かりますかね、フフフ!!」

《魔界の足枷》
【魔法カード・装備】
装備モンスターは攻撃する事ができず、攻撃力・守備力は100になる。
また、自分のスタンバイフェイズ毎に、
装備モンスターのコントローラーに500ポイントダメージを与える。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》DEF2400→DEF100 ATK3100→100

《ヴァンパイア・ベビー》 []
★★★
【アンデット族・効果】
このカードが戦闘によってモンスターを破壊したバトルフェイズ終了時、
墓地に存在するそのモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
ATK/ 700 DEF/1000

「つまり、あなたの魂のモンスターをワタクシのものにできるということです!
 さあ、《ヴァンパイア・ベビー》でグリーヴァを攻撃です!
 『アルト・ネーゲル』!!」

 マントをたなびかせながら、幼き吸血鬼が爪を振るう。
 そして、傷口から血が移植され、グリーヴァは昏倒する。
 ベビーは瞳を金色に光らせ、何やら盟約の呪文を唱えている。

「戦闘破壊時の効果発動、『アルト・シューレ』!
 これであなたのグリーヴァはワタクシのものです!!
 それでも健気に《幻獣クロスウィング》は力を送り続けるんですよね。
 その効果対象はあくまでフィールド上の幻獣モンスターですからね!
 高い攻撃力で耐性付きで墓地肥やしもできる!
 惚れ惚れするくらい素晴らしい! 素晴らしい力です!!」

 グリーヴァのコントロールがチルヒルに奪われた。
 《一時休戦》により追撃はないが、その効果はあくまでも『一時的』。
 次のターンをやり過ごす術を見出さなければ、不利になる一方である。

「シルキルさん……」

 あまりにも絶望的な戦況に、翼も思わず声をかけてしまう。
 デュエルとは対峙するデュエリスト同士の孤独な闘い。
 自分の身が賭けられているとしても、力を貸すことはできない。

「翼さん、私は大丈夫ですよ」

 しかし、シルキルは気丈に翼に声を返した。
 シルキルは自分の手札の2枚を掲げ、そこに策があるとほのめかす。

「私の切り札はグリーヴァだけではありません。
 あなたを二重にも三重にも追い詰めた、あの終盤の攻防を忘れてしまいましたか?」

 シルキルは翼に力強く問い返した。
 決して勝負を諦めていないシルキルの意欲的な身構え。
 闘った友の頼もしい姿がそこにある。
 あのときに全力で交わした熱い勝負が胸にこみ上げる。
 そうだ。切り札の1枚を奪われても、シルキルは負けない。
 それは苦戦させられた自分が一番よく知っている――。

「そうだね! まだやれることは残ってる!
 《ヴァンパイア・ベビー》だって攻撃表示のままだ!
 次のターンこそ、チャンスだよ!」

「ええ、必ずや勝利を収め、あなたを救い出します」

「ハハハ、美しい友情ですね。
 実に踏みにじりたい!! 悪役として最高に腕が鳴る状況ですよ!
 あなた方の健気な足掻きを見せていただきましょうか!
 さあ、ワタクシはリバースを1枚セットして、ターンエンドです!」

 待ちに待った反撃のチャンスが、ここに到来する。

チルヒル
LP100
フィールド魔法
《アンデットワールド》
モンスターゾーン
《闇より出でし絶望》ATK2800、《闇より出でし絶望》ATK2800、
《ヴァンパイア・ベビー》ATK700、《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3400
魔法・罠ゾーン
《一族の結束》、伏せカード×1
手札
0枚
デッキ
12枚
シルキル
LP100
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
2枚
デッキ
10枚

「私のターンです、ドロー!!」

 シルキルは力強くカードの発動を宣言する。

「魔法カード発動! 《ナイト・ショット》!!
 相手の伏せカードを、チェーンの有無を言わさずに破壊します!」

《ナイト・ショット》
【魔法カード】
相手フィールド上にセットされた魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。
このカードの発動に対して相手は選択されたカードを発動できない。

 闇を引き裂いて、一条の光が伏せカードを射抜いた。
 破壊したカードは《収縮》。
 今用いようとしていた第二の切り札の天敵。
 残るリバースはなく、攻撃を妨げるものはない。
 後はそのカードをこの手に呼び寄せるのみ。

「手札の《野生解放》を捨てて、《死者転生》を発動です!
 墓地のモンスターカード1枚を選択して、手札に戻します!
 サルベージするカードは――」

《死者転生》
【魔法カード】
手札を1枚捨て、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを手札に加える。

 モンスターカードであることを示すために。
 そして、反撃の狼煙を上げるために。
 決闘に挑む騎士のように、カードの名を高らかに名乗る。

「《カオス・ネクロマンサー》を手札に!
 そして、そのまま召喚です。
 このカードの攻撃力は墓地のモンスターカードによって決定します。
 グリーヴァの効果によって、墓地の準備が整った今、その攻撃力は――」

《カオス・ネクロマンサー》 []

【悪魔族・効果】
このカードの攻撃力は、自分の墓地に存在する モンスターカードの数×300ポイントの数値になる。
ATK/ 0 DEF/ 0

《カオス・ネクロマンサー》ATK 0→4200(14体分)

「サンダーペガスの除外が響いていますが、十分な攻撃力です。
 あなたの3000の並ぶ布陣でも圧倒することは――」

 しかし、いざ攻撃に際してチルヒルの場を確認して気づく。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3400
《闇より出でし絶望》ATK2800
《闇より出でし絶望》ATK2800
《ヴァンパイア・ベビー》ATK 700

「《一族の結束》の効果が消えている……ですと……!?」

 攻撃力3000を上回っているのは、グリーヴァのみ。
 《闇より出でし絶望》2体の攻撃力は上昇していない。
 《一族の結束》を投入するデッキで、他種族を入れるのはセオリーではない。
 あり得るとすれば、それ以上のメリットが見込めるときか。
 あるいは墓地に存在する他種族をすぐに処理できるときのみか。

「今さら気づいたのですか。
 ですが、ワタクシたちの現在のプロフェッショナル・ルールでは、
 墓地に送られるカードの確認は送るタイミングの数秒間のみです。
 今確認することはできませんが、さてどうしますか?」

 不確定な状況にためらいは生まれるが、墓地から発動するカードであるとしても、
 攻撃に反応して、《カオス・ネクロマンサー》を破壊するほどのカードはないはず。
 攻めるのが妥当な選択であることに変わりはない。

「《カオス・ネクロマンサー》で《ヴァンパイア・ベビー》に攻撃です!
 『ネクロ・パペットショー』!!」

 墓地に眠れる獣たちを見えない糸で操る。
 勇壮なる百獣の群れが《ヴァンパイア・ベビー》に襲い掛かる。

「――お望み通り、墓地よりモンスター効果発動です!」

 しかし、進軍は見えない壁に阻まれてしまう。
 何が攻撃を妨害しているのか。
 よく見れば、そこには戦士の幻影がたった一人立ちはだかっている。

「《ネクロ・ガードナー》の効果を発動させました。
 墓地から除外することで、相手の攻撃を1度だけ無効にします。
 友情ごっこにかまけて、こちらの布石を見逃すとはお笑いものですねぇ!」

《ネクロ・ガードナー》 []
★★★
【戦士族・効果】
相手ターン中に、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。
このターン、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
ATK/ 600 DEF/1300

 シルキルの渾身の反撃は凌がれてしまった。
 勝機を逸した。しかし、これは致命的なミスというわけではない。

「どちらにしろ、この攻撃が最善のプレイングでした。
 私の場に攻撃力4000以上のモンスターがいることに変わりはありません。
 このままターンエンドです」

 シルキルは努めて冷静に相手にターンを返した。

「フフ、ならばワタクシのターンです、ドロー……」

 シルキルが冷静なのも強がりではない。
 攻撃力が上回ったモンスターを召喚したのはシルキルである。
 デッキの残りが少ないにしても、シルキルのデッキはデッキ切れ対策も想定している。
 対策を考えて守勢に回らざるを得ないのは、今はチルヒルの方である。
 だが――。

「フフフ、これはワタクシの勝ちが決まったかもしれません。
 いいカードを引きましたよ!」

 1枚のカードで流れが変わるのがデュエルモンスターズの常。
 チルヒルは意気揚々と引いたカードをディスクに叩きつけた。

「《不死式冥界砲》を発動です!
 以後アンデットが特殊召喚された場合、相手に800ダメージを与えます」

《不死式冥界砲》
【魔法カード・永続】
自分フィールド上にアンデット族モンスターが特殊召喚された時、
相手ライフに800ポイントダメージを与える。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「ですが、さらにカードを使って特殊召喚しなければ、ダメージは……」

「ここでワタクシ・・・・・・のグリーヴァの効果を発動させましょう!
 技名は『ファントム・ヴァリー』! でしたっけ?」

「なに!!」

「このモンスターは今現在アンデット化しています。
 エンド時に私のフィールドに戻ってきたときに、
 あなたにダメージを与えられる、違いますかね?」

「……その帰還効果は『特殊召喚』としては扱われません。
 《奈落の落とし穴》などの特殊召喚に呼応する効果は発動されません」

「あら、それは興を削がれてしまいますね。
 あなたから奪ったカードであなたにトドメを刺せるのなら、皮肉めいて面白いのですが。
 ならば、仕方ありません。
 墓地から新たなモンスターの効果発動です!」

「確かにまだあなたの《一族の結束》の効果は発揮されていません。
 いったい何のカードを……」

「《闇より出でし絶望》のレベルを1下げることにより、
 墓地の《レベル・スティーラー》をワタクシの場に特殊召喚します」

 チルヒルの墓地が効果の発動のエフェクトで光を放つ。
 そして、天道虫のようなモンスターが素早く飛び出て、
 絶望の影からレベルをかすめ取り、そのまま場に降り立った。
 本来の昆虫種族はアンデットに上書きされ、死屍にたかる蠅のようにおぞましい。

《レベル・スティーラー》 []
★★★
【昆虫族・効果】
このカードが墓地に存在する場合、
自分フィールド上のレベル5以上のモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
このカードは生け贄召喚以外のためには生け贄に捧げることはできない。
ATK/ 600 DEF/ 0

「《アンデットワールド》の効果でこのモンスターもアンデット化しています。
 すなわち《不死式冥界砲》の効果が発動して、あなたにダメージ!!
 これでワタクシの勝ちです!」

 アンデットの召喚に生きた砲台が歓喜の声を上げる。
 そして、怨念の悪霊の弾丸が放たれ、シルキルをそのまま貫いた。

シルキルのLP:100→0

「がああああああああああ!!!!」

「シルキルさん!!」

 自分の魂のモンスターを奪われ、ライフ100まで追い詰めながら負けた。
 実力伯仲ながらも、その勝利を分けたのはデッキの相性だったのか。
 それとも勝つことへの渇望の差だったのか。
 敗者の罰としてエナジーが奪われ、シルキルの意識は朦朧としていく。
 ――いや、まだ意識を失うには早い。あと一つだけ成すべきことがある。
 それだけは何としてでも果たさなくてはなるまい。

「つ……ばさ……、これを……!」

 最後の力を振り絞り、シルキルは何かを翼に投げつけた。
 握り拳くらいの、手に持つのにちょうどいい大きさ。
 それは翼のデッキケースであった。
 吸い込まれるように、翼の胸元へと舞い込んだ。
 翼はデッキを手にして、決然とチルヒルをにらみ返す。
 一瞬目を離したうちに、チルヒルはシルキルの背後にまわり、
 後ろから頭蓋を鷲掴みにしていた。

 ――あのとき森の奥で、斗賀乃先生がイルニルを消滅させたときのように――。

「何をしてるんだ!!」

「何って、生体実験ですよ。
 ワタクシの目の前で身を崩すとはつまり、ワタクシの下僕しもべになるということです。
 生気を極度に失った者にワタクシの魔力を注入することで、
 ワタクシはそのコントロールを得ることができるのです。
 つまり、この瞬間、あなたのお友達のシルキルくんはねぇ!!」

 饒舌に語りながら、チルヒルは激しく魔力を注入していく。
 シルキルの身体がけいれんして、弓なりに何度も跳ねる。

「やめろ!! ポイニクスの力だ!
 この牢の鍵を破壊する!!」

 精霊の力を借りて、翼のデッキから火炎弾が放たれる。
 鍵は溶けて、門の留め金は意味を成さなくなった。
 すかさず扉を開けて、シルキルのもとに駆けつけるが――。

「もう、手遅れなんですよ」

 翼を迎えたのは、目を真っ赤に染め、口から紫の溶液をたらした、
 もはやアンデットに成り果てたシルキルの姿であった。

「あ……ああ……」

 変わり果てた凄惨な姿に、翼がうめいた。

「うーん、あなたが駆けつけるのが速かったから、微調整する時間がなかったですね。
 でも、ワタクシはこの道のプロフェッショナルですから。
 きっと骨の髄まで洗脳できているはずですよ」

「シルキルさんを元に戻せ!!」

「嫌ですよ。せっかくワタクシの下僕が増えたのですから」

「なら、俺の力でお前を――」

「おっと、いいのですか?
 ワタクシはシルキルさんの身体を握っているも同然なのですよ。
 あなたが刃向うというのであれば、人質としてこの子を使いますよ」

 チルヒルが中指でくいとシルキルを手招く。
 するとシルキルは魅入られたように、チルヒルの元にかしづいた。
 顔を向けて、顎を撫でられ、飼い犬のように息を荒くさせた。

「クッ……、人の意思を奪って――許せない!!」

 怒りに力がこもり、翼の目は青く発光している。
 そのままチルヒルを打ち砕きたいほどなのに、手出しができない。

「フフフ、いい表情です!!
 とはいえ、デッキを手にされた今、ワタクシもあなたに手を出せませんね。
 シルキルくんを盾に、ここから逃げた方が良いのでしょうか。
 ああでも、門番としての任務が台無しになっちゃいますねぇ」

 このままではチルヒルに手が出せない。
 だが、引き下がるわけにはいかない。
 追い込まれた翼は――。

「なら、デュエルだ。
 俺にエナジー・ベルトをつけろ!
 俺で人体実験することが目的だったんなら、
 俺に勝ってから好きにしろ!
 でも、俺が勝ったなら、シルキルさんは解放してもらう!!」

 ――チルヒルに決闘を申し込んだ。

「フフ、面白い賭けですね!
 友のために自らの身体を差し出すと!
 ああ、身悶えするほど美しい友情ではありませんか!
 ですが、あなたはシルキルに勝ったんですよね。
 そうならば、互角程度のワタクシでは分が悪いかもしれませんね。
 ですから、こちらの条件としては――」

 シルキルに頬ずりをしながら、チルヒルは翼に提案する。

「シルキル、ワタクシ、あなたの3人でバトルロイヤルをしませんか?
 みんなベルトを着けて、3人で仲良くデュエルしましょうよ」

「……分かった、なら、デュエルだ!」

 チルヒルの指す条件の意味を理解しながら、翼はデュエルを引き受けた。
 シルキルは今はチルヒルの手駒となっている。
 つまりは実質的に2対1の闘いとなる。
 その不利で勝利しなければ、翼はチルヒルに蹂躙される。
 だが、相手が勝負に乗ってきたのなら、どんな条件であれ勝てばいい。
 怒りの力で瞳を青く光らせたまま、翼はデュエルディスクを掲げた。
 ベルトが投げつけられ、ドレイン出力は最大にセット。
 3人の臨戦態勢が整う。

「俺は絶対に負けない! デュエルだ!!」

シルキル(アンデット) VS チルヒル VS 翼

※バトルロイヤルデュエル:バトルロイヤルルールを適用
 通常のLP4000制ルールに、次のルールを追加する。

○カードに『相手の』『お互いに』という記述がある場合は、相手を選んで効果適用する。
 例を挙げれば、《昼夜の大火事》では相手を選択して1人にのみダメージを与える。
  《手札抹殺》では自分と選んだ相手の2人のみが手札を捨てて、その枚数をドローする。
  《大嵐》などフィールド全体に適用される効果は、そのまま全体に効果が及ぶ。

○直接攻撃の場合に限り、攻撃を受けるプレイヤーに隣り合ったプレイヤーが
 指定したモンスターでかばうことが可能(戦闘ダメージはかばうプレイヤーがうける)。
 この場合、相手フィールド上に新たなモンスターが出現した扱いとして、
 攻撃の巻き戻しが行われ、攻撃するプレイヤーは攻撃続行するかどうかを選択する。

○バトルフェイズは1巡目の最後のプレイヤーのターンから移行できるようになる。
 3人いる場合、3番目にプレイするプレイヤーが最初にバトルフェイズ移行ができる。



「私ノたーんデス、ドロー……」

 チルヒルに意思を奪われたシルキルが、調子の外れた言葉遣いでターンを開始する。

「手札カラ《デビルズ・サンクチュアリ》ヲ発動シマス。
 場ニとーくんヲ一体特殊召喚シマス」

《デビルズ・サンクチュアリ》
【魔法カード】
「メタルデビル・トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を
自分のフィールド上に1体特殊召喚する。
このトークンは攻撃をする事ができない。
「メタルデビル・トークン」の戦闘によるコントローラーへの超過ダメージは、
かわりに相手プレイヤーが受ける。
自分のスタンバイフェイズ毎に1000ライフポイントを払う。
払わなければ、「メタルデビル・トークン」を破壊する。

「サラニ手札カラもんすたーヲせっとシマス。
 ソシテ、《太陽の書》デ即座ニりばーすもんすたーヲおーぷんデス」

《太陽の書》
【魔法カード】
フィールド上に裏側表示で存在するモンスター1体を選択し、表側攻撃表示にする。

「りばーすもんすたーハ《幻想召喚師》デス。
 とーくんヲ生ケ贄ニ、りばーす効果ガ発動サレマス。
 融合でっきカラ、《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ヲ特殊召喚シマス」

《幻想召喚師》 []
★★★
【魔法使い族・効果】
リバース:このカード以外のモンスター1体をリリースし、
融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。
この効果で特殊召喚した融合モンスターはエンドフェイズ時に破壊される。
ATK/ 800 DEF/ 900

 召喚師によって悪魔像のトークンが生け贄に捧げられ、融合体の幻像が投影される。
 アンデットに身を侵されても、グリーヴァの魂との絆は途切れない。
 幻影ながらも、黒き誇り高き幻獣は1ターン目から召喚された。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》 []
★★★★★★★★
【獣戦士族・融合/効果】
「幻獣王ガゼル」+「幻獣」と名の付いたモンスター×2
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
自分フィールド上のこのカードをゲームから除外できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
この効果で除外したこのカードは次のエンドフェイズ時にフィールド上に戻り、
お互いはそれぞれデッキの上からカードを5枚墓地に送る。
ATK/2500 DEF/2400

「魔法かーど《闇の誘惑》ヲ発動シマス。
 コノ発動ニちぇーんシテ、『グリーヴァ』ノ効果ヲ発動デス。
 えんどふぇいずマデ除外退避サセマス。
 コレデ『グリーヴァ』ハ《幻想召喚師》ノ破壊でめりっと効果ニ縛ラレマセン。
 ソシテ改メテ《闇の誘惑》ノ効果処理デス。
 かーどヲ2枚引イテ、手札の闇属性ノ《幻獣ロックリザード》ヲ除外シマス」

《闇の誘惑》
【魔法カード】
自分のデッキからカードを2枚ドローし、
その後手札の闇属性モンスター1体を選択してゲームから除外する。
手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へ送る。

「かーどヲ1枚せっと。たーんえんどデス。
 コノたいみんぐデ『グリーヴァ』ガ場ニ戻リ、同時ニ効果ヲ発動デス。
 『チルヒル』サンヲ指定シテ、オ互イニでっきカラかーどヲ5枚墓地ニ送リマス」

 バトルロイヤルルールにより、相手を指定した上で効果が発動される。
 チルヒルのアンデットデッキにとって、適度な墓地送りはかえって都合がいい。
 そして、チルヒルの墓地から先ほどのデュエルと同じように怪しく暗闇が湧き出す。

「そして、ワタクシの墓地からモンスター効果が発動します。
 《闇より出でし絶望》が相手カードの効果で墓地に送られ、場に特殊召喚されます!
 フフフ、最高のチームワークプレイってやつですねえ!!」

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

「何がチームワークだ! ただ操ってるだけじゃないか!!」

「それでも協力してくれていることには変わりありませんよ。
 さて、ワタクシのターンですね、ドロー」

 いきり立つ翼をあしらいながら、悠々とチルヒルはターンを開始する。

「さて幸先のいい手札が揃っています。
 手札から永続魔法《不死式冥界砲》を発動します!
 これでアンデットが特殊召喚されるたびに、あなたにダメージを与えます」

《不死式冥界砲》
【魔法カード・永続】
自分フィールド上にアンデット族モンスターが特殊召喚された時、
相手ライフに800ポイントダメージを与える。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「あれは、シルキルさんとのデュエルで決め手になったカード……ッ!」

「そして、既に特殊召喚の準備は整っていますよ!
 ワタクシたちの見事な連携プレイのお陰でねえ!!
 墓地の《馬頭鬼》を除外して、自身の効果を発動させます!
 アンデットを墓地より特殊召喚します!」

《馬頭鬼》 []
★★★★
【アンデット族・効果】
自分のメインフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分の墓地からアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚する。
ATK/1700 DEF/ 800

「さあ、ワタクシの分身、《地獄の門番イル・ブラッド》を特殊召喚です!
 そして、早速お待ちかねの《不死式冥界砲》の効果が発動しますよ!」

《地獄の門番イル・ブラッド》 []
★★★★★★
【アンデット族・デュアル】
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、手札・自分または相手の墓地に存在する
アンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上から離れた時、
この効果で特殊召喚したアンデット族モンスターを破壊する。

ATK/2100 DEF/ 800

 墓地から巨大なる異形の囚人が現れ、さらに冥界砲が御霊を充填して打ち出した。
 まだ何も抵抗のできない翼を貫いて、一方的にダメージを与えた。

翼のLP:4000→3200

「クッ……、さっそくモンスターが並んでいく……」

「そうですよ! イル・ブラッドを再度召喚して自身の効果を覚醒!
 これにより墓地から《ヴァンパイア・ロード》を特殊召喚です!!」

 ヴァンパイアの貴公子が魔力を受けて、場に降り立つ。

《ヴァンパイア・ロード》 []
★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
カードの種類(モンスター・魔法・罠)を宣言する。
相手は宣言された種類のカード1枚をデッキから墓地へ送る。
また、このカードが相手のカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、
次の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを墓地から特殊召喚する。
ATK/2000 DEF/1500

「コノトキ『グリーヴァ』ノ効果ヲ発動、場カラ除外退避サセマス」

「さらにワタクシはカードを1枚セットして、ターンエンドです」

「『グリーヴァ』ガ復帰シテ、私ト相手ノでっきヲ削リマス。
 選択スル相手ハ、『翼』サンデス」

 グリーヴァから放たれた幻影の赤い獅子が、翼のデッキをかすめ取った。

「今度は俺のデッキを削るのか……」

「ワタクシと共同で勝利するならば、相手のデッキを優先で削って、
 アンデットの展開力による人海戦術で肉壁を形勢するのも手ですね。
 あはは、バーン・戦闘・デッキ破壊、全方面から攻められて、大ピンチですねえ!」

「そうだね、確かにきつい攻められ方だけれども。
 ……でも怖くはない」

「ん、何?」

「力を発動しすぎたからかな、怒りすぎたからかな。
 さっきから身体が熱くて仕方がないんだ。
 今は静かに力が湧き上がってくる感じがする。
 それにこの力を、きっと誰も止められないと思う」

 目を青く光らせたまま、翼は確かめるように握りこぶしを作る。

「だから、俺は今すぐにでもお前を倒してみせる」

「!!」

 いつものチルヒルにとってなら、そんな虚勢は嗤い飛ばす類のものだ。
 だが、今は気圧された。
 翼の脅威が胸に迫って感じられたからだ。
 いや、最初から翼は圧倒的に強いのだ。
 拷問時には翼は素手であったが、今はデッキという武器を手にしている。
 まともに闘えば、チルヒルとシルキルの二人がかりでも消される。
 この不平等な条件の決闘に持ち込めたのは、シルキルを人質にしたからだ。
 しかし、この勝負を甘んじて受けたとなれば、翼は勝機を見出しているということ。
 あれほどの激戦を繰り広げた二人を前にして、まだ勝てると信じているということ。
 青く光って揺らがない瞳。
 その一光ひとひかりが眩しすぎる。

シルキル
LP4000
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK2800、《幻想召喚師》ATK600
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
2枚
デッキ
24枚
チルヒル
LP4000
モンスターゾーン
《闇より出でし絶望》ATK2800、《地獄の門番イル・ブラッド》ATK2100、《ヴァンパイア・ロード》ATK2000
魔法・罠ゾーン
《不死式冥界砲》、伏せカード×1
手札
4枚
デッキ
29枚
LP3200
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
5枚
デッキ
30枚

「俺のターン、ドロー」

 翼は静かにカードを引き、少しだけ目を伏せた。

(決着は……さすがに無理か)

 翼が小声でつぶやいた独り言が、恐れを抱くチルヒルには鮮明に聞こえた。

「俺は儀式魔法《高等儀式術》を発動するよ!
 デッキからレベル7になるように通常モンスターである
 《ミラージュ》と《音速ダック》を墓地に送って――」

《高等儀式術》
【魔法カード・儀式】
手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が
同じになるように自分のデッキから通常モンスターを選択して墓地に送る。
選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。

「――いくよ! 旋風の《輝鳥シャイニングバード-アエル・アクイラ》!!
 そして、儀式召喚時の効果『ルーラー・オブ・ザ・ウインド』!!
 フィールド上の魔法・罠をすべて破壊するよ!!」

《輝鳥-アエル・アクイラ》 []
★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「風」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
ATK/2500 DEF/1900

 大嵐が吹きすさび、シルキルとチルヒルの場のカードをさらっていく。
 シルキルの場に伏せられていた《ガード・ブロック》がそのまま破壊される。
 そして、チルヒルの禍々しい《不死式冥界砲》も破壊され、残りのリバースは――。

「チェーンです! 伏せていたのは、《リビングデッドの呼び声》!!
 これで破壊前に墓地の《ゴブリンゾンビ》を蘇生しておきます。
 さらに墓地に送られて、《ゴブリンゾンビ》も道連れとなることで自身の効果発動!
 デッキからアンデットモンスター、《ピラミッド・タートル》を手札に加えます」

《リビングデットの呼び声》
【罠カード・永続】
自分の墓地のモンスター1体を選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

《ゴブリンゾンビ》 []
★★★★
【アンデット族】
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手はデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力1200以下の
アンデット族モンスター1体を手札に加える。
ATK/1100 DEF/1050

 とっさにリバースを発動して、チルヒルはモンスターを引き寄せた。
 しかし、これでモンスターを守るリバースは一網打尽にされてしまった。
 あの青い瞳の気迫が、これだけで終わるはずが――。

「俺は《英鳥ノクトゥア》を召喚するよ!
 その効果でデッキから『輝鳥』と名の付くカードを手札に加える!
 俺が手札に加えるのは――」

《英鳥ノクトゥア》 []
★★★
【鳥獣族・効果】
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。
ATK/ 800 DEF/ 400

「儀式魔法《輝鳥現界(シャイニングバード・イマージェンス)》!!
 そして、そのまま発動だ! 場のノクトゥアとデッキの《霊鳥アイビス》を墓地に送って――」

《輝鳥現界》
【魔法カード・儀式】
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

「1ターンで二度目の儀式ですと!?」

「――いくよ、流水の《輝鳥-アクア・キグナス》!!
 そして、その効果発動だ! 『ルーラー・オブ・ザ・ウォーター』!!
 場のモンスターを2体選んで、1体を手札に、もう1体をデッキに戻す!」

《輝鳥-アクア・キグナス》 []
★★★★★★★
【鳥獣族・儀式/効果】
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「水」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上のカード2枚を選択し、
1枚をデッキの一番上に、もう1枚を持ち主の手札に戻す。
ATK/2500 DEF/1900

「俺は手札に戻すモンスターとして《闇より出でし絶望》を選択して、
 デッキに戻すモンスターは《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》を選択する!」

 水砲が2方向に放たれ、それぞれのモンスターに襲いかかる。
 《闇より出でし絶望》はそのまま水流により手札に押し戻された。
 しかし一方で、もちろん幻獣グリーヴァを捉えることはできない。

「『グリーヴァ』自身ノもんすたー効果デ、場カラ一旦退避シマス」

「一気にここまで場をこじ開けられるとは……」

「さらに儀式で墓地に送った《霊鳥アイビス》の効果で1枚ドロー!」

《霊鳥アイビス》 []
★★★★
【鳥獣族・効果】
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
ATK/1700 DEF/ 900

 2度儀式を発動しても、翼の手札はまだ3枚も残っている。
 あまりにも無駄のない連続儀式によるフィールドの一掃。
 そして、まだ攻撃が残っている。

「バトル!! 俺はキグナスでイル・ブラッドを攻撃する!
 『シャイニング・スプリットウィング』!!」

 白鳥が清水を帯びた聖なる翼で、イル・ブラッドを斬りつけた。
 切り裂かれた腹から魔力が噴き出すように漏れていく。
 それを頼りに存在していた《ヴァンパイア・ロード》も膝を屈して消滅した。

チルヒルのLP:4000→3600

「ワ、ワタクシのフィールドはがら空き……。
 バトルロイヤル・ルールでは他プレイヤーのモンスターでかばうことができるが、
 シルキルの場も攻撃表示の《幻想召喚師》のみ、ここは……」

「そして、ダイレクトアタックだ!
 アクイラの攻撃! 『シャイニング・トルネードビーク』!!」

 中空から全身で回転しながら、アクイラはチルヒルにクチバシの一撃。
 その突撃をそのまま受けて、チルヒルは衝撃で2歩3歩後ずさりする。

チルヒルのLP:3600→1100

「俺はリバースを3枚セットして、ターンエンドする」

「ですが、ここでシルキルのグリーヴァが場に戻ってきます!
 そして効果が発動して、あなたのデッキを5枚削ります!!」

 赤い獅子幻獣がデッキに食らいつくのを、翼は動揺せずにただ見ていた。

シルキル
LP4000
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
2枚
デッキ
19枚
チルヒル
LP1100
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
《不死式冥界砲》、伏せカード×1
手札
4枚
デッキ
29枚
LP3200
モンスターゾーン
《輝鳥-アエル・アクイラ》ATK2500、《輝鳥-アクア・キグナス》ATK2500
魔法・罠ゾーン
伏せカード×3
手札
0枚
デッキ
19枚

「既にあなたのデッキの残り枚数は半分を切っています!
 シルキルとワタクシのターンで効果を発動していけば、
 その消耗の激しいデッキなら、すぐに尽きるはずです!
 激しく攻めるほど、あなたのデッキは尽きていくのですよ!
 せいぜい2回しかないあなたのターンで、ワタクシたちを倒せるのですか?」

「倒せる。お前は絶対に倒す」

 確信の込もった翼の声が、低く響いた。

「こんな手で俺を追い詰めて、シルキルさんを利用して勝とうとする。
 そんな奴を俺は許せない。だから、俺は絶対に負けられない。
 そして、今は――」

 瞳を青く光らせたままで、握り拳をチルヒルに向けた。

「力が湧いてくる。俺は絶対にお前に勝つ!」

 翼の繰り出す怒涛の攻めは研ぎ澄まされていた。
 それが斗賀乃に類する翼の力のもたらすデッキの流れなのか。
 それとも翼の激しい感情に導かれたデュエルの勢いなのか。
 どちらにせよ、翼はルーツ・ルインドの2人を前に、まったく引け目を取っていない。
 圧倒的なハンディキャップにも関わらず、翼の星のごとき一光ひとひかりは揺らがない。




第28話 倒すべき非道あく に続く...