光は鼓動する

製作者:村瀬薫さん






第3章 希望に導かれしもの


 も く じ 

 プロローグ 過ぎ去った物語
 第30話 願い月のエル
 第31話 同じ月のエル
 第32話 誓い月のエル
 第33話 過去と恐怖との対峙
 第34話 未来と希望への飛翔
 挿話 朽ち果てた物語
 第35話 最終決闘1-強大なる暗闇-
 第36話 最終決闘2-轟く無限の大蛇-
 第37話 最終決闘3-真なる邪悪の襲来-
 第38話 最終決闘4-希望に導かれしもの-
 エピローグ 星は道を照らし続ける





プロローグ 過ぎ去った物語



 未来は思ったよりも早かった。

 明菜お姉ちゃん(もう年齢はとっくに越してるんだけど)は言ってた。
 未来にデュエル専門の学校ができるって。
 その学校は本当に出来てしまった。
 そんなの出来るのかなーと半信半疑だったのに。

 わたしはその興味を押さえきれなくて、調べ始めた。
 そして、無我夢中のうちに、そのアカデミアの講師になってた。

 それまでわたしはアルバイトをしながら、適当にやりくりしてた。
 まさに晴耕雨読の生活。根無し草の作家志望。
 でも、このままじゃいけないのは、分かってた。
 周りの目もきついし、何より私の教養が育たない。
 不規則で気ままな生活は、勤勉さを犠牲にしてしまう。
 規則的で刺激ある生活こそが、凛とした作家精神を育てる……みたい。
 若いうちにもう少し働いてから、作家を目指してもいいかなと思った。

 何よりわたしは内気すぎる。頭でっかちだ。
 もっと経験しなきゃ、いろんな表現ができない。
 誰かの気持ちを、胸に迫るように描けない。
 そんな無力感の突破口が、アカデミア教員になることだった。

 いろんな意味で、この選択は成功だったと思う。
 教師は身分は保障されているし、外聞もいい。
 妙な劣等感や世間の目に悩まされることもなくなる。
 生活も規則正しいし、勉強の環境も整っている。
 さらに生徒達やその親とやり取りしてれば、学ぶことも刺激も絶えない。
 自分の人間的な総合力とか何とかをしっかり鍛えるって意味で、最適だった。

 なかでもこのウエスト校は、やけに規律がしっかりしてた。
 軍人の人口比率が比較的多いお国柄だからなのかもしれない。
 (なぜか選択しようとすれば、銃の訓練までできることにはびっくりした)
 むしろこの方がわたしの望みに近かったかなと思う。
 生徒の自主性を重んじる校風なら、きっとわたしは変われない。


 そんな新しい生活に慣れてきたある日。
 二人の教師が、新しく採用された。
 その名前を聞いたときに、わたしは耳を疑った。
 コブラ、ウロボロス。
 これが本名だとしたら、親は何なのだろう。
 偽名か何かにしか思えない。
 軍人のコードネームか何かにも聞こえる。
 コブラさんはどう見ても鍛えてましたって体つきだ。

「ウロボロスさんには、エルヴィーラさんのクラスの副担任についてもらいます」

 そして、いきなり関わることになってしまう。
 私は一応先輩だし、仕事を教える立場。
 事務を分担して、協力して仕事しなくちゃいけない。
 これは多分、わたしがまだ不慣れだから、分担してやれるよって配慮なんだろう。
 でも、このイレギュラーな人事采配は逆に困惑ばかり。

 わたしは何とかその事務分担案を練って、ウロボロスさんに話し合いを持ちかけた。
 無難な挨拶のあとに、この案を一通り説明する。
 ウロボロスさんはふむふむと頷きながら、事務案に目を通していた。
 そして一言。
「もっと効率的にできないかね?」
 時間が止まった。わたしは緊張してたのも相まって、混乱した。
 恥ずかしさで真っ赤になるわたしを差し置き、ウロボロスさんは冷静に続けた。
「この事務とこの事務。関連性が薄いのに、同じ担当というのはなぜだ?
 どちらも把握する必要のあるような緊急性・重要性などがあるわけでもなかろう。
 この事務の内容だが推測するに大体―――――」
 ウロボロスさんの指摘やアドバイスは、ことごとく適切だった。
 いきなり本質に言及して、少しずつ具体的な問題点とその改善策に触れる。
 明瞭かつシンプルで、それでいて抜け目が無く、配慮が行き届いている。
 ウロボロスさんの話が終わる頃には、事務案は赤書きでいっぱいだった。
「これは私が書き直しておこう。
 先ほど提案した生徒のデータを整理するプログラムは、明日までに作っておく。
 それでい――」
「あ、あのー!」
 ウロボロスさんが話し終わる前に、わたしは話しに割り込んでいた。
 表情を変えずに、言葉だけを止めて、顔を上げて目を合わせてくる。
「ウ、ウロボロスさんって、どうしてそんなにできるんですか?」
 わたしの質問に表情を曇らせて、面倒そうにつぶやいた。
「自分で考えろ。もしくは勝手に盗め」


 ウロボロスさんは謎めいていた。
 あの実務能力と技術力の高さの理由、その過去の経歴。
 元は大学講師らしいという話が一番多かった。
 けれど、その大学をこっそり調べると、在籍の記録がない。
 やっぱり偽造してるのか。
 でも、何の目的があるんだろう。

 クラスの受け持ちも授業も、すごく順調になった。
 全体の成績が上がって、さらに時間も余るようになった。
 わたしはこそこそ小説の覚え書きを取る余裕さえ持てるようになった。
 一方でウロボロスさんは特に事務も用事もないときは席をはずしていた。
 どこに行ってるのかも分からないし、すごく怪しい。
 でも、探るにもいつの間にかいなくなってるし、すぐに見失う。
 ずっと分からないまま、時間は過ぎてく。
 それでもクラスの成績は上がる。仕事は順調になる。
 納得いかない。

 わたしの悪い癖。何でもすぐに理由を求めたがる。
 もうそれは性分みたいなもの。
 水が高いところから低いところに流れるくらいに、自然なこと。
 一度気になり出すと、なんとなく止まらなかった。

 そして、わたしは尾行を敢行する。
 せめて住まいくらいなら突き止められるだろう。
 単純に校門の見える位置に張って、ウロボロスさんが出てくるのを待つ。それだけ。
 時間を潰すことなら大丈夫。
 本とペンがあれば、いくらでも時間は潰せる。

 案の定、とんでもなく待たされた。
 夜はもう11時くらいをまわっている。
 本当ならとっくに帰って、眠りにつこうか考えている時間だ。
 というか、勢いで待ってしまったけど、ちょっと怖い。
 こんな時間を一人歩きするのは初めて。
 でも、これならバレずに突き止められるはず。
 わたしは周りにも注意しながら、意気揚々と後をつけた。
 徒歩で帰る道は、わたしの家路とちょうど同じだった。
 それでも、していることがしていることだ。胸はどきどきする。
 そして、立ち止まったのは、――わたしと同じマンションだった。
 何のためらいもなく、入ってく。
 え、そうなの。まさか同じマンションに住んでる。
 全然気付かなかった。生活時間帯が全然違うとそうなのかな。
 というか、ウロボロスさんは生活感がまったくない。
 この姿だけでもすごく意外だった。
 外から部屋に新しい明かりが点くのを確認した。
 そこはわたしの真上の部屋だった。
 言葉にならないおかしさがこみ上げて、わたしは自分の部屋に駆け出した。
 そして、やっぱり後悔する。
 住まいを探って、どうしようというのだろう。
 結局、ウロボロスさんの中身のことは全然分からない。
 なのに、わたしは何をやっているんだろう。
 謎めいてるからって、それに誘われて無駄に調べて。
 結局、わたしは何かとんでもない遠回りをしているような。
 とてつもなく意味のないことをしているような。
 今日の興奮は楽しかったけど、こんな時間の一人歩きは危なすぎる。
 かといって、生活時間帯も分からないから、同じアパートですよね!とも言えない。
 いつ見かけたと言われたら、困ってしまうし。
 ああもう、わたしは何を――。
「――さて、何を探っているんだ?」
 振り向けば、そこには腕組みをしたウロボロスさんが立っていた。
 驚きと後ろめたさで、血の気が引いた。
 いつの間に。どうやって。バレてた。どうしよう。
 思い浮かぶことは、てんでばらばらにわたしを攻める。
「私に下手な探りを入れるな。場合によっては、お前の安全が保証できん。
 無駄に巻き込みたくないのだよ」
 威厳のこもった、低く重い声で言い放つ。
 余計に謎に包まれた台詞。思わず好奇心がうずく。
 でも、この場をどう切り抜ければいいのかが優先。
 こくりこくりと頷いても、ウロボロスさんは表情を変えなかった。
 まるでわたしを警戒して、値踏みするように。
 そして、目線を落として、ため息をつきながら言った。
「……失敗したな」
「え?」
「こう脅したら、お前は余計に興味を持つんだろう」
 図星だった。少し吹き出しそうになるのをこらえた。
 さすが一瞬で本質を鷲掴みするウロボロスさんだ。
「参ったな。今更どうしてくれよう」
 いつも堂々としているウロボロスさんが少し困っていた。
「お前はどうすれば、私から興味を逸らすんだ?
 隠しているものを取り払えば、興味を無くすのか?
 いや、違うな。またそこに新しい疑問を見つけて、興味を持つな。
 どうしろというのだ……」
「ええと……、ウロボロスさんはそんなに気を惹く謎に満ちてるんですか?」
「満ちていない、と言えば嘘になる」
 ウロボロスさんはさらりと答えた後に、額を手で覆った。
 どう聞いても、私の興味を惹いてしまうような言葉だったから。
 
 わたしは不思議に思った。
 わたしに探りを入れられたくない。
 それなら手段はいくらでもある。
 もっと強い手段を取ってもいい。
 ウロボロスさんなら、その気になればいくらでもできるはず。
 それをしないのは、『その気』じゃないから。
 そもそも話しぶりからして、ヒントがしっかりあった。
 ウロボロスさん自身は、別にわたしを遠ざけようとはしていない。
 それと、『場合によっては』、『無駄に巻き込みたくない』。
 つまり、特定の秘密に触れなければいい。
 それさえしなければ、危ない目に遭うことはないということ。

「質問を変えましょう」
 わたしは人差し指をかざして、提案した。
「いつウロボロスさんに近づかなければ、安全ですか?」
 ウロボロスさんは少し驚いた顔をした後、表情を緩めた。
「意外だな」
「?」
「思った以上に賢い質問をしてくる」
「思った以上にって……。
 でも、分かりやすいのは、ウロボロスさんもです。
 本当に知られてはいけないなら、もっと私を遠ざける手段があります。
 ということは、ウロボロスさん自身は知られることにあまり抵抗が無い。
 さらにまたは、知られて困るのはウロボロスさんではなくて別の人とか」
「……………」
 ウロボロスさんは少し目を見張り、感心したようだった。
「前からお前のことを不思議に思っていた。
 的外れな予測を走らせると思いきや、いきなり筋道だった推察が出る。
 だが、この部屋を見るに……」
 わたしの素っ気無い、本ばかりに囲まれた部屋を見まわして言った。
「根っからの空想好きのようだな。
 そして、気になったものは、とことん知らないと気が済まない。
 そのお気に入りの新しいおもちゃとして、私が目をつけられたわけか」
 体温が高くなり顔が赤くなるのを感じながら、反論した。
「質問をはぐらかさないで、答えてください!」
 わたしの反発は予想通りだったみたいで、少し鼻で笑った。
 それから両手を挙げて、降参の合図をした。
「分かった。もう話せることは全部話していいか。
 明日は安息日だ。予定はなかろう? 私もない。
 きつめのハーブティーを煎れてこよう」


 わたし達はその夜、たくさんのことを話した。
「正直な話、ちょこまかと嗅ぎ回るお前を、注意したくて仕方が無かったのだ。
 カギならこの針金で開けた。私の部屋で構造は把握している。これくらい簡単だ」
 他愛の無い話から始まっていった。
「教えてやろう。アカデミアで姿を消したときは、私を探すな。
 特に放課後はいけない。それだけでいい。後は好きにして構わない」
 気付けば、ウロボロスさんの暗い過去まで聞いていた。
「軍に入ることは突破口だった。
 そこなら、尋常でない力を示せば、安定した地位を得られるからな」
 たくさんの、たくさんのことを話した。
「私はコブラに巻き込まれて、ここに来たのだよ。
 だから、お前の推測通り、私は特に乗り気でない。ただの興味本位だ。
 もっともお前にその隙を見抜かれるほど乗り気でなかったのには、初めて気付いたがな。
 絶対にやりたい目的なら、阻害要因となるお前を容赦なく脅していただろう」
「脅すって……」
「これまで話してきた通りだ。やるかやられるかの世界。
 私がこれまでやってきた通りのことを、ここでもやる。それだけの話だ」
 まるでお互いにずっと打ち明けたかったように。
「わたし、作家になりたいんです。
 先生になったのもその途中、って言ったら怒られるかな」
 不思議だった。私は夢のことまでさらさらと話せた。
「さっきとか推測できたのも、作家修行のおかげなんですよ。
 登場人物の気持ちとか動機とか、普段すっごく悩んでるから。
 だから、誰かの心の動き方とかも、自然と考えちゃうんです」
 どうしてだろう。今まで打ち明けられる人はほとんどいなかったのに。
「自費出版って分かります? そのためにお金貯めてるんです」
 ウロボロスさんは今までの人と、何が違うんだろう。
「『距離』だろう」
 そうだ、この洞察力が心地いい。
 話せば、もっとわたしが分かる気がする。
「『距離』ですか?」
 この人と話していると、何か新しいものが見えてくる気がする。
「ああ。普通は人は相手に何かの立場を求めるだろう。
 それを私はしない。別にお前でプライドを見たす気も無い。
 お前を利用しようとする魂胆も無い。だから、無害なのだよ。
 何をさらけ出しても、特に貶すこともしないしな」
 だから、もっと話していたい。
「だが、それはお前も同じことだろう?」
「わたし?」
「お前は相手の話を自分の言葉で斟酌しながら、過度の同情もない。
 共感的ながらも、作家の客観的な視点がある。
 だから、私も話していて、丁度いい『距離』なのだろうな」
 わたし達は、ずっと話せる。


 それから、わたし達はよく話すようになった。
 あの夜に、感じた通りだった。
 わたし達は『距離』が合っている。
 お互いがお互いを求めすぎない。
 でも、二人でいると、感覚が鮮明になる。
 わたしがもっとわたしでいられる気がした。
 もっとたくさんの意味を感じられる気がした。

 ウロボロスさんはたくさんのことを経験していた。
 わたしが一生経験し得ないようなことを、たくさん。
 その強烈な経験や状況を聞くだけで、わたしは新しく何かを知るような思いだった。
 同時に心の奥底に感慨が降り積もって、気持ちは充実していった。
 ウロボロスさんの話は、わたしの心を掻き立てる。

 でも、わたしにもウロボロスさんに勝てることがあった。
 それは物語の話だ。
 これがこうなれば、もっと面白いかもしれない。
 これがこうだったら、もっと納得できるのに。
 そんな『もしも』の希望のある話を、ウロボロスさんは興味深く聞いていた。
 そのときだけウロボロスさんの瞳は、ほんの少し輝いた気がした。
 まるで宝物を微笑んで見つめる子供のように。

 その慕う気持ちを、恋と定義することに、わたしは抵抗を感じなかった。
 年齢なんて15歳も離れてるのに、不思議だった。
 こんなに誰かと話していて、心が充実してくるのは初めてだった。
 一人でばかりいたわたしだったはずなのに。
 この人とならいくらでも時間を過ごせると、胸を張って思えた。
 
 わたしの恋情は態度に表れてしまう。
 その好きで胸が弾む気持ちを、わたしは隠そうとしなかった。
 いつも言葉で繋がっていたわたし達だったから。
 すぐに言葉は、伝えてくれた。
「名前を教えてほしいんです」
「名前……ねぇ」
「ウロボロスって、偽名ですよね。
 そうじゃなくて、本当の名前が知りたいんです」
「……知ってどうするというのだ?」
「その名前を呼びたいんです」
「名前を、呼びたい?」
「もっと近くで、本物に触れたいからです」
「……………」
「尾を咬む蛇の図象、ウロボロス。無限を意味するモチーフ。
 あるいは蛇なら、エデンの園でイヴを原罪に導いた禁忌を犯すもの。
 そんな虚飾の表皮の名前はもういいんです。
 ウロボロスさんは無限でも罪でもない、いまそこにいる人。
 その人の本当に近づきたいから、その名前を知りたいんです」
「その名前を呼べたら、お前はどんな気持ちになる?」
「わたしの唇で、その名前の響きを奏でたなら、温かな気持ちを感じるでしょう。
 その人の本当を知るために、ずっと傍にいるために、手招きができる魔法の言葉だから」
 ウロボロスさんはわたしの瞳をじっと見ていた。
 目が離せない。胸が高鳴る。息が苦しい。
 わたしの瞳孔も、全神経も張り詰めているだろう。
 いまこの一瞬すべてを記憶の聖櫃に閉じ込めるために。
 わたしと、そして自分の内側を確かめるように、ウロボロスさんは眼を凝らした。
 大切に沈黙を噛み締めて、胸に湧き上がる感情を見過ごさないように。
 これまでわたしと過ごして感じた何かを思い出しているのかもしれない。
 その目に捉えられたわたしは、一瞬その言葉を掴みそこねた。
 そして、掬い直して抱きかかえるように、その言葉を大切になぞった。
「ウローヴィ。それが私の名前だ」
 ――傍にいることは、受け入れられたんだ。
 胸に浮かべて、音を辿る。この響きを、わたしは胸に刻んでおこう。
 どんなときでもその人とつながっていられるように。
「ウローヴィさん」
 温かな気持ちになって、目の前の人を見つめなおした。
 少し頭をかいた。今までに見たことのない、照れる仕草
「呼び捨てでいい。それに、ウルで構わない」
「……うん、うん。ウル、ですね」
 自分の声が、自分で抑えられず高い音になっていた。
 そして、思い出したように、わたしは続けた。
「ならわたしは、エルです。
 ウローヴィに、ウル。エルヴィーラに、エル。
 そう呼び合えれば、すごく傍にいる気がするんです」
「エル。そうだな、エルか」
 改めてそう言われると、わたしはまた、こそばゆい気持ちになった。
 ウルは軽く咳払いをして、言葉を続ける準備をした。
「私もな。エルといると、ひび割れた心がまだ繋がっているような気がするんだ。
 その何かを取り戻していくような感覚は、今までなかった。
 だからまだ傍にいたいと、そう思う」

 もっと近くにいるようになって、もっと同じ時間を過ごした。
 大きな部屋を二人で借りた。
 相変わらず食事は別々だったり、適当に一緒だったり。
 そして、相変わらず放課後に何をしているかは秘密のまま。
 でも、その輪郭は大体分かっていた。
 そのために巻き込まれて軍を脱退し、ここに来てその研究に携わっている。
 自分の利益にあまりならないけど興味はあり、嫌でもないため協力している。
 それだけ分かっているから、それでいいことにしてあげよう。
 よりもわたしは、心が満ちてきた今だからこそ、書かなくちゃいけない物語があった。
 それはずっと温めておいた、子供のころの大事な思い出。
『勇気ある少女と愉快なドラゴンたち』。
 わたしはもうすぐ全部が大人になってしまう。
 だから、あのときの気持ちを思い出せなくなってしまう。
 それでもウルといて、鮮明な感覚を味わえる今なら。
 それでもウルといて、強い気持ちを宿せる今なら。
 わたしはわたしの精一杯で物語を書けて、明菜お姉ちゃんに届けられるんだ。
 その物語をわたしは大切にまもりたかったから、わたしは自費出版を選んだ。
 誰かに受け入れられるかどうかじゃない。
 わたしの書く技術も努力も、あのときの感動を再現するためにある。
 誰のためでもなく、わたしと明菜お姉ちゃんのためだけに書きたいから。
 あの日に決して恥じないように、わたしは文字を走らせた。

 幸いにもわたしの日々は規則正しかった。
 わたしの選んだ人は、わたしを自由にしてくれた。
 わたしはわたしだけで、物語に向き合えた。
 いままで大事にしまっていたものを、解き放っていった。
 わたしが書き留めた物語が、息づいていく。
 あの日々の弾む心と、無邪気な確信がよみがえってくる。
 わたしの胸を熱くしてきた物語を、生きた形で残さなくちゃ。
 迷いながら懸命に辿りながら、言葉は降り積もっていく。


 やっと出来た物語を届けた。そうして、本にしてもらうのだ。
 待ち遠しくてたまらない日々を、わたしはデュエルでやり過ごした。
 まだ明菜お姉ちゃんは入学していなかった。
 今の教師としてのデュエルの腕なら、きっといいデュエルができる。
 はやる気持ちでぐるぐるになりながら、デュエルを続けた。
 
 そして、電話で本が出来たと聞いた。
 郵送するかと聞かれて、わたしは今すぐ行くと答えた。
 店で紙袋に入った私の物語を手にとって、それが店に並ぶのを確認した。
 誰も見てくれなくても、ただそこにあるだけでわたしの胸は高鳴った。
 その前に、ずっと物語を見守ってくれたウルに、届けなくちゃ。
 わたしの物語はまだまだ続いていく。
 これからもたくさんのことを感じて、それを言葉にしていく。
 そうしてわたしの物語がつながっていく。楽しみ。

 すぐ息切れするくせに駆け出して、わたしは―――――。





第30話 願い月のエル



―――― ――― ―― ―

 わたしを再現するには、どうすればいい。
 
 それは決してできないこと。
 あなたでさえ、わたしでさえ、わたしを全て知らないから。
 それでも必死で辿って、あなたはわたしを作ろうとする。
 (わたしの日記がある。どんな手を用いてもあなたは手にする) 
 それでも、そこに理想や擦れ違いの不純物が混じる。
 誰かの意思が混在した時点で、わたしはもう別物。
 もう一度わたしをわたしのままで作るにはどうすればいい。
 まず、あなた自身がわたしを作ってはいけない。
 あなたはその過程を記憶していて、自分の解釈の混在を悟るから。
 そして、どの他人であっても、わたしを作ってはいけない。
 その人の意思の混在をあなたは疑わざるを得ないから。
 
 となれば、作った者に意思がなければいい。
 さらに、わたしを完全にわたし以上に認識しているのが条件。
 その存在がいるか。その記述は在るか。
 在るなら、それは神、または神の記述しかない。
 意思がなく、なおかつ全てを識る。
 あらゆる利害を超越し、それでいて何の欲求も持たない。
 その神の境地に至らなければ、わたしを再現できない。
 
 無理を望むことは、それ自体が最初から悲劇。
 誰もが理想と現実の差を嘆いて、涙を流すから。
 あなたが望み続ける限り、この悲劇は終わらない。 

―――― ――― ―― ―



 ――誰かに勝てないと感じたなら、それだけで終わってはいけません。
   どうやって、その人がそこまで強くなったのか。
   それを考えなくてはいけません――
 
 久白翼はオーナー先生――鏡原英志――の言葉を思い返していた。
 翼が悔しさでがむしゃらに練習してたときに、かけてくれた言葉だ。
 闇雲に自分だけで走っても、途方も無くて疲れ果ててしまう。
 でも、誰かの道筋を意識したなら、追いつこうと頑張れる。
 その高みに行くための道筋が見えて、自分でもできる気になる。 
 翼がいた孤児院ルミナスと違って、アカデミアは強いデュエリストばかりだった。
 デュエルだけではなく、その内面も鍛え抜かれていると感じられる人も多い。
 その中でも、敵わない、と思わされてしまったのは、二人だ。
 斗賀乃先生とウロボロス。
 あの2人はどうやって、あの強さまで至ったのだろう。
 どうしてあんな自信を保って、あそこまでの力を誇れるんだろう。
 その途方も無い道を辿る手がかりはなかった。
 それでも追いつくためなら、知らなくてはいけない。
 その強さの理由を。そして、二人を超えるための何かを。
 
 
「気がついた? 大丈夫?」
 翼が目を開くと、レイが心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫。体は意外と何ともない……かな」
 頷いて、立って、2度3度跳ねてみる。
 あの電撃を浴びせられたが、特に痛みはないようだ。
 逆にレイは少しつらそうで、強がっているように見えた。
 翼が無事なのを見て、少し力が抜けたように腰を下ろした。
「僕はまだあちこちがひりひりするし、体が変だよ。
 あれで平気なんて、翼くんは結構タフなのかな。
 あの夜に最初にやられたときも、翼くんは元気だったね」
「たまたま当たりどころが良かったのかな。
 あの電撃を受けて、こんなに平気で良かったよ」
 翼は得意そうに答えた。
 だが翼は、自分が平気な理由はそれだけでないことを気づいていた。
 あの電撃はそのほとんどが、精霊の力を引き出して作られた攻撃だ。
 不意をつかれてショックで気を失ったが、体は平気なはずだ。
 翼の力は、その手は、その体は、精霊の力を吸収できる。
 ときに行使しているのは、吸収して意のままに発現させること。
 だが、単純に力を変換して、霧散させることもできる。
 翼の精霊の力を借りて、相殺させるまでもないのだ。 
 無意識にその力を発動させて、衝撃を緩和したんだろう。
 相手が実体化して物理的な攻撃をしてきても、かき消すことさえできる。
(もちろんその力で岩を投げるなど、精霊以外の力も伴えば敵わないが)
 だが、レイに伝えるのは戸惑わせるばかりだから、翼はやり過ごした。
 
「でも、ここはどこなんだろう」
 翼は周りを見渡したが、ここが狭い部屋ということしか分からない。
 あるのは屋外にあるような、蛇口とその排水口。
 ドアに見えるような窪み。だが、取っ手がない。
 押しても、隙間から引こうとしても、動かない。
 こちらから出るために設計されていない作りのようだ。
「閉じ込められてる……みたいだ」
 翼の答えを聞いて、レイはため息をついた。
「つかまえられちゃったのかな、僕たち。
 一緒に電撃にあわせられちゃったミルリルさんは別のところかな。
 出れそうにはないみたい」
 翼はそのドアらしき窪みを叩いてみた。
 鈍い音が返ってくる。打ち破れるようなものではない。 
「今は藤原先輩とか、オブライエンさんも突入してる。
 みんなを食い止めてから、俺たちをどうにかする気なのかな。
 俺たちはここで閉じ込められているしかないのか」
 ウロボロスが閉じ込めようとしたからには、抜けられないだろう。
 そんな隙があるような相手ではない。
 今はどうすることもできない。
 何もやりようがなくなって、翼も座り込んだ。
 無力感に支配された沈黙だけが、続いた。
 
「ねえ、翼くん」
 沈黙に耐え切れない。レイが話しかける。
 翼は顔を上げて、レイを見た。
 翼は疲れたような、少し思いつめたような表情だった。
 それを見て、レイは今しようとしていた質問を飲み込んだ。
 レイはあのときの質問の続きを探ろうとしていた。
 『翼くんは明菜ちゃんのことどう想ってるの?』  
 あまりに退屈だし、それに何より気になるから。
 だが、今そんな質問をしたら、睨み返されかねない。
 閉じ込められてどうしようもないから、何を話してもいいはず。
 だが、ここでさらに翼と険悪な雰囲気になるのは嫌だった。
 だから、レイはごまかして話しかけた。
「明菜ちゃんもこんな風に閉じ込められてるのかな」
 何の意味もない質問だった。 
「そうかもしれない」
 そうとだけ、翼は答えた。
 話題は続いてくれない。
 この沈んだ空気が嫌で、レイは質問をひねる。
 答えやすくて、嫌な気持ちにならない何か。
 それでいて明菜ちゃんに関わることならもっといい。
「明菜ちゃんと、翼くんって、どっちがデュエル強いの?」
 やっと思いついて出た話題はそれだった。
 その質問に、翼は少しキョトンとした表情をした。
 もしかしたら、なぜいまそんなことを聞くんだ、という門前払いかもしれない。
 レイが少し不安に思ったところで、翼が口を開いた。
「ずっとライバルみたいなものかな。
 いちいち数えてないけど、多分勝敗は同じくらいだ。
 いつもそんなので悔しいから、何度も戦ってる。
 でも、いつも絶対に勝てるとも思えないし、絶対に敵わないとも思わない。
 だからかな、不思議と飽きないんだ。明菜とのデュエルはいつも興奮する。
 俺が新しいカードとかコンボを使って、またデュエルするよね。
 そうすると、明菜も新しい戦術で追いついてくるんだ。
 その繰り返し。だから、互角のライバルをずっとやってきてる感じだよ」
「へえ〜。じゃあ、アカデミアに来るときも勉強し合ったの?」
「そりゃあそうだね。俺たちは、とにかくカードの種類を知らなかった。
 だから、明菜と一緒に街のみんなからデッキ借りて使ってみたり。
 俺一人だと全然勉強とか集中できないからさ。
 デュエルモンスターズのシミュレートゲームとかするよね。 
 でも、俺一人だとすぐウズウズしちゃって投げちゃうんだよ。
 だから、結構一緒に勉強してたかな」
「だよねー。僕も一人だと集中できないから分かる!
 やっぱ誰かとやってると、頭になんか残りやすいし!
 じゃあさ、そろそろそういう季節なんだけど、中間テスト一緒に勉強しない?
 僕いくらでもそういう仲間がほしかったんだ!」
「いいよ。俺だって、そういう仲間がほしかったくらいだよ。
 明菜も絶対に参加したがると思う」
 会話はすらすらと弾んでいた。
 そこでレイは抑え切れない突込みを抑えていた。
 『そんなに一緒にいたなら、好きにならなきゃおかしい!』
 だが、なんとなくレイにも、その理由が分かってきていた。
 翼のデュエルに対する姿勢は、十代サマや亮サマに似ている。
 女の子に恋する前に、デュエルにそもそも夢中。
 それで恋愛のことを聞かれても、戸惑ってしまう。
 そういえば、恋敵の明日香先輩もそうだった。
 いや、その前に、明菜ちゃんもそういう感じがする。
 兼平くんとの対戦のときがそうだ。
 色恋の前に、デュエルとか他の何かがあるようだった。
 その狂った優先順位の感覚をどうにかする方法は、レイには分からない。
 もし分かるのなら、十代をとっくにどうにかしている。
 翼と明菜のどちらも、そんな狂った感覚の持ち主なら……。
 弾む会話の裏側で、レイはその前途多難な予感にハラハラした。

 いつも何かの目的に向かっているのが好きな翼。
 その翼が雑談に興じるくらいに、退屈を持て余している。
 デュエルの話をしていて、斗賀乃先生に負けた悔しさが蘇ってきた。
 どうせ今は何もできない。レイちゃんとデュエルをして時間を潰そうか。
 思いついた翼は、「そうだ」とデッキを取り出そうとした。
 そのときに、――声は聞こえた。

「閉じ込められてると思うから、この辺のはずなんだけどなー」
「ねえ! ここから声がしなかった?
 多分、ここにいるよ! 叩いてみようよ!
 おーい!!」
 明菜と、……精霊の声?
 ドアが外側から叩かれていた。
 翼は「ここだー」と呼び返しながら、ドアを叩き返した。
 扉の向こうで、明菜は嬉しそうに「翼だよね! 見つけた!」とはしゃぐ。
 そして、ドアをドンドンと開けようとするが、やはり開かない。
 当たり前だけど、鍵が閉まっているんだろう。
 扉向こうでこそこそと声がして、作戦を練ってるみたいだ。
 その声もすぐに止んで、明菜の張り詰めた声が聞こえた。
「翼にレイちゃん。扉から離れて。
 ううん、扉だけじゃなくて、入り口からまっすぐから離れて」
 有無を言わせない明菜の強い口調。
 翼はレイと顔を見合わせて、恐る恐る扉の外側に待ち構えた。
 トン、と扉をノックして、明菜に「いいよー」と合図。
 すぐに翼は壁越しに、精霊の大きな力が集まるのを感じた。
 いや、その前にも精霊の声が聞こえていた。
 まさか明菜は精霊と話せるようにでもなったんだろうか。
 幼いような声だったが、今はとてつもない力を感じる。
 扉から離れてと言った。まさかこの扉を打ち抜くとでも――。
「いくよ! シューティングレイ・ブラスター!!」
 目の前の扉は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
 まばゆい光の波動弾が、扉を打ち抜いた。
 飛ばされた扉は奥の蛇口にあたって、ひしゃげさせた。
 甲高い鉄を折り曲げる音が響いて、翼は目を丸くする。
 その翼に明菜はVサインをして、少し照れくさそうに笑った。
「ただいま」 
 

「本当はたくさん話したいことはあるんだけどね」
 3人は早速駆け出していた。
「早くやっちゃわないと、捕まえられちゃうから。
 今の騒ぎだって、絶対に聞きつけられちゃうはずだし」
 再会を喜んでる場合ではない。
 それでも質問は尽きない。
「明菜ちゃんも僕たちみたいに捕らえられてたんだよね。
 それを今みたいに突破してきたの?!」
 明菜はレイと目を合わさずに答える。
「……うん。精霊の世界に飛ばされてね。
 みんなから力を貸してもらえることになったんだ」
 翼も興味を隠しきれない。 
「精霊の世界なんてあるの!?
 じゃあ、そこに行っているうちに、明菜も精霊の力が?」
「うん。この基地と精霊の世界は近いみたい。
 でも、あたしには翼みたいに力を操るのは無理みたい。
 まだ、見たり話したりできるだけ」
「でも、あの扉を打ち抜いた力は?」
「あれは精霊のみんなの気遣いって言うのかな。
 誰でも使えるように、力を凝縮して単純化したんだって。
 だから、カードをかざしてお願いすれば、できるの。
 もちろん何度も打てないよ。使えるのは、あと2回。
 この力を使いながら、ウロボロスさんを倒す、ってのが精霊の願い」
「ミルリルさんって精霊の人と、デュエルするときも言ってたよね。
 ウロボロスが精霊を捕らえて実験とかなんとかしてたって」
「その通りかな。それで精霊のみんなも怒ってて、反撃を狙ってたみたい。
 みんなもウロボロスさんを倒すために来たんだよね?」
「ああ。じゃあ、やることは一緒か。
 でも、明菜、本当に……」
 翼は声を少しだけ曇らせた。
 それだけで明菜は、翼が気付いてることが分かった。
 だから、優しく力強く答えた。
「大丈夫だよ。あたしはあたしで何とかする。
 こんな力を借りなくても、どうにかするんだ。
 だから、まずはウロボロスを倒しちゃわないとね」
 その答えを聞いて、翼は「そっか」と安心したようだった。
 レイはやり取りの意味が分からず、首を傾げる。
 だが、二人の通じ合っている様子を見て、少し嬉しくなった。
 
 
「今の目的は、これなんだ」
 明菜が目指していたのは、ほぼ最深部の施設だった。
 そこに入ると、大きな水槽のような筒が安置されている。
 その中にはピンク色の威厳ある竜が閉じこめられていた。
 眠っているように目を閉じて、動こうとはしない。
 翼も、その力を秘めた竜を知っていた。
「聖夜竜……」
「うん。このカードを取り戻さないと、何されるか分からないから。
 ウロボロスがあたしに近づいたのも、このカードが目的だったんだ」
 明菜はそう言いながら、安置されたカードをデッキの一番上に置く。
 絵柄の失われたカード。このままでは起動しない。
「それで……。でも、明菜はよくこの基地の構造を知ってるな」
「それはあたしがみんなに調べてもらったからだよ」
 明菜がそう言うと、2匹の仔竜が姿を現した。
「俺たちなら気付かれずに、探索できるからなー。
 まぁ精霊と融合してる奴らに見つからなければ、どうにでもなる。
 監視カメラには俺たちは観測できないからなー」
「私もロックもこっそりはずしておいてるよ。
 結構それを探るのは、苦労したけど」 
 翼は物珍しそうに、2匹の仔竜を『視た』。
 どちらも小さくても、知恵は優れている。
 また、潜在能力もかなりのものだと伝わってくる。
「そっか。それなら、うまく行きそうだ」
 心強い味方が加わって、翼は安心した。
 だが、この筒も簡単には取り外せないだろう。
 それでここを壊したら、また大きな衝撃音が響く。
 力押しで進むしかないが、うまくいくのか。
 不安要素は決して排除できていない。 

 ここの解除が自分たちではできないことは、調査済みだった。
 実力行使。明菜はもう一度『王子』のカードを手に取った。
 精霊本体まで打ち抜かないように、狙いを定める。
 これを越えたら、あとはウロボロスとの対決だけ。
 思わず、その手に力が籠もる。
 そのとき、――黒の柱が立ち塞がり、明菜たちの視界を塞いだ。
「これは!?」
「感づかれた?」
 振り向くと、一人の女性がカードをかざしていた。
 表情に感情を浮かべず、それでも視線はこちらを見定めている。
 その指先で輝くカードは《闇の護封剣》。

《闇の護封剣》
永続魔法
このカードの発動時に相手フィールド上に存在する
全てのモンスターを裏側守備表示にする。
また、このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上モンスターは表示形式を変更する事ができない。
2回目の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを破壊する。

「エル……さん……」
「明菜、知っている人なの?」
 翼の質問を素通りして、明菜は呼びかけ続ける。
「ううん、エル『ちゃん』なんだよね。
 今まで呼びかけても、反応してくれなかったけど、きっとそうなんだよね。
 どうして今ここにいるの。
 どうしてあたし達の前に立ち塞がるの?」
 エルはその質問に、何の反応も見せなかった。
 代わりにエルは黒く細い何かを投げつけた。
 蛇のように地を這い、一瞬にして明菜にすり寄り、その腰に巻き付く。
 改良型エナジーベルト。デュエルを強制し、敗者のエナジーを奪う器具。
「明菜! リューゲルのじーさんの暗示した通りだ!
 やっぱりこっちのエルは、あの異世界にいたエルとは違う!
 ウロボロスの手先だ! でなきゃ、俺たちを阻まないだろ!」
「でも!」
「『でも』、じゃないよ! 私だって信じたくないけど、だって……。
 だって、その人は人間じゃない! 気配は精霊のものだよ!
 私たちには分かる。今だって、カードの力を具現化させたでしょ!
 だから、姿形はそのままでも、ここは闘うしか――」
「いいや、闘うまでもないよ」
 翼はミレイの言葉を遮り、《闇の護封剣》へと駆け出した。
 その剣を掴み、目を見開いて念じ、そして――分解した。
 ひび割れたように見えた瞬間に、ガラスの粒子のように霧散する。
 黒い光の粒子がさらさらと流れ落ちる中で、翼は低い声で宣言し睨み付ける。
「俺に精霊の力は通用しないよ。
 いくら道を塞ごうとしても、俺が取り除く」
 翼はこれまで精霊と敵対したことはなかった。
 だが、こうしてその力と闘うならば、敵なら容赦なくそれを打ち砕ける。
 相手の繰り出す力の質量が、翼の掌握・分解の速度を超えなければ。
 孤児院ルミナスで対峙したダークネスは対処しきれない例にあたるだろう。
 その例外さえ除けば、翼は精霊に対して、絶対的な優位に立てる。
 望むなら、触れて力を奪い、抹殺することさえできる。
「明菜! 今のうちにあのカードで、聖夜竜を!!」
 翼が叫ぶ。だが、そのエルは翼を見過ごさない。
 目にも止まらぬ速さで翼に駆け寄る。
 その速度は人間のものではない。
 翼は驚き飛び退くのが手一杯で、敢え無く捕らえられる。
 エルは首を掴み、片手だけで翼を軽々と持ち上げる。
 そうはさせないと、翼は腕を掴み返す。
 力を奪って、気絶させる。
 その覚悟で、エルの構造に意識を走らせる
 そこで得た情報は――。
 驚きに凍る翼に、エルは――翼だけに聞こえる小さな精霊の声で――ささやいた。
(このデュエルの邪魔をしないで。
 わたしはあなたたちの味方だから)
 それだけを伝え、エルは飛び退き、元の位置に戻った。

「翼……だっけか。おい、今のやり取りは何だ!
 精霊の力がすぐに分かるんだよなー。なら、あのエルは?!」
 翼は驚きに目を丸くしたまま、マギーに答える。
「精霊の部分はわずかだ。あとは……人でもないし、なんて言えばいいんだろう。
 俺が感じたのは、『入れ物』だってこと。
 力が強いのも、その力を持つように作られているから。
 それに今俺を捕らえたのに、離したのは――」
(それは精霊の力を奪われれば、わたしが消えるから。
 あの少年がいれば、わたしはここを守れない)
 エルはみんなに聞こえるように、精霊の声を響かせた。
 初めて伝えられた意思に、明菜は困惑する。
 レイだけがそのやり取りをまったく理解できないまま、交互に翼とエルを見る。
 エルは明菜を指差し、言葉を続けた。
(でも、あなたをデュエルで封じればいい。
 捕らえられないように逃げながらでも、デュエルはできる。
 そして、その力を持つカードを奪い、次はあの少年をデュエルで無力化する。
 そうすれば、ここを守りきれる)
 ディスクをかざすと、ランプが灯る。
 明菜のディスクも共鳴させられ、デュエルは避けられない。
「どういうことなんだ……?」
 翼が考えても筋道が通らない。
 味方? でも、ここで決闘する?
 あの速さなら、そのつもりなら、最初のタイミングで自分を無力化できたはず。
 その堂々巡りの翼に、明菜は力強く語りかけた。
「大丈夫だよ。デュエルをすれば、本当のことが絶対に分かる。
 それにエルちゃんじゃないとしても、わたしが勝てば問題はないよね」
 確かにその通りかもしれない。しかし、誰もが困惑を抱えたまま。

「 ( デ ュ エ ル !!) 」
 
 決闘は始まった。

明菜 VS エル

 先攻のランプは、明菜。
「あたしのターン、ドロー!」
 相手の手が予測がつかない。ここは攻めを意識して、相手を探る。
「《ミラージュ・ドラゴン》を召喚!
 さらにカードを1枚伏せて、ターンエンドするよ」

《ミラージュ・ドラゴン》
効果モンスター 星4/光属性/ドラゴン族/攻1600/守 600
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
相手はバトルフェイズに罠カードを発動する事はできない。

 相手を鮮やかに幻影で翻弄する竜。そして、伏せカード。
 相手がどう繰り出してきても、攻めきることを意識した布陣。

(わたしのターン、ドロー!)
 エルのターンが始まり、すぐさま手札から3枚のカードを手に取る。
(モンスターをセット。リバースを2枚セット。
 このままターンエンド)
 そのまま静かにターンは終了する。

「あたしのターンだね、ドロー」
 対して、エルは守備を固める布陣。
 なら、そのカードを暴くための一手を。
「《ミラージュ・ドラゴン》で攻撃!
 『パラレル・ビュート』!!
 そして、この攻撃に対して、トラップは発動できない!」
 攻撃を宣言すると、細身の竜は色を揺らがせ、分身の幻影を作り出す。
 幻影を入り混じらせた同時攻撃。
 そのすべてが同じように動き、尾をムチのようにしならせ、激しく叩きつける。
 リバースは発動されず、あっけなく伏せモンスターも破壊された。
 そして、そこに透き通った月の光が差し込む。
(墓地に送られた《月夜の舞姫》の効果を発動。
 デッキからレベル3以下の天使族モンスターを手札に加える)

《月夜の舞姫》
効果モンスター 星3/光属性/天使族/攻 700/守 200
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキからレベル3以下の天使族モンスター1体を手札に加える。

 踊りが仲間を呼び出し、エルは流れるようにデッキからカードを選び出した。
(選ぶのは、《三日月の聖女 エルザェム》)

《三日月の聖女 エルザェム》
効果モンスター 星3/光属性/天使族/攻?/守?
???

 カード知識の浅い明菜たちには未知のカード。
 その一瞬の公開では、一部の情報しか読み取れない。
 しかし、今のデュエルルールでは、その視認で相手を読み取るしかない。
 そのためにアカデミアでは、とにかくカードを覚える訓練をさせられているのだが。

「あたしはこのままターンエンド」

 サーチを成功させたからには、反撃を狙ってくるだろう。
 明菜は手札を温存し、その来たるべき攻撃に備える。

(わたしのターン、ドロー)
 だが、その明菜を意に介していないように、エルは手早くカードを手にする。
(モンスターをセット、ターンエンド)
 明菜の警戒をすり抜けて、エルは沈黙を守る。

「あたしのターン、ドロー!」

明菜
LP4000
モンスターゾーン
《ミラージュ・ドラゴン》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
6枚
エル
LP4000
モンスターゾーン
伏せモンスター×1
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
4枚

 不可解で迷いのないエルのペースが、明菜を焦らせる。
 未知とは恐怖。闇雲に光で振り払いたくなる。
 そして、明菜はその懐に飛び込む手を繰り出した。
「相手フィールドにモンスターが存在するから、
 あたしは《ピクシー・ドラゴン》を手札より特殊召喚!
 さらにそのまま生け贄に捧げ、――いくよ、《サンライズ・ドラゴン》!!」

《ピクシー・ドラゴン》
効果モンスター 星4/光属性/ドラゴン族/攻1000/守1100
相手フィールド上にモンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

《サンライズ・ドラゴン》
効果モンスター 星6/光属性/ドラゴン族/攻2400/守1600
このカードの生け贄召喚に成功した時、
裏側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を選択し、表側攻撃表示にする事ができる。

「来たよ! 明菜ちゃんの速攻コンボ!!」
「よし! これで一気に攻めきれる!」
 焦る気持ちはレイも翼も一緒のようだ。
 照らす光は確かに影に潜むものを明かすはず。
 そこに待ち受けるものが、どんなものであっても。

「生け贄召喚時の効果発動! 『リヴィール・サンライズ』!
 フィールド上の裏側守備表示モンスターを、表側攻撃表示に変更する!!」
 暴かれたモンスターは、《シャイン・エンジェル》。

《シャインエンジェル》
効果モンスター 星4/光属性/天使族/攻1400/守 800
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の
光属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。

 天使族のもっとも基本的なリクルーター。
 光属性のカテゴリに属している者なら、知らない者はいないカード。
 再び後続のモンスターにつなげようとするカード。
 その狙いを判明させるためには、攻撃あるのみか。

「バトル! 《ミラージュ・ドラゴン》でもう一度!
 『パラレル・ビュート』!!」

 エルは表情を変えず、その攻撃を見過ごした。
 天使は幻影に引き裂かれる。
 その輝く翼を残しながら。

エルのLP:4000→3800

(《シャイン・エンジェル》の効果を発動。
 わたしが呼び出すのは、《次元合成師》)

《次元合成師》
効果モンスター 星4/光属性/天使族/攻1300/守200
1ターンに1度だけ、自分のデッキの一番上のカードをゲームから除外し、
さらにこのカードの攻撃力をエンドフェイズ時まで500ポイントアップする事ができる。
自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
ゲームから除外されている自分のモンスターカード1枚を選択し、
手札に加える事ができる。

 オブライエンが用いていた、除外と相性のいいカード。
 確かに天使族は除外戦術と親和性がある。
 このカードがあることも頷ける。
 次のターンにはその効果で攻撃力を上昇させ、反撃を狙うはず。
 その芽を摘み取らなくてはならない。

「《サンライズ・ドラゴン》でさらに攻撃するよ!
 『サンライズ・バースト』!!」

 そして、初めてエルがリバースに手を向ける。
(リバースマジック、オープン!
 《月の書》! 《サンライズ・ドラゴン》を裏側守備表示に!)
 蒼の聖なる書物から月の魔力が放たれる。

《月の書》
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。

 だが、このチャンスを明菜は攻め抜く。
「カウンター罠発動! 《マジック・ジャマー》!!
 手札を1枚捨てて、《月の書》の効果を無効化するよ!」

《マジック・ジャマー》
カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。
魔法カードの発動を無効にし破壊する。

 痛恨のカウンターのはずだ。
 相手はこの攻撃を防げるからこそ、攻めに転じる《次元合成師》を召喚したはずだから。
 この攻撃が通れば、相手の戦術を上回り、主導権が握れる。
 再び、《サンライズ・ドラゴン》が4枚の翼を広げ、エネルギーを集中させる。

 ――その刹那だった。

 《サンライズ・ドラゴン》は突然身を崩し、倒れこむ。
 痛みがうずくのか、腹部を押さえ込み、丸まり、――裏側守備表示を取った。
 明菜はすぐさまエルのリバースを確認した。
 だが、そのリバースは伏せられたまま、沈黙している。
 じゃあ、いったい何が――。

(手札の《新月の乙女 エルザェム》の効果を発動してた。
 その効果、『潜み見通す新月(インヴィジブル・シミター)』。
 このカードを手札から任意のタイミングで墓地に送ることで、
 相手フィールド上のモンスター1体を裏側守備表示にできる)

《新月の乙女 エルザェム》
効果モンスター 星1/光属性/天使族/攻 0/守 600
このカードを手札から墓地へ捨てて発動する。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
このカードのカード名は、フィールド上または墓地に存在する限り
「月の女神 エルザェム」として扱う。

「そんなカードが……。
 あたしはこのままターンエンド」

 手札からの不意打ちの効果。
 カウンターを見通した上での二重の布陣。
 デュエルは完全にエルがコントロールを握った。

(わたしのターン、ドロー。
 《三日月の聖女 エルザェム》を召喚する)

 満を持して、選ばれたカードが繰り出される。
 胸当ての軽装を身にまとう華奢な少女。
 だが、切れ長の瞳の眼光は鋭い。
 戦い慣れているように、隙のない構えを見せる。
 黄金色に輝く三日月形のブーメランを携えて。

(そして、その効果。『獰猛なる三日月(クレッセント・ファング)』。
 相手フィールド上に裏側守備表示モンスターがいるとき、
 相手プレイヤーに800ポイントのダメージを与える!)

《三日月の聖女 エルザェム》
効果モンスター 星3/光属性/天使族/攻1500/守1600
相手フィールド上に裏側守備表示で存在するモンスターを選択して発動する。
相手ライフに800ポイントダメージを与える。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
このカードのカード名は、フィールド上または墓地に存在する限り
「月の女神 エルザェム」として扱う。

 沈黙するモンスターを過ぎ去り、攻撃は明菜に直撃する。
 裏側守備表示に誘う月の魔力。そして、それを力に変える聖女。
 そのコンボはあまりにも鮮やかで、残酷なまでに美しい。

明菜のLP:4000→3200

(そして、《次元合成師》の効果で、デッキの1番上のカードを除外。
 攻撃力を上昇させる)

《次元合成師》ATK1300→1800

(バトルフェイズに移行。
 《次元合成師》で《ミラージュ・ドラゴン》に攻撃!)
 
 その両手で練り出された光の珠が、《ミラージュ・ドラゴン》を撃ち抜く。

明菜のLP:3200→3000

(そして、さらに《三日月の聖女 エルザェム》の攻撃!
 攻撃時にリバースオープン! 《ストライク・ショット》!
 攻撃力を700ポイントアップさせ、貫通効果を付加!)

《ストライク・ショット》
通常罠
自分フィールド上に存在するモンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
そのモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで700ポイントアップする。
そのモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、
その守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

《三日月の聖女 エルザェム》ATK1500→2200

 最初から伏せられていた、反撃の布石。
 戦術はすべて見透かされ、準備されていた。
 数々のサーチカードが何よりの証。
 今度は黄金のブーメランは、無抵抗のドラゴンを撃ち抜いた。

明菜のLP:3000→2400

「くっ! そんな、ここまで計算されてたなんて……」
 明菜はその周到な戦術に、驚きを隠せない。

(わたしはターンエンド)

 そして、明菜は動揺を隠せない。
 一気に優位に立つはずの手が覆されていた。
 ここから切り返すにも、あの新月の効果は危険すぎる。
 手札がそこにあるだけで、生じてしまう恐怖。
 その縦横無尽の戦術を果たして切り崩せるのか。
 不安で、明菜の動きが止まる。

(ダメだよ。明菜お姉ちゃん。
 わたしは強いから)

「えっ!!」

 その聞こえた懐かしい声に、明菜は感覚を疑った。
 目の前のエルから発せられる声のはず。
 それなのに、どうしてこんなに懐かしくて、少女めいて悪戯っぽいんだろう。

(わたしはあれから先生になったの。
 デュエルアカデミア・ウエスト校の。
 そこで鍛えたんだから、普通の出来の生徒じゃ先生に勝てないよ)

 親しみを込められた声。
 どうして? 今、敵として立ち塞がったはずなのに。

(約束のデュエルなんだ、明菜お姉ちゃん。
 だから、あのときみたいな輝きを、わたしに見せて)

「エルちゃん、エルちゃんなの!?」
「いや、待てよ! 俺たちだって、そう思いたい。
 だけど、演技することだって十分考えられるだろ。
 そうとはまだ判断しきれないよなー」
「でも、マギー! だますなら、励まさないわよ!
 なら、本当にやっぱりエルちゃんなんだよ!」

 エルは明菜とマギーとミレイがはしゃぐ様子に、少し微笑んだ。
(みんな相変わらず賑やか。懐かしい。
 でも、まだ分からない。何も明らかになってない。
 本当のことは明菜お姉ちゃんの言うとおり、デュエルを通して初めて分かること。
 だから、このデュエルを全力で、その勇気で闘って!)

 エルの言葉が明菜の胸に響く。
 この先に行くためにも、本当のことを知るためにも。
 あたしは負けられない。立ち止まっていられない。
「うん。もうためらわない!
 あたしは全力でこのデュエルを戦い抜くよ!
 あたしのターン、ドロー!」

 真実を切り開くために。
 約束を確かめるために。
 明菜は再び勇気を振りかざす。




第31話 同じ月のエル



―――― ――― ―― ―

 それでもあなたは続けた。
 そして、あなたはわたしの再生を半ば諦めた。
 それでも望んだのは、わたしを模造品と知った上での享楽。
 本物でなくても、慰みとなるものであればいい。
 自分に逆らわなくて、それでも懐かしさを感じさせるものを。
 
 その条件なら、そもそもが無理になる。
 わたしがわたしであるなら、わたしはここにいない。
 そもそもが悲劇であるこの物語に、わたしは賛同しない。
 反発するわたしを、あなたは快く思わないだろう。
 だから、あなたはわたしの声を摘んだ。
 反発する可能性を、低めるために。
 それでも反発する手段は、たくさんあるけれど。
 そして、慰みにならない失敗作として、わたしは何度も初期化された。
 わたしには消された記憶はない。
 けれど、魂の支え――精霊――はその悲しみを知っていた。
 
 作っては、理想との違いや反発に遭い、壊す。
 その止めどない繰り返しの中で、今のわたしが生まれた。 
 わたしはわたしであって、わたしからは一番遠い。
 だから、ここまで来れた。今まで生き残った。
 誰かの在り方が根本的に変わるということは難しい。
 風が世界の終わりに向かって、絶え間なく吹き続けるように。
 それでも、その行動を変えることは簡単。
 行動を変えるには、たった一つ好奇心が生じればいい。
 
 わたしに生じた新しい好奇心は、たった一つ。
 『今のウルを理解したい』、それだけ。
 そして、わたしはあなたの理解に近づいた。
 
―――― ――― ―― ―

明菜
LP2400
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
4枚
エル
LP3800
モンスターゾーン
《三日月の聖女 エルザェム》、《次元合成師》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
4枚

「あたしは《フェアリー・ドラゴン》を召喚するよ!」
 緑色の淡い光を放つ、小さな妖精竜が現れる。
 攻撃力はもちろん頼りない。

《フェアリー・ドラゴン》
通常モンスター 星4/風属性/ドラゴン族/攻1100/守1200
妖精の中では意外と強い、とてもきれいなドラゴンの妖精。

「エルちゃんなら、この次に何をするか分かるよね」
 明菜は意気揚々と問いかけた。
(うん。分かる、知ってる。
 《マジック・ジャマー》で墓地に捨てたカードは、《ドラゴ・マギー》!
 そして、手札から《龍の鏡》発動!
 墓地でマギーの第一効果発動! 『マジカル・メタモルフォーゼ』!
 いまは《スピリット・ドラゴン》になって……)
 エルはすらすらと得意げに答える。
「わーわーわー、あたしの台詞全部取らないで!
 うん、でも、その通り!
 手札から《龍の鏡》を発動! 墓地の2体、場の1体の精霊竜を除外融合!
 3体の精霊竜の力が重なるとき、新しいドラゴンが誕生する!
 来て! 《スプリーム・スプライト・ドラゴン》!!」

《ドラゴ・マギー》
効果モンスター 星2/光属性/ドラゴン族/攻400/守800
このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
手札のドラゴン族モンスター1体をゲームから除外し、
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
「ドラゴ・マギー」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

《龍の鏡》
通常魔法
自分のフィールド上または墓地から、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 虹色のまばゆい光を放つ妖精竜。体は小さくても、その魔法力は強大である。

《スプリーム・スプライト・ドラゴン》
融合・効果モンスター 星7/光属性/ドラゴン族/攻2000/守2200
「フェアリー・ドラゴン」+「スピリット・ドラゴン」+「ピクシー・ドラゴン」
このカードは1度のバトルフェイズ中に3回攻撃する事ができる。

「じゃあ、覚えている通り、神速の3連続攻撃! いくよ!
 『ライトニング・チャージ』!!」

 身構える隙も与えられずに、三日月の聖女はなぎ払われる。

エルのLP:3800→3300

 そして、間髪を入れずに、次元の錬金術師も倒される。

エルのLP:3300→2600

「最後にダイレクトアタック! 『トリプル・ライトニング・チャージ』!!」

(待って! その前に《次元合成師》の効果が発動する!
 破壊されて墓地に送られたとき、除外されたモンスターを回収できる。
 回収するのは――)

 除外されたカードをエルは取り出し、明菜にかざした。

(《新月の乙女 エルザェム》!
 そのまま効果発動! 『潜み見通す新月(インヴィジブル・シミター)』!
《スプリーム・スプライト・ドラゴン》を裏守備にし、攻撃を阻止!)

《新月の乙女 エルザェム》
効果モンスター 星1/光属性/天使族/攻 0/守 600
このカードを手札から墓地へ捨てて発動する。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。
この効果は相手ターンでも発動する事ができる。
このカードのカード名は、フィールド上または墓地に存在する限り
「月の女神 エルザェム」として扱う。

 見えない刃が突き刺さり、その魔力がドラゴンをひざまずかせる。

「さすが、だね。
 効果もやっぱり知ってるし、対策されてたんだ」
 明菜は予想外に防がれたことを素直に驚いた。
 エルは目を閉じて、答えた。
(《新月の乙女 エルザェム》が除外されていたのは、偶然。
 それにわたしは、カードの効果を知っていただけ。
 それはわたしがわたしじゃなくても、知っていればできる)
「どういうこと?」
(わたしがあの世界の出来事を知っているように振る舞えば、同じに見える。
 その効果と効果名を知ってれば、同じ容姿なら誰でもできる。
 まだわたしが、わたしかどうかは、分からない)
 エルは謎かけるように、語りかける。
(わたしがわたしであることは、どうすれば分かる?)
 エルの謎かけに、沈黙が流れる。
 その問いかけの意味は、考えてもつかめなかった。
「今はよく分からない。だから、デュエルをもっと続けたい。
 まだ、それだけかな。わたしはこれでターンエンドするよ」

(わたしのターン、ドロー)
 エルは静かにターンを進める。
(わたしは魔法カード《浅すぎた墓穴》を発動。
 このカードは裏側守備表示でお互いの場にモンスターを復活させる。
 明菜お姉ちゃんもモンスターを選んで。
 わたしが蘇らせるのは、《月夜の舞姫》)

《浅すぎた墓穴》
通常魔法
お互いはそれぞれの墓地に存在するモンスターを1体選択し、
それぞれのフィールド上に裏側守備表示でセットする。

「なら、わたしは《サンライズ・ドラゴン》を召喚しておくよ」

 明菜はとりあえず一番ステータスの高いモンスターを選んだ。
 エルはそれを確認し、1枚のカードを手に取る。
(《月夜の舞姫》を生け贄に捧げ――)
 月明かりが照らす中で、新たなエルザェムが姿を現す。
(――《半月の天女 エルザェム》を召喚する!
 そして、墓地に送られた《月夜の舞姫》の効果。
 デッキからレベル3以下の天使族、《新月の乙女 エルザェム》を手札に)

《月夜の舞姫》
効果モンスター 星3/光属性/天使族/攻 700/守 200
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキからレベル3以下の天使族モンスター1体を手札に加える。

(そして効果を発動! 『冷酷なる半月(ハーフムーン・バルディッシュ)』!
 裏側守備表示のモンスターを破壊する。
 わたしは《スプリーム・スプライト・ドラゴン》を破壊する)

《半月の天女 エルザェム》
効果モンスター 星6/光属性/天使族/攻2250/守2100
相手フィールド上に裏側守備表示で存在するモンスターを選択して発動する。
選択したモンスターを破壊する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
このカードのカード名は、フィールド上または墓地に存在する限り 「月の女神 エルザェム」として扱う。

「なっ!!」

 光を帯びた羽衣を身にまとった妖艶な天女。
 背丈ほどの長さの黒い杖を華麗に振りかざし、天に突き上げる。
 裏守備のモンスターから魔力が吸収されていく
 その杖に半月型の刃が形成され、黄金色に輝く。
 そして、振りかざすと解き放たれ、無抵抗のモンスターを真っ二つに切り裂いた。

(さらに攻撃が残ってる。裏守備の《サンライズ・ドラゴン》を攻撃)
 自ら身を乗り出しての追撃。
 ドラゴンたちは月の魔力に魅入られたかのように、思いのまま撃破されていく。
(ターンエンド)

「つ……強い……!
 相手にも蘇生させるデメリットをモンスター効果で補う!
 それに生け贄召喚も、サーチ効果をうまく活用してる!」
 その華麗に繋がるコンボに、翼は思わず興奮してしまう。
 融合上級モンスターを従えて、有利だったはずの明菜。
 それが一瞬にして撃破され、逆境に立たされることになる。
 アカデミア・ウエスト校の教師と名乗ったのも納得できる。
 明菜のデッキも逆転性のあるデッキではあるが、本来は場を維持して成立するデッキ。
 このまま迎撃を重ねられると、反撃に出るにも出られなくなる。
 さらに悪いことに、エルの手札にはあの新月のカードが加えられた。
 下手に反撃しようとしても、迎撃されるのは目に見えている。

「あたしのターン、ドロー!」
 プレッシャーを振り払うように、明菜は力を込めてカードを引く。
「カードを2枚伏せて、ターンを終了するよ」
 強気にカードを伏せるが、厳しい表情は消えない。

(わたしのターン、ドロー)
 裏守備でモンスターを出すことは、自殺行為。
 となれば、モンスターを出さないことも有効な選択肢となる。
 だが、攻められている限り、消耗しがちなのは守勢の方だ。
(《半月の天女 エルザェム》で直接攻撃)
「それは通させない! 《エンジェル・ロンド》を発動!
 このカードも覚えてるよね!
 手札の《ドラゴ・ミレイ》を捨てて、直接攻撃を無効化!
 そして、カードを2枚ドローするよ!」

《エンジェル・ロンド》
カウンター罠
相手モンスターの直接攻撃宣言時に、手札を1枚捨てて発動する。
相手モンスターの直接攻撃を1度だけ無効にする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

(うん。《攻撃の無力化》か、そのカードが伏せられてると思った。
 じゃあ、わたしはカードを1枚伏せて、ターンエンド)

「あたしのターン、ドロー」
 《エンジェル・ロンド》の効果が発動でき、手札も整えられた。
 明菜も反撃を考える余裕が生まれる。
「でも、本当に強くなったね。
 読みも完璧だし、カードの繋がりもすごい。
 あたし達の先生になっても全然いけるかも」
(ありがと。でも、あの頃の方がカードを見てワクワクした。
 今だと効率的なコンボばっか考えて、少し寂しい)
「うーん、あたしもそれはあるかも。
 でも、あたしなら『これだ!』って思ったカードは生かそうって考えちゃうかな」
(うん、明菜お姉ちゃんはそうだね。
 一手一手に気持ちが込もってる。
 なんだかわたしが一足飛びに、大人になっちゃった)
 少し寂しそうな顔をしたエルを、明菜が慌ててフォローする。
「で、でも、あたしもそういう風に、大人びる人には覚えがあるよ!
 ほら、あたしは孤児院出身だから、卒業した先輩がよく遊びに来るの。
 その時にね、社会人になった人は、みんな一気に大人びてすごいなぁって思う。
 実際に話を聞いたりすると、そうでもないところもあるんだけどね。
 エルちゃんもそういう経験積んだから、そうなったんだよ」
 エルはその言葉を聞いて、微笑み返した。
(うん、人は連続している。
 だから、どこまでいっても、その人。
 そういうのを感じられると、嬉しい)
 ――その笑顔が、どうしてか、明菜には頼りなく思えた。
 物語をキラキラと語っていたエルちゃん。
 物語は、続いていくこと。
 盛り上がったり、落ち込んだり、それでも繋がっていくこと。
 語る言葉は、物語への憧れがあって、希望があるはず。
 なのに、どうして、こんなに寂しい笑顔に感じるんだろう。
 違和感が消せない。
 あの頃からずっとエルちゃんなら、そんな笑顔はしないはずなのに。
 それも含めて、何かを経験してきたということかもしれない。
 それでも、その拠り所を失ったように、笑顔は作り物めいていた。
 明菜のその戸惑いを悟ったのか、悟ってないのか。
 エルは表情を変えて、違う謎かけをした。
(明菜お姉ちゃんは、幼い頃のことを、どれくらい覚えてる?)
 エルの言葉をもっと引き出したい。明菜は何とか答えようとする。
 思いつくままに、答えた。
「あたしは結構覚えている方だと思う。みんなによく覚えてるね、って言われるし。
 でも、逆に肝心なことは覚えてない、って言われるかも。
 なんか集中力にバラつきがあるのかな」
 エルは少し安心したように、けれど少し寂しげに、笑った。
(そだね。明菜お姉ちゃんは、いつも結構真面目。
 だから、覚えてることも多そう。
 でも、他の人にとって肝心なことは、明菜お姉ちゃんにとっていつも一番じゃない。
 だから、そういう風に思えるのかもしれないね)
 明菜は少し息が止まってしまうくらい、合ってると思った。
 そのエルの推測に、今は素直に頷ける。
「うん、そうかもね。
 あたしはいつも少し遠くを見てる。
 だから、見落としてることも、きっと多いかもしれない。
 でもエルちゃんは、違うんじゃないかな。
 いっぱい考えてるから、覚えていることは多いよね」
 エルは少し考え込む仕草をした。
 慎重に言葉を選びながら、続けた。
(覚えてることと覚えてないことが分かれる、その理由は分かる?)
 明菜はエルが何を聞きたいか、よく分からない。
 思いつくままに答えてみるしかなかった。
「単純に、記憶しているか、どうか?」
(なら、どんなことは記憶してる?)
「どんなことって……。びっくりしたこととか、珍しいことかな」
(うん。その答えで、大体合ってるかな。
 そう、覚えてることは、何かを感じたから覚えてるの。
 あることがあって、強い印象を受けたから、覚えてしまう。
 その印象が何か分からなくても、違和感だけでも覚える。
 だから、どうして覚えてるんだろう、ってこともある。
 逆に忘れてしまうことは、覚えていなくても良くなったから。
 何か気になることがあっても、その理由や正体がすらりと分かってしまう。
 『なあんだ、こんなことだったのか』。これで忘れられる。
 その覚えていることは、もう未知や驚きを失うから)
 エルは一呼吸を置いて、続ける。
 明菜は必死で言葉を追って、エルの考えることを掴もうとしている。
(だから、ずっと考えてばかりなら、どんなことも忘れられる。
 考えるって分解して、調べなおすことだから。
 その理由とか正体が分かって、知らないことがなくなる。
 相対化とかラベリングって言えば、しっくり来るかな。
 そうしてたから、あまりわたしは覚えてることが無いんだ。
 考えすぎて、たくさん考え終えちゃったんだ)
 エルはあのときのように、寂しそうに笑った。
 エルの言うことは筋が通っている。
 しかし、違和感は拭えない。
「違う……、違うよ」
 明菜は自分でも意識しないまま、声を出していた。
 後から必死に自分の違和感を探し出して、言葉をぶつけた。
「そんないつも考えてる人が、損しちゃうようなこと間違ってる。
 一つ一つの意味を考えてるなら、たくさんのことが分かるはずなのに。
 それなのに、その先は忘れるだけなんて、そんなはずない。
 いっぱい考えたら、もっとたくさん何かが待ってるはずだよ!」
 エルは少しだけ目を見開いて、初めて表情に驚きを浮かべた。
 その答えを聞けて、少し満足したように、エルは続けた。
(でも、わたしはそんな風に、過去のことを思い出せない。
 そういう風に忘れちゃったから、もう思い出せない。
 何を忘れたかも、もう思い浮かべられない。
 後に残っているのは、考えすぎると覚えなくてもいい、その考え方だけ。
 それがたくさんのことを知って、大人になるってことなのかも)
「違う! よく分からないけど、違うよ!
 エルちゃんは、あたしの知ってるエルちゃんは……。
 そんな寂しいことを言わない! そんな寂しいことをそのままにしない!
 まるで、今のエルちゃんは――」
 明菜は言葉を続けようとして、飲み込んだ。
 ――今、自分は何を言おうとしたんだろう。
 そのことを言ってはいけない。
 言葉にしたら、本当のことになってしまう。
 そんなことは、認めたくない。認めてはいけない。
(真実は優しいかもしれないし、残酷かもしれない。
 今飲み込んだ言葉を、忘れないで。
 デュエルはまだ続いてる。
 心をもっとぶつけ合えば、本当のことが分かる)
 明菜は別の手がかりにすがるように、フィールドを確認する。
 胸の動悸が激しくなっているのを感じながら。

明菜
LP2400
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
伏せ×1
手札
3枚
エル
LP2600
モンスターゾーン
《半月の天女 エルザェム》
魔法・罠ゾーン
伏せ×1
手札
4枚

「あたしは手札から《ライトニング・ワイバーン》を捨てて効果発動!  デッキから2体の同じモンスターを手札に加えるよ」
 このままデュエルを終わらせるわけにはいかない。
 明菜は拒むように、カードを操作する。

《ライトニング・ワイバーン》
効果モンスター 星4/光属性/ドラゴン族/攻1500/守1400
手札からこのカードを捨てる事で、
デッキから別の「ライトニング・ワイバーン」を2枚まで手札に加える事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
この効果は自分のメインフェイズ中のみ使用する事ができる。

「さらに《手札断殺》を発動!
 手札の《ライトニング・ワイバーン》を墓地に送るよ!
 エルちゃんも!」
(なら、わたしは《抹殺の使徒》と《皆既日蝕の書》を墓地に)
「そして、お互いに2枚ドロー!」

《手札断殺》
速攻魔法
お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドローする。

「あたしは2枚目の《龍の鏡》を発動する!
 墓地の《ライトニング・ワイバーン》2体を除外融合!
 《クロスライトニング・ワイバーン》を召喚!!」

《クロスライトニング・ワイバーン》
融合・効果モンスター 星7/光属性/ドラゴン族/攻2600/守1900
「ライトニング・ワイバーン」+「ライトニング・ワイバーン」
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
自分のデッキまたは墓地に存在する「融合」魔法カード1枚を手札に加える。

 明菜の得意のモンスターの召喚。
 しかし、明菜の表情は険しいまま。
 相手が反撃の手を握っているのが、明らかだから。
「《クロスライトニング・ワイバーン》で攻撃!
 『ライトニング・クリスクロス』!!」
 それでも向かっていくしかない。
 相手の手を少しでも削るために。
(リバースオープン! 《月の書》!!
 攻撃モンスターを裏側守備表示に変更する)

《月の書》
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。

「……あたしはこのままターンエンド」
 明菜の攻めは、まだ届かない。
(わたしのターン、ドロー)

 一方のエルにはまだ余力がある。
 リバースは気になるが、手札交換する前に伏せられたカード。
 そこまで弱点を突いたものではないはず。
(モンスター効果発動! 『冷酷なる半月(ハーフムーン・バルディッシュ)』!)
 天女が黒き杖をあのときと同じようにかざす。
 光が集まり半月の斧を形作り、そして――雷が降り注ぎ、切り裂いた。
 エルの目に飛び込んできたのは、明菜の明かされたリバース。

「カウンター罠、オープン!! 《天罰》!
 手札を1枚捨てることで、効果モンスターの効果発動を無効に!」

《天罰》
カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。
効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

 エルの握っていたゲームペースを覆すカウンター。
 そして、エルは知っている。明菜のカウンターはこれだけでは終わらない。
 手札を見上げる。そこには黒く輝くカードがあった。
「カード効果の発動をカウンター罠で無効化した!
 このときに召喚できる竜の王者のカードがある!
 いくよ! 特殊召喚! 《冥王竜ヴァンダルギオン》!!」

《冥王竜ヴァンダルギオン》
効果モンスター 星8/闇属性/ドラゴン族/攻2800/守2500
相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、
無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚する。

 月明かりを覆い隠す漆黒の巨体。
 紅い瞳が天をにらみ、エルを身震いさせるほどの重圧が放たれる。
 さらに黒の光は収まらず、新たな力を解放する。
「効果モンスターの効果を無効にしたから、追加効果発動!
 『ブラック・アライアンス』!!
 墓地からモンスターを復活させるよ!
 あたしが蘇らせるのは――」
 墓地から迷わずに1枚のカードを選択する。
「《天罰》のコストでたった今捨てたカード!
 《シューティングレイ・ドラゴン》!!」
 黒い三本角と、白銀に輝く高貴なるオーラ、流線型の鋭いフォルム。
 光を自在に操る竜が、黒き竜王の力により駆けつけた。

《シューティングレイ・ドラゴン》
効果モンスター 星8/光属性/ドラゴン族/攻2300/守2200
1ターンに1度だけ、デッキからカード1枚を選択して墓地に送る。
このカードがフィールド上にある限り、墓地に送ったカードの種類により、
相手ターンのエンドフェイズ時まで以下の効果を得る。
●モンスター:このカードの攻撃力は墓地に送った
モンスターのレベル×100ポイントアップする。
●魔法:このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与え、
そのモンスターの守備力分だけ自分のライフポイントを回復する。
●罠:フィールド上のカード1枚を選択し、その効果を無効にする。
この効果の発動にチェーンすることはできない。

「俺が見たことのない明菜のモンスター!
 それに閉じこめられた部屋が、打ち破られたときに感じた力と同じ……」
「うん、あたしが異世界で出会ったモンスター。
 そして、今は一緒に闘ってくれる仲間!
 竜の王子、《シューティングレイ・ドラゴン》!
 まぁ精霊の本人はここにいなくて、力が込められてるだけだけど」

 明菜は期待を込めて、エルを見た。
「王子を忘れたわけはないよね」
 エルは頷いた。
(あの世界での出来事は、わたしの中に刻まれてる。
 だから、大丈夫。忘れない。
 いきなり攻撃されて、《攻撃の無力化》で防いだことも、
 明菜お姉ちゃんとデュエルしてたのも、ちゃんと覚えてる)
 少し含ませるような発言にも聞こえた。
 でも、その懐かしむような声に、明菜は少し安心を覚えた。
「さあ、今度はあたしが逆転したよ!
 エルちゃんはどうする?」
 明菜の場には一気に3体のモンスターが並んだ。
 手札には《新月の乙女 エルザェム》がある。
 しかし、この数を相手には到底かわしきれない。
(手札より魔法カード発動、《シールドクラッシュ》!
 裏守備の《クロスライトニング・ワイバーン》を破壊)

《シールドクラッシュ》
通常魔法
フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。

 確実に相手のモンスターを減らす一手。
(さらにモンスターをセット。
 ターンエンド)

「あたしのターンだね、ドロー!」
 エルの場には、セットモンスターが1体だけ。
 手札に《新月の乙女 エルザェム》があるとはいえ、これ以上の攻めるチャンスはない。
「あたしは《シューティングレイ・ドラゴン》の第三効果を発動!
 デッキから罠カード《ダメージ・ポラリライザー》を墓地に送って、
 相手カードの効果を封じる! 『シューティングレイ・プレッシャー』!」
 角から紫色の光が放たれ、伏せモンスターに直撃する。
 これでモンスターの効果は発揮されなくなる。
「攻撃に移るよ! ヴァンダルギオンの攻撃! 『冥王葬送』!!」
 黒の波動が放たれる瞬間に、何かを貫く鈍い音がした。
(《新月の乙女 エルザェム》の効果発動。『潜み見通す新月(インヴィジブル・シミター)』!
 その攻撃の前に《シューティングレイ・ドラゴン》を裏守備に!
 フィールドからその力が消えて、封印効果も解除!)
「でも、ヴァンダルギオンの攻撃は止まらないよ! そのまま撃破!」
(セットされてたのは、《スケルエンジェル》!
 そのリバース効果で、カードを1枚ドロー)

《スケルエンジェル》
効果モンスター 星2/光属性/天使族/攻 900/守 400
リバース:自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「うまくかわされちゃったかな。
 でも、攻撃してないから《シューティングレイ・ドラゴン》を反転召喚。
 また効果が使えるから、第一効果で攻撃力を上げておくね。
 『シューティングレイ・インパクト』!
 デッキからレベル8の《フェルグラントドラゴン》を墓地に送るよ。
 これで攻撃力をそのレベル×100、800ポイントアップする」

《シューティングレイ・ドラゴン》ATK2300→3100

「これでターンエンド」

(わたしのターン、ドロー)
 明菜の猛攻を受けながらも、《スケルエンジェル》の効果発動にも成功した。
 エルの手にも、反撃の手は舞い込んでいた。
(わたしは装備魔法《継承の印》を発動!)

《継承の印》
装備魔法
自分の墓地に同名モンスターカードが3枚存在する時に発動する事ができる。
そのモンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

「《継承の印》?! でも、墓地に3体存在するモンスターは1種類だけ。
 攻撃力の無い新月のエルザェムだけじゃ……」
 エルは首を振った。
(違う。空にある月はいつも同じ顔をわたしたちに向けてる。
 光の照らし方と角度、星の数で姿形は変わるけど、すべては同じ顔。
 光の当たらない墓地と、すべてに光の当たるフィールドにいれば、
 この月の女神たちは、同じ顔の女神として扱われる。
 だから、墓地には《月の女神 エルザェム》が5体存在する。
 そして、わたしが選び出すのは、《半月の天女 エルザェム》!)
 
「すごい……! やっぱり、カードの特性を隅々まで理解して、構築されてる!
 でも、明菜の場には最上級ドラゴンが2体いる!
 これを簡単に突破することは――」
 翼の楽観を刺し殺すように、エルは覚悟を込めて1枚のカードを手にする。
 そのカードだけが、エルのデッキの中でも古びている気がした。
 エルは慈しむように大切に、そのカードをディスクに差し込んだ。
(――装備魔法発動、《守護神の矛》!)

《守護神の矛》
装備魔法
装備モンスターの攻撃力は、墓地に存在する装備モンスターと
同名カードの数×900ポイントアップする。

《半月の天女 エルザェム》ATK2250→5750

 明菜には分かった。
 それは約束のカード。
「あのときあたしがエルちゃんに渡したお守りのカード!
 まだ、持っててくれたんだよね!
 それにそのデッキも、このカードと相性抜群だよね!
 やっぱりエルちゃんはずっと覚えててくれて――」
(――でも、このカードを持っていて、あの世界の出来事を知っていれば。
 そして、同じ声と同じ容姿をしてれば、誰でもできること)
「でも、そんなの今のエルちゃんしかいないはず!
 誰でもなんて――」
(違う。それだけを持ってればいい。
 だから、もう全部材料は揃ってる。
 本当のことなら、もう分かるはず)

 そう言われても、明菜の思考は働かない。
 心が立ちすくむ。
 まるでそれを本能的に拒むかのように。
 エルは優しく――あるいは残酷に――諭す。

(わたしに触れて感じて、翼くんは入れ物だと感じた)
(わたしは精霊の力を行使して、精霊の声だけで会話する)
(わたしには幼い頃の記憶がない)
「で、でも、あたしと旅した世界の記憶は!」
(それはこの中にある)
 エルは懐から1冊の本を取り出した。
 あのとき異世界に明菜を導いた本。
 『The Bravery Girl and Amusing Dragons』。
(エルが生前に書き留めた本。
 エルのあのときの想い出を全部込めた本。
 だから、あの世界での旅は、全部知っている。
 この本とその構想メモに、その情報があるから)

(エルは死んだ。そして、ウル――ウロボロス――が模倣して作った。
 だから、わたしは不連続存在、作られた入れ物。
 ここに立てば同じ顔に見える。でも廃棄されたわたしも同じ顔。
 違うかどうかは、手に取れば分かること)

 明菜の表情から色が消えていく。
 エルは淡々と続けた。
 
(これがあの約束の結末。
 そして、このデュエルも、もう終わり)

明菜
LP2400
モンスターゾーン
《シューティングレイ・ドラゴン》ATK3100、《冥王竜ヴァンダルギオン》ATK2800
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
エル
LP2600
モンスターゾーン
《半月の天女 エルザェム》ATK5750
魔法・罠ゾーン
《継承の印》、《守護神の矛》(どちらも半月に装備)
手札
2枚

 エルは手を振りかざし、攻撃を指示する。
(《半月の天女 エルザェム》、《シューティングレイ・ドラゴン》に攻撃!)

「まずい! この攻撃が通ったら、明菜のライフポイントは!」
「リバースもないよ。このままじゃ!」
 
 墓地からの力を得て、肥大化した光輝の半月斧。
 死を運ぶ天使のように、ためらいなく力は振るわれる。
 《シューティングレイ・ドラゴン》の巨体はなんなく打ち砕かれる。
 まるで想い出を無に返すように、残酷に。

明菜のLP:2400→550

 しかし、デュエルはまだ終わらない。
(《エンジェル・ロンド》で墓地に送った《ドラゴ・ミレイ》の除外効果。
 800ポイントの攻撃力増強。デュエルは続行するんだね……)
「このままで終わらせない。
 こんな悲しいままで、諦めない」
 明菜は突き動かされるように、叫んだ。
「『意味がない物語なんてない』!
 エルちゃんは言ってた!
 それはどんなことがあっても、前向きな意味を見つけること!!
 悲しい結末のままで、物語を諦めないこと!!
 傍にいただけのあたしでも、エルちゃんからその希望を感じた。
 エルさんなら、エルちゃんの記憶を一番知ってるエルさんなら!
 エルちゃんの気持ちが分からないままのはずないよ!!」
 
 明菜の叫びに、エルは今度は優しく微笑んだ。
(――ありがとう。
 明菜お姉ちゃんなら、そう言ってくれると思ってた。
 物語の続きを望んでくれるって、信じてた)
「エルさん……?」
 その表情の変化に、誰もが目を見張った。
(明菜お姉ちゃんが、本当のことに耐えられるか、試したんだ。
 本当のことは厳しい。でも、その先に行かなくちゃいけない。
 明菜お姉ちゃんは、ちゃんとその覚悟があった。
 だから、わたしは想いを繋げられる)
 エルは右手を正面にかざして、目を閉じて念じた。
 明菜は空気が甘く淀むのを感じ、イメージの中に放り込まれた。
 翼、レイ、マギー、ミレイも同じように導かれる。
 圧縮された映像と気持ちと印象が、駆け巡る。
 そこに見えたのは、レイと藤原とオブライエンの闘う姿だった。
「藤原さんに、オブライエンさん!
 二人も、この施設でデュエルしてたんだ!
 みんなウロボロスに待ち伏せされて、けど倒したんだ!」
「この映像って……」
(――精霊の力には、意思を繋がらせる力がある。
 これはその映像。わたしはみんなの闘いを見てきた。
 みんな強い意志を持って、この暗闇を振り切った。
 だから、あともう少し。でも、わたしの願いはそれだけじゃない。
 エルの本当の願いは、もっと先にもある。
 そのためにわたしが、いまここにいる)

(約束は受け継がれてる。今果たされてる。
 わたしは『エルちゃん』じゃなくても、『エルちゃん』に一番近い存在。
 『エルちゃん』の想いを受け継いだ存在。
 例え誰かの想いを経由してるとしても、それは確かなこと。
 わたしが今ここにいるのは、『エルちゃん』の願いを果たすため。
 その願いは、ウルの変質した望みを、止めること。
 今続いているこの悲劇の終わり)

(リューゲルさんは言ってた。
 裁くのならば、知らなくてはならない。
 すべてを知った先に、本当の気持ちが生まれる。
 だから、わたしは伝える。
 ウルとわたしと、その想いについて)

 再び明菜たちの中に、大量の情報が駆け巡ってくる。
 それは言葉だけではかった。
 微笑みあう二人の情景。
 今のウロボロスを見つめる悲しい眼差し。
 エルの想いが継承される。
 この物語を悲しいだけの物語にしないために。




第32話 誓い月のエル



―――― ――― ―― ―

 あなたの願いと魂は、変質していた。
 あなたが望むもの、それは不幸や怨嗟。 
 あなたはこの世界の邪悪なるものを呪った。
 不条理を、襲い来る悪夢を、限りない理不尽を。
 
 結果はいつも突きつけられるもの。 
 幾度と無い挫折と、妥協の無いあなたの追及。
 なにもかもを丸裸にするあなたの追求。
 その果てに、あなたは世界の『無秩序』を確信した。
 人はただ理由や大義名分を闇雲に見つけているだけ。
 それは変わらない結果への後付けの抵抗にすぎない。
 本質をごまかそうとする、憐れな抵抗にすぎない。
 そうやって足掻き続ける人たちを、あなたは許せない。
 その抵抗を皮肉と評して、あなたは嘲笑う。
 気付けないものたちの、弱き営みとして嗤う。
 だから、何もかもへの畏敬と配慮をあなたは捨てた。 
 ただ、自分の目的のために、あなたは突き進む決意をした。
 その目的は、『無秩序』の布告。
 そのために、あなたは永遠の生を得ようとしている。
 あなたは永遠の傍観者となり、皮肉を愉悦すると言った。
 それはつまり、世界の破滅への進行を見届けるということ。
 あなたは人々が未来に至る過程について、確信している。
 それは人々が世界の本質が『無秩序』であると気付く過程だと。
 人々への理解も救いもなく、ただ無作為なる結果があること。
 それがウルの唱える『無秩序』。 
 
 その願いに、わたしは何ができるだろう。
 世界は『無秩序』。その残酷さを誰もが理解すべき。
 その物語を達成したとき、そこにあるのは薄暗がりの安堵。
 世界が残酷であるという、自分の嘆きの正当性を確かめる感慨。 
 それを達成しても、そこに安らぎはあっても救済は無い。
 そして、ウルにもう光は届かない。
 
 わたしにできることは、ただ寄り添うだけだった。
 例え理解できても、救いようのないことがあるように。
 ゆっくり傍にいて、体温を伝えるだけ。
 温もりだけは確かで、安らぎを与えるはずだから。
 わたしは脆い存在で、何度も消されてきた。
 そのわたしがウルを揺さぶることはもうできない。
 でも、今のわたしはウルの理解に一番近づいている。
 その今の、固有のわたしにしか、これはできない。
 
 いつのわたしも、あの輝きを覚えてる。
 あの日、勇気ある『お姉ちゃん』の示してくれた希望を。
 その希望をウルに届かせるために、今、わたしはここにいる。

 ――そして今が、その突破口を開く、唯一のチャンス。 
  
―――― ――― ―― ―

(わたしも『エル』だから。
 この物語を悲しいままでなんて終わらせない。
 わたしの今の目的は、ウルを『無秩序』の悪夢から解き放つこと。
 そのために、施設のセキュリティも少しいじった。
 明菜お姉ちゃんがここに来て、聖夜竜を奪還できるように)
「うん。そっか、そうだったんだ……。
 エルさん、協力してくれてありがとう!
 でも、酷いよ。あんなに凄い迫力で試すなんて、つらかったよ」
(ごめん……。でも、もっとつらいことが待ってる。
 ウルとの闘いはもっとつらいものになる。
 だから、わたしの全力で試しておきたかった。
 例え負けたとしたなら、そのまま連れ帰すだけだから)
「それもダメ! あたし達はちゃんと果たさなくちゃ納得できないよ!」
(うん、その意気。その強さを、わたしは待ってた)
 エルはその頼もしさに託すように、ディスクを構えなおして促した
(だから、そこまで辿り着いてみせて。
 じゃあ、まずはわたし達の続き)
「続き……。でも、あたし達もう闘う意味は……?」
(このベルトがそれを許さない。
 このロックを解除するには闘うしかない。
 これからも明菜お姉ちゃんにはやるべきことがあるから、勝たなくちゃ)
「このベルトは解除できないんだ……」
(うん、こればっかりはわたしでも……。
 でも、闘う理由はそれだけじゃない。
 わたしの手引きを悟られないためでもある。
 他のルーツ・ルインドは、わたしが機能停止させた。
 わたしの生命反応が弱れば、あと残るはウルだけ。
 でも、それが一番難しい)
「そこまで手を回してくれたんだ。
 なら、本当にあと少しなんだね!」
(それに、わたしはこのデュエルに集中したかった。
 これが約束を果たす大切なデュエルだから。
 わたしが先生を目指す支えにもなった、大事な約束だから)
 エルの言葉に、《守護神の矛》のカードが輝いた気がした。
(全力でわたしを打ち破って、未来を掴み取って。
 あの日から始まった物語に、終止符の最後の輝きを)
「分かった! あたしは戦い抜いてみせる。
 エルちゃんとの約束と、エルさんの願いのために」

明菜
LP550
モンスターゾーン
《冥王竜ヴァンダルギオン》ATK2800
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
エル
LP2600
モンスターゾーン
《半月の天女 エルザェム》ATK5750
魔法・罠ゾーン
《継承の印》、《守護神の矛》(どちらも半月に装備)
手札
2枚

 新しい覚悟を胸に、デュエルは再開される。
「なんだか、二人の表情が柔らかくなったね。
 僕にはどんな話をしてるか、よく分からないけど。
 でも、今の二人は緊張感があるけど、少し楽しそう」
「今が二人にとって、十年以上の時を超えた約束のデュエルなんだ。
 そんな相手と奇跡の約束のデュエルをできて、楽しくないわけがないよ!」
「え、ええー。それって、何がどうなってどうなったの?
 二人が知り合いなのは分かったけど、十年以上も前?
 それって明菜ちゃんが幼稚園の頃ってこと?!」
「いや、じゃなくて、異次元で明菜にとって少し前で。
 でも、エルって人にとってずっと前のことで。
 えっと、その……。あーもう説明は苦手だー!」
「ならいいよもうー。でも、闘いは続くんだね」
「ああ。けど、ここからは悲しいデュエルじゃない。
 お互いの強さを伝え合う、再会のデュエルなんだ。
 でも、重ねた年月の分、明菜が今は不利か。
 いや、けど、明菜が勝たなくちゃ!
 そうしなきゃ前に進めない! 期待に応えられない!」
 
 フィールドには約束の矛を構えた天女。
 容易に打ち破れる相手ではない。

「あたしのターン、ドロー!」

 明菜の戦術の要はカウンター。
 既に立ち塞がってしまった相手を打ち破るのは難しい。

「あたしはカードを2枚セットして、ターンエンド!」

(わたしのターン、ドロー)
 エルはリバースを見て、少し微笑んだ。
(そのカード、自信を持って伏せた。
 なんとなくそのカードが分かったかも。この攻撃は通らない。
 だって、張り切ってヴァンダルギオンは攻撃表示のままだし)
 エルの鋭い読みに、明菜は苦笑いする。
「あはは……。本当はこういうの悟られないようにしなくちゃね」
(うん。もう少しコントロールできないと。
 《半月の天女 エルザェム》で攻撃!
 迎え撃つトラップは……)
「リバースは《バーストブレス》!
 ヴァンダルギオンの最後のブレスで、相殺だよ!」

《バーストブレス》
通常罠
自分フィールド上のドラゴン族モンスター1体を生け贄に捧げる。
生け贄に捧げたモンスターの攻撃力以下の守備力を持つ
表側表示モンスターを全て破壊する。

(これで分からなくなった。
 わたしも明菜お姉ちゃんも墓地は整ってるから、ドローで決まる。
 一瞬で勝負が決まるかもしれない。
 わたしはカードを3枚伏せて、ターンエンド)

「すごいな……。明菜のカードと戦術を知り尽くしてる」
「ずっと待ちわびて準備してきたデュエルなんでしょ。
 ここで覚えてること全部ぶつけてるんだよ。
 でも、ここから明菜ちゃんが攻め返すよ!」

「あたしのターン、ドロー!」
 エルの場には3枚のリバース。
 ほとんどは裏守備を狙ったり、相手を翻弄するトラップのはず。
 なら、今できるだけの、全力の攻めを展開する。
「リバースを発動! 速攻魔法《異次元からの埋葬》!
 あたしはマギー、ミレイ、《ピクシー・ドラゴン》を墓地に戻す!」

《異次元からの埋葬》
速攻魔法
ゲームから除外されているモンスターカードを3枚まで選択し、
そのカードを墓地に戻す。

「そして、《貪欲な壺》を発動!
 戻すのは、ミラージュ、サンライズ、仮面竜、ヴァンダルギオン、ピクシーの5体。
 そして、2枚ドロー!
 さらに墓地のマギーの効果発動! 『マジカル・リロード』!
 今引いた《サンセット・ドラゴン》と一緒に除外して、2枚ドロー!」

《貪欲な壺》
通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

《ドラゴ・マギー》
効果モンスター 星2/光属性/ドラゴン族/攻400/守800
このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
手札のドラゴン族モンスター1体をゲームから除外し、
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
「ドラゴ・マギー」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

「手札1枚から、一気に3枚に!
 それに除外ゾーンも前より使いこなしてる!
 明菜、本当に異世界で腕を磨いてきたんだな!」
「うん、強い相手ばっかだったからね!
 それにたくさんのものを見てきたから!
 さあ、これで反撃の準備は整ったよ!
 蘇生魔法! 《遥かなる飛翔》を発動!!
 墓地の《クロスライトニング・ワイバーン》を除外して、発動!
 もう一度来て! 《スプリーム・スプライト・ドラゴン》!!
 さらにこの効果で復活したモンスターは、攻撃が800ポイントアップ!!」

《遥かなる飛翔》
通常魔法
自分の墓地からレベル7以上のドラゴン族または
レベル7以上の鳥獣族のモンスター1体を選択して発動する。
自分の墓地からそのモンスターと同じレベル・属性・種族を持つ
モンスター1体をゲームから除外することで、
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードの効果で特殊召喚したモンスターの
攻撃力は800ポイントアップする。

《スプリーム・スプライト・ドラゴン》
融合・効果モンスター 星7/光属性/ドラゴン族/攻2000/守2200
「フェアリー・ドラゴン」+「スピリット・ドラゴン」+「ピクシー・ドラゴン」
このカードは1度のバトルフェイズ中に3回攻撃する事ができる。

《スプリーム・スプライト・ドラゴン》ATK2000→2800

 光に包まれて、最高位精霊竜が再び虹色の輝きを放つ。

(王子のカード!? 蘇生の上にパワーアップ!
 それにリューゲルさんを倒した、三連続攻撃!)
「うん、あたしが異世界で得た力の集大成だよ!
 いくよ! エルさん! 3枚のリバースで全部防げるかな?」

 襲い来る3連続攻撃の脅威。一撃でもまともに通れば、決定打。
 そして、今のエルの場にモンスターはない。

「《スプリーム・スプライト・ドラゴン》で攻撃!
 『ライトニング・チャージ』!」

 電光のような瞬間刹那の速さの突撃。
 攻撃が到達する直前、エルのリバースが食い止める。

(《ガード・ブロック》!
 ダメージを無効にして、1枚ドロー!)

《ガード・ブロック》
通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「攻撃はまだ始まったばかりだよ!
 『セカンド・ライトニング・チャージ』!!」

 再びエルは踊りかわすように、リバースを発動させる。

(わたしも発動! 《エンジェル・ロンド》!
 今引いた1枚を捨てて攻撃を無効化!
 そして、カードを2枚ドローする)
「あたしのカード!」
(明菜お姉ちゃんのデュエルを追いかけて、わたしはデュエルしてきた。
 だから、このカードをうまく使いこなして見せたかった。
 この約束のデュエルでも。
 天使デッキだから、似合うよね)

《エンジェル・ロンド》
カウンター罠
相手モンスターの直接攻撃宣言時に、手札を1枚捨てて発動する。
相手モンスターの直接攻撃を1度だけ無効にする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「うん、それにいいタイミングで結構びっくりしたよ。
 相手が自分と同じカードを使うって、少しくすぐったいね。
 でも、攻撃はまだ残ってる! これが最後の一撃!
 『トリプル・ライトニング・チャージ』!!」

 そして、エルは得意げに最後のリバースを明かす。
(《銀幕の鏡壁》!
 攻撃力を半分にする!)

《銀幕の鏡壁》
永続罠
相手の攻撃モンスター全ての攻撃力を半分にする。
自分のスタンバイフェイズ毎に2000のライフポイントを払う。
払わなければ、このカードを破壊する。

《スプリーム・スプライト・ドラゴン》ATK2800→1400

エルのLP:2600→1200

「そのカードで防いでくるなんて!」
(明菜お姉ちゃんのデッキは、モンスターの基礎攻撃力は低め。
 それをチャンスに強化して総攻撃で攻めてくる。
 それをかわすために、準備してたんだ)
「さすが、よく勉強してるね。
 じゃあ、今度はあたしが受けきる番かな。
 カードを2枚セットして、ターンエンド!」

明菜
LP550
モンスターゾーン
《スプリーム・スプライト・ドラゴン》ATK2800
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
0枚
エル
LP1200
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
《銀幕の鏡壁》
手札
2枚

(わたしのターン、ドロー。《銀幕の鏡壁》は破棄)
 エルはその手で墓地を少し確認し、目の前のドラゴンを見据えた。
(墓地の儀式魔法《満ちる月の秘法》の効果を発動!
 このカードと墓地の《新月の乙女 エルザェム》を除外し、相手モンスターを裏守備に!)

《満ちる月の秘法》
儀式魔法
「満月の女神王 エルザェム」の降臨に必要。
手札・自分フィールド上から、レベルの合計が9以上になるように
モンスターを生け贄に捧げなければならない。
自分の墓地に存在するこのカードと「月の女神 エルザェム」1体をゲームから除外する事で、
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を裏側守備表示にする。

 墓地から月の光が解き放たれ、《スプリーム・スプライト・ドラゴン》は瞳を閉じる。
 
「そっか、さっきの《エンジェル・ロンド》のときにその魔法を……。
 でも、儀式魔法!? 三日月、半月って来て、最後は満月の儀式モンスター!?」

(うん。そして、見せてあげる。
 これがわたしの切り札のモンスター!)

 エルは手札の青いカードを裏返し、そして1枚のカードを発動する。

(儀式魔法《高等儀式術》を発動!

《高等儀式術》
儀式魔法
手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が
同じになるように自分のデッキから通常モンスターを選択して墓地に送る。
選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。

 デッキからレベル3の《月の女神 エルザェム》を3体墓地に送って、
 レベル9の儀式モンスターを降臨させる!
 満ちる月の夜の支配者、《満月の女神王 エルザェム》!!)

 蒼く澄み渡った光が、場を包み込み、女神をさらに司るものを導く。
 ティアラ、イヤリング、ネックレス、ドレス、ガラスのブーツ。
 すべてが月の光の祝福を受け、神秘的に魔力を放つ。
 その手に抱える蒼き水晶が、裏守備のカードを妖しく照らし出そうとする。

「すごい、綺麗なモンスター……。
 でも、その前に待って! 儀式降臨する前に発動!
 《停戦協定》!」

《停戦協定》
通常罠
フィールド上の全ての裏側守備表示モンスターを表側表示にする。
この時、リバース効果モンスターの効果は発動しない。
フィールド上の効果モンスター1体につき500ポイントダメージを相手に与える。

 翼の記憶に焼きついたカード。
 だが、ここまで伏せていたなら、待てば引導火力にもできたはず。

エルのLP:1200→700

「あのカードは! でも、モンスターもまだ少ないのにどうして……」
「翼も見てたら分かるよね。
 エルさんのデッキは、裏守備にしてると何されるか分からないデッキ。
 その怖さは目の前のあたしが一番知ってる!
 だから、できるだけあたしのモンスターを表側にしておくよ!」

 これまで散々裏守備にされて、翻弄されてきたドラゴン。
 今度は召喚時に全体破壊や手札破壊の効果を持っていてもおかしくない。
 明菜はいち早くその危機を回避しようと、あらかじめ発動する。

(その発動は半分正解。でも、もう少し待っても良かったかも。
 このモンスターの効果、『狂い輝く満月(フルムーン・スフィア)』。
 それは、裏守備モンスターの《心変わり》。
 効果発動時にチェーンしても、回避できた)

《満月の女神王 エルザェム》
儀式・効果モンスター 星9/光属性/天使族/攻3000/守2600
「満ちる月の秘法」により降臨。
相手フィールド上に裏側守備表示で存在するモンスターを選択して発動する。
選択したモンスターのコントロールを得る。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
このカードのカード名は、フィールド上または墓地に存在する限り
「月の女神 エルザェム」として扱う。

「そうなんだ。でも、さすがの効果だね。
 それに攻撃はまだある。防ぎきれるかな……」

(さらにわたしは《祝宴》を発動!
 儀式モンスターがいるから、カードを2枚ドロー!)

《祝宴》
速攻魔法
フィールド上に表側表示の儀式モンスターが
存在するときのみ発動することができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「俺と同じカード! 儀式もここまで使いこなすって、さすが!」

(うん、先生さんだから。
 でも、驚くのはまだここから。
 装備魔法発動! 《メテオ・ストライク》!
 貫通効果を与える!)

《メテオ・ストライク》
装備魔法
装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

(さらにもう1枚の装備魔法を発動!
 わたしが発動するのは――)

 もう一度眠る想い出が、女神に力を与える。

(2枚目の《守護神の矛》! 墓地にいる同じ月の女神は、合計7体!
 その攻撃力を6300ポイントアップさせる!!)

「「「6300アップ!??」」」

《守護神の矛》
装備魔法
装備モンスターの攻撃力は、墓地に存在する装備モンスターと
同名カードの数×900ポイントアップする。

《満月の女神王 エルザェム》ATK3000→9300

「9000を超えた!? これがエルさんの全力……ッ!」
(うん。これがわたしのデュエルの集大成!
 わたしが今まで積み上げてきたもの。
 そして、明菜お姉ちゃんに乗り越えてほしい力!
 《満月の女神王 エルザェム》で攻撃する!)
「受けきれるのか! 明菜!!」
「明菜ちゃん!!」

 水晶が目をくらませるほどの光を放って、宙に浮かぶ矛に力を与える。
 女神王が念じると、風を切り裂きながら向かっていく。
 攻撃力9000オーバーの貫通攻撃。
 一撃必殺の究極の攻撃。

 その攻撃を、――虹色の光が包み込み、屈折させた。
 現象の逆転。磁場の混乱。世界の上書き。

「あたしのリバースは《幻惑》!
 女神王のその攻撃力を、守備力2600で上書き。
 やっとで……、持ちこたえられたかな」

《幻惑》
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの攻撃力・守備力をエンドフェイズ時まで入れ替える。

《満月の女神王 エルザェム》ATK9300→2600
      VS
《スプリーム・スプライト・ドラゴン》DEF2200

明菜のLP:550→150

(わたしの全力を受けきったんだね。
 でも、エルザェムの攻撃力はエンド時に戻る!
 そして、裏守備でしのごうとしても、効果がある。
 明菜お姉ちゃん! ここが本当の勝負だよ!
 ターンエンド!)

《満月の女神王 エルザェム》ATK2600→9300

 明菜にターンが移る。
 勝敗はもう決まったようなものだった。
 フィールドのカードはすべて使い切った。
 もうドロー補助も使い尽くしている。
 たった1枚であのカードを乗り越える。
 そんなことができるカードが、自分の見て来たカードでどれだけあったか。
 
 しかし、目の前に立つエルの真っ直ぐな眼差しが、その迷いを許さない。
 今の瞳は、真っ直ぐに未来を見つめていた過去のエルと同じものだった。
 今のエルは、間違いなく過去のエルの想いを受け継いでいる。
 夢を信じて諦めない。物語の前向きな意味を信じている。
 その期待を裏切るわけにはいかない。
 今は前に進まなくてはならない。
 すべてを叶えるための、明菜の最後のドロー。
「あたしのターン、ドロー!!!」
 
 ――その手に、願いを背負う龍が、再び宿る。

 明菜は墓地にそっと手を伸ばした。
「ずっとあたしは本当の自分から、目を背けていたのかもしれない。
 でも、願いと一緒に闘うってあの世界で決めた。
 だから、今ここで、この手に戻ってきてくれたんだね」
 墓地から1枚のカードを取り出し、明菜は叫んだ。
「《シューティングレイ・ドラゴン》!
 二回目の波動弾! 行くよ!
 『シューティングレイ・ブラスター』!!」
「明菜!? デュエル中に何を?!
 いや……、そうか! 明菜はあのカードを!
 それにあのカードなら、召喚条件を満たすカード!」
 王子の誇り高き力が再び燃え、解き放たれた。
 その照準の先は、――封印されし竜。
 培養水槽は打ち砕かれ、そしてカードにイメージが復活する。
 明菜はカードを天にかざし、召喚条件を高らかに(うた)い挙げる。
「このカードは墓地から7枚のカードを除外することで特殊召喚できる!
 その7枚の1枚は、レベル7以上の光属性ドラゴンモンスター!
 そして、その7枚の6枚は、あたしを支えるトラップカード!!」
 ドラゴンとトラップ戦術を融合させた明菜のデッキ。
 そのデッキにしか使いこなせない、真の切り札。
 ――光は鼓動する。
 今、眠れる竜が、取り戻した願いを糧として、再び呼び覚まされる。
「来て!! 《希望に導かれし聖夜竜(ホーリー・ナイト・ドラゴン)》!!!」

 光の粒、願いの結晶を撒き散らす。
 深い紫紺の鱗に、明菜の想いが刻まれる。
 広げた勇壮な翼が、明菜の年月を背負う。
 見据えるその瞳が、明菜の進む意思を継ぐ。
 願いと奇跡の竜が、高らかに啼く。
 この場に集結した願いを受け止め、讃えるように。

「ただいま、聖夜竜。ずっと待たせてごめんね。
 でも、もう手放さない。この願いも、このカードも!」

 明菜の誓いに応えるように、聖夜竜は再び輝いた。

「特殊召喚時の効果を発動するよ!
 『ホーリー・ナイト・ウィッシュ』!!
 あたしはデッキから好きなカード1枚を手札に加える!
 加えるのは、《スタンピング・クラッシュ》!!」

《希望に導かれし聖夜竜(ホーリー・ナイト・ドラゴン)
効果モンスター 星10/光属性/ドラゴン族/攻2500/守2300
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の罠カード6枚と光属性のレベル7以上の
ドラゴン族モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
このカードは相手のあらゆるカードの効果を受けない。
このカードの特殊召喚に成功したとき、
自分のデッキからカードを1枚選択し、手札に加える。

「そのまま発動するよ!
 《守護神の矛》を破壊して、500ダメージを与える!」
 主の声に応え、聖夜竜は勇壮に足踏みをする。
 その振動が女神を震わせ、矛を地に落とし破壊する。

《スタンピング・クラッシュ》
通常魔法
自分フィールド上に表側表示のドラゴン族モンスターが
存在する時のみ発動する事ができる。
フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊し、
そのコントローラーに500ポイントダメージを与える。

エルのLP:700→200

「さらに墓地の《ドラゴ・ミレイ》の除外効果発動!
 この攻撃力を800ポイントアップさせるよ!」

《ドラゴ・ミレイ》
効果モンスター 星2/光属性/ドラゴン族/攻800/守400
このカードと自分フィールド上に存在する
ドラゴン族モンスター1体を選択して生け贄に捧げる。
墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在するドラゴン族モンスターの
攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも使用できる。

《希望に導かれし聖夜竜》ATK2500→3300
      VS
《満月の女神王 エルザェム》ATK3000

 仲間の力を得た聖夜竜は飛翔し、女神王を見下ろした。
 その口元に光り輝く魔力を漲らせ、燃え盛る炎へと変化させる。
 女神王は勝負の行方を悟ったかのように、瞳を閉じて静かに構える。
 攻撃の瞬間。
 これが決着。

「エルさん、これであたしの勝ち。
 でも、エナジーベルトが発動しちゃうよ」
(構わない。
 わたしが弱らなければ、ウルの命令でわたしはまた闘うことになる。
 だから、こうしなくちゃいけない。
 それにわたしは結界を発動させてる。
 ここをウルに見つからないため、念のために。
 ウルのことだから、きっともう待ち構えてるかも。
 わたしの力を奪えば、その結界も消える。
 そのときが本当のウルとの対決になる)
 少し沈んだ声で、エルは情報だけを伝えた。
 そして、顔をあげて、微笑んだ。
(デュエル、楽しかった。すごくドキドキした。
 それにやっと、わたしの時の歯車が動いた気がする。
 今までずっと閉じ込められて、同じ時間を過ごしてたから。
 でも、それも終わり。明菜お姉ちゃんが変えてくれる)
「あたしも楽しかったよ。あの夢の世界の続きにいるみたいだった。
 エルさんはエルちゃんじゃなくなったかもしれない。
 でも、想いを大切にする気持ちは変わらない。
 だから、それでも繋がってるんだって、嬉しかった。
 考えれば、そうなんだよね。
 あたし達の物語はいつでもどこかに繋がっている。
 だからあたしは、あたしに恥じないように頑張る」
(うん、その意気。わたし達の想いは繋がっている。
 だから、想いも願いも絶やしちゃいけない。
 前に進んで。このデュエルの、その先に)

 明菜は右腕をかざした。
 それが攻撃の合図。
 約束の時間の終わり。
「《希望に導かれし聖夜竜》の攻撃!
 『ホーリー・ナイト・ブレイズ』!!」
 超高熱の白き炎が解き放たれ、デュエルは幕を閉じた。

エルのLP:200→0

 そして無慈悲に、エルのベルトは光り輝く。
 力を奪われ、エルは苦しげな表情を見せ、膝を付き、身を崩した。
 ここまで必死で策をめぐらせてきた。
 もともと疲れていたその体に、吸収は堪えたのだろう。
「エルさん!!」
(わ…たしは……、大丈夫……。
 それよりも身構えて。ウルはきっとすぐそこに……)

 エルのか細い精霊の声。
 その終わりを聞き終えたかどうかの瞬間。
 胸に突き上げるほどの音が響き、扉と壁が崩れ落ちた。
 振動に立っていられないほどだが、ようやくこらえ、見つめなおす。
 粉塵のその先に、白衣が見えた。
 右手に銃を持ち、こちらを蛇のように睨み付ける者。
 エルの予測どおりに駆けつけていた。ウロボロス。

「やれやれ。ここまで焦らされたのも久々だネェ。
 ここまでキミたちができるとは思いもよらなかったよ」
 持ちなれたように構える銃。その熟練に、逃げる隙はない。
「ウロボロス!! そんな……、もう追いついて……」
「《光の護封壁》で幽閉し、その間にデュエルで確固撃破とはナァ。
 そこの少年の力を最大限に活用してみせたのかね?
 それなら戦闘で捕らえられなくとも倒せる。えげつない方法だ。
 それにシステムもずいぶん荒らされている。
 明菜ァ、そこまで計算づくでワタシを倒す気だったのかね?」
 恐怖に耐え歯をくいしばりながら、明菜は言い放った。
「ッ! だとしたら、どうする!」
 その強がりが挑発に聞こえたか。
 ウロボロスは静かに声に怒りを滲ませた。
「どちらでも構わん。
 どうあっても、キミ達は今ここで殺す。
 翼ァ、キミはいたぶりたかったのだがね。
 その力は思ったより危険なようだ。排除を優先しよう。
 今すぐ死ぬがいい」
 照準を一動作で合わせ、引き金に指を伸ばす。

 ――銃声。

 聞こえたにかかわらず、翼たちは無事だった。
 その銃声は、ウロボロスの背後で鳴り響いたから。
 撃たれたのはウロボロス。
 だが、そのウロボロスも無事。
 想定済みなのだろう。白衣の下は、防弾衣。
 銃を持つ油断できない刺客が、駆けつけているのだ。
 当然ながら、その備えはしてある。
「久しぶりの再開だというのに、挨拶もなしに師を銃撃か。
 ご挨拶にも程がないかネェ、オブライエン」
「仲間に銃を向けている相手に、礼も配慮もいらないな。
 やれやれ、間一髪で間に合ったか」
「オブライエンさん!!」
「陽向居さん! ボクも助けに来たよ!」
 兼平が両手を挙げ、全力で手を振った。
「予備の電源を切っても、機能は停止しない。
 だから、急いで駆けつけた。
 だが、ここは膠着状態、といったところか……」

 銃を構えあうオブライエンとウロボロス。

「さて、力と力。どうやらそのようだネェ。
 キミとはまともに力をぶつけても勝てるかは五分。
 そう、まともに力をぶつけたのならネェ……」

 ウロボロスが言葉に含ませたとき、翼はそこに肥大する影を見た。
「ウロボロスの影に、何かがいる!」
「何!?」
 翼が注意しても、オブライエンには見えない。
 黒は地を這い、オブライエンに忍び寄る。
 オブライエンは気配を感じ、とっさに体を捻り、退避しようとする。
 だが、それでようやく狙いを逸らせただけだ。
 ――鈍痛。右腕があらぬ方向に曲がる。
 見えない豪腕に、殴りつけられた。
 もうオブライエンの利き腕は、銃は握れない。
「グアアッ! こ、これは、一体……ッ!?」
「言い忘れていたネェ。ワタシを気に入り慕う者がいてね。
 彼は姿は見えないが、精霊を運び、人に危害も加えられる。
 その意思でワタシの目的を手伝ってくれてるのだよ。
 それをキミたちは悪霊とでも呼ぶのかね。
 この《アタナシア・ウロボロス》を。
 今回もまた、ワタシの敵を痛めつけてくれるようだ。
 だが、その程度で結構だよ。
 オブライエン、ここでワタシが殺す」
 構え直される銃。
「――そうはさせない」
 その間に、白銀の翼が広げられた。
 その翼は稲光のようなものを帯びて、鉄のように硬質だ。
 精霊オネスト。銃弾さえはじき返すほど翼を強化している。
 そして、立ちはだかる影がもう一人。
「これでやっとまともに戦えるか。
 オブライエンくん、君には精霊が見えないだろう。
 だが、私にはありありと見える。
 そして、この闇のナイトの体には銃撃も通用しない。
 ウロボロス、自分で造り上げたものに、牙を剥かれる気分はどうだ?」
「さ、佐藤先生!? い、生きて……」
 目を見張ったのは、兼平にレイだった。
「久白! それに早乙女も無事だな! 陽向居まで!
 どうやらこの作戦、無事にやり終えられそうだな」
「チェックメイトなノーネ!!
 最後に光の前で、悪は負ける運命!
 それはここでも変わらなイーノ!!」

 ここに全員が集結した。
 ウロボロスと、それに対峙する8人。
 ついにウロボロスをここまで追い込んだ。
 だが、ウロボロスはこれで倒せるのか。
「フフハハハ!! 烏合の衆で取り囲んだところで、ワタシを倒せるのかね。
 佐藤! 確かにキミはワタシと互角に渡り合える唯一の存在だろう!
 だが、キミを我が悪霊で押さえつければ、もうそれも崩れる!
 あとはこの銃で各個撃破していけばいい!
 その精霊も追いつけまい!
 ワタシの有利はまだ覆されてなど――」

 その腕に、焼き焦がす炎が放たれ、ウロボロスは銃を落とした。
 カタリと、リノリウムに銃を落とす音が響く。
 悪霊は駆けつけようとするが、佐藤が逆に押さえつけ、動作は遅れる。
 そして、その懐に入ったのは、翼だった。
 翼はウロボロスをにらみつけ、全力でその顔を殴った。
 その不意打ちに、ウロボロスはまともに痛手を食らった。
「俺が精霊の力を解放して、燃やした。
 もうお前の好きにはさせない!
 みんなの力で、お前を止める!!」
 いきり立つ翼に、皆が目を見張る。
 突破口が見えた。
 だが、オブライエンだけは、――思わず叫んでいた。
「翼!! 離れるんだ!!!」
 その声に身構えたときには、もう遅かった。
 翼は、あまりにも闘い慣れていない。
 銃を手放せば、こちらが有利になる。その程度の火力で十分。
 浅はかな予測。武器が一つだけと、なぜ判断できるか。
 甘すぎる。一瞬の隙のもとに、相手を無力化するべき。
 すかさず懐から取り出されたもう一つの銃。
 黒の銃口が、既に翼を捕らえていた。
「その情熱に満ちた瞳、吐き気がする」
 引き金は引かれた。
 
 誰もが最悪の状況を、目に焼き付けたはず。
 その銃撃は、――宙を駆るだけだった。
 翼はそこから消えていた。
 見回せば、明菜もそこにいない。

「何だ! 何が起こったというのだ!」
 理解できない現象。さすがのウロボロスも困惑する。
 だが、その思考はすぐに今すべきことを捉え直した。
 事態はかえって好転している。
 悪霊はウロボロスの周囲に舞い戻り、大蛇が樹を囲うように守った。
「だが、これであのイレギュラーな力もなくなったわけか!
 その強化された精霊の鋼の翼!
 維持できる時間には限りがあるだろう!
 あとはワタシが時間を稼げばいいのかネェ!
 それとも、何度か撃てば、消耗し維持できなくなるのかね?
 試させてもらおうかァ!!」
 そのウロボロスの視界を、細い影が横切った。
 そして、その腰にまとわりつき、行動を制限した。
 エナジーベルト。ウロボロスが造った決闘兵器。
 そして今、その主を縛り付ける。
[ デュエルを開始して下さい。
 開始しなければ、自動的にエナジーが吸収されます ]
「こいつは……。なるほどな。
 それでワタシを封じようというわけか」
 チャレンジャーは、佐藤。
「私たちは精霊の力で凌ぎを削り合うだろう。
 そして、にらみ合いは終わらない。
 だけど、これなら、ようやく白黒がつけられる。
 ウロボロス、お前にとっても悪い取引じゃないな」
「フフハハハハァ!! 確かに均衡は崩れるだろうナァ!
 だが、果たして、それに応じる必要はあるのかね?」
「何ッ?!」
 ウロボロスは不敵な笑みを浮かべると、ディスクのボタンを瞬時に操作した。
[ マスターコード、認証されました。
 命令を実行します。デュエルモードを解除します ]
 ベルトは剥がれ、地に落ちた。
「そんな取引など、応じる価値もない。
 何か勘違いしてるようだネェ。
 なぜ戦況は互角だと判断する。ワタシは既に優位だ。
 それを崩すリスクを負うまでもない」
 ウロボロスは改めて、銃を向け直した。
「キミたちの中で、ワタシを傷つけ得るのは、オブライエンの銃のみだった。
 だが、その腕ももう使えまい。左腕では、胴以外の急所は狙えぬ。
 唯一の計算外で驚かされたが、あの翼の妙な力も消え失せた。
 あとの戦力は佐藤、キミの鋼の肉体と、そこの天使の鋼の翼か。
 だが、それは攻めることに特化したものではない。
 それではワタシの悪霊の守りは突破できん。
 お前たちは牙も持たずに、防戦一方というわけだ!!」
 狩る者と、一方的に狩られる者。絶望的な差。
 そして、銃は刻む。死刑執行のカウントダウンを。
「あと何発、ワタシの弾丸に耐えられるかね」

 ――銃撃。

 鋼の翼は、悲鳴を上げながら、はじいた。
 命が削れゆく、音がする。




「俺は……。ここは……。
 ウロボロスはどこに……」
 翼が目を覚ましたのは、見知らぬ場所。
 見慣れない石の壁に囲まれた部屋。
 翼の下には魔法陣。見渡すと、明菜もそこにいた。
 その明菜の驚き見つめる先に、威厳ある竜の魔人がいた
「リューゲルさん!!」
「ほほ……、想定外の早い再会じゃったのぅ」
「どうしてここに!
 リューゲルさんがあたし達を呼んだの?!」
「違うんじゃな、それは儂ではない。
 儂はそういう干渉はせんよ。
 お節介なのは、あやつじゃ」
 リューゲルが指した先にいる人物に、翼と明菜は目を見張った。

「どうやら召喚には成功したようですね。
 長い訓練の成果がありました」

 朗々とした声が響く。長い黒髪が、幻想世界の風に揺れる。

「「斗賀乃先生?!」」





第33話 過去と恐怖との対峙



「やあ、危ないところでしたね」
 手のひらを挙げて、斗賀乃は平然と挨拶をした。
 状況がどうなっているのか分からない。
 それ以前に今はこんなことをしている場合ではない。
 こうしているうちにも、みんなはウロボロスと闘っている。
 あの一瞬の油断が命取りになりかねない場所で。
 早く戻って、加勢しなくてはならないのに。
 どうして、こんなところに呼び出されたのか。
「斗賀乃先生!
 あそこを助けてもらったのは、感謝するよ。
 でも、俺たちはやらなくちゃいけないことがある!
 俺たちをあの場所に戻してくれ!」
 いきりたつ翼に、斗賀乃は肩をすくめた。
「それは、今はできませんね」
「どうしてだよ!」
「今の君では、ウロボロスに敵わないからです」
「それは……」
 翼はウロボロスに銃口を向けられた瞬間を思い出した。
 あのとき、ここに呼ばれなければ、死んでいただろう。
 反論はできない。
「まぁ、君なら銃に撃たれても死にませんがね」
「どういうこと?」
「カードが2、3枚砕けて、君はきっと無事ですよ。
 そうですね。大地のストルティオか、恩恵のピクスが弾け飛ぶのでしょうか」
「そんな……」
 翼に幼いころの悪夢が蘇ってくる。
 防衛の衝動。自分を守るために、精霊の力を奪い切る。
 今でもその力は、発動してしまうのだろうか。
「仮にそれであと一度ウロボロスの意表がつけるでしょうか。
 そこに大きな一撃を叩き込めても、倒せるかどうかは難しいでしょうね。
 あの悪霊がいます。あれはそう簡単に倒せるものではありませんから。
 私たちの世界で、あれを倒せるほどの力をぶつけるのは難しいでしょう」
「でも、そうだとしたら、早く戻らないと、オブライエンさん達は……」
「ううん。それならまだ大丈夫だよ」
 翼を諭したのは、明菜だった。
「リューゲルさんがいるってことは、ここはあの次元なんだよね。
 だから、時間間隔が違う。
 エルちゃんが言ってたけど、ここで1日過ごしてもあたしたちの世界だと4分。
 今少しだけなら、きっとみんな達で持ちこたえられる。
 うん、持ちこたえるだけなら……」
 明菜は斗賀乃に向き直り、訴えかけた。
「斗賀乃先生!
 ここに呼んだのは、勝つ可能性を教えるためなんだよね!
 なら、あたしたちに教えて!」
「そうですね、その通りです。
 そのために私はここで学んでいたのですから。
 ねえ、リューゲル師匠」
 斗賀乃先生に呼びかけられると、リューゲルはため息をしながら答えた。
「とんだ弟子をもたされたものだのぅ、儂も。
 『教えなければ、殺します』なんて入門文句は最悪じゃ……」
「おやおや、私の蛮行まで覚えていて下さって光栄です。
 でも、私に次元間転送の技術はありません。
 教えてくださって、すごく感謝してるんですよ。
 そのお陰でここに二人を呼べるまでになったのですから」
「なら、ウロボロスも呼んで早く倒してしまえ。
 お主がウロボロスをここに呼んで倒しても罰にはならん。
 その力ならできないことではないじゃろう?」
「いえいえ、私にはそんなことはできませんよ。
 私の手持ちの精霊は、強化と耐性付加に特化しているものです。
 戦闘能力に長けているわけではありません。
 それに……、私は別にウロボロスを倒す気はありませんから」

 改めて斗賀乃は翼に向き直り、続けた。
「君たちが基地に入るとき、私には一つだけ分からないことがありました。
 それはウロボロスの悪霊の力のことです。
 見送ったはいいものの、犬死されては困りますからね。
 それで私でもあの《アタナシア・ウロボロス》の力を改めて調べたのですよ。
 翼くん、君と同じように私も能力を感じ取れますからね。
 その結果は、酷いものでした。
 攻守の基礎ステータスもさることながら、恐るべきは再生能力。
 あれでは倒してもキリがありません。
 さらにモンスター効果への抵抗力もありましたね。
 そしてウロボロスの手引きにより、とてつもないエナジー量を蓄えています。
 ウロボロスを無力化するには、兵器も悪霊も取り上げなくてはなりません。
 その両方を行うには、翼くん、君がさらに力を使いこなさなくてはならないのですよ」
 斗賀乃の視線が、翼に向けられる。
 翼は拳を握りしめ、斗賀乃に答えた。
「俺の力でできるならやるよ!
 出し惜しみ無しに、教えてほしい!!」
「君ならそう答えてくれると思っていました。
 では、説明しましょう。
 ですが、その前に君にも考えてもらわないといけませんね。
 ウロボロスと闘うために必要な力はなんでしょう?」
 翼はあの対峙を思い出して、考える。
 銃を向けられたが、オネストや佐藤先生が守っていた。
 そこで不意をついて攻撃したが、迎撃されそうになった。
 あそこで自分自身が銃に完璧に対処できたなら、あのままいけたかもしれない。
 それでもウロボロスの精霊が守りに回ってきたら、難しいだろう。
 だから、必要なことは……。
「銃を防げる力と、あの精霊の守りを突破できる力。
 でも、両方を兼ねるだなんて……」
「その通りです。防御力と、攻撃力。どちらも飛び抜けて必要でしょう。
 そうですね。両方を兼ねることは、私たちの世界では難しいかもしれません。
 そう……、私たちの世界でどうにかするとすれば、です」
「世界……?」
「そうです。精霊の力に満ちていない私たちの世界では、精霊は蓄えた力を使うだけ。
 それではすぐにその力は消耗して、尽きてしまうのでしょう。
 ですが、この場所ならば、どうでしょうか?」
 斗賀乃は両手を広げ、空気を撫でるような仕草をした。
 翼も真似て、空気に意識を巡らせる。
「これは……、やっぱりこの世界って、本当に精霊の空気で満ちてる!
 これなら、俺が力を使ったとしても!!」
「そうです。ここなら思う存分、力を解放できるでしょう。
 大気の力を取り込みながら、精霊達を縦横無尽に解放できます。
 ウロボロスをここに召喚し、君一人で精霊を押さえながら倒すのです」
「ちょっと待って!」
 明菜が話しに割って入る。
 聞き逃せない言葉があった。
「『一人で』ってどういうこと?」
「他は足手まといということですよ」
 挑発的に、斗賀乃は答えた。
「どうして?」
「翼くんはこの通り甘いです。敵に攻撃するときも加減してしまうくらいに。
 そこで誰か精霊の守りを使いこなせない者を、人質に取られたらどうなるでしょう。
 作戦は失敗です。翼くんはまず手出しできなくなるでしょうね。
 ですが、翼くん一人なら、自身を守ることは簡単です。
 ほぼ本能的に防御と攻撃を行うことができますから。
 そのための『一人で』ですよ」
「でも、それならあたし達だって、自分くらい守れる!
 ここでならモンスター展開もできるし、カードの発動だって!」
 明菜の訴えを、斗賀乃は冷徹な目線で睨み返した。
 恐怖感を呼び起こすほどの、鋭い眼光。
「君は本当の闘いを知らないようですね」
 このプレッシャーは何だ。
 今にも自分を射抜こうとするような、このプレッシャーは。
 似たものを感じたことがある。
 王子との闘いのときだ。
 しかし、あのときと違って、あまりにも容赦が無くて隙がない。
 今斗賀乃先生は、どんな特別なことをしたというのだろう。
「何も私は特別なことはしてません。
 ただ、あなたを邪魔と感じて退けたいと、心の底から思っただけ。
 簡単な殺意と言えばいいのでしょうか。
 この世界の空気は意思を汲み取ります。
 意思が空気を巻き込めば、力を増幅させることもできるのですよ。
 ウロボロスなら本気の殺意で闘いに臨んでくるでしょう。
 強き心と、強き力がなければ、たちまちに倒されるでしょう。
 それができる可能性があるのは、翼くん、あなただけなのです」
 射すくめられた明菜は、少し落ち込んだように下を向いた。
 斗賀乃はそれを意に介さず、強張った表情の翼に続けた。
「君は力をさらに自在に使いこなせなくてはなりません」
 斗賀乃はデュエルディスクを構え、翼を見据えた。
「君が精霊の力をうまく使いこなす強い心があるのか。
 本当にウロボロスを倒すための強い意思があるのか。
 私が見極めましょう。そのために、デュエルです」
 翼もまた構えた。その力強さに気圧されないように。
「俺にその力があるなら、闘い抜いてみせる」


「「デュエル!!」」

翼 VS 斗賀乃

 デュエルと叫んだ瞬間に、斗賀乃から放たれるプレッシャーが増した。
 翼の一挙手一投足を見極めようとするような、睨まれる様な感覚。
 だが、ここで怯んだら、ウロボロスとも対決できない。
 先行の赤いランプは翼に灯っていた。
 じっとしていたら、雰囲気に飲まれてしまう。
 抵抗を示すために、翼はターンを開始した。
「俺の先攻だ! ドロー!」
 斗賀乃とは二度対戦しているが、どちらも最初に常識外れの猛攻が待ち受けていた。
 いくら警戒しても損はない。しかし、今回はそこまでの手は揃っていない。
「俺は《兵鳥アンセル》を召喚するよ!」
 風を巻き込みながら、黒い羽毛の堂々とした鳥が舞い降りる。

《兵鳥アンセル》
効果モンスター 星4/風属性/鳥獣族/攻1500/守1400
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在する
鳥獣族モンスター1体の攻撃力は400ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも使用できる。

「さらにカードを1枚伏せて、ターンエンド」
 伏せさえ破壊されなければ、どうにか持ちこたえられるはず。
 翼は不安げに、斗賀乃にターンを引き渡した。

「私のターンですね、ドロー」
 翼は緊張していたが、斗賀乃は余裕をまったく崩さなかった。
 だが、今回はそこに何か違うものが混じっているようにも翼は感じた。
 以前と同じく試すためのデュエルというのは変わらない。
 しかし、ほとんど雰囲気としか言えない差ではあるが、重圧が違っている。
 そう、何か恐るべき目的を秘めているような予感が付きまとっている。
「のう……、明菜や、このデュエルは中止にはできんかね?」
 それを察したのは、リューゲルだった。
「どうして?」
 極端な発言に、明菜は首を傾げた。
「あの斗賀乃とやら、あれは本当に人間の考え方をしておるのか?
 この精霊の空気はまるで――」
 リューゲルは言いかけて、唐突に言葉を打ち切った。
 いや、言葉を打ち切られた。
 斗賀乃がこれまでにないほどの殺気で、リューゲルをにらんでいる。
「余計な詮索や介入は無用ですよ、師匠」
 リューゲルはたじろいだ。
 その影に黒く禍々しい影を確認したからだ。
 リューゲルは斗賀乃を刺激しないように、一言だけを添えた。
「翼とやら、言われなくても分かってるようじゃが、このデュエル気を抜くな。
 決して負けてはならん。良いな?」
 唐突な励まし。翼は疑問が振り切れないが、頷いた。
「うん。絶対に今度こそ俺は負けない」

「さて、私はモンスターを1体セットします」
 正体の分からないカードが浮かぶ。
「そして、さらに……」
 手札をそのまま上に持ち上げて、全てをディスクに並べた。
「5枚のリバースをセットして、ターンを終了しましょう」

LP4000
モンスターゾーン
《兵鳥アンセル》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
4枚
斗賀乃
LP4000
モンスターゾーン
伏せモンスター×1
魔法・罠ゾーン
伏せカード×5
手札
0枚

「一気に全部の手札をフィールドに展開しちゃった……。
 やっぱりすごく大胆な戦術」
 翼も明菜の驚きに共感しながら、違和感があった。
 いつもなら真っ先に攻めて来たはずが、今回はない。
 あの先生が攻め損じることは、想像がつかない。
 今回のデュエルは何かが違う。
 それでもこのリバース5枚は驚異的だ。
 いつもならアクイラで一網打尽を狙いたいフィールド。
 だが、斗賀乃相手ではそれすら見透かされているだろう。
「俺のターン、ドロー!」
 それでも向かわなくては押し切られる。
 翼はその脅威を跳ね除けようと、カードを出した。
「俺は《命鳥ルスキニア》を召喚して、そのまま生け贄に!
 そして、その効果で《英鳥ノクトゥア》を召喚する!」
 紅く燃える小鳥が命をはじけさせ、新たな仲間を呼び寄せる。
 そして、淡い緑色の光を帯びたフクロウが、不思議な鳴き声を響かせる。

《命鳥ルスキニア》
効果モンスター 星3/火属性/鳥獣族/攻500/守400
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生贄に捧げる事で、
自分のデッキまたは墓地からレベル4以下の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果により「命鳥ルスキニア」を特殊召喚することはできない。

《英鳥ノクトゥア》
効果モンスター 星3/風属性/鳥獣族/攻800/守400
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。

「そして、ノクトゥアの召喚時の効果だ!
 デッキから『輝鳥(シャイニングバード)』と名のつくカードをサーチする。
 俺は儀式魔法《輝鳥現界(シャイニングバード・イマージェンス)》を手札に加えるよ!」

 翼のデッキの要のカードが加えられ、そしてすかさず発動される。

「いくよ! 《輝鳥現界》発動!
 場のノクトゥアとデッキのアイビスを生け贄に捧げ――」

《輝鳥現界》
儀式魔法
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

 大気の中から、水色の粒が集められ、鳥のイメージを形成していく。
 翼を広げ、水飛沫を撒き散らされる。
 主人をその柔らかな水流でかばうように駆けつける。
 対する者に水砲をたたきつけようとする魔力をたたえながら。

「来い! 《輝鳥-アクア・キグナス》!!
 そして、その強制効果をぶつけるよ!
 『ルーラー・オブ・ザ・ウォーター』!
 そのモンスターと、真ん中のカードを手札に押し戻す!」

《輝鳥-アクア・キグナス》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「水」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上のカード2枚を選択し、
1枚をデッキの一番上に、もう1枚を持ち主の手札に戻す。

 相手の場のカードは6枚。それでも着実に削るしかない。
 翼の渾身の一撃に、斗賀乃は悠然とリバースを開いた。
「読めていますよ。そして、君もまさか通るとは思っていないでしょう。
 永続罠発動! 《閃光を吸い込むマジック・ミラー》!
 光属性のモンスター効果の発動を無効化します!」

《閃光を吸い込むマジック・ミラー》
永続罠
このカードがフィールド上に存在する限り、
墓地またはフィールド上で発動した光属性モンスターの効果を無効にする。

 当たり前のように仕掛けられた対策。
 翼も目を見張ったが、予測していないことではなかった。
 それでも上級モンスターは召喚できた。
 ここから押し切ることも不可能ではないはず。

「でも、アイビスを儀式の生け贄にすることには成功したよ。
 デッキからカードを1枚ドローする」

《霊鳥アイビス》
効果モンスター 星4/水属性/鳥獣族/攻1700/守900
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、 自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「では、私は続けてリバースを3枚オープンしましょう!
 2枚は《ゴブリンのやりくり上手》、さらにチェーンして《非常食》。
 この効果で2枚の《ゴブリンのやりくり上手》をあらかじめ墓地に送り、
 3枚ドローして、1枚をデッキに戻す処理を2度繰り返します」

《ゴブリンのやりくり上手》
通常罠
自分の墓地に存在する「ゴブリンのやりくり上手」の枚数+1枚を
自分のデッキからドローし、自分の手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。

《非常食》
速攻魔法
このカード以外の自分フィールド上に存在する
魔法・罠カードを任意の枚数墓地へ送って発動する。
墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。

斗賀乃のLP:4000→6000

 この戦術も前回に見たものと同じだ。
 そのためなら、リバースの層が厚くなったのも理解できる。
 残るリバースはあと1枚。攻め抜いて、暴くだけだ。

「キグナスで攻撃! 『シャイニング・スプリットウイング』!!」
 水飛沫と翼を同時に叩きつけようと、キグナスが急降下する。

「攻撃は通しませんよ!
 トラップ発動! 《サンダー・ブレイク》!!
 カードを1枚捨てることで、キグナスを破壊しましょう」

《サンダー・ブレイク》
通常罠
手札からカードを1枚捨てる。
フィールド上のカード1枚を破壊する。

 雷撃は水鳥に襲い掛かり、攻撃は食い止められた。
 やはり簡単には攻撃は通らない。
 しかし、それでも怯むわけにはいかない。
「まだだ! アンセルで攻撃するよ!
 『ソニック・スラッシュ』!!」
 凄まじい速さで、アンセルも突撃する。
 セットモンスターは打ち抜かれ、そして――爆発が巻き起こった。
 アンセルも巻き込まれ、破壊されてしまう。
「今のは……。まさかモンスター効果?!」
「正解ですね。私が伏せていたのは、《ボマー・ドラゴン》。
 このモンスターは戦闘で破壊されたときに、相手を道連れにします」

《ボマー・ドラゴン》
効果モンスター 星3/地属性/ドラゴン族/攻1000/守 0
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
このカードを破壊したモンスターを破壊する。
このカードの攻撃によって発生するお互いの戦闘ダメージは0になる。

「ドラゴンのカード?」
 精霊を重視する斗賀乃らしくないカード。
 不自然にも思える。だが、それを気にしている場合ではない。
 モンスターはことごとく撃破されて、今召喚できるモンスターもいない。
「リバースを1枚追加して、ターンを終了するよ」

「私のターンですね、ドロー」
 モンスターのいないフィールドに切り込むように、斗賀乃がカードを差し込む。
「私は《ブリザード・ドラゴン》を召喚します」

《ブリザード・ドラゴン》
効果モンスター 星4/水属性/ドラゴン族/攻1800/守1000
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターは次の相手ターンのエンドフェイズ時まで、
表示形式の変更と攻撃宣言ができなくなる。 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「またドラゴン族モンスター?!」
 だが、戦術としては決して間違ってはいない。
 除去モンスターで相手の場を空にしてから、アタッカーを召喚。
 むしろ定石とも言えるデュエル展開。
「攻撃しましょう。『ブリザード・ブラスト』!」
 氷の刃が翼に向かって、撃ち出される。
「俺は《ガード・ブロック》を発動するよ!
 この戦闘ダメージをなくして、カードを1枚ドローする!」

《ガード・ブロック》
通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 だが、これくらいの攻めをかわせない翼ではない。
 事も無げに斗賀乃の試し撃ちを逸らした。
 しかし、斗賀乃はまったく動じていない。
 お互いに並みの攻撃では通らないことを、理解し合っている。

「分かりました。カードを2枚伏せて、ターンを終了しましょう」

LP4000
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
4枚
斗賀乃
LP6000
モンスターゾーン
《ブリザード・ドラゴン》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2、《閃光を吸い込むマジック・ミラー》
手札
2枚

「俺のターンだ、ドロー!」
 互いに攻めてはいるものの、状況は進まない。
 さらにまだ《閃光を吸い込むマジック・ミラー》は場に残ったまま。
 本来は展開は温存すべきだが、相手が相手。
 出し惜しみが許されるような相手ではない。
 焦る気持ちが、翼を押し出す。
「俺は伏せていたトラップを発動するよ!
 《八汰烏の骸》! カードを1枚ドローする!」

《八汰烏の骸》
通常罠
次の効果から1つを選択して発動する。
●自分のデッキからカードを1枚ドローする。
●相手フィールド上にスピリットモンスターが
 表側表示で存在する時に発動することができる。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 できるならば温存して、相手の空振りを誘いたいカードを敢えて発動。
 つまりはここで展開を加速させるということ。
「俺は儀式魔法《高等儀式術》を発動する!
 デッキから《冠を載く蒼き翼》と《音速ダック》を墓地に送る!
 召喚するのは、――《輝鳥-アエル・アクイラ》!!」

《高等儀式術》
儀式魔法
手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が
同じになるように自分のデッキから通常モンスターを選択して墓地に送る。
選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。

《輝鳥-アエル・アクイラ》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「風」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

 翼のフェイバリットモンスターが姿を現す。
 《閃光を吸い込むマジック・ミラー》で効果は封じられてしまう。
 それでも心強い上級モンスターには違いない。
 旋風の大鷲は勇壮に羽ばたいて、目の前の相手を威嚇した。
「さらに《帝鳥ファシアヌス》を召喚だ!」
 深緑の羽毛を蓄えたキジバトが、突進を身構える。

《帝鳥ファシアヌス》
効果モンスター 星4/地属性/鳥獣族/攻1800/守1200
自分フィールド上に存在する鳥獣族モンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。
この効果は1ターンに1度、自分のターンのメインフェイズ時のみ使用できる。

「総攻撃するよ! いくよ! アクイラ!!
 『シャイニング・トルネードビーク』!!」

 身を捻らせて旋風を巻き込みながらの激しい急降下。
 《ブリザード・ドラゴン》はひとたまりもなく、破壊される。

斗賀乃のLP:6000→5300

「さらにファシアヌスでダイレクトアタック!
 『プルーム・アタック』!」

 そして、勇猛果敢にファシアヌスは突撃した。
 だが、すんでのところで、カードに阻まれる。

「同じく《ガード・ブロック》です。
 ダイレクトはさすがに通せませんね」

《ガード・ブロック》
通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 やはり戦況を左右するダメージは与えられない。
 だが、攻勢を強めた手応えはあった。
「俺はカードを1枚セットして、ターンエンド」
 少しだけ気を取り直して、翼はターンを終了した。

「では、私のターンですね、ドロー」
 斗賀乃は翼の場を確認しながら、墓地に目を移した。
「墓地からモンスター効果を発動します。
 来なさい、《ミンゲイドラゴン》!
 このカードは私の場にモンスターがいないときに、
 自分フィールドに特殊召喚できる効果があります」

《ミンゲイドラゴン》
効果モンスター 星2/地属性/ドラゴン族/攻 400/守 200
ドラゴン族モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果は自分の墓地にドラゴン族以外のモンスターが存在する場合には発動できない。
この効果で特殊召喚されたこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

「さらにこのモンスターにはもう一つの特殊能力があります。
 それはドラゴンの生け贄召喚時に、2体分の生け贄になること」

「まさか手札に最上級のドラゴンモンスターが?!」
 やはり油断ならない斗賀乃に、翼は警戒を隠せない。
「ドローカードは十分に確保しています。
 必ずや引き当てられるでしょう。
 《マジック・プランター》で《閃光を吸い込むマジック・ミラー》を処理。
 これにより新たにカードを2枚ドローします」

《マジック・プランター》
通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 カードを引きなおすが、思ったカードが引けなかったらしい。
 斗賀乃は少し考え込みながら、手札を見つめる。
「しかし、このカードでは幾分役不足ですね。
 《トレード・イン》を発動して、《トライホーン・ドラゴン》を捨てます。
 さらにデッキから2枚カードをドローしましょう」

《トレード・イン》
通常魔法
手札からレベル8のモンスターカードを1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

《トライホーン・ドラゴン》
通常モンスター 星8/闇属性/ドラゴン族/攻2850/守2350
頭に生えている3本のツノが特徴的な悪魔竜。

 明菜がそのぎこちない手札交換に首を傾げる。
「うーん、なんだか斗賀乃先生。
 プレイングが不慣れに見えるのは気のせい?
 魔法とか罠とかは迷いなく発動するのに、モンスターは少し違う。
 カードによって扱い方にもバラつきがある気がするし……」

「さらに、伏せていた《八汰烏の骸》を発動しましょうか。
 カードを1枚ドローしておきましょう」

《八汰烏の骸》
通常罠
次の効果から1つを選択して発動する。
●自分のデッキからカードを1枚ドローする。
●相手フィールド上にスピリットモンスターが
 表側表示で存在する時に発動することができる。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「あれ? 翼と同じカードだよね。
 そういえば、さっきも《ガード・ブロック》発動してたし。
 もしかして少しだけ戦術が似ているのかな」
「似ているも何も、ほとんど同質の力じゃのぅ」
 リューゲルが明菜の気付きに答えた。
「ほとんど同質?」
「どちらも力の流れを循環させ、エレメントを使いこなす。
 そして、すべてを突破するための力に集約するタイプじゃ。
 その性質にデュエルモンスターズも導かれているだけのこと。
 あやつらのデュエルというのは、そういうものじゃよ」
「よく分からないけど、とにかく似てるんだよね」
「そうじゃな。二人の同じ力を持つ魔物使いか」
 リューゲルはそう呟くと、顔を青ざめさせた。
 斗賀乃と翼を見比べ、目をしばたかせる。
「まるで――。いや、まさか、だがこの二人ならよもや……」
 そう呟きながら考え込んでしまった。
 明菜はよく分からなかった。
 だが、このデュエルがただのデュエルで終わらない予感だけは膨らんでいた。


「私は《ミンゲイドラゴン》を生け贄に捧げ――」
 そして、今度は斗賀乃が動き出す。
「いきます。《タイラント・ドラゴン》を召喚!」
 巨竜が唸り声を上げて、君臨する。
 紅い額の宝珠を光らせ、暴君の威厳を見せつける。
 その巨大な体躯の前に、鳥達はいかに勇猛でも小さく見えてしまう。
 まさにドラゴンは生態系の頂点。
 それを誇示するかのように身を震わせ、対峙する者をにらみつけた。

《タイラント・ドラゴン》
効果モンスター 星8/炎属性/ドラゴン族/攻2900/守2500
相手フィールドにモンスターが存在する場合のみ、
バトルフェイズ中にもう一度だけ攻撃する事ができる。
また、このカードを対象にする罠カードの効果を無効にし破壊する。
他のカードの効果によってこのカードが墓地から特殊召喚される場合、
自分フィールド上のドラゴン族モンスター1体を生け贄に捧げなければならない。

「まずいよ! あのカードの効果は連続攻撃!
 防がなくちゃ! 一気に突破される!!」
「クッ……」

「バトルです! アクイラに攻撃!
『タイラント・バースト』!!」
 その大きな体から巨大な火球が放たれる。
 隕石のような凄まじい迫力の攻撃。
 アクイラは旋風を巻き起こし、押し返そうと対抗する。
 その反撃を翼は欠かさずに後押しした。
「墓地から《兵鳥アンセル》の効果発動!!
 このモンスターを除外して、アクイラの攻撃を400ポイントアップ!」

《兵鳥アンセル》
効果モンスター 星4/風属性/鳥獣族/攻1500/守1400
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在する
鳥獣族モンスター1体の攻撃力は400ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも使用できる。

《輝鳥-アエル・アクイラ》ATK2500→2900

 仲間から得た力でアクイラが咆哮する。
 旋風の勢いが増し、火球を押し戻そうとする。
 しかし、このチャンスを逃す斗賀乃ではない。
「速攻魔法発動! 《突進》です!
 《タイラント・ドラゴン》の攻撃力は700アップ!」
「追撃の速攻魔法!? さらに上回った!!」

《突進》
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は
エンドフェイズ時まで700ポイントアップする。

《タイラント・ドラゴン》ATK2900→3600

 火球の勢いはさらに増し、風を突きぬけ、翼へと直撃した。
「ぐぅああ……ッ!!」

翼のLP:4000→3300

 直撃した瞬間、翼は明確に痛みを感じた。
 腹を殴りつけられたような衝撃、息苦しさ。
 思わず膝を崩し、右手で腹を押さえた。
「こ、この痛み……ッ!!?」
「翼!? どうしたの?!」
「大丈夫! まだ大丈夫だけど……!」
 斗賀乃をにらみつける。
 悠然と翼を見下していた。
 気付けば、風が刺すように拒絶的に感じる。
 翼は身を強張らせる。
 まさか、これは……。この衝撃は……。
 翼は身構えながら、斗賀乃を見据えた。
 次の一撃、こんな痛みでは済まされない。
「モンスターがまだ存在しているとき、追加攻撃ができます。
 いきますよ! 『タイラント・オーバードライブ』!!」
 巨体が迫り来る。やすやすとファシアヌスを爪で薙ぎ払う。
 さらにそのままの勢いで、翼の目の前に迫る。
 翼は両腕を目の前で交差させ、身構える。
 目の前の映像はソリッドビジョンのはず。
 そんな必要など本当はないはず。
 だが、翼はあくまで意識的に、自分を守るために身を固めた。
 意識を集中させ、残る大気中の力をかき集めた。
 そして、とてつもなく重い衝撃が走る。
 翼は地を踏みしめて、その攻撃を受け流す。
 後ろに押し出され、腕が軋みそうなくらいに痛む。
 翼が押し出された地面は抉れ、煙さえ巻き起こっていた。

翼のLP:3300→1500

 ただのデュエルでは起こりえない衝撃。
 リューゲルは目の前の様子に顔を覆った。
「やはり、じゃな。
 デュエル開始時に感じたが、まさに本気とはのぅ……」
「い、今のって一体……」
「見た通りじゃよ。
 明菜、この世界を取り巻く空気の性質は知っておるな」
「う、うん……。意思を汲み取る空気だったよね。
 だから、デュエルでも意識が反映されることがあるって……」
「その通りじゃ。そして、今目の前で起こっていること。
 これがその反映が最悪の形で起こっているということじゃ」
「今の衝撃は意識が反映されたもの……。
 それじゃあつまり!!?」
「デュエルを感じた瞬間、まずい空気の流れだとは感じたが。
 まさか本当に本気だとはのぅ……」
 リューゲルは沈んだ声で、はっきりと正体を暴いた。

「――斗賀乃は翼を殺す意思を持って、デュエルをしておる」

「そんな!!?」
「……………」
 翼はその意図を改めて聞いても、違和感は湧き上がらなかった。
 その肌身に嫌な感触が、ひしひしと伝わっていた。
 頭ではなく、既に心でその対立意識を理解していた。
 だが、斗賀乃がそんなことを狙う理由が分からなかった。
「先生はどうして俺にこんなことをしようとしているの?」
 集まる視線に斗賀乃は動じていない。
 ゆっくりと、口を開いた。
「君が私と並ぶべき魂の器に選ばれたからですよ」
 意味の通じない言葉。
 斗賀乃はさらに続けた。
「つまり、君が私と並ぶ素質があるか見極めなくてはならない。
 そのために君の闘争心を引き出し、試してきました。
 ですが、君にその素質がないとしても、私は構いません。
 そのときは、君を相応しくない器として、打ち砕くだけです。
 そうすれば行き場を失った魂は、また違う者に継がれるでしょう」

 器と魂。相応しいかどうか。

「トルガノ、そしてクルシェロ……。
 なるほど、太古遥か昔の、狭間の世界の二人の大魔導士。
 あらゆる歴史の中で最も精霊に通じ、自在に操った者。
 その魂が今の二人に宿っているということか……」
 リューゲルだけは納得したようだった。
 
「そんなことのために翼を痛めつけるなんて!!
 意味が分からないよ!
 翼はただデュエル・スターになりたくて、アカデミアに来ただけ。
 誰かをデュエルで楽しませて、勇気付けられる強さに憧れたから。
 それなのにそんなことに巻き込まれて、命を狙われるなんて!」
「俺は大丈夫」
 翼は冷静に、感情的になる明菜を止めた。
「俺は絶対に負けないから」
 その言葉に静かな怒りが滲んでいた。
「最初から先生のことが気に食わないと思ってた。
 でも、どうして嫌なのか分からなかった。
 単に俺に何かと付きまとうから嫌なのかと思ってた。
 けど、それは違う。今なら分かる。
 先生は目の前の人の気持ちを考えていないんだ!
 自分の目的のことしか考えていない!
 だから、俺はずっと先生が許せなかったんだ!」
「それが、何か?
 大いなる力の前では、気持ちなど些細なものです。
 それを汲む必要などありませんね」
「違う!
 俺は誰かの気持ちを踏みにじろうとする奴を許せない!
 みんなたくさん悩んで、そしてやっと前向きに生きようとしてるのに!
 それを無視して、力で捻じ伏せようとする。
 俺はそんな理不尽な力を許さない!!」
「『許さない』から、どうするというのです?
 現にそんな理不尽は、いくらでも存在しています。
 例えば君たちから両親を奪った災厄のように。
 そして君の目の前にも、君の命を奪おうとする力があります。
 それを君はどうするというのです」
「俺は立ち向かってみせる。
 そんな力が通用しないって、示してみせる!」
「ならば、最低限このデュエルで生き残ることですね。
 もっとも、君に負けるつもりはありませんが」

 翼は抵抗するように、リバースに手を伸ばした。
「負けるもんか! 俺はリバースを発動する!
 《ダメージ・ゲート》!!
 今受けたダメージ以下のモンスターを墓地から蘇生する!
 俺はルスキニアを守備表示で復活させるよ!」

《ダメージ・ゲート》
通常罠
自分が戦闘ダメージを受けた時に発動する事ができる。
その時に受けたダメージの数値以下の攻撃力を持つ
モンスター1体を自分の墓地からフィールド上に特殊召喚する。

「ふむ。なら、私は《超再生能力》を発動しましょう。
 捨てられるか、生け贄に捧げられたドラゴンの数だけ、最後にドローします。
 《トレード・イン》で手札から捨てた《トライホーン・ドラゴン》、
 そして、2体分の生け贄となった《ミンゲイドラゴン》、すなわち3枚のドローです。

《超再生能力》
速攻魔法
エンドフェイズ時、自分がこのターン中に
手札から捨てた、または生け贄に捧げた
ドラゴン族モンスター1体につき、デッキからカードを1枚ドローする。

 ドローに比重を置き、デッキを循環させる上手さは変わらない。
 攻めにも守りにも、斗賀乃に隙を見出すのは難しい。
「リバースを2枚セットして、ターンを終了します。
 そして、エンド時に3枚ドロー」

LP1500
モンスターゾーン
《命鳥ルスキニア》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
3枚
斗賀乃
LP5300
モンスターゾーン
《タイラント・ドラゴン》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
4枚

「俺のターン、ドロー!!」
 だが、翼の気迫は増していた。
「俺はルスキニアを生け贄に捧げて、その効果を発動!
 デッキから《聖鳥クレイン》を特殊召喚!
 そして、その効果でカードを1枚ドロー!」

《命鳥ルスキニア》
効果モンスター 星3/火属性/鳥獣族/攻500/守400
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生贄に捧げる事で、
自分のデッキまたは墓地からレベル4以下の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果により「命鳥ルスキニア」を特殊召喚することはできない。

《聖鳥クレイン》
効果モンスター 星4/光属性/鳥獣族/攻1600/守400
このカードが特殊召喚した時、このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。

 斗賀乃の余裕を突き崩そうと、前に進む意思。
 その意思に導かれるように、鳥達が舞う。
「さらに《儀式の準備》を発動する!
 デッキから手札に加える儀式モンスターは、《輝鳥-テラ・ストルティオ》!
 そして、墓地からは儀式魔法《輝鳥現界》を回収するよ!」

《儀式の準備》
通常魔法
自分のデッキからレベル7以下の儀式モンスター1体を手札に加える。
その後、自分の墓地から儀式魔法カード1枚を手札に加える事ができる。

「儀式魔法《輝鳥現界》発動!
 フィールドからクレインを、デッキからピクスを生け贄に捧げる!
 いくよ! 《輝鳥-テラ・ストルティオ》!!
 そして、その儀式召喚時の効果発動!
 『ルーラー・オブ・ジ・アース』!」

《輝鳥-テラ・ストルティオ》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、自分の墓地の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。

 大地から岩の柱が突き出し、光を放ちながら割れる。
「墓地から《輝鳥-アクア・キグナス》を蘇生するよ!」

「さらに俺は《祝宴》を発動! カードを2枚ドローする!」

《祝宴》
速攻魔法
フィールド上に表側表示の儀式モンスターが
存在するときのみ発動することができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「まだだ! 《契約の履行》を発動するよ!
 ライフを800ポイント支払うことで、儀式モンスターを復活!
 俺が選ぶのは――」

《契約の履行》
装備魔法
800ライフポイントを払う。
自分の墓地から儀式モンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターをゲームから除外する。

翼のLP:1500→700

「――来い! 《輝鳥-アエル・アクイラ》!!」
 3体の輝鳥が、一瞬にして立ち並ぶ。
「すごいのぅ……! 風が少年に流れているのが分かる。
 すべて攻撃表示の輝鳥。
 このまま一気に攻め込むつもりじゃな」

「バトル!! アクイラで攻撃だ!
 『シャイニング・トルネードビーク』!!」

 再戦。敵わなかった相手にもう一度向かっていく。
 攻撃力が劣っているにも関わらず、アクイラは躊躇しなかった。
 そこに信頼があった。主人が必ず支援してくれるという信頼が。
「手札より速攻魔法《突進》を発動!
 アクイラの攻撃力を700ポイントアップ!
 これで《タイラント・ドラゴン》を上回った!」

《突進》
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は
エンドフェイズ時まで700ポイントアップする。

《輝鳥-アエル・アクイラ》ATK2500→3200

 斗賀乃の作り出した流れを、そのまま自分の力に変換するように。
 アクイラの攻撃は鋭さを増し、立ちはだかる巨体を撃ち破った。

斗賀乃のLP:5300→5000

「あと5000!
 これなら残りの輝鳥の攻撃で削れる!
 翼!! あと一息!」
「追撃だ!! キグナス! ストルティオ!
 『シャイニング・スプリットウイング』!!
 『シャイニング・クエイクレッグ』!!」
 翼の声に続き、輝鳥たちが攻撃を仕掛ける。
 空を切り裂いて、水の飛沫が打ちつけられる。
 地鳴りを伴いながら、ストルティオが疾走する。

「届きませんよ。リバースオープン!」

 斗賀乃がカードを開くと、小さなモンスターが現れ、攻撃を遮った。

「《スケープ・ゴート》を発動しました。
 4体の身代わり羊を召喚します。
 2体はやられますが、私には届きませんね」

《スケープ・ゴート》
速攻魔法
このカードを発動するターン、自分は召喚・反転召喚・特殊召喚する事はできない。
自分フィールド上に「羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)
4体を守備表示で特殊召喚する。
このトークンは生け贄召喚のための生け贄にすることはできない。

 やはり決められない。
 だが、翼にはまだ手がある。
 そして、今なら相手がどんな手を使って来ても迎撃できる。
 その確信があった。湧き上がる自信があった。
「俺はリバースを2枚セットして、ターンを終了する!」

「私のターンですね、ドロー」
 目の前には3体の最上級モンスター。
 圧倒的不利のはず。
 だが、斗賀乃にそれを脅威と感じる様子はまったくない。
 目の前の相手よりも、斗賀乃は手札を見ていた。
 そして、確信めいたように、リバースに手をかけた。
「リバースを発動。《無謀な欲張り》。
 カードを2枚ドローします。
 そして、私は以後ドローを2度スキップします」

《無謀な欲張り》
通常罠
カードを2枚ドローし、以後自分のドローフェイズを2回スキップする。

「《無謀な欲張り》?!!
 そこまでして手札強化を!
 何を、何を狙って……」
 ここでドローを急ぐ意味。
 翼は必死で相手の戦術を読みきろうとする。
 そこに飛び込んできたのは、――斗賀乃の笑み。
「やれやれ。慣れないデッキで思い通りの展開はできませんでしたが、
 ようやく必要なカードが揃ってくれたようですね」
 思い通りのカードを引けたというのか。
「私は《デビルズ・サンクチュアリ》を発動します」

《デビルズ・サンクチュアリ》
通常魔法
「メタルデビル・トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を
自分のフィールド上に1体特殊召喚する。
このトークンは攻撃をする事ができない。
「メタルデビル・トークン」の戦闘によるコントローラーへの超過ダメージは、
かわりに相手プレイヤーが受ける。
自分のスタンバイフェイズ毎に1000ライフポイントを払う。
払わなければ、「メタルデビル・トークン」を破壊する。

「さらに生け贄に捧げ、《エメラルド・ドラゴン》を召喚します」

《エメラルド・ドラゴン》
通常モンスター 星6/風属性/ドラゴン族/攻2400/守1400
エメラルドを喰らうドラゴン。
その美しい姿にひかれて命を落とす者は後を絶たない。

 透き通った碧色の硬質なボディの美しきドラゴン。
 しかし、目の前の輝鳥3体の前には及ばない。
 そのドラゴンを、なぜ敢えて今、生け贄召喚したのか。
「まさか! 斗賀乃先生の狙いは!?
 墓地のドラゴン族は4体!
 そして、今の場に出たドラゴンで5体目!
 狙ってるのは、もしかして!!」
 明菜の不安を裏付けするように、斗賀乃は1枚のカードを手に取った。
「融合魔法発動! 《龍の鏡》!!」

《龍の鏡》
通常魔法
自分のフィールド上または墓地から、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 龍の力を封じ込めた、金色の鏡。
 それがとてつもなく禍々しいオーラを放っている。
「来なさい! 《F・G・D》(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)!!」
 鏡を突き破り、そのドラゴンは現れた。

《F・G・D》(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)
融合・効果モンスター
星12/闇属性/ドラゴン族/攻5000/守5000
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
このカードは地・水・炎・風・闇属性のモンスターとの戦闘によっては破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)

 あらゆる自然の驚異が集約されたドラゴン。
 あらゆる負の感情を凝縮させたドラゴン。
 そして、何もかもを捻じ伏せる理不尽な力の象徴。
 輝鳥たちを飲み込まんと、醜悪なドラゴンが立ち塞がる。
 天を覆う五つの魔頭、圧倒的な脅威。

「君が器に相応しくないのなら、これで十分でしょう。
 力に飲み込まれ、消え失せなさい。
 攻撃、『ディスオーダー・ストリーム』!!」

 翼の目の前に、恐るべき力の奔流が迫る。
 だが、翼は真っ直ぐに目の前を見据えて立っていた。
 そこに恐れはなかった。
 あるのは、立ち向かう強い意思だった。

「リバースカードをオープン!
 《リミット・リバース》!!
 俺は墓地から《命鳥ルスキニア》を特殊召喚する!」

《リミット・リバース》
永続罠
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

《命鳥ルスキニア》
効果モンスター 星3/火属性/鳥獣族/攻500/守500
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生け贄に捧げる事で、
自分のデッキまたは墓地から守備力400以下の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。

 炎が弾け、赤い小鳥が前に進み出る。
 圧倒的な力を前にして、この小鳥もまた翼のように怯まない。

「力の前に俺たちは何もできないかもしれない。
 だけど、だから俺たちはその手と気持ちを繋ぐんだ!
 そこにある強さを大事にして、何かを信じるんだ!!
 だから、そんな捻じ曲げるような力に俺たちは負けない!!!」

 翼は強い気持ちを込めて、渾身のリバースを解き放った。

「トラップカード発動!!
 《風林火山》!!
 俺のフィールドには、ストルティオ、キグナス、ルスキニア、アクイラ!
 地・水・炎・風のモンスターが揃っている!!
 その効果、『侵略の炎』を発動する!
 その《F・G・D》を含む斗賀乃先生のモンスターをすべて破壊する!!!」

《風林火山》
通常罠
風・水・炎・地属性モンスターが全てフィールド上に
表側表示で存在する時に発動する事ができる。
次の効果から1つを選択して適用する。
●相手フィールド上モンスターを全て破壊する。
●相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
●相手の手札を2枚ランダムに捨てる。
●カードを2枚ドローする。

 地表からマグマが噴き出し、奔流を飲み込んだ。
 そのまま《F・G・D》さえ飲み込み、破壊した。
 フィールドに静寂が戻る。
 ――しかし、なぜか不穏な空気は拭えないまま。

「フフ、見事です。
 エレメントをここまで自在に操り、撃破してくれるとは。
 入学当初はとても頼りなく見えたのですが、成長したようですね。
 嬉しい限りです。そうではなくては困ります」

 斗賀乃は翼を賞賛した。
 だが、誰もがその言葉を素直に受け取れない。
 まだ斗賀乃の手札は4枚ある。
 
 そして、翼の疑問も尽きなかった。
 このデュエルの最初から分からなかった。
 なぜあのペガサスのデッキでなく、このドラゴンのデッキなのか。
 見たところ、斗賀乃にしては不慣れな手もちらほら目立つ。
 《F・G・D》で自分の原初の恐怖を呼び起こしたかったのか。
 なら、的外れでしかない。その恐怖はもう乗り越えた。
 まだ何か手を秘めているのだろうか。
 あの斗賀乃がこのまま引き下がるとは思えない。

「私はカードを2枚伏せて、ターンを終了しましょう」

「俺のターン、ドロー……」
 嫌な予感が振り切れない。
 ここからの攻撃が通るとも思えない。
 圧倒的優位に立っているはず。
 だが、この不安感は何だ。
「俺はルスキニアを生け贄に捧げて、その効果を発動する!
 墓地からクレインを特殊召喚! そして、1枚ドロー!」

 恐れてもリバースは減らない。
 今の自分にできるのは攻撃だけ。
「俺はアクイラでダイレクトアタックする!
 『シャイニング・トルネードビーク』!!」
 攻撃の指示をした瞬間に、斗賀乃はリバースを開いた。
「トラップカード、《ホーリーライフバリアー》を発動します。
 手札1枚を墓地に送り、このターン一切のダメージを防ぎます」

《ホーリーライフバリアー》
通常罠
手札を1枚捨てる。
このカードを発動したターン、相手から受ける全てのダメージを0にする。

 やはり通らない。
 だが、ここまでして守ってくるからには何かがある。
 《無謀な欲張り》でドローは封じられているはず。
 なら、その手にもう準備が整っているというのだろうか。
「俺はカードを1枚セットして、ターンを終了する!」

LP700
モンスターゾーン
《輝鳥-テラ・ストルティオ》、《輝鳥-アクア・キグナス》、
《輝鳥-アエル・アクイラ》、《聖鳥クレイン》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
1枚
斗賀乃
LP5000
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
2枚

「私のターンですね、ドロー……はできませんね。
 ですが、期は熟しました。
 今こそ、君に最大の試練を課しましょう!!」

「リバースオープン! 《異次元からの帰還》!!
 ライフを半分支払い、除外モンスターを好きなだけ帰還させます。
 私が帰還させるのは、《龍の鏡》で除外した5体!
 《ボマー・ドラゴン》、《ブリザード・ドラゴン》、《タイラント・ドラゴン》、
 《トライホーン・ドラゴン》、《エメラルド・ドラゴン》です!」

斗賀乃のLP:5000→2500

《異次元からの帰還》
通常罠
ライフポイントを半分払う。
ゲームから除外されている自分のモンスターを
可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する。
エンドフェイズ時、この効果によって特殊召喚されたモンスターを
全てゲームから除外する。

 まだ、5000もライフがあるというのに、半分を支払う斗賀乃。
 そして、5体のモンスターが並ぶ。しかもすべてが攻撃表示。
 狙いはなんだ。
 属性はすべてバラバラ。
 《風林火山》? いや、もう伏せカードはない。
 まさかあのペガサスを呼び込むのか。
 そうだとしても、まだ食い止める手が翼にはある。
 それにドラゴンのデッキにする意味がない。
 だとすれば、一体……。
 その答えは、斗賀乃の手札にしかない。
 残るたった1枚の手札。
 そのカードを持つ、斗賀乃の手は震えていた。
 何かの力が飛び出しそうになるかのように。
 待ちきれないと言わんばかりに。

「ようやくですね。
 今こそ、我が夢幻魔迅(ドリーミィ・パワード)の力を集約したこのカードを使うとき!!」

 天にかざしたそのカード。
 雷が、翼と斗賀乃の間に落ちた。
 空を見上げれば、いつの間にか暗雲が立ち込めている。
 風が得体の知れない力に巻き込まれ、強く吹き抜ける。
「一体、何が! 何が起ころうとしているんだ!!」
「私は場の5つの属性、闇・地・水・炎・風のモンスターを生け贄に捧げます!」
 渦巻く風にドラゴンたちは巻き込まれ、魂だけに純化され暗雲に取り込まれた。
 そして、漆黒の雲が、鼓動する。
 違う。既に雲の中に何かがいる。
 この威圧感をもたらすものの正体は何だ。
「これが絶対たる力。本当に逆らえない力。
 そして、君にいつも立ち塞がってきた理不尽なる力の象徴」
 
 斗賀乃は告げる。

「《邪龍復活の儀式》を発動!!
 来たれ!! 完全たる《F・G・D》(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)!!!」

 黒い雲が突き破られ、あの禍々しい魔龍が再臨する。
 だが、前回とは比べ物にならないプレッシャー。
 漆黒の魔力がにじみ、空さえ大気さえ暗く染め変える。
 そして、視界をその影響力が埋め尽くしたとき。
 ――大地が裂けた。
 マグマが噴き出し、舞い上がる。
 それを旋風が刺すように運び、翼のモンスターへと降り注ぐ。
 鳥たちは逃げる時間さえ与えられず、姿を消した。
「こ、これは一体……」
「このカードの効果です。
 この魔法の発動に成功したとき、相手の場のカードすべてを破壊します」
「そんな!!」
 そして、翼のリバースにもその魔の侵食は迫る。
「させない!!
 《イタクァの暴風》を発動!!
 その《F・G・D》の表示形式を変更する!
 これでそのモンスターは今は攻撃できない!!」

《イタクァの暴風》
通常罠
相手フィールド上に表側表示で存在する
全てのモンスターの表示形式を変更する。

 新たに翼が巻き起こした旋風が、《F・G・D》に迫る。
 翼の防御の要のカード、相手の猛攻を幾度となく退けたカード。
 その風は――漆黒の魔力の前に――塵と化した。
「なっ!!!」
「そして、これがこの《F・G・D》の完全となった力」

《邪龍復活の儀式》
通常魔法
自分フィールド上に存在する地属性モンスター、水属性モンスター、
炎属性モンスター、風属性モンスター、闇属性モンスターを
それぞれ1体ずつ生贄に捧げて発動する。
自分の墓地に存在する「F・G・D」を召喚条件を無視して特殊召喚する。
この特殊召喚に成功したとき、相手フィールド上に存在する全てのカードを破壊する。
このカードの効果で特殊召喚された「F・G・D」は
相手のあらゆるカードの効果を受けない。

「この蘇生の儀式で洗練された魂に、君のあらゆるカード効果は通用しません」

「そんな!!!」
 攻撃力5000、そしてカード効果が何も効かない。
 これが本当の理不尽な力。真なる脅威。
「バトル! 『ディスオーダー・ストリーム』!!」
 地水炎風の力が凝縮され、すべてを蹂躙する波動が放たれる。
 ダイレクトアタック。
 絶望が、翼を飲み込もうとする。
「ピクス!!」
 翼は叫んだ
 墓地が光り輝き、小鳥が躍り出る。
 黒い翼で、白い胸元を覆いこみ、魔力を弾けさせた。
 そこから優しい光が生まれ、翼を覆い囲み、守ろうとする。

《恵鳥ピクス》
効果モンスター 星3/光属性/鳥獣族/攻100/守50
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
このターン、コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

「なるほど、2度目の《輝鳥現界》で墓地に送っていましたね。
 ですが、そのカードだけで受け切れますかね?」
「何?! このカードは俺への戦闘ダメージの無効化。
 相手に及ぼす効果じゃないから、防げるはず!!」
「そういう意味で、警告しているのではないですよ。
 見極めなさい。完全たる《F・G・D》の攻撃と、そのピクスの守りの壁の差を」
 攻撃は衝突した。いつもなら相手の攻撃はこれでかき消えるはず。
 だが、違う。この攻撃は止まらない。
 それどころかこの守りの壁を突き破ろうとしている。
「これは、まさか!!」
「《F・G・D》の存在は昇華され、その攻撃は幻影ではなく現象!
 君は物理的にこの攻撃を受けていることになります。
 つまり――」
 
「――ちゃんと受け止めないと、そのカードと一緒に絶命しますよ」




第34話 未来と希望への飛翔



 翼は《恵鳥ピクス》のカードを墓地から取り出した。
 右手の平にカードを納めて、攻撃に向けて掲げた。
 ディスクをつけた左手で、右手をしっかり掴んだ。
 渾身の力を込めて。
 かき集められる大気中の力を集めた。
 体に触れる空気という空気に意識を巡らせ、一粒も逃さないように。

 目の前でぶつかり合う白い光と黒い光。
 火花が飛び散るように、対立する力がさんざめく。
 最初に打ち砕かれたときは、幼すぎて何も分からなかった。
 誰かに守ってもらうだけで、何かを守ることさえ目指せずに。
 次に打ち砕かれたときは、力の意味を知ることができなかった。
 唐突に振りかざされた悪意の力に、身構えることさえできずに。

 でも、今なら分かる。
 力の意味に向き合わされた今なら。
 もっと未来に進みたいと思える今なら。
 果たさなければならないことがある今なら。
 このカードを守るためのやり方が分かる

 カードを握って、力を伝えること。
 翼は本能的に、そのやり方を選んだ。
 斗賀乃の戦い方は、翼に力の流れを教えていた。
 《F・G・D》が帯びている漆黒の魔力。
 それは間違いなく斗賀乃自身の力を込めたもの。
 翼と同じ原理の、精霊の力を霧散させる性質のもの。
 それに対抗するための力は、翼自身にしかない。
 だから、翼は今ありったけの力を込めている。
 そして、空気から力を手繰り寄せて、対抗している。
 心が、その手段を、眠る悠久の魂から呼び起こさせていた。

 もう目の前で、どんな精霊も二度と失いたくない。
 この力で守れる限り、守りたい。
 精霊はデュエリストに引き寄せられて宿る。
 その期待を絶対に裏切りたくない
 今は一つの気も抜かない。
 この力を賭して、あの攻撃から守ってみせる。

 翼を覆う柔らかな光は大きくなっていった。
 柔らかく確かに息づく、優しい光。
 どんな力を使ったとしても、立ち入れない聖域。
 ピクスの放つ光を、翼が昇華させた。
 やがて、暴力の波動は途絶えた。
 翼もピクスも無事なまま。
 ――あの攻撃を、耐え切った。

「よくぞ、耐え抜きましたね。
 ここで精霊の一つでも撃ち抜いて、君の打ちひしがれる姿も見たかったのですが」
「そんなことさせない!!!
 俺は俺の精霊を失わせたりなんてしない!
 俺の意識の続く限り、全部を込めて守り抜いてみせる!!」
「その意気です。
 私にはもう手札がありません。
 ターンを終了しましょう。
 ですが、この完全たる《F・G・D》は今ここにいます。
 攻撃はまだまだ続きますよ」

「俺のターン、ドロー!!」

LP700
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
2枚
斗賀乃
LP2500
モンスターゾーン
完全たる《F・G・D》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
なし

 翼の場には何もなかった。
 あるのは手札の2枚のカードだけ
 立ち止まってもデッキは応えてくれない。

 翼は成すべきことを知っていた。
 ――いや、学んでいた。
 これまで何度も後悔してきた翼。
 力の及ばなさに、歯を食いしばってきた翼。
 その悔しさに焼け焦がれた心は、負ける道をもう辿らない。
 勝つために必要なこと。可能性を目指すこと。
 その手段にまっすぐに向かっていた。

「俺は《貪欲な壺》を発動するよ!
 俺が戻すのは、アクイラ、ノクトゥア、ルスキニア、アイビス、ストルティオの5体!
 そして、カードを2枚ドローする」

《貪欲な壺》
通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 一歩でも多く前に進むんだ。
 そうすれば、一つでも多くの可能性が見つけられる。

 いつも思えば、自分はそうして自分を新しくしてきた。
 自分から踏み出さなければ、前向きになれなかった。
 立ち止まっていれば、気分は塞ぐばかりだった。
 手を伸ばさなくてはいけない。
 そして、いつも通り、前に進むんだ。

「俺は《英鳥ノクトゥア》を召喚する!
 そして、その効果で《輝鳥現界》を手札に加える!」

《英鳥ノクトゥア》
効果モンスター 星3/風属性/鳥獣族/攻800/守400
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついた
カード1枚を選択して手札に加える。

 目の前に立ちはだかる圧倒的な力。
 それを恐れていても、デッキは回らない。
 新しいカードを1枚でも手に入れるために。
 立ち向かわなくてはいけない。
「儀式魔法《輝鳥現界》を発動するよ!
 場からノクトゥアを、デッキからアイビスを生け贄に捧げ――」

《輝鳥現界》
儀式魔法 「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

 いつも傍にいて、見守ってくれた大いなる風の運び手。
 父さんと母さんがこの手に残してくれた、天空へ羽ばたく雄大な翼。
 ずっと飛び上がってみたかった。
 押さえつけてくる理不尽な力を跳ね除けて。
 今ならそれができる気がする。
 いや、それができることを証明してみせる。
 今度こそ、お前と一緒に理不尽な力を打ち倒してみせる。
「来い!! 《輝鳥-アエル・アクイラ》!!!」
 旋風が巻き起こり、アクイラが高く鳴き声を上げる。
 その翼を一心に広げ、《F・G・D》を威嚇する。
 その爪を大地に食い込ませ、今にも飛び掛るような姿勢。
 翼とアクイラは同じ気持ちだった。
 一歩も引かずに、あのドラゴンを倒してみせる。
 攻撃表示。あくまでも闘い抜く。

《輝鳥-アエル・アクイラ》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「風」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

「儀式の生け贄になったアイビスの効果!
 カードを1枚ドローする!」

《霊鳥アイビス》
効果モンスター 星4/水属性/鳥獣族/攻1700/守900
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、 自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「俺はカードを2枚伏せて、ターンを終了する!」
 今はまだ倒せない。だが、翼はあくまで強気の姿勢を崩さなかった。

「私のターン、ドローはスキップされます。
 すぐさまバトルフェイズに移行!」

 防げるカードは限られている。
 どんな効果もこのモンスターには効かない。
 ライフを増幅させても、その攻撃力の前には無力。
 そのはずなのに。
 翼も、そしてモンスターも一歩も引く気はない。
「この攻撃は通らないのですね。
 その真っ直ぐな姿勢と、迷いのない瞳で分かります」
 斗賀乃は形勢を悟りつつ、手を振りかざす。

「行きますよ! 《F・G・D》の攻撃!
 『ディスオーダー・ストリーム』!!」
 もう一度放たれるすべてを薙ぎ払う波動。
 翼はその攻撃に、1枚のカードをかざした。

「俺は速攻魔法《希望の羽根》を発動する!!
 墓地のクレインを除外して、バトルフェイズを中断させる!
 そして、デッキからカードを1枚ドロー!」

《希望の羽根》
速攻魔法
自分の墓地に存在する光属性・鳥獣族モンスター1体を
ゲームから除外して、発動する。
このターンのバトルフェイズを終了させ、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 輝く羽根が舞い、闘いを鎮めた。
 そして、翼の未来へと新たなカードを託す。

「あくまで耐え抜くつもりですね。
 いいでしょう。ターンを終了します。
 ですが、次からは私のドローが復活します。
 その防戦一方では持ちこたえられませんよ」
「これは防戦なんかじゃない!
 次に繋げるための一手だ!」
「この《F・G・D》を前にしても、攻め抜いてみせると」
「ああ! 打ち倒してみせる!
 俺はこの精霊のために、ウロボロスを倒すために諦めたりなんかしない!!」

「――皮肉なものじゃな」
「皮肉?」
「斗賀乃は絶対の力をその手に従えておる。
 じゃが、そこに一切の未知の可能性はないのじゃ。
 そして、翼には共に闘ってきた精霊だけ。
 しかし、未知の可能性に満ちておる。
 今《希望の羽根》で手にした1枚のカード。
 今その場にある秘められしカード。
 これからデッキから手にする1枚のカード。
 未知の何かが、この絶対さえ乗り越える。
 斗賀乃は最初から、その強さを見たかったのかもしれん」
「そうかもしれない。
 あたしも翼が勝てるかどうかの不安を感じない。
 それよりも知らないカードの正体が気になる。
 翼の方が、きっとずっと前に進む力を持ってる!」

「俺のターン、ドロー!!」
 引いたカードを見て、翼はアクイラを見上げた。
 アクイラは頷いた。魔力を蓄え、羽ばたきだす。

「今、翼、笑ったよね?
 翼は絶対に顔に出るから、この勝負はやっぱり!!」
「あの最恐のドラゴンを相手に立ち向かえるとはな。
 あの少年もやはり魂を継ぐ者。只者ではないのぅ」
「違うよ。魂とか只者でないとか、そんなのじゃない。
 そんなのは、どっちだっていいんだよ。
 翼は翼だよ。あんな奪うような理不尽な力が許せない、それだけ。
 でも、その誰かを守ろうと立ち向かっているとき、その翼が一番強いんだ!」
 孤児院で子供たちを守り抜こうとした翼。
 しかし、守り切れなかった翼。
 だが、今は違う。もう恐れなど抱いていない。
 あるのは、ただ一心に立ち向かう意志。
 おぞましい逆風にも負けない、透き通った力強い風。
「翼!! いっけーー!!!」
 明菜の声援に翼は頷いた。そして、1枚のカードをかざした。
「俺は速攻魔法《蒼炎の洗礼》を発動する!!
 このカードは墓地の儀式モンスターと儀式魔法を除外して、
 フィールドの儀式モンスターに力を与えるカード!」

《蒼炎の洗礼》
速攻魔法
自分の墓地に存在する儀式モンスター1体と
そのカードに記されている儀式魔法1枚をゲームから除外して発動する。
エンドフェイズ時まで自分フィールド上に表側表示で存在する
儀式モンスター1体の攻撃力はこのカードの発動時にゲームから除外した
儀式モンスターの攻撃力分アップする。

「俺は《輝鳥-テラ・ストルティオ》と《輝鳥現界》を墓地から除外!
 そして、ストルティオの攻撃力だけ、アクイラの攻撃力をアップ!!」
 蒼い炎がアクイラを包み込み、その魂は洗練される。
 新たに大地の力を得て、アクイラは大空へと飛翔する。

《輝鳥-アエル・アクイラ》ATK2500→5000

「なんと!! この《F・G・D》と並んだ!
 ですが、まだですよ。
 《F・G・D》は地・水・炎・風・闇のモンスターの戦闘では破壊されません。
 そのモンスターは風属性を帯びています。
 そのエレメントでこのモンスターを倒すことはできません!」
「そうだね。だから、俺の力がある!
 エレメントを研ぎ澄ます俺の力が!!」

「装備魔法! 《幻惑の巻物》!
 このカードでアクイラのエレメントを上書きする!!
 俺が選択するのは、光属性だ!!」

《幻惑の巻物》
装備魔法
装備モンスター1体の属性を、自分が選択した属性に変える。 

 アクイラの放つ光は、優しい白い光へと収束していく。
 漆黒の闇を貫く純白の光。
 旋風が巻き起こる。そして、大地の石片を巻き込んでいく。

「これで終わらせる!!
 『リアルシャイニング・トルネードガイアビーク』!!!」
 凄まじい切り裂きの竜巻。
 大地の怒りの牙を巻き込み、力強く轟く。
 そして、それを純白の刃が駆け抜ける。
 アクイラが体を回転させ、真空を発生させる。
 そのクチバシで、何もかもを貫く回転数と速さで突撃した。
 闇の魔力と悪意で固めた鱗を打ち砕き、アクイラは《F・G・D》を打ち破った。
 そして、力を使い果たし、光に還り――。

「リバースカード、オープン!!
 《奇跡の残照》!
 このターン戦闘で破壊されたモンスターを復活させる!
 戻ってこい! 《輝鳥-アエル・アクイラ》!!!」

《奇跡の残照》
通常罠
このターン戦闘によって破壊され自分の墓地へ送られた
モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。 

 その絆で引き寄せられ、アクイラは再び飛翔する。

「最後の一撃だ! ダイレクトアタック!!
 『シャイニング・トルネードビーク』!!」

 渾身の一撃は斗賀乃へと達した。
 このデュエルの終わり。

斗賀乃のLP:2500→0


 ずっと必死だった翼は息切れをしていた。
 その翼をずっと観察していた斗賀乃。
 決闘が終わっても、その緊張感は残ったまま。
「なるほど、よくぞ受け止めましたね。
 君が何のために力を研ぎ澄ますのか、分かった気がします」
 斗賀乃は感心したように、語りかけた。
「君は喪失への恐怖感を人の数倍持っています。
 そして、略奪者への強い怒りがあります。
 だから、私の理不尽な力に立ち向かう今の君はとても強い」
 斗賀乃は翼を値踏みするように、目を細めた。
「もっと強い力で試せば、より力を研ぎ澄ましてくれますかね?」
「ふざけるな!!」
 翼は怒り、叫んだ。
「先生には俺が力をどう使おうとしてるか、分かるかもしれない。
 けど、俺には先生が何のために力を使おうとしてるか分からない!
 すぐそこにウロボロスがいて、みんなを脅かそうとしているのに!
 どうして先生は横に立って、見物してるだけなんだ!
 そんなに力があるのに、どうして使おうとしない!!」
「簡単なことですよ」
 翼の激昂にも動じず、斗賀乃は平然と答える。
「私はウロボロスの在り方にも、賛同しているからです」
「なっ!!
 それじゃあ、斗賀乃先生はウロボロスの味方??」
「そういうわけではないです。
 私は誰の味方でも、誰の敵でもありません。
 単にウロボロスに共感できる。
 だから、自ら手を下したくない。
 それだけです」
「共感って……」
 翼の中に、エルから伝えられた記憶が思い浮かんだ。
 どこか疲れきっているが、優しさのあるウロボロス。
 けれど、今のウロボロスとはまるで違う気がした。
 斗賀乃は今のウロボロスに共感している、それが理解できない。
「自分の目的のために精霊を利用する。
 確かな力だけを信じる。他人を頼らない。
 相対主義の成れの果て。すべきことでなく、やりたいことのみを行う。
 長い闘いの果ての荒廃した心象風景。
 私とウロボロスに見えるものは、なかなか似ていると思います。
 君には分からなくてもいいことですがね」
 翼はあまり理解できなかった。
 それでも、その斗賀乃の感傷的な言葉に、疑問を飲み込んだ。
 だが、もう一つだけ教えてもらわなくてはいけないことがある。
「じゃあ、俺にこんな試練を課そうとする理由は?」
 斗賀乃はその質問に、軽くため息をついたようだった。
「私は既にほとんど話しているはずですよ」
「そんなことない!」
「いいえ。君がウロボロスの基地に乗り込むときに伝えています。
 君は私と同じ能力を持つ者。同じ力を持つ魂が宿る者なのです。
 その能力とうまく付き合い、十分に生かしてほしい。
 それだけですよ」
「じゃあ、どうして俺を命がけで試そうなんて!!」
「私は君自身には無関心なのですよ。
 そして、クルシェロの魂を受け継いだ者に興味があるだけです。
 遥か古代、狭間の次元の覇王に仕える2人の宮廷魔術師がいました。
 その技術は、人間に龍の鱗と悪魔の牙を移植し、究極の生命体を造れるほど。
 その名はトルガノとクルシェロ。
 私はトルガノの魂を継いだ。そして、クルシェロの魂を継いだのは君。
 そして、受け継いだからには、それに恥じぬ力と心を。
 それを試させてもらっただけです」
「そんなことを言われても……」
「そうですね。明菜さんの言う通り、関係ないと思いますよ」
 斗賀乃はあっさりと言った。
「君には様々な因縁がまとわりついているとしても、君は君です。
 その指先に意志を通わせるのは、君だけです。
 どんなときでも君を動かすのは、結局は君の意志だけです。
 でも、翼くんならその力とうまく付き合っていけそうですね」
 斗賀乃は少しだけ微笑んだ。
 翼を認めるように。
「私は結構見直しましたよ。
 自分の心の中の恐怖の獣にも脅えていた最初の頃。
 そのときは君をいつ打ち砕こうか探るばかりでしたが。
 魂は早く打ち砕いて、違う宿り場所を探した方が合理的ですしね。
 ですが、その心配も君と闘う度に、薄らいでいったんです。
 君なら私たちと違って、力の意味をうまく見出せそうです。
 その真っ直ぐな意志を忘れないでください。
 君の可能性をうまく広げられますように」
「斗賀乃先生……」
 その意外な姿に戸惑いながら。
 翼は力強く頷いた。


「さて、君はウロボロスを倒さなくてはなりませんね。
 もう覚悟はできてますか?」
「できてるよ! 先生に呼ばれる前からね!」
「ふふ、君ならそう強がると思っていました。
 さて、もう一度私たちへの世界への扉を開いて、ウロボロスを呼ぶことになります。
 同時に翼くん以外はあちらの世界に行きます。
 君を一人にして、自分を守りやすくするのです。
 転送にはこのカードがちょうどいいでしょう」

 斗賀乃は1枚のカードを取り出した。

《強制転移》
通常魔法
お互いに自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、
そのモンスターのコントロールを入れ替える。
そのモンスターはこのターン表示形式を変更する事はできない。

「強いエナジーをぶつけて、私たちの世界とこの世界の門を開きます。
 そして、この魔力を結集した《強制転移》でウロボロスを呼び込み、
 同時に私たちを元の世界に転送し、決闘です。
 精霊同士のいがみ合いでは勝負が付きませんからね。
 ウロボロスの攻撃手段を断ち切る願いを込めて、デュエルをするのです」
 翼は《強制転移》のカードを手にした。
 胸の鼓動が高鳴る。
 ついにウロボロスとの決戦。
 エルさんの願いを果たすとき。
 そして、あの理不尽な略奪を止める。
「早速、いきますか?」
 翼は迷わずに頷いた。
「うん! 俺は絶対にウロボロスに負けない!!」
「では……」
「待って!!」
 翼と斗賀乃を止めたのは、明菜だった。
「明菜……?」
 明菜は少し下に俯きながら、翼に打ち明けた。
「あたしも闘いたい。エルちゃんと約束したから。
 それにあたしだって、ウロボロスのことは許せない!
 でも、斗賀乃先生、それは難しいんだよね……」
「そうですね。翼くんが守る手が増えるほど、不利になってしまいます」
「だから、あたしの力も使ってほしい」
 明菜は腰のホルダーに手をかけてはずした。
 そして、翼にデッキを差し出した。
「翼のデッキは【輝鳥】。
 あたしの【ドラゴン・パーミッション】とはうまくかみ合わないかもしれない。
 でも何枚かでも、ううん、できるだけ多く使ってほしい。
 この世界で出会ったマギーたちも、捕らえられた聖夜竜もそれを願ってる。
 少しでもできることをしたいって。
 翼、使ってもらえるかな?」
「明菜……」
 翼は明菜のデッキを手に取った。
 触れると、温かみが伝わってきた。
 それはドラゴンたちの勇ましい息吹だ。
 無理をしてウロボロスについた明菜を心配した記憶。
 異世界で明菜と凄絶に闘ってきた記憶。
 そして、エルの願いを果たしたい気持ち。
 翼は込められた想いをかみしめて、明菜に言った。
「明菜、ありがとう。
 じゃあ俺、これ全部使うよ!」
「ありがとう……、って、ええええ!
 全部って、このデッキ全部!?
 翼、そんな無理しなくていいよ!
 それでデッキ回せる? 大丈夫?」
「大丈夫だよ。俺が明菜のデュエルを何度見てきたと思ってるんだよ。
 俺の【輝鳥】はサーチも豊富だし、何とかなる。
 それに明菜のドラゴン達が足を引っ張るもんか。
 こんなに強い気持ちで溢れているんだ!
 絶対に俺の力になってくれる!
 だから、全部使いたい! いいよな!
 俺の【輝鳥】と、明菜の【ドラゴン・パーミッション】。
 二つのデッキの力で、ウロボロスを倒してみせる!!」
 翼は自分のデッキに明菜のデッキを重ねて、シャッフルした。
 いつもの2倍分厚くなったデッキ。
 その厚い感触が、心強く思えた。
「うん! 絶対にウロボロスを倒して!!」
「ああ! 絶対に負けない!!」

「明菜」
 今度は翼が呼びかけた。
 明菜は少しだけ首をかしげた。
「これが終わったら、明葉を治す方法を一緒に探そう。
 あの基地になら、そしてエルさんならきっと何か知ってる」
 明菜の目が驚きのあまりに、見開いた。
 翼は、やっぱり気づいていた。
 自分が何を思っていたのかも、自分の本当の願いも。
 その勇ましく頼もしい姿に、胸は高鳴った。
 息が詰まるような感覚の中で、明菜はやっと返事をした。
「……うん、ありがとう」
 言葉を吐いて、ようやく少しだけ胸が楽になる。
「あたしも何かができる気がしてた。
 この戦いを通じて、いろんな可能性を見つけられた気がする。
 きっとあたしの願いも、もう一歩前に進めると思う。
 だから、翼も絶対に帰ってきて!」
「大丈夫。俺は負けないから」

「さて、それじゃあ門を開きましょうか。
 では、リューゲル師匠。
 開門をお願いします」
 斗賀乃に頼まれて、リューゲルは少し困惑気味に言った。
「それなんじゃが、一日待てないかのぅ。
 門を開くだけのエネルギーは、すぐには蓄えられなくてな。
 斗賀乃が二人を連れてくるのに使ったエナジーで手一杯なのじゃよ。
 じゃから、あと一日……」
 リューゲルのためらいを遮るように、明菜は翼に駆け寄った。
 そして、あのデッキからカードを1枚だけ抜き取った。
「なら、このカードの出番だよね!」
 明菜が取り出したのは、《シューティングレイ・ドラゴン》のカード。
「最後の波動弾、ここで使わせてもらうよ。
 あたしが撃つから、リューゲルさんはその調整をうまくしてね!」
「調整ならもう済んでおる。
 そなた達がここに来たときの魔法陣。
 そこで放てば、座標や転送軸は自動調整される。
 うまくやるんじゃぞ」
「そっか! じゃあ、すぐいけるね!!
 なら、翼。《強制転移》を構えて!」
 翼と明菜は魔法陣の中に入った。
 二人でカードを掲げる。
 顔を見合わせて、頷き合った。
「いくよ! 最後の『シューティングレイ・ブラスター』!!」
 光の波動弾が放たれて、空に大穴が開く。
 大穴の向こうに、みんなが見えたとき。
 翼が叫んだ。
「魔法発動! 《強制転移》!!!」
 明菜は目の前の世界がねじれるのを見た。
 あのウロボロスに、たった一人で立ち向かう翼。
 不安じゃないと言えば、嘘になる。
 でも、翼を信じるしかなかった。
 翼は絶対に帰ってくる。
 エルちゃんの願いもきっと果たされる。
 そして、明葉を救う方法を一緒に探そう。
 それ以外の未来なんて、考えられない。
 
 明菜は元の世界に戻った。
 あたりを見回した。
 そこには、斗賀乃も、そしてリューゲルまで居た。
 そして、ウロボロスはいなかった。
 まだ、少しだけ穴は開いていた。
 戸惑うみんなに、明菜は咄嗟に呼びかけた。
「みんな! 翼に力を貸して!!」
 その必死な声に、全員の注目が集まる。
「今、あたし達でウロボロスを異世界に転送したの!
 翼なら異世界で精霊の力を思う存分発揮して、ウロボロスと闘えるから。
 でも、翼はあの世界でたった一人。
 だから翼に、みんなの希望を託してほしい。
 デッキの中のカードを、空に掲げて!
 翼の力になるカードを、あの穴が閉じる前に届けて!!」
 戸惑いながら、全員はデッキを手に取った。
 そして、託したいカードを天にかざした。
 ウロボロスと闘いたい気持ちは一緒だった。
 そして、翼の力になりたい気持ちは一緒だった。

「《オネスト》、久白を支えてやってくれ。
 僕の天使の力で、ウロボロスの闇を打ち破って来い!」
「翼くんが返ってこないのは、明菜ちゃん絶対嫌だよね!
 僕も力を貸すよ! 明菜ちゃんを泣かしたら、異世界に行ってでもビンタだからね!」
「無茶なミッションを背負わされる役回りだな、翼も。
 俺のカードが合うかは分からんが、絶対に成功させて帰って来い」
「生徒が頑張ってるのに、教師であるワタシーが何もできないなんて悔しイーノ!
 だから、このアンティークギアが、せめて力になってくれナノーネ!」
「私も本当に加勢したいのですが、力不足のようですね。
 闇に染まったこの力ですが、役立てるなら使ってください」
「ああもう、陽向居さんにこんなに心配してもらえるなんて羨ましすぎる!
 憎いけど、ボクだって力を貸すからな! 勝手に受け取れ!!」

 天にカードが吸い込まれていき、穴が閉じようとする。
(わたしにも、協力させてほしい)
「エルさん!!」
 よろめきながら、エルは駆け寄り、カードを解き放った。
(ウルを止めて。そして、できるなら、ウルに光をもたらして――。
 ウルの物語だって、意味のない物語じゃないから。
 でも、それは無茶な望みなのかな。翼くん、頑張って!)
 そして、今度こそ穴は完全に閉じた。
 研究室に静寂が戻る。

 心配でいても立ってもいられないのは、みんな一緒だった。
 そんな中、リューゲルだけは必死で懐を探っていた。
「リューゲルさん……?」
 最初に取り出したのは、1枚のカード。《時の魔術師》
 すぐさま時計の体の精霊が現れ、何か呪文をつぶやく。
「そなた達、さっさと結果を知りたいか。
 それとも見守りたいか、どっちじゃ?」
 珍しく急いでいるように、リューゲルは問いかけた。
「見たいし、結果も知りたいし……。
 えと、どういうこと?」
「なるほど、さすが師匠です。
 そのお気遣いには感嘆させられるばかりです」
 リューゲルと明菜の間に、斗賀乃が割って入る。
「そなたの心無い賛嘆はいらん。
 さあ、選ばないのであれば、力を解除しようかのぅ」
「『時の流れのギャップ』ですよ。
 あちらの世界で2時間戦ったとしても、こちらで10秒しか経ちません。
 穴が空いている間は、遅い次元に合わせて、時間が拡散します。
 間髪入れずに時空魔法が発動しているから、今は大丈夫ですがね。
 翼くんのウロボロスとの闘いを見たいですか?
 見たいなら、時の力でこの部屋だけ時間を拡散させて、
 あちらと合わせることもできるんですよ」
「普段はこの力を逆用して、《古代の遠眼鏡》でこちらを覗いてるんじゃがな。
 それでは儂専用になってしまうからのぅ。
 これなら、全員で見れるじゃろう」
 リューゲルは《ホログラー》を召喚した。
 ランプの精のようなモンスターが浮かび、壁に向かって念じる。
「儂がこの一世一代の闘いを見たいから映すぞぃ。
 そなたらもよく目に焼き付けるがいい」
 そこに翼がウロボロスと対峙する姿が映る。
 声はもう届かない。
 だが、気持ちならカードが伝えてくれるはず。
 翼に希望を託して。
 最後の闘いを見守った。


 銃弾ならピクスの聖なる力で防いだ。
 悪霊ならアクイラの羽ばたきで押し返した。
 向こうの世界から声が聞こえて、カードが託される。
 翼は迷わずにデッキにカードを加えた。
 気持ちが込められたカードなら、絶対に力を貸してくれるはずだから。
「キリがないから、デュエルとな。
 そうだネェ。ワタシもそう思っていたところだ!
 翼ァ、君はずっと気に食わなかったのだよ。
 その瞳だ! 過酷の深みを湛えながら、なぜ澄んでいるか!
 打ち砕きたい苛立たしさがこみあげるネェ!」
「ウロボロス、俺は絶対に負けない! 
 精霊を苦しめて、心を踏みにじるお前を許さない!
 俺の精霊と、明菜のドラゴンと、みんなのカードでお前に勝つ!」

「「 デュエル!! 」」


翼 VS ウロボロス

 最後の決闘が、始まる。 






挿話 朽ち果てた物語




 ボクにとって、最も味わい深かった『心の闇』の話をしよう。
 ボクは彼と出会えたことに感謝してる。
 だって、そうでなきゃ、ボクはきっと飢え死にしていただろうからね。
 今の彼はどうしてるかな。
 きっと今でも光の届かない場所で暮らしてるんだろうね。
 彼は光が嫌いだから。

 宇宙から地球に降り立った最初の日、ボクはすごく弱っていた。
 『破滅の光』の禍々しい祝福を浴びて、力だけは有り余っていたんだ。
 でも、それをコントロールする術がなかった。
 だから、降り立った場所を汚染して、ある軍に目をつけられた。

 でも、その軍も運が悪かったね。
 磁気は完全に荒らされて、ヘリはすぐにコントロール不能。
 生き残りはたった一人。
 そんなのでボクを助けられるのかって、不安にも思ったよ。
 でも、あの状況で生き残っただけのことはあった。
 ううん、ボクと心の波長が合ったから、生き延びたのかな。
 生き残りはコブラ。
 彼は養子を失った悲しみに打ちひしがれていた。
 死に場所を求めるように、危険な任務に参加していた。
 目の前に危険があれば、『心の闇』に向き合う隙間もなくなるからね。
 その破滅的な影を帯びていたから、コブラはボクを救いあげて確保できたんだ。

 ボクはコブラにかくまわれた。
 そして、コブラはボクを軍から隠し通そうとした。
「あの場所では、何も見つからなかった」
 まぁ当たり前かな。ボクは可能性の塊、願望器のようなもの。
 軍がそれを利用しないはずはないからね。
 もちろんボクだって、大きな力に利用されるのは嫌だよ。

 でも、あの場所でボクを隠そうとするには限界があった。
 それにボクを復元する研究となると、もっと大きな施設が必要になる。
 この場所を離れて、新たな拠点を確保。
 でも、その前にね。コブラだけでは技術力が足りなかった。
 そこでもう一人を計画に加えることにした。
 それがこの話でボクが一番話したかった彼、――ウロボロスだよ。

 彼の『心の闇』は本当に混沌としていたよ。
 彼の胸の内を指でなぞる度に、ドキドキした。
 幼児期に彼はその家族ごと、虐待されていた。
 その果てに両親は衰弱して死に、彼は孤児院に引き取られた。
 その頃には彼はもう誰も信じないようになっていた。
 ただ、生き延びる力だけを求めて、頭角を示していったんだ。
 その力さえあれば成り上がれるのが、この軍だった。
 それ以外の目的もなく、力を蓄えるためだけに、彼は軍に入ったんだ。
 軍が現実的な知識と経験を一番蓄えられるって判断したから。
 彼はどんなものにも特別な価値を見出さない。
 彼はただ論理的に出来事を捉え、客観的に知識と経験を蓄えた。
 その中で、彼は疲労感を覚えたんだよ。
 残酷な現実を、残酷な手法でせめてまとめ上げるのが軍だからね。
 そこに大義名分とか達成感を見出さなければ、心は耐え切れないよ。
 でもね、ここからが彼の興味深いところなんだ。
 疲労感を覚えても、何にも頼ろうとしないんだ。
 彼には何も信じられないからね。
 寄る辺を見出そうとすらせず、心を混沌とさせていった。
 擦り切れた心は悲鳴をあげても、何も信じられない。
 だから、強くなることで傷をごまかした。
 この鬱屈して熟成された『心の闇』!
 たまらなかったなぁ!

 その徒労感に苛まれた彼だから、軍にも未練はなかったんだよ。
 ボクらが少し誘っただけで、積極的に軍から抜け出す準備を始めた。
 彼は同時に軍で学ぶことが、これ以上あまりないことを悟っていたんだね。
 彼には知識欲の満足で、その徒労感を紛らわしていたところもあったからね。
 常に未知に囲まれていた方がいいことを悟ったのかもしれない。
 だから、ボクという未知の存在を契機に、抜け出そうと思ったんだ。

 デュエルモンスターズの精霊の復元研究。
 そのために、デュエルの研究機関へと拠点を移した。
 教員として様々なカードに触れつつ、その神秘の再現を研究したんだ。
 でも、成果はあがらない。
 焦る二人は『心の闇』を深めていった。
 ボクは吸い上げて、生命を維持した。

 でも、少しだけ吸い過ぎたのかな。
 彼の『心の闇』の再生が鈍くなったんだよ。
 おかしいと思って、ボクは心を探った。
 混沌は中和されて、そこには秩序が芽生えつつあった。
 その影には、――女の存在が見えたんだよ。
 そのときは大いに失望したよ。
 こいつも情にほだされる、ただの人間だったのかってね。

 その女はね、彼に『物語』を教えたんだよ。
 『物語』というのは、いけないね。
 『心の闇』をね、落ち着かせてしまうんだよ。
 闇というのは混沌と渦巻くから、味があるんだ。
 それを『物語』の夢想の論理で、動機と理由付けで整然とさせられたら台無しだよ。
 なかでも、あの小説家たちの多用する『それでも』という表現がボクは大嫌いだった。
 どんな闇があったとしても、その一言で覆そうとする。
 傲慢に丸め込もうとするその飛躍的思考、ボクは吐き気さえ覚えたよ。
 その試みや抵抗が――今では美しいとも思えるけど――憎くて仕方が無かった。

 彼も求めていたのかもしれないね。『心の闇』の終息を。
 だから、すがりついたのかもしれない。
 思えば、あの二人はとてつもなく相性が良かったんだよ。
 まるでパズルのように、お互いの欠損が噛み合っていた。
 女は夢想の世界に生きてきて、自分の無知を嘆いた。
 だから、それに質量と実感を与える現実の経験を求めていた。
 彼は現実の世界に生きてきて、残酷な感慨を持てあました。
 だから、それにうまく都合をつける夢想の論理を求めていた。
 その二人が結ばれることは、ある意味必然だったかもしれない。
 もっとも、ボクにとっては、そんな運命は願い下げだけどね。

 だから、ボクはね。あの女を消そうかな、とも考えたんだ。
 ボクの大事な極上の『心の闇』を、薄めていくんだからね。
 ――でも、そうするまでもなかった。
 彼って、とびきり不幸なんだよね。
 女は死んだ。脈絡も悪意も無い、ただの交通事故で。

 彼はその知らせを受けて、ただ呆然としていたよ。
 彼は女を大切に想っていたし、女を頼りにもしていた。
 でも、彼はまだ完全に変わりきれてはいなかったんだ。
 自分の陰鬱な体験を、彼は確かに少しずつ解きほぐしてはいた。
 でも、それはまだ女からの借り物の論理でしかなかった。
 彼だけではその論理を信じられなかった。
 女がいたから、彼はその論理を前向きに使えたんだ。
 女がいて初めて、彼は自分に優しくできたんだ。
 それが途絶えてしまったとき、彼の心はもう一度ひび割れた。
 自分に優しくする理由や、前向きに取り組む理由を失ったから。

 最初から彼の心は乾いてひび割れていたんだよ。
 彼は誰かを許すこともできなかったし、世界が憎かった。
 でも、それ以上にその感情が果てしなく無意味なことも知ってた。
 そのぶつけられない感情は、内側から彼を苛んでいったんだ。
 あの女にその拒絶が芽生えなかったのは、女が憂き世離れしてたからかもね。
 夢想ばかりの女は、きっと彼に現実を忘れさせてくれたんだ。
 白昼夢。でも、それは目が覚めれば、ただの陽炎だよ。
 彼は荒涼とした心象風景で立ち尽くす自分しか認められないのさ。
 それが自分を苛むと分かっていても、彼は優しくできない。
 もしかしたら、守れなかった罪悪感もあったのかもしれないね。

 混沌とした闇に陥りながら、彼は研究を推し進めた。
 そして、ホムンクルスの練成と、魂の合成に辿り着いた。
 ホムンクルスに生命の礎となるデュエルモンスターズの精霊を埋め込む。
 それによって、女をもう一度造り出そうとした。
 また女が傍にいれば、自分がもう一度前向きになれると考えたのかな。
 でも、彼は造る前から気づいているんだ。
 それは、その女らしい反応を積み上げた人形にすぎないって。
 自分への好意も作りもの、その中の信念さえ作りもの。
 それを信じても救いようがない。虚しい偶像崇拝でしかない。
 神でない自分が作ったものに、神秘なんて宿りようがない。
 その残酷な世界の中で、――彼はすべてを理解した。

 もうこの世界は、その瞬間を愉しむ他に何もない。
 価値を探しても、大事に配列しても、意味はない。
 信じ切れなくなるだけで、意味がなくなる。
 それはとても虚しくて、哀れな行いだ。
 ならば、何で心を燃え滾らせるか。
 それは快楽だ。世界のありとあらゆるものを皮肉とせよ。
 つまり、一瞬を最大限に好意的あるいは悪意的に解釈し、愉しむことだ。
 そう思えば、戦場とは興奮に満ちたものだ。
 なにせいくらでも事実と情動が転がっているではないか。
 もう何もかも愉悦に利用するしかない。
 それだけがこの『無秩序』な世界を有意義なものにする方法だ。

 ああ、そうだ、『無秩序』だ。
 世界は本来は脈絡も必然性もない。
 それをどうして秩序立てられるというのだ。
 ありとあらゆる見方があるというのに。
 肯定する天使の裏側に、否定する悪魔がいる。
 思えば、正しいことも、確かなことも何もなかった。
 なぜその『無秩序』に気づかぬ振りをしていられる。
 ――その哀れな邪教徒どもを嗤おうではないか。
 絶対の力を持ち、ワタシは生き永らえよう。
 そして、弱き者どもが『無秩序』に青ざめる過程を愉しもう。

 とまあ、こんなところかな。
 彼の狂気じみた執念で、研究は進んだ。
 そして、コブラはその実力を危険視し、彼を幽閉した。
 その後の彼をボクは知らないけど、元気でやってるんじゃないかな。
 彼の試みはとても有意義だと思う。
 一つの在り方として、徹底していると思う。
 消えてしまうには惜しい存在だよ。
 だから、悪霊か何かが見込んで、きっと彼を救ってくれる。
 そして、ある命題を巡る決闘に駆り出させるんだよ。

 ――この世界が果たして『無秩序』か、そうじゃないかについてね。




第35話 最終決闘1-強大なる暗闇-



『お前を倒す』
 闘う前に、2人が交わした意志はそれだけだった。
 二人とも心の中で、半ば悟っていたのだろう。
 二人の在り方は、あまりにも相反している。
 全てを信じて、誰もを尊重しようとする久白翼。
 全てを蔑み、何もかもを利用しようとするウロボロス。
 相容れない。譲歩できる点が見つからない。
 もはやただ言葉を交わしても、伝わるものは何もない。
 何かを伝えるとすれば、闘いを通して伝えるしかない。
 翼は期待していた。その先に見えるものがあるかもしれない。
 無論、ウロボロスは新しいものの発見など期待していないだろう。
 単純に目の前の障害を取り除きたいだけだ。
 だから、交わす言葉と感情は少なかった。
 全力を出し切ることに、今は集中する。
 それが最初にしなくてはならないことだから。

 互いに5枚のカードを引く。
 翼の手には、見慣れないカードもある。
 だが、その効果は知っている。
 どれもみんなのキーカード。
 使い方も、対戦したみんなが既に教えてくれている。

 先攻のランプは翼。
「俺のターン、ドロー!」
 相手がどんな手を使ってくるかは分からない。
「《ヴォルカニック・ロケット》を召喚する!
 そして、このカードを召喚したとき、《ブレイズ・キャノン》をサーチする」

《ヴォルカニック・ロケット》
効果モンスター 星4/炎属性/炎族/攻1900/守1400
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキまたは自分の墓地から「ブレイズ・キャノン」と名のついたカード1枚を
手札に加える事ができる。

《ブレイズ・キャノン》
永続魔法
手札から攻撃力500ポイント以下の炎族モンスター1体を墓地へ送る事で、
相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する。
この効果を使用したターン、自分のモンスターは攻撃する事ができない。

 高い攻撃力と、手札補充の効果。
 このカードならば、例え炎族モンスターがいなくても、コストにも使いやすい。
「俺はこれでターンエンド」

「ワタシのターン、ドロー」
 静かにウロボロスはターンを開始した。
「《闇の誘惑》を発動! カードを2枚引いて、1枚の闇属性を除外する。
 ワタシは《ダーク・ネフティス》を除外する」

《闇の誘惑》
通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローし、
その後手札の闇属性モンスター1体をゲームから除外する。
手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へ送る。

「ワタシは《終末の騎士》を召喚しよう。
 そして、このカードを召喚したとき、闇属性モンスターをデッキから墓地に送る」

《終末の騎士》
効果モンスター 星4/闇属性/戦士族/攻1400/守1200
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから闇属性モンスター1体を選択して墓地に送る事ができる。

 《闇の誘惑》と《終末の騎士》を使うなら、デッキのほとんどは闇属性のカード。
 それにも関わらず、ウロボロスは迷わずに1枚のカードを抜き出した。
 闇属性であることを確認させるために、ウロボロスはカードを公開した。
「《アタナシア・ウロボロス》を墓地に送る」

《アタナシア・ウロボロス》
効果モンスター 星8/闇属性/爬虫類族/???
???

「ッ!!」
 ウロボロスと共にその力を振るってきた悪霊のカード。
 それを真っ先に墓地に送るとは、どんなカードなのか。
 そして、その狙いは一体。
 尽きない疑問と不安。
「フフフ、怖いか?」
 見抜くかのように、ウロボロスは声を低く響かせる。
「まだフィールドにも出てないモンスターなんて、怖くないよ!」
 翼は声を張った。わずかに上ずった声に、強がりが見て取れる。
「そう期待せずとも、すぐに目の前に現れる。
 それまでにせいぜい手を整えておくことだネェ!
 ワタシはこれでターンを終了しよう」

「俺のターン、ドロー!」
 理解できない手だった。
 手札が潤沢であるにも関わらず、1体の召喚だけ。
 しかも、相手より攻撃力の劣るモンスターを1体だけ。
 それほど《アタナシア・ウロボロス》を墓地に送ることが重要なのか。
 それとも攻撃を誘うこと自体が、ウロボロスの策略なのか。
 読めない。それでも今はその闇に飛び込むしかない。
「俺は《シャインエンジェル》を召喚する!」
 4枚の翼を持つ聖なる天使が、不気味な黒い騎士と対峙する。

《シャインエンジェル》
効果モンスター 星4/光属性/天使族/攻1400/守 800
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の
光属性モンスター1体を自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。

「バトル! 俺は《シャインエンジェル》で《終末の騎士》に攻撃!」
「ほぅ、そう来たか。
 悪くないプレイングだネェ。
 《終末の騎士》はあまりにも適度すぎる攻撃力を持っている。
 後続を呼ぶ能力を持つモンスターの1400に等しい。
 ここで相殺させれば、後続で追撃が可能になると、そういう狙いか」
 ウロボロスは翼の狙いを正確に理解していた。
 その指摘の通り、2体のモンスターはぶつかり、互いに消滅する。
 そして、その遺された聖なる翼から、《次元合成師》が呼び出された。

《次元合成師》
効果モンスター 星4/光属性/天使族/攻1300/守200
1ターンに1度だけ、自分のデッキの一番上のカードをゲームから除外し、
さらにこのカードの攻撃力をエンドフェイズ時まで500ポイントアップする事ができる。
自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
ゲームから除外されている自分のモンスターカード1枚を選択し、
手札に加える事ができる。

 翼は嫌な予感を感じていた。
 成功すれば、《ヴォルカニック・ロケット》の同時攻撃で3200のダメージ。
 それにも関わらず、ウロボロスに動じる様子はない。
 だが、この好機を逃すわけにはいかない。
 その定石を行わせることこそが、ウロボロスの狙いであっても。
「《次元合成師》で攻撃!」
 光の珠が撃ちだされ、ウロボロスに向かっていく。
 ウロボロスはすかさず手札の1枚を手に取った。
「《バトルフェーダー》のカード。
 相手の直接攻撃に反応し、バトルを終了させる。
 そして、場に特殊召喚される。
 それしきでワタシが攻撃を通すはずがなかろうに」

《バトルフェーダー》
効果モンスター 星1/闇属性/悪魔族/攻 0/守 0
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、
フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

「クッ……。俺は《次元合成師》の効果を発動しておくよ!
 これでターンを終了させる!」
 除外されたカードは、明菜の《カイザー・グライダー》。
 ここから追撃するには、丁度いいカードだ。

「ワタシのターン、ドロー」
 ウロボロスは即座に手札のカードに手をかけた。
「フィールドの《バトルフェーダー》を生け贄に捧げる。
 来い! 《邪帝ガイウス》! さあ、その効果だ!
 生け贄召喚成功時に場のカードを除外できる。
 その《次元合成師》に消え去ってもらおうか!」

《邪帝ガイウス》
効果モンスター 星6/闇属性/悪魔族/攻2400/守1000
このカードの生け贄召喚に成功した時、フィールド上に存在するカード1枚を除外する。
除外したカードが闇属性モンスターカードだった場合、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。

「!!」
 黒い次元の渦が生じて、《次元合成師》は闇に飲み込まれた。
「そしてまだ《邪帝ガイウス》の攻撃は残っている!
 《ヴォルカニック・ロケット》に攻撃!」
 影を練りこめた珠が投げつけられ、ロケットは撃ち砕かれた。

翼のLP:4000→3500

 翼が攻め込もうとしていたフィールドは瞬時に覆された。
 明菜とエルが闘ったときと、状況は似ていた。
 守りと攻めのバランスが、かみ合っている。
 デュエルモンスターズの教師の腕として、申し分ない。
「さあ、一転してワタシの有利だ。
 どう切り抜けてくるのかね?
 カードを1枚伏せて、ターンを終了しよう」

「俺のターン、ドロー!」
 だが、まだ始まったばかり。
 手札も十分ある。挽回はいくらでも可能。
 この手ならば、あのコンボが狙える。
「俺は《増援》を発動する!
 デッキから呼び出すのは、《戦士ダイ・グレファー》!
 そして、そのまま召喚だ!」

《増援》
通常魔法
自分のデッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。

《戦士ダイ・グレファー》
通常モンスター 星4/地属性/戦士族/攻1700/守1600
ドラゴン族を操る才能を秘めた戦士。過去は謎に包まれている。

 兼平から託された勇ましい戦士のカード。
 剣を構え、戦況をうかがっている。
「ほぅ、それでどうするというのだね?」
「こうするのさ!
 俺は《七曜剣》を発動する!
 このカードは戦士族・通常モンスターのみに装備できる。
 そして、選んだ属性との戦闘時のみ、攻撃力を1200アップさせる。
 俺が選ぶ属性は当然、闇属性だ!」

《七曜剣》
装備魔法
戦士族・通常モンスターのみ装備可能。
このカードを装備した時に属性を1つ選択する。
その属性のモンスターと戦闘をする場合、
このカードを装備したモンスターの攻撃力は
ダメージ計算時のみ1200ポイントアップする。

「なるほどな。これまでにワタシが使ったカードはすべて闇属性。
 そこでそのコンボならば、《戦士ダイ・グレファー》の攻撃力は実質2900。
 ほとんどのモンスターを撃ち砕けるという算段か」
「バトル!! 闇を切り裂け! 《戦士ダイ・グレファー》!!」
 剣は白銀の聖なる力を帯び、ダイ・グレファーは闇の帝に向かっていく。
 その気迫に満ちた姿。だが、敵陣は動揺も見せない。
 駆けてくる戦士を、無駄な抵抗としかみなしていないかのように。
「リバースカード、オープン」
 ウロボロスが宣言した瞬間、黒い炎が場に巻き起こった。
 そして、グレファーに飛びかかる。
 襲い来る炎をようやく振り払ったときには、聖剣は光を失っていた。
 さらに、目の前には新たな脅威が出現していた。
「《闇次元の解放》を発動。
 これにより除外ゾーンより、《ダーク・ネフティス》を召喚した。
 その特殊召喚時の効果で、魔法・罠カードを破壊できる。
 《七曜剣》は破壊だ。これで無力な戦士に成り果てたな。

《闇次元の解放》
永続罠
ゲームから除外されている自分の闇属性モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、
そのモンスターを破壊してゲームから除外する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

《ダーク・ネフティス》
効果モンスター 星8/闇属性/鳥獣族/攻2400/守1600
自分の墓地に闇属性モンスターが3体以上存在する場合、
その内2体をゲームから除外する事でこのカードを手札から墓地に送る事ができる。
この効果で墓地に送られた場合、次の自分のスタンバイフェイズ時に
このカードを墓地から特殊召喚する。
このカードの特殊召喚に成功した時、
フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を破壊する。

「幸いにもワタシのモンスターが増えたから、キミは攻撃の続行を選択できる。
 さて、どうするかね?」
 反撃の芽を潰した上に、後続のモンスターの出現。
 翼の先を行く、ウロボロスの隙のない戦法。
「俺はバトルを終了。カードを1枚伏せて、ターンエンド……」

LP3500
モンスターゾーン
《戦士ダイ・グレファー》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
4枚
ウロボロス
LP4000
モンスターゾーン
《邪帝ガイウス》、《ダーク・ネフティス》
魔法・罠ゾーン
《闇次元の解放》
手札
4枚

 戦況はウロボロスが圧倒的。
 経験に裏打ちされた確かなプレイングと、モンスターの質。
「ワタシのターン、ドロー!
 フフハハハ、どうしたのかね!
 これではワタシの悪霊を出すまでもなく、終わるのかもしれんネェ!
 さあ、バトルだ! 《邪帝ガイウス》で《戦士ダイ・グレファー》を攻撃!」
 暗黒の力が、戦士を飲み込もうとする。
「リバースカード、オープン!!」
 そのとき、稲光が走った。
 暗闇に染まるフィールドを、照らす光。
 ウロボロスの場は全滅し、グレファーは健在だった。
「《ジャスティブレイク》だ! 効果モンスターを全滅させる!
 俺だって負けない!! これがみんなのカードの力だ!!」

《ジャスティブレイク》
通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在する通常モンスターが
攻撃宣言を受けた時に発動する事ができる。
表側攻撃表示で存在する通常モンスター以外の
フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

 ウロボロスは目を見張っていた。
 さすがのウロボロスも動揺したのか。
 だが、それもすぐ収まり、嗤い出した。
「フハハハハハハ、面白い、面白いぞ、貴様!!
 こう喰らい付いてくるとは、なかなかだネェ。
 久方ぶりに興奮させられるデュエルになりそうだヨォ!」
 ウロボロスはこの状況を愉しんでいた。
 翼の手を素直に評価し、それが自分の有利を覆したことを賞賛していた。
 だが、それはまだ愉しむ余裕があることに他ならない。
 この逆転さえも、ウロボロスの勝利には何ら支障にならない。
 だからこそ、嗤っていられる。
 自らの優位を確信した上で、相手を嗤っていられる。
 この底知れなさ。自信に満ちたプレイング。崩せない牙城。
 事実、何度も攻撃しながら、未だにウロボロスに少しのダメージも与えられない。
 ウロボロスは間違いなく格上の対戦相手。
 これまで翼が闘ってきた誰よりも、確実に強い。
「モンスターをセット。
 さらにカードを1枚セットして、ターンエンド!」

「俺のターンだ、ドロー!」
 だが、それでも流れは翼に引き寄せられた。
 相手に守備表示をとらせたなら、攻めるチャンス。
「俺は《戦士ダイ・グレファー》を生け贄に捧げる!
 いくよ! 《天空騎士パーシアス》を召喚だ!」
 ランスを携えた半馬の聖騎士が、駆け下りる。
 藤原の愛用する、貫通能力を持つ上級モンスター。
 攻めに転じる今ならば、絶好のモンスター。

《天空騎士パーシアス》
効果モンスター 星5/光属性/天使族/攻1900/守1400
守備表示モンスター攻撃時、その守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
また、このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、自分はカードを1枚ドローする。

「攻撃だ!! 『裁きのアーク・ペネトレイト』!」
 駆け出して、槍を鋭く突き出した。
 相手カードが砕け散るビジョン。
 これで貫通ダメージが通る。そう思った矢先、攻撃は食い止められた。
「《ガード・ブロック》。ダメージを防ぎ、カードを1枚ドロー。
 いい手だが、もう一歩だったネェ!」

《ガード・ブロック》
通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 この貫通攻撃もまた想定内。ウロボロスはやはり強い。
「それだけではない!
 伏せていたモンスターは、《マッド・リローダー》!
 戦闘破壊されたときに、その効果が発動する!
 手札を2枚捨て、カードを2枚ドローする!
 捨てるのは、《ダーク・パーシアス》と《ダーク・ホルス・ドラゴン》だ」

《マッド・リローダー》
効果モンスター 星1/闇属性/悪魔族/攻 0/守 0
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分の手札を2枚墓地に送り、自分のデッキから
カードを2枚ドローする。

 相手の攻撃を利用しての、大胆な手札交換。
 すかさず反撃に繋げるための布石。
 墓地に大型のモンスターも送られている。
 次のターンに仕掛けてくるのは、確実。
「俺はカードを1枚セットして、ターンエンド」

「ワタシのターン、ドロー! フフフ……」
 ウロボロスは意気揚々とドローし、嗤いを漏らした。
 これから自分が繰り出す攻撃。
 それに相手が動揺するのが愉しみでならない。
 そう待ち詫びたかのような嗜虐的な嗤い。
「ついに引いたぞ、このカードを!!」
 ウロボロスは1枚の手札を裏返し、翼に公開した。
「2枚目の《アタナシア・ウロボロス》!」
 だが、この行動も不可解だ。
 手札を公開するなど、ただ相手に情報を与えるだけ。
 プレッシャーを与えるつもりなのか。
 この行動に何の意味があるというのだろう。
「フフ、ワタシがこのカードを公開したことが不思議なようだネェ。
 だが、これこそがこのモンスターの召喚条件なのだよ!」
「召喚条件だって?!」
「このカードは3枚で1枚のカード。
 別々の場所にありながら、互いのカードはつながっている。
 そして、流転を繰り返すように、力を引き出しあう。
 3枚が別々の場所にあるとき、このカードは初めて特殊召喚できる!
 具体的に言おうか。墓地に《アタナシア・ウロボロス》が存在する!
 そのときに手札の《アタナシア・ウロボロス》を公開する!
 すると、デッキから《アタナシア・ウロボロス》を特殊召喚できる!!」

 ウロボロスが手札の《アタナシア・ウロボロス》のカードをかざす。
 すると、手札と墓地の《アタナシア・ウロボロス》が輝き出す。
 そして結ばれて、発生する力の磁場。
 手札から墓地に伸びる、無限大のマーク。
 その中心のフィールドこそが、力の交点。
 尾を咬む竜は、その尾を追いかけ、無限を描く。
 その磁場に、最強の魔性が引き出される。

「――デッキより出でよ! 《アタナシア・ウロボロス》!!」

 鱗は終わりのない夜のように漆黒。
 腹はその瘴気を蓄えたかのように黒紫。
 瞳は飽くなき野望を示すように闇紅。
 地上の生物はほとんど丸のみできるほどの、大きな体。
 巨大なる蛇が浮かび上がり、空を覆う。
 溢れ出す魔力が、黒い霧を作り出し、空を暗闇に染める。
 これがウロボロスの悪霊の本当の姿。

《アタナシア・ウロボロス》
効果モンスター 星8/闇属性/爬虫類族/攻2900/守2800
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に「アタナシア・ウロボロス」が存在する場合に、
手札の「アタナシア・ウロボロス」を相手に見せることでのみ、
デッキから「アタナシア・ウロボロス」1体を特殊召喚できる。
このカードがゲームから除外されている場合、エンドフェイズ時に墓地に戻す。
???

「攻撃力2900のモンスターが一瞬で!!?」
「フフ、一瞬かね? 墓地にモンスターを送り、手札交換を繰り返す。
 それでようやく召喚できる手のかかるモンスターだよ。
 だがね、それを一番上手く使いこなせるのは、――このワタシだ」
 その邪悪なる繋がりが、震え上がるような恐ろしさを感じさせる。
 呼び出された歓喜に打ち震えるように、大蛇は吼え猛る。
「さあ、バトル! その天使を葬れ!
 『ディアボリカル・ヴェイパー』!!」
 その口から黒い蒸気のようなものが吐き出される。
 何もかもを汚染しつくすような、瘴気。
 焼け爛れるような苦痛の中で、パーシアスは息絶えた。

翼のLP:3500→2500

「さあ、このモンスターをどう攻略するかね? ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー……!」
 あのモンスターの効果や正体は不明。
 ただの攻撃力が高いだけのモンスターにも思えない。
 しかし、一刻も早く除去しなければ、場を整えることさえできない。
「俺は《放浪の勇者 フリード》を召喚する!」
 光の聖戦士が現れる。その険しく油断のない表情が、心強い。
「そして、その効果を発動だ!
 墓地の光属性モンスターを除外して、相手モンスターを破壊できる!
 俺は《シャインエンジェル》と《天空騎士パーシアス》を除外する!」

《放浪の勇者 フリード》
効果モンスター 星4/光属性/戦士族/攻1700/守1200
自分の墓地の光属性モンスター2体をゲームから除外する事で、
このカードより攻撃力の高いフィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体を破壊する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 光カテゴリに所属するみんなのカードを合わせたから発動できる効果。
 その剣に光を蓄え、振りかざして力を解き放つ。
「いくよ! 『シャイニング・スラッシュ』!!」
 光の刃が空気を切り裂いて、大蛇へと向かう。
 この聖なる力ならば、きっとあのモンスターを打ち倒せる。
 到達するかに思われたその攻撃。
 大蛇に触れた瞬間に、――立ち消えた。
 あの漆黒の魔力に飲み込まれ、霧のように蒸発した。
「なッ!!」
「フフハハハハハ、それしきの効果で倒せると思ったのかね?
 この《アタナシア・ウロボロス》は相手モンスターの効果を受けない!
 つまり、その破壊効果も無駄というわけだ!
 せっかく勇んで登場したのに、残念だったナァ!」

《アタナシア・ウロボロス》
効果モンスター 星8/闇属性/爬虫類族/攻2900/守2800
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に「アタナシア・ウロボロス」が存在する場合に、
手札の「アタナシア・ウロボロス」を相手に見せることでのみ、
デッキから「アタナシア・ウロボロス」1体を特殊召喚できる。
このカードがゲームから除外されている場合、エンドフェイズ時に墓地に戻す。
このカードは相手の効果モンスターの効果を受けない。

 強力な耐性。それがこのウロボロスの自信の正体。
 あのモンスターを破るための手段は今はない。
 ここは耐えなくてはならない。
「俺はカードを1枚セットして、ターンエンド……」

「ワタシのターン、ドロー!
 さあ、《ダーク・ヴァルキリア》を召喚しよう!」

《ダーク・ヴァルキリア》
デュアルモンスター 星4/闇属性/天使族/攻1800/守1050
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●このカードが表側表示で存在する限り1度だけ、
このカードに魔力カウンターを1つ置く事ができる。
このカードの攻撃力は、このカードに乗っている
魔力カウンターの数×300ポイントアップする。
その魔力カウンターを1つ取り除く事で、
フィールド上のモンスター1体を破壊する。

「さすがに表情が曇ってきたかね?
 《アタナシア・ウロボロス》で攻撃だ!
 『ディアボリカル・ヴェイパー』!!」
 聖戦士を黒い瘴気が襲い、打ち倒した。
「リバースカード、《ガード・ブロック》!
 俺へのダメージは通させないよ!」

《ガード・ブロック》
通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「ふふ、しぶといことだ。
 だが、次は《ダーク・ヴァルキリア》の直接攻撃だ!」
「直接攻撃時に発動! カウンタートラップ、《エンジェル・ロンド》!!
 手札の《ブレイズ・キャノン》を捨てて、その攻撃を無効化!
 さらにデッキからカードを2枚ドローする!」

《エンジェル・ロンド》
カウンター罠
相手モンスターの直接攻撃宣言時に、手札を1枚捨てて発動する。
相手モンスターの直接攻撃を1度だけ無効にする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「なかなか上手く防いでくれる。
 この劣勢を跳ね返せるかね? さあ、ターンエンドだ」
 ウロボロスのあくまで翼の抵抗を愉しむ態度は変わらない。

 対する翼は必死だった。
 あのモンスターに対抗できる手段を見出さなければ負ける。
 あの攻撃力を上回る手段。それを引き出さなくては。
「俺のターン、ドロー!」
 引いたカードを見て、翼の顔つきが変わった。
「俺は《英鳥ノクトゥア》を召喚するよ!
 そして、その効果で《輝鳥現界》をデッキから手札に加える!」

《英鳥ノクトゥア》
効果モンスター 星3/風属性/鳥獣族/攻800/守400
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。

「なるほど、ようやくキミの本命の儀式モンスターのお出ましか。
 だが、この《アタナシア・ウロボロス》にモンスター効果は効かない!
 どう抵抗するつもりだというのだね?」
 ウロボロスの不敵な挑発。
 翼はそれに怯まずに、1枚のカードを差し込んだ。
「こうするんだ! 手札からフィールド魔法を発動! 《歯車街》!
 そして、儀式魔法《輝鳥現界》を発動する!
 場からノクトゥアを、デッキからアイビスを墓地に送る。
 アイビスの効果で1枚のカードをドローする。
 そして、降臨させるのは、俺のフェイバリット!
 ――《輝鳥-アエル・アクイラ》!!」

《歯車街》
フィールド魔法
「アンティーク・ギア」と名のついたモンスターを召喚する場合に
必要な生け贄を1体少なくする事ができる。
このカードが破壊され墓地に送られた時、自分の手札・デッキ・墓地から
「アンティーク・ギア」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

《輝鳥現界》
儀式魔法
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

《霊鳥アイビス》
効果モンスター 星4/水属性/鳥獣族/攻1700/守900
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、 自分のデッキからカードを1枚ドローする。

《輝鳥-アエル・アクイラ》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「風」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

 場に機械の街が広がる。
 そこに現れた旋風の大鷲。一瞬にして街を崩壊させる。
 しかし、街の本当の役目は、機械の製造ではない。
 それは兵器の秘匿。街が崩れたときこそ、その兵器が現れる。
「《歯車街》が破壊されたとき、アンティーク・ギアのモンスターを特殊召喚する!
 いくよ! デッキから《古代の機械巨竜》を特殊召喚!!」

《古代の機械巨竜》
効果モンスター 星8/地属性/機械族/攻3000/守2000
このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。
以下のモンスターを生け贄にして生け贄召喚した場合、
このカードはそれぞれの効果を得る。
●グリーン・ガジェット:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
●レッド・ガジェット:相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
相手ライフに400ポイントダメージを与える。
●イエロー・ガジェット:戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
相手ライフに600ポイントダメージを与える。

 機械仕掛けの巨竜が、壊れた街から姿を現す。
「くぅー、やっぱり先生のカードは格好いい!!
 この攻撃力なら《アタナシア・ウロボロス》にも対抗できる!
 バトル!! 《古代の機械巨竜》で攻撃だ!」

 巨竜と大蛇がぶつかり合い、巨竜がすんでのところで打ち破る。
 破片が飛び散り、ウロボロスにダメージを与える。

ウロボロスのLP:4000→3900

「フフフ……」

「さらにいくよ! アクイラで《ダーク・ヴァルキリア》に攻撃!
 『シャイニング・トルネードビーク』!!」
 そして、そのクチバシで闇のヴァルキリアは倒される。

ウロボロスのLP:3900→3200

 ウロボロスの主力モンスターを打ち破った。
 ようやくウロボロスに与えられたダメージ。
 そして、2体の最上級モンスターの召喚。
 形勢は一気に翼に傾いたはずだ。
「よし! 俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドするよ!」

「フフハハハハハハハ!!」
 だが、ウロボロスは翼の意気揚々とした姿を嗤った。
 その余裕は、決して崩れない。
「何かワタシに既に勝ったような表情だネェ!
 だが、キミはどうやら勘違いしているようだネェ……」
「俺は勘違いなんてしてないよ!
 俺の場には最上級モンスターが2体。
 それに《アタナシア・ウロボロス》も倒した!
 これで俺は有利になった! うまく攻撃を通せば勝てるんだ!」
「フフ、それしきで、覆せない優位だと果たして言えるかね?
 最上級モンスターなら、ワタシも今ここで召喚する手段がある。
 そして、――《アタナシア・ウロボロス》は不死身だ。
 ワタシのターン、ドロー!」
 ウロボロスがカードを引いた瞬間、闇が立ち込めた気がした。
 いつの間にか、空は暗雲が覆っている。
 不吉な予兆さえ、ウロボロスに引き寄せられている。
 そう感じさせるほど、ウロボロスは底知れない強さを秘めている。
「墓地に4種類以上の闇属性モンスターがいて、ワタシの場にモンスターはいない。
 このとき、手札の《ダーク・クリエイター》を特殊召喚できる!」

《ダーク・クリエイター》
効果モンスター 星8/闇属性/雷族/攻2300/守3000
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に闇属性モンスターが5体以上存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在していない場合に特殊召喚する事ができる。
自分の墓地の闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
自分の墓地の闇属性モンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「さらにその特殊効果。墓地の闇属性モンスターを除外し、闇属性モンスターを復活。
 ワタシは《ダーク・パーシアス》を除外し、《ダーク・ホルス・ドラゴン》を召喚!」

《ダーク・ホルス・ドラゴン》
効果モンスター 星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守1800
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手のメインフェイズ時に魔法カードが発動された場合、
自分の墓地からレベル4の闇属性モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「一気に2体の最上級モンスター……!」

「まだこれだけでは終わらんよ。
 ワタシは《黎明の騎士》を召喚しよう。
 そして、このカードを召喚したとき、墓地よりモンスターをデッキに戻す」

《黎明の騎士》
効果モンスター 闇4/闇属性/戦士族/攻1200/守1400
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分の墓地から闇属性モンスター1体を選択してデッキに戻す事ができる。

「ワタシがデッキに戻すのは当然――」

 かざしたカードは、――《アタナシア・ウロボロス》。

「これにより、別々の場所にいる条件は再び満たされた!
 手札の《アタナシア・ウロボロス》を公開する!
 そして、デッキより《アタナシア・ウロボロス》を特殊召喚する!!」
 一気に4体のモンスターが並ぶ。
 闇属性は墓地にモンスターを集めるほど、反撃の可能性が広がる。
 それを最大限に活用した展開劇。
「さあ、蹂躙劇の始まりだネェ!
 まずはその目障りな屑鉄の寄せ集めから消え去ってもらおうか!
 《ダーク・ホルス・ドラゴン》! 攻撃だ!」
 瘴気さえ伴う黒炎が放たれ、機械巨竜を撃ち抜こうとする。
 機械巨竜はそれを跳ね除け、突撃をする。
 その力は互角。対消滅。
 その摂理を裏切り、機械巨竜は闇の黒炎竜を打ち破った。
「何!? まさかキミのそのリバースは!」
 ウロボロスが注視した先に、失念していたそのカードがあった。
「《和睦の使者》! これで俺のモンスターは破壊されない!
 破壊されるのは、その《ダーク・ホルス・ドラゴン》だけだ!」

《和睦の使者》
通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になる。
このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。

 翼は食い下がらない意志を示すかのように、リバースをかざした。
 その勇猛な姿に、ウロボロスは再び嗤っていた。
 だが、今度の様子は少しばかり違っていた。
 その嘲笑の矛先は、翼ではない。
 ウロボロス自身、いやもしくは自分の行いについて――。
「フフフフハハハ!! そうか! そうか!!
 そのカードの存在を警戒し、先にアクイラを攻撃すべきだったナァ!
 それをワタシは機械巨竜を目障りに思う余り、相殺を真っ先に狙った。
 そのミスがこのフィールドの戦況を分けてしまうわけだ!
 フフフ、このワタシにプレイングミスを誘発させるほどの脅威。
 そのプレッシャーを、キミは感じさせたということか!
 フフハハハ、いいぞ、勝負とはこうでなくてはならん!」

 判断を誤ったはずだった。それを悔いているはずだった。
 だが、ウロボロスはどこかがおかしい。
 その自分のミスを戒めるのではなく、そのアクシデントを愉しんでいる。
 それさえ勝負の深みであると、味わいつくすかのように。
 もはや何もかもを愉悦の糧にみなしている。
 闇の魔物を操り、執拗に享楽を見出すウロボロスの姿。
 そこに届かせられる何かは、あるのだろうか。

「ワタシはリバースを2枚伏せ、ターンエンドしよう!」

 加速する闘い。一歩も譲らない闘い。
 ウロボロスの心の闇の底は、まだ見えない。




第36話 最終決闘2-轟く無限の大蛇-



LP2500
モンスターゾーン
《輝鳥-アエル・アクイラ》、《古代の機械巨竜》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
2枚
ウロボロス
LP3200
モンスターゾーン
《ダーク・クリエイター》、《アタナシア・ウロボロス》、《黎明の騎士》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
2枚

 互いに大型モンスターがにらみ合うフィールド。
 一瞬の攻防がその戦況を分ける。
 ほんの少しの隙も見せられない状況。
「俺のターン、ドロー!」
「さて、リバースを発動しておこう」
 翼がドローを終えると、ウロボロスはすかさず発動した。
「《覇者の一括》。このターンのバトルを封じるとしよう」

《覇者の一括》
通常罠
相手スタンバイフェイズで発動する事ができる。
発動ターン相手はバトルフェイズを行う事ができない。

 早くも先手が打たれた。
 ウロボロスの場には《ダーク・クリエイター》が残ったまま。
 蘇生を繰り返されれば、手数で押し負けてしまう。
 攻め急ぎたいところだが、そうはさせてくれない。
「クッ……、俺は《トレード・イン》を発動する。
 手札の《天帝竜アルジャザーイル》を墓地に送り、2枚ドロー。
 カードを1枚伏せてターンエンド」

《トレード・イン》
通常魔法
手札からレベル8のモンスターカードを1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「さて、ワタシのターン、ドロー!」
 場と翼を見比べて、ウロボロスは手を考えているようだった。
 翼がどこまで自分の戦略を読んでいるか、それを窺っているようだ。
「フフ、先ほどからきっちりと守ってきている。
 手札交換を終えた上での、リバースの設置。
 恐らくワタシが真正面から攻めたとしても、今攻撃は通らないだろうネェ」
「……………」
 確かに翼はその正攻法をまずは警戒していた。
「ならば、違う手を使ってみるとしようか!」
 ウロボロスは思い付きを愉しむかのように、軽快に手を伸ばした。
「場の《ダーク・クリエイター》の効果を使おう。
 ひとまずは《邪帝ガイウス》を墓地から除外するとしよう。
 ここで本来なら《ダーク・ホルス・ドラゴン》で相殺を狙うのが定石か。
 他に攻め手があるのなら、《ダーク・ネフティス》でリバース狙いも考えられる。
 だが、ワタシは敢えて《終末の騎士》を特殊召喚するとしよう」

《終末の騎士》
効果モンスター 星4/闇属性/戦士族/攻1400/守1200
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから闇属性モンスター1体を選択して墓地に送る事ができる。

「その特殊召喚時の効果、デッキから《ネクロ・ガードナー》を墓地に送る」

《ネクロ・ガードナー》
効果モンスター 星3/闇属性/戦士族/攻 600/守1300
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 こちらの攻め手を受け流すカード。これで攻めにくくはなった。
 だが、ここまで攻撃的な手を一貫して取ってきたウロボロス。
 ここで守勢に転じてくるとは、考えにくい。
 まだ、これから手を打ってくるはず。

「さて、見せてやろう。
 不死だからこそできる、蹂躙劇を。
 ワタシは《終末の騎士》を生け贄に捧げよう!」
 ウロボロスが選択したのは、生け贄召喚。
 騎士が虚空に吸い込まれ、再び場の嫌な空気が強まる。
 《アタナシア・ウロボロス》は体をうねらせ、その到来を歓迎しているようだ。
 風が強まり、翼の寒気を掻き立てる。
「来るがいい! 《砂塵の悪霊》!!」
 途端に爆風が突き抜ける。
 大蛇の霧と、巻き起こる砂埃のせいで、何が起こったのかがまともに見えない。
 だが、嫌な気配が増していることだけは、肌身に伝わってきた。
 このモンスターは、一体……。
 ようやくフィールドに目を向けてみると、翼のモンスターは消えていた。
 いや、それどころかウロボロスのモンスターもいなくなっている。
 新しく現れたのは、白髪の幽鬼のような、赤い悪魔。
 その眼光を光らせ、爆風を撒き散らして、甲高い声を上げていた。
「このスピリットモンスターの召喚時の効果。
 『ダスト・エクスプロージョン』。
 フィールド上のすべての表側表示モンスターの破壊。
 フフフ、これなら確実にキミの主力を葬れるだろう?」

《砂塵の悪霊》
スピリットモンスター 星6/地属性/アンデット族/攻2200/守1800
このカードは特殊召喚できない。
召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
このカードが召喚・リバースした時、
フィールド上のこのカード以外の表側表示モンスターを全て破壊する。

 狙ってきたのは、戦闘さえ介さない破壊。
 自分のモンスターまで巻き込んだ奇襲。
「でも、これでお前のモンスターも全滅した。
 そのモンスターだけで攻め込んでも……」
「だから、言っているだろう。
 《アタナシア・ウロボロス》は不死。
 これしきで終わる存在ではないのだヨォ!
 さあ、リバースを発動だ!
 永続トラップ《ヒュギエイアの秘術》!!
 このカードは1ターンに1度、墓地のカードをデッキに戻すカード。
 普通に使っても、とても頼りない効果のカードだろうネェ。
 だが、ワタシが使えば、無限の蘇生カードにさえなる!
 さあ、今破壊された《アタナシア・ウロボロス》をデッキに戻す」

《ヒュギエイアの秘術》
永続罠
墓地のカード1枚を選択し、持ち主のデッキに加えてシャッフルする。
この効果は1ターンに1度、自分ターンのメインフェイズ時にのみ発動できる。

 最初から仕組まれていた罠。
 だから、ここまで大胆な手を打てた。
 そして、もう一度天にカードがかざされ、悪夢の大蛇が舞い降りる。

「さあ、デッキより《アタナシア・ウロボロス》を特殊召喚する!!」
 幽鬼と大蛇が立ち並ぶフィールド。
 その攻撃力の合計は、優に5100。
 1ターンキルさえ狙えるコンボ。
「まだバトルが残されている! さあ、総攻撃だ!」
 けたたましい憎悪の声が響き渡る。
「そうはさせない! リバースオープン!!
 《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》を発動するよ!
 これでレベル4以上のモンスターは攻撃できない!!」

《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》
永続罠
フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。

「フフハハハ、やはり通させてはくれないようだネェ!
 そうでなくては面白くない。
 だが、この悪霊たちを前に、場を整えられるかね?
 ワタシはカードを1枚伏せて、ターンを終えるとしよう!
 それと同時に、《砂塵の悪霊》はワタシの手に舞い戻る」

 不吉にざわめく風が収まって、場はあの大蛇だけ。
 だが、手札に戻ったということは、また生け贄召喚で全体破壊が可能となる。
 このコンボに対処できなければ、ウロボロスの思いのまま。
 生け贄用のモンスターを揃えることさえ、ままならない。

「フフフ、そろそろ気づいてくれたかね?
 ワタシとこの悪霊たちの破壊のやり方に」
 この凶悪な布陣を誇るように、ウロボロスは語りだす。
「破壊のやり方!? やっぱりじゃあ、その砂の悪魔にも……。
 あの蛇だけじゃなくて、もう1体……」
 翼は感覚を研ぎ澄まし、目の前のモンスターを睨みつけた。
 あの大蛇にばかり気を取られていたが、嫌な気配はそれだけじゃない。
 幽鬼にも凶悪な精霊の力が宿っている。
 集中して感じ取れば、それが分かる。
「フフ、この2体はネェ、こちらの精霊界では補足不可能な生物なのだよ。
 仮に強大な力をぶつけられても、私が操作をすればすぐに復活できる。
 さらに隙を見て、《砂塵の悪霊》を呼び出せば、たちまちに蹂躪できる。
 そこで弱った精霊を捕らえて、実験材料を確保するわけだ。
 なかなか効率的な狩りだと思わんかね?」
「なんてことを……ッ!」
 翼の声に怒りが滲む。
 それをウロボロスは愉しむようにまた嗤う。
「フフハハハ、さあ怒ってみるがいい。
 だがね、キミの感情などワタシには何も響かない。
 何を言われようとも、ワタシはその憎悪を知った上で行っている。
 それを今更説かれたところで、ワタシは何も動じない。
 キミがワタシを動揺させられる唯一の手段は、力を示すことだ。
 キミたちは綺麗ごとを信じているのだろう?
 昂ぶる感情が、苦境さえ乗り越えると。
 だが、ワタシにとってそれが真実かどうかはどちらでも構わぬ。
 大事なのは、しっかり結果を示し続けることだ。
 何を信じ何を思おうとも、影響を及ぼせなければ意味はない。
 フフ、キミに果たしてこの布陣を打ち破れるのかね?」
「……なら、倒せばいいんだな!?」
「ああ、物分りがいいネェ」
「俺はお前の話に乗るんじゃない!
 俺はみんなの怒りを感じるから、今ここで倒すんだ!
 デッキの熱を俺は感じている!!
 この世界の優しい空気が、あの大蛇への怒りに染まるのも感じている!!
 俺はその怒りを伝えるために、今ここで闘っている!
 その気持ちが、俺の闘いを後押しするんだ!」
「フフハハハ、勇ましいことだ!
 それを信じて強くなった気になるなら、そうするがいい!」
「ああ、そうさせてもらうよ!!
 それが幼くても格好悪くても、俺は構わない。
 みんなの気持ちを感じて、心が震えるんだ!
 その高鳴る気持ちと激しさを、俺は思い切りぶつけたい!!」

 翼はデッキに手を伸ばした。
「デッキは俺の気持ちに応えてきてくれた!
 そして、今俺はみんなの気持ちを背負っている!
 だから、その期待を俺のドローは裏切らない!!
 俺は絶対にここから逆転してみせる!!
 俺のターン、ドロー!」

LP2500
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》
手札
3枚
ウロボロス
LP3200
モンスターゾーン
《アタナシア・ウロボロス》
魔法・罠ゾーン
《ヒュギエイアの秘術》、伏せカード×1
手札
2枚

「俺はこのカードを発動する!」
 その信じる力を示すように、翼は目の前にカードをかざした。
「速攻魔法《手札断殺》!!
 お互いにカードを2枚捨てて、2枚ドローする!
 俺が捨てるのは、《ドラゴ・マギー》と《輝鳥-アクア・キグナス》!」

《手札断殺》
速攻魔法
お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドローする。

「その2枚の手札は、《アタナシア・ウロボロス》と《砂塵の悪霊》!!
 墓地に送れば、手札に戻すことは難しいはず!」
「フフ、悪くない結果を示してきたではないか。
 そうとだけは、賞賛しておこう」
 ウロボロスは意味深な言葉を残しつつ、手札を墓地に送った。
 まだ何かあるのか。それとも動揺を隠しているのか。
 ウロボロスの表情や動揺はまったく読み取れない。
 しかし、まだ《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》もある。
 ここを耐え抜くことなら、十分にできるはず。
 相手が場を整える前に、こちらが先に展開しなくてはならない。
「俺はモンスターを1枚セットして、ターンエンドだ!」

「さて、ワタシのターン、ドロー」
 ウロボロスは引いたカードを確認すると、くつくつと嗤いだした。
「フフハハハ! 《手札抹殺》に《手札断殺》、そして《メタモル・ポッド》!
 誰でも考えてくるような真正直な対処の仕方だ!
 それしきで封じたと思うのなら、片腹痛いネェ!!」
 自らの揺るがない優位を強調するかのように、手を振りかざす。
「リバースオープンだ、永続トラップ《アスクレピオスの秘蹟》。
 1ターンに1度、手札のモンスターを墓地に送り、同じ属性のモンスターを回収する。
 ワタシは手札の《ファントム・オブ・カオス》を捨てよう。
 そして、墓地の《アタナシア・ウロボロス》を手札に戻しておこう!
 フフフ、倒そうが手札を対処しようが、無駄なことなのだよ!!」

《アスクレピオスの秘蹟》
永続罠
手札のモンスターカード1枚を墓地に送り発動する。
墓地に送ったモンスターカードと同じ属性の
自分の墓地に存在するモンスター1体を手札に加える。
この効果は1ターンに1度、自分ターンのメインフェイズ時にのみ発動できる。

 布石は既に打たれていた。
 ウロボロスの手は確実に翼を上回ってくる。
「しかし、その《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》は邪魔だネェ。
 まあ、いい。《ヒュギエイアの秘術》の効果を使用しておこう。
 このカードは相手の墓地のカードもデッキに戻すことができる。
 忌々しい《古代の機械巨竜》をデッキに戻しておくとしようか。
 さらにモンスターをセットする。ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」
 だが、黙って敵の布陣の完成を見守っている翼ではない。
「俺はセットモンスターを生け贄に捧げる!
 セットしていたのは《カイザー・シーホース》!!
 そして、このカードは2体分の生け贄にできる!」

《カイザー・シーホース》
効果モンスター 星4/光属性/海竜族/攻1700/守1650
光属性モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。

「ほぅ、その手で最上級を呼び込んでくるか。
 古典的だが、それ故に意表を突かれたと言えばその通りか」
「いくよ! 《シューティングレイ・ドラゴン》を召喚だ!!」
 明菜から託されたカード。
 そして、明菜がこの世界から託されたカード。
 闇を貫くように、黒い三本角が鋭い光を放つ。
 今にもそれを放ち、大蛇を撃ち抜こうとするように。
 精霊界の怒りが、このドラゴンの登場で昂ぶっているのを感じる。
 自分達の世界を荒らす存在を許せない。
 その意志が今、新たな空気を呼び寄せていた。

《シューティングレイ・ドラゴン》
効果モンスター 星8/光属性/ドラゴン族/攻2300/守2200
1ターンに1度だけ、デッキからカード1枚を選択して墓地に送る。
このカードがフィールド上にある限り、墓地に送ったカードの種類により、
相手ターンのエンドフェイズ時まで以下の効果を得る。
●モンスター:このカードの攻撃力は墓地に送った
モンスターのレベル×100ポイントアップする。
●魔法:このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与え、
そのモンスターの守備力分だけ自分のライフポイントを回復する。
●罠:フィールド上のカード1枚を選択し、その効果を無効にする。
この効果の発動にチェーンすることはできない。

「そして、その効果を発動する!
 『シューティングレイ・インパクト』!!
 デッキから《古代の機械巨竜》を墓地に送って、攻撃力を800アップ!」
 中心の角がオレンジ色に光り輝き、力を帯びていく。

《シューティングレイ・ドラゴン》ATK2300→3100

「ほう……。なかなか上等な効果を持っているネェ。
 ここで攻撃力増強か。もしや仕掛けてくるのかね?」
「当然だ! 俺は《マジック・プランター》を発動する!
 このカードで、《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》を墓地に送る!
 そして、2枚のカードをドロー!!」

《マジック・プランター》
通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「これで攻め抜く!! いくよ、バトルだ!
 『シューティングレイ・ヴォルテックス』!!」
 幾多の閃光が流星のように、一斉に放たれる。
 そこに逃げ場はなく、また逃げる時間さえ与えない。
 四方八方から大蛇を撃ち抜き、その身を粉砕した。

ウロボロスのLP:3200→3000

「フフ、だが、次のターンでこいつは舞い戻ってくる。
 《火の粉》程度の200ダメージがほしいなら、くれてやろう」
 ウロボロスの墓地には、《ネクロ・ガードナー》がいるのに発動しない。
 それは防ぐ価値を見出せないからだ。
 次のターンで、《ヒュギエイアの秘術》で再召喚ができる。
 追撃の後続を出せない限り、ウロボロスのライフは削れない。
「俺はカードを1枚伏せる。ターンを終了する」

「ワタシのターン、ドロー!
 《トレード・イン》を発動しておくとしよう。
 手札の《ダーク・ボルテニス》を墓地に送り、カードを2枚ドローする」

《トレード・イン》
通常魔法
手札からレベル8のモンスターカードを1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「フフ、いいカードを引けたネェ!!
 ワタシは《アスクレピオスの秘蹟》の効果を発動しよう!
 手札の《ジェネティック・ワーウルフ》 のカードを墓地に送る。
 さて、これで分かるよナァ!
 墓地に存在する地属性モンスターは1体のみ!
 さあ、《砂塵の悪霊》を手札に戻すとしよう!!」

 目の前のモンスターに対処しなければ一瞬でやられる。
 しかし、永続罠に対処しなくては、展開手段が瞬く間に整えられていく。
 そして、今もまたあの凶悪な布陣が再構築されてしまった。
「フフハハハ、強力なモンスターを召喚したとしても、こいつの前には無力!
 さあ、セットしていた《ダーク・グレファー》を生け贄に捧げよう!
 もう一度蹂躙してくるがいい! 《砂塵の悪霊》よ!
 『ダスト・エクスプロージョン』!!」

 悪夢の霧を巻き込んで、砂嵐が再び吹き荒れる。
 すべてを飲み込み破壊する幽鬼。
 だが、それを前にして、翼も穿光竜も動じなかった。
 ドラゴンの王子たるカードが君臨してから、空気は変わった。
 あのモンスターに今なら対抗できると、翼に力を貸そうとしている。
 そして、翼も今なら乗り越える風を起こせると確信している。
「リバースオープンだ! カウンタートラップ《畳返し》!!
 召喚時に発動する効果を無効にして、そいつを破壊する!」

《畳返し》
カウンター罠
召喚成功時に発動される効果モンスターの発動と効果を無効にし、
そのモンスターを破壊する。

「ほぅ!」
 ウロボロスはその手に感心したように、感嘆の声を上げる。
 そう、この程度ならウロボロスは動じない。
 その先までいかなければ、ウロボロスに届かない。
 だから、もう一押しをここで叩きつける。
「カード効果の発動をカウンター罠で無効化した!!
 このときに召喚できる竜の王者のカードがある!
 いくよ! 特殊召喚だ! 《冥王竜ヴァンダルギオン》!!」

《冥王竜ヴァンダルギオン》
効果モンスター 星8/闇属性/ドラゴン族/攻2800/守2500
相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、
無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚する。

 黒く力強い光が解き放たれ、暗雲から巨大な竜が現れる。
 明菜のカウンターデッキの第一の象徴とも言えるカード。
 この逆転の場面に、駆けつけてくれた。
「さらにモンスター効果無効時の追加効果だ!
 『ブラック・アライアンス』!!
 俺は墓地から《古代の機械巨竜》を復活させる!」
 そして、再びクロノスの切り札を呼び出した。

LP2500
モンスターゾーン
《シューティングレイ・ドラゴン》、《冥王竜ヴァンダルギオン》、《古代の機械巨竜》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
0枚
ウロボロス
LP3000
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
《ヒュギエイアの秘術》、《アスクレピオスの秘蹟》
手札
2枚

 3体の最上級モンスターが立ち並ぶ。
 本来なら相手を一瞬で圧倒できるはずの布陣。
 だが、ウロボロスは珍しいものを見るように、興味深そうにしてるだけだ。
「フフフハハハハ!!
 《アタナシア・ウロボロス》の攻撃力を超えるモンスターが2体か!
 なかなかできることではないぞ!! 愉しい闘いだナァ!
 だが、さすがに息切れしてきたかね?
 フフフ、貴様も勇み足だけでは不可能なことは分かっているからナァ。
 《冥王竜ヴァンダルギオン》は守備表示で特殊召喚か。
 フフ、その通りだ。今からそいつは倒されるんだからネェ!
 さあ、永続罠《ヒュギエイアの秘術》を発動しよう!
 《アタナシア・ウロボロス》をデッキに戻し、さらに特殊召喚する!!」

《ヒュギエイアの秘術》
永続罠
墓地のカード1枚を選択し、持ち主のデッキに加えてシャッフルする。
この効果は1ターンに1度、自分ターンのメインフェイズ時にのみ発動できる。

 それでも大蛇の転生は止まらない。
 だが、次のターンには2体の攻撃で畳み掛けて反撃できるはず。
 それなのに、ウロボロスはなぜ余裕を保ったままでいられるのか。
「さあ、攻撃だ! 『ディアボリカル・ヴェイパー』!!
 その黒竜には退場してもらおう」
 翼に存在する隙と限界を見抜くかのように、一撃を決めてくる。
 翼の場は既にリバースカードも手札も尽きている。
 牽制をする余力はない。
 だが、ウロボロスにはサポートの永続罠も手札もある。
 見掛け倒しの形勢逆転では、ウロボロスに到底通用はしない。
「フフ、ワタシはリバースを1枚伏せて、ターンを終了しよう」

「俺のターン、ドロー……」
 攻めるには絶好のはずの翼の布陣。
 だが、翼の顔色は優れない。
 そのプレッシャーを裏付けるかのように。
 ウロボロスはリバースを解き放つ。
「スタンバイフェイズ、リバースを発動しよう!
 《毒蛇の供物》! 《アタナシア・ウロボロス》を破壊して発動だ!
 そのハリボテドラゴンと虚勢の竜に退場してもらおうか!!」

《毒蛇の供物》
通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在する爬虫類族モンスター1体を破壊し、
相手フィールド上に存在するカード2枚を破壊する。

 《アタナシア・ウロボロス》が叩き潰されると、そこから毒の濁流が湧き出す。
 そして、ドラゴンたちを飲み込み、腐食させて破壊した。
 自分のモンスターの不死性を最大限に生かす戦法。
 限りなく狡猾で、残虐なまでの破壊力。
 翼に残されたのは、手札のただ1枚のカードのみ。
「カードを1枚セットして、ターンエンド……」

「ワタシのターン、ドロー!
 さあ、《ヒュギエイアの秘術》!
 《アタナシア・ウロボロス》を墓地に戻そう。
 そして、手札から公開し、デッキより特殊召喚する!」
 事も無げに再臨する凶悪なる大蛇。
「さらに《終末の騎士》を召喚しよう!
 その効果だ。《ファントム・オブ・カオス》を墓地に送るとしようか!」

《終末の騎士》
効果モンスター 星4/闇属性/戦士族/攻1400/守1200
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから闇属性モンスター1体を選択して墓地に送る事ができる。

「フフハハハハ、これでワタシの優位は揺るがないものになったかね?
 それともまだ足掻く手があるとでも言うのかね?
 さあ、ダイレクトアタック! 総攻撃だ!」
 ウロボロスは攻撃を指示し、腕を振りかざす。
 その魔の手を遮るように、翼もリバースを開いた。
「速攻魔法《希望の羽根》だ!!
 墓地のキグナスを除外することで、バトルを強制終了する。
 そして、デッキからカードを1枚ドロー!」

《希望の羽根》
速攻魔法
自分の墓地に存在する光属性・鳥獣族モンスター1体を
ゲームから除外して、発動する。
このターンのバトルフェイズを終了させ、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「フフ、まだ無駄な可能性を探るくらいの、運はあったようだネェ。
 さあ、ワタシはターンエンドするとしようか」

「まだだ! まだ俺は引かない!
 俺のターン、ドロー!」

 翼の瞳はまだ光を失ってはいなかった。
 切り札を打ち破られても、立ち向かう力はまだ残されている。
 出番を待っているカード達がいる。
「俺は墓地の《ドラゴ・マギー》の除外効果を発動する!
 『マジカル・リロード』!!
 手札の《スピリット・ドラゴン》を除外して、カードを2枚ドロー!!」

《ドラゴ・マギー》
効果モンスター 星2/光属性/ドラゴン族/攻400/守800
このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
手札のドラゴン族モンスター1体をゲームから除外し、
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
「ドラゴ・マギー」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 翼の可能性は膨らんでいく。
 その諦めない勇気に導かれて。
「引き当てたよ! この状況を打ち破るモンスターを!!
 そして、お前の気持ちを揺さぶるモンスターを!!」
「フフ、何を言うかと思えば、そのような戯言を。
 なら、見せてみるがいい」
「ああ、俺は《高等儀式術》を発動するよ!

《高等儀式術》
儀式魔法
手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が
同じになるように自分のデッキから通常モンスターを選択して墓地に送る。
選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。

 召喚するモンスターは――」

 翼は手札のカードを裏返した。
 ウロボロスの表情が変化する。
 その嗤いが消え、表情を強張らせる。

「――《満月の女神王 エルザェム》!!
 デッキから《音速ダック》と《デーモンの召喚》を墓地に送って、降臨だ!!」

《満月の女神王 エルザェム》
儀式・効果モンスター 星9/光属性/天使族/攻3000/守2600
「満ちる月の秘法」により降臨。
相手フィールド上に裏側守備表示で存在するモンスターを選択して発動する。
選択したモンスターのコントロールを得る。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
このカードのカード名は、フィールド上または墓地に存在する限り
「月の女神 エルザェム」として扱う。

 月の神秘を、魔力を司る女神王が場に姿を現す。
 その胸に抱く蒼い水晶は、ウロボロスの険しい表情を映し出す。

「まだだ! 速攻魔法《祝宴》を発動する!
 デッキからカードを2枚ドロー!」

《祝宴》
速攻魔法
フィールド上に表側表示の儀式モンスターが
存在するときのみ発動することができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 引いたカードを見て、翼は逆転を確信する。
 今まで思いつきもしなかったやり方。
 託されたカードが、その可能性を押し広げた。
 あの大蛇を打ち倒す方法を、与えてくれた。
「俺は《月の書》を発動する!!
 裏側守備表示にするのは、《アタナシア・ウロボロス》だ!!」

《月の書》
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。

「なんだと!!」
 ウロボロスはその表情に、初めて明らかな動揺を浮かべた。
 この後に繰り出されるコンボを、ウロボロスが知らないはずがない。
 そして、その一手が有利不利を決定的に分けることを、翼以上に知っていた。
「《満月の女神王 エルザェム》の効果、『狂い輝く満月(フルムーン・スフィア)』を発動する!!!
 裏側守備表示のモンスターのコントロールを永続的に奪う!!
 《アタナシア・ウロボロス》にモンスター効果は効かない!
 でも、裏側守備表示になっている今なら別だ!!」

 女神王は水晶を天にかざし、魔力を集中させた。
 金色に水晶は照り輝き、満月の魔性を具現化させる。
 その魔力は眠れる大蛇を支配し、その体の自由を奪った。

「そして、《アタナシア・ウロボロス》を反転召喚する!!
 バトルフェイズに入るよ!!
 《アタナシア・ウロボロス》で《終末の騎士》を攻撃!」

 ウロボロスがそのデッキの要として使ってきたモンスター。
 それが今、ウロボロス自身に矛先を向ける。
 《終末の騎士》は悪夢の霧に侵され、蒸発させられる。

ウロボロスのLP:3000→1500

「さらに《満月の女神王 エルザェム》でダイレクトアタック!!」
 水晶を浮かび上がらせ、隕石のようにウロボロスに放った。
「《ネクロ・ガードナー》、効果発動だ」
 ウロボロスは淀みない口調で指示した。

《ネクロ・ガードナー》
効果モンスター 星3/闇属性/戦士族/攻 600/守1300
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 守護者の幻影が現れ、その攻撃を食い止める。
 しかし、ウロボロスの有利はもはや覆されていた。
 3枚で1枚となるカードのうち、1枚が奪われた。
 そして、強大な敵として、襲い掛かってくる。
 今一度打ち倒さなければ、奪還は不可能。
 しかし、時間稼ぎにモンスターをセットすれば、たちまちに奪われる。
 この布陣に対抗する術を、果たしてウロボロスは持っているのか。
 そして……。
「エルも力を貸したのだな」
 抑揚のないがはっきりとした声で、ウロボロスは問いかけた。
「そうだ。お前を止めてほしい、そう言っていたんだ」
「なるほどな、今度のエルは大人しいと思っていたら、そういうことか。
 行動の変化。ループの果てに魂が学習してしまった、そうとでも言うべきか。
 システムのエラーや、他のルーツ・ルインドの無力化もならば合点がいく。
 それすら看過できなかったとは、ワタシも甘かったな。
 少々興に乗ることに夢中になって、足元が疎かになっていたらしい」
 ウロボロスは自嘲的にささやいていた。
 その姿は沈んでいるようにも見える。
 だが、ただ事実を確認し直しているだけにも見えた。
 その感情が、いまひとつ読み取り切れない。
「エルさんは元に戻ってほしいと望んでいる。
 こんなことをやめてほしいって望んでいる」
「何もかも知っているのだな。
 かつてワタシとエルが一緒にいたことも」
 翼は頷き返した。
 ウロボロスはその翼に冷たい眼差しを返した。
 寒気を感じさせる、奈落の闇を宿したようなその瞳。
 底無しの、何を投げかけても響かない闇。
「的外れな願いだな。
 あの頃に戻りたいとも思わぬ。
 ワタシが揺り篭の中で眠っていることを許すほど世界は優しくない。
 いずれワタシは目を覚まし、気付くことだったのだよ」
 ウロボロスの低い声が、鈍く重く響く。
「ワタシはもはや優しさも理解も望んでいない。
 それ自体が慰みでしかないことを、ワタシは知っている。
 とても脆く儚く、頼りないものでしかないことを、ワタシは知っている。
 それは真実ではなく、求めるべきものでもなく、唾棄すべき思考停止だ。
 そこに確からしさを見出し、快楽や癒しを覚えるのであれば、好きにするがいい。
 しかし、それはこの世界の本当の姿ではない」

「――貴様に突きつけよう、その残酷を、この邪悪を。
 信じるものを全て打ち砕き、無秩序を体の髄まで叩き込んでやろう」

LP2500
モンスターゾーン
《満月の女神王 エルザェム》、《アタナシア・ウロボロス》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
ウロボロス
LP1500
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
《ヒュギエイアの秘術》、《アスクレピオスの秘蹟》
手札
1枚

 ウロボロスの場には有効なカードは何もない。
 手札もたったの1枚。
 それにも関わらず、ウロボロス自身の気迫が、翼を震え上がらせた。




第37話 最終決闘3-真なる邪悪の襲来-



「エルか……」
 その者が最初に聞いた声は、そのつぶやきだった。
 感情が伴わない、確かめるだけのような声。
 かすれた声。近くから聞こえる声。
 だから、その体を乗っ取り、自分のものにするべきと考えた。
 厚いまぶたを開いて、対象を補足する。
 思った通りに弱った男が、(はりつけ)にされていた。
 自分のための生け贄に捧げられているようだと、嬉しくなった。
 闇の手を伸ばし、男を触わり、その様子を確かめた。
 しかし、そこで違和感を覚えた。
 その意志の強靱さ。悪魔の柱がそこにそびえ立つかのような気配。
(馬鹿な……、なぜこのような強い意志を持っているのか)
 思わず言葉を声に出し、感嘆を漏らしてしまう。
「それは生きるために必要だったからだ」
 男はかすれた声で、幻と話すようにつぶやいた。
 実際に、男は朦朧とした意識で、過去の幻影と対面していたようだ。
(それでは困る。これではお前に侵入したとき、ワレが燃え尽きてしまう。
 ワレの復活が果たせないではないか)
「そうか。だったら、どうするのだね。
 かろうじて、ワタシを乗っ取ったとしても、力をほぼ使い果たすだろう。
 その上でこの戒めを解くことができるとでも言うのかね。
 さらにこの何もかもから見捨てられた場所より脱出できるのかね?」
 男は次第にはっきりとした口調で話し始めた。
 非常に理にかなった論旨、こちらの企みさえ把握している。
 男は精霊にかなりの段階で通じている、その者は恐ろしさを感じた。
 しかし、その者とて、ウエスト校に封印されし、不死の名を冠した悪霊。
 ただの男に屈するわけにはいかない。
 交渉をせよ。男の心の闇を掌握せよ。
(エルとはお前の女の名前か)
「……死んだ恋人の名だ」
(ならば、ワレと一つになれ。
 さすれば、お前は意思さえ超越した力を手に入れる。
 神に等しき感覚、完全性、洞察力を手に入れる。
 さすれば、恋人を完全に再現することも可能だ。
 お前が意思を放棄し、根源の突破(ルーツ・イクシード)を選択するのならば)
「できぬな」
(それがお前の一番の望みではないのか?!)
「違う。ひとときの夢物語の話だ。
 今となってはどちらでもよいことだ。
 いずれワタシは夢から覚醒していたのだから」
 覚醒。その言葉を口にしたとき、男の目は鋭くなった。
 底無しの奈落の闇を宿したような、意思の混沌。
「そして、ワタシは意志を放棄できぬ。
 ワタシは意識に支配された者だ。それは生きるための呪いのようなものだ。
 目の前の者を捉えたのなら、思考を走らせずにはいられない。
 目標を設定したのなら、具体的なプロセスを設定せずにはいられない」
 実際、男の意志の力は凄まじかった。
 悪意の針山を歩いてきたかのように、鍛え抜かれていた。
「だから、取引をしないかね?」
 そして、今もまた、最適解を導き出す。
「キミはワタシをこの束縛から解き放てばいい。
 それくらいの力は今でもあるのだろう。
 そうすれば、キミを地表まで連れて行こう。
 そして、完全に力を取り戻すために協力しよう。
 つい最近に別の精霊の力の復元に成功したところだ。
 キミの力を最大限に生かせるのはワタシだと思うが、どうかね?」

 監禁され衰弱し朦朧とした意識の中で、ウロボロスと悪霊は同盟を結んだ。
 以来、ウロボロスは装置を介さずに精霊と会話できたことがない。
 しかし、悪霊との究極的な利害の一致は続いていた。
 ウロボロスにとって、悪霊は自らの野望を達成する最も便利な道具。
 悪霊にとって、ウロボロスは自分の力を最大限に引き出すトレーナー。
 その悪の同盟は、揺るがない。


 翼は確かに《アタナシア・ウロボロス》のコントロールを奪った。
 そして、攻撃を命令した。その指示にモンスターは従った。
 だが、不安がどうしても付きまとっていた。
 このモンスターのコントロールを果たして維持できるのだろうか。
 その嫌な予感がどうやっても拭えない。
 翼が探ると、《アタナシア・ウロボロス》の心は沈黙していた。
 まるで何かを信頼しきっているかのように、心静かだった。

 同時に、目の前のウロボロスのプレッシャーは凄まじかった。
 その弱さを、負ける予感を少しも感じさせない堂々とした態度。
 モンスターがいないからこそ、ウロボロス個人の強さが際立つ。
 この不利な状況でも、ウロボロスの闘志と自信は揺るがない。
 翼の心に、不意にオーナー先生の言葉が浮かぶ。
 ――どうやって、その人がそこまで強くなったのか。
   それを考えなくてはいけません――
 ウロボロスはどうやってここまで強くなったのだろう。
 それも誰にも頼らずに、支えてもらうこともせずに。
 誰かのためや夢のために強くなるのなら、翼にも分かる。
 だが、この強さに至るウロボロスの孤独な道程が、翼には想像がつかなかった。

「ワタシのターン、ドロー」
 ウロボロスは手札と場を検討する。
「《マジック・プランター》を発動。
 永続罠《ヒュギエイアの秘術》を墓地に送り、カードを2枚ドロー」

《マジック・プランター》
通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「さらに永続罠《アスクレピオスの秘蹟》の効果を発動する。
 このカードは、もはや手元に不要だな。
 手札の《アタナシア・ウロボロス》を墓地に送ろう。
 代わりに同じ闇属性の《ファントム・オブ・カオス》を墓地から手札に」

《アスクレピオスの秘蹟》
永続罠
手札のモンスターカード1枚を墓地に送り発動する。
墓地に送ったモンスターカードと同じ属性の
自分の墓地に存在するモンスター1体を手札に加える。
この効果は1ターンに1度、自分ターンのメインフェイズ時にのみ発動できる。

 これまでに固めてきた布陣を一気に切り崩すプレイング。
 《ファントム・オブ・カオス》はレベル4のモンスター。
 わざわざ手札に加えたなら、仕掛けてくるのだろうか。
「フフ、カードを2枚伏せて、ターンを終了しよう」
 ウロボロスの表情に再び嗤いが戻る。
 その嗤いとは即ち、余裕が戻ったということ。
 この状況を打開する策を早くも見出したのか。
 何か万全の策を秘めたような不敵さ。

「俺のターン、ドロー!」
 翼にとって、攻め入る好機であるのは間違いない。
 しかし、自信を崩さないウロボロス。
 優勢のはずが、かえってそれが嵐の前の静けさであるかのようだ。
 不安が消せない。
「俺は《命鳥ルスキニア》を召喚して、そのまま生け贄に!
 そして、デッキから《聖鳥クレイン》を特殊召喚する!
 クレインを特殊召喚したとき、カードを1枚ドロー!」

《命鳥ルスキニア》
効果モンスター 星3/火属性/鳥獣族/攻500/守500
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生け贄に捧げる事で、
自分のデッキまたは墓地から守備力400以下の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。

《聖鳥クレイン》
効果モンスター 星4/光属性/鳥獣族/攻1600/守400
このカードが特殊召喚した時、このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。

 引いたカードを見て、翼はその恐れが薄れるのを感じた。
 デッキの回り方は理想的だ。
 恐れても仕方ない。このまま押し切ることを考えよう。
「俺は《輝鳥現界》を発動する!
 場からクレインを、デッキからピクスを生け贄に捧げて――」

《輝鳥現界》
儀式魔法
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

「燃え上がれ! 《輝鳥-イグニス・アクシピター-》!!
 そして、その召喚時の効果だ! 1000ポイントダメージ!!」

《輝鳥-イグニス・アクシピター》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「炎」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。

 ウロボロスに向かい、炎が放たれる。
 それが何の障害もならないかのように、目を閉じてビジョンの炸裂を見過ごした。
 翼の攻勢にウロボロスは全く動じていない。
 その余裕が翼に焦りを抱かせる。
 相手を追い詰めるほど、自分も追い詰められるような感覚。
 まるで決して起こしてはならない眠れる獅子を目の前にしているような恐怖。

ウロボロスのLP:1500→500

「クッ、バトルだ!!
 アクシピターで攻撃!! 『シャイニング・フレア――」
「リバース発動だ。永続トラップ、《強制終了》。
 場の《アスクレピオスの秘蹟》を墓地に送り、バトルを終了させる。
 残念だったネェ。攻撃が通るとでも思ったかね?」

《強制終了》
永続罠
自分フィールド上に存在する
このカード以外のカード1枚を墓地へ送る事で、
このターンのバトルフェイズを終了する。
この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

「いや……。何かあるとは思っていたけど……。
 でも、俺の優勢はそのままだよ!!
 このままターンエンドだ!」

「さて、ワタシのターンだ。ドロー……」
 ウロボロスはドローカードを確認し、目を見開いた。
「フフ、随分早かったな。
 そんなにこの小僧を叩きのめしたくてたまらないのか」
 ウロボロスは翼の場にいる悪霊に話しかけた。
 翼は、悪霊の鼓動が喜びで高鳴るのを感じた。
「ワタシは《所有者の刻印》を発動する!
 さあ戻って来い! 《アタナシア・ウロボロス》よ!!」

《所有者の刻印》
通常魔法
フィールド上に存在する全てのモンスターのコントロールは、
元々の持ち主に戻る。

「何!??」
 発動されたのは、コントロールを取り返す魔法。
「フフ、ワタシのデッキには攻撃力・影響力の大きいモンスターも多い。
 コントロール奪取を警戒するのは、そこまで不自然でもなかろう」
 ウロボロスは嗤いを浮かべながら、翼の苦しい表情を愉しむ。
「さて、お前に弄ばれ、こいつは随分と怒っているようだネェ。
 それにお前の邪気のない魂の傍にいて、身の毛のよだつ思いをしたらしい。
 フフフ、だからこいつは最大限の復讐を望んでいるようだ」
「何を、何をするつもりなんだ!!」
「そして、だ。ワタシとてね。
 キミのような無闇に何かを信じられる少年は大嫌いだ。
 さらに極めて残念なことに、キミには生半可な力がある。
 その勘違いや綺麗事を押し通してしまうような力がね。
 ワタシはそれを心から叩き潰したいと思う。
 この全力を以ってして、ね」
 戦慄さえ抱かせるような重い声で、ウロボロスは翼を脅す。
「リバースを発動する! 《リミット・リバース》!
 墓地の《ファントム・オブ・カオス》を復活させよう!
 さらにだ! 手札から《ファントム・オブ・カオス》を召喚する!」

《リミット・リバース》
永続罠
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

《ファントム・オブ・カオス》
効果モンスター 星4/闇属性/悪魔族/攻 0/守 0
自分の墓地に存在する効果モンスター1体を選択し、ゲームから除外する事ができる。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
このカードはエンドフェイズ時まで選択したモンスターと同名カードとして扱い、
選択したモンスターと同じ攻撃力とモンスター効果を得る。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
このモンスターの戦闘によって発生する相手プレイヤーへの戦闘ダメージは0になる。

LP2500
モンスターゾーン
《満月の女神王 エルザェム》、《輝鳥-イグニス・アクシピター》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
なし
ウロボロス
LP500
モンスターゾーン
《アタナシア・ウロボロス》、《ファントム・オブ・カオス》×2
魔法・罠ゾーン
《強制終了》、《リミット・リバース》
手札
0枚

「2体の《ファントム・オブ・カオス》……?!
 一体、何を狙って……ッ!」
「《ファントム・オブ・カオス》は姿無き闇。
 何にでもなれる、闇の無限の可能性を示す存在。
 さあ、今ここで悪夢を体現するとしようか!
 2体の効果発動! 墓地のモンスターを模写する!
 この2つの闇が真似るのは、《アタナシア・ウロボロス》!」
 2体が溶け出し、大蛇の形へとなっていく。
 翼の目の前の空を、闇の3体の大蛇がひしめき埋め尽くす。
「《アタナシア・ウロボロス》がフィールドに3体。
 その召喚条件からして、本来ならばあり得ない現象。
 だが、それを満たしたときに、この悪霊は真なる邪悪へと進化する!」
「進化だって!!?」
「無秩序はワタシと共に、ワタシは悪夢を体現する者なり。
 すべての罪悪を凝縮し、それを撒き散らすもの。
 あらゆる災禍はその身に、その鼓動こそ破滅の旋律。
 断ち切れぬ不死の真なる邪悪よ、今ここに舞い降りよ!!」

 空が暗闇に染まる。
 この空を大蛇の闇が完全に覆いこんだ。
 そしてうねりながら、闇と大蛇は一体化する。
 その闇はうごめき、波打っている。
 そこに巨大な顔が浮かんだ。
 赤黒い蛇の顔。憎しみと愉悦に歪んだ、醜悪な顔。

「来い!! 《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》!!!」

 浮き出た蛇の顔は、闇を抜け出し、その巨体を現した。
 鱗は進化し、岩石のように鋭く、突き刺さるよう。
 その割れ目がドクリと赤く光り、その中で鼓動が爆発しているようだ。
 まるで混沌とした火種を、剣で突き刺し収めこんだような苛烈な外観。
 闇に浮き立つ赤黒い大蛇が、大空を支配する。

《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》
効果モンスター 星10/闇属性/爬虫類族/攻4000/守3900
「アタナシア・ウロボロス」+「アタナシア・ウロボロス」+「アタナシア・ウロボロス」
自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、
融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
???

「攻撃力4000!!?」
「フフハハハ、それだけではない!
 特殊召喚時の効果を発動する!!」
 闇から赤紫の激流が湧き出し、翼の《満月の女神王 エルザェム》に襲い掛かる。
 毒の濁流に飲み込まれ、間もなく息絶える。
「『トレンシャル・ポイズン』。
 《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》の特殊召喚時の効果だ。
 フィールドのカード1枚を破壊する」

《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》
効果モンスター 星10/闇属性/爬虫類族/攻4000/守3900
「アタナシア・ウロボロス」+「アタナシア・ウロボロス」+「アタナシア・ウロボロス」
自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、
融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
このカードが特殊召喚されたとき、フィールド上のカード1枚を破壊できる。
???

「さらにバトルだ! 《輝鳥-イグニス・アクシピター》に攻撃!
 『ディアボリカリィ・ガルプダウン』!!」
 真っ直ぐにアクシピターへと向かい、そのまま丸呑みする。
 その体内は、何もかもを溶かす灼熱。
 圧倒的な攻撃力で、翼のモンスターを蹂躙する。

翼のLP:2500→1000

「ぐうああああああ!!!」
 ――そして、その衝撃は翼にまで及ぶ。
 内側から焼かれるような、肺を抉るような痛み。
 翼は思わず膝を屈した。息が、苦しい。
 全力を以って叩き潰す。
 ウロボロスのそれは、つまりは殺意に他ならない。
 そして、悪霊の昇華された姿が、空気を禍々しいものに変えた。
 つまり、このデュエルに負けたのなら、そのまま殺されかねない。
「フフハハハ、そうか! 痛みを伴う攻撃にまで、昇華されたか!
 それもキミでも中和しきれないほどに、濃密らしいネェ!!
 さあ、この悪霊の最終形態を前に何ができるかね?!
 ターンエンドだ!」

LP1000
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
なし
ウロボロス
LP500
モンスターゾーン
《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》
魔法・罠ゾーン
《強制終了》、《リミット・リバース》
手札
0枚

 翼のフィールドのモンスターは瞬く間にいなくなった。
 まだ、あのモンスターの効果の全容は明らかになっていないはず。
 その攻撃をしのぎながら、果たして逆転の手段は引けるのか。
「俺の……ターン、ドロー……!」
 息も絶え絶えに、翼はドローをした。
「カードを1枚セットして、ターンエンドだ!」
 引いたカードに慰められたように、翼はカードを伏せた。

「ふむ、ワタシのターン、ドローだ」
 翼のその様子を観察しながら、ウロボロスは状況をうかがう。
「どうやらこの攻撃は通らないらしいネェ。
 その強気な声と、反抗心に満ちた瞳で分かる。
 さて、ひとまず攻撃をしておくとしようか。
 バトルフェイズ、《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》よ――」
「俺は速攻魔法を発動する! 《希望の羽根》だ!!
 墓地のアクシピターをゲームから除外して、バトルを終了!
 そしてカードを1枚ドローする!」

《希望の羽根》
速攻魔法
自分の墓地に存在する光属性・鳥獣族モンスター1体を
ゲームから除外して、発動する。
このターンのバトルフェイズを終了させ、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「フフ、懲りないネェ!
 いいだろう。このターンだけは、見逃してやるとしよう。
 カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー……」
 ここまで何度も逆境を覆してきた翼。
 だが、今回は目の前に立ちはだかる敵が強大すぎる。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
 結局、苦し紛れの延命策を取らざるを得ない。
「フフフハハハ、言ったはずだな!
 見逃すのは、さっきのターンだけだと!!
 エンド時にリバースを発動する!」
 ウロボロスは甘い手を見過ごす相手ではない。
「《デストラクト・ポーション》!
 自分のモンスターを破壊し、その攻撃力分のライフを得る!
 ワタシはこの《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》を破壊する!」
 大蛇は砕け散り、闇に還っていく。
 ウロボロスのライフが回復する。

《デストラクト・ポーション》
通常罠
自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの
攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

ウロボロスのLP:500→4500

「!!? 自分のモンスターを!?」
「そして、そのエンドフェイズに、《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》の効果発動!」
 闇から再び、血と邪悪にまみれた大蛇の顔が浮き出る。
「『エンドレス・リインカーネーション』。
 《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》が場から離れたターン、再生効果を発動する。
 そのエンドフェイズに、特殊召喚される!!」
 再び燃えたぎるマグマを秘めた、あの黒き大蛇が空をうごめく。
「再生効果……ッ!! そのための破壊!」
「そして、特殊召喚された瞬間、特殊効果が発動する!
 『トレンシャル・ポイズン』!!
 そのリバースを破壊させてもらおうか!」
「クッ!! そんな!」
 翼の場の《イタクァの暴風》は、発動さえできずに破壊される。

《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》
効果モンスター 星10/闇属性/爬虫類族/攻4000/守3900
「アタナシア・ウロボロス」+「アタナシア・ウロボロス」+「アタナシア・ウロボロス」
自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、
融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
このカードが特殊召喚されたとき、フィールド上のカード1枚を破壊できる。
このカードがフィールドから離れたターンのエンドフェイズ時に、
離れたこのカードをあらゆる場所から自分フィールド上に特殊召喚する。
???

 再生と破壊。
 そして、それを最大限に可能にするウロボロスの腕。
「ワタシのターン、ドロー!
 ダイレクトアタック!!
 『ディアボリカリィ・ガルプダウン』!!」
「……墓地のピクスの効果!
 このカードをゲームから除外して、戦闘ダメージを防ぐ!!」

《恵鳥ピクス》
効果モンスター 星3/光属性/鳥獣族/攻100/守50
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
このターン、コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

「そうだったナァ! 二度目の儀式で墓地に送ったか!
 だが、その手ももう使えぬ。フフハハハハハ。
 《アドバンスドロー》を発動しておこう。
 このモンスターを生け贄に、カードを2枚ドロー。
 もっとも、エンドフェイズに戻ってくるがナァ!」

《アドバンスドロー》
通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル8以上のモンスター1体を生贄に捧げて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「さて、カードを1枚伏せて、ターンを終了するとしよう」


 明かされていくウロヴォケイオズの効果。
 絶望的なまでに蹂躙される翼のフィールド。
 さらに圧倒的に開いたライフポイント。
 覆しようのない差が、目の前に広がる。
「……どうして、……ここまでの強さを……」
 翼は何かに抗議するように、声を漏らした。
「何がお前を突き動かすんだ?
 なんでそんな悲しいものを背負って、闘おうとする!
 どうして、そんな強い力を持ってまで、無秩序を突きつけようとするんだ!
 そんなことをしようとする意味が、俺には分からない!」
 翼の中で、渦巻いていた。
 ウロボロスの闘う理由が、強さの源が分からない。
 世界が無慈悲で虚しいことを証明するために闘う?
 それで何が勇気づけられるというんだろう。
 そんなつらいものを背負って、なぜ前に進めるんだろう。
 自分とは全く違う動機で闘っているウロボロス。
 そして、それにも関わらず発揮される強さ。
 それが結びつかなかった。
「簡単なことだ。どちらが確からしいか、それだけだ。
 気付かない者に、確からしきことを教える。
 学問や研究は、そのためのものだと思うがどうかね?
 そして、ワタシを鍛え抜いてきたものは、悪意と疑念の刃だ。
 それを絶えず克服してきた、それだけだ」
「悪意と、疑念の刃……?」
「キミのような日和見主義の人間には分からないかね。
 ワタシには砂漠の只中で立ち尽くすように、ざらついた現実が見える。
 そして実際に、悪意と殺意を相手に、軍務では闘い抜いて来た。
 今もワタシの目的のために、闘っていることになるのかね。
 それを可能にするのは、不断の意志と強き力だ」
 ウロボロスは少しだけ目を伏せた。
 しかし、見開いたときには、その瞳は力強さに満ちていた。
 ウロボロスはいい加減でも、軽率でもない。
 真摯。その徹底ぶりは、そうとさえ見える。
「ワタシを揺り動かすものが分からないと言ったかね?
 それはこの魂、それ自身だ。
 ワタシ自身が経験し降り積もらせてきた過酷なもの。
 そして、ワタシが今も響き渡らせているこの血潮の鼓動。
 絶え間なく闘い克服してきたこの道程だけが、ワタシを奮わせる。
 ワタシは思うままに自身を裏切らずに、躊躇せずに他を踏み倒してきた。
 それをより確からしく、強大なものとして持続させる、それだけだ。
 そして、その目の前に立ち塞がるものは、破壊し尽くすのみだ」
「でも、そうやって、他人を犠牲にすることなんてダメだ!」
「それが偽善で、無意味なことだと言っている!!
 そうして配慮して気遣って、高尚で好ましい存在を気取るのかね?
 そのような一時的で形骸的なナルチシズムなど、いらぬ。
 ワタシはワタシの邪悪を徹底させる!
 そして、目の前に立ち塞がるものを突破する!
 さらには、蒙昧な者どもを利用し、青ざめさせる!
 この破滅の鼓動は、絶え間なく響き渡っていくのだよ!!
 このワタシの意志と力が、それを可能にするのだ!!」
 暗き闇に覆われた世界に、ウロボロスの叫びが響いていく。
「違う! その時だけの、形だけのものなんかじゃない!!
 自分だけのむなしいものなんかじゃない!
 そんな自分だけを突き通すやり方なんて間違ってる!
 みんなの気持ちがあって、それに勇気付けられて!
 俺はそうやって歩いてきた。そして、これからも進んでいきたい!」
「フフハハハハ! その戯れと馴れ合いで、何ができる!
 最初から言っているだろう!
 ワタシはキミの戯言など、今は受け入れるつもりもない!
 ただ、それを覆すことができるのは、力を示すことでのみだ!
 今、ワタシのウロヴォケイオズを前に、この力を前に何を示せるか。
 さあ、足掻いてみるがいい!!」
 言葉を交わしても、その違いが引き立つばかりだった。
 結局は同じ結論。ただ力を示すことでのみ、正当性は主張される。
 ――それでも、翼は少しずつ分かり始めていた。
 ウロボロスはただ偽りなく、自分を突き通したいだけだ。
 それがあまりに強引だから、他人と衝突している。
 だが、そうだとして、どうすればウロボロスを――。
「足掻いてみせるさ!!
 誰かと一緒にいるから発揮できる力を、俺が示してみせる!
 そのたった一人だけの強さがいくら凄くても、過酷でも、俺は負けない!!」

LP1000
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
ウロボロス
LP4500
モンスターゾーン
《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》
魔法・罠ゾーン
《強制終了》、《リミット・リバース》、伏せ×1
手札
1枚

「俺のターン、ドロー!!」
 そして、翼もまた、決して引き下がらない。
「引いたよ! 俺たちの力を繋げるカードを!!」
 翼はそのカードを高らかに掲げ、召喚条件を(うた)い上げる。
「墓地から6枚のトラップカードを除外する!
 《ジャスティブレイク》、《ガード・ブロック》、《エンジェル・ロンド》、《和睦の使者》、
 《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》、《イタクァの暴風》をゲームから除外!!
 そして、レベル7以上の光属性・ドラゴン族モンスターを除外。
 俺は《天帝竜アルジャザーイル》を墓地から除外する!」
「そのカード……まさか……ッ!?」
「そのまさかだ!! 俺たちの光を、鼓動させる!!!
 カードに託されたみんなの願いの元に、特殊召喚する!!
 《希望に導かれし聖夜竜》!!!」
 闇に包まれた世界を塗り変えるように。
 黒きガラス水晶に覆われた世界を、打ち破らんばかりに。
 翼を大きく広げ、螺旋を描きながら、天に飛翔する。
 光の粒子が散らばり、一粒一粒が力強く輝く。
 何ものにも染まらない高貴なる紫紺の鱗。
 闇夜を切り裂いて、甲高い声が響き渡った。

《希望に導かれし聖夜竜(ホーリー・ナイト・ドラゴン)
効果モンスター 星10/光属性/ドラゴン族/攻2500/守2300
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の罠カード6枚と光属性のレベル7以上の
ドラゴン族モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
このカードは相手のあらゆるカードの効果を受けない。
このカードの特殊召喚に成功したとき、
自分のデッキからカードを1枚選択し、手札に加える。

「《希望に導かれし聖夜竜》の効果だ!
 『ホーリー・ナイト・ウィッシュ』!!
 デッキから好きなカード1枚を手札に加えられる。
 俺は――」
 考えなければならない。あのモンスターを倒せるカードを。
 フィールドから引き離すだけでは勝てない。
 どんな場所からも復帰できる可能性がある。
 継続的に倒す方法。だとすれば、装備魔法。
 だが、一度倒して復活するときに、そこを狙われてしまう。
 さらにこちらから攻撃するときは、《強制終了》が立ちはだかる。
 そこで墓地に送られたら、そのターンの戦闘は終わり。
 返しのターンに、反撃でやられてしまうだけ。
 となれば、少しでも長くここを持ちこたえさせるには……。
「《オネスト》を手札に加えるよ!!」
 今は戦闘ダメージを与えなくてはならない。
 完全封殺は無理でも、今は少しでも差を詰めるしかない。
「さらに俺は《貪欲な壺》を発動する!!」

《貪欲な壺》
通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 翼は今のデッキのデメリットを分かっていた。
 みんなのカードを合わせた分、火力は格段に高まっている。
 だが、かみ合ったキーカードを引ける可能性は低い。
 だから、手札が少なくなるほど擦れ違い、不利になりやすい。
 劣勢に追い込まれれば、そのまま押し切られる可能性が高い。
 《貪欲な壺》はキーカードを引けた今だから発動できる魔法。
 突破口がかろうじて見えてきたから、今この可能性に賭けられる。

「《戦士ダイ・グレファー》、《ヴォルカニック・ロケット》、《輝鳥-アエル・アクイラ》、
 《命鳥ルスキニア》、《霊鳥アイビス》をデッキに戻して、2枚ドロー!!」
 
 手を伸ばすたびに、デッキは力を貸して、翼に勇気をくれる。
「俺は《大嵐》を発動する!
 その《強制終了》と伏せカードを破壊するよ!!」

《大嵐》
通常魔法
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。

 クロノス先生の託してくれたレアカード。
 ここで《強制終了》を突破できれば、反撃も見えてくる。
「ここでリバースを、オープンしよう。
 《宮廷のしきたり》を発動。
 これでワタシのフィールドの永続罠はここでは守られる」

《宮廷のしきたり》
永続罠
フィールド上に表側表示で存在する
「宮廷のしきたり」以外の永続罠カードを破壊する事はできない。
「宮廷のしきたり」は、自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 ウロボロスは冷静に、翼の反撃を打ち払った。
「フフハハハハ、ワタシが対策をしてないとでも思ったかね?
 永続罠を機軸に置くからには、これくらい想定している!
 せっかくの切り札登場だったようだが、攻勢には移らせんよ!」
 ウロボロスもまた、デュエルに精通する者。
 有効でも真正直な手は、やはりウロボロスに通用しない。
「俺は……」
 今ここで攻め入ることは、あまりにも無謀。
「カードを1枚伏せて、ターンを終了するよ……」

「ワタシのターン、ドローだ!!」
 攻勢に移るタイミングを逃した相手を、ウロボロスは逃さない。
「さあて、その目障りな天使を葬り去っておくとしようか!!
 攻撃だ!! 『ディアボリカリィ・ガルプダウン』!!!」
「!!!」
 負けると分かっているはずの戦闘に向かってくる。
 だが、それはライフに余裕があるからこそできる、大胆かつ有効な一手。
 翼の対抗手段を、ある意味では無駄撃ちさせる計算づくの攻撃。
 この切り札を消極的に使わなければならない苦しい戦況。
 それでも今は、聖夜竜を失うわけにはいかない。
「《オネスト》!!!」
 敵を拒絶するように、翼は手札を目の前にかざした。

《オネスト》
効果モンスター 星4/光属性/天使族/攻1100/守1900
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在する
このカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。

《希望に導かれし聖夜竜》ATK2500→6500
(《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》のATK4000をプラス)

 純白の光の翼が広がり、聖夜竜は急加速して飛翔する。
 邪悪なる大蛇の攻撃を、軽やかにかわし、天空から見降ろす。
「迎撃だ!! 『オネスティー・ホーリー・ナイト・ブレイズ』!!」
 黄金の聖なる力を交えながら、浄化の白き炎が放たれる。
 ウロヴォケイオズはまともに喰らい、闇の中に姿を消した。
 ――だが、その企むような嗤いも、潜み睨み返す殺気も消えないまま。

ウロボロスのLP:4500→2000

「フフフハハハハハ! 美しい一撃だ!!
 この輝き、確かにワタシを超えることができる強さだ!!」
 ウロボロスは純粋に、その一撃を賞賛しているようにも見えた。
「ワタシはキミの言うことを分からないと言っているのではない。
 キミの力は何度もワタシの布陣を突破してきた。
 偶然の積み重ねでも、その程度の実力があるということは、認めてやろう。
 だが分かった上で、無価値とみなしているのだ! フフフフフ!!
 ああ確かに、絆だの信頼だの希望だの、勇気付けるものはあるだろうネェ!
 だが、その輝きは一瞬ではないかね。
 そのような儚いものに確からしさは認められんよ」
「違う!! 一瞬だけのものなんかじゃない!」
「ならば抗い続けて、証明してみせよ。
 この止めどなき邪悪を何度でも超えてみせるのだな!
 ゆくぞ! 永続魔法発動! 《エクトプラズマー》!
 エンドフェイズ時に、モンスターを生け贄にダメージを与える!」

《エクトプラズマー》
永続魔法
各プレイヤーは自分のターンのエンドフェイズ時に1度だけ、
自分フィールド上の表側表示モンスター1体を生け贄に捧げ、
元々の攻撃力の半分のダメージを相手プレイヤーに与える。 

「させない!! リバースだ! 《砂塵の大竜巻》!
 《エクトプラズマー》はそのまま破壊だ!」

《砂塵の大竜巻》
通常罠
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
破壊した後、自分の手札から魔法または罠カード1枚をセットする事ができる。

「フフハハハハ、いいぞ! その調子だ!
 その声も心も枯れるまで、ワタシが痛めつけるとしよう!
 ターンエンドだ!! そして、ウロヴォケイオズは復活する!!
 『エンドレス・リインカーネーション』!
 特殊召喚時の効果! 『トレンシャル・ポイズン』!!
 その聖夜竜を、標的にしてみようかネェ!」
 汚染された激流が、闇から噴き出す。
 聖夜竜はかわすこともせずに、両翼で体を覆った。
 そこにデュエルモンスターズのカードの裏側のような紋様が浮かび上がる。
 敵対する者に侵されない聖域を発生させる能力。
 何者にも侵されず、聖夜竜はその輝きを放ち続ける。
「『高潔なる純白の聖域(ホーリー・ペネトレイター)』の効果。相手のあらゆるカードの効果を受け付けない……か。
 フフハハハハハ! 素晴らしい力だ!!
 だが、この暴虐の力(ディアボリカル)には勝てまい!!!
 さあ、キミのターンだ!
 一瞬だけのものではないと、言っただろう?
 なら、この闇を、無秩序なる力を乗り超えて来るがいい!!」
「そうだ! 俺たちの気持ちは一瞬だけのものじゃない!!
 何度でも倒してやる! 俺たちの信じる力を、この手で証明し続ける!!」

 少しずつ、ほんの少しずつ。
 世界が軋むような激しいぶつかり合いの中で。
 意志を交差させ、二人はお互いを理解しつつあった。
 摩擦して起こる火花が眩しすぎて、その未来も見えないままで。




第38話 最終決闘4-希望に導かれしもの-



LP1000
モンスターゾーン
《希望に導かれし聖夜竜》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
0枚
ウロボロス
LP2000
モンスターゾーン
《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》
魔法・罠ゾーン
《強制終了》、《リミット・リバース》
手札
1枚

「俺のターンだ、ドロー!」
 ウロヴォケイオズを倒せるカードは簡単には舞い込まない。
 攻略するのは、あの攻撃力だけではない。
 あの《強制終了》も崩さなければ、攻撃を叩き込めない。
「俺は聖夜竜を守備表示に変更する。
 そして、カードを1枚伏せて、ターンエンドするよ!」
 その翼の瞳に、迷いも恐れもなかった。

「ワタシのターン、ドロー!」
 ウロボロスにも、その意志は伝わっていた。
 あのときと同じ。この攻撃は通らない。
「バトルだ!
 『ディアボリカリィ・ガルプ――」
「――速攻魔法、発動だ! 3枚目の《希望の羽根》!!
 墓地のアクシピターをゲームから除外して、カードを1枚ドロー!!」

《希望の羽根》
速攻魔法
自分の墓地に存在する光属性・鳥獣族モンスター1体を
ゲームから除外して、発動する。
このターンのバトルフェイズを終了させ、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「フフハハハハ! いいだろう、ワタシはこれでターンを終える!!
 だが、守勢ばかりでワタシを失望させるな!!
 その全力を燃やし尽くして来るがいい!
 容赦なく撃ち滅ぼしてくれよう!!」
 まるで相手を激励するかのように訴えかける。
 翼はその身を闘志に震わせ、叫び返した。
「言われなくても、全力で向かうよ!
 俺のターンだ、ドロー!!
 そして、《貪欲な壺》を発動する!
 墓地の《放浪の勇者 フリード》、《古代の機械巨竜》、《満月の女神王 エルザェム》、
 《音速ダック》、《カイザー・シーホース》をデッキに戻して、2枚ドロー!」
 翼は引いたカードを見て、このターンにすべきことを理解した。
 羽ばたき続ける。可能性から可能性へ、その全力を以って。
「俺は《命鳥ルスキニア》を召喚する!
 そして、生け贄に捧げ、デッキから《英鳥ノクトゥア》を特殊召喚!
 ノクトゥアの効果で、デッキから《輝鳥現界》をサーチする!」

《命鳥ルスキニア》
効果モンスター 星3/火属性/鳥獣族/攻500/守500
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生け贄に捧げる事で、
自分のデッキまたは墓地から守備力400以下の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。

《英鳥ノクトゥア》
効果モンスター 星3/風属性/鳥獣族/攻800/守400
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。

 翼の言葉で鳥たちが羽ばたき、風が強まり、渦巻いていく。
「もう一度、俺のフェイバリットを呼び出す!!
 《輝鳥現界》を発動するよ!!
 場からノクトゥアを、デッキからアイビスを生け贄に捧げる!!
 降臨せよ!! 旋風の大鷲! 《輝鳥-アエル・アクイラ》!!
 そして、その効果だ! 『ルーラー・オブ・ザ・ウインド』!!
 フィールド上の魔法・罠をすべて破壊する!
 その《強制終了》も破壊だ!!」

《輝鳥現界》
儀式魔法
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

《輝鳥-アエル・アクイラ》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「風」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

 闇を吹き飛ばすかのように、旋風が解き放たれる。
 ビリビリと空気が震え、何もかもを吹き飛ばしていく。
 そして、まだ風は収まらない。
「儀式の生け贄になったアイビスの効果だ!
 カードをドローする!!」

《霊鳥アイビス》
効果モンスター 星4/水属性/鳥獣族/攻1700/守900
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、 自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 可能性から、可能性へ、翼は力強く羽ばたく。
「俺は《異次元からの埋葬》を発動するよ!!
 除外ゾーンから、3枚のカードを墓地に戻す!
 俺が選ぶのは《天帝竜アルジャザーイル》、《恵鳥ピクス》、そして《ドラゴ・マギー》だ!」

《異次元からの埋葬》
速攻魔法
ゲームから除外されているモンスターカードを3枚まで選択し、
そのカードを墓地に戻す。

「墓地の《ドラゴ・マギー》の除外効果だ!!
 手札の《ミラージュ・ドラゴン》を除外して、カードを2枚ドロー!」

《ドラゴ・マギー》
効果モンスター 星2/光属性/ドラゴン族/攻400/守800
このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
手札のドラゴン族モンスター1体をゲームから除外し、
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
「ドラゴ・マギー」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 翼は息を止めて、引いたカードを見つめた。
 追い求めていたカードがそこにあった。
「辿り着いたよ。これが俺の最強コンボだ!!
 俺は3枚目の《輝鳥現界》を発動するよ!
 フィールドの《輝鳥-アエル・アクイラ》を生け贄に、
 さらに、デッキから《寧鳥コロンバ》を生け贄に捧げる!!」
 捧げられた魂は、まばゆい太陽のような光に収束していく。
「レベル10の儀式……だと……ッ!?」
「――来い!! 《輝鳥-ルシス・ポイニクス》!!
 同時にその効果、『ルーラー・オブ・ザ・ライト』!!!
 ウロボロス! お前のフィールドのモンスターを全滅させる!!」

《輝鳥-ルシス・ポイニクス》
儀式・効果モンスター 星10/光属性/鳥獣族/攻3000/守2500
このカードは「輝鳥現界」の効果によってのみ降臨できる。
このカードを「輝鳥現界」により降臨させるとき、
フィールドから生贄に捧げるモンスターは、
「輝鳥」と名のつくモンスターでなければならない。
このカードの属性はルール上「風」「水」「炎」「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。

 まばゆき太陽のごとき不死鳥が、黒き大地へと飛び込む。
 そして、その爆発的なエネルギーにより赤へと染め変える。
 大地は息を吹き返したかのように、マグマを噴き立たせる。
 銀と赤と金と白の光が、火花のように飛び散っている。
 生命の業火がウロヴォケイオズを燃やし尽くしていく。
 その邪悪を退けることができるのは、今だけ。
 それでも、この瞬間が、絶対のチャンス。

LP1000
モンスターゾーン
《希望に導かれし聖夜竜》、《輝鳥-ルシス・ポイニクス》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
0枚
ウロボロス
LP2000
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚

 アクイラ、そして直後のポイニクス。
 2体の輝鳥の召喚時強制効果による全体破壊。
 相手のモンスター・魔法・罠をすべて破壊する絶対のコンボ。
 ウロボロスのフィールドには、何のカードも存在しない。
「これで終わりだ!! 聖夜竜を攻撃表示にして、バトル!
 ポイニクス! 『ライト・ピュリフィケイション』!!!」
 不死鳥が彗星のように光って燃え、ウロボロスに激突する。

 ――直撃。

 凄まじい音が響き渡り、世界が振動している。
 直撃したはず。翼のウロボロスを超える気持ちを込めた一撃だ。
 それを喰らったのなら、バランスを崩すほど、吹き飛ばされるはず。
 だが、この対抗するような鈍い感触は何か。
 まるで受け止めているように、なぜ立っていられる。
 ポイニクスの勢いが殺されるほどに、その存在は絶対として立ちはだかる。
 その光が今燃え尽きたとき、底なしの闇を翼は見た。
「一体どうして、届かない……ッ!」
 呆然と、翼の視線はその闇に吸い込まれる。
「フフハハハハハ!!
 一瞬の最高の輝き! しかとこの目に焼き付けたぞ!!
 だがな! この闇を破るには至らないのだヨォ!!」
 ウロボロスは興奮にまみれ、そして嗤い続ける。
「フッフハハハハハハ!!
 《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》が場から墓地に送られたとき、
 たちまちにワタシを守る絶対の闇の壁として立ちはだかる!
 このウロヴォケイオズを安直に除去しても、ワタシにダメージは及ばぬ!!」

《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》
効果モンスター 星10/闇属性/爬虫類族/攻4000/守3900
「アタナシア・ウロボロス」+「アタナシア・ウロボロス」+「アタナシア・ウロボロス」
自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、
融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
このカードが特殊召喚されたとき、フィールド上のカード1枚を破壊できる。
このカードがフィールドから離れたターンのエンドフェイズ時に、
離れたこのカードをあらゆる場所から自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードがフィールド上から墓地に送られ、墓地に存在する限り、
このカードの持ち主は戦闘ダメージを受けない。

「そん……な……」
 翼の全身全霊の一撃は、届かない。
 息を切らしていた。全力で駆け抜けた一撃だった。
 それさえ通用しないウロボロスの強大な闇。
 まだ、墓地にはピクスがいる。
 次はまだ、ある。
 しかし、その可能性は儚く揺らいでいる。
 次の逆転の手は……どうやって……。
 思考をまとめようとして、うまくまとまらない。
 立ち止まったら、そこで闇に押し切られてしまう。
 描く最善の一手に繋げなくては。
 未来をイメージできないまま、翼は手札をディスクにセットした。
「まだ……だ! リバースを1枚セットして、ターンエンド!!」
「フフフハハハハ! そして、この瞬間、ウロヴォケイオズの再生、そして蹂躙!
 『エンドレス・リインカーネーション』、『トレンシャル・ポイズン』!!
 その目障りな鳥を、消し去ってしまおう!!」
 ポイニクスは赤紫の濁流に飲み込まれ、その身を崩した。
 信じるものを打ち砕いていく、ウロボロスの暴虐。
 かろうじて立っていられる。
 だが、ここからどうやって――。

「――よくやった。勇気ある少年よ。
 よくぞ、ここにウロボロスを呼び寄せたな」

 重い声が響き、後ろからまばゆい光が差し込んだ。
 振り返る。しかし、凄まじい風に目を開けられない。
 ただ、何者かが頭上を通り過ぎていくのが分かる。
 ようやく見上げると、空にはドラゴンたちが飛び交っていた。
「長い間持ちこたえてくれたお陰で、この最果てまで辿り着いた。
 後は我々が跡形も無く粉砕してやろう」
「《シューティングレイ・ドラゴン》!?」
「ウロボロス。お前はこの世界の敵だ。
 容赦なく打ち砕く。ゆくぞ!!」
 その号令とともに、一斉にドラゴンたちの破壊光線が放たれる。
 その光線の唯一つの交点、対象はウロボロス。
 
「――邪魔立てをするな!!!」
 ウロボロスはその白衣から、素早くカードを取り出し、目の前にかざした。
 大きな渦が巻き、その攻撃は阻まれる。
「《攻撃の無力化》だ!
 デュエルモンスターズの法則に縛られる有象無象など、取るに足らぬ。
 さあ、《魂の氷結》だ。そこで氷付けになり、黙って見ているんだな!」

《攻撃の無力化》
カウンター罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。

《魂の氷結》
通常罠
自分のライフポイントが相手のライフポイントより
2000以上少ない時に発動する事ができる。
相手の次のバトルフェイズをスキップする。

 この世界でのデュエルモンスターは、デュエリストが所持する1枚と同格。
 その個体差も、カードの法則を捻じ曲げられるほどにはならない。
 故に40枚以上のデッキの束を持つ相手には敵うはずもない。
 そして、ウロボロスの尽きない意志に、油断も隙も存在し得ない。
「既にただの力のぶつかり合いでは決着しないと、分かっているはずだナァ!
 今このワタシを越えたければ、このデュエルで上回ってみせよ!!」

「少年よ、我々の力を使え。
 あの大蛇を封じる方法は、そこにある」
「ドラゴンの力……?」
 真っ先に浮かんだのは、《シューティングレイ・ドラゴン》の多彩な効果。
 確かに今の《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》にはモンスター効果耐性は無い。
 《アタナシア・ウロボロス》から攻撃的に進化した今、耐性は弱まっている。
 今の進化形態にしか通じない効果が、一つだけある。
 そして、その効果なら――。
「絵空事を描く前に、目の前の攻撃に耐えねばならんヨォ!
 ワタシのターン、ドロー!
 《ファントム・オブ・カオス》を召喚。
 その効果により、《ダーク・クリエイター》の効果をコピーする!
 そして、写し取った効果で、《ダーク・ホルス・ドラゴン》を蘇生だ!」

《ファントム・オブ・カオス》
効果モンスター 星4/闇属性/悪魔族/攻 0/守 0
自分の墓地に存在する効果モンスター1体を選択し、ゲームから除外する事ができる。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
このカードはエンドフェイズ時まで選択したモンスターと同名カードとして扱い、
選択したモンスターと同じ攻撃力とモンスター効果を得る。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
このモンスターの戦闘によって発生する相手プレイヤーへの戦闘ダメージは0になる。

《ダーク・クリエイター》
効果モンスター 星8/闇属性/雷族/攻2300/守3000
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に闇属性モンスターが5体以上存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在していない場合に特殊召喚する事ができる。
自分の墓地の闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、
自分の墓地の闇属性モンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

《ダーク・ホルス・ドラゴン》
効果モンスター 星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守1800
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手のメインフェイズ時に魔法カードが発動された場合、
自分の墓地からレベル4の闇属性モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 ウロボロスの展開力とて、翼に引けを取らない。
「バトル! もっとも、ピクスの効果でダメージは通らないのかネェ……。
 だが、これでようやくその忌々しい聖夜竜を倒せるナァ!!
 『ディアボリカリィ・ガルプダウン』!!」
 大蛇がうごめき、凄まじい勢いで聖夜竜に迫る。
 一面はその棲み処の闇。防ぎようが無い。
「クッ! 墓地のピクスの効果発動!
 このターンの戦闘ダメージは受けない!」

《恵鳥ピクス》
効果モンスター 星3/光属性/鳥獣族/攻100/守50
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
このターン、コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

 かろうじて、翼にダメージは通らない。
 だが、聖夜竜は大蛇に丸呑みにされ、その体内で焼き尽くされる。
「フフハハハハ! いくら対抗しようとも、奪い尽くしてくれる!
 それでも向かってくるというのなら、受けて立とうではないか!
 ワタシはカードを2枚伏せて、ターンを終了する!!」
「何度でも向かってやるさ! エンド時にリバース発動だ!
 《奇跡の残照》!! バトルでやられたモンスターを復活させる!
 もう一度舞い降りろ!! 《希望に導かれし聖夜竜》!!」

《奇跡の残照》
通常罠
このターン戦闘によって破壊され自分の墓地へ送られた
モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。 

「なッ! その手を用意していただと!!」
 光の粒子が翼の場に集まり、聖夜の輝きを再び呼び出す。
「聖夜竜が特殊召喚された!! これでもう一度効果発動だ!
 『ホーリー・ナイト・ウィッシュ』!!
 俺がデッキから手札に加えるのは、――《遥かなる飛翔》!!」

《希望に導かれし聖夜竜(ホーリー・ナイト・ドラゴン)
効果モンスター 星10/光属性/ドラゴン族/攻2500/守2300
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の罠カード6枚と光属性のレベル7以上の
ドラゴン族モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
このカードは相手のあらゆるカードの効果を受けない。
このカードの特殊召喚に成功したとき、
自分のデッキからカードを1枚選択し、手札に加える。

「フフハハハハ!! いいだろう!
 その挑戦、受けて立とうではないか!!
 さあ、向かってくるがいい!」

LP1000
モンスターゾーン
《希望に導かれし聖夜竜》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
ウロボロス
LP2000
モンスターゾーン
《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》、
《ダーク・ホルス・ドラゴン》、《ファントム・オブ・カオス》
魔法・罠ゾーン
伏せ×2
手札
0枚

「準備は整ったな。あとは奴を飛び越えるための手段だ。
 攻撃力増強のカードだ。引いてみせよ、少年よ!!」
「攻撃力増強か……。俺はあんまり得意じゃないけれど――。
 でも、みんなのカードになら、その手があるよ!!
 ここで俺が引き当ててみせる!
 俺のターン、ドロー!!」
 デッキの一番上に手を当てた瞬間に分かった。
 このカードは精霊の鼓動のあるカード。
 仲間たちの到来を心から喜んで、力を貸したいと思っているカード。
 そのカードがデッキの眠りから開放され、姿を現す。
「翼! 私の力を使って!!
 そうすれば、あのウロボロスを超えられるわ!」
 《ドラゴ・ミレイ》が飛び出し、翼を導く。
「うん! 使わせてもらうよ!
 《ドラゴ・ミレイ》を召喚、その特殊効果だ!!
 『ミラクル・リヴァイブ』!!
 聖夜竜と《ドラゴ・ミレイ》を生け贄に捧げ、効果発動!!」

《ドラゴ・ミレイ》
効果モンスター 星2/光属性/ドラゴン族/攻800/守400
このカードと自分フィールド上に存在する
ドラゴン族モンスター1体を選択して生け贄に捧げる。
墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在するドラゴン族モンスターの
攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも使用できる。

 《ドラゴ・ミレイ》は奇跡を呼び起こすカード。
 そして、《希望に導かれし聖夜竜》は希望を届けるカード。
 2つの力が交差し、ドラゴンたちの願いをかなえる。
「もう一度《希望に導かれし聖夜竜》を復活させる!
 『ホーリー・ナイト・ウィッシュ』が、もう一度発動する!
 俺が手札に加えるのは、――《団結の力》だ!!」
 2枚のキーカードを、ドラゴンたちの力でこの手に。
 今度こそ、ウロボロスを絶対に超えてみせる。
「俺は《遥かなる飛翔》を発動する!!
 墓地のアルジャザーイルを除外して、《シューティングレイ・ドラゴン》を復活!!
 そして、さらに攻撃力は800ポイントアップだ!」

《遥かなる飛翔》
通常魔法
自分の墓地からレベル7以上のドラゴン族または
レベル7以上の鳥獣族のモンスター1体を選択して発動する。
自分の墓地からそのモンスターと同じレベル・属性・種族を持つ
モンスター1体をゲームから除外することで、
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードの効果で特殊召喚したモンスターの
攻撃力は800ポイントアップする。

《シューティングレイ・ドラゴン》ATK2300→3100

「……通常魔法が使われた。ここで《ダーク・ホルス・ドラゴン》の効果も発動する。
 ワタシは《ファントム・オブ・カオス》を守備表示で特殊召喚しよう」
 ウロボロスは翼の攻勢に、警戒を強める。

《ダーク・ホルス・ドラゴン》
効果モンスター 星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守1800
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手のメインフェイズ時に魔法カードが発動された場合、
自分の墓地からレベル4の闇属性モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 竜の王子がその身を震わせ、大蛇に吼え猛る。
 風を集め、闇を打ち破る光を収束させようとする。
「そして、《シューティングレイ・ドラゴン》の第3効果!!
 デッキから罠を墓地に送って、『シューティングレイ・プレッシャー』!!
 俺は《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》の効果を封印する!!」

《シューティングレイ・ドラゴン》
効果モンスター 星8/光属性/ドラゴン族/攻2300/守2200
1ターンに1度だけ、デッキからカード1枚を選択して墓地に送る。
このカードがフィールド上にある限り、墓地に送ったカードの種類により、
相手ターンのエンドフェイズ時まで以下の効果を得る。
●モンスター:このカードの攻撃力は墓地に送った
モンスターのレベル×100ポイントアップする。
●魔法:このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与え、
そのモンスターの守備力分だけ自分のライフポイントを回復する。
●罠:フィールド上のカード1枚を選択し、その効果を無効にする。
この効果の発動にチェーンすることはできない。

 王子の黒き角の一角が紫色に光り、魔力が集中する。
 抑制と威圧の力を持つ閃光が、大蛇の腹に風穴を開ける。
 これが突破口。あのウロヴォケイオズを破る手段。
「ウロヴォケイオズの効果をターン終了時まで封印する!!
 これでその再生効果も使えなくなるよ!」
「……その手で、来ると言うのか」
 ウロボロスは翼の手札も、墓地も、その効果も把握していた。
 ウロヴォケイオズ自身の効果が封じられれば、再生はできない。
 二度と再生できなくなる以上、サクリファイス・エスケープも使えなくなる。
 そして、翼は攻撃力を高めるカードを手にしている。
「さらに《団結の力》を聖夜竜に装備する!!
 そして、《ドラゴ・ミレイ》の除外効果発動!
 『ミラクル・リィンフォース』!!
 ドラゴンの攻撃力を800アップさせる!」

《団結の力》
装備魔法
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体につき、
装備モンスターの攻撃力・守備力は800ポイントアップする。

《希望に導かれし聖夜竜》ATK2500→ATK4100→ATK4900
《シューティングレイ・ドラゴン》ATK2300→3100→ATK3900

 再度、翼の全力の攻撃。
 明菜のドラゴンの力を結集させた渾身の攻撃。
「バトル!! 《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》に攻撃だ!!
 その闇の鼓動を止めてみせる!! いっけぇ!!
 『ユナイテッド・ホーリー・ナイト・ブレイズ』!!!」
 《団結の力》で威力の高められた浄化の炎。
 闇を白く塗りつぶすように、軌跡を描いていく。
 ここで倒せば、次の召喚はできなくなる。
 ウロボロスを超えられる。
 万感の込められた一撃。
「リバースカード、オープン!!!」
 ウロボロスは叫んだ。
 翼たちの願いを弾き返すかのように、強い声で。
 負けられないのは、ウロボロスも同じだった。
 その手に、自分と悪霊の闇の鼓動が響き渡る。
 自分にとって確かなもの。今までの無秩序なる道。
 そして、それを超えて自分を追求し、闘い続けること。
 その胸を裂く苦しみも、業火を喰らう昂ぶりも、偽りのはずはない。
「破らせはせぬ!! ワタシの魂も嘆きも探求も終わらせはせぬ!!
 リバースカードオープン!! 《亜空間物質転送装置》!!
 《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》を異次元へと隔離する!
 これでその攻撃は届かぬ!! 惜しかったナァ!!!」

《亜空間物質転送装置》
通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、
発動ターンのエンドフェイズ時までゲームから除外する。

「でも、ガラ空きの《ファントム・オブ・カオス》が――」
「――分かっているだろう! ワタシがそれを逃すデュエリストでないことも!
 リバースを発動する!! 《闇霊術−「欲」》!!
 《ファントム・オブ・カオス》を生け贄に捧げ、カードを2枚ドロー!
 キミに手札はない! よって、この効果は止められぬ!」

《闇霊術−「欲」》
通常罠
自分フィールド上に存在する闇属性モンスター1体を生け贄に捧げて発動する。
相手は手札から魔法カード1枚を見せる事でこの効果を無効にする事ができる。
見せなかった場合、自分はデッキからカードを2枚ドローする。

「クッ!! 残るは……」
 攻撃表示の《ダーク・ホルス・ドラゴン》。
 そして、守備表示の《ファントム・オブ・カオス》。
「聖夜竜の攻撃対象を、《ダーク・ホルス・ドラゴン》に変更だ!!
 そして、《シューティングレイ・ドラゴン》で守備モンスターに攻撃!」
 しかし、その攻撃では、ウロボロスを射止めることはできない。

ウロボロスのLP:2000→100

「効いたぞ!! だが、ここで仕留められなかったのは、致命的だネェ!!
 今度こそすべて葬ってやるとしようか!!」
 翼の手には、もう何のカードも残されていなかった。
「ターンエンド……」
 そして、《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》が異次元から戻ってくる。
 効果を封じられ、低くうめきながら、その恨みを訴えている。

《希望に導かれし聖夜竜》ATK4900→ATK4100
《シューティングレイ・ドラゴン》ATK3900→3100

「ワアシのターンだネェ!! ドロー!!
 フフハハハ! 今度こそ、キミの希望をすべて打ち砕いてくれる!!
 魔法カード発動! 《ゼロ・リバイバル》!
 攻撃力もしくは守備力が0のモンスターを、このターンのみ蘇生!
 《ファントム・オブ・カオス》を召喚しよう!
 そして、その効果で《ダーク・ホルス・ドラゴン》をコピーする!!」

《ゼロ・リバイバル》
通常魔法
自分の墓地に存在する攻撃力または守備力が0のモンスターを選択して発動する。
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果で特殊召喚されたモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。

《ファントム・オブ・カオス》
効果モンスター 星4/闇属性/悪魔族/攻 0/守 0
自分の墓地に存在する効果モンスター1体を選択し、ゲームから除外する事ができる。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
このカードはエンドフェイズ時まで選択したモンスターと同名カードとして扱い、
選択したモンスターと同じ攻撃力とモンスター効果を得る。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
このモンスターの戦闘によって発生する相手プレイヤーへの戦闘ダメージは0になる。

「ここで《ファントム・オブ・カオス》の効果を!?
 攻撃力はまだこっちが上のはず……」
「フフ、すぐに狙いは分かる! バトルだ!!
 よくもワタシのカードを封じてくれたネェ!!
 ウロヴォケイオズで《シューティングレイ・ドラゴン》に攻撃!
 『ディアボリカリィ・ガルプダウン』!!」
 大蛇はその顔を憎悪に歪ませ、竜の王子を一呑みにする。
 効果は封じられても、その高い攻撃力にはかなわない。
 その邪悪は、打ち砕けない。

翼のLP:1000→100

「ぐうああああああッ!!!」
 再び翼を焼け爛れるような痛みが襲った。
 倒れこみそうになる衝撃。目の前がぐらつく。
 意識が揺れて、めまいが襲ってくる。
 その中に、ウロボロスの意志を感じた気がした。
 自分を自分で信じた以上、負けられない。
 誰だって、それは同じことだった。
 そして、その闘いを決着させなければ気が済まない。
 それが決闘ということ。信念と信念のぶつかり合い。
 ならば、意識を振り絞り、敵の全力を受け止めなければならない。
「フフ、そうだ! 立ち上がれ!!
 そして、無力感に打ちのめされるがいい!
 速攻魔法《貫かれる覇道》を発動する!
 最上級モンスターが戦闘破壊をしたとき発動できる!
 さらにもう1枚のカードを破壊する!
 その《団結の力》を、打ち砕く!!」

《貫かれる覇道》
速攻魔法
フィールド上のレベル7以上のモンスターが
戦闘によってモンスターを破壊したときに発動できる。
フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。

《希望に導かれし聖夜竜》ATK3300→ATK2500

「なッ!!」
「これで聖夜竜の攻撃力を、コピー・ダーク・ホルス・ドラゴンが上回った!
 戦闘ダメージは与えられぬが、これですべて終わりだ!!」
 漆黒の炎に焼き尽くされ、聖夜竜はその場から消え去る。
「フフハハハハ!! すべて打ち砕いてやったぞ!
 そのフィールドには何も存在せぬ!
 もはや足掻くためのカードも残っていまい!!」

 翼のフィールドには、モンスターも魔法・罠も残されていない。
 強がりを言っても、空々しく響くだけ。
 確かに言えること。それだけを伝えようと思った。
「――それでも俺は引き下がらない。
 このライフがなくなるまで、俺は叫び続ける。
 俺の信じるものを、貫き続ける」

 ウロボロスはその言葉を、瞳を閉じて受け止めた。
 そこに罵りも嘲りもなかった。
 ただ、ここでぶつかり合う信念とその力。
 それだけでのみ、すべてが決着する。
「ならば、来るがいい!
 互いのライフは100。
 次の瞬間に、その全力をぶつけられた方が勝ちだ!!
 カードを1枚セットし、ターンエンドするとしよう!」

LP100
モンスターゾーン
なし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
ウロボロス
LP100
モンスターゾーン
《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚

 翼は願った。
 自分の一番の力を発揮できるように。
 一番強い方法で、自分の信じたいものを主張できるように。
 それはとても贅沢な願いだ。
 でも、その願いを一番かなえたいのが、この勝負だ。
 ここで負けたらどうなる、とかじゃない。
 ここで自分が出せなかったら、自分が嘘になる。
 みんなとの大切な何かが崩れてしまう。
 それだけは絶対に嫌だった。
 そして、目の前の相手が全力で証明しようとしてきたもの。
 ――証明してくるしかなかったもの。
 それを超えるからには、自分のすべてを賭けたい。
 過去の悔しさも、今の高鳴りも、未来への誓いもすべて。
 目の前の相手が築いてきたものを超えるには、それしかない。
 本当の決着のために。信じたいもののために。
 翼はデッキに手を伸ばし、運命の目の前に立った。

「俺のターン、ドロー!!!」

 翼の手に電光が走ったような気がした。
 体の中で、自分の信じたいものが響き渡っている。
 今ならばすべてを乗り越えて、羽ばたけると信じられる。

「俺は速攻魔法《久遠の翼》を発動する!!
 墓地の《希望の羽根》3枚をゲームから除外して発動だ!!
 その羽根を束ね、久遠を羽ばたく翼に昇華させる!
 3枚分の効果だ! カードを3枚ドローする!!」

「ここで3枚のドローか! フフハハハハハ!!
 面白い!! いいだろう! その全力をぶつけて来るがいい!!」

「いくよ!! 俺は《思い出のブランコ》を発動する!
 俺が選ぶのは、《デーモンの召喚》だ!
 そして、《戦線復活の代償》を発動!
 通常モンスターを生け贄に捧げて、モンスターを復活させる!」

《思い出のブランコ》
通常魔法
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果で特殊召喚されたモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。

《戦線復活の代償》
装備魔法
自分フィールド上の通常モンスター1体を墓地へ送って発動する。
自分または相手の墓地に存在するモンスター1体を選択して自分フィールド上に
特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、装備モンスターを破壊する。

 翼は迷わずに、1枚のカードを墓地から選んだ。
 明菜の願いを受け継いだ、最強のカード。
「来い!! 《希望に導かれし聖夜竜》!!!
 その効果! 『ホーリー・ナイト・ウィッシュ』!!
 デッキからカードを1枚選んで手札に加える!
 俺が選ぶのは、――《星の供物(ステラ・ホスティア)》!!」
 そして、今自分が発揮できる全力をここに集める。
 自分の極めてきた儀式、その集大成の魔法。
 呼び出すのは――。
「儀式魔法《星の供物(ステラ・ホスティア)》を発動する!
 墓地の4体の鳥獣族モンスターを除外する!
 《寧鳥コロンバ》、《英鳥ノクトゥア》、《命鳥ルスキニア》、《霊鳥アイビス》を除外!!
 そして、来い!! 《輝鳥-アエル・アクイラ》!!!」

《星の供物》
儀式魔法
自分の墓地から儀式モンスター1体を選択する。
その儀式モンスターと種族が同じモンスター4体を
墓地から除外することで、選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は儀式召喚扱いとする)

 最初から自分と一緒にいたカード。《輝鳥-アエル・アクイラ》。
 それから積み上げて形にしてきた自分のデッキ。
 少しずつでも、カードを加えて強くしてきたその道程。
 それを繰り返しながら、翼は今の力に辿り着いた。
 自分の信じる力を、今ここで示すほどの強さを手にした。

《輝鳥-アエル・アクイラ》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「風」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

「《輝鳥-アエル・アクイラ》の儀式召喚時の効果が発動する!
 『ルーラー・オブ・ザ・ウインド』!!
 フィールド上の魔法・罠を全て破壊する! そのリバースを破壊だ!!」

「何度でも打ち砕いてやる。そう言ったはずだ!!
 ワタシはすべてを愉悦し、すべてを飲み込もう!!
 向かってくるすべてをなぎ倒し、ワタシの魂を奮わす贄としよう!!
 ワタシの最後のトラップカードを発動する!!
 《激流葬》だ!! ワタシのモンスターを破壊しよう。
 そして、その翼もすべて打ち砕いてやるとしよう!!」

《激流葬》
通常罠
モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動する事ができる。
フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

「フフハハハ!! さらに、だ!!!
 キミの起こした風は、キミのフィールドにも及ぶぞ!!
 《希望に導かれし聖夜竜》は《戦線復活の代償》で蘇ったかりそめの命!!
 その絶対耐性も自身のカードの制約には及ばぬ!
 すべて打ち砕かれ、打ちひしがれるがいい!!」

 風が吹き荒れて、何もかもを奪う大津波が襲い来る。
 翼と明菜からすべてを奪ったあの日の災厄のときのように。
 これが終わり。

 そして、世界が静寂を取り戻す。
 その視界の一面は、光の羽根で埋め尽くされていた。
 何もかもを守り育てるような、優しい光で包み込まれていた。

LP100
モンスターゾーン
《希望に導かれし聖夜竜》、《輝鳥-アエル・アクイラ》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
ウロボロス
LP100
モンスターゾーン
《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》
魔法・罠ゾーン
なし
手札
0枚

「これは……ッ!
 フィールドに変化がない、だと!!
 ワタシのウロヴォケイオズさえ、フィールドに存在したままだと!」
「俺が終わらせはしない!!
 これが俺のすべてを信じて、守り抜く願いだ!!
 《久遠の翼》の効果が発動している!
 発動したターン、モンスターカードを破壊させない効果だ!!」

《久遠の翼》
速攻魔法
自分の墓地に存在する「希望の羽根」3枚を
ゲームから除外して、発動する。
自分のデッキからカードを3枚ドローする。
このカードを発動したターンのエンドフェイズ時まで、
フィールド上に存在するモンスターカードは、
カードの効果によって破壊されない。

 あの日は終わりじゃなかった。
 あの日から、翼も明菜も始まった。
 何もかもを失ったからこそ、すべてを大事にしようとしてきた。
 信じられる確からしいものを、ずっと積み重ねてきた。
 それが今の翼の強さ、本当の力。
「これがキミの願いをかなえる力というわけか。
 一瞬のまやかしにすぎぬ希望を束ね、悠久の確かなものに変える。
 どんなものも打ち砕かせず、信じようとさえする。
 敵さえ生かそうとするとは、実に傲慢な望みだ。
 だが、ためらいなく貪欲であるからこそ、この願いは強いのか」
 ウロボロスはその羽根に触れながら、静かに促した。
「《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》。これがキミの生かしたワタシの信念だ。
 世界の無秩序を信じ、それに抗い抜くことを信条としたワタシの力だ。
 翼よ、来るがいい! その信念で、ワタシの力を打ち砕いてみせよ!」
「ウロボロス……」
「フフハハハハ、何を戸惑っている。
 ワタシがキミを認めるのが、そんなにおかしいか。
 目の前に存在する事実なら、ワタシは認めるのだよ。
 キミはワタシを超え切ったのだ。
 ワタシの築き上げたものを超える力を手にしたのだ。
 それを思う存分、ぶつけてくるがいい。
 その手札、既に読めているぞ。
 剣を抜け」
「……行くよ!! 俺は《アームズ・ホール》を発動する!
 デッキの上からカードを1枚墓地に送って、装備魔法を手札に!
 俺が手札に加えるのは――」

《アームズ・ホール》
通常魔法
自分のデッキの一番上のカード1枚を墓地へ送り発動する。
自分のデッキまたは墓地から装備魔法カード1枚を手札に加える。
このカードを発動する場合、このターン自分はモンスターを
通常召喚する事はできない。

「――《団結の力》だ!! そのままアクイラに装備する!」

《団結の力》
装備魔法
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体につき、
装備モンスターの攻撃力・守備力は800ポイントアップする。

《輝鳥-アエル・アクイラ》ATK2500→4100

 アクイラの力が高まり、風がざわついていく。
「《ハマルタノ・ウロヴォケイオズ》に攻撃だ!!」
 風を巻き上げながら、アクイラは天高く飛翔する。
 そして、台風の目となり、輝きながら急降下していく。
「『ユナイテッド・シャイニング・トルネードビーク』!!!」
 聖なる風が闇を振り払っていく。
 そして、その竜巻の目が、大蛇に突撃する。
 空がひび割れるように、激しい振動が巻き起こる。
 力と力のぶつかり合い。
 光と闇の激突。
 白と黒の明滅の中で、張り裂けそうな風の中で。
 その輝きが、闇の鼓動を貫いた。

ウロボロスのLP:100→0

 空を覆っていた暗雲が晴れる。
 邪悪な気配がなくなっていた。
 悪霊は、消滅した。
「俺の勝ちだよ。
 もう精霊やみんなを傷つけることは、やめてほしい」
 翼は静かに語りかけた。
「そうだな……」
 ウロボロスはそっとつぶやいた。
 翼は何か不安を駆り立てられた。
 いや、デュエルの終わりを確信したときからそうだった。
 ウロボロスの生きることは、自分として貫き続けること。
 歩み続けることをやめたとき、ウロボロスは……。
「ウロボロス、……これからお前はどうするんだ?」
「フフフ、果たしてその選択肢はワタシにあるのかね?」
 そう言い放って、ウロボロスは天を見上げた。
 翼の後方の、天を見上げた。
 その先に、ドラゴンたちが待ち構えていた。
「《闇の護封剣》!」
 ウロボロスはカードをかざした。
 しかし、力が発動することはなかった。
 淡く闇が立ち込めただけで、何の形も成さなかった。
「フフフ、やはりな……。
 この世界はワタシに敵対する空気に満ちている。
 力を貸すはずもない。ワタシは許されざる者。当たり前のことだ。
 ただ悪霊の脅威によってのみ、空気を従わせていただけのこと。
 今となっては、ワタシはこの世界で何の力も持っていない」
「――そういうことだ。その身に我らが怒りを受け、死ぬがいい」
 天から声が響く。竜の王子は厳かに宣告した。
 ドラゴンたちが力を蓄え、ウロボロスに照準を定める。
「――ダメだ!! 《イタクァの暴風》!!!」
 そこに嵐が巻き起こり、ドラゴンたちはバランスを崩した。
 風は吹き荒れ続け、ドラゴンたちは力を集中できない。
「翼、何のつもりだ?」
「だからって、殺されるしかないなんて!!」
 暴風が鳴り響く中で、翼は叫んでいた。
「ワタシは間違いなく殺されるべきだろう。
 なぜキミが守ろうとするのだね」
「嫌だからだ! 俺は死なせたくない!
 今までつらい思いをしてきて、必死で生きてきて!
 それなのに、死ぬことだけが正しいなんて!
 そんなの絶対におかしいよ!」
「おかしいことを言っているのはキミだ。
 どんな背景があって、何を思おうが、罪は罪だ。
 ワタシは幾百の命と心を踏み潰してきた。
 それに変わりはない」
「死ぬべきとか、そういうのじゃない!
 お前はそれで納得できるのか!」
 翼は心の中の何かに突き動かされていた。
 ここで見送ったら、大切な何かを見過ごしてしまう。
 そんな焦燥感にせき立てられていた。
「納得できる」
 その翼に対して、ウロボロスは諭すように落ち着き、毅然としていた。
「ワタシはこれでも救われたのだよ。
 この世界の無秩序に成り代わり、ワタシは暴虐の限りを尽くした。
 だが、キミは示した。何かを守り育てることで得られる、ワタシを超える力を。
 ワタシの信じたことのみが強大な真実なら、この世界に救いはない。
 しかし、キミがその夢物語を信じ貫き続けられる世界なら、ワタシも見送れる」
「なら見送らないで、一緒に――」
「キミが今ここでワタシを守ったとしよう。
 しかし、ワタシを恨む他の誰かが、またこの命を狙うだろう。
 そして、抗い続けることをやめた今、ワタシは抵抗するつもりもない。
 だから、もう終わりだ。――《砂塵の悪霊》!」
 唐突に突風が巻き起こり、翼は吹き飛ばされる。
「フフハハハハ、この精霊でもこれしきの力しか発揮できぬか。
 だが、それで十分だ。キミをここから離すだけでいい」
 宙に吹き上げられながら、翼はウロボロスの声を聞いた。
「ワタシはずっと裁いてほしかったのかもしれないな。
 この世界の優しさを挑発し続け、その義憤を待望していたのかもしれぬ。
 翼よ、聞け」
 イタクァの暴風はもう静まっていた。
 竜たちが力を集め、世界は張り詰めていく。
「誓え。キミは人々を導く星になれ。
 ワタシのように温かなものを育めず、道を見失った者たち。
 その者たちに灯りをともす手助けをしてやってくれ」
 竜たちのブレスが放たれる。
 背後に襲い来る閃光の切っ先に焼かれながら、ウロボロスは――微笑んだ。
「キミの希望で、那由他(なゆた)の道を照らせ」
 ブレスの奔流は、一人を、飲み込んだ。

「――ウロボロス―――――ッ!!!」





エピローグ 星は道を照らし続ける




「ここまでの飾りつけ、すごく大変だったねー」
「飾りつけだけじゃないドン。
 もともとこの大体育館にはデュエルステージはないザウルス。
 力仕事をするこっちも、大変だったドン」
「ステージ作りはともかく、飾りつけは必要だったのか?
 ただのイベントなら、ここまでする必要もないだろう……」
「もう、ダメだよ! 藤原先輩!
 ロマンを全然分かっていない!
 こういうのを楽しむ心が、男性の余裕を感じさせるの!
 それに今回は気持ちの盛り上がりが大事なんだから!
 雰囲気作りだって、絶対に大事なの!!」
「レイちゃん、そこまで言わなくても……」
「ううん、今日は明菜ちゃんにとって大事な日なんだから!
 みんな盛り上がってもらわないと困るよ!」
「……そうだね。ここまでみんなでステージを作ったんだ!
 俺、どんなデュエルができるか、楽しみだな!」

 大体育館には、6つのステージが設けられていた。
 そこにリースや、星に十字架、オーナメント、リボンベルが取り付けられている。
 デュエルステージとステージの間には、小さなツリーが置かれ、装飾されている。
 その中央には、そびえ立つ大きなクリスマスツリーがある。

 学期終わり。その終業式。
 それを兼ねての、大デュエル大会。
 丁度クリスマスの日に重なったことを記念に、クリスマスデュエル大会になった。

「みんな、準備できてる?」
 そこに少し慣れないように話しかける、高い声が割り込んできた。
 その声はどこか弱々しく、不安定だ。
「エル先生!」
 口を揃えて、みんなが駆け寄る。
 エルは今にも倒れそうな青い顔をしていた。
 白衣は少しよれて、その疲労が染み付いている。
「エルさん、体調悪そうだけど、大丈夫?」
「ううん、倒れそう」
 そう言いながら、明菜に倒れかかってきた。
「わたし、先生さんだから。ただでさえ、学期末忙しい。
 でも、このイベントは絶対に手を抜けない。
 それで徹夜で最終調整して、もうライフポイント、ゼロ、なの……。
 デュエル見たい。けど、もう限界。
 保健室で寝てる。アクシデントがあったら、叩き起こして。
 兼平くん撮影お願い……」
「了解であります! エル先生!!
 日ごろの鍛錬の成果、とくとご覧に入れて差し上げます!」
 兼平はなぜか気合十分だった。
「ありがと……。
 さて、せめて教師として、開会宣言まではきちんとしよう」
 明菜から体を離そうと、声を張り力を込めた。
 体を起こしながら、エルはそっと明菜にささやいた。
(絶対に願いはかなえてみせる。
 だから、明菜ちゃんは思う存分デュエルをして!)
(うん! ありがとう!)
 明菜は力強く頷いた。
 明菜は感極まったように、みんなに振り返った。
「みんな、本当にありがとう!!
 あのとき道を踏み外したときは、こんな明るい場所に戻れないって思ってた。
 でも、ここでみんなで笑ってデュエルできるのは、本当にみんなのお陰だよ!
 それに今日だって、あたしのためにみんなで……。
 だから、本当にありがとう!」
「明菜ちゃんも頑張ったから、今笑えるんだよ。
 それに今日は明菜ちゃん、誕生日でしょ!
 僕たちはそれも含めて、精一杯祝ってあげたいんだ!」
 明菜は胸が一杯で、顔を赤らめる。
「うん……。あたし、アカデミアに来て、良かった……」

「さて、俺もゲストとして、場を盛り上げなくてはならないな」
「オブライエン師匠!」
「兼平に、みんな。久しぶりだな」
「オブライエン、お前もこのデュエル大会に参加するんだな!」
「ああ。正確に言えば、この大会の後が俺の本当の役目なんだがな」
「うん、オブライエンくん、わたしたちの我がままを聞いてくれてありがと」
「約束通り、あの基地はこの大会終了後、解体させてもらう。
 次にあの施設を占拠されたら、どう使われるか分からないからな。
 当然、この大体育館の仕掛けも徹底的に解除させてもらう。
 持ち帰りたい研究成果の整理は、済んでるんだろうな?」
「うん、徹夜したけど、なんとか。
 今日の分の準備も完璧」
「ならいい。ゲストと言えば、佐藤先生も後から来るらしい。
 今頃、校長と悪ふざけの相談をしている頃だろう。
 俺もその打ち合わせに行かないとな。
 またそのサプライズのときにでも会おう」
 オブライエンは人並みを書き分け、せわしく去っていった。

「ゲストかぁ……。
 本当はオーナー先生にも来てほしかったな……」
「俺もそれはそうだけど、今日は絶対に無理な日だ。
 あっちもクリスマスパーティーで忙しいに決まってるし。
 今夜にはあっちに帰るし、そのときに目一杯報告しよう!」
「うん。このクリスマスでも、楽しい思い出を作らなきゃね。
 それに、絶対に持ち帰らなくちゃいけないものもあるから」
 明菜は『絶対』と語調を強めながら、中央の大ツリーに視線をやった。

 あの中には秘密がある。
 このクリスマスデュエルには秘密がある。
 エルがずっと準備していたのも、このためだった。
 あそこには《グリグル》が仕掛けられている。

《グリグル》
効果モンスター 星1/地属性/植物族/攻 350/守 300
フィールド上で表側表示になっている
このカードのコントロールが相手に移った時、
自分は3000ライフポイント回復する。
この効果は表側表示で存在する限り1度しか使えない。

 このクリスマスデュエルは、いわばデュエル・エナジーの収穫祭。
 エルはあれから基地で、ずっと研究を積み上げてきた。
 ウロボロスの足跡をなぞり、その力強い成果をかみ締めながら。
 体系的で理論的なその研究成果は、応用しやすくまとめられていた。
 そして、エルはこの大体育館自体を吸収装置化することに成功する。
 ほんの少しの疲労感を生じさせる程度の吸収。
 無数の生徒の、天上知らずの大興奮デュエル。
 それにより発生する膨大なエナジー。
 それは自動的に中央のツリーに吸収されるようになっている。
 それにより蓄えたエナジーで、――明葉を治す。
 これがこのクリスマスデュエルの真の目的。
「きっと、うまくいきますよ」
 斗賀乃はそっと翼たちの後ろから語りかけた。
「今日は特別な日ですから。
 きっと手助けをしてくれる奇跡が訪れます」
 斗賀乃は確信めいてささやき、翼たちを励ました。

「さあ、クリスマスデュエル大会の始まりを宣言するノーネ!
 ルールは簡単! 5人一組のチームを組んで、先に3勝した方が勝ち!
 それだけのチーム勝ち抜き戦なノーネ!!
 でもでも、賞品だって豪華だから、手は抜けなイーノ!!
 そんな大興奮デュエルの開会を宣言するノーネ!!」


 拡声器ごしに、クロノスの声が伝わってくる。
 歓声が巻き起こり、どよめきが沸き起こる。

「さあ、もう待ち時間は終わりなノーネ!!
 みんな開会位置に着くノーネ!!」


「みんな、行こう!!!」

 翼が威勢のいい掛け声を挙げると、全員で駆け出した。
 駆けながら、翼はあの日のことを思い出していた。

 勝ったのに、あんなやりきれない気持ちになったのは初めてだった。
 だったら、ウロボロスはどうすれば良かったんだろう。
 闘いが終わった夜、エルは翼に優しく語りかけた。
(ウルは、本当に幸せそうな顔をしてた)
 でも、ウロボロスはもういなくなってしまった。
 どうしようもないものを、一手に引き受けたように。
(ウルは生真面目だから。
 例え生き残っても、自分で自分を許せない。
 だから、あんな風に一番怒るべき誰かに最期を預けた。
 もうウルは引くに引けなかった)
 でも、それじゃあウロボロスは報われない。
(ううん。ウルは報われてた。
 本当はずっと探してたんだ。
 自分のつらいもの悲しいものを打ち破る輝く星を。
 わたしは5年前に、その星になろうとしてなれなかった。
 ただ、傍に寄り添って見守る月にしかなれなかった。
 でも、翼くんは今、そんな輝く星になれたんだと思う。
 だから、ウルを救えた翼くんが、わたし羨ましい)
 エルは微笑んだ。そして、翼を未来へと送り出した。
(だから、翼くんは他の誰かが意地っ張りになる前に、何とかしなくちゃ。
 それがウルの言う、誰かの道を照らすこと。
 翼くんが、その手で他の誰かの灯りをともすことなんだよ)

 あの日受け取った願いを、翼は忘れない。
 誰かが道を見失う前に、自分が照らしてみせる。
 そのために、自分が目指すものは、たった一つ。
 ――俺はみんなの道を照らす、デュエル・スターになる――
 自分ができる精一杯で、誰かの熱いものを呼び起こすということ。
 そして、その手で道を切り拓いていくということ。

 今日は明菜の願いをかなえるために。
 翼はデュエルへと向かっていく。
 今もまた、夢に近づくための決闘が始まる。


「 「 デ ュ エ ル ! 」 」





光は鼓動する
Fin







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