プロローグ 焼き切れた物語



 (・・・)にとって、戦禍は身近でありながら、縁遠いものに感じられた。
 父は寡黙に軍務に就いていた。
 いつも遠地で軍務に励んでいるらしい。
 半年に一度くらいしか帰ってこない。
 そのときも気難しそうに戦況の話ばかりしている。
 そんな父を母は尊敬していたらしい。
 尊敬する理由は分からなかったが、母も筋道だって説明しなかった。
 国のために命を賭して粛々と軍務に励むのは、勤勉なことなのだろう。
 家族は黙ってその愛国者を尊敬すれば良いのだろう。
 しかし、父のようになるのは、果たして素晴らしいことなのだろうか。
 あれではまるで兵器ではないか。
 あれがあるべき人間像なのだろうか。
 その父の背中は身近でありながら、縁遠いものに感じられた。

 素朴な疑問は解決されないまま、彼は人並みに育っていった。
 父や他の誰かを尊敬しきれず、しかし憎みきれず反発しきれず、
 そして飢えや慟哭を覚えることなく、人並みの動機で日々を過ごした。
 人並みに勉強をして、人並みにスポーツをして、人並みに交友を結んだ。
 人並みに怠け、人並みに反抗し、人並みに誰かを好きになった。
 人以上に成功しようとしても、人並みの誘惑に負けてままならず。
 人以上に放蕩に耽ろうとしても、人並みの勤勉さがそれを阻んでやまず。
 必然的に彼は人並みの人間でしかなく、その枠を突破する理由もなかった。

 そして、父は死んだ。
 ここで彼は人並みに悲しむことができなかった。
 ただ、彼の中で一つの疑問が渦巻いていた。
 ――父の生とは何だったのだろうか。
 やっと彼の中に非凡なる飢えが芽生えた。
 ――尊い在り方とは何だろうか。
 ――どうすれば無駄でない生き方ができるのだろう。
 
 しかし、その疑問を反証する時間は与えられない。
 軍人である父の死とは即ち、戦禍が激しくなったということである。
 やむなく彼もまた人並みに軍に徴収され、戦禍に巻き込まれていく。
 彼の国にとって、状況はほとんど最悪になっていた。
 単に退けないだけであって、負け戦でしかなかった。
 間も無く彼の国は降伏することとなり、相手国の軍人に働かされることとなった。
 溌剌とした相手国の仕事ぶりに戸惑いを覚えながら。
 彼は淡々と仕事をこなしていった。
 相手国の人間はことごとく有能で真面目に思えた。
 さらにその中で一際目を引く人物がいた。
 その者を、ここではUと呼ぶことにしよう。
 Uは軍では研究者でありながら、司書を担当していた。
 本のことを尋ねると、Uは淡々と丁寧に教えてくれた。
 また、Uは様々な言語に通じ、人の祖国により言語を使い分けていた。
 どんな者の要望にも応じ、粛々と適切な本のアドバイスをした。
 必然的に多くの者から慕われるが、特定の誰かと懇意に付き合うこともなく、
 Uは研究に打ち込み、本からの知識吸収に没頭していた。
 なぜそのように熱心に励んでいるのか。
 問い詰めてみても、Uははぐらかすばかりだ。
 元より相手国の文化に興味があったこともあり、彼は足繁く書庫に通った。
 その度にUに声をかけ、その本音を探ろうとした。
 Uは相手が興味を示さないように、いつも素っ気ない素振りをする。
 しかし、ときおりUの内奥が垣間見えるような会話もあった。
 ここでUが彼に断片的に漏らした言葉を、対話風にまとめておこう。

「本を読んでいるとな、安心するんだ」

「安心? あなたは不安の解決のために、本を読んでいるのですか?」

「そうかもしれん。知識は私の力に着実になっていくはずだ。
 その鍛錬をせずには、私の飢えが収まらないのかもな」

「知識欲が旺盛なのですね」

「そうなのだろうが、それが全てではない。
 砂漠を渡るために、身体を鍛えて水を蓄えなくてはいけないようなものだ」

「砂漠?」

「私には日々の生活がそのようなものに感じられるんだよ。
 そこで闘い抜くために、書物を糧として剣の振るい方を学び、
 絶えず渇きひび割れようとする心を、知恵の泉で潤している」

「あなたにとって、その修行じみた日々は習慣のようなものなのですか。
 常に自分に厳しく在り続け、自分を高みに導いているのでしょうか」

「『習慣』……、違うな、これは『呪い』のようなものだ。
 そのようにあろうと望まなくても、私の内奥がそう命じかけるのだ。
 あらゆる疑念を感じさせ、あらゆる痛みを教え、あらゆる場面に備えさせるのだ」

「誰かからそのように厳しく教育されたのですか」

「そうかもしれん。
 様々な痛みを、幼い頃に学んだ。
 そのとき根付いた殺伐とした感性が、今も私を私たらしめているのかもしれん」

「その『呪い』から自由になることはできないのですか」

「できるのだろうか。今の私には分からない。
 だが、自由になれなくてもいいとも思っている」

「どうして楽になることを望まないのですか」

「その方が確からしく、永く続くものを探求できるからだ。
 快楽や高揚感などという、一瞬だけのものに私は価値を感じない」

「真面目なのですね」

「そう誉められたものではない。
 ただ、楽しみ方や期待の仕方を知らないだけだ」

「では、一緒に遊興に耽って、快楽への浸り方を学びましょう」

「『呪い』が私を責め立てるさ。
 そのような悠長なことは、私には耐え切れぬ」

「では、その知識で富や財や栄誉を求めましょう。
 あなたならば成功できるはずです」

「そのようなことにもさして興味がない。
 金を得ても、そもそも費やしたいものが書物しかない。
 今の収入でさえ持て余しているほどだ。
 私が心をくすぐられるのは、確からしい知識と力だけだ。
 だから、ここでそれらを探求しているわけだが……」

「浮かない顔ですね。どうかしましたか」

「それにしても、そろそろここの本も読み尽くしてしまった。
 戦場での論理もほとんどが分かってきた。
 ここで学ぶことは少なくなってしまったのかもしれん
 新しい何かを探すべきときなのかもしれん」

 Uが『飽き』を呟きだしてから数週間経ち、Uは失踪した。
 Uに信を寄せている者は多く、その困惑は大きかった。
 彼もその一員で、Uに憧れて人並み以上の力と知識を身につけられた。
 彼は心にぽっかり空いた穴を埋めるべく、Uの真似事で司書をしたこともあった。
 しかし、その大変さが身にしみて分かったくらいで、
 上手く案内やアドバイスをすることはできなかった。
 Uは抱える何かも、本人の努力量も、その素質も、全てが非凡だったのである。
 それでも彼は安定した軍の下働きの研究員生活を淡々と続けていた。

 その生活が数年続いたある日のこと、突然Uが来訪してきた。
 もちろん軍から無断逃亡した罪は許されるものではない。
 また、そのセキュリティは並大抵のものではない。
 だが、Uは平然と書庫に姿を現して、司書を再開していた。
 (監視員が駆けつけても、完璧に姿を隠して、見つかることはなかった。)
 知識の豊富さや手際の良さは相変わらずであったが、Uの態度が違っていた。
 以前と比べて、とても親身なのである。
 前は敢えて人を遠ざけるかのように、無愛想に振舞っていた。
 それが人に取り入るかのように、Uは多弁になり気遣いを心得ていた。
 彼にとって喜ばしい変化であったが、Uについて他の人よりも知っていたため、
 何か目的があるのではないか、と疑念を持たずにはいられなかった。
 しかし、裏も表もなく、Uは協力者を求めている、と打ち明けた。
 成すべき研究のために人員が必要らしい。
 太平洋の只中の孤島にて、研究を積み重ねるらしい。
 衣食住は保証されるとのことだが、性急な話ではある。
 とはいえ、Uがいざ何かをするとなれば、それは大きなことに違いない。
 彼は真っ先に賛同し、Uの研究への協力を名乗り出た。
 他にも数人が手を挙げ、10数人となったところで、Uと目的の島へ向かった。

 その島での暮らしは、少人数でユートピア(楽園)を作ったような暮らしだった。
 外に出てはいけない、この基地内だけで暮らせ、と命じられた。
 各人はそれぞれ単純作業を命じられ、それを日課としてこなした。
 日課の中には、自給自足のための植物の栽培や動物の飼育もあった。
 外部から物品を仕入れる用度係を担当した者もいた。
 それ以外はデータの採集が主なもので、Uの研究を数値化するのが主な仕事であった。
 遊興としては、デュエルモンスターズというカードゲームが与えられた。
 それぞれ特定のモンスターカードを必ずデッキに入れることを指示され、
 食事の後にはこのカードゲームで遊ぶことを義務付けられた。
 Uは膨大な数のカードを貯蔵しており、研究もそれに関するものであった。
 不自由であるように見えるが、ノルマも少なく、望めば物も手に入り、
 気の合う仲間同士で自給自足とカードゲームに勤しむ楽園生活であった。

 しかし、一定期間が過ぎると、Uはカードの精霊との融合を頼むようになる。
 デッキに入れろと義務付けられていたモンスターカード。
 それには精霊という、不思議な力を持った生物が宿っているという。
 それとの融合をすれば、一種の超人的な力を手に入れられるという。
 ただし、それにはリスクが伴い、人格の改変や記憶の喪失の恐れがあるらしい。
 Uを信奉して集まったとはいえ、この危険な賭けに乗り出すのは皆がためらった。
 しかし、Uの熱意に根負けし、何人かが融合を果たしていく。
 (本当にそれだけで融合したのか。Uならば意思を問わず強制的な融合もできたはず。
 融合に失敗すれば記憶は曖昧になり、どんな経緯で融合したかは分からない)
 結果はことごとく失敗であり、元の人間のまま能力を得られなかった。
 人ならざる超生物になった者もいれば、小さな能力しか得られなかった者もいた。
 または反発作用で人語の理解すら危うくなってしまった者もいた。
 それでも、一人、また一人……と融合を続け、そして残る人間は彼とUだけになった。

 そして、彼もまた……………。

 彼は彼でなくなった。
 この焼き切れた記憶は、もうどこにも残っていない。





第26話 守るべき戦友(とも)



 翼が目を開くと、目前に屍鬼アンデットが迫っていた。
 飛び出した目玉、焼け爛れた灰色の皮膚、枯れ枝のような手、垂れる紫色の体液。
 ソレが今爪を突き立てて、翼を刺し殺そうとしている。
 とっさに、もはや脊髄反射の無意識で、翼は手を突き出した。
 そして翼の『力』で、作られた生命を霧散させ、砕け散らせた。

「これは……一体……」

 とっさに力を発動してしまったことに驚きつつ、周りを確認する。
 ここは牢屋らしい。
 ウロボロスに捕らえられて、運び込まれたのだろう。
 そして、足元には既に同じような死骸が何体も砕け散っていた。
 体も全体的に熱くなっている。
 翼の目も青く光り続け、熱を持っている。
 どうやら何度も『力』を発動してしまっていたらしい。

「おやおや、起きましたか。
 それにしても手を突き出すとは驚きですね。
 そんな必要なんてないのに。
 自分でその『力』を統御できると考えているんですかね。
 いえ、統御はできるにはできるのでしょう。
 つまり、その『力』の性質は……」

 鉄格子の向こうで、囚人服の男が翼の様子を伺っていた。
 翼の力を巡らせると、どうやらこの者もまた精霊と融合した人間らしい。

「お前は……!
 それにこのアンデットは一体……!?」

「あなた方が気絶していたために、名乗り遅れてしまいました。
 改めて自己紹介させてください。
 ワタクシはチルヒルと申します。
 あなた方の監視役をウロボロス様から命ぜられています。
 とはいえ、ただ見ているだけというのも退屈でして、
 このようにあなたの生体を調べてしまいました。
 大変興味深いものでしたよ。
 これはウロボロス様も気にいることでしょう。
 もっとも、今は侵入者への対処でお忙しいようですがね」

「このアンデットで、俺に実験を!?」

 改めて足元に散らばった肉片や体液を見て、翼は寒気を覚えた。

「そうですとも。
 あなたが目覚めたお蔭で、その『力』の性質も改めて分かった気がします」

 チルヒルは愉しそうにニマリとした。

「どういうことだよ!」

 捕らえられている状況と、チルヒルの緩慢な話し方に、翼は苛立ちを覚えた。
 それを知ってか知らずか、チルヒルは変わらず恍惚気味に再び語りだす。

「おやおや、やはり自分の生体には興味があるのですね。
 ええ、では今までで調べた成果を、あなたにお伝えしましょう。
 まず、最初に指摘した点から。
 あなたは別に触れなくても、精霊を破壊できるのですよ。
 意識のないときは、そのようにしていました」

「意識が無くても、俺はこの『力』を発動していた?」

「そうですとも。
 危険が及ぶと分かると、無意識下でもこちらの攻撃や接触を無力化していました
 ただ、能力範囲は手を伸ばしたくらいで合っているでしょうね。
 破壊するほどの作用を及ぼす場合には、
 あなたは手を伸ばした範囲内までしか能力を行使できないようです」

 翼は本能で感じ取った部分でしか、能力の一端を知らない。
 そもそもどこまでできるかというのを試したことがない。
 この力は危険だから、やむを得ないときにしか使わないと決めている。
 だから、無意識に発動していたことには驚かざるを得なかった。

「最初は内蔵の動きのように完全無意識下の生体活動と思いましたが、違うようです。
 あなたのその『力』というのは呼吸のようなものなのです。
 眠っている時に、あなたは呼吸を意識せずにしているでしょう。
 ですが、いざ目覚めたときには、一応自分の意識下で呼吸運動を行う。
 生物的には、その『力』は半自律的な運動なのですね。
 身体機能があなたという生体を維持するために働いているのです。
 あなたの身体はとても興味深い。
 お目覚めですが、実験を継続させてもらってもよろしいでしょうか?」

「いいわけないだろ!
 それにここから出せ!」

「出せと言われて、出してあげる門番はいませんよ。
 まぁ仕組みは大体分かりましたし、ワタクシのお人形が傷むばかりです。
 ここはお互いに大人しくするとしましょうか。
 それともワタクシとの対談に花を開かせますか?」

「そんな暇はないよ!
 出さないって言うなら、こっちから――」

「おっとワタクシに危害を及ぼそうとしても、あなたの射程内にはいませんよ。
 どうしようというのです?」

「お前が撒き散らした精霊の空気がここにある。
 これを使って、俺の精霊で――」

 翼はデッキホルダーに手を回した。
 しかし、そこは空になっていた。

「当たり前の対処でしょう。
 持たせたままでは、何をされるか分かりませんからね。
 あなたのデッキは丁重に別室に保管してありますよ」

「クッ……!」

「だから、ワタクシと遊興に耽る他は、あなたに選択肢はないのですよ。
 あなたのその能力の開発でもしませんか?
 ワタクシも実に興味深いのです。
 その一助になれるのなら、死体の一山や二山くらい喜んで差し出しますよ」

「誰がそんなことするもんか!」

「フフ、嫌がられるほどワタクシは燃えるのですよ。
 さて、ワタクシの持ち駒でどのようにあなたをいたぶりましょうか。
 精霊の力が絡むとすぐにバラバラにしてしまうから、とても難しい。
 人の奴隷くらい飼っておくべきでした。ワタクシとしたことが不甲斐ない。
 ……というわけで、こちらの子を連れてきました」

 チルヒルは悠長に語った後、壁をノックした。
 すると、その隙間から巨大な蛇が這い出してきた。
 体長は悠に大人二人分、4mはあるだろうか。
 舌をシュルシュルと出し、地面をゆっくりと這ってくる。
 そして、チルヒルの足元でとぐろを巻いた。

「あなたの能力を見ながら、ずっと考えていたんです」

 大蛇に頬ずりをしながら、チルヒルは愉しそうに語りかける。

「きっとその能力は精霊以外にも通じるものであると。
 精霊の空気とは、行使者によってあらゆる力に変化する万能エナジーです。
 それを使って、炎を吐くモンスターもいれば、混沌を操るモンスターもいます。
 大元が精霊の力と即座に判別できるならば、あなたは無力化できるようです。
 精霊の力があらゆる現象の源になるならば、逆にあらゆる現象を精霊の力に見立てられませんか?
 生命の危機に瀕したあなたならば、この次元の現象も瞬間分解できると考えます。
 これがあなたの生体と能力に関する仮説です」

 仮説を説き終わり、チルヒルと大蛇の瞳が翼をまっすぐに見据えた。

「く、来るな……」

 さすがの翼も身体が震えるのを隠せない。

「では、検証といきましょうか。
 たっぷり躾をしてあるこの子は、相手をいたぶる術をよく心得ています。
 生かさず殺さず、生と死の狭間にて、あなたはきっと快楽と力に目覚めます。
 楽しみで仕方がありません。さあ、飛びかかりなさい!!」

 大蛇が翼へと飛びかかる。
 弓なりにしならせた身体。
 矢のごとき速度。
 牙で噛み砕くか。
 舌で舐め尽くすか。
 胴で締め上げるか。
 捕食者は衝動のままに、最適なほふり方を本能で感じるだろう。
 翼は今はただの獲物。
 羽をもがれた捧げ物。
 どうすることもできず。
 ――できるとすれば。

「チルヒル! あなたの思い通りにはさせません!」

 それは救いを待つのみであった。

 矢は魔弾に弾かれ、そのまま地に這いつくばる。
 突如の参戦者は衝撃弾を放ち、蛇を空中で撃ち落とした。

「シルキルさん!!」

「翼さん、お久しぶりです。
 あなたを助けに来ました」

 黒の獣人が翼に目配せをし、そして障害となるチルヒルと対峙する。

「ほう……、これはこれは」

 驚きよりも、トラブルへの好奇心が先立つチルヒル。
 余裕の薄ら笑いを浮かべながら、新たなる来訪者を迎えた。

「シルキル、ワタクシの任務を邪魔するとはどういうことです?
 あなたはウロボロス様を裏切るとでもいうのですか?」

「……そういうわけではありません。
 ただ、翼を捕らえたままにするのが許せないというだけです」

「それは逆らうことと同義だと思いますがね。
 あなたは二度目の融合を果たし、記憶も行動原理もほとんど失った。
 その上でウロボロス様に忠誠を尽くす理由を見極めるために戻ってきた。
 それを見いだせなかったから、裏切るのですか」

「忠誠を尽くす理由なら、既に分かっています。
 そして、その理由に納得もいっています。
 その上で、翼を解放しようとしているのです」

「ますます意味不明な行動ですね。
 あなたは一体どちらの味方になろうというのですか」

「……分かりません。
 ですが、それを見極めるために、私はこうして行動しています。
 翼を解放します。そこをどいて下さい」

「こんな楽しいおもちゃを渡すわけにはいきませんねぇ。
 それに門番は任務でもあります。
 お断りしますが、するとあなたはどうするのです?」

「武力行使する、とすればどうしますか?」

「実に避けたいですね。
 負けるというわけではありませんよ。
 この小さな肉体は、あなたもご存知の通り腐肉を凝縮して形成されています。
 今は通常の人間並みでも、それを開放してあなたと殴り合いをすれば、
 決して分の悪い勝負にはならないことでしょう。
 ですが、お互いに甚大な消耗が避けられません。
 勝負としてスマートなやり方ではありませんね」

「ならばやり方は一つ。そうですね?」

 シルキルは腕をかざし、デュエルディスクへと変化させた。

「いいでしょう。
 では、デュエルといきましょう」

 チルヒルもまた腕をかざし、骨でできたデュエルディスクを体内から浮きだたせる。
 そして、同時にエナジーベルトを投げつける。
 負けた方はエナジーを吸い取られる。
 デスマッチの盟約である。

「久方ぶりの決闘、身体がうずきますねぇ。
 では、『翼くん』というおもちゃの取り合いの決闘といきましょうか!」

 恐るべき冷血漢チリング・ヒール――チルヒル――は決闘に際して、その嗜虐心を昂らせる。
 翼が固唾を呑んで見守る中、亜人間ルーツ・ルインド同士の闘いが始まる。

「 「 デュエル!! 」 」


チルヒル VS シルキル


「ワタクシのターン、ドロー」

 チルヒルがカードを引いて、手札を確認する。
 目を通したあと、高揚を隠しきれないかのように目に含み笑いを込める。

「モンスターをセット、リバースを1枚セットでターンエンド」

 静かに布石をしかけて、ターンを終了する。

「私のターンです、ドロー!」

 シルキルはチルヒルの場をにらみつけながら、手札を確認する。
 恐らく罠が仕掛けられているであろうことは明白。
 だが、そうであっても仕掛けるより他はない。
 それに小細工を弄するような相手であれば、シルキルには逆に好都合である。
 なぜなら――。

「手札より《融合賢者》を発動します! 《融合》のカードを手札に!」

《融合賢者》
【魔法カード】
自分のデッキから「融合」魔法カード1枚を手札に加える。

 シルキルの切り札は回避に優れた幻影を操る魔獣。
 相手が勝手に消耗してくれるほど、シルキルにとっては都合が良い。

「手札の《幻獣王ガゼル》、《幻獣クロスウィング》、《幻獣ロックリザード》を融合!
 そして、召喚するのは――」

《融合》
【魔法カード】
手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
融合素材モンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。

 神秘と魔性を束ねた、夢想の具現。
 シルキルが思い描く最も強き存在。
 その魂の呼びかけに応じて、デュエル開始直後から場に導かれる。

「いきます! 《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》!!」

 黒色の獅子幻獣が二本足で空から降りてくる。
 腕組みをしながら、白い翼をはためかせ場を見降ろす。
 隆々とした筋肉と、体毛を逆立てさせるほどに帯びた魔力。
 シルキルと同様に場の相手の出方を警戒している。
 墓地に送られたクロスウィングの効果を受け、わずかに攻撃力を上昇させる。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》 []
★★★★★★★★
【獣戦士族・融合/効果】
「幻獣王ガゼル」+「幻獣」と名の付いたモンスター×2
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
自分フィールド上のこのカードをゲームから除外できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
この効果で除外したこのカードは次のエンドフェイズ時にフィールド上に戻り、
お互いはそれぞれデッキの上からカードを5枚墓地に送る。
ATK/2500 DEF/2400

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK2500→2800

《幻獣クロスウィング》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
このカードが墓地に存在する限り、
フィールド上に存在する「幻獣」と名のついた
モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
ATK/1300 DEF/1300

 手札の消耗は激しいが、最初から耐性付きの高攻撃力モンスターを召喚できた。
 ここで攻撃をためらう理由はない。

「さらに《激昂のミノタウルス》を召喚です。
 このモンスターが場にいるとき、自軍の獣戦士モンスターは貫通効果を得ます!」

《激昂のミノタウルス》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分フィールド上の獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターは、
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が
越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
ATK/1700 DEF/1000

 鼻息荒く牛魔人が斧を振るうと、その興奮はグリーヴァにも伝播したようだ。
 獅子幻獣もまた赤く闘気を発光させ、その魔力を研ぎ澄ませる。
 守備の相手にも容赦をしない、貫通によるダメージ重視の攻め。

「グリーヴァで伏せモンスターに攻撃です!
 『ヴァイオレント・ショックウェーブ・パルサー』!!」

 エネルギーの練込められた気弾が放たれる。
 先ほど大蛇を退けた衝撃弾と同じパワーの炸裂。
 守勢をとっていたモンスターはあっけなく粉砕され、
 勢い余る衝撃弾はチルヒルのライフも削り取る。

チルヒルのLP:4000→2600

 しかし――。

「やられたのは、《ピラミッド・タートル》です。
 戦闘破壊された時に、後続を呼ぶ効果があるのです。
 防御力2000以下のアンデットならどのモンスターも呼べます。
 ワタクシのデッキから呼び出すのは――」

《ピラミッド・タートル》 []
★★★★
【アンデット族・効果】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力2000以下のアンデット族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
ATK/1200 DEF/1400

 モンスターはピラミッドなる魔窟を遺して場から消えた。
 その異様なる三角錐から新たなる亡者が現れる。

「さて、布陣を固めなくてはいけませんね。
 《ゴブリンゾンビ》を守備表示で特殊召喚です!」

 剣を携えた子鬼が屈みこんで、攻撃に備えている。

《ピラミッド・タートル》 []
★★★★
【アンデット族・効果】
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手はデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力1200以下の
アンデット族モンスター1体を手札に加える。
ATK/1100 DEF/1050

「また後続に繋げる効果を持ったモンスターですか……。
 リバースを1枚伏せて、ターンを終了します」

チルヒル
LP2600
モンスターゾーン
《ゴブリンゾンビ》DEF1050
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
4枚
デッキ
33枚
シルキル
LP4000
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK2800、《激昂のミノタウルス》ATK1700
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
0枚
デッキ
33枚

「アンデットデッキ……、あれもサーチが得意なデッキ。
 でも、アンデットなら蘇生手段も豊富なはず。
 シルキルさんの効果で攻め切れるのかな……」

 不気味なチルヒルのモンスターに気圧されつつ、翼もまた戦況を注視する。

「フフフ、ワタクシのターンです、ドロー!」

 含み笑いを絶やさずに、チルヒルは不敵に手札を繰る。

「さて、それでは仕掛けていきますよ。
 手札より装備魔法《魔界の足枷》を発動です!
 グリーヴァの自由を奪うこととしましょう!
 この枷の呪縛に囚われたものは、攻守が100になります!」

《魔界の足枷》
【魔法カード・装備】
装備モンスターは攻撃する事ができず、攻撃力・守備力は100になる。
また、自分のスタンバイフェイズ毎に、
装備モンスターのコントローラーに500ポイントダメージを与える。

 チルヒルが凶相の浮かんだ鉄球付きの枷を投げつける。
 自立した意思を持って噛み付くように、グリーヴァのすねを目掛けて飛びかかる。

「させるものですか! グリーヴァの効果発動!
 『ファントム・ヴァリー』です!
 一時的にゲームから除外して、その装着を回避します!」

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》 []
★★★★★★★★
【獣戦士族・融合/効果】
「幻獣王ガゼル」+「幻獣」と名の付いたモンスター×2
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
自分フィールド上のこのカードをゲームから除外できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。

――。
ATK/2500 DEF/2400

 グリーヴァの強さを象徴づける絶対回避効果。
 グリーヴァは姿を消して、魔界の拷問器具は空を切った。

「フフフ、そりゃあ避けますよねぇ。
 もちろんそれを分かっていて、発動したんですよ!!」

「!!」

 最善の行動を取ったはずのシルキルも動揺せざるを得ない。
 チルヒルは嘲るように嗤いながら、カードの発動を宣言した。

「リバースカードオープン、《サモンチェーン》!
 チェーン3以降に発動可能な速攻魔法です!
 あなたの攻撃回避にチェーンして、このカードが発動可能となります。
 これでワタクシはこのターン3度の通常召喚を行うことができます!」

《サモンチェーン》
【魔法カード・速攻】
チェーン3以降に発動できる。
このターン、自分は通常召喚を3回まで行う事ができる。
同一チェーン上に複数回同名カードの効果が発動している場合、
このカードは発動できない。

「ここで仕掛けてくるのですか!!」

「さて、貫通で痛い思いをさせられた分はきっちり返してもらいますよ。
 ここからがアンデットの本領発揮!
 大量展開の虐殺ゲームの開演です!!」

 そして、意気揚々とカードをディスクへと叩きつけた。

「まずは《ゴブリンゾンビ》を生け贄に捧げて、
 私自身、《地獄の門番イル・ブラッド》を生け贄召喚です!」

 現れたのは、シルキルの精霊母体となったモンスター。
 同じく囚人服と手鎖と足かせを纏ったアンデットモンスター。
 だが、モンスターとして腐肉の魔性を解放させている。
 その腹ははちきれそうに膨れ上がり、そこから魔物の形相が覗いている。

《地獄の門番イル・ブラッド》 []
★★★★★★
【アンデット族・デュアル】
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
――。
ATK/2100 DEF/ 800

「現れましたか、不気味な奴め……」

「そして、墓地に送られた《ゴブリンゾンビ》の効果です。
 デッキから守備力1200以下のモンスターを手札に加えますよ。
 サーチするのは《闇竜の黒騎士ブラックナイト・オブ・ダークドラゴン》です」

「2つ目の召喚権を行使して、イル・ブラッドを再度召喚しますよ!
 これによりイル・ブラッドは効果を得ます。
 1ターンに1度、手札か墓地からアンデットを特殊召喚可能になります!」

《地獄の門番イル・ブラッド》 []
★★★★★★
【アンデット族・デュアル】
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、手札・自分または相手の墓地に存在する
アンデット族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上から離れた時、
この効果で特殊召喚したアンデット族モンスターを破壊する。

ATK/2100 DEF/ 800

 イル・ブラッドは大地を力強く踏みしめ、紫色の妖気が身体から放つ。
 チルヒルの手札にその魔力は及び、1枚の手札が怪しく輝く。

「さっそく効果発動です!
 《龍骨鬼》を手札から特殊召喚します!」

 無数の人骨で身を固めた魔物が姿を現した。
 巨漢のイル・ブラッドと並び、フィールドを席巻する。

《龍骨鬼》 []
★★★★★★
【アンデット族】
このカードと戦闘を行ったモンスターが戦士族・魔法使い族の場合、 ダメージステップ終了時にそのモンスターを破壊する。
ATK/2400 DEF/2000

「そして、3つ目の召喚権に最後に行使して
 先ほど手札に加えた《闇竜の黒騎士》を召喚です」

 骨だけの魔竜にまたがり、闇にその身を堕とした騎士が現れた。

《闇竜の黒騎士》 []
★★★★
【アンデット族】
1ターンに1度、相手の墓地から戦闘によって破壊された
レベル4以下のアンデット族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
ATK/1900 DEF/1200

「あなたの場にはミノタウルスは1体のみ。
 ワタクシの3体のアンデットで総攻撃です。
 まずは《龍骨鬼》でミノタウルスを攻撃します!」

 巨大な骨の魔物が殴りかかり、ミノタウルスは抗しきれず破壊される。

シルキルのLP:4000→3300

「クッ……、これほどの展開をしてくるとは……」

「さあ、まだいきますよ!
 イル・ブラッドでダイレクトアタックです!
 『フィアーズ・ブレス』!!」

 その腹から覗いた顔が、猛毒の息を吐き出す。
 シルキルを飲み込もうとするが――。

「この攻撃は通しません。
 《ガード・ブロック》を発動です。
 ダメージを1度防いで、カードを1枚ドロー!」

《ガード・ブロック》
【罠カード】
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「一撃は防いできた、というわけですか。
 ですが、もうあなたを防ぐカードはありません。
 《闇竜の黒騎士》でダイレクトアタックです!」

 身が朽ちても竜騎士の技は健在である。
 鋭い急降下からのランスの一閃で、シルキルを斬りつける。

シルキルのLP:3300→1400

「クッ、早くもこれほどのダメージを……」

「融合するときの手札消耗の荒さ。
 グリーヴァは自身を守ることには長けていますが、
 主人を守るには役不足なところもありますからね。
 ちゃんと隙をつかせてもらいましたよ。
 さて、ワタクシはこのままターンエンドです」

「ですがエンドの瞬間、グリーヴァが戻ってきます!
 そして、復帰と同時にあなたのデッキを削ります!
 『メモリー・イーター』!!」

 グリーヴァが再び実体化し、さらに幻影の赤い獅子が放たれる。
 放たれた2体の獣はそれぞれのデッキに襲いかかり、山札を喰らう。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》 []
★★★★★★★★
【獣戦士族・融合/効果】
「幻獣王ガゼル」+「幻獣」と名の付いたモンスター×2
魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、
自分フィールド上のこのカードをゲームから除外できる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
この効果で除外したこのカードは次のエンドフェイズ時にフィールド上に戻り、
お互いはそれぞれデッキの上からカードを5枚墓地に送る。
ATK/2500 DEF/2400

 ディスクの自動処理により、5枚のカードが山札から墓地に送られる。
 シルキルのデッキはグリーヴァを主眼としたコンボを組んだデッキ。
 さらにもう一体のクロスウィングが墓地にいき、戦闘を下支えする。

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK2500→2800→3100

 そして、チルヒルのデッキも墓地が肥えるほど展開力を増すデッキ。
 その墓地からは黒い闇が噴き出していた。
 今にも何かが出てきそうなほどに、闇は深く呼吸をするように動く。

「墓地よりモンスター効果発動……」

 ――いや、その闇はまだ濃さを増して、巨大な影を形作っていく。
 あれはただの影ではない、質量と悪意を持った暗い淀み。
 影は悪魔を象り、両腕を大きく広げ、場に這い出でた。
 その巨大でおぞましい影は2体――。

「相手モンスターの効果で墓地に送られたとき、
 このモンスターを特殊召喚することができるのですよ!
 しかも2体も送られるとは、実に愉快じゃありませんか!
 さあ来なさい! 《闇より出でし絶望》!!」

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

《闇より出でし絶望》 []
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
ATK/2800 DEF/3000

 突如最上級モンスターが2体現れ、チルヒルの場は埋め尽くされた。

チルヒル
LP2600
モンスターゾーン
《地獄の門番イル・ブラッド》ATK2100、《龍骨鬼》ATK2400、《闇竜の黒騎士》ATK1900
《闇より出でし絶望》ATK2800、《闇より出でし絶望》ATK2800
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
2枚
デッキ
27枚
シルキル
LP1400
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
デッキ
27枚

「そうですか。このようなモンスターも仕込んでいましたか。
 なるほど、どうやら一筋縄ではいかないようです……」

 シルキルは苦虫を潰したような顔で、5体揃ったアンデットを見据える。
 蘇生に長けたアンデットに苦戦させられるとは予測していた。
 だが、想像を超えた縦横無尽な展開に、シルキルは戸惑いを隠せない。

「シルキルさん! でも、攻撃力はこっちが上だ!
 確実に攻撃して、減らしていけば何とかなる!」

「そうですね。やれるだけのことを、今やるしかありません。
 ですから、次は私のターンです、ドロー!」

 翼の声援に気を取り直して、シルキルはカードを引いた。
 引いたカードと場を交互に見て頷き、モンスターを繰り出した。

「《幻獣ワイルドホーン》を召喚です!
 このモンスターもクロスウィングの効果でパワーアップします!」

 自慢の角を天に掲げ、鹿幻獣が大きく嘶いた。

《幻獣ワイルドホーン》 []
★★★★
【獣戦士族・効果】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
ATK/1700 DEF/ 0

《幻獣ワイルドホーン》ATK1700→2300

「《闇より出でし絶望》は守備表示……。
 今は少しでもダメージを与えておきましょう!
 グリーヴァでイル・ブラッドに攻撃です!
 『ショックウェーブ・パルサー』!!」

 勢い良く衝撃弾が放たれ、イル・ブラッドの腹を貫通する。
 同時にその妖力が制御を失って、《龍骨鬼》もその身を崩した。

チルヒルのLP:2600→1600

「クッ……、真っ向からの殴り合いはさすがに厳しいですね……」

 アンデットは展開力に優れるが、攻撃力増強はあまり得意ではない。
 序盤の貫通ダメージから、さらにダメージを重視して攻め抜く。
 シルキルの場には高攻撃力で場持ちのいいグリーヴァが存在している。
 ライフがなければ、下級モンスターを不用意に並べられなくなり、
 確かにチルヒルの大量展開を邪魔することができるだろう。
 シルキルの攻め方もまたチルヒルの弱点をうまく突いている。

「もう一撃です! 《闇竜の黒騎士》にワイルドホーンで攻撃!」

 お互いに自慢の剣技と角をぶつけて、激しい組み合いをする。
 だが、ワイルドホーンは墓地のクロスウィングの加護を得ている。
 再度力を込めて突進し、竜騎士を圧倒した。

チルヒルのLP:1600→1200

「そして、カードを1枚セットして、ターンエンドです」

 既にチルヒルのライフは1200。
 グリーヴァの攻撃力は、墓地の2体のクロスウィングにより3100。
 大半の下級モンスターは攻撃力が2000に満たない。
 つまり、既に防御や増強なしでの下級モンスターの展開は封じられたことになる。
 チルヒルの場には2体の最上級モンスターがいるが、グリーヴァには及ばない。
 やはり何らかの手段でグリーヴァを退けなくてはならない。

「ワタクシのターンです、ドロー……」

 引いたカードを見ても、チルヒルは表情を変えずに冷静である。
 ライフ、フィールドの状況ともに互いの形勢は拮抗している。
 勝負を愉しむ者として、チルヒルは心地よい緊張感を味わっていた。
 一方的にいたぶるのも一興だが、相手をようやく屈服させるのもまた趣深い。
 実力が拮抗した勝負を制してこそ、知略を誇れることになろう。

「ワタクシは《一族の結束》を発動します!
 ワタクシの墓地はアンデット族のみ!
 よって、自軍のモンスターの攻撃力はすべて800ポイントアップします」

《一族の結束》
【魔法カード】
自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が1種類のみの場合、
自分フィールド上に表側表示で存在する
その種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする。

「ここでそのカードですか!」

 アンデットモンスターの大幅な攻撃力の増強。
 展開力に優れたアンデットにとって、その援護は大きい。
 しかし、その心強さに酔いしれずに、チルヒルは場の状況を分析していた。

(グリーヴァの効果を発動しない……そうきますか……)

 何も行動を起こさなければ、戦闘破壊をみすみす許すことになる。
 となれば、伏せカードはハッタリなどではなく、何らかの対策である可能性が高い。
 だが、アンデットの攻撃布陣として、これ以上ない戦闘体制であるのも事実。
 ここで攻めなければ、いつ攻めるというのか。
 万全の体制でないとしても、勝ち筋を見出すためにここは攻め抜く。

「ワタクシは2体の《闇より出でし絶望》を攻撃表示に変更します!」

《闇より出でし絶望》ATK2800→3600
《闇より出でし絶望》ATK2800→3600

「まずはワイルドホーンに攻撃です!
 『ディスペアーズ・ブロー』!!」

 暗き闇の巨大な影が素早く地をうねり、一瞬にして間を詰める。
 片腕で幻獣を鷲掴みにして、もう片腕で猛烈に殴り抜いた。

シルキルのLP:1400→100

「クッ、もうライフの後がなくなってしまったか……」

 シルキルのライフは風前の灯火まで追い詰められた。
 残るもう一体の攻撃が通れば、チルヒルは勝てる。

「これで終わりといきましょうか!
 もう1体の《闇より出でし絶望》でグリーヴァに攻撃です!」

 影は一瞬にして這いよるが、グリーヴァもまた速い。
 捕らわれぬように距離を取りながら、2体はぶつかり合う。
 だが、いつまでも様子見の小競り合いをしているわけにはいかない。
 互いに一定の間合いを取って、対峙。
 グリーヴァは翼をはためかせ、鋭い爪の拳を構えつつ突撃。
 《闇より出でし絶望》は暗闇を凝集した拳を構えつつ猛進。
 最上級モンスター同士の激しいぶつかり合い。
 それを制したのは――。

「リバースカードオープン、《幻獣の角》!!
 グリーヴァの攻撃力は800ポイントアップします!」

《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3100→3900

 いつもの衝撃弾ではなく、突撃攻撃を選択したグリーヴァ。
 燃え盛るごとき神秘のオレンジの両角を得て、
 その激突を制し、襲いかかる闇を撃破した。

《幻獣の角》
【罠カード】
発動後このカードは攻撃力800ポイントアップの装備カードとなり、
自分フィールド上に存在する獣族・獣戦士族モンスター1体に装備する。
装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊し
墓地へ送った時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

チルヒルのLP:1200→900

「《幻獣の角》を装備してモンスターを撃破したことで、カードを1枚ドロー!」

 グリーヴァはその勢いのまま空に舞い上がり、勇壮にシルキルの場へと凱旋する。
 闇に屈しない気高さを纏いつつ、腕組みをしてチルヒルの場をにらみつける。

「回避効果を発動すれば、あなたが有利になるというなら、私は逃げません!
 私の勇猛なる魂、《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》とともに闘い抜きます!」

「フフフハハハ、勇者にでもなったつもりですか、あなたは!
 そのような勇気の真似事など、ワタクシの死霊軍団が蹂躙して差し上げますよ!
 ライフ100のあなたなど、いくらでも致死に追い込む機会があるでしょう!
 ワタクシはカードを1枚伏せて、ターンエンドとします!」

チルヒル
LP900
モンスターゾーン
《闇より出でし絶望》ATK3600
魔法・罠ゾーン
《一族の結束》、伏せカード×1
手札
1枚
デッキ
26枚
シルキル
LP100
モンスターゾーン
《覇界幻獣ヴァラーグリーヴァ》ATK3900
魔法・罠ゾーン
《幻獣の角》(グリーヴァに装備)
手札
1枚
デッキ
25枚

 失った何かを埋めるように、ルーツ・ルインドはデュエルに何かを見出す。
 ある者はその勇猛さの証明を。ある者はその嗜虐心の満足を。
 そして、誰もが喪失感を抱きながら、盤面のモンスターに願いを託して闘わせ合う。
 『闘争の果ての闘争』で求めて、そして得るもの。
 シルキルは焼き切れるような脳と身体の興奮の中で、正しい在り方を感じていた。




第27話 信ずるべき一光ひとひかり  に続く...