光は鼓動する

製作者:村瀬薫さん



 物語は、アニメ・遊戯王GX終了直後のアカデミア新学期を舞台として創作されています。



第1章 デュエル・スター


 も く じ 

 第1話 まばゆきフィールド
 第2話 先輩-藤原優介-
 第3話 精霊学教師-斗賀野 涯-
 第4話 久白の休日-前を向く理由-
 第5話 陽向居の休日-憂さ晴らしデュエル-
 第6話 息づく危機
 第7話 究極チャレンジ!?《究極完全態・グレート・モス》を召喚せよ!<前編>
 第8話 究極チャレンジ!?《究極完全態・グレート・モス》を召喚せよ!<後編>
 第9話 心は通じない/瞳の先に届かない
 第10話 決闘交差-前編:度重なる否定-
 第11話 決闘交差-後編:ゆずれないもの-





第1話 まばゆきフィールド



「 「 デ ュ エ ル ! 」 」


 デュエル・アカデミアにデュエル場は数多くある。
 しかし、今はそのどれもが使用されていた。
 それもそのはずである。
 現在は『カテゴリ審査』の期間であった。
 審査は同時並行的に行われている。


 『カテゴリ』はデッキの特性のことであり、3種に分けられる。
 一種は属性。具体的に地・水・火・風、光・闇の6つである。
 さらに一種は種族。ドラゴン族、魔法使い族、戦士族など20以上に及ぶ。
 そしてもう一種は戦術である。【融合】、【儀式召喚】、【除外ギミック】、【ハンドデストロイ(手札破壊)】、【デッキデス(山札破壊)】、【バーン(直接火力)】、……など例を挙げるとキリがない。
 戦術のカテゴリ分けは自由度が高い。

 実力・実績が認められればどの分野も、一つの『カテゴリ』に登録されうる。
 その『カテゴリ』に所属するためには、代表者と対決する必要がある。
 そして、使い手として認められなくてはならない。

 生徒はそれぞれカテゴリの3種にひとつずつ登録できる。
 もちろん登録されたからといって、必ずしもその分野を使用しなくてはならないわけではない。

 多様性や発展形は歓迎される。新しい動きは好ましい。
 また、相手は『カテゴリ』に応じて対策を練ってくることもあるだろう。
 無論、その裏をさらにかくこと。さらにその弱点さえ克服する程に力を磨き上げること。
 どちらを選んでも構わない。『カテゴリ』とは極めて拘束力の薄いシンボルではある。
 所属すれば、そのアイコンバッジを着用する義務があるだけだ。


 場内はかつてない熱気に埋め尽くされていた。
 ソリッド・ビジョンがぶつかり合う度に、あちこちから歓声が飛び交う。
 挑戦者である下級生も必死であり、試験官役をする上級生も真剣であった。

 確かにこの対戦にかかっているものは大きい。
 自分の望む『カテゴリ』に入れば、さらに自分の戦術を強化しやすい。
 そこには自分と同じ戦術を好むデュエリストが数多くいるわけである。
 手軽に相手からヒントを引き出し、さらなる腕の向上に活かせるわけだ。

 しかし、それは上級生にとっても同じことだ。
 下級生から学ぶことも多いに違いない。
 それに強い同志の確保は、これからの活動拡大にも不可欠である。
 学園側に優遇されるためにも欠かせない。


 『カテゴリ審査戦』。
 これはアカデミアのオーナーである海馬瀬人の提案によるものである。

 昨今のデュエルは一つの勢力争いの様相を呈している。
 例えば、アカデミア生徒(現3年生)であり、カリスマ・プロデュエリストでもあるエド=フェニックスの文明開拓を挙げよう。

 彼の操る【D-HERO】はデザイナーも死去しており、既に終わった文明のはずであった。
 しかし、プロとしてのエドの活躍は目覚ましいものがあった。
 それを期に、更なる【D-HERO】の活躍を見たいとの声が高まる。
 その声をスポンサーが受けて、製作者であるペガサス氏のインダストリアル・イリュージョン社に依頼をし、新しいカードの創案を送る。
 市場と資金提供者の声を制作会社は無視できない。
 創案をバランス調整した形で、新たなカードが生み出されることになる。

 こうしてある分野の代表的決闘者の活躍とその支持者の呼びかけにより、その分野の盛衰は決定していく。

 アカデミアにも、そのデュエル文明最先端の動きを擬似的に取り入れる。
 そのために、この『カテゴリ』のシステムが導入されたわけだ。

 鮫島校長は生徒の交流のきっかけになるとも考えて、この導入を決断した。
 結果は、――始業早々のこの活気であった。


 その中でも注目の集まっているのは、【光属性】の審査であった。

 デュエルモンスターズにおいて、光と闇は永遠のテーマである。
 これまでも二属性の宿命の戦いは、舞台の表裏を問わず行われてきた。

 その【光属性】の代表者である藤原優介は圧倒的な強さであった。
 長く柔らかな髪、気品のある仕草、落ち着き払ったデュエルスタイル。
 優美に天使族を操り、華麗にコンボを決め、次々と勝利を重ねる。
 今年のアカデミアの先頭に立つに相応しい最上級生の姿であった。
 オベリスク・ブルーの名にももちろん恥じない。
 彼が決闘で連勝を重ねるたびに、観戦者と挑戦者の数は増えていった。

 在学生達はもちろん彼の暗い過去をおぼろげに聞いている。
 ダークネスの実験を行い、かつては闇に身を染めたことを。
 だが、その悪評を振り払うほどに、彼のデュエルは素晴らしかった。
 かつてのカイザー亮や天上院吹雪と並ぶ天才、決闘の貴公子であった。


 ギャラリーの喧騒の中で、少年と少女が話していた。

 少年は背丈は小さい。反面、その存在を主張するように短髪が逆立っている。
 爛々とした瞳。オシリス・レッドの制服の赤が、彼にはとてもよく似合う。
 彼のはちきれんばかりの野心と情熱を、その赤が象徴するかのように。
 (海馬はオシリス・レッドの事実上の廃止状態に激怒して、働きかけ復活させた。
  鮫島は以前のような差別待遇の緩和を条件に、その復活を受け入れた)

 少女も背丈は小さめだ。首筋までの短髪。子供っぽく快活な印象だ。
 彼女もオシリス・レッドの服だ。
 (女子にもオシリス、ラー、オベリスクの序列が取り入れられた)
 二人の雰囲気はどことなく似ていた。

明菜(あきな)。俺、デュエルしてくるよ」

「あの藤原さんと?」

「ああ。さっきから戦いたくてウズウズしてたんだ。
 俺のデッキ多属性だけど、光属性中心だからいけるよな?」

「うん。主力は光ばっかだし、いけると思う。
 相性も多分いいんじゃないかな。
 行ってきなよ。あたしも(つばさ)の様子を見て、挑戦しようかな」

「明菜こそ相性最高な気がするけど……。
 じゃあ、デュエルしてくる。
 『ルミナス』出身の強さを見せてやる!」

「うん! 応援してるよ。頑張って!
 『デュエル・スター』への最初の一歩だよね。
 ちゃんと決めないと恥ずかしいぞ〜」

「うう。確かにデビュー戦が華々しくてこそ、『デュエル・スター』だよな。
 よし! いっちょ楽しく決めてくるよ!」



 その注目が最大限に高まった中で、一人の新入生が進み出た。
 そして、【光属性】の新たな志願者が名乗りを挙げる。

「久白 翼(くしろ つばさ)です! よろしくお願いします!」

 威勢よく声を張り上げる。
 その声に応じて、歓声はより一層大きくなった。
 久白は手を振ってその歓声に応えた後、藤原に向き直った。

「僕の【光属性】のカテゴリにようこそ。
 でも、手加減はしない。全力で君を試す」

 穏やかで落ち着き払った口調。
 かつてのように、藤原の感情はもう乱れない。
 決闘への情熱も、デッキへの信頼も揺らぐことはない。

「俺も負けない! さっきから見てて、デュエルしたくて仕方がなかったんだ!
 さっそくデュエルしよう!」
「威勢のいい新入生君だ。その意気だ。 デュエル!」

藤原 VS 久白

「僕のターン、ドロー」
 藤原の一挙一動に注目が集まる。

「フィールド魔法、《天空の聖域》を発動!」
 ソリッド・ビジョンにより、デュエル場に天界の祭壇が広がる。
 翼と雲が交じり合う空間。ここは天使の世界。
 天使を操る主を、もはや誰も傷つけることはできない。

《天空の聖域》
フィールド魔法
天使族モンスターの戦闘によって発生する
天使族モンスターのコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

「モンスターカードをセット。さらにカードを1枚伏せてターンエンド」
 藤原は静かに相手の出方をうかがっている。
 しかし、藤原の慎重さに対し、久白はむしろ飛び込むことしか考えていない。

「俺のターン! ドロー!
 いくよ! 《帝鳥(ていちょう)ファシアヌス》を攻撃表示で召喚!」

帝鳥(ていちょう)ファシアヌス》
効果モンスター 星4/地属性/鳥獣族/攻1800/守1200
自分フィールド上に存在する鳥獣族モンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。
この効果は1ターンに1度、自分のターンのメインフェイズ時のみ使用できる。

 勇壮で華美な翼を広げ、大型の鳥が姿を現した。
 全体的に美しい緑色を帯びている。
「いけ! ファシアヌス! 『プルーム・アタック』だ!」
 飛ぶのは苦手なようだ。全速力で相手に向かい、体当たりをする。

 しかし、これは藤原の狙い通りである。
 口の端を歪め、勢い良くモンスターカードをオープンする。
 (改心しても、彼の不気味な微笑み方だけはその片鱗を留めていた)
「伏せられていたのは、《コーリング・ノヴァ》!
 このモンスターが破壊されたとき、攻撃力1500以下のモンスターを特殊召喚できる!」
「特殊召喚モンスターか! やるね!」
「……それだけじゃない。《天空の聖域》において、ノヴァはさらなる効果を発揮する。
 来い! 《天空騎士(エンジェルナイト)パーシアス》!!」

《コーリング・ノヴァ》
効果モンスター 星4/光属性/天使族/攻1400/守800
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の光属性の天使族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
また、フィールド上に「天空の聖域」が存在する場合、
代わりに「天空騎士パーシアス」1体を特殊召喚する事ができる。

天空騎士(エンジェルナイト)パーシアス》
効果モンスター 星5/光属性/天使族/攻1900/守1400
守備表示モンスター攻撃時、その守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
また、このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、自分はカードを1枚ドローする。

 丸い輪の形をした天使は、はじかれてデッキの周りを飛ぶ。
 そして、デッキから鋭い槍を携えた天使の騎士が召喚される。
 早くも上級モンスターを召喚。だが、久白は大して動じてないようだ。
 少し頭をかいて、すぐに気を取り直す。
「うーん。出だし悪いな。
 カードを1枚セットして、ターンエンドだ」

藤原
LP4000
フィールド魔法
《天空の聖域》
モンスターゾーン《天空騎士パーシアス》ATK1900
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
3枚
久白
LP4000
モンスターゾーン《帝鳥ファシアヌス》ATK1800
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
4枚


 序盤から久白の劣勢ではある。
 だが、明菜はその展開をむしろ微笑ましそうに見守ってた。

「ふふ。こうできゃ翼は燃えてこないもんね。
 相変わらずガンガン攻めるその場重視の戦法だなー」
 楽しそうにつぶやく明菜に一人の少女が話しかける。

「ねえ、キミ。今対戦している子の知り合いなの?」
 明菜は話しかけられて、振り向く。
 ロングヘア、オシリス・レッドの制服をアレンジしたジャケット。
 胸を張った快活な振る舞い。全体的にボーイッシュな感じを受ける。

「はい。同じところの出身なんです」
「そうなんだ。あ、僕は早乙女レイ。僕も【光属性】のカテゴリなんだ。
 2年生だけど、多分僕のほうが年下だから気軽に話していいよ」

「あたしは陽向居 明菜(ひむかい あきな)です。
 あたしも光メインのデッキだから、お世話になるかもしれません。
 よろしくお願いします。
 でも年下って、どういうことですか?」

「僕は飛び級したの。本当なら今は中学二年生、14歳なんだ。
 優秀とかそんなじゃなくて、どさくさに紛れて編入しただけだけどね」

「へぇ〜。じゃああたしがお姉さんなんだ。
 いろんな人が集まってるんだな〜。
 デュエル・アカデミアってやっぱ面白そう!」

「でも、僕よりも藤原先輩の方が変わった経歴かも」
「そういえばすごく落ち着いてるし、人生経験豊富そう……」
「そう! その通り。もう20歳は超えてるんじゃないかな。
 長い間行方不明で、ようやく戻ってきたの。
 もう卒業してもいい年齢なんだけど、
 もう一年やってみたいって残ることにしたんだって」
「ええー! 行方不明とかって一体何があったの?」
「うーん……。危ない実験に手を出したとか聞いてるけど、
 僕も居合わせてないからよく分かんないや。
 藤原先輩とは【光属性】で知り合うまでは接点なかったし。
 リーダーの座を巡って決闘したんだけど、あと一歩のところで負けちゃったんだよなー。
 もう次は絶対に負けたりなんかしないのに」
「レイちゃんも強いんだね。うわー、楽しみだなー」

「ふふ。後で対戦しようよ。
 ねえ。そこの翼くん……だっけ? の腕前ってどうなの?」
「翼はね。腕はすっごくいいはずだよ。あたし達のいた所では有名だったの。
 そりゃあここじゃあ井の中の蛙かもしれないけど、いい所までは確実にいくよ!」
「へぇ〜。それは面白そう。
 ねぇねぇ、話は変わるけど、明菜ちゃんと翼くんって、どういう関係なの?」

「へ?」
「だから〜、恋愛とかそういうの! ……あったりしないの?」
「うーん、全然ないかも。なんていうか、幼馴染。
 いつも一緒だったけど、そういうの関係なかったな〜」
「ええ〜!? な、なんか明菜ちゃんって少し変わってる?
 デュエル一筋!だけなんて面白くないよ。
 学園生活・共同生活なんだし、もっと恋に生きようよ!」
「翼相手にそんなこと言われてもなぁ……」
「なんでそんなこと言うのー? 
 ちょっと子供っぽいけど、なかなか格好いいじゃん」
「うーん、あたしにとって翼は家族か弟みたいなものなんだよね……。
 あ、よりもデュエル見ようよ!
 翼はデュエルで追い詰められてからが面白いんだから!」
 釣れないなぁ、と早乙女は肩をすくめつつ、デュエルに向き直った。


「僕のターン。ドロー。
 その伏せカードで対抗しきれるか?
 《天空騎士パーシアス》で《帝鳥ファシアヌス》に攻撃だ!
 裁きのアーク・ペネトレイト!」

 藤原が場の天使に攻撃の命令を下す。
 半人半獣の天使は手のヤリを構え、相手を貫かんと天空を駆け抜ける!

「へへっ、狙い通り! リバースカードオープン!
 《ゴッドバード・アタック》!
 ファシアヌスを生贄にパーシアスと伏せカードを破壊だ!」

《ゴッドバード・アタック》
通常罠
自分フィールド上の鳥獣族モンスター1体を生け贄に捧げる。
フィールド上のカード2枚を破壊する。

ファシアヌスは身を紅い閃光に変えて、パーシアスと伏せカードをなぎ払った。

「クッ。伏せていたのは《裁きの光》……。温存したのが裏目に出るとは」
「カードは使うためにあるんだ。俺はガンガンいく!」
「フフッ。アドバンテージを確保しながら戦う僕とはタイプが違うのかな?
 手札より魔法カード発動! 《早すぎた埋葬》!
 蘇れ! 《天空騎士パーシアス》!
 僕はカードを1枚伏せて、ターンを終了するよ」

藤原のLP:4000→3200

「俺のターン! ドロー!
 ああ、手札の差も場の差もライフの差も関係ない!
 俺はそのターンで一番盛り上がることをするんだ!
 見せてやる。俺のデッキの主役達を!
 俺は《霊鳥(れいちょう)アイビス》を召喚する!
 さらに儀式魔法発動! 《輝鳥現界(シャイニングバード・イマージェンス)》!
 場とデッキより、鳥獣族1体ずつを墓地に送り発動する!
 そしてこのとき、《霊鳥アイビス》の効果により1枚ドロー!」

「儀式カードか。 なるほど、確かにアドバンテージを度外視した大胆な戦術だ」

霊鳥(れいちょう)アイビス》
効果モンスター 星4/水属性/鳥獣族/攻1700/守900
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、 自分のデッキからカードを1枚ドローする。

輝鳥現界(シャイニングバード・イマージェンス)
儀式魔法
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

「これが俺の仲間だ! 来い!《輝鳥(シャイニングバード)-イグニス・アクシピター》!!」
 場から赤い光が集まり、次第に鷹の形を帯びていく。
 燃えさかり、まばゆく発光する紅蓮鳥。
 実体を持たないが、その姿は何よりも際立つ。

「儀式召喚時に、輝鳥は効果を発動する!
 効果発動! 『ルーラー・オブ・ザ・ファイア』!
 プレイヤーに1000ポイントのダメージだ!」

輝鳥(シャイニングバード)-イグニス・アクシピター》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「炎」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。

藤原のLP:3200→2200


 翼の反撃に、明菜はガッツポーズをする。
「よし! 翼の主力カードがようやくお披露目だ!」
輝鳥(シャイニングバード)? 僕はあんまり聞いたことないカードだ」
「うーん。住んでた所が全然違ったからかな。
 輝鳥(シャイニングバード)は儀式モンスターで、召喚されたときに効果を発動するの。
 みんな強力な効果を持っていて、あっという間に逆転するんだから!」


「クッ……。なかなか強力な効果だな。
 先制ダメージをもらってしまったよ」

「まだまだいく! アクシピターで、《天空騎士パーシアス》を攻撃!!
 『シャイニング・フレアクロー』!」
 アクシピターは火の粉を散らせながら、空高く飛翔する。
 そして、鋭い爪を相手に向けながら、パーシアスに襲い掛かる。

「させないよ。 手札より《オネスト》の効果発動!
 その攻撃は通用しない!
 《オネスト》の力を得よ!《天空騎士パーシアス》」

 《天空騎士パーシアス》に光の翼が加わる。
 燃えさかる大鷹の攻撃はすんでのところでかわされた。
 そして、背をさらし無防備なアクシピター。
 《天空騎士パーシアス》の稲妻のごとき追撃を浴びてしまう。

「『オネスティ・アーク・ペネトレイト』!!」

《輝鳥-イグニス・アクシピター》 ATK2500 VS 《天空騎士パーシアス》 ATK1900→4400


(マスターへの、それ以上の追撃は許さない!)
 精霊オネストは力強く藤原に呼びかける。
 藤原も頷き返す。彼の最も信頼する守護者へ。
 藤原以外にオネストは常人に見えない。
 しかし、二人は繋がっていた。
 見えなくても、確かな力で。

《オネスト》
効果モンスター 星4/光属性/天使族/攻1100/守1900
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在する
このカードを手札に戻す事ができる。
また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。

久白のLP:4000→2100


 藤原が久白を迎撃すると、大きな歓声が上がった。
 場が割れんばかりに大きく響く。
 一進一退の攻防。
 互いの上級モンスターのぶつかり合い。
 そして、藤原の逆転劇。
 息つく間もなく盤上は切り替わる。
 ギャラリーは激しいデュエルの展開にすっかり夢中になっていた。
 しかしそのとき、久白の頭の中を占めていたのは別のことだった。

「パーシアスがダメージを与えることに成功した。よって、一枚ドロー!」
 藤原はパーシアスの効果を処理する。
 デュエルを進めようとする藤原をよそに、久白は驚きにとらわれていた。
 藤原は不思議に思う。
 手札誘発の効果がそこまでショックだったのだろうか?
 自分の切り札が倒されたことにショックを受けているのか?
 いや、もしかするとこの新入生にも――

「――そのカード、ただのカードじゃない……。
 強い力が宿っている。飛翔、記憶操作、発火の光線……。
 かなり強い想いを共有した、具現化さえできる強い精霊……」
 藤原は久白のつぶやきに動揺する。
「まさか、君にもカードの精霊が見えるのか?」
「『君にも』? 俺以外にも精霊が分かる人がいるの!?」
「滅多にいないが、確かにいる。僕も精霊は少し分かる。
 見えるのはオネストだけで、他は存在を感じるくらいだが」
「本当に!? じゃあさ、俺のデッキからはどう?」

 デュエルを中断して、久白は会話をしようとする。
 この話題に強い興味があるようだ。
 だが、この会話を続けてはいられない。
 観戦している生徒達が様子が変だとざわついている。
 早くデュエルを続けてほしいと焦れている。
 藤原だけでなく、久白もその空気に気付いたようだ。

「……この話は後にしよう。今はデュエルを続けよう。
 結果はアクシピターの迎撃だ。まだ君のターンだが、どうする?」
「あ、えぇと……。このままターンエンド!」
「エンド……? でいいのか、分かった」

 だが、藤原にもこの話題を久白と続けたい気持ちがあった。
 精霊を見ることができ、気持ちを通わせられる人間を藤原は知っている。
 遊城十代、ヨハン・アンデルセン。
 過去に自分と対戦し、自分を闇から救ってくれた人物達。

 だが、あの二人にも精霊を一目しただけでその能力が分かっただろうか?
 目の前の新入生はオネストの能力をすぐに読み取った。
 だが、なぜそんなことができるのか?
 精霊に対してどんな能力を持ち合わせているというのか?
 藤原の疑問も尽きない。

 だが、今は試験官としてデュエルに専念しなくてはならない。
 話はそれからにするしかない。

藤原
LP2200
フィールド魔法
《天空の聖域》
モンスターゾーン《天空騎士パーシアス》ATK1900・装備《早すぎた埋葬》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
2枚
久白
LP2100
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
3枚

 実際のところ、観衆は二人のやり取りを少し不思議に思っただけであった。
 どんなやり取りが行われたかを知っている者はいなかった。
「おおー。あのアクシピターがやられるなんて……」
「あのオネストが藤原先輩のエースカードなんだよ。
 手札から不意打ちの戦闘支援。
 聖域のフィールドもあって、簡単にはダメージを与えられない」
「でもね。翼だってこんなんじゃやられないよ。
 鳥たちは意外と器用なんだから」
 デュエルは滞りなく行われる。
 当事者達の動揺を解さずに。


「僕のターン。ドロー。
 伏せカードもなしに、ターン終了か。
 なら、このターン一気にたたみ掛ける。
 《天空騎士パーシアス》よ、進化せよ!
 出でよ! 《天空勇士(エンジェルブレイブ)ネオパーシアス》!!」

 白のまばゆき聖衣に身をつつみ、荘厳な姿へとなる。
 パーシアスはより高位の存在として君臨する。

「さらにリバースカードオープン、《女神の加護》!
 僕のライフを3000ポイント上昇させる!」

藤原のLP:2200→5200

天空勇士(エンジェルブレイブ)ネオパーシアス》
効果モンスター 星7/光属性/天使族/攻2300/守2000
このカードは自分フィールド上の「天空騎士パーシアス」1体を
生け贄に捧げる事で特殊召喚する事ができる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
また、このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
フィールド上に「天空の聖域」が存在し、
自分のライフポイントが相手のライフポイントを超えている場合、
その数値だけこのカードの攻撃力・守備力がアップする。

《女神の加護》
永続罠
自分は3000ライフポイント回復する。
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードがフィールド上から離れた時、
自分は3000ポイントダメージを受ける。

「ネオパーシアスの特殊効果! ライフ差が攻撃力に加えられる!
 その差は3100! よって、ネオパーシアスの攻撃力は……」

《天空勇士ネオパーシアス》 ATK2300→5400

 ネオパーシアスが槍を天にかざすと、光がその先端に収束する。
 命の奔流が巨大な刃となって、勇者に力を与える。

「直接攻撃だ! 『断罪のホーリー・ペネトレイト』!!」
 槍を構えて、天使は閃光となり、久白に向かっていく!

「まだだ! 墓地より《恵鳥(けいちょう)ピクス》の効果発動!!
 戦闘ダメージを無効化する!」
「いつの間にそんなカードを……。
 そうか、《輝鳥現界》のときにデッキから送ったのは……」
「当たり! このターンの攻撃で俺にダメージは与えられない!」

恵鳥(けいちょう)ピクス》
効果モンスター 星3/光属性/鳥獣族/攻100/守50
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
このターン、コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

「見事だ。 カードを1枚伏せて、ターンを終了させる」

「俺のターンだ! ドロー!
 今、俺すげえ不利だよな? 
 でも、ここを覆したらすげえ面白いよな!
 やってやる! 俺は《英鳥(えいちょう)ノクトゥア》を召喚!
 ノクトゥアの効果発動! デッキから2枚目の《輝鳥現界》をサーチする!」

英鳥(えいちょう)ノクトゥア》
効果モンスター 星3/風属性/鳥獣族/攻800/守400
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。

 圧倒的に不利な状況下でも決して久白は諦めない。
 その怯まない様子に、藤原は少しの焦りを感じていた。
 いくらこちらが万全の状態に持ち込んでも、久白は向かってくるだろう。
 その勇気、その意気込み。底知れない。
 藤原は目の前の小さな少年に、次第に恐れを抱いていった。
 (来るのか! 新たな輝鳥が!)

「《輝鳥現界》発動! フィールドより《英鳥ノクトゥア》を墓地に送り、
 さらにデッキからは《聖鳥クレイン》を墓地に送る。
 そして、来い! 《輝鳥(シャイニングバード)-アエル・アクイラ》!!」
 場から緑色の光が集まり、次第にオオワシの形を帯びていく。
 周りの全ての空気が輝鳥(シャイニングバード)の出現により鳴動する。
 風そのものであり、風を司る存在。
 風全てを呼び込み、風全てを排除する存在。
 
「へへ。こいつが俺のお気に入りカードだ!
 この輝鳥も儀式召喚時に、効果を発動する!
 効果発動! 『ルーラー・オブ・ザ・ウインド』!
 場の魔法・罠は全て吹き飛ばす!!」

輝鳥(シャイニングバード)-アエル・アクイラ》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「風」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

藤原のLP:5200→2200(《女神の加護》の破壊)

 聖域は風に塗り替えられ、風は加護のヴェールをはがす。
 藤原を守るカードがことごとく吹き飛んでいく。
 藤原は気に食わなさそうに眉をしかめた。
 ワンサイドゲームが一つのカードで塗り替えられる。
 しかし、藤原はまだ自分の勝利を確信していた。
 なぜならば――
「なんて強力な効果だ。《天空の聖域》も《女神の加護》も破壊か……。
 だが、この瞬間罠カード発動、《光の召集》!
 手札を全て捨て、墓地から《オネスト》を回収する!」
 ――最も信頼しているカードがまだ手中にあるからだ。

《光の召集》
通常罠
自分の手札を全て墓地に捨て、その枚数だけ自分の墓地から
光属性モンスターを選択して手札に加える。

「精霊オネスト……。それじゃあ手出しはできないかな。
 カードを二枚伏せて、ターンエンドだ」

藤原
LP2200
フィールド魔法
なし
モンスターゾーン《天空勇士パーシアス》ATK2300
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚(《オネスト》)
久白
LP2100
モンスターゾーン《輝鳥-アエル・アクイラ》ATK2500
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
なし


「来たね。翼のフェイバリット。あたしもあのカードが一番苦手なんだよなー」
「でも、藤原先輩もフェイバリットカード《オネスト》を手に加えている。
 あれじゃあ簡単には手出しはできないよ」
「それはどうかな? 翼を見てごらんよ。あれは焦ってるんじゃない。
 相手が罠にかかるのを待っている顔だよ。すぐ顔に出るんだから。
 それにね。翼は儀式召喚の他にももう一つ戦術を備えている。
 翼の勝負強い引きでしか成立しない隙だらけのギミックだけどね」


「僕のターン。ドロー」
(引いたカードは、《ジェルエンデュオ》。相手の場には伏せカード二枚。
 ネオパーシアスの攻撃にオネストの効果を付加すれば勝てる。
 だが、あの伏せカードは明らかに迎撃を狙っているトラップ。
 オネストは効果としては、迎撃を狙ったほうが有利なカード。
 しかし、単にモンスターを破壊するだけの罠ならばオネストは温存できる。
 ここはまずは……)

「ネオパーシアスで《輝鳥(シャイニングバード)-アエル・アクイラ》を攻撃! そして、その戦闘時に……」
 オネストは自らの役割を果たそうと、フィールドに翔ける。

 しかし、場を緑の障壁が阻む。オネストはその場に立ち入れない。
「そうはさせない! リバースカードオープン! 《DNA移植手術》!
 フィールド上のモンスターの属性を風に変更する!」

《DNA移植手術》
通常罠
発動時に1種類の属性を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。

 藤原の表情に大きな動揺が走る。
「な、何だと。属性操作だと……」
「そうさ。これで《オネスト》の効果は発動できない!
 《オネスト》の効果が発動できるのは光属性に対してのみだ!」

 盤面を解説した後に、久白は少し表情をかげらせ、つぶやいた。
「――発現している精霊は《オネスト》のみ。
 なら特別な愛着をそのカードに持っているということ。
 だから、デッキは必然的にそのカードに頼った構成になる。
 つまり、その絆を断てば、戦術は崩れる。
 ごめんね、《オネスト》――」

「さらに《天空勇士ネオパーシアス》の攻撃は止まらない!
 迎撃だ!アクイラ! 『シャイニング・トルネードビーク』!」
 天使の一撃を巨大なワシがかわす。
 そして、その頭上から旋回しながら強烈なくちばしの一撃をあたえる。

藤原のLP:2200→2000

(クッ。ネオパーシアスの破壊だけならばまだいい。種族の変更で迎撃だと!?
 これではオネストの効果がもう使えない。ここはしのぐしか……)
「モンスターをセットし、ターンエンドだ」
 その宣言をしたとき、翼の頬が緩んだのを藤原は見逃さなかった。


「俺のターン。ドロー! へへ、いくよ!
 リバースカードオープン! 《風霊術−「雅」》!
 アクイラを生贄に、場のモンスターをデッキの一番下に戻す!」

《風霊術−「雅」》
通常罠
自分フィールド上に存在する風属性モンスター1体を生け贄に捧げる。
相手フィールド上に存在するカード1枚を選択し、持ち主のデッキの一番下に戻す

 風の化身は再び風に舞い戻り、相手のカードを巻き上げる。
「クッ。《ジェルエンデュオ》で時間稼ぎすらさせてくれないか」

「あれが翼のもう一つの戦術。属性操作とそれに対応した霊術。
 翼のあの引きがあってこそようやく成立する戦術なの」
「すごい。あの藤原先輩の場からカードをなくさせるなんて。
 手札もオネストのみ。これなら攻撃も間違いなく通る……」
「しっかし、今日の翼は冴えてるね。あの調子ならきっと引いたカードは――」

「さらに手札より装備魔法発動! 《契約の履行》!
 ライフを800ポイント払って、蘇らせるのは儀式モンスターは――」

「――うん、さすがだね。 翼の勝ちだ。
 今この場で一番輝いてるのは翼だよ。
 デュエル・スターにだって、きっとなれる!」

「――来い! 《輝鳥-アエル・アクイラ》!
 舞い戻れ! 風の大鷲よ! 
 そして、ダイレクトアタックだ! 『シャイニング・トルネードビーク』!

 風の鳥が天を駆け、藤原をつらぬく。
「うわあああああああ」

藤原のLP:2000→0


 藤原は膝を屈する。じっと下を見つめる。
 彼は不安感に耐えている。
 劣等感がよみがえる。
 強迫観念がまた背後からしのびよる。
 今でもときに昔の自分がよみがえってきそうなことはある。
 だが、もう平気だ。
 僕は前を見つめなくてはならない。
 いや、前を見つめていたいんだ。
 僕の先に行ったあいつ達のように。
 だから、藤原は立った。
 そして、勝者に手を伸ばした。
「僕の負けだ。【光属性】のカテゴリ審査は合格だよ。楽しいデュエルだったよ」

 翼は照れくさそうに、グッと握手を交わす。
 長身の藤原に背丈の低い久白。しかし、互いに向き合う姿は堂々としている。
「へへ。それは良かった。
 デュエル・スターはデュエルを楽しむだけじゃない。楽しませないとね
 藤原さん、すごく強かったよ! いいデュエルだった。また対戦しよう!」


 会場に拍手が沸き起こる。
 連勝の藤原をやぶった新星・久白翼。
 藤原は照れる久白の手を取り、頭上に掲げさせる。
 慌てふためく久白。背が高い人は少し苦手だ。
 が、歓声はますます大きくなった。
 久白は観衆の中の陽向居に気付き、微笑みかけた。
 陽向居も誇らしい幼馴染に微笑みを返す。
「あたしも負けてらんないな。
 『ルミナス』に恥じないデュエルを見せてあげる!」
 

 次々と入り込む新しい息吹。
 デュエル・アカデミアは賑わっていた。
 その様子に、鮫島は満足げに微笑んだ。

「なかなか盛り上がってますね。素晴らしい」

 隣から鮫島に話しかける声があった。
 男性だが声が高く、歌うように流れる話し方。
 長い髪が揺れる。白く透き通りそうな肌は染みもない。
 人間を離れた神秘性さえ感じさせる風貌。

斗賀野(とがの)先生。どうです? アカデミアは?」

「想像以上に素晴らしい。
 これなら私も教鞭の振り甲斐があるというものです」

「斗賀野先生の授業なら喜んで聞いてくれることでしょう」

「本当に感謝しています、鮫島校長。
 各アカデミアに頼み込みましたが、
 『精霊学』という科目で指導を許可してくださったのは、あなただけです。」

「ははは。私も興味があったから、頼んだまでです。
 アカデミアでは精霊の存在がささやかれる事件がありましたからね。
 そういった知識を与えてあげることが大切かと思いまして」

「ええ、努力しますとも。ご期待に添えるよう精進します」





第2話 先輩-藤原優介-



「マスター、安易に久白翼に近づいてよろしいのでしょうか?」

 オベリスク・ブルー寮。藤原優介の個室。
 筋骨隆々とした、まるでギリシャ彫刻のような健全性の化身。
 精霊オネストが傍から見守る。
 藤原に信頼を寄せるカードの精霊オネスト。
 オネストが不安そうに藤原に語りかける。
 藤原はその様子を見て、そっといとおしげに微笑を返した。
 いつもオネストは過剰なまでに心配してくれる。
 その気遣いが心地よかったのだ。

「うん。危険だろうね。
 十中八九と言えるくらい、久白は精霊に干渉する何らかの力を持っている。
 安易に、しかも二人きりで会うなんて自殺行為だ」
 しかし、これから藤原は深夜に久白と精霊に関する話をする約束をしている。

「では、なぜ!?」
「うーん。ちょっと言いにくいかな。
 強いて挙げれば、二つの理由がある。でも、どっちも根拠がない。
 一つは久白が安全だと思うから。
 あのデュエルからは敵意が感じられなかった。
 あんな楽しそうにデュエルする奴なんて滅多にいない。
 精霊の波動も久白のデッキから感じたけれど、穏やかなオーラだったし」
「それは確かに……。しかし、まるっきり『なんとなく』ではないですか?」
「だから、根拠がないってことわったんだ。
 でも、オネストだってそう思うだろう?」
「ええ。それで、もう一つの理由は?」

「もう一つの理由は、久白に『なんとなく』興味が湧いたからだよ」
 その返答を聞くと、いつもは凛々しいオネストの表情が崩れた。
 頭を抱えて、なんということだ……と言わんばかりだ。
 最近、オネストはよくこういう仕草をするようになった。
「……。要するに、どちらもマスターの気紛れということではないですか」
「うーん、そうなるね。参ったな、これじゃあまるで天上院みたいだ」
 藤原は友の名前を挙げて、屈託なく笑った。

「まぁね。興味なんてそもそも説明できるようなものでもない。
 全部理由付けできる興味なんて、何だか味気がないじゃないか。
 でも、少しなら理由はある。力を持っていながら、あんなに純粋なところだ。
 そうなれた理由を……、僕は知りたいんだ」
 その言葉を聞いて、オネストは表情をくもらせた。
「僕はかつて力に翻弄されて、自分も友も見失った。
 だからね、そうならずに済んだ久白の強さの理由を知りたいんだ」
「そうですか……。マスターは前向きになりましたね」
「……そうだといいな。そうなりたいって決めたから」
 藤原は身支度を整えて、顔を引き締める
「さて、そろそろ向かおうか。
 オネスト。いざというときは、すまないけれど頼む。
 最近、僕のわがままに付き合わせてばかりだけれど」
「ええ、マスター。喜んで」


 久白はアカデミア中心部から少し離れた橋の上で待っていた。
 風が静かに吹いている。小川がそれにこたえて、優しくせせらぐ
 夜のアカデミアは静かだけど、飽きさせない。
 アカデミアには自然がひとまとめにされていた。
 良く言えばいいとこ取り。悪く言えばごちゃ混ぜだ。
 火山、荒野、森、海、砂浜、湖、川、滝。
 さらには灯台や廃寮に発電所など心霊スポットも欠かさない。
 でも、全部がこれからの学園生活を盛り上げてくれるようでワクワクした

「先に来てたのか。 待たせてしまったかい?」
「大丈夫。俺、待つのは苦にならないから」
「……? そうか。
 入学してまだ3日だ。学園生活にはまだ慣れないだろう?
 何か不安なことはないか?」
「いや、俺は全然不安じゃないよ!
 むしろ、楽しみで仕方がないや。
 学園は面白いデュエリストでいっぱいだし、
 授業だってデュエルのいろんなことが学べて楽しい!
 明日から始まる『精霊学』も楽しみだ」
「『精霊学』か。実はこれは目新しい科目なんだ。これまではなかった。
 授業の説明項目を見るには、デュエル・モンスターズを一つの世界観に見立てるべく、
 効果の関連性やキャラクターの物語付けを探求していく科目みたいだが。
 確かにそれが精霊につながることなのかもしれない」
「そう! 精霊が分かる人がいるのも驚いた!
 今まで俺の周りには一人しか精霊が分かる人がいなかったから」
「それは誰だい?」
「俺は孤児院育ちなんだ。『孤児院ルミナス』っていうんだけど。
 そこのオーナー先生。鏡原英志(かがみはら えいじ)先生。
 先生に精霊のことを少しずつ教えてもらったんだ」
 藤原は違和感を覚えた。孤児院育ちという境遇はかなり特異だ。
 なのに、こうも臆面なく言えるのはなぜだろう。
 しかし、本人が気にしてない風だから、藤原も努めて流した。
「そうか。じゃあ、どんな風に聞いている?」
「うーん、先生もあんまり分からないみたい。先生にも見えるみたいだけど。
 『カードが想いに応えて、姿を現す』とか、
 『何らかのエネルギーが結晶化している。特別な人にしか見えない』と言われてるけど、
 その本当の姿の解明に成功した人はいないって聞いてる」
「僕の知っているのも大体それくらいのことかな。
 『異世界のエネルギー』なんてのも聞いたことあるけど、
 僕にはちょっと分からない。僕に関してはあまり君の力に成れそうにないな。
 僕はオネストが見えるだけ。他の精霊はいるというのは分かるけど、姿は見えないんだ」

 そして呼びかけると、オネストは静かに姿を現した。
 オネストはじっと腕を組み、久白に一礼をした。
「こんばんは、オネストさん。デュエルのときはあんな封じ方してごめんね。
 でも、すごいよ。こんな強い力の宿った精霊、他の誰からも見たことがない」
 そうやって誉められると、オネストは逆に体を強張らせた。
 明らかに警戒している。
 藤原は生真面目すぎるのも困りものだな、と思った。
 早く要件を済ませてやらなくては。
 藤原は質問を急いだ。

「それで、単刀直入に尋ねよう。
 君は精霊に関してどんな能力を持っているんだい?
 なぜ能力が分かる? どうして強さが測れるんだ?」

 そう聞くと、久白は少し表情を暗くした。
 今まで快活だった少年が急に影を帯びる。

「俺は、その質問には多分ちゃんと答えられないと思う。
 でも、どういう能力を持っているかは説明できる。
 うーん、でも実演した方が早いのかな。
 あまり気は進まないし、本当は『力』を使うのは控えているんだけど。
 ちょっとオネストさ……、いや俺のデッキの精霊の力を借りるか。
 オネストさん。そんなに緊張しなくていいよ。俺は……何もしないから」
 それでもオネストは緊張を解かない。
 久白はその様子に諦めて、自らのデッキを取り出した。

「ごめんね。ちょっとだけ力を借りるよ。
 みんなの力を、少しずつだけ」

 つぶやいて、デッキを両手の平に包み込み、瞳を閉じて念じた。
 デッキから光の粒が漏れ出す。
 風がざわめき、これからを見守っている。
 久白はカードを労わるかのように、少しずつ祈りを込めていく。
 次第に光が久白を包んでいった。
 そして、光は久白の背に収束していく。
 やがて、背には光の翼が出来上がっていた。
 大きく、大きく、翼は広がる。
 天に伸びて、その天を指し示す。

「いくよ」

 そうささやき、そっと両手を広げる。
 すると、久白の体は宙に浮いた。
 夜に舞う精のように優美に
 だが大空を翔る鳥のように雄大に、
 そして天を彩る星のように華麗に。
 羽は緩やかに動く。物理的には役立たない。ただの飾り。
 だが、久白が動かすたびに光の粒を地面へ撒き散らす。
 地面に光が当たっては弾け、ホタルが舞っている様だ。
 藤原はその神秘的な姿に見惚れていた。
 その状況を理解する以前に、藤原は心を奪われていた。
 久白はその姿を確認して、そっと地上に降りた。

「これが俺の能力。精霊の力を自分で使うことができる。
 だから、精霊から流れているオーラで、その精霊の力も分かる。
 でも、これは精霊の力を俺がもらうことだから、簡単には使わないんだ。
 さっきみたいにちょっと浮かぶだけなら、何ともないけれど。
 それにあんまりに珍しがられるから、人前でも使わない。
 オネストさんも安心してよ。力を奪ったりなんてしないよ。
 そんなことをしても、オネストさんに嫌われるだけだし」

「不思議だ……。でも、どうしてそんな力が……」

「それが説明できないんだ。俺にこんな能力がある理由が分からない。
 俺は孤児院で育ったから、家族とかもよく分からないし。
 でも、そんな過去のことよりも今が大事なんだと思う。
 今、ここでこの能力がこうして俺にあること。
 そして、だからデッキの鳥達のことがよりよく分かること。
 その方が大事なんだと思うんだ」
「そうか……。その理由は分からないということか」
「うん。説明しきれなくてごめん」

 藤原は今まで目の前で起きたこと、話されたことを整理しながら考える。
 ほぼ予想通りだ。久白は確かに精霊に干渉する力を持っていた。
 しかも、それは最も凶悪な部類『力を奪える』能力だ。
 しかし、あのデッキへの気遣い方を見ると、とても悪用するようには思えない。
 それ以前に久白はこの能力を明かすことを拒みはしないが、控えたいようだ。
 また、自分の能力を発動するときにもやけに慎重だ。
 まるでその能力に自分自身が恐れを抱いているかのように。

 どちらだろう?
 ただ、隠しているだけなのだろうか。ここ一番で自らの目的を果たすために。
 それとも本当に『精霊に優しくて、自分の力に臆病』であるだけなのか。

 いやしかし、どちらにしろ藤原は久白に接近しなくてはならないと気付く。
 前者ならば、藤原は久白が不審な動きを見せないように監視しなくてはならない。
 後者ならば、藤原は久白をその力を利用しようとする者から守らなくてはならない。
 なら、やることは一緒なのだ。
 距離を近づけるのは簡単だ。もっと近くにいればいい。

「いや、いいんだ。ほとんど初対面なのにぶしつけな質問をしたこっちこそすまない。
 だけど、本当に精霊達は君に何ていうか……なついているな。
 力をもらわれるというのに、そのデッキからは嫌悪感やつらそうな感じがなかった。
 よほど精霊達に信頼されているんだな」
 そう言われると、久白は照れくさそうにつぶやいた。
「……そうだといいな」
「そうだろう。僕は精霊の気持ちには敏感なんだ。だから、信じてほしい」

 藤原はその力を皮肉なものだと思う。
 かつての暗い過去。誰も信じられなかった頃。
 そうして、他の誰かすべてを疑いの眼で見ていた。
 誰の行動も凝視して、自分を傷つけまいか心配していた。
 だからこそ、藤原には心を解する感性が根付いた。
 おびえながら、観察していたから。
 今、精霊の姿は見えないにもかかわらず、
 心だけは伝わってくるのも、その暗い過去の裏返しなのだろう。

 しかし、伝えていいものなのだろうか。
 久白のデッキから伝わってくるもう一つの感情がある。
 単なる信頼感とは別に伝わってくること。
 それは久白を心配しているということだ。
 だが、久白の何を心配しているのか。
 そこまでは藤原には分からなかった。


「さて……、だ。話は変わるが、君のデュエルの腕を見込んで話がある。
 ちょっとした協力要請なんだが、いいか?」
「あぁ! 俺でいいなら。
 で、何? 事件?」
「そ、そうか」
 藤原は案外の食いつきの良さに驚かされる。
 そもそもこれは口実だ。久白を近くに置くための。
 まぁ、簡単にそばに居てくれるなら、それに越したことはない。
「その通り。まぁ、一種の事件なんだ。
 いや、正確に言えば、事件以前の不穏な噂だ。
 最近、夜にデュエルを仕掛けてくる変質者がいるらしい。
 奇妙な声を挙げながら、変なベルトを投げつけて巻きつけさせ、
 そのベルトをつけたまま、デュエルさせられるらしい」
 久白は首を傾げながら、その話を聞いている。
「奇妙な声? 変なベルト? 何か全然分かんないや」
 久白はそう言って、笑い出した。
 確かに藤原もおかしな話だとは思う。
 噂として広まってはいるものの、どうにも危機感がない。
 不審者によくわからない器具。
 危ないはずだが、なぜだろうか?
 久白は相変わらずおどけている。

「例えばさ、変な声ってさ。こんな感じ?
 ムヒョーッ、ヒョヒョヒョー! ……みたいな!」
 裏声を使って必死に表す。
 久白はどこか子供っぽい所があるなぁと藤原は感じる。

「いや、まだ控えめな感じな気がするな。もっとこう……」

「キーッ、シシシシシシッシシィー!
 今夜も見つけたっシ。極上の獲物だっシィー!」

「そうそう。こんな感じに生理的嫌悪感を引き起こすくらいに不自然な……」

「ニーッ、イイイイイイイッヒー!
 いるニィ、いるニィ。今日こそとらえるニィー!」

「おお、二役まで! しかも身振りもせずに。
 君、オカルト研究部にでも入ったらどうだい?」

「ちょ、ちょっと待ってよ。どっちも俺じゃない!
 あの茂みの方から聞こえたよ。本物じゃないの!?」

「間違いなく本物ですよ、マスター。
 とぼけてないで、さっさと身構えてください」

 オネストもすかさず藤原に警戒をうながす。
 次の瞬間、ベルトが飛んでくる。
 誘導されたように、藤原と久白の胴にぶつかる。
 そして、そのまま絡みつく。
 一瞬での出来事。
 藤原も久白も表情を険しくし、ベルトが飛んできた先を凝視する。
 そして、二人の人影がゆらりと姿を現した。

 二人ともほとんど同じような外見をしていた。
 小柄で曲がった腰。
 闇に紛れないが汚れた白衣。
 だらしない表情。よだれがたれている。
 だが、眼だけがギラギラと輝き、こちらを嫌らしく見つめている。

「ベルトがとれないよ。な、何だこれ」
「シッシッシッ。そのベルトを解く方法はただ一つ。
 デュエルでおいら達に勝つことなのだー。
 この超絶科学者シルキル様と戦え!」
「ニッニッニッ。
 おいら、同じくイルニル。デュエルだー!」
「くっ。こいつら怪しい。
 だが、何だ? 怪しすぎて逆に緊張感がない……」


「さぁ、デュエル!」

藤原 VS シルキル

久白 VS イルニル


「クッ。勝手にディスクがデュエルモードに起動している」
「キッシッシ。ランプはお前にともってるぞ。お前の先攻だ」

「や、やるしかないのか。ドロー!」
(何もかもが得体が知れない……。ここは様子を見ておくか)
「モンスターをセット。カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

「シッシッ、おいらのターン! ドロー!
 永続魔法《セカンド・チャンス》発動!
 さらに《盗人ゴブリン》発動! ダメージだぁぁぁ、キッシー!」

《セカンド・チャンス》
永続魔法
このカードがフィールド上に存在する限り、 自分がコイントスを行う効果を1ターンに1度だけ無効にし、 コイントスをやり直す事ができる。

《盗人ゴブリン》
通常魔法
相手ライフに500ポイントダメージを与え、自分は500ライフポイント回復する。

「クッ。直接ダメージカードか」
(デッキの狙いがそれならまずいな。僕のデッキとの相性は相克関係だ。
 いかに先に自分の戦術に持ち込めるかにかかっている……)

藤原のLP:4000→3500

シルキルのLP:4000→4500

「キーシッシシィー! さっそくリードぉー!
 さらにおいらは《ゴブリン突撃部隊》を召喚だぁ!」

《ゴブリン突撃部隊》
効果モンスター 星4/地属性/戦士族/攻2300/守0
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。
次の自分ターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。

(壁モンスターか!? それにしてはやけに攻撃的なモンスターだが……)
「シシシ、攻撃だぁー。いっけぇー!!」
(攻撃だと!? 得体の知れない守備モンスターにデメリットアタッカーが?)

 勇ましいゴブリンの軍隊が砂煙をあげて、藤原の場に襲い掛かる。
 めまぐるしい突撃。守りなど顧みない突進。
 しかし、すんでのところで弾かれる。
 土煙がおさまり現れたのは、光に守られた小さな双子の天使だった。

「伏せられていたのは、《ジェルエンデュオ》!
 このカードは戦闘では破壊されない!」

《ジェルエンデュオ》
効果モンスター 星4/光属性/天使族/攻1700/守0
このカードは戦闘によっては破壊されない。
このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する。
光属性・天使族モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。

「キッシー! くやしぃぃぃぃいいい。
 でも、次のターン。見てろよおおおおおお。
 手札を全て伏せて、ターンエンドだああああ」

藤原
LP3500
モンスターゾーン《ジェルエンデュオ》DEF 0・戦闘では破壊されない
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
4枚
シルキル
LP4500
モンスターゾーン《ゴブリン突撃部隊》DEF 0
魔法・罠ゾーン
伏せカード×3
手札
なし

(これはやはり、直接火力重視の戦術なのか?
 《セカンド・チャンス》とシナジーするのは、《運命の分かれ道》!
 さらに手札をなくしたのは、《ファイアーダーツ》の発動のためだとすれば説明がつく。
 となれば、《ジェルエンデュオ》の自壊は目前。
 いや、それ以上の火力ならば僕はこのまま何もできずに終わってしまうのか?)

「僕のターン! ドロー!」

「キーシッシッシィー! おいらの勝ちらぁー!!
 伏せカードを全てオープン。見て驚けえええええええ。
 最強の布陣だぞおおおおおおお」

(やはり来るのか? 耐え切れるのか!?)
 藤原はオープンされたカードを注視する。


 《追い剥ぎゴブリン》、《押し売りゴブリン》、《ゴブリンのその場しのぎ》。

《追い剥ぎゴブリン》
永続罠
自分フィールド上のモンスターが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える度に、
相手はランダムに手札を1枚捨てる。

《押し売りゴブリン》
永続罠
自分フィールド上のモンスターが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える度に、
相手の魔法&罠カードゾーンに存在するカード1枚を持ち主の手札に戻す。

《ゴブリンのやりくり上手》
永続罠
自分の墓地に存在する「ゴブリンのやりくり上手」の枚数+1枚を
自分のデッキからドローし、自分の手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。

「キーシッシッシィシィィィィ! どうだ!思い知ったか!
 おっと、《ゴブリンのやりくり上手》の効果で1枚ドロー!
 シッシ、これは《ゴブリンの小役人》。今は使えないカードだ。
 デッキの下に戻そう戻そう。ラッキーぃ」

 ……………。藤原は目の前の状況が理解できなかった。
 ゴブリンがあちこちで遊んでいる姿が繰り広げられている。
 ゴブリンの軍隊が休んでいるところに、同胞が追い剥ぎや押し売りに現れる。
 果ては、苦しい家計のやり取りの果てに、富者から金を恵んでもらうゴブリンの姿。
 なんだこの光景は。何もシナジーが見出せない。
 気付けば、勝手に手は動いていた。
 こんなくだらないデュエル。早く終わらせるに限る。

「《ジェルエンデュオ》を生贄に捧げ、《天空勇士ネオパーシアス》を召喚!」

《天空勇士ネオパーシアス》
効果モンスター 星7/光属性/天使族/攻2300/守2000
このカードは自分フィールド上の「天空騎士パーシアス」1体を
生け贄に捧げる事で特殊召喚する事ができる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
また、このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
フィールド上に「天空の聖域」が存在し、
自分のライフポイントが相手のライフポイントを超えている場合、
その数値だけこのカードの攻撃力・守備力がアップする。

「おひょひょ? レベル7なのに。生贄一体??
 シーッシッシッ! こいつルール分かってねぇ、キーシッシィ!」

 《ジェルエンデュオ》には光属性・天使族モンスターを生贄召喚するとき、2体分の生贄としてカウントできる効果がある……のだが、もはや説明する気にさえならない。

「そこの《ゴブリン突撃部隊》に攻撃! 攻撃時に、手札よりモンスター効果発動!
 ネオパーシアスよ! 《オネスト》の効果を受けよ!
 《ゴブリン突撃部隊》の攻撃力がネオパーシアスに加算され、攻撃力は4600!
 ゆけっ! オネスティ・ホーリー・ペネトレイト!」

「シッシッシッ。守備モンスターにダメージは通らないんだよーん。
 なーに、張り切っちゃってるのかなー。シッシッシ……シィ?
 おいらのライフが減ってるううううううう!」

シルキルのLP:4500→0


「どっしぇぇぇぇ! 何で負けたの。おひょっおひょっおひょ。
 また叱られちまうよぉう。発動しないで、強制脱出装置。
 戻ってこないで、エナジーベルトォォォ!」
 藤原のベルトははずれたと思ったら、蛇のように動いてシルキルの手元に戻った。
 そして、白い噴煙を巻き上げて、シルキルは森の方へ飛んでいった。

 あのベルトは何だろう? そもそもこいつらは何者だろう?
 いなくなってしまっては何も聞き出せない。

「うっぴょおおおお! 何で負けたの。おひょっおひょっおひょ。
 イッニョォォォォッ!! 帰りたくないニョォォォォ!」

 久白も問題なく、イルニルを倒せたようだ。
 また、一人の科学者が森へと飛ばされていく。
 あ、勢い良すぎてズボンが脱げた。何て惨めな光景なんだろう。

 藤原は久白に駆け寄る。
「相手はどんなデッキを使ってきた?」
「1ターン目から《フュージョニスト》と《フレイム・ゴースト》を融合召喚してきたよ!
 アクシピターと《火霊術−「紅」》ですぐ倒しちゃったけど、
 俺、あのデッキをもっと見てみたかったなぁ……」
「僕も同感だ……。あのデッキにはどんなゴブリン群像劇があったんだろう。
 渡る世間はゴブリンばかりだったんだろうか……?」

 藤原はゴブリンの載せられたカードを思い浮かべる。
 ……が、《トークン収穫祭》の幸せそうな姿を浮かべ、すぐに馬鹿馬鹿しくなってやめた。
 久白は《マブラス》が思いのほか弱くて、切なくなったのを思い出した。
 そういえば、明菜も《暗黒火炎龍》の名前負けを嘆いていたっけ。

 どことなく、漂う脱力感。
 噂どおりだったが、これなら危機感の薄さもうなずける。
「森のほうに落ちてったけど、追いかける?」
「うーん。僕は反対だ。夜の森は迷うことになったら危ないし。
 それに……なんというか疲れた。またの機会にしよう」
「うん。俺も今日はいいかな。
 藤原さん。また調べることがあったら呼んでね。
 おやすみなさい」

 久白は去っていった。
 確かに今の不審者、危なそうで怪しい。
 分からない点も多すぎる。
 だが、緊迫感がなかった。
 急ぐ必要はないということだろうか。
 まぁいい。久白を近くに置くための口実にはなるだろう。
 妙な疲労感も残っている。今日はこれまでとしよう。
 藤原も眠りに着くために、自分の寮へと足を向けた。





第3話 精霊学教師-斗賀野 涯-



 デュエル・アカデミアは普通科の授業も存在する。
 しかし、そちらの科目は選択制である。
 あくまで、デュエル・アカデミアとはデュエルのスペシャリストを目指す場所である。
 カード・デザイナー、プロ・デュエリスト、デュエル講師・教授……。
 職の幅は狭くとも、現在では世界中で親しまれている競技である。
 どこにでも働き口は見つかるであろう。
 例え本人が望まなくとも、アカデミア出身という経歴はデュエルを呼び寄せる。
 その様々な将来に備えて、デュエルに関する学問が準備されている。

 とは言っても、まだデュエル理論というのは新興の学問である。
 あらゆる側からアプローチが成され、混沌としている。
 行動心理学の立場から、一手先を読むためのデュエル心理学。
 組み合わせという着眼点から、万物の生成流転を学ぶ錬金術。
 様々な名デュエリストのプレイを参考に学ぶ実例的なアプローチ。
 実際の対決のみを重んじる実技重視のアプローチ。
 効果や対抗策などの実践的な知識を優先したアプローチ。

 そして、これから行われるのが、デュエルの神秘性を重視するアプローチである。


「ねえ、どんな授業が始まると思う?」
 陽向居が久白に話しかける。
「藤原先輩が言うには、デュエル・モンスターズの世界観を考える学問……らしいよ」
「世界観? 種族とか生態系みたいに? もしくは発展の歴史かなぁ?
 でも、カードの中のお話だよね。そんなの学問として成立するのかな?」
「うーん……。よく分からないや。
 でも、もしかしたら俺の『精霊』のことも少しは分かるかもしれない。
 明菜だって、《希望に導かれし聖夜竜(セイヤリュウ)》(希望に導かれしホーリー・ナイト・ドラゴン)が見えるようになるかもよ?」
「うーん。それは確かにそうなってほしいけどなぁ。
 でも、あのカードって本当に精霊が宿ってるの?
 翼も一度しか見たことがないんでしょう?」
「俺は確かに見たんだけどなぁ。今は見えないけど。
 でも、いる感じはするんだよ。
 こんなの聖夜竜しかいないんだよ!」
「うーん……。精霊の中でも特別なやつなのかもね」

 これまでになかった授業。生徒達は様々な憶測を立てて騒いでいた。
 その憶測を引き立てるのは科目名それ自体だけではない。
 担当する教師その者が、『精霊学』をさらに謎めいたものに引き上げていた。


 ガラガラと音を立てて、扉が開く。
 ざわめきは静まり、開けたその者に目がいく。
 教壇に一歩一歩優雅に歩いていく。
 そして、生徒達に振り返り、一礼をする。

「これより精霊学の授業を始めます。
 私は斗賀野 涯と申します。
 以後、精霊学の担当を勤めさせていただきます。
 よろしくお願いします」

 異様なほどに美麗。整いすぎた目鼻立ち。
 斗賀野と最初に会ったものは、振り向かざるを得ない。
 斗賀野は日常に在るには、あまりにも異質であるからだ。

 一つの穢れも感じさせない白い肌。
 一つの澱みも感じさせない黒い髪。

 完璧すぎるものに、人は違和感を抱かざるを得ない。
 流れて歌うような話し声も、その雰囲気を引き立てていた。
 斗賀野の周りだけ時間がゆっくりと流れているような。
 斗賀野の周りだけ空気が留まっているような。
 そんな印象さえ受ける。

「まず、この授業の形式を説明しましょう。
 この授業では授業前に、必ず皆さんのPDAにファイルを送ります。
 (※PDA……アカデミアの電子生徒手帳の通称。データの入力・記録・転送ができ、また高度な連絡機能を持つ。また、非常時には居場所を発信する装置としても機能する)
 授業ではそれを中心に進めていきます。プリントは配布しません。
 手元で見たい方は各自、自分でプリントアウトしてください。

 私は話すのが遅いのです。これは性分なのです。
 それでは皆さん退屈してしまいます。
 ですから、そのファイルには様々な情報が詰め込んであります。
 私は要点しかしゃべる余裕がありません。
 そのファイルを見ながら、私の授業を過ごしてくださると幸いです。

 ……さて、形式的なことの説明は以上です。
 続いて、肝心の授業内容についてお話しましょう。

 ファイルを開いてください。
 今日は簡単な授業内容の紹介だけですから。
 そんなに気構える必要はありません。
 授業内容の紹介と、ちょっとした余興。
 それで今日の私の授業は終了ですから」

 静まり返った講堂に、斗賀野の声だけが響いている。

「私の授業の科目名は『精霊学』です。
 皆さんも精霊については、何かしら聞いたことがあるでしょう。
 この授業では、デュエルモンスターズの精霊に近づくことを最終的な目的とします。

 ですが、実際に精霊を見られなくても感じられなくても構わないのです。
 精霊を感知するためには、特別な愛着やきっかけや才能が必要となりますから。
 しかし、精霊と『通じ合う』ことができるようになってほしいと思います。

 感知できない者でも、精霊と惹かれあう者はたくさんいます。
 活躍するプロなどはまるで導かれたように信頼するカードを引きます。
 それもこの原理に通ずるものがあることでしょう。

 この世界は見えるものだけが全てではありません。
 見えるものが見えないものに影響を及ぼし、逆もまた然りなのです。
 見えないものたちによって、私達に見えている世界も影響を及ぼされています。

 カードの製作について、一つ例を挙げましょう。
 優れたデザイナーは、精霊達の住む世界を感じることができます。
 そこを再現するような世界観にマッチしたカードを作ることでしょう。
 もしくは知らぬうちに影響を及ぼされ、その世界観を再現させられるかもしれません。

 逆に思い切って荒唐無稽なカードを作ったとしましょう。
 その存在は精霊達の住む世界にひとつの波紋を投げかけます。
 ですが、それさえもあの世界は飲み込むのでしょう。
 整合性をどこからか持ち出し、そのカードの住まう場所を用意するのです。
 そうして、デュエル・モンスターズの世界は連関してきたのです」

「さて、曖昧で聞き覚えのない話ばかりでは退屈してしまいます。
 続いて、具体的にこの授業で行うことを紹介したいと思います。
 種族や属性にサブグループにカードの名前……などからカードを分類し、
 カードの効果や性質を覚え、関連性を見出していきます。

 特定のカードについて論じさせるレポート課題を提出することもあります。
 レポートの内容は自由となります。規定文字数を達するだけでいいです。
 要するに、皆さんがデュエル・モンスターズの世界を空想することが大切なのですから」

「おや、ここまででもう20分経ってしまいました。
 やはり、私は授業向きではないのかもしれません」

 斗賀野の悠長な演説。生徒達の一部はもはや気の向くままに過ごしていた。
 もちろん真面目にその内容に聞き入り、PDAを熟読している生徒が大半である。
 久白や陽向居はその部類だ。
 勉強・暗記はかなり苦手だが、こういったお話は好きなのだ。
 その他には寝ている者、隣とこそこそ話をしている者もいる。

「さて、説明はここまでとしましょう。
 それでは余興の時間です。
 これから私は生徒とデュエルをします。
 精霊と通じ合った者のデュエルをいうものを、実演したいと思います。
 さて、相手なんですが、私から指名させてください。
 カテゴリ戦で始業早々目立っていた久白翼くん。
 君と対戦させてもらえませんか?」

「お、俺!? は、はい。よろしくお願いします」
 突然の指名に久白は動揺を隠せない。
 ただでさえ、今まで知らなかった精霊の話を聞けて興奮しているのだ。
 まして、その指導者と直接デュエルできるとは、嬉しくて仕方がない。
 早速、机を飛び越えて、教壇目指して駆けてゆく。
 他の生徒達も何か面白いことが始まるのではないかと、注目し始めた。

 そして、久白と斗賀野は向かい合った。
「まずは互いのデッキをシャッフルしましょう。
 久白くん、デッキを貸してください。私のものもどうぞ」

 久白は斗賀野のデッキを恐る恐る手に取り、束をきざみ始めた。
 しかし、久白は異変に気付く。
 デッキから何も伝わってこないのだ。
 自分が緊張して動揺しているせいなのだろうか?

 だが、斗賀野のデッキが精霊に満ちているのは感じ取れる。
 その数、20、30は固いであろう。
 モンスター偏重のデッキというのが、それだけで分かる。
 しかし、その精霊たちは沈黙して何も語ろうとはしない。
 久白に何の気も情報も流れ込んでこない。
 その感情も状態も、何一つ分からない。

 自分の精霊感覚が麻痺しているのではない。
 斗賀野のデッキが特別なのだろうか。
 何も分からないまま、久白は丹念にデッキをきざむ。


 そして、斗賀野の手が止まり、久白のデッキが差し出される。
 久白もそれにならって、斗賀野のデッキを差し出した。
 そのとき、斗賀野は久白にささやいた。

「その能力をどうして使わないのですか?
 デュエルにも精霊にも何の目的もないのですか?」

 唐突過ぎる質問。久白は寒気を覚える。
 今初めて会ったはずなのに、なぜ自分の能力が分かるのか。
 やはり斗賀野先生も精霊に通じる力を持っているのだろうか?
 そんな疑問が頭をかすめるが、その前に声が先走った。

「違う……。俺はデュエル・スターを目指すんだ!」
 求めるものも目的もないのかと言われた。
 だから、自らの目標をいつの間にか口にしていた。

「デュエル・スター……。懐かしい響きですね。
 なら、その力を使うことです。
 デュエルで力を引き出すくらいなら、何も悪影響はありません。
 むしろ、精霊たちも望んでいることでしょう。
 それとも……怖いのですか?」

「違うッ! 俺は……ッ!」
 久白はつい大きな声を出してしまっていた。
 防衛本能のようなものだろうか。
 他人に、必要以上に自分の領域に踏み込まれた。

 周囲もその久白の動揺に感づいて、ざわめく。

「さて、久白くん。続きのレクチャーは実戦で行いましょう。
 構えなさい。――デュエル……」


斗賀野 VS 久白

「先攻のランプは私ですね。
 ドロー、セット、エンド」

 斗賀野はドローしたカードをそのままモンスターゾーンにセットする。
 生徒達の間にざわめきが走る。
 久白も疑問に思う。
 先生のやることである。間違いではないはずだが、いいのだろうか?

「ああ、ひとつだけサービスで伝えておきます。
 私の今のデッキはモンスターカードしか入っていません。
 だから、そのままセットしてもそんなに問題はありません。
 でも、条件召喚モンスターでしたらまずいですね。
 ですが、私には何のカードかは分かっていますから。
 さて、久白くん。君のターンです」

「俺のターン。ドロー!」
 カードを引くときに、久白は不自然さを感じた。
 カサリと擦れて、カードがよく滑らず馴染まない感覚がある。
 デッキをディスクにセットするときから、自分のデッキに違和感があった。
 デッキの鳥獣たちが恐怖を訴えているのが伝わってくる。
 自分も同じく恐怖しているところだ。
 何もかもを見透かしているような斗賀野。
 自身も、相手も、そしてこの世界さえも。
 しかし、久白は今の手札でできることをするしかない。

「俺は《命鳥(めいちょう)ルスキニア》を攻撃表示で召喚!
 そのまま生贄に捧げ、デッキより《聖鳥(せいちょう)クレイン》を特殊召喚する。
 さらに《聖鳥クレイン》が特殊召喚されたことで、1枚ドロー!」

命鳥(めいちょう)ルスキニア》
効果モンスター 星3/火属性/鳥獣族/攻500/守400
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生贄に捧げる事で、
自分のデッキまたは墓地からレベル4以下の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果により「命鳥ルスキニア」を特殊召喚することはできない。

聖鳥(せいちょう)クレイン》
効果モンスター 星4/光属性/鳥獣族/攻1600/守400
このカードが特殊召喚した時、このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。

「聖鳥クレインで伏せモンスターに攻撃だ!」
 優雅な様相をした鶴を模したモンスターが伏せカードに向かっていく。

「やはりアタッカーで攻撃してきましたね。
 さて、リバースモンスターです。《メタモルポット》をオープン。
 互いに手札を全て捨てて、カードを5枚ドローします」

《メタモルポット》
効果モンスター 星2/地属性/岩石族/攻700/守600
リバース:自分と相手の手札を全て捨てる。
その後、お互いはそれぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。

 見透かしていたかのようなリバースモンスターの効果。
 斗賀野はすぐに手札を墓地に送り、カードを引きなおした。
 そのとき捨てるカードが目に入った。
 しかし、その光景は異様であった。

 墓地から地属性を除外して召喚する《岩の精霊タイタン》
 墓地から水属性を除外して召喚する《水の精霊アクエリア》
 墓地から火属性を除外して召喚する《炎の精霊イフリート》
 墓地から風属性を除外して召喚する《風の精霊ガルーダ》
 墓地から光属性を除外して召喚する《神聖なる魂》。

 この5枚が同時に斗賀野の墓地に捨てられていたのである。
 すべて属性に関連する特殊召喚モンスター。
 こんな異様な光景を偶然で演出できるものなのだろうか?

 尽きない疑問を振り払って、デュエルを続ける。
 久白も手札を全て捨てて、新たな手札を確認する。
 手札には《輝鳥-アクア・キグナス》と《英鳥ノクトゥア》がある。
 これならば、このターンさえ持ち越せば……。
「カードを一枚セットして、ターン終了」

「私のターンです。ドロー。……………」
 ドローしたカードを手札に収めて、斗賀野は一呼吸を置いた。
「――足りませんね。もう少しは骨があるかと思ったのですが」

「手札より、4体のモンスターを特殊召喚します。
 君の墓地の《輝鳥-テラ・ストルティオ》を除外し、《地霊イビル・ビーバー》を、
 君の墓地の《霊鳥アイビス》を除外し、《水霊ガガギゴースト》を、
 君の墓地の《命鳥ルスキニア》を除外し、《火霊あまつきつね》を、
 君の墓地の《兵鳥(へいちょう)アンセル》を除外し、《風霊セイリュウ》を特殊召喚します」

《地霊イビル・ビーバー》
効果モンスター 星4/地属性/獣族/攻1850/守1200
このカードは通常召喚できない。
相手の墓地の地属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
自分フィールド上の地属性モンスター1体を生贄に捧げることで、
このターンこのカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。

《水霊ガガギゴースト》
効果モンスター 星4/水属性/爬虫類族/攻1850/守1000
このカードは通常召喚できない。
相手の墓地の水属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
自分フィールド上の水属性モンスター1体を生贄に捧げることで、
このターンこのカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。

《火霊あまつきつね》
効果モンスター 星4/火属性/獣族/攻1850/守800
このカードは通常召喚できない。
相手の墓地の火属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
自分フィールド上の火属性モンスター1体を生贄に捧げることで、
このターンこのカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。

《風霊セイリュウ》
効果モンスター 星4/風属性/ドラゴン族/攻1850/守1400
このカードは通常召喚できない。
相手の墓地の風属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
自分フィールド上の風属性モンスター1体を生贄に捧げることで、
このターンこのカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。

「4属性のモンスターを生贄に捧げ、《ブライト・ウイング・ペガサス》を召喚します」


《ブライト・ウイング・ペガサス》
効果モンスター 星10/光属性/獣族/攻4500/守3600
???

 金色に輝くたてがみ、翼。光を散りばめて翔けてゆく天馬。
 全てのものの頂点に君臨すべく、威光を存分に放ちながらいななく。

 攻撃力4500の大型モンスターが登場する。
 だが、まだ久白には伏せカードがある。
 《守護の烈風》だ。

《守護の烈風》
通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在する鳥獣族モンスターが
攻撃宣言を受けたときに発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
その攻撃モンスターを持ち主のデッキの一番上に置く。

 このカードならば、相手の攻撃を防いだ上で、反撃のチャンスを作れる。

「攻撃です。シャイニング・オーバードライヴ」
 即座に久白は反応する。
「リバース罠オープン! 《守護の烈……」

「何を勘違いしているんです? そのカードでは防げません。
 《ブライト・ウイング・ペガサス》には一つだけ特殊効果があります。
 単純かつ最も攻撃的かつ決定的な能力です。
 このカードはプレイヤーにダイレクトアタックできるのです。

 ――久白くん。そのままでは目先の精霊を守れても、君自身は守れませんね」


《ブライト・ウイング・ペガサス》
効果モンスター 星10/光属性/獣族/攻4500/守3600
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する
地属性モンスター、水属性モンスター、
火属性モンスター、風属性モンスターを
それぞれ1体ずつ生贄に捧げた場合に特殊召喚する事ができる。
このカードは相手プレイヤーを直接攻撃する事ができる。

 天馬は翔ける。小さな守護者には目もくれずに、使い手を目がけて。
 鮮烈に、無慈悲に、迅速に。一瞬にしてその命を奪う。


久白のLP:4000→0


「うわああああああああああああ!!」

「さて、これで個人授業は終了です。
 君には言うなれば、過酷さが足りません。自分に対しても、周りに対しても。
 そのままでは何かになることも、何処かに辿り着くこともできませんよ。
 何かが欲しいのならば、欲するだけではいけません。
 最善の手を考え続けるだけでもいけません。
 その手に確かに掴み取ることが必要なのです」

 講義室内は静まり返っていた。
 もはや手品としか思えないデュエル展開。
 圧倒的かつ大胆すぎる戦術。
 感動や感心以前に、理解の域を超えていた。
 語りえぬものを前に、沈黙せざるを得ない。

 しかし、久白は頭で理解する以前に直にその恐怖を体験していた。
 黙して何も語らない斗賀野の精霊たち。
 そのすべてが自分を話にならないと軽視しているように思えた。
 まざまざと自分の欠点を自分以上に見抜き、
 自分を何よりも的確に低評価しているように感じた。
 負けて恥ずかしい以前に、丸裸にされたような気分だ。
 もはや取り繕いようがない。弁解の余地がない。
 自分の全てを変えなければ何も果たせないような不能感。
 漠然と生まれてくる焦燥感。宛てのない焦燥感。
 強いデュエリストになりたい。
 でも、自分のこの力には簡単に頼りたくない。
 自分は何者も裏切りたくない。
 だけど、そのままでは何処にもいけないのか。
 置いてきた影は形を変えて、再びまとわりつく。
 でも、今の自分には何も決められない。
 自分は自分のまま自分に甘んじるしかない。

 ただ、落胆もあった反面、久白が興奮しているのも事実だ。
 アカデミアでのデュエルはみんな真剣だ。
 互いの信念をぶつけ合う強い想いの込められたデュエルばかり。
 デュエルするたびに、新しいことが入り込んでくる。
 ここでデュエルしていれば、自分の迷いもいつか振り切ることができるかもしれない。

「ありがとうございました」
 ただ、平静を装う。そして、久白は席に戻る。
 いくら動揺したとしても、いつも通りに過ごすしかない。
「翼、大丈夫?」
 隣から陽向居がそっと話しかける。
「うん。なんとか」
「嘘つき。なんだか少し変なことを話されてたみたいだけど、何だったの?」
「精霊と、俺の力に関すること」
「そっか……。やっぱあの先生には本当に分かるんだ。
 でもさ、翼は翼だよ。翼の思うように精霊と接すればいいと思う」
 明菜はいつも自分に優しくしてくれる。
 いつも一歩先を行っている明菜。
 僕のことを自分みたいに気遣う明菜。
 その存在が今はいつもよりもありがたくて、……そして心に痛い。
 その明るさが、自分の惨めな姿をより引き立てるようで。
「……うん。ちょっと気になるけど、今はそうするよ」
 久白は強がった。
 今は時間が欲しい。
 時を止めて、自分を見つめなおしたい。
 誰にも干渉されないような場所で。





第4話 久白の休日-前を向く理由-



 今日は日曜日。アカデミアで授業はなく、生徒は気ままに過ごしていた。
 久白も今日は自由に過ごしていた。

 久白の趣味のひとつに散歩がある。
 陽向居から「放浪癖みたいなもの」と評されるくらいに。
 自分でも珍しい趣味だとは思う。
 だが、自然を自分の足で踏みしめていると気分が高揚するのだ。
 最近は目の前の状況が目まぐるしく変わっている。
 それもあって、少し自分のペースを取り戻したかった。

 アカデミアで目をつけている散策スポットはたくさんある。
 その一つが森だ。広く、滝や渓流さえある。
 ちなみに、明日も藤原たちと調査目的で森をまわる予定だ。
 例の不審人物の件で、科学者が飛んでいった廃寮方面を探してみようというのである。
 だから、今日は森といっても違う方角の滝方面を散策しようと思った。
 
 アカデミアを散策するのはそれほど難しくない。
 確かに自然はあちこちに野放しにされている。
 だが、各エリアを行き来するために、歩道はほとんど整備されている。
 そこに沿って歩くだけならば、大して労苦を背負わずとも済む。
 もっとも、一歩踏み出せばむき出しの動植物に飲み込まれるわけだが。
 ただし、気候の安定した土地柄のため、自然災害の心配はほとんどない。

 散策が好きとはいえ、久白はまだここに来たばかりである。
 今は歩道に沿って、少し開けた気持ちいい場所を探そうと歩いていた。
 アカデミアの森を一歩ずつ進んでいく。
 この森は人を拒むような鬱屈さがなかった。
 憂鬱な熱気もなく、枝やつたが足に絡みつくこともない。
 生ぬるい風、ギンギンとわめく虫の声もない。
 背の高い木も決して少なくはないが、木漏れ日は絶えない。
 緩やかな日差しにやわらかな風が、汗ばんだ肌に気持ちいい。
 虫の声はささやき合い、鳥は自然と歌を口ずさむかのよう。
 声高な主張も少なく、素直にそこにあるだけの音があった。
 実に、親しみやすい。久白はそう感じた。

 やがて、分かれ道にさしかかる。
 ご丁寧に看板が添えてある。滝と廃寮と浜辺。
 久白は迷わずに滝方面を選んだ。
 もっと自然を満喫していたかったのだ。

 少しずつ進んでいくと、川を見つけた。
 橋が架かっている。
 どうやら川は浜辺まで続いているようだ。
 久白はその上流へと向かっていく。
 ただ、そろそろ物足りなさを感じてきた。
 確かに自然は綺麗である。
 しかし、きちんと整備された道が続くだけ。
 決められたルートだけを行っている気がした。
 次はもう少し獣道に外れてみたいと思った。

 そして、看板が指し示すとおりに滝に辿り着く。
 少し開けた場所で、滝は堂々とその存在を誇示していた。
 規模は大きくないものの、豪快に音を立てている。
 白いしぶきとともにあたりに爽やかな霧が散る。
 久白はその根元を追おうと、辺りからさらに登り始めた。
 案外岩肌は登りやすいようになっている。
 そうして、上に辿り着くと、なんと先客がいた。


 久白はその人物を見たことがなかった。
 ハリのある黒髪と、鋭い瞳。
 ひとつひとつの顔のパーツがくっきりしている。
 引き締まった表情が、風景によく映える。
 今日は休日とあって、黒中心の私服を着ている。
 久白がこちらに向かっていたのを、既に分かっていたようだ。
 目が合っても、相手は平然としていた。
 平然と……、タバコを吸っていた。

「こんなはずれに来る奴がいるのか。
 やっぱり変わってるな。 久白……翼だっけか?」

「なんで俺の名前を?」
 久白には全く面識がない。

「たまたま覚えているだけだ。ほら、カテゴリ戦でお前目立ってたろ?
 俺は黒永司(くろなが つかさ)。ラー・イエローの1年だ。
 【闇属性】のカテゴリをパスしている。
 自分のカテゴリ審査が終わってから、ライバルの【光属性】を見に行ったんだ。
 対抗戦もあるようだし、見ておこうと思ってな。
 それでたまたま見たのが、お前の試合だったんだよ。
 なかなか面白い試合だったな。だから、覚えていた」

「そっか。あの試合やっぱり目立ってたんだ。
 【闇属性】なんだね。デュエルすることがあったらよろしく!」
 久白は手を差し伸べる。

「ああ、そんときはよろしくな。
 そういや精霊学の授業でも、お前目立ってたな。
 あの先公のタチの悪いデュエルにつき合わされて」
 そのことを指摘されると、久白は少し俯いた。

「うん……。見事に惨敗だったなぁ」
 それを見て、黒永はぶっきらぼうに返す。
「なんだ? あんなインチキまがいのデュエル本気にしてんのか?
 気にするな。あの授業うさんくさいしな。
 次の授業からオレはフケるつもりだ」

「ええー? いいの?」
「いいの? って、お前真面目なやつだな。
 出席取るわけでもないし、バレないだろ。
 しかもご丁寧にPDAに全部送付されるんだからな。
 授業に出なくても、試験取れそうな教科はサボるに限るな。
 ここならいらないレアカードを渡せば、ノートくらいもらえるしな」

「俺はあの授業興味あるのになぁ」
「おいおい、あんな目に会っても精霊云々のオカルトを信じれるのか。
 オレには分かんねーな」
 むしろ、久白は信じざるを得ない。
 実際に自分に見えるものを、拒むことはできない。
 久白には精霊が伝わってくる。そのことに向き合わなくてはならない。

「精霊は本当にいると思うよ。
 デュエルが好きなら、そう感じたことってない?」
「いや、そう感じるなんてとんでもないと思うけどな。
 それにオレはそこまでデュエル狂ってわけでもない。
 たまたまこのアカデミアに転がり込んだだけなんだよ。
 デュエルはオレの思い通りにうまく局面が運べば楽しい。
 もちろんロックでもされて、思うままにできなければ不快だ。
 それくらいだな。何もデュエルが一生なんて思ってない。
 とは言っても、ここに来たからにはそうなるのかもしれないけどな」

 そう言って、新しいタバコに火をつけた。
 一息吸って、何の表情も浮かべずに煙を吐き出す。
「……そのタバコって、どこで買ってるの?
 アカデミアで売ってたっけ?」
「いや、購買で売ってないし、買えるわけないだろ。
 あっちは学生で未成年って分かってるし。
 来る前に大量に購入して、部屋に隠し持ってるだけだ。
 アカデミアってこういうところ不便だよな。
 コンビニもないし、デュエル一筋に洗脳されてる気分だ」

「うーん、そのための学園だから、それでいいんじゃない?
 なのに、どうしてここに来たの?」
「いやぁ、言った通りにたまたまなんだ。
 他の普通高校も受けたんだが、たまたま落ちてここだけが残った。
 それで来ただけだ。
 これだけ生徒がいれば、こういうやる気ない奴もいるってことだ」

「でも、ラー・イエローってことは俺よりも成績断然上なんでしょ?
 カードもたくさん知ってるんじゃない?」
「やれることと、実際やることってのは違う。
 とは言っても、特に将来やることなんて決めてないけどな」
 冷めた口調。だが、怒りや不満などは感じられない。
 とっくにその感覚に慣れたような気だるさがあるだけだ。

「やけにお前は突っかかるな。
 やっぱりそんなお前はデュエル馬鹿なのか?」
 そう言われると、久白は少しムッとした。

「ここならデュエルが好きなほうが当たり前じゃん!」
「まぁそれもそうか。オレみたいな奴の方がひねくれ者だよな。
 最初のデュエルでお前を見たときはびっくりしたぜ。
 あんなにいきいきとデュエルしてるやつなんて、オレの周りにはいなかった。
 デュエルなんて、休み時間の合間の暇つぶしの小道具だった。
 そのとき楽しくても、それがずっとは続かない。
 もしかしてこんな奴ばっかだったら、ついていけないなぁってヒヤヒヤしたよ。
 幸いそんなことはなかった。お前が特にデュエル馬鹿なだけだったな」
「さっきから馬鹿馬鹿ってなんだよぅ」
「馬鹿。あ、また言っちまった。
 じゃなくてな、これは誉めてんだよ。
 何かに夢中になれるなんていいことじゃねえか。
 好きなことを楽しそうにやってなにが悪いんだ?」
「うん。それはその通りだと思う。
 そうだね。俺はデュエルが好きなんだ。
 それだけでも十分なんだ」

 今は自分の力に向き合えなくても、このままデュエルを続ける理由があるなら。
 きっといつかこの力ともうまくやっていけるようになるのかもしれない。


「そういや、お前コレのことチクらないよな」
 そう言って、黒永はタバコを示した。
 久白は頷いた。

「そうか。いやぁ良かった良かった。
 また、ベストプレイス探しに旅することになるかと思ったんだ」
「ベストプレイス?」
「ああ。これまでは灯台にいたんだがな、見つかりそうになってここに逃げた。
 灯台とここの共通点は分かるか?」
「うーん……、何だろう?」
「ふふっ、やはりな。こいつを吸わないお前にはこの美学は分かるまい。
 ここからはな、ブルー寮が見えるんだよ。
 高い場所から孤独に喧騒を見下ろしながらタバコを吸う。
 この憂鬱な灰色で体を満たしていく。これが気持ちいいんだよ!」

 久白はポカーンとしながら、語る黒永を見つめた。
 やがて笑い出した。
「なんだよ? やっぱりおかしいか?」
「おかしいよ。黒永くんって冷めてるように振舞ってたじゃん。
 なのに、いきなり妙なこだわりを語りだすんだもん。
 なんだか、そのギャップがおかしくて……」
 笑いながら、久白は話す。
「ふん。いいんだよ。オレはオレだ。
 さてオレの美学を尊重したいなら、そろそろ帰った帰った」

「うーん、もう少し話していたいところだったけど分かったよ。
 なんか話すのおもしろかったよ。ありがとう!」
 そう言って、久白が笑うと黒永は照れくさそうにした。
「なんでお礼を言われることになるんだよ」
「なんとなく! じゃあね!」
「ああ、縁があったらまたな」

 そう言って、久白は立ち上がると下流に人影を見つけた。
 しかも走ってこちらに向かっている。
「あれ? あれは剣山さんじゃない?
 こんなとこに向かって、何しに来てるんだろう?」
 久白のその言葉を聞いて、黒永はギョッとなった。
「な、なにぃ。剣山だと!?
 ま、まずい。えぇと、久白。オレは逃げる。
 だから、いいか時間稼ぎするんだ。
 あいつは恐竜に目がない。だから、こいつを渡せ」
 そう言って、黒永は久白にカードを手渡した。
 《剣闘獣スパルティクス》と《剣闘獣ゲオルディアス》。
「ちょ、ちょっと待って。なんで逃げるの? え、え?」
「話は後だ。また会ったら説明する。
 いや、剣山と話せばすぐ分かる。じゃあな!」
 そう言って、黒永は自分のものをひっつかむと森の奥に姿を消していった。

 そして、入れ替わりに剣山が現れる。
 入学式で最上級生代表として挨拶をしていたから、久白も知っている。
「ハァハァ。ついにみつけたドン!
 タバコを吸っていたのは、お前ザウルス」
 久白を指差して、剣山はにらみつけた。
「お、俺じゃないよ」
「嘘つけドン。タバコの臭いがここに残っているザウルス!
 恐竜並みの嗅覚の前には誤魔化せないドン!
 ああ、でもここは滝のせいで臭いがわかりにくいドン」
 恐竜って鼻が効くんだっけか?
 いや、その前に何とかしないといけない。

「と、とにかく俺じゃないよ。ここにさっきまでいた人が吸ってたんだ」
「むっ、さっきまでいた人? 確かにお前は悪いことをしなさそうだドン。
 それは誰ドン! そいつが遠くに行く前に早く言うドン!」

 黒永が逃げた理由を、久白はようやく理解する。
 つまり、このいろいろ鋭い先輩に喫煙者は目をつけられていたのだ。
 幸い、まだ黒永の顔は割れていないらしい。
 いや、でも自分はこの状況をどうすればいいんだろう。

「あ、そうだ。その逃げた人が剣山先輩にこれをって」
 久白はさっき黒永から預かったカードを渡した。
「おおー。こんな恐竜さんがいたザウルスか。
 なんだか複雑な効果だけど、すごく強そうザウルス!
 これ、もらっていいザウルスか?」
「うん。置いてったから、多分いいと思う」
「おおー、やったザウルス!
 ……って、違うドン。本題から話がズレてるドン!
 しかもモノで人を釣って、恐竜さんを利用までするとはいい根性をしてるドン!
 デュエリストの風上に置けない奴ドン!
 もう悪いことする奴は許さないザウルス!
 さぁ、早く名前を教えるザウルス!」
「うーん……」

 やはり見かけによらず、剣山先輩は鋭かった。
 これでは時間稼ぎになってない。
 どうしたものかな、と考えるとひらめいた。
「ごめんなさい。俺には教えられない。
 友達を簡単には裏切れないんだ。
 だけど、俺にデュエルで勝ったなら教えてもいいよ」
 そう言って、久白はデュエル・ディスクを構えた。
 いきなり友達だなんて、本人の知らないところで使ってしまった。
 でも、こんな前向きな嘘なら使ってもいいのかもしれない。

「うぬぬ……。校則違反でもかばうとは、素晴らしい友情だドン!
 その意気に免じて、売られた喧嘩は買うドン!
 先輩として正々堂々とした手で、正しい道に導くザウルス!!
 名前を名乗るドン!」
 やった! よく分からないけど、ノってくれた!
「俺は久白翼! よろしくお願いします!」


「 「 デ ュ エ ル ! ! 」 」


久白 VS 剣山


「俺のターン、ドロー!
 《聖鳥クレイン》を召喚。カードを2枚伏せて、ターンエンド!」


 不意に訪れたデュエルの機会。
 久白は密かにワクワクしていた。
 公式の場ではないとはいえ、校内代表の剣山先輩と戦える。
 自分はあの豪快な戦術を耐え切れるだろうか。
 これからを考えて、ゾクゾクしてきた。

「おおっ、鳥獣さんザウルス。
 いいデッキを持ってるのに、悪事に加担するとは勿体無いザウルス!
 一気にたたみかけて、目を覚まさせてやるザウルス!
 俺のターンザウルス! ドロー!
 手札から《俊足のギラザウルス》を特殊召喚するザウルス!
 翼の墓地にはモンスターが存在しないから、無理だドン!」

《俊足のギラザウルス》
効果モンスター 星4/地属性/恐竜族/攻1400/守400
このモンスターの召喚を特殊召喚扱いにする事ができる。
特殊召喚扱いにした場合、相手の墓地から相手は
モンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「さらに《大進化薬》を発ドン!
 これで恐竜さんの召喚に生贄は必要なくなったドン!
 一気に《ダーク・ティラノ》を召喚するザウルス!」

《大進化薬》
通常魔法
自分フィールド上の恐竜族モンスター1体を生け贄に捧げて発動する。
このカードは発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、恐竜族モンスターの召喚に生け贄は必要なくなる。

《ダーク・ティラノ》
効果モンスター 星6/地属性/恐竜族/攻2400/守1500
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を越えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

「《ダーク・ティラノ》でモンスターを攻撃ザウルス!
 『マッシヴ・バイト』!」
 所狭しと言わんばかりに、実体化した巨大な恐竜モンスター。
 黒い鱗が光る。うなりをあげながら、こちらに猛烈な勢いで向かってくる。
 その姿だけではない。こちらを圧倒しようと、強大な気迫が襲う。
 
「させない! 伏せカード発動! 《イタクァの暴風》!!
《ダーク・ティラノ》は守備表示になり、攻撃はできない!」

《イタクァの暴風》
通常罠
裏側表示以外の相手フィールド上モンスターの表示形式を全て入れ替える。
(攻撃表示は守備表示に、守備表示は攻撃表示にする)

「クッ。でも、守備力2000はそう簡単には破られないザウルス。
次のターンは逃さないドン! カードを1枚伏せて、ターンエンドン!」

久白
LP4000
モンスターゾーン《聖鳥クレイン》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
3枚
剣山
LP4000
モンスターゾーン《ダーク・ティラノ》
魔法・罠ゾーン
《大進化薬》(発動0ターン目)、伏せカード×1
手札
2枚

「俺のターン、ドロー!」
 剣山の場には《大進化薬》が残り続けている。
 最上級の恐竜モンスターは、輝鳥の攻撃力を上回っているはずだ。
 ここは……。

「手札より《輝鳥現界》を発動。
 場のクレインとデッキのピクスを墓地に送る
 そして現れろ! 大地の《輝鳥-テラ・ストルティオ》!!」

《輝鳥現界》
儀式魔法
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

《恵鳥ピクス》
効果モンスター 星3/光属性/鳥獣族/攻100/守50
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
このターン、コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

 場からオレンジ色の光が集まり、次第にダチョウの形を帯びていく。
 一揃いの勇壮な脚が大地を踏みしめる。
 地を蹂躙し、地を均す(ならす)もの。
 雄大な支配者の登場に、大地が打ち震える

「《輝鳥-テラ・ストルティオ》の効果発動!
 『ルーラー・オブ・ジ・アース』!!
 墓地から鳥獣族モンスター1体を復活させる!
 攻撃表示で舞い戻れ! 《聖鳥クレイン》!
 さらにクレインが復活したことで、1枚ドロー!」

 ――――オオオオオオーオーゥ!!!!
 ストルティオが低く、地中深くまで響き渡る声で鳴く。
 すると、土柱が大地から突き上げてきた。
 その土柱が弾けると、中から一羽の鳥が現れた。
 光の加護を受けたツルが、眠りから目覚める。

《輝鳥-テラ・ストルティオ》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、自分の墓地の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。

 剣山はその雄姿に見惚れていた。
「おおー。鳥獣族の儀式モンスター!
 すごいドン! さすがは恐竜さんをルーツにする鳥類ザウルス!
 かっこいいザウルス!」
「へへっ。俺のデッキの主役達はかっこいいだろ!
 でも、格好だけじゃない! 強いんだ!
 さらに俺は《帝鳥ファシアヌス》を召喚!」

 場に3体の鳥獣族モンスターが並ぶ。
 相手が圧倒的な攻撃力で押してくるならば、攻撃を牽制すればいい。
 攻撃表示の時はダメージを受けやすい。
 ギリギリまでライフを削れば、相手も慎重にならざるを得ないだろう。

「総攻撃だ!
 まずは、ストルティオ! 『シャイニング・クエイクレッグ』!!」

 目にも留まらぬ速さで駆け出す。
 そして、空高く跳躍。黒の恐竜を踏みつける。
 大きな地響きとともに、ダーク・ティラノは身を崩した。

「そして、クレインとファシアヌス! ダイレクトアタックだ!」
 聖なる鳥は光の波動を放ち、相手を苛む。
 そして、ファシアヌスの強烈な体当たりが直撃する。

剣山のLP:4000→2400→600

「うわあああああああああ! や、やるドン」
「よし! 俺はこのままターンエンドだ!」

 ライフを大幅に削った。これで相手は簡単には攻撃に移れないはず……。
 そのはずなのに、剣山は虎視眈々と久白の場を見定めていた。
「待つドン! エンドにトラップを発動するザウルス!
 《ロスト》!! 墓地からカードを1枚除外するザウルス。
 そのカードは……、《恵鳥ピクス》ザウルス!!」

《ロスト》
通常罠
相手の墓地のカード1枚をゲームから除外する。

 墓地から、『ピィ』と鳴き声をあげて、ピクスが消えていく。
 もし攻勢に移られたときのための布石が見破られる。
「ピクス!!」
「これで容赦なく攻められるドン!
 今度は俺の番ザウルス!!」
 ――これほどライフを失っても、剣山は決して怯まない。
 むしろ攻撃に転じるために障害を除いてきた。
 恐るべき闘志、狩猟本能。
 フィールドは圧倒的に久白が有利なはず。
 だが、確実に次のターンに覆すという威圧感が場を支配する。

「このまま負けてられないザウルス!!
 俺のターン! ドロー!!
 まずは《トレード・イン》を発動するザウルス!
 《竜脚獣ブラキオン》を捨てて、カードを2枚ドロー!」

《トレード・イン》
通常魔法
手札からレベル8のモンスターカードを1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

《竜脚獣ブラキオン》
効果モンスター 星8/地属性/恐竜族/攻1500/守3000 このカードはデッキから特殊召喚する事はできない。
自分フィールド上に存在する恐竜族モンスターを生け贄に捧げる場合、
このカードは生け贄1体で召喚する事ができる。
このカードは1ターンに1度だけ裏側守備表示にする事ができる。
このカードが反転召喚に成功した時、
このカード以外の全てのモンスターを裏側守備表示にする。
このモンスターを攻撃した時に相手プレイヤーが戦闘ダメージを受ける場合、
その数値は倍になる。

 そして、新たに加えた手札を見て、剣山の目の色が変わる。
 例えではなく、実際に。
 ――それはまさしく恐竜のまなこ。
 目の前に獲物を見つけた獰猛なる肉食獣の眼光。

「祖先には敵わないってことを教えてやるザウルス!
 《究極恐獣》を召喚するザウルス!!
 《大進化薬》の効果で、生贄は必要ないドン!」

 鳥達の前に、巨大な恐竜が立ちふさがる。
 黒く、固い皮膚で覆われた恐竜。
 弱肉強食の頂点。ティラノ・サウルス。
 赤い瞳が睨みつける。
 その眼光に映るもの全てが格好の餌食である。

《究極恐獣》(アルティメットティラノ)
効果モンスター 星8/地属性/恐竜族/攻3000/守2200
このカードが自分のバトルフェイズ開始時に攻撃表示だった場合、
一番最初にこのカードで相手フィールド上に存在する
全てのモンスターに1回ずつ攻撃しなければならない。

「このモンスターはフィールド上のモンスター全てに攻撃できるドン!
 いっけぇぇぇぇぇ! 『アブソリュート・バイト』!!」
 立ちふさがるものを全てを蹴散らし、相手に迫っていく。
 やがて大きな口を開けて、かぶりつく。
 1匹だけでは物足りないのか、さらにかぶりつく。
 あまりの迫力に久白は目を閉じてしまった。
 久白の防ぐ手段は既に奪われている。甘んじてその攻撃を受ける。

久白のLP:4000→3500→2300→900

「どうだドン! カードを1枚伏せて、ターンエンドン!」

どんなに劣勢でも、この相手は戦況をひっくり返す力を秘めている。
地響きさえ伴う勢い。久白は身震いしながら、その迫力に胸を奮わせた。
「すごい! 3体のモンスターがいたのに、一瞬でここまで覆されるなんて!
 やっぱり凄い人とのデュエルは何が起こるか分からないや!」
「お前も変わった奴ザウルス。この攻撃を喰らって、打ちのめされない奴は珍しいドン」
「へへっ。こう来なくっちゃ面白くないからね!」
 剣山はその快活な笑顔を見て、既視感を覚えた。
 どんな絶望的な状況でもデュエルを楽しむ。
 ピンチを逆に楽しんで、場を一変させる。
 その存在は今も剣山の胸の中に焼きついている。

「俺のターン! ドロー!!
 よし! 俺も来たよ! 2枚目の《輝鳥現界》!!
 《英鳥ノクトゥア》を召喚! さらに2枚目の輝鳥をサーチする!
 そして、儀式だ! 場のノクトゥアとデッキのファシアヌスを墓地に送る。
 この滝にピッタリのモンスターだ!
 来い! 《輝鳥-アクア・キグナス》!!」

《英鳥ノクトゥア》
効果モンスター 星3/風属性/鳥獣族/攻800/守400
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。

 場から水色の光が集まり、次第に白鳥の形を帯びていく。
 水しぶきそのものがそのまま形を成す。
 あらゆる生命を潤す。そして、時にすべてを押し流す。
 優しさも厳しさも司る水の化身が降り立つ。
 こころなしか、滝の水音が増したように聞こえる。

「そして、アクア・キグナスの効果発動!
 『ルーラー・オブ・ザ・ウォーター』!!
 場のカード2枚をデッキの一番上と手札に戻す!
 俺は《究極恐獣》をデッキの一番上に戻し、場の伏せカードを手札に戻す!」

 水流が巻き上げ、無秩序に飲み込み、押し込む。
 やがてその流れが収まったときには、もはや剣山を守るものはなかった。

《輝鳥-アクア・キグナス》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「水」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上のカード2枚を選択し、
1枚をデッキの一番上に、もう1枚を持ち主の手札に戻す。

「すごいカードだドン!」
 召喚されるたびに場を塗り替える輝鳥。
 その効果に剣山は胸の高鳴りを感じずに入られない。
 ワクワクさせるような未知。久白のデッキは可能性を感じさせる。
 あのアニキと同じように……。
「って、見惚れてないで、手札に戻される前にリバースカード発ドン!
 《威嚇する咆哮》! ウガアアアアアアアアアア!!
 このターン、攻撃はさせないドン!」

《威嚇する咆哮》
通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。

「うーん、やっぱり後一歩だったか。
 ならば《祝宴》を発動して、手札を補充。
 俺はカードを2枚伏せて、ターンエンド!」

《祝宴》
速攻魔法
フィールド上に表側表示の儀式モンスターが
存在するときのみ発動することができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

久白
LP900
モンスターゾーン《輝鳥-アクア・キグナス》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
3枚
剣山
LP600
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
《大進化薬》(発動2ターン目)
手札
2枚

 しかし、剣山は疑問に思う。
 なぜ確実に戻せるとは限らない伏せカードを久白は狙ったのか?
 《大進化薬》が次の久白のターンで消えるから放置したのか。
 このままいけば、再び《究極恐獣》が召喚できる。
 それを許してでも、久白に覆す策があるというのだろうか?

「俺のターンドン! デッキからドローするのは《究極恐獣》ザウルス!
 そして、再び《大進化薬》の効果で――」
「その前にリバースカードオープン! 《水霊術−「葵」》!
 手札を確認して、カードを1枚捨てさせる!」

《水霊術−「葵」》
通常罠
自分フィールド上に存在する水属性モンスター1体を生け贄に捧げる。
相手の手札を確認し、カードを1枚選択して墓地に送る。

「敢えて《大進化薬》を残したのは、そのためだったザウルスか!?」
「その通り! でも、あんまりにバレバレだったかな。
 剣山先輩、手札見せてください」

剣山の手札
《究極恐獣》、《魂の解放》、《ディノインフィニティ》


《ディノインフィニティ》
効果モンスター 星4/地属性/恐竜族/攻?/守0
このカードの元々の攻撃力は、ゲームから除外されている
自分の恐竜族モンスターの数×1000ポイントの数値になる。

「しまった……! まだ攻め手が……。
 でも、そのまま《究極恐獣》を墓地に置かせてもらうよ!」
「俺の進撃は収まらないザウルス!!。
 《ディノインフィニティ》を召喚!
 さらに《魂の解放》を発ドン!
 ギラサウルス、ダーク・ティラノ、ブラキオン、究極恐獣、ノクトゥアを除外だドン!
 そして、《ディノインフィニティ》の攻撃力は除外された恐竜の数! だから……」

《ディノインフィニティ》ATK ?→4000

「すごい! こんな戦術も持ってるだなんて!」
「お前もやるドン! ここまで追い詰められたのは久しぶりザウルス!
 さぁ! これをしのげるザウルスか?
 《ディノインフィニティ》で攻撃ザウルス!」

久白はその攻撃をむしろ待ちかまえていたかのようにリバースを手にかける。
「こんな楽しいデュエル。俺はまだまだ終わらせないよ!
リバースオープン! 《異次元からの埋葬》!!」

《異次元からの埋葬》
速攻魔法
ゲームから除外されているモンスターカードを3枚まで選択し、
そのカードを墓地に戻す。

「そのカードは!!」
 剣山はそのカードを決定打に使われたことがあるのか。
 激しい動揺を見せる。
 しかし、状況の違いを思いなおし、気を奮わせた。
「い、いや、今回は違うドン。相手モンスターはいない。
 さらに除外されている恐竜カードは4枚!
 3枚を戻されても、十分にライフを削れるザウルス!!」

「いや、俺が戻すのは剣山先輩のカードだけじゃない!
 戻すのは俺のカードだ!」

「戻して、どうするドン! 攻撃続行ザウルス!!
 『インフィニティ・ファング』!!」
 頭に大きな2本の角を持った恐竜。
 そこから紫のエネルギーが電流のように流れ出る。
 異世界へと通じる力を持つ恐竜が、久白に襲い掛かる。

「戻すことで発動できる効果があるんだ!
 俺が戻すのは、ピクス、ノクトゥア、ブラキオンの3体。
 これでさっき発動できなかったピクスの効果を発動!
 このターンの戦闘ダメージをなくす!!
 剣山先輩! 最初に警戒したカードの効果だよ!」

 ピィと鳴くと、久白の周りを黄色いヴェールが包み込む。
 《ディノインフィニティ》に攻撃は通らない。

《恵鳥ピクス》
効果モンスター 星3/光属性/鳥獣族/攻100/守50
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
このターン、コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

「《異次元からの埋葬》にそんな使い方があったザウルスか!!
 またこのカードにはてこずらされたドン。
 でも、まだ俺の場には攻撃力3000の《ディノインフィニティ》がいるザウルス!!
 このままでターンエンドン。
 次でしとめるザウルス!!」

「へへっ! そうはさせないよ。
 絶対に逆転してやるよ」
「やれるもんなら、やってみるザウルス!
 お前のターンが楽しみザウルス!」
「俺も次のドローが待ち遠しくてたまらないよ!
 いくよ!」

 このデュエルが時間稼ぎだということも忘れて、久白は熱中していた。
 デュエルは楽しい。
 デッキはその人の好きなものがたくさん詰まった宝箱。
 そこからたくさんの物語が、想いが繰り出される。
 もっと自分のモンスターを活躍させたい。
 まだ自分のモンスターは強くなれる。
 それでもこのモンスターと一緒に戦いたい。
 そんな願いを感じるたびに、久白は嬉しくなった。
 次の瞬間が待ち遠しくなった。
 カードを引くたびに新しい地平が開ける。
 それがたまらなくワクワクする。

「俺のターン! ドロー!!」

 そうやって興奮したときに、久白は歯止めを忘れる。
 気付いたときには、既に導いてしまっている。
 今一番一緒に戦いたい精霊を呼び出せるように。
 その願いが通じてしまう。
 力を使わないようにと、控えているはずなのに。
 もう何も失わないために、自分を抑えていたはずなのに。
 でも、そんなことはごまかしに過ぎなかった。
 結局、自分は力を発揮してしまうことがあるのだ。
 楽しくてたまらないとき、久白は力を使ってしまう。
 追い詰められて悔しいとき、久白は力を使ってしまう。
 陽向居から「追い詰められたときが強い」と言われるのもそのせいだ。
 快楽本能と生存本能が、制御する意識を打ち破る。
 本来は必要のないところまでかかっている枷。
 認めて、うまく付き合っていかなければならないはずの力。
 早くこの力を好きになりたい。
 誰かを喜ばせる力にしたい。
 いつかこの力を信じたい。
 願うほど疑う。だから、届かなくなる。

 ――だけど、それでも俺はデュエルが好きだから。
 今までたくさんの輝きをその舞台で見せてくれたから。
 そして、もっとたくさんのものに出会いたいから。
 俺はまだ自分のことさえ受け入れられないけど。
 失ったものを振り切ることさえできないけれど。
 この力が呪わしくても、少しずつ向き合っていきたい!


「俺は伏せてあった《リミット・リバース》を発動!
 墓地より《英鳥ノクトゥア》を召喚。
 さらにノクトゥアの効果により、3枚目の《輝鳥現界》をサーチする!」

《リミット・リバース》
永続罠
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、
攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


《英鳥ノクトゥア》
効果モンスター 星3/風属性/鳥獣族/攻800/守400
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついた
カード1枚を選択して手札に加える。

「さらに手札より魔法カード発動! 《契約の履行》!
 ライフを800ポイント支払い、舞い戻れ! キグナス!!」

《契約の履行》
装備魔法
800ライフポイントを払う。
自分の墓地から儀式モンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターをゲームから除外する。

「す……すごい展開力ドン……。
 でも、特殊召喚じゃ鳥獣さんの効果は発動しないし、
 まだ《ディノインフィニティ》に攻撃力は届かないドン。
 だけど、3枚目の《輝鳥現界》をサーチしたということは、まさか!?」

「その通り、まだ行くよ! これが俺の切り札だ!
 《輝鳥現界》を発動!
 場のキグナスとデッキのルスキニアを生贄に捧げる。
 そして、来い! 《輝鳥-ルシス・ポイニクス》!!!」

 久白は天高くそのカードをかかげ、盤上に力強くたたきつけた。
 瞬間、場からありとあらゆる色彩の光が収束していく。
 淡く虹色に輝き、加法混色され、まばゆい白に包まれていく。
 そして、その白い光の中から新たな生命が生まれる。
 冠を戴く蝶のごとき鮮やかな羽を持つ尾長鳥。
 光によって、金と赤と白に散り散りに輝く。
 あらゆる生命を超越し、限界の頭上で現世を見守るもの。
 絶え間なき流転の中で、自らを高める永遠の存在。
 不死鳥。天の使いとあがめられし鳥獣族の最上位に君臨するもの。
 その化身が今ここに姿を現す。

「レベル10の儀式モンスター……、こんなカードは初めて見るドン……!」
「輝鳥は儀式召喚時にその効果を発動する。
 そして、ポイニクスの効果は相手フィールド上のモンスターの全破壊!
 いくよ! ルーラー・オブ・ザ・ライト!!!」

 不死鳥ははばたき、相手フィールドに向かっていく。
 そして、その形を溶かし、紅く大地に浸透した。
 自然との一体化。恐竜は戸惑いながら、それを見つめる。
 その戸惑いがおさまらぬまま、絶滅を迎えることになる。
 深奥のマグマとともに、不死鳥は螺旋を描きながら天に飛翔する。
 輝く炎を巻き上げて、全てを無に帰しながら。
 その後に残るのは、死者の灰である銀の砂のみ。

《輝鳥-ルシス・ポイニクス》
儀式・効果モンスター 星10/光属性/鳥獣族/攻3000/守2500
このカードは「輝鳥現界」の効果によってのみ降臨できる。
このカードを「輝鳥現界」により降臨させるとき、
フィールドから生贄に捧げるモンスターは、
「輝鳥」と名のつくモンスターでなければならない。
このカードの属性はルール上「風」「水」「炎」「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。

「そして、攻撃だ!
 ライト・ピュリフィケイション!!」
 天に上がったその高みから、急降下する。
 光の速さで、白が翔け抜ける。
 目にも留まらぬ速さで、剣山を貫いた。

剣山のLP600→0


 デュエルの結果は、久白の勝利で終わる。
 剣山もそれを素直に讃える。
「お前……、すごい奴ザウルス!
 確かに後輩の中には物心ついた頃からデュエルしていて強いやつもいる。
 でも、ここまで強い奴はいなかったドン!
 久白のアニキと呼……びはしないザウルスが、
 お前のことは覚えておくドン!!」
 剣山は握手をしようと手を差し伸べる。

 しかし、久白は俯いていた。
 そして、差し伸べられた手にようやく気付く。
 慌てて手を伸ばし、久白は握手に応える。
「んん? 何をしけた顔をしてるドン?
 もしかして俺じゃ物足りなかったザウルスか?」
「いや、そんなわけじゃないけど」

 そうじゃなくて、自分が反則を使って勝ったような気がしたから。
 何だか後ろめたくて正面から微笑めないんだ。
 ……けど、そうとは言えない。
 この反則は説明できないものだ。

 そうやって、ためらっていると力強く背中を叩かれた。
「なら、胸を張って勝利を喜ぶドン!
 勝ったやつが申し訳なさそうな顔をしてどうするドン?
 そんなのじゃ負けた相手に失礼ザウルス!
 こんな風に、楽しいデュエルだったぜ!って決めるザウルス!」

 剣山は小指と薬指を曲げ、他の三本の指を伸ばし、久白の目の前に勢い良くかざした。
「ガッチャ! いいデュエルだったザウルス!!」
 剣山はぎこちなくポーズを決めた。

 自分から言ってやってるくせに、すごく照れくさそうだ。
 その様子がおかしくて、久白は思わず笑みがこぼれた。
「うん……、そうだね。
 ガ、ガッチャ! いいデュエルだったよ!
 ……えぇと、こうかな」
 久白は精一杯真似してみる。 しかし、手の形ばかり気にして、顔が下を向いてしまった。

「ははははは。本当に真似しなくていいザウルス。
 それにこれは相手の顔を見ながら、やるザウルス。
 手の形なんてただの飾りだドン! 大事なのは笑顔ドン!
 アニキみたいに嬉しそうに、相手を讃えるんだドン!」

「えっ、えと分からないよ。それにアニキって誰?」
 豪快に自分を元気付けてくる先輩に、久白は気圧されている。

「そうか。まだ新入生だから知らないザウルスね。
 あのアニキを知らないとはまったくもったいないドン!
 まぁいいザウルス。
 お前のいいデュエルに免じて、あの不良のことは見逃すドン!
 あいつもいい友達を持ったドン! 今度は逃さないザウルス!」

 その台詞を聞いて、ようやく久白はこれが時間稼ぎだったと思い出す。
 自分の状況ばかりに夢中で、そんなことはほとんど忘れていた。
「う、うん。だから、今回は勘弁してね。
 今度はちゃんと注意しておくから」
「本当だドン? またデュエルでごまかそうとしたら、ただじゃおかないザウルス!」
 こちらの腹の内は最初のうちからバレているようだ。
 やっぱり剣山先輩はなんだかんだで抜け目がない。
「まぁ、それは半分冗談ザウルス。
 さて、帰るドン。
 お前も一緒に来るザウルスか?」
 久白はその問いかけにうなづく。
 確かにこの先輩と話したら、いろんなことが聞けそうだ。
「うん、俺ももう戻ろうかな。
 散歩よりも興味あることができたし。
 ねえ、聞かせてよ。 剣山先輩のアニキの話!」
「うーん、十代のアニキの話ザウルスか。
 アニキはカリスマすぎて、どこから話していいか迷うドン……」


 そうして、久白は戸惑いを楽しみに押し込める。
 久白の迷いは、いつもこんな風に些細な気分の上下に紛らわされてきた。
 そんな風に甘んじていられなくなることを、久白はおぼろげに分かっている。
 ただ、決定的な一歩が踏み出せなくて。


 久白は歩みながら、同じ場所を回り続けていた。





第5話 陽向居の休日-憂さ晴らしデュエル-



 ――ここは落ち着かない。

 体に馴染まないふかふかのベッド。
 そこに寝そべって、体を大の字に伸ばしながら、陽向居はそう思う。
 そもそも今までベッドで寝たことがない。
 柔らか過ぎて、腰のすわりが悪い。
 おかげで朝起きたときに違和感がある。
 ずっとここで暮らしていくわけだから、慣れなくてはいけないのだけど。
 体は一朝一夕で簡単には切り替わらない。

 オシリス・レッド寮を見て、ここなら以前暮らしていた所とあまり変わらないと思った。
 しかし、女子はオベリスク・ブルーの女子寮で暮らせと言われる。
 そもそも女子はみんなオベリスク・ブルーだったらしい。
 だが、今年から制度が変わり、女子にも序列が取り入れられた。
 しかし、すぐに各ランクの女子寮を用意することもできない。
 そのため、しばらく女子はみんな各ランク混じってブルー女子寮住まいとなる。

 その制度変更の後の混乱なのだろうか。
 ここの女子寮はやけに空気が悪い。
 そこかしこの廊下で火花が散っている。
 新しくランク分けされたのがやはり原因の一つなのだろう。
 もとからアカデミアはランク意識が強い風土だったらしい。
 ここ最近ではオシリス・レッドでも活躍する生徒が現れた。
 それで、その差別的な風潮にもある程度歯止めはかかった。
 けれど、まだ完全に消えたわけではない。
 それに、差別的風潮がなくてもだ。
 これまで仲良しこよしでやってきたのに、いきなり実力差を見せ付けられる。
 ランク差が目に見える形で、そのまま各個の制服に反映される。
 これでは確かに反発が生まれてしまう。強硬策と言わざるを得ない。
 急激に改革されては、やはり反作用が生まれてしまうようだ。

 もっとも、陽向居はそんなことにはあまり興味がない。
 居心地の悪さはどうにかしてほしいが、改革が酷いとも思わない。
 しかし、ランク分けなんて、本当に形だけのものだと思う。
 そうしたところで、ちゃんと強さとか情熱が測れるんだろうか?
 ランク分けは互角の戦いをするための配慮なのかもしれない。
 でも、自分に関して言えば、ごちゃ混ぜだから楽しいと思う。
 強い人も弱い人も、それぞれの楽しみ方がある。個人に任せればいい。
 自分だったら、強い人でも弱い人でも対戦すれば楽しい。
 単にデュエルが好きな人と対戦できれば、それでいい。
 とにかく、ランクなんかにこだわるのは意味がないと思う。
 なのに、そのランクに目を奪われて、デュエルそのものを楽しめない。
 そんなのは本末転倒だ。目的がすり替えられている。
 悲しすぎる。もっと大らかに見ればいいのにと思う。

 そして不満はまだある。デュエル相手の不足である。
 陽向居明菜はデュエルに飢えている。
 ここでは確かに日夜デュエル・モンスターズのことばかりだ。
 でも、純粋な試合数はルミナスにいた頃より明らかに減っている。
 それに、デュエルがしづらいのだ。
 大会とかなら私情を介さずに、ガツガツできる。
 気心知れた相手なら、なおさら思うままにデュエルできる。
 だけど、日常の他人相手だとちょっとやりづらい。
 陽向居のデッキはあまりに大胆かつ豪快である。
 つばぜり合いなんてそっちのけで、オーバーキルになりがちだ。
 相手をぶちのめすような試合展開になりやすい。
 だから、初対面相手にフェイバリットを満足にぶつけられない。
 自分のスタイルを分かっている人間ばかりのルミナスならば、こうではなかった。
 自分が遠慮なく我を通すことを許してくれていた。
 でも、今の環境は気が引ける。
 【エンジェル・パーミッション】なんて使ってみたけど、自分の柄じゃない。
 もっとこう肉弾戦と決定的な罠の発動の、血湧き肉踊る感じがほしい。
 そんなわけで翼でも捕まえに出ようかな、と思う。
 だけど、あの翼のことだから放浪してそうだ。
 簡単には捕まらないかも、と考えながらディスクを装着する。


 ふと、机の上の写真が目に入る。
 陽向居と寝顔の少女が写っている。
 陽向居が自分で撮った写真。
 一年ごとに更新される二人で写った写真。
 最近、この写真を気にすることが多くなったのはどうしてだろう。
 新しい環境で、自分の足元が少しおぼつかないからだろうか。
 それとも、このままでいることに焦りを感じているのか。
 だけど、自分は前に進んでいるはずだ。
 そのためにここに来たはずなんだ。

 ――でも、いつの間にか日常に懐柔されている。

 もっと一気に前に進めると思ったのに。
 あたしにとって一番大事なことは、誰かの他人事でしかなかった。
 分かってはいたけど、簡単に手がかりに辿り着けそうにない。
 10年前の災厄は、当事者以外の記憶からもう消えているのだろうか?
 あの傷痕をなくすには、あたし達はどうすればいいのだろう。

 停滞しながら続いていく日々。
 憂鬱を振り払うために、自室の扉に手をかける。


 その瞬間、

 ――「捕まえましたよっ!!」

 怒声が響いた。


 陽向居は何だろうと扉から手を放し、窓から外を見てみる。
 すると、一人の男子が捕まえられていた。
 男子は色白で眼鏡をかけていて細長い。全体的にやるせないという言葉が似合う。
 あたりには写真が散らばり、そいつは名残惜しそうに写真を見ている。
「な、何があったの?」
 陽向居は問いかける。
 女子寮は男子禁制なので、とっ捕まえるのは別に不自然ではない。
 だが、ここは聞いてしまうのが人の習性というものだ。

「こいつが私の神聖な弧宇月さんを盗撮してたんです!!
 許されざる行為です! 万死に値するんです!」
 既に男子には口にテープもまかれており、何もできない。
 対して、捕えた女の子はとてもヒステリックにいきり立っている。
 あまりによく通る声だから、あちこちの部屋の窓から女生徒が見ている。
 自分も目撃した身だ。女子寮から出て、現場に行く。

 しかし、現場にいき仰天した。
 想像もしてなかった光景に、どう反応していいか分からない。
 なんと、そこかしこに散らばる写真は陽向居を写したものだった。
 いつ撮られたかなんて全然気付かなかった。
 授業中の風景も多い。どうやって撮ったのだろう。
「ちょっと……、これは何なの?」
 自分の納められた写真を手に取りながら、押さえる女の子に聞く。
 それにしても、改めて見てみると、写すのが上手い。
 たまに撮られる自分の写真よりも格段に出来がいい。
 角度などもやせてすらっと見えるように計算されている。
 さらに光の当て具合などから、肌のツヤも考慮されている。
 なんというか……、手馴れすぎじゃないだろうか。

「今までは良かったんです……」
 その子はとつとつと語りだした。
 興奮してメガネが怪しい光を放ち始めている。
「これまでこの人が目をつけていたのは、陽向居さんでした。
 だから、私には害がないなぁと放置していたんです。
 むしろ甘いなぁと思ってたんです。
 陽向居さんは確かにヒロイン系のキャラです。
 ほら、真ん中にいて、デフォルメすれば髪は金か茶かピンクのタイプ。
 そうですね、メインヒロインという立ち位置に近いでしょう。
 つまり良く言えば、無難で万人受けしやすいです。
 悪く言えば、無個性で物足りない感じなんです。
 明るくて人道に乗っ取ってて、好感はありますね。
 ただし、人間らしい歪みや味に欠けるんです。
 かといって、神秘的な美しさなどもありません。
 だからぁ、最初は目に留まるんだけど、淘汰されるんです。
 あれですね、人気投票するといつのまにか負けてるタイプです。
 つまり、最初に陽向居さんに目をつけたこのヲタクは3流なんですね。
 本当に素晴らしいものを何も分かっていないんです!
 そこで勝つタイプが、私の敬愛する弧宇月唯那さんです。
 あの方の魅力は……。 ああ、ダメ!!
 私の表現の引き出しではとても語り尽くせられない!
 私が稚拙な言葉で評することそれ自体が不敬罪だわ! ああ……」

 ……陽向居には、話していることの半分も理解できない。
 どうにも次元の違う話をしているようだ。
 自分のキャラ云々は置いておく。
(それにしても、あんまりに表面しか見てないと思うけれど)
 ひとまずこの子は被写体が陽向居だった時期は許せた。
 しかし、自分がファンである弧宇月も狙われたから許せない。
 どうやらそういうことらしい。
 長々と語りだしているうちに、ギャラリーが集まり始めていた。
 
「これって立派なストーカー被害よ。
 しかも、他の人にも及ぶかもしれない。
 ねえ、明菜ちゃん大丈夫? 怖くない?」
「う、うん。あたしは大丈夫だけど……」

 早乙女が出てきて、陽向居を気遣う。
 しかし、陽向居にはどうにもピンとこない。
 心配してくれるのはありがたいと思う。
 でも、自分がその被害者になっている実感がない。
「保健の鮎川先生に相談する?
 あの先生ならきっと強力に弁護してくれる。
 この写真を証拠として突きつければ、退学は間違い無しね!」
「た、退学!?」
 あまりに極端な単語に、陽向居は引いてしまう。
「そうよ、退学よ。こんな奴、乙女の敵なんだから!
 明菜ちゃんが言いにくいなら、僕から言ってあげるよ!」
「そうです! 退学にしてしまいましょう!!
 これ以上神聖な弧宇月さんを汚される前に早く!
 同じ空気も吸いたくありません!
 さぁ、このまま突き出しちゃいましょう!」  そう言って、縛り上げられた男の子を蹴る。
 大分鈍い音がした。大丈夫だろうか。
「ゆ、柚原さんも捕えてくれてありがとう。
 けど、もう少し静かにしてね」
「これが穏やかでいられますか、――△※○□*#$(解読不能)――」
 早乙女はこの柚原という子が苦手らしい。
 なんとなく性格的に合わなそうなのは、頷ける。

 しかし、陽向居はどうすればいいのか迷う。
 確かに付けまわされていたのは、気味が悪い。
 だけど、曲りなりにもそれは好意ではある。
 それに、これで退学というのもあんまりだ。
 そんな大事(おおごと)にはしたくない。
「一応、被害者はあたしみたいだから、あたしに決めさせてくれる?」
 陽向居が前に進み出ると、早乙女も頷く。
「ひとまず、柚原さん。ガムテープはがしてあげて。
 これじゃあ、あんまりだと思うし」
「仕方ないですね……」
 そう言うと、ビリッと勢い良く乱暴にはがした。
 すごく痛がっている。
 しかも、手は縄で巻かれているので使えない。
 だから、涙目になって耐えるしかないのだ。

 とはいったものの、どうすればいいのか。
「ねえ、今回は見逃して、『もうこんなことしないで!』で終わらない?」
 陽向居はそう提案する。
 すると、周りの空気が一瞬固まる。
 どうやら、みんな呆れているらしい。
 そして、早乙女と柚原が一斉に……
「ダメに決まってるよ!」      「ダメに決まってます!」
 二人があまりに大きな声で言うから、陽向居は耳をふさぎたくなる。
「明菜ちゃんは甘すぎ!       「そんなんだからいつまでも二位なんですよ!
 どうして許せるの?         決めるときはちゃんと決めましょう!
 また繰り返すに決まってるよ!」  善人ぶってても始まりませんよ!」
 またしても、柚原の言うことはわけが分からない。

「でも、あたしは裁きたくない。騒ぎももう大きくしたくない。
 あたしでもう終わりにしようよ。
 もう十分これで恥ずかしい思いをしてるんだし。
 これっきり、こんなことしないよね?」
 女性陣のかしましい論議に慌てふためく男子に聞いてみた。
「うん、ボク……もう何もしないから。
 もうあんなぐるぐる巻きにされる怖い目に合いたくないよ。
 陽向居さん、付け回してごめんなさい。
 でも許してくれるなんて……。
 ああ! やはり、ボクの眼に狂いはなかった!!
 あまたの女子の中でも君が輝いて見えた理由が改めて分かったよ!
 ボクは『兼平子規』って言うんだ! やっぱり君はボクの……」
 縄を引きずりながら、にじみ寄る。
「……やっぱり、僕は訴えた方がいいと思うよ」
 早乙女は呆れている。
 そして、すかさず柚原が縄を締めなおそうをした瞬間、

 ――ビュッ。

 兼平の頬をカードがかすめた。
 いや、ただのカードではない。
 ステンレス製《逆転の女神》(40枚セット販売)である。
 その殺傷能力の高さから即発売禁止となった、ファン垂涎ものの逸品である。
 そして、その投げた主が姿を現す。

「……醜いわ」
「弧宇月様!!」
 長く透き通るような髪。
 何も語らない瞳。
 淡く白い肌。細長くしなやかな肢体。
 そして、月の如き優雅で無駄のない仕草。
 冷酷な天使の様相を思わせるかのような静けさをまとう。
 ラー・イエローのはずだが、黒のケープで明るい色を押し隠している。
 隙のなく、無駄のなく、誇示のない。
 これぞ柚原が慕って止まない、弧宇月唯那、その人である。
 
「ダメですよぉ!
 そんなクールにカードを投げて、鮮烈に登場したりしたらぁ!!
 また、私のライバルが増えちゃいますよぉ」
 柚原は興奮して騒いでいる。
 弧宇月をたしなめようとしているが、口調がゆるゆるで話にならない。
「……? あなたは誰なの?」
 弧宇月は柚原を知らなかったようだ。
「も、申し遅れました!! 私は柚原正美と申します。
 弧宇月さまを心からお慕い申し上げております!!」
「……ええ、ありがとう。よろしく」
 淡々と言葉を交わし、弧宇月は柚原に握手を求める。
 それに秒速で応じる柚原。顔が赤くなっている。
 昇天してしまいそうな夢心地のようだ。

「それで、陽向居さん。あなたは彼を裁かないの?」
「う、うん。あたしはそんなことしたくない」
「でも、私は裁きたいわ。裁けるなんて素晴らしいじゃない。
 私を煩わさなければ、いくらでも騒ぎが拡大しても構わない。
 彼自身の運命を、自分の手で決定的に操作できる。
 素晴らしい機会だと思わない?」
「そんなこと思わない。おとがめなんていらないよ。
 『めでたしめでたし!』で終わらそうよ!」
 陽向居が主張すると、弧宇月は軽くため息をつく。
 そして、無表情で語り続ける。
 自分と相手との断絶を最初から分かっていたように。
 もはや相手に何も求めないような穏やかな口調で。
「それがあなたの傾きなのね……。
 けれど、他のみんなは裁きを望んでいる。
 あなたはどうする?」
「うーん……、裁きさえすればいいんでしょ?
 なら……」

 陽向居は思いついたかのように、左腕を見つめる。
 デュエルディスクのつけられた腕。
 そうだ、そもそも陽向居はデュエルがしたくて外に出たのだ。
 ならもう、デュエルで決めてしまえばいい。
 あたしの意思はあたしの力で貫く。
 左腕を兼平の目の前にかざし、ディスクを変形させる。

「デュエルで決めよう。
 あたしが決める権利があるかもしれないけれど、
 兼平君の運命でもあるから、あたしと兼平君を戦わせて。
 あたしが勝ったら、あたしの好きにする。だから、無罪ね。
 兼平君が勝ったら、みんなが好きにしていいよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。
 それならわざと負けるに決まってるよ!」
「わざと負ける?」
 陽向居はその言葉を愚問だと切り捨てる。
 そもそも陽向居は日頃の鬱憤がたまっている。
 もう目の前の相手に本気のデッキをぶつけたくてたまらない。
「そんなことしたら、あたし本当に許さないよ。
 みんなが見てるんだから、手加減したらすぐにバレるよ。
 兼平君はオベリスク・ブルーだし、実力者のはずよ。
 兼平君、本気で受けて立ってくれるよね」
 陽向居からは目に見えぬ殺気が放たれていた。
 他の女子達もそれに気圧され、強引な展開にも押し黙る。
「う、うん。ボク、デュエルするよ!」
 兼平は逃げられない。もう流されるままやるしかない。
 兼平は本当はさっさと逃げて、魅力を再確認した陽向居を再びストーキングしたい。
 しかし、この女子達の重圧の中ではどうやっても逃げられない。
 何より目の前の陽向居が勝負を避けることを許してくれそうにない。

「自分の道はデュエルで切り開く……。
 アカデミア伝統通りのやり方じゃない。
 いいわ。あなたのやり方、見せてもらうわ」


「 「 デュエル!! 」 」

陽向居 VS 兼平


「あたしの先攻、ドロー!」
 陽向居は手札を確認する。
 久々に手にする自分の本気のデッキ。
 馴染みのカード達の絵柄を確認すると、気分が高揚してくる。
 やっぱり、自分の好きなカードで戦うのが一番楽しい。
 そうだ! あたしのパートナーは【ドラゴン族】なんだ!
「手札から、《ライトニング・ワイバーン》を墓地に。
 そして、2枚の《ライトニング・ワイバーン》をデッキから手札に!」

《ライトニング・ワイバーン》
効果モンスター 星4/光属性/ドラゴン族/攻1500/守1400
手札からこのカードを捨てる事で、
デッキから別の「ライトニング・ワイバーン」を2枚まで手札に加える事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
この効果は自分のメインフェイズ中のみ使用する事ができる。

「さらにこの2体を融合させるよ!
 来て! 《クロスライトニング・ワイバーン》!!」
 2匹の細身の龍が自慢の羽を広げて、高らかに鳴く。
 そして、その姿が重なり、二つの首を持つ飛龍へと進化する。
 空を覆わんばかりの大きな翼。
 4つの瞳が、敵をにらみつける。
 電流はその身に絶えず駆け巡り、あたりに暗雲が立ち込める。

《クロスライトニング・ワイバーン》
融合・効果モンスター 星7/光属性/ドラゴン族/攻2600/守1900
「ライトニング・ワイバーン」+「ライトニング・ワイバーン」
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
自分のデッキまたは墓地に存在する「融合」魔法カード1枚を手札に加える。

「カードを2枚伏せて、ターンを終了するよ!」

「気合が入ってますね……。
 最初から最上級モンスターを展開しましたよ」
「そうね。ずいぶんと意気込んでるわ。
 それが空回りしなければいいのだけれど……。
 最初から強いモンスターを展開するのは、確かに有効だわ。
 そのまま押し切れるのならばね。
 でも、初手は相手も一番多くの戦略を秘めている。
 対処される可能性も最も高いのよ」
「ああ! 弧宇月さまの分析は素晴らしいです!
 ……ところで、弧宇月さまはどちらを応援してるんですか?」
「どちらでも構わないわ。
 強いて言えば、面白い騒ぎになればそれでいい」

「ボクのターンだ! ドロー!」
 こんな形でも憧れの陽向居さんとデュエルできるなんて。
 ああ、ボクの想いを込めたこのデッキを君に全力でぶつけよう!
「ボクは《戦士ダイ・グレファー》を攻撃表示で召喚する!」

《戦士ダイ・グレファー》
通常モンスター 星4/地属性/戦士族/攻1700/守1600
ドラゴン族を操る才能を秘めた戦士。過去は謎に包まれている。

 勇壮な戦士が剣を構え、龍に立ち向かう。
「うう……、なんだかあたしのワイバーンが悪役みたいな構図ね」
「さらに《七曜剣》を装備させる。
 指定する属性は、『光』だ!」

《七曜剣》
装備魔法
戦士族・通常モンスターのみ装備可能。
このカードを装備した時に属性を1つ選択する。
その属性のモンスターと戦闘をする場合、
このカードを装備したモンスターの攻撃力は
ダメージ計算時のみ1200ポイントアップする。

 戦士は武器を装備しなおす。
 光を反射して、鮮やかに輝く細身の剣。
 それが黒の波動を帯びる。
 光を貫く闇の波動がにじむ。
 同時にグレファーの凛々しい表情も心なしか邪悪なものに変化したように見える。

「グレファー!! ボクと陽向居さんを隔てるドラゴンに攻撃だ!」
 グレファーは主人の命を受け、龍にも臆さずに向かっていく。
 自分の背をはるかに超える飛龍。
 グレファーは華麗に跳躍し、上から真一文字に切りつける。
 黒の傷跡。龍はその身を崩した。

《戦士ダイ・グレファー》 ATK1700→2900

陽向居のLP:4000→3700

陽向居
LP3700
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
2枚
兼平
LP4000
モンスターゾーン《戦士ダイ・グレファー》ATK1700・装備《七曜剣》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
3枚

 勢い良く伏せた2枚のカード。
 兼平は息を荒くして、次のターンはまだかと待ち焦がれている。
「僕……、なんかあの戦士もデュエリストも怖いよ」
 早乙女は不意に寒気を感じた。
「ええ、女の敵の男達ね」
 女性陣は空気のよどみを感じ始めていた。

 しかし、当の本人である陽向居は気にする様子もない。
「あたしのワイバーンが倒されるなんて……。
 ちょっと焦りすぎたかな……。
 あたしのターンだよ。ドロー!」

 その瞬間、兼平は叫んだ。
「キタ━(゚∀゚)━!!(裏声) このときをボクは待ちわびていたんだ!!
 場の伏せてある永続罠を2つ発動だ!!
 《真実の眼》、そして《幸福の共有》!」

《真実の眼》
永続罠
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は手札を公開し続けなければならない。
相手はスタンバイフェイズ時、手札に魔法カードがある限り
1000ライフポイント回復する。

《幸福の共有》
永続罠
相手のライフポイントが回復するたびに、
自分は800ライフポイント回復する。

「この2つのカードにより、君はボクにすべてをさらけ出す!!
 そして、ボクと幸せを分かち合うことになるんだ!!!」

 その台詞を発した瞬間、早乙女と弧宇月は身構えた。
 弧宇月はその右手に3枚の斬首兵器《逆転の女神》を。
 早乙女は決闘者のマインゴーシュ・デュエルディスクを投げつけるよう身構える。
「なんて下賎(げせん)な発想をする男なの!」
「このデュエルは中止!! 明菜ちゃんが危ない!」
 その殺気を感じて、陽向居は慌てて止める。
「ちょ、ちょっと待って!?
 ただ永続罠を発動しただけなのに、なんで怒るの?」
「明菜ちゃんは今の台詞を聞いてないの?
 乙女の敵を生かしてはおけないわ!」
「え?え!? カードの効果を分かりやすく説明しただけじゃないの?
 兼平くんはなにか変なこと言った?」
 陽向居の発言に、柚原は驚愕する。
「フラグ・ブレイカーのスキル!!
 所有していたのは分かっていましたけど、これほどまでとは……ッ!?」

《フラグ・ブレイカー》
装備魔法
このカードは主人公またはメインヒロインのみ装備できる。
装備した者が恋愛対象に選ばれたとき、
その求愛行動の効果を無効にし、強引に展開を進める。
このカードは読者の期待と作者の思惑により破壊される。

「とにかく、あたしの手札を公開するんだよね。はい。
 あとスタンバイフェイズだから、ライフを回復するよ」
 兼平はここぞとばかりににじり寄り、手札を凝視する。
 そして、自分のライフも上昇するのを心地良さそうに見つめる。

陽向居の手札
《ピクシー・ドラゴン》、《守護神の矛》、《冥王竜ヴァンダルギオン》

《真実の眼》&《幸福の共有》
陽向居のLP:3700→4700
兼平のLP:4000→4800

《ピクシー・ドラゴン》
効果モンスター 星4/光属性/ドラゴン族/攻1000/守1100
相手フィールド上にモンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

「手札を見られてるから、隠す必要もないね。
 今のところグレファーには対抗できない。
 だから、このままターンエンド」

「あれ? 《ピクシー・ドラゴン》は出さないんですか?」
「出してもあの変態男にやられるだけよ。
 《七曜剣》はモンスターがいなければ、攻撃力は上昇しない。
 ライフは確保されてるし、手札温存というところね」
「なるほど。それにしても、陽向居さんって動じないですね……。
 妙にハキハキしたところがありますし」
「そうね。あの様子なら天と地がひっくり返りでもしない限り、
 男になびくことはなさそうね」

 兼平は弧宇月の言葉に反応する。
「ムフフフフ、弧宇月さん! なら、ボクはやっちゃうぞ。
 ボクのターンだ。永続魔法を2つ発動だ!
 《天変地異》、そして《デーモンの宣告》!!」

《天変地異》
永続魔法
このカードがフィールド上に存在する限り、
お互いのプレイヤーはデッキを裏返しにしてデュエルを進行する。

《デーモンの宣告》
永続魔法
1ターンに1度だけ、500ライフポイントを払い
カード名を宣言する事ができる。
その場合、自分のデッキの一番上のカードをめくり、
宣言したカードだった場合手札に加える。
違った場合はめくったカードを墓地へ送る。

「本当にそのままのことをするとは……。なんて芸のない男なの。
 いえ、でもこの戦術は理にかなっている。《真実の眼》で情報を開示させて、《七曜剣》の効果をより発揮できるようにする。《天変地異》により、《デーモンの宣告》の効果は確実なものとなる。《デーモンの宣告》のコストも、同時に《幸福の共有》により確保する。情報アドバンテージをそのまま戦力に変える布陣。全ての魔法・罠ゾーンを埋め尽くす鮮やかなコンボ……。  兼平という男、そこまで考えて……ッ!」
 柚原は弧宇月のつぶやいていることの半分も理解できない。
 しかし、弧宇月は頭の回転が早く意外と戦略マニアであること、
 兼平のデュエルの腕が3流ではないことは、なんとか分かった。

陽向居のデッキトップ
《サンセット・ドラゴン》
兼平のデッキトップ
《戦士の生還》

《サンセット・ドラゴン》
効果モンスター 星6/光属性/ドラゴン族/攻2400/守1600
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上の表側表示モンスター1体を選択し、裏側守備表示にする事ができる。

「あら。天地をひっくり返しても、天命はくつがえせないようね」
「くっ、これじゃあボクのグレ兄貴がやられてしまう。
 ひとまず、ボクは《デーモンの宣告》で《戦士の生還》を宣言。
 500ライフを払って、手札に加えるよ」

兼平のLP:4800→4300

「グレ兄貴にボクの想いを乗せて、ダイレクトアタックだ!!」

 既にフィールドはものものしい雰囲気となっていた。
 悪魔の石版が突き刺さり、その下にグレファーがたたずんでいる。
 大地は裂けて、その隙間からはなんと空が見える。
 その中で、戦士も黒く染まった剣に心をたぶらかされているようだ。
 欲望のままに、全てを奪い尽くす。
 陽向居に向けて剣を振るう!

陽向居のLP:4700→3000

「クッ! でも、次のターン、あたしは逆転するんだから!」
「だけど、ボクのグレファーはフィールドに帰ってくる。
 君に想いを伝えるために、何度でも!何度でも!!」

陽向居
LP3000
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
3枚(《ピクシー・ドラゴン》、《守護神の矛》、《冥王竜ヴァンダルギオン》)
デッキトップ
《サンセット・ドラゴン》
兼平
LP4300
モンスターゾーン《戦士ダイ・グレファー》ATK1700・装備《七曜剣》
魔法・罠ゾーン
《真実の眼》、《幸福の共有》、《天変地異》、《デーモンの宣告》発動中
手札
1枚(《戦士の生還》)
デッキトップ
《増援》

「あたしのターン。ドロー! 《真実の眼》で、ライフを1000回復するよ!
 そして、兼平くんも800ポイント回復だね」

《真実の眼》&《幸福の共有》
陽向居のLP:3000→4000
兼平のLP:4300→5100

「うーん……、にしても引けるカードが分かってるって、面白みがないなぁ。
 けど、これでようやくグレファーが倒せるね!
 あたしは手札から《ピクシー・ドラゴン》を特殊召喚!
 そして、生贄に捧げるよ! いっけえ!《サンセット・ドラゴン》!!」
 オレンジに輝く、天空龍が姿を現す。
 4枚の翼を高らかにかかげ、自ら黄昏色の光を放つ。

「《サンセット・ドラゴン》の光は相手を休息にさそうの!
 だから、グレファーは裏守備表示になる!」
 その光を受けて、グレファーは剣を落とし、守備体制になった。

「これで《七曜剣》はなくなったね!
 《サンセット・ドラゴン》でグレファーに攻撃!
 『トワイライト・バースト』!!」
 4枚の羽を閉じて、力をその口に集中させる。
 そして瞬時に羽を開き、同時に放たれたオレンジの閃光がグレファーを焼き尽くした。

「ボクのグレ兄貴ィィィィィイイイ!!!」
「すぐに《戦士の生還》で回収するくせに……。大げさね」
 弧宇月は兼平のオーバー・リアクションに嫌気が差している。

「あたしはこれでターンエンド!」

「ボクのターン! 《増援》をドローする。
 さらに《デーモンの宣告》で《和睦の使者》をドロー!!」
 《戦士の生還》でグレ兄貴を再び手札に!
 そして、グレ兄貴をまた召喚だ!」
 再び、《戦士ダイ・グレファー》が場に降り立つ。
 死地から再び舞い戻り、若干様子が変わったように見える。
 何か頭のネジがはずれているような……。

「あ、あれ? グレファーの様子が変じゃないですか?
 なんていうか……、目つきが嫌らしく……。
 あっ、目が合いました!! こっち見て、ニヤリと笑いましたよ!」
「確かにグレファーには好色の噂が絶えないけれど……。
 ソリッド・ビジョンはどこまで表現する気なのかしら……」

「ボクは増援でさらにグレ兄貴をもう一人を手札に!
 《和睦の使者》を伏せて、ターンを終了」

「あたしのターン! 《神竜−エクセリオン》をドロー!」

《真実の眼》&《幸福の共有》
陽向居のLP:4000→5000
兼平のLP:(デーモンの宣告コスト:5100→)4600→5400

「ひとまず、攻撃だよ! トワイライト・バースト!!」
「ボクはグレ兄貴を守る! 《和睦の使者》!」
 夕焼け色の波動がグレファーに襲い掛かる。
 しかし、グレファーは両手を組み、その攻撃を受け止めた。
「ぬおおおおおおおおおおおお!」
 ブレスが収まると、そこには涼しげな表情をしたグレファーがいた。
 衣服が焼けて、ところどころの肌が露出している。
 そして、両手を広げ、爽やかな表情で高らかに宣言する。
「もう……、争いはやめよう。平和を愛そうじゃないか」

「……………。ねえ、僕の聞き間違いかな?
 今、ソリッド・ビジョンがしゃべらなかった?」
 早乙女は首を傾げる。
「私にも聞こえたわ。あの男、まさかディスクに細工を?
 確かにディスクには効果音再生機能はついているけど……」
「いえ、できますよ!! 別にディスクをいじらなくてもいいんです!
 単に懐のレコーダーに音声を入れて再生するだけですよ。
 私も《魔法剣士ネオ》様の声とか、吹き込んでもらってるんです!」
「そんな趣味の悪いことを……。
 凝り性なのは感心するけど、やっぱり下賎な発想だわ……。
 でも、わざわざグレファーを守るなんて、なんのつもりかしら?」

「ソリッド・ビジョンがしゃべった!!
 アカデミアの最新型ってやっぱすごいんだ!!」
 その目の前の当の本人は、特に不審に思っていない。
「じゃあ、あたしはこのままターンエンドね」

陽向居
LP5000
モンスターゾーン《サンセット・ドラゴン》ATK2400
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
3枚(《《神竜−エクセリオン》、《守護神の矛》、《冥王竜ヴァンダルギオン》)
デッキトップ
《巨竜の羽ばたき》
兼平
LP5400
モンスターゾーン《戦士ダイ・グレファー》ATK1700
魔法・罠ゾーン
《真実の眼》、《幸福の共有》、《天変地異》、《デーモンの宣告》発動中
手札
1枚(《戦士ダイ・グレファー》)
デッキトップ
《強欲な壺》

「ボクのターン! ドロー! 《強欲な壺》だ!!
 そのまま2枚ドローする!」

《強欲な壺》
通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
このカードを発動させたら負けかなと思ってる。

「ドローしたカードは《二重召喚》と3人目のグレ兄貴!!
 そして、《二重召喚》でフィールドにグレ兄貴が3人揃う!」

《二重召喚》
通常魔法
このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。

 3人の屈強な戦士が立ち並ぶ。
 その3人の見つめる先は、龍の向こう側。
 ――陽向居明菜のみ!

「な、なんだか僕ものすごく嫌な予感がするんだけど」
「私にとっては、この状況だけで十分悪夢だわ。
 でも、わざわざグレファーを3体も揃えたのはなぜかしら?
 あんなものを3体融合だなんて、幾らなんでも醜すぎるし……。
 いや、まだ《デーモンの宣告》によるドローが残されてるわ!
 そのカードはまさか――!!」

 3人の戦士は剣を天に掲げ、3本の切っ先を重ね合わせる。
 中心には最も過酷な戦場を乗り越えた男が立っている。
 どのグレファーも、非常に清々しい顔をしていた。
「なあ、ついにこの時が来たんだな……」
 中心の男が感慨深そうに呟く。
「ああ、覚えているか? 俺たちの誓いを」
「覚えているとも。全てはこのときを迎えるためだった。
 ああ! 懐かしき『花園の誓い』よ!!」

『花園の誓い』〜3人のグレファーによるレクイエム〜

 我ら三人、同姓同名の結びから兄弟の契りを結びしからは、
 心を同じくして助け合い、数多の美女を襲わん。
 まずは異次元まで追いかけ、果ては堕落さえも厭わぬことを誓う。
 同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、
 願わくば同年、同月、同日にハーレムを得んことを。

「俺たち3人が集まれば、何が立ちふさがろうと怖くない!」
「ああ! どんな美女も俺たちのものだ!!」
「今こそ、我らがコンビネーションを見せるとき!」
「《デーモンの宣告》よ! 呪われし石版よ!
 今こそ、我らが魂の結束の力を解放せよ!!」

「我が剣の名は『色欲』! あらゆる女を朱色に染めて見せよう!!」
「我が剣の名は『情欲』! 高ぶる心こそが我らの原動力なり!!」
「我が剣の名は『性欲』! 全ては、万物の根幹たるエロースに達するために!!」

「「「今こそ、我らが力を示さん!! 《デルタ・アタッカー》!!!」」」

 ――石版に雷が落ちる。
 そして、兼平はグレファー達の万感のこもったカードを手にする。
 そのカードの名は《デルタ・アタッカー》!!

《デルタ・アタッカー》
通常魔法
自分フィールド上に同名通常モンスター(トークンを除く)が
3体存在する時に発動する事ができる。
発動ターンのみ、3体の同名通常モンスターは
相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる

 その名を聞いて、柚原は激しく動揺する
「やややっやっやヤバイですよ。こここれは。
 どう考えても、放送コードに引っかかりますよ。
 こんなあからさまなネタを使うなんて、正気ですか!!」
「……3体のバニラで戦士。極めてサーチ・回収・サポートしやすく、召喚も容易。
 とても筋の通ったキーカードだと思うのだけど。
 柚原さん? 何をそんなに動揺してるのかしら?」

(い、言えません。 だって、デルタとグレファーの組み合わせだなんて……。
 どう考えてもあの男は恥丘ヴィーナスの丘とかけてるわ!!
 こんな局部をピンポイントに狙うなんて下品な……。
 ああ! だけどそんなことを指摘したら、弧宇月さん私への評価が……)
 柚原は一人でまた違う次元で葛藤している。

「……まずいわね。グレファー3体の攻撃力の合計は1700×3=5100!
 陽向居さんのライフを一気に削りきれる!!」
「明菜ちゃん!! あんな野蛮な男に押し切られないで!」

「ボクの全身全霊・全力全開を受け止めて!!
 発動!! 《デルタ・アタッカー》!」
 瞬間、グレファー達の体が光り輝く。
 目にも留まらぬ速さで動き出し、龍を翻弄する。

 ……と思いきや、急にその動きが止まる。
 グレファー達は力が湧かないのである。

「ど、どうしてだ!! なにがボクから君への恋路を邪魔してるんだ!?」

「――やっと、これだ!ってタイミングが見つかったよ……。
 あたしは《デルタ・アタッカー》をカウンターする!
 《神の宣告》! ライフを半分にして、その魔法を禁止!」

《神の宣告》
カウンター罠
ライフポイントを半分払う。
魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
どれか1つを無効にし、それを破壊する。


陽向居のLP:5000→2500

「そ、そんなぁー!!
 最初のターンに伏せてたなんて……!
 どうして……今まで使わなかったの?」
「いやぁ、サポートカードばっかりで発動できなくて。
 それに、このカードを発動するときは一番派手でなきゃね!」
 そう言って、一枚のカードを示す。
 たちまちに場に暗雲が立ち込め、グレファー達は動揺する。
 そして、現われしは裁きの執行者。
 文明の破壊者の化身。
 因果を覆したときのみ現れる竜の王者。
「これがあたしの【ドラゴン・パーミッション】の第一の切り札!!
 いくよ! 《冥王竜ヴァンダルギオン》!!!」

《冥王竜ヴァンダルギオン》
効果モンスター 星8/闇属性/ドラゴン族/攻2800/守2500
相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、
無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚する。

 黒の硬いウロコで、全てを否定しつくす魔龍。
 禍々しき凶眼が罪人をにらみつける。
「ヴァンダルギオンの今回の裁きは魔法だよ!
 いっけぇ! 『ブラック・パニッシュメント』!!」

 黒きいかづちが兼平に降り注ぐ!!
「ぎやああああああああ!!」

兼平のLP:(デーモンの宣告コスト:5400→)4900→3400

「うう……。今召喚したばかりだから、2人のグレ兄貴は表示変更できない。
 真ん中のグレ兄貴だけを守備表示にして、ターンエンド……」
 切り札の発動を無効化され、最上級モンスターの召喚までされる。
 兼平は既に戦意が衰えて、すっかりしょげている。
 淀んだ瞳で、次のデッキトップの《堕落》を見つめている。

陽向居
LP2500
モンスターゾーン《サンセット・ドラゴン》ATK2400、《冥王竜ヴァンダルギオン》ATK2800
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
2枚(《《神竜−エクセリオン》、《守護神の矛》)
デッキトップ
《巨竜の羽ばたき》
兼平
LP3600
モンスターゾーン《戦士ダイ・グレファー》×3(2体は攻撃表示、1体は守備表示)
魔法・罠ゾーン
《真実の眼》、《幸福の共有》、《天変地異》、《デーモンの宣告》発動中
手札
なし)
デッキトップ
《堕落》

「あんな切り札を取っておいてたんだ!! 明菜ちゃん、すごい!」
「使いどころをわきまえてるじゃない。なかなかの策士ね。
 それとも戦闘の流れを掴む嗅覚が優れてるだけかしら」

「あたしのターン! ドロー!!」

《真実の眼》&《幸福の共有》
陽向居のLP:2500→3500
兼平のLP:3600→4400

「――さて、ようやく終わらせられるかな。
 一気にこのターンで決めるよ!!
 グレファー戦術すごかったよ!
 あたしも面白い戦術を見せてあげる!」

「……!? このターンで決められるんですか?
 あのグレファー3体の暑苦しい肉壁があるのに!」
「ちょっと僕には想像つかないな」

「いくよ! 《サンセット・ドラゴン》を生贄に捧げ、《神竜−エクセリオン》を召喚!」
 白龍が場に現れる。鬼の如き角の生えた東洋龍。
 辺りに霊魂が漂い始める。
「そして、この瞬間リバース罠オープン!!  《連鎖破壊(チェーン・デストラクション)》!!!
 《神竜−エクセリオン》をデッキから2枚墓地に!
 これで2体の仲間が墓地にいることになる!!」

《神竜−エクセリオン》
効果モンスター 星5/光属性/ドラゴン族/攻1500/守 900
このカードの召喚時に自分の墓地に存在する「神竜−エクセリオン」
1体につき、以下の効果を1つ得る。
ただし同じ効果を重複して得る事ができない。
●このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう一度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
●このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

《連鎖破壊》
通常罠
攻撃力2000以下のモンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚されたら発動する事ができる。
そのモンスターのコントローラーの手札とデッキから同名カードを全て破壊する。
その後デッキをシャッフルする

「あたしが得る効果は、連続攻撃と追加ダメージ!
 そして、なんとなく綺麗にしたいから、《巨竜の羽ばたき》も発動!
 ヴァンダルギオンの羽ばたきで、魔法・罠を全部破壊するよ! ごめんね!」

《巨竜の羽ばたき》
通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル5以上のドラゴン族モンスター1体を手札に戻し、
お互いのフィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。

「うぎゃああああああああああ!
 ボクの完璧な布陣が、ぜんめつめつめつ……。
 でも、グレ兄貴……。兄貴たちならボクを守りきれる……」
「残念ながら、そうはさせないよ!!
 《守護神の矛》をエクセリオンに装備!
 足りない攻撃力はこれで補われる!!
 これがあたしのエクセリオンの最大出力だよ!!」

《守護神の矛》
装備魔法
装備モンスターの攻撃力は、墓地に存在する装備モンスターと
同名カードの数×900ポイントアップする。

《神竜−エクセリオン》 ATK1500→3300
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう一度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
●このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

「あああああ。もうとっくに兼平の戦意はゼロよ!!
 もうやめ……なくてもいいですよね!
 だって、私の弧宇月様に手を出そうとしたんですから!
 ここまで来たら、徹底的にやっつけちゃってください! 陽向居さん」

「この惨めな光景は写真に収めたからね!
 これでこいつも簡単には覗きなんてできないよ!
 いっけぇー! 明菜ちゃん!」

「見事な戦術よ、陽向居さん。
 あなたには、あなたの手で未来をこじあける力があるのね」

「いくよ! エクセリオン!!
 『ディバインバスター・エクステンション』!! 2連撃ィ!!」

 白龍が蒼きオーラをまとう。
 それは仲間との絆。魂のつながり。
 膨大なエネルギーを口に収束させる。
 大きな魔力の塊となり溢れんばかりだ。
 そして、一気に二射が放たれる。
 白く巨大な力の奔流が全てを貫く。
 グレファーは跡形もなく消え去り、そのまま兼平に攻撃が直撃する。

「ぎええええええええええええ!!
 でも、陽向居さんの本気とデュエルできて本望ゥゥウ!!! ガクッ」

兼平のLP:4400→0  <(3300-1700+1700)×2=計6600ダメージ>


「やったね!! 楽しいデュエルだったよ!」
 陽向居は久々に本気でデュエルができて、満足げだ。
 一方で兼平は燃え尽きたらしく、幸せそうな顔で倒れている。

 急激な巻き返しに魅了され、周りから拍手が起こる。
「明菜ちゃん! すごい強いじゃん!
 最近デッキ調整中だったみたいだけど、
 やっぱ【ドラゴン族】使ってる明菜ちゃんが一番すごいよ!!」
 早乙女がそうやって誉めると、他のみんなも賛同する。

 明菜は感じる。遠慮してても何も開けない。
 好きなものを好きと言って、境界なんてぶち破るのが自分に合っていると。

「やっぱ、そうだよね!
 あたしのドラゴンは、誰にも負けないよ!
 何よりも格好良くて、それに強いんだから!!」
 自分の信じる仲間を誇る。
 それが何よりも心地良い高揚感をもたらしてくれることを、陽向居は再確認した。





第6話 息づく危機



 早乙女は不穏なことを企んでいた。
 早乙女の関心事と言えば、恋路である。
 そして、今回のターゲットは久白と陽向居である。
 あの二人は早乙女にとって非常に不思議な存在であった。
 いつも一緒にいるのに、異性間独特の緊張感が全くないのである。
 しかも、どちらも他に興味のある異性もいないようだ。
 問いつめると、久白は照れながら「いないよぅ」と言う。
 陽向居はすぐに「いないなぁ」と言い切る。
 何だろう、このちっとも恋愛に興味を示さない宇宙人達は。

 そんなわけで、早乙女の目下の陰謀は定められた。
 『クリスマスまでにあの二人の仲を進展させる』。
 アカデミアは10月から始業で、今は10月の終わり。
 よって、これから約2〜3ヶ月の期間。
 早乙女は様々な策謀をはりめぐらせるわけである。

 だから、早乙女はこの日を楽しみにしていた。
 今日は、4人で森を探索する日だ。
 久白と藤原、陽向居に早乙女で4人。
 【光属性】のカテゴリのみんなでだ。
 探検! 素晴らしいではないか!
 適度な危機を演出するには、最高のイベントである。

 世の中には「吊り橋効果」というものがある。
 危機が二人の仲を深めるというやつである。
 陽向居が足を滑らせたところを、久白がすかさず支える。
 そこで陽向居は気づく。頼もしくなった幼馴染みの姿に。
 ふと感じる。異性としての、汗の臭い、逞しい腕。
 そして、いつの間にか迷い込んだ森の奥。
 気づけば二人きり。普段は強がってる自分に忍び込む恐怖。
 そこに「大丈夫だよ」と優しい声がささやく。
 声変わりしたのはつい最近だと思ったのに……。
 越された背丈。大きくなった背中。
 やがて、二人は手を重ね、唇を……。
 うん! シチュエーションはいくらでも思いつく。
 間違いなくいける!

 それにしても、あの硬派な藤原がこういった話を持ちかけてくるのは珍しかった。
 なんせ授業中に授業以上のことを勉強しているくらいである。
 ただ、面白いイベントには変わりない。
 早乙女は期待に胸を躍らせていた。


「それで、今日はどこを探検するの?」
 森の入り口に4人が揃い、早乙女がそう聞くと、藤原は顔をしかめた。
 ただし、藤原がこんな顔をするのはいつものことである。
「それなんだが……、不審者の居所を探るためなんだ」
「不審者? 最近の奇声を発する雑魚デュエリストってやつかな?」
「そうだ。実際に僕と久白が襲われたんだ。
 何の被害もなかったが、気になって調査したかったんだ」
「僕も噂は聞いてるけど、実際はどうだったの?」
「俺もよく分からないうちに終わっちゃったんだ。
 ベルトを巻き付けられたり、エナジーとか言ってたけど、
 何がしたいのか、全然分からなかったよ」
 久白は脳天気に答える。

 しかし、ベルトにエナジー……。
 早乙女の頭に何かが引っかかる。
 以前に、そんなことがあったような……。

「あーーー!! 『デス・ベルト』だ!!
 ねえ、巻かれたのはどこ!? デザインは!?」
「腰だったよ。デザインは中心部に青い球体があって、帯は白色だったよ」
「……ちょっと違うけど、基本は一緒みたいね。色は一緒だ。
 僕のときは手首に巻き付ける腕時計みたいなデザインだったけど……。
 それで、デュエルした後に、体から力が抜ける感じとかしなかった?」
「うーん、俺は感じなかったかな。
 警戒してたのにすごく弱かったから、拍子抜けはしちゃったけど」
「僕も同じく感じなかった。
 もっとも僕も久白も速攻で決着させたから、器具が反応しなかったかもしれない。
 その装置について、もっと詳しく聞かせてくれないか?」
「え、知らないんだっけ? あ!そっか。知ってるのは僕だけか。
 藤原先輩はそのときいなかったし、翼くんも明菜ちゃんも新入生だから知らないんだ。
 全校生徒を巻き込んだ大事件だったんだよ! 僕から説明するね」
 早乙女は『デス・ベルト』にまつわる話を伝える。

 『デス・ベルト』は、去年赴任してきたコブラ先生が持ってきた道具なの。
 今はコブラ先生はいないよ。というか、行方不明らしいんだけど……。
 コブラ先生は教育プログラムとして『デスクロージャー・デュエル』の実施を提案したの。
 (略称は『デス・デュエル』って、悪趣味な名前なんだけど……)
 まぁ、集中的にデュエルをするってだけの実戦プログラムだったんだけどね。
 で、その特徴が『デス・ベルト』を着けてデュエルすることなの。
 このベルトの表向きの役割はデュエル中のデュエリストの状態を分析すること。
 データを転送してデュエルの闘争心を量る装置って言ってた。
 でも、実際に転送されてたのはデュエリストのエナジーだったの!
 つまり、デュエルすればベルトを通じて体力を奪われる仕組みだったの。
 全校生徒からデュエル・エナジーを回収するのがコブラ先生の目的。
 そのエナジーで死んだ自分の息子を蘇らせるのが目的だったみたい。
 だけど、コブラ先生も悪い精霊にそそのかされてただけ。
 エナジーは集まったけど、その目的は果たせなかったみたい。
 結局、アカデミアの生徒の体力を消耗させただけで終わったの。

「だから、その怪しい奴らが持ってたのは、『デス・ベルト』を元にした
 デュエル・エナジーを吸収する新しい装置なのかもしれない。
 平和なハイキングかと思ったら、こんな物騒な話だなんて……」
「じゃあ、今回もデュエル・エナジーを集めて、悪の組織が何かをしようと企んでるの?」
「うん。多分そう。だから、うかつには近寄れないんだけど……」
 早乙女はまだ何かがあると考え込む。
 藤原もそれに賛同し、意見を言う。
「だけど、それにしてはおかしいと僕は思うな。同じ手を使ったら、怪しまれる。
 それにエナジーを集める目的なら、もっと強い者に集めさせるはずだ。
 相手を追い詰めるほど、エナジーが取れるんだろう?
 つばぜり合いに持ち込めるほどの力量がない者を戦わせてどうする?」
「僕もそれは変だと思ってた。でも、今は分からない。
 ひとまず、まだ情報が必要かな。メンバーもあと一人加えていい?」
「誰を呼ぶんだ? 弱いデュエリストは呼べないな。
 新たな犠牲者になってしまうかもしれない」
「ううん。学園でもトップクラスのデュエリストだよ。
 剣山先輩! 以前の事件のときも研究所に向かったし、詳しいはずだよ!」
「剣山先輩! 俺も戦ったけど、すごく強かったよ!
 頼りになる人だったし、すぐに呼びに行こうよ!」

「ちょっと待って!」
 ずっと口を出せなかった陽向居が、ようやく話に割り込む。
「あたし、過去の話も分からないし、その不審者にも会ってない。
 だから、全然話が見えないんだけど……。
 もうちょっとゆっくり説明してくれる?」
「俺もあんま分かんないけど、要するに悪い奴の正体を見破る話なんでしょ?」
「うーん……、それはなんとなく分かったけど……。
 でも、そもそもデュエル・エナジーってどうやって集めるの?
 集めたところで何に使えるのか、あたしには全然分からないんだけど……」
「確かに僕もどんな仕組みでそんな装置を作っているかは興味があるな。
 早乙女はそういうことは分かるか?」
「いや、僕も細かいところはさっぱりなんだけど……」
「要するに、俺が精霊の力を使うのと似たようなものなのかな?
 精霊はデュエリストの想いに応えるよね。その想いがデュエル・エナジー。
 それをたくさん集めて何かに使うんでしょ?
 だから、その精霊の力の及ぶ範囲なら何でもできるんじゃない?」
「ああー、そういうことならなんとなく分かるかも!
 要するに、機械を通して、もっと大規模に翼の力と同じようなことをしてるんだ!」
「待って待って! その説明だと、僕が分かんないよ!
 翼くんの力とかって、そもそも何?」
 話が余計にややこしくなりそうなため、藤原が間に入る。
「……君達、もっと効率的に話ができないのか?
 いや、事前に説明しやすくまとめてない僕も悪いのか……。
 とにかく、今までの情報はまだ憶測にすぎないんだ。
 デュエル・エナジーのことも、その用途・仕組みのことも。
 予測ばかりを論議していても何も前には進まない。
 ひとまず、剣山を呼んで探索するのが先だ。
 情報ももう少し集まってからの方が整理しやすいだろう」


「……話は分かったドン。
 そういう話なら、協力しないって選択はなしザウルス!
 俺なら研究所の場所も知っているドン!
 廃寮の先の火山のふもとにあるドン!」
 というわけで、メンバーは5人となった。

「あーあ、なんでこうなっちゃうかなぁ」
 早乙女は不満そうにぼやく。
「レイちゃん、どうしたの?」
「恋は戦場でもできるけど、人の恋路を見て騒ぐのは平和じゃないと無理なの!」
「??? いきなり何の話?」
 陽向居は早乙女の思考を全く汲み取れていない。
「……要するに早くこの不審者を仕留めちゃおうってことよ!」
「うん! それは同感かな。早くやっつけちゃおうね!
 でも、精霊の力を使って、何をする気なんだろう……」
「僕は精霊のことは全然分からないけど、
 やっぱり普通の科学とか医学では考えられない奇跡を起こすんじゃないかな」
「でも、それならちゃんとしたことに使えば悪いことにはならないんじゃない?
 献血みたいにデュエル・エナジーを集めて、奇跡の治療!なんてできないかな?
 あたしはこれなら認められてもいい気がするんだけど……」
「うーん。それはいい発想かもしれない……。
 けど、明菜ちゃん。今の科学者は無理矢理取ろうとしてるから、やっぱダメだよ。
 被害者が出たり、変なことをする前に、やっぱりなんとかしなくちゃ!」
「……そっか。そうだよね。
 ひとまず理由を聞くにも、近づかなくちゃね!」

「そろそろ近づいてきたドン。
 けど、注意するザウルス!
 コブラ先生は元軍人だったドン。
 今でもどんな罠が残っているか分からないザウルス!」
「罠ってどんなのがあったの?」
 久白が目を輝かせながら、質問する。
 久白はこういう未知の探検には目がないようだ。
「一番酷かったのは、落とし穴と水攻めだドン。
 落ちてくる壁も危なかったザウルス」
「……なあ、それって危険すぎないか?
 もっと考えてから、突入した方が……」
 藤原は弱気になる。
「なーに、安心するドン! 今日は場所を確認するだけザウルス!
 ほら、見えてきたドン! あのでかい施設がそうだドン!」
 剣山の示す方向を見て、久白は驚きの声をあげる。
「おおー、すごく大きいよ! こんなのがあったんだ!」
「あれ? でも、変じゃない? 全然入り口がないんだけど……。
 こっち側は裏なのかな?」
 陽向居は駆け出して、施設に近づく。
「うん……。だから、今日は『場所を確認するだけ』しかできないザウルス……」
「つまり、入れない……のか?」
「そういうことザウルス。
 ここは中からしか開かないドン。
 確かあのあたりが開いたザウルスが……」
「え、どこどこ? この辺り?」
 陽向居が施設を手探りし始める。
 そのとき、

 ――陽向居の足元に穴が空いた。

「え? あ、あれ? きゃーーーー!!」
 陽向居はまっさかさまに落ちていく。

「明菜!?」
 急いで久白が駆け出す。
 そして、穴に辿り着こうとした瞬間、穴は閉じた。
「クッ!」
 久白は閉じた穴をたたく。
 草に覆われているのに、そこだけ鉄の音がした。
 間違いなくその先にいる。なのに、届かない。

「探しにいかなくちゃ!!」
 久白は大きな声で訴える。
「それはもっともだ。しかし、どうやって下に行けば……」
「また、明菜のたたいてた場所を探れば、きっと!」
「気持ちは分かるけど、翼は少し落ち着くドン。
 罠が作動したとなれば、監視されている可能性があるザウルス。
 気を抜いてれば、今度は自分の番だドン!」

「キーフェッフェッフェッフェ!
 我らが居城にうかつに近づくからこうなる!」
 突如、しわがれた甲高い声が響く。
「誰だ?」
 声を発した者の居所は分からない。
 藤原は警戒心をむき出しにして、周りを見渡す。
「ここじゃよ」
 その者が現れたのは、研究施設の上であった。
 例にもよって、白衣をまとった目がぎらぎらした老人であった。
「とりゃ!」
 かけ声を上げて、軽快に跳躍する。
 とてもその見かけからは想像できないバネである。
「そんな! あんな高さから飛ぶなんて、あり得ないドン!」
 そして、平然と着陸する。
 8メートル以上あろう高さから飛び降りても何ともない。
「こいつ! 明らかに普通じゃないよ!」

「前の奴らとは少し様子が違うようだな……」
「フェッフェッフェ。当たり前じゃな。
 あいつらと儂・チルヒルはちとランクが違うんじゃ。
 かぎまわっている奴らがいるから、駆けつけてみれば小僧ばかりではないか。
 だが、このことを探られては面倒じゃな。
 少し痛い目にあわせてやる必要がありそうじゃのう……」
 そう言って、ベルトを取り出す。
 硬質の白い帯、怪しく光る中心の青い球体。

「クソッ! 俺たちはこんな奴らに構ってる場合じゃないのに!!」
「僕が相手をするよ!」
 早乙女がディスクを構えて、前に進み出る。

「僕なら以前エナジーを吸われたことがあるから、
 今回がどのくらいのダメージか分かるし、受けても回復方法を知ってる。
 地理の分かる剣山先輩と早く明菜ちゃんを探して!」
「早乙女だけを残してはおけないな。僕も残ろう。
 久白! 剣山!  二人で早く探しに行くんだ。
 ひとまず施設を一回りして入れるところを探すんだ!」

「分かったドン! 翼、早く探しに行くザウルス!」
「うん! 早乙女先輩! 気をつけて!」
 久白と剣山は駆け出していく。

 藤原はデッキからオネストを引き抜き、語りかける。
「オネスト。 ちょっとあいつに羽根を放ってみてくれないか?」
(いいんですか!? マスター。)
「ああ。 ちょっとこいつからは妙な感じがする。試してみてくれ」
(分かりました。)
「ゆけ! オネスト! 『フェザー・ブラスト』!!」
 藤原はカードをかざして、オネストを実体化させる。
 そして、攻撃の指示をした。
(破ッ!!)
 両翼を羽ばたかせ、鋭い勢いで羽根を飛ばす。
 しかし、チルヒルにあたる瞬間に青い壁が生じて無効化される。
 チルヒルは藤原を見て、ニタリと嗤う。
「何だ? こいつ、人間じゃないのか!?」

 藤原にはかすかに精霊の波動が感じ取れる。
 目の前のチルヒルから精霊の波動が、なぜかわずかに伝わってきた。
 だから、オネストで攻撃をしかけてみた。
 結果はこの通り、あっけなく防がれた。
 とても人間のできる芸当ではない。
 しかし、だからといって精霊なのか?
 それも違うような気がするのだ。
 精霊に共通した、透き通るような突き抜けた意志の感覚。
 (藤原はこの感覚をいつもうまく言葉で表せない)
 それが伝わってこなかったのだ。
 もっと別の……、淀んだ……、純度の低められたようなものに感じた。
 人間でもなく精霊でもなく、何者なのだろう。
 少なくとも先ほどの跳躍から、常人ではないのは確かなのだが。

「フェッフェッフェッフェ……。
 儂は楽しくデュエルしに来ただけというのに。
 穏やかではないですねぇ……」
「え? え?  藤原先輩、今何をしたの?」
「いや、単なる確認だ。
 どうやらこいつらはデュエルで倒すしかなさそうだな」
「強引な手を使う割には、話が分かるではないか」
 そう言いながら、早乙女にベルトを投げつける。
 早乙女に触れると、まるで蛇のように腰に巻き付き、締め付ける。
「ううっ。やっぱりあのベルトから改良されてる……。
 だけど、僕は負けないんだから!
 早く決着させて、明菜ちゃんを助け出す!」

「 「 デ ュ エ ル ! ! 」 」


早乙女 VS チルヒル


「僕の先攻! ドロー!
 手札から魔法カードを発動! 《おろかな埋葬》!
 このカードで、デッキから《堕天使マリー》を墓地に置くよ!」

《おろかな埋葬》
通常魔法
自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。
その後デッキをシャッフルする。

《堕天使マリー》
効果モンスター 星5/闇属性/悪魔族/攻1700/守1200
このカードが墓地に存在する限り、
自分のスタンバイフェイズ毎に200ライフポイント回復する。

「さらに永続魔法を発動!《ライフストリーム・ファンタジー》!
 モンスターを伏せて、カードをセット!
 ターンを終了するよ!」

「フェッフェッフェッ……。
 まわりくどいライフ回復といい、ずいぶんと面倒そうなデッキじゃのう」
「何よ! 僕の【ミスティック・ファンタジー】デッキを馬鹿にしたな!
 僕のデッキは無限の可能性を秘めてるんだよ!」
「フェッフェ……、『無限』とはまた若い言葉よのぅ。
 無限の可能性があったとしても、その高みに至れねば意味があるまい。
 儂のように確実で早いデッキを見習ってみてはいかがかね?」
「ふん! 僕はそんなロマンのないデッキは嫌いかな!」
「生意気な小娘よのぅ……。すぐに黙らせてくれよう!
 手札よりフィールド魔法発動! 《伝説の都 アトランティス》!
 このフィールドでは、儂の水属性のモンスターは
 レベルが下がって身軽になるのじゃ!」

《伝説の都 アトランティス》
フィールド魔法
このカードのカード名は「海」として扱う。
手札とフィールド上の水属性モンスターはレベルが1つ少なくなる。
フィールド上の水属性モンスターは攻撃力と守備力が200ポイントアップする。

「レベルを下げるフィールド魔法!」
「フェッフェ! これで儂のしもべは縦横無尽に駆け回るぞ!
 レベル5のモンスターを生贄なしで召喚! 《ギガ・ガガギゴ》!!」

――グゴォアアァアアアアッ!

 機械により改造を施されたトカゲ戦士。
 デジタル音交じりの鳴き声を激しくあげる。
 その力の行き場を見失なかったかのように、甲高く。

《ギガ・ガガギゴ》
通常モンスター 星5/水属性/爬虫類族/攻2450/守1500
強大な悪に立ち向かうため、様々な肉体改造をほどこした結果
恐るべきパワーを手に入れたが、その代償として正義の心を失ってしまった。

《ギガ・ガガギゴ》 ATK2450→2650 (《伝説の都 アトランティス》の効果)

「攻撃力2650のモンスターが一気に!?」
「これが儂の愛しきモルモットちゃんじゃよ。
 ゆけぇ! そこのモンスターを踏みつぶせぇ!」

 機械により強化された豪腕を振りかざす。
 理性を失い、その者を動かすのは闘争本能のみ。
 いや、理性がないからこそ、闘争本能は純粋に研ぎ澄まされるのか。
 その拳はモンスターの中心を貫いた。

「けど、破壊されたモンスターは《ミスティック・エッグ》!
 この子は破壊されても、また再生するの!」
「ほほう。 やはり、まわりくどい。
 儂はこのままターンエンドじゃ」

「ターンエンドだね? このとき、卵の効果が発動する!
 デッキをめくって、最初に出たモンスターを召喚するよ!
 何が出るかは、お楽しみだよ!」

《ミスティック・エッグ》
効果モンスター 星1/光属性/天使族/攻0/守0
このカードを生贄に捧げることはできない。
このカードが戦闘によって破壊され、墓地に送られた場合、
バトルフェイズ終了時に、墓地に存在するこのカードを守備表示で特殊召喚する。
相手ターンのエンドフェイズ時に、このカードを墓地に送り、
「ミスティック・ベビー」と名のついたモンスターが出るまで自分のデッキをめくり、
そのモンスターを特殊召喚する。
他のめくったカードはデッキに戻してシャッフルする。

 早乙女がデッキをめくっている間、卵は色鮮やかに光る。
 そして、早乙女がカードを引き当てた瞬間、色が定まる。
 その色は赤! 烈火の如き戦士の紅蓮!
「僕が召喚するモンスターは、《ミスティック・ベビー・ナイト》!」
 紅い鎧を身にまとった小さな戦士が姿を現す。

《ミスティック・ベビー・ナイト》
効果モンスター 星4/炎属性/戦士族/攻1000/守1200
自分がライフポイントが回復する度に、
このカードにミスティックカウンターを1個乗せる(最大3個まで)。
このカードに乗っているミスティックカウンター1個につき、
このカードの攻撃力は600ポイントアップする。
ミスティックカウンターが3個乗っている状態のこのカードを生け贄に捧げる事で、
自分の手札・デッキから「ミスティック・ナイト」を1体特殊召喚する。

「ほほう……。 かわいいヒヨッコ戦士じゃのう。
 そんな奴に何ができるのかい?」
「何だってできるよ! それが無限の可能性なんだ!
 さらにリバースカードオープン! 《神の恵み》!
 僕のライフは毎ターン500ポイント回復するよ!」

《神の恵み》
永続罠
自分はカードをドローする度に500ポイントのライフポイントを回復する。

「儂はさらに《フィールドバリア》でアトランティスを守ろう。
 ターン終了じゃよ」

《フィールドバリア》
永続魔法
フィールド魔法カードを破壊する事はできない。
また、フィールド魔法カードを発動する事はできない。
「フィールドバリア」は、自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

「僕のターンだよ! このデッキの本当の力はここからだよ!
 僕は《堕天使マリー》と200ポイントを、
 《神の恵み》で500ポイントを回復するよ!」

《堕天使マリー》&《神の恵み》
早乙女のLP:4000→4700

「この回復で、僕のミスティック・モンスターはパワーアップ!
 ベビー・ナイトにミスティックカウンターが2つ乗るよ!
 さらに《ライフストリーム・ファンタジー》にもカウンターを乗せるよ!」

《ライフストリーム・ファンタジー》
永続魔法
自分がライフポイントが回復する度に、
このカードにミスティックカウンターを1個乗せる(最大5個まで)。
このカードのミスティックカウンターを
他の「ミスティックカウンターを乗せる事ができるカード」に移す事ができる。
ミスティックカウンターが5個乗っている状態のこのカードを墓地に送ることで、
自分は4000ライフポイント回復する。
「ライフストリーム・ファンタジー」は、
自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

(……これが早乙女の【ミスティック・ファンタジー】デッキ。
 僕も早乙女も【ライフ回復】をデッキの重要なギミックとして用いる。
 しかし、僕が回復量を重視するのに対して、早乙女が重視するのは回復回数。
 継続的に回復できるカードが揃えば、あのデッキは高速回転する。
 一見、早乙女が押されているようにも見えるが、
 これだけ場が整っていれば、いくらでも展開できる!)

「そして、ライフストリームからベビー・ナイトにカウンターを1個移すよ!
 これでベビー・ナイトにカウンターが3つ乗ったよ!
 溢れる力で、ベビーは成長する! 《ミスティック・ナイト》に進化!」
 燃え上がる炎と共に、ベビー・ナイトは逞しい戦士へと成長した。

《ミスティック・ナイト》
効果モンスター 星8/炎属性/戦士族/攻2800/守2500
このカードは、「ミスティック・ベビー・ナイト」または
「ミスティック・レボリューション」の効果でのみ特殊召喚できる。
自分がライフポイントが回復する度に、
このカードにミスティックカウンターを1個乗せる。
このカードに乗っているミスティックカウンターを3個取り除くことで、
???

「攻撃力2800じゃと!?
 なんでこんなに意外と高いんじゃ?」
「意外ってのは失礼だよ! かわいくても、強いんだから!
 攻撃! 『ミスティック・スラッシュ』!!」
 赤い光を散りばめながら、相手を斬りつける!
 トカゲの機械戦士は体をまっぷたつにされ、消滅した!

「すまないな……、早乙女。確かに僕も意外と高いと最初は思った」
 藤原は小声で謝罪する。

チルヒルのLP:4000→3850

「カードを1枚セットして、ターンを終了するよ」

「儂のターン! うぅむ、まずは《凡骨の意地》を発動じゃ。
 さらにカードを1枚伏せてターンエンドじゃ……」

《凡骨の意地》
永続魔法
ドローフェイズにドローしたカードが通常モンスターだった場合、
そのカードを相手に見せる事で、自分はカードをもう1枚ドローする事ができる。

「僕のターン! また回復して、カウンターを乗せるよ!」

《堕天使マリー》&《神の恵み》
早乙女のLP:4700→5400

早乙女
LP5400 ☆=ミスティックカウンター
モンスターゾーン《ミスティック・ナイト》ATK2800、☆×2
魔法・罠ゾーン
《神の恵み》、《ライフストリーム・ファンタジー》☆×3、伏せカード×1
手札
3枚
墓地
《堕天使マリー》が存在、毎自分スタンバイフェイズにLP200回復
チルヒル
LP3850
フィールド魔法
《伝説の都 アトランティス》
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
《フィールドバリア》、《凡骨の意地》、伏せカード×1
手札
2枚

(確かに伏せカードは怪しいけど、苦し紛れに伏せたように見える……。
 恐らくはハッタリ。ここは攻めてみたほうが良さそうだね……)
「何もしてこないのならこっちから! いっけー、僕のナイト様!!」
「フェッフェ、何も対策がないとでも思ったかい?
 リバース罠オープンじゃ! 《ガード・ブロック》!!
 儂までダメージは届かんぞい! さらに1枚ドローじゃ!」
「しまった! しのがれた!」

《ガード・ブロック》
通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「なら、ライフストリームからカウンターをナイトに移して、効果を発動!
 《凡骨の意地》も放っておけないけど、今はフィールド魔法の破壊を目指すよ!
 《フィールドバリア》を破壊! 『インフィニティ・フレイム』!!」
 剣を円上に描き、炎の輪を描く。
 それを海の都市に向かって放つ。
 都を守る防壁を蒸発させた!
「へへっ。僕のナイトの効果は万能破壊! 次こそ攻撃を通すよ!
 ターンを終了するよ!」

《ミスティック・ナイト》
効果モンスター 星8/炎属性/戦士族/攻2800/守2500
このカードは、「ミスティック・ベビー・ナイト」または
「ミスティック・レボリューション」の効果でのみ特殊召喚できる。
自分のライフポイントが回復する度に、
このカードにミスティックカウンターを1個乗せる。
このカードに乗っているミスティックカウンターを3個取り除くことで、
フィールド上のカード1枚を破壊する。

「儂のターン、ドロー!! ふむ、引いたカードは《ガガギゴ》じゃ。
 《凡骨の意地》でさらにドローするぞい。
 おおう! 今度は《ゴギガ・ガガギゴ》じゃ。再びドロー!
 おや、2連鎖どまりか。
 ふふふ、儂のデッキはいつでも一発逆転の可能性があるぞい。
 手札より、魔法を発動! 《スネーク・レイン》じゃ!
 このカードで、手札から《ゴギガ・ガガギゴ》を捨てて、
 《ゴギガ・ガガギゴ》を2体、《ギゴバイト》を2体墓地に送る」

《スネーク・レイン》
魔法
手札を1枚捨てる。
自分のデッキから爬虫類族モンスター4体を選択し墓地に送る。

《ギゴバイト》
通常モンスター
星1/水属性/爬虫類族/攻 350/守 300
今はまだおだやかな心を持っているが、邪悪な心に染まる運命を背負っている…。

「墓地に大量のモンスターを送った? 何を狙ってるの?」
「フェーフェフェフェッ!! 儂らがただ墓地に送るだけのわけはあるまい!
 廃棄品にさえ儂らは眠る間も与えんわ!
 《継承の印》を発動!! 儂は《ゴギガ・ガガギゴ》を復活させる!」
「そうか! そのために《ゴギガ・ガガギゴ》を3体墓地にッ!」

――グォアアアアアアアッアアアアーーーーー!!!

 耳をつんざかんばかりの轟音。
 咆吼は悲鳴にも似ていて、慟哭にも聞こえる。

《継承の印》
装備魔法
自分の墓地に同名モンスターカードが3枚存在する時に発動する事ができる。
そのモンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

《ゴギガ・ガガギゴ》
通常モンスター
星8/水属性/爬虫類族/攻2950/守2800
既に精神は崩壊し、肉体は更なるパワーを求めて暴走する。
その姿にかつての面影はない…。

《ゴギガ・ガガギゴ》 ATK2950→3150 (《伝説の都 アトランティス》の効果)

「そんな! いきなり攻撃力3150のモンスター!!」
 (次のターンでアトランティスを破壊できると思って、バリアを破壊したのに!)
「攻撃力2800を打ち破るモンスターを一瞬で召喚した!?
 やはり、今までの奴らとは格も戦術が違う!」

「さらに《ガガギゴ》も召喚しておくぞい。
 暴走じゃ! 破壊の限りを尽くすのじゃ!!
 そこの憎きナイトに攻撃じゃ!」
 機械の蒸気があちこちから噴出し、体は既に赤く染まっている。
 明らかな強制過負荷(オーバーロード)。
 超迫力のスピードで腕をたたきつける。
 膨張し肥大した筋肉が張り裂ける。
 しかし、力の亡者はそれを感じる神経すら失っている。
 攻撃を防ごうとしたナイトの剣ごと、粉砕される。

「僕のナイト様!」
「フェーーフェッフェッフェ!!
 我らが科学に勝るものなど存在しない!
 さらに《ガガギゴ》でダイレクト・アタック!」
「ううっ」

早乙女のLP:5400→5050→3000

「では、カードを1枚伏せて、ターンを終了しよう」

「僕のターン、ドロー!」

《堕天使マリー》&《神の恵み》
早乙女のLP:3000→3700

 早乙女は引いたカードを見て、微笑む。
「よし、僕のモンスターだって負けないよ!
 《ミスティック・ベビー・ドラゴン》を召喚する!!」

 ――クワァーッ!
 かわいらしくやんちゃな鳴き声をあげて、小さな炎を吹く。

《ミスティック・ベビー・ドラゴン》
効果モンスター 星4/風属性/ドラゴン族/攻1200/守700
自分のライフポイントが回復する度に、
このカードにミスティックカウンターを1個乗せる(最大3個まで)。
このカードに乗っているミスティックカウンター1個につき、
このカードの攻撃力は800ポイントアップする。
ミスティックカウンターが3個乗っている状態のこのカードを生け贄に捧げる事で、
自分の手札・デッキから「ミスティック・ドラゴン」を1体特殊召喚する。

「フェッフェッフェ! またかわいらしいのが出てきたのぅ。
 なんじゃ? そいつも進化するのかい?」
「うう……、パターン読まれてる。
 まぁ、その通りなんだけど。
 でも、ちょっと違う方法を使うよ!
 魔法カード《ミスティック・レボリューション》を発動!
 一気に《ミスティック・ドラゴン》に進化させる!」

 進化の光を受けて、小さなドラゴンはたちまちに大きく成長する。

《ミスティック・レボリューション》
通常魔法
自分フィールド上の「ミスティック・ベビー」
という名のついたモンスター1体を墓地に送り、発動する。
そのカードに記されているモンスターを、
手札またはデッキから特殊召喚する。

《ミスティック・ドラゴン》
効果モンスター 星8/風属性/ドラゴン族/攻3600/守2100
このカードは、「ミスティック・ベビー・ドラゴン」または
「ミスティック・レボリューション」の効果でのみ特殊召喚できる。
自分のライフポイントが回復する度に、
このカードにミスティックカウンターを1個乗せる。
このカードに乗っているミスティックカウンターを1個取り除くことで、
このカードの攻撃力はターン終了時まで400ポイントアップする。

「そうだ! このカードの攻撃力ならば、あのモンスターも倒せる!」
「おやおや、またまた規格外の攻撃力じゃのう」
「《ミスティック・ドラゴン》の能力は、無限の攻撃力!
 今回はライフストリームからカウンターをひとつだけ移して消費!
 攻撃力を上げるよ!!」

《ミスティック・ドラゴン》 ATK3600→4000 (自らの効果 ☆×1消費)

「そして、《ゴギガ・ガガギゴ》に攻撃!
 ミスティック・ブレス!!」

大きな炎の息を吐き、相手を包み込む。

チルヒルのLP:3850→3000

「よし! これで盛り返したね! カードを伏せて、ターンエンド!」
(しかし、これだけの攻撃力のモンスターに押されたのにまるで動じない。
 まさかまだ何か策を秘めているというのかッ!?)

「ほほう。これは次のターンでなんとかせねばならんのう。
 儂のターンじゃ、ドロー!
 おや、また《ガガギゴ》じゃ。
 もう一度ドロー! おおう、これはこれは……。
 《貪欲な壺》を使うぞい。モンスター5体を戻して、2枚ドローじゃ。
 おや、これまたついておる。さらに強欲な壺で2枚ドローじゃ!」

《貪欲な壺》
通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

《強欲な壺》
通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「そんな……! 一気に5枚まで手札増強……ッ!」
「いや、この状況がそう簡単にくつがえるはずは……」

早乙女
LP3700 ☆=ミスティックカウンター
モンスターゾーン《ミスティック・ドラゴン》ATK3600、☆×0
魔法・罠ゾーン
《神の恵み》、《ライフストリーム・ファンタジー》☆×3、伏せカード×2
手札
3枚
墓地
《堕天使マリー》が存在、毎自分スタンバイフェイズにLP200回復
チルヒル
LP3000
フィールド魔法
《伝説の都 アトランティス》
モンスターゾーン《ガガギゴ》ATK1850→2050
魔法・罠ゾーン
《凡骨の意地》、伏せカード×1
手札
5枚

 ドローして揃ったカードに目をやり、チルヒルはほくそ笑む。
「儂らはな、汲み尽くすのじゃ。
 どんなものも搾り尽くし、儂らの糧にしてやろう。
 あらゆるものを奪い、我らの願望の生贄とする。
 例え、どんな禁忌を押し通してでもな。
 まだ研究成果も材料も足りないが、技術だけは揃っておる。
 その過程を邪魔されては、困るというものよ」

「そんなことさせない!
 何も奪わせなんてしないんだから。
 その研究施設の壁もぶち破って、阻止するんだからね」

「フェッフェ、意気込むだけなら誰でもできる。
 だが、儂らの鉄の要塞は破れるはずもないぞい。
 それ以前にお主は儂には勝てない。
 なぜなら、儂らは『非情』じゃからじゃ。
 力を得るためなら、どんな犠牲もためらわんぞ。
 今からその力を見せてやろうではないか!」

 老人は勢い良く右手を振りかざし、カードを示す!
「リバースカードオープン! 《エンジェル・リフト》!
 このカードでモンスターを復活させるぞい!
 呼ぶのは《ギゴバイト》じゃ!
 さらにこの瞬間、《地獄の暴走召喚》を発動!
 3体のギコバイトを場に並べるぞい」

《エンジェル・リフト》
永続罠
自分の墓地に存在するレベル2以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上から離れた時このカードを破壊する。

《地獄の暴走召喚》
速攻魔法
相手フィールド上に表側表示モンスターが存在し、自分フィールド上に
攻撃力1500以下のモンスター1体の特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。
その特殊召喚したモンスターと同名カードを自分の手札・デッキ・墓地から
全て攻撃表示で特殊召喚する。
相手は相手フィールド上のモンスター1体を選択し、そのモンスターと
同名カードを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。

「うう……、僕のデッキに《ミスティック・ドラゴン》は1枚だけ……。
 《地獄の暴走召喚》の効果は使えない」
「このターン。儂はまだ通常召喚をしていない。
 《ガガギゴ》を手札より召喚しよう」

「これで場に5体の通常モンスターが揃った!?
 何をする気なの?」

「教えてやろう。これが奪い尽くした故の力じゃ。
 魔法カード《魂喰らいの魔刀》を発動!
 装備させるのはガガギゴじゃ。
 アトランティスの効果でレベルは下がっておる。
 まだレベル3の成長途上と扱えるのじゃ。
 そして、魔刀の吸収効果じゃ!
 4体の通常モンスターの生気を吸い尽くす!!」

《魂喰らいの魔刀》
装備魔法
自分のフィールド上に存在するレベル3以下の通常モンスターに装備する事ができる。
このカード発動時、装備モンスター以外の
自分のフィールド上に存在する通常モンスター(トークンを除く)を全て生け贄に捧げる。
生け贄に捧げた通常モンスター1体につき、
装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。

 ガガギゴは魔刀を手にする。
 目指していた力。守るための力。
 自分を守るために身をかけてくれた憧れの戦士。
 その戦士の祈願を受け継ぐべく、ガガギゴは力を求めた。
 弱きを助け、暴力と略奪をくじくために。
 ――しかし、その力は手に負えるものではなく――
 魔刀から膨大な力が流れ込む。
 周りの者たちが倒れてゆく、朽ちてゆく。
 それを解する余裕もなく、悪意に染まった力が溢れてくる。
 瑞々しく健康的に照り輝く若者の緑の肌。
 それが黒く染まり、邪心の斑点に覆われてゆく。
 剣と右手は一体化し、自らと力の区別がつかなくなる。
 もう力を振るえる喜びしか彼の者には残らない

《ガガギゴ》 ATK1850→2050→6050 (アトランティス&魂喰らいの魔刀)

「攻撃力6050だと!?」
(まずい! 早乙女のモンスターでこの攻撃力に対抗できるのはドラゴンのみ!
 この攻撃が通れば、早乙女は!!)
 藤原の危惧にもかかわらず、早乙女が感じていたのは違うことだった。

 次々と使い捨てのように召喚されるモンスター達。
 モルモット呼ばわりされ、ただの戦闘機械としてしか見られない。
 そして、今目の当たりにしたのは魂を吸い取られる小さな《ギゴバイト》達の姿。
 その姿を……、早乙女は許せなかった。
「なんて乱暴な力……。どうして自分のモンスターをそんな風に……」
「フェフェフェ!! 力さえ得られれば、儂らはそれでいいのじゃよ!
 さらに手札を1枚捨て、《閃光の双剣−トライス》を装備!
 二度の攻撃が可能になる!」

《閃光の双剣−トライス》
装備魔法
手札のカード1枚を墓地に送って装備する。
装備モンスターの攻撃力は500ポイントダウンする。
装備モンスターはバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

「攻撃力5000オーバーで2回攻撃! 対抗しなければやられてしまう!」
「ゆけっ、ガガギゴ! そのドラゴンをなぎはらえッ!」

《ガガギゴ》 ATK6050→5550 (2回攻撃可能)

 目にもとまらぬ速さで黒い影が襲いかかる。
 ドラゴンはまっぷたつに切断される。
「きゃああああああ」

早乙女のLP:3700→1750(5550−3600=1950)

「さて、次はダイレクトアタックじゃ!」
「――そうは……、させないよ!!
 リバースカードオープン! 《ダメージ・コンデンサー》!」

《ダメージ・コンデンサー》
通常罠
自分が戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てて発動する事ができる。
その時に受けたダメージの数値以下の攻撃力を持つモンスター1体を
デッキから攻撃表示で特殊召喚する。

「フェッフェ、この攻撃力の前ではどんなモンスターも無力じゃな」
「そうかもしれない。だけど、僕は信じてる!
 手札を1枚捨てて……、来て! 《恋する乙女》!!」
 黄色のドレスをまとった可憐な乙女が場に現れる。

《恋する乙女》
通常罠
効果モンスター 星2/光属性/魔法使い族/攻400/守300
このカードはフィールド上に表側攻撃表示で存在する限り戦闘によっては破壊されない。
このカードを攻撃したモンスターに乙女カウンターを1個乗せる。

「小娘に何ができる!
 とどめじゃ! ガガギゴの攻撃を続行するぞい!!」
 容赦なく、少女を斬りつける。

「ううっ!! だけど、僕は負けない!
 リバース罠オープン! 《体力増強剤スーパーZ》!!
 僕のライフを4000ポイント回復させるよ!!」
「ほほぅ。なんともしぶといではないか」

《体力増強剤スーパーZ》
通常罠
このターンのダメージステップ時に相手から
2000ポイント以上の戦闘ダメージを受ける場合、
その戦闘ダメージがライフポイントから引かれる前に、
一度だけ4000ライフポイント回復する。

早乙女のLP: 1750→5750→600(5550-400=5150)

「そして、乙女は決して屈しない!
 乙女は攻撃表示のときには戦闘では破壊されない。
 そして、乙女カウンターをガガギゴにひとつ乗せるよッ!」
 黒く染まったガガギゴにわずかな戸惑いが生まれる。
 忘れかけていた何かが、胸を刺す。

「そんなことをして、どうするというのじゃ!
 儂はこのままターンエンドじゃ」

早乙女
LP600 ☆=ミスティックカウンター
モンスターゾーン《恋する乙女》ATK400
魔法・罠ゾーン
《神の恵み》、《ライフストリーム・ファンタジー》☆×3
手札
0枚
墓地
《堕天使マリー》が存在、毎自分スタンバイフェイズにLP200回復
チルヒル
LP3000
フィールド魔法
《伝説の都 アトランティス》
モンスターゾーン《ガガギゴ》ATK1850→5550・装備トライス&魔刀
魔法・罠ゾーン
《凡骨の意地》
手札
0枚

「お互いに手札はゼロ……。
 しかし、どうやってあの攻撃力を超えるんだ?」

「さっきから怖がってばかりだね、藤原先輩。
 大丈夫だよ、あの攻撃力を超える必要はないんだから。
 それに僕は攻撃力を超える力があるってことを信じてる!」

 早乙女の力強い言葉。
 その言葉から、藤原は早乙女の狙うカードを思い出す。
 それは、相手を射止めるカードだ。
「そうだったな。幻想(ファンタジー)で飾っても、早乙女のデッキの核はそこか……」
「そういうこと!  そして、きっとデッキは僕の怒りの想いに答えてくれる!」

 瞳を閉じて、未来を自らの手に託す。
「僕のターン! ドロー!!」
 早乙女は引いたカードを手にして、目を開く。
 そして、相手に指し示すように裏返して掲げた。
「キューピッド? 何ともメルヘンなカードじゃのぅ」
「これが想いを伝えるキーカード!!
 場の《ライフストリーム・ファンタジー》を墓地に送る!
 僕のライフポイントを4000回復させる!」
「やはりそのカードを引いたか!
 早乙女の【ライフ回復】はミスティック・モンスターのためだけじゃない。
 もう一つの狙いは、《恋する乙女》のライフコストの補充!」

早乙女のLP: 600→1300→5300(マリー&神の恵み&ライフストリーム)

「そして、《キューピッド・キス》を《恋する乙女》に装備!
 バトルよ!」

「何? 自ら向かってくるというのか?」
「そうだよ。恋には積極的なアプローチが必要なんだから!
 受け止めて! 一途な想い!!」
 傷ついた乙女は、ガガギゴのもとに再び向かっていく。
 再び斬りつけられる。
 しかし、その瞳はまっすぐにガガギゴをとらえていた。

「自らダメージをくらってどうするつもりじゃあ!!」

早乙女のLP: 5300→150(5550-400=5150)

「――ようやく、想いは届いたかな?
 恋の強さはね、力の差の壁なんてものともしないんだよ!!!」

 ガガギゴの瞳から涙が流れ落ちる。
 今だけは温かな気持ちでいられる。
 目の前の倒れている少女が身を賭してくれたから。
 自分はこんな弱い人を助けたかったのだ。
 ――ありがとう、少女よ。
 ようやく思い出した使命。守るもの。
 たとえ過ちに染まった力でも、この恩に報いられるなら。
 喜んで、主に刃を向けようではないか!

《キューピッド・キス》
装備魔法
乙女カウンターが乗っているモンスターを装備モンスターが攻撃し、
装備モンスターのコントローラーが戦闘ダメージを受けた場合、
ダメージステップ終了時に戦闘ダメージを与えたモンスターのコントロールを得る。

「なぜじゃ! なぜ、ガガギゴは儂に魔刀を向けるッ!!?」
「《キューピッド・キス》の効果! ……なーんて説明してもいいんだけど、
 恋を理屈で説明しちゃうなんて無粋だよね。
 気持ちを踏みにじった痛み! 味わってもらうんだから!!
 ガガギゴさん! やっちゃえ!!」

 魔の力を自らの強さに変えて、チルヒルを一閃する。

チルヒルのLP: 3000→0


「うぬぅ!! まさか儂のモルモットが手駒にとられるとはな……。
 フェッフェッフェッ……。
 こんな強いやつがおるとは……。
 儂が収集に乗り出そうと考えていたが、甘かったようじゃ。
 まぁ、儂が挑んだ分の成果はあったかのぅ。
 今回は引き上げじゃ。ベルトよ、おいで」

 そう呼びかけると、ベルトは蛇のように地を這い、チルヒルの手に収まる。

「ま、待って! まだ聞かないといけないことが!!」
「それは聞けぬ頼みじゃな」
 そう言って、ポケットから発信器を取り出す。
 その中央の赤いボタンを押すと、地面に穴が開いた。
 チルヒルはそこに跳躍して、逃げ去っていた。

「クッ。もう穴が閉まったか!!
 上から下まで逃げ足が速いのは同じか!
 早乙女! ケガとか体調不良はないか?」

「うん、僕は大丈夫。
 激しいデュエルだったから、少し疲れたけどね。
 でも、エナジーを吸収された感じはないよ。
 あの装置はこっちが勝てば作動しないみたい」

「そうか! なら、あいつらをデュエルで撃退していけば……」

「うん、諦めてくれるかもしれない。
 こんな強いデュエリストもいるから、
 そう簡単にはいかないかもしれないけど……。
 でも、問題は……」

 早乙女は眼前にそびえる鉄の施設を見て、ため息をつく。
「こちらからは仕掛けられないことかな。
 結局、証拠を持ち帰ることもできそうにないし……。
 なんとかしてあそこに潜入する方法を見つけないと」

「しかし、不用意に近づけば陽向居のように……」
「そうだよ! 引き返す前に早く探さなくちゃね!
 剣山先輩たちはどこまで行ったかな?」


「おおーい! 明菜ちゃんは見つかったザウルス!!」
「えっ! 本当に!」
「落ちたのは単なる穴だったんだって。
 だから、抜け道をたどって出れたみたい!」
 久白がはしゃいで、陽向居の背中をたたく。
「う、うん。 鉄のフタが閉まったからびっくりしたけど、ただの空洞だったよ!
 あたしはこの通り、大丈夫だから!」
 両手を振って、自分は元気なことをアピールする陽向居。

「良かったー。本当に、本当に大丈夫?
 変な笑い声の科学者がウヨウヨいるから心配だったんだよ!」
「うん。本当に何もなかったから!
 また変なことに巻き込まれる前に、ひとまず引き返そう!」

「そうだな。ひとまず潜入する方法を考える必要がある。
 帰って作戦を練り直そう」
「あーあ、もう台無しだよぅ。
 証拠がないから、先生も動いてくれないだろうし。
 どうしようかなぁ……」


 5人は帰途についた。
 危機は確かに息づいている。
 しかし、何も手出しをすることができない。
 無力に、日常へ帰って行く。


「明菜」
 慣れた幼馴染みの声が響く。
「どうしたの、翼?」
 久白の澄んだ瞳が、陽向居を映す。

「本当に何もなかった?」
 確かめるように、照らす。

「大丈夫だよ! あたしはここにいるんだし、何を心配してるの?」
 誤魔化すように、ひかる。

「そっか、そうだよな。気のせいか……」
「何か、変なことを感じたの?」
「明菜が、遠くを見ているような気がしたんだ」
「――」

 陽向居は、
 唾を、
 飲み込む、
 押し込める。

「それは、気のせいだよ。
 ちょっといろいろあったから、疲れただけ。
 疲れたら、近くに焦点が定まらないよね。
 それだけだよ」





第7話 究極チャレンジ!? 《究極完全態・グレート・モス》を召喚せよ!-前編-



 オシリス・レッド寮。食堂に4人は集まっていた。
 4人が考え込んでいるのは、先の怪しい科学者への対策である。

 藤原は眉間にしわを寄せ手を当てて、考え込んでいる。
 早乙女は手をだらりと伸ばして、机に身を投げ出している。
 久白は腕を組んで、落ち着き無く足を動かしながら、案をめぐらしている。
 陽向居は眠そうだが、周りに合わせて考える振りをしている。

 藤原が重たく口を開く。
「手詰まりだな……」

 早乙女が気の抜けた声で同意を返す。
「クロノス先生も協力してくれる気はないみたい。他の先生も一緒。
 結局、まだ証拠がないから、噂レベルなんだよね。
 新任の斗賀野先生も取り合ってくれないし……。
 というか、あの先生は授業前後の時間しかつかまらないんだけど。
 いつもどこで何をしてるんだろう……。」

 久白が気だるそうに報告する。
「俺の方は生徒の方を当たってみたけど、成果は怪しいかなぁ。
 結局、黒永くんの言うとおりなんだよね……」

『話は分かった。まずい事態なのも分かった
 だけどなぁ、俺に相談してどうするんだ?
 確かに俺にできることはするし、変質者に遭ったらとっちめる。
 でも、それしかできないだろう?
 俺ができるときに、できることを、できるだけやるだけだ。
 何も特別なことができるわけじゃない。
 状況は変わらないぞ。
 もし、状況を押し進めたいのなら、
 スパイ能力のある友達とか、軍隊経験のある輩でも呼んだらどうだ?』

「そんな知り合い、いるわけないじゃん……」
 藤原も同意する。
「ため息が出るくらいに正論だな。
 つまり、今はどうしようもないというわけだ……」

 周りに重くにぶい空気が漂う。突破口は開けない。
 それを打ち破るかのように、久白は大きな声を出した。


「でもさ! 今できるだけのことはしようよ!
 俺、こんなの持ってきたんだ!」
 そう言って、久白が持ってきたのは、『チャレンジデュエル・リスト』であった。
「あたし見たことない……。 そんなのどこから持ってきたの?」
「購買から持ってきたんだよ! 面白いから見てみてよ!」
「僕も知らないな。 なになに? 新しいキャンペーン?」
「うん! ある条件とか課題をデュエルで満たせば、ポイントがもらえるみたい!」
「なるほどな……。来たるべき戦いに備えて、戦力を整えるというわけか」

 アカデミアの購買は、ポイント制である。
 これでパックも日用品も購入できる。
 ポイントの入手方法は主に3つある。
 定期的に繰り入れられるのを待つこと(ランク・成績ごとに支給ポイントは異なる)。
 お金でポイントを買うこと。
 特別なテストや大会などで、ボーナスポイントをもらうこと。
 チャレンジデュエルはその3番目に当たる、ボーナスポイントの獲得方法である。
 特定の条件を満たしたデッキで勝利する。
 (種族限定、魔法・罠禁止などなど……)
 または、特定の課題をデュエルで満たして勝利する。
 (あるモンスターの召喚、超攻撃力の達成などなど……)
 これで認められた功績に応じて、ポイントがもらえることになる。

「今回挑戦しようと思ってるのは、これなんだけど……」
 そう言って、久白が指さした先を見て、3人は目を丸くした。

『《究極完全態・グレート・モス》の召喚  対戦相手:サイバー流デッキ』

「これ最高難易度って書かれてるんだけど……」
「いきなり最高難易度とは、さすが大胆だな」
「いいじゃん! あたしこういうの好き!
 条件はどんな感じなの?」
「普通のデュエルと同じかな。
 使用するカードは自分たちで準備しなきゃダメみたい」
「でも、虫のカードとか誰か持ってる?」
 陽向居がそう話しかけると、早乙女と藤原はそろって嫌そうな顔をする。
「僕、虫とかそういうのはあんまり……」
「僕もそういう美しくないものは……」
「あ、大丈夫だよ! 最低限必要なのは、最近俺が買ったパックでほとんど揃ってたよ。
 《プチモス》と《進化の繭》と完全態は、俺が持ってる」
「そうか。じゃあ、やることを確認してみるか……」

「まず、揃えなきゃいけないのは3つかな。
 《プチモス》と《進化の繭》は攻撃力が低いから、手札に加えやすいけど、
 完全態はちょっと難しいかな……」
「それから、相手の攻撃を6ターンしのぐのか。
 かなり長いな……」
「翼のいつも使っているカードは一時しのぎが多いから、防ぎにくいよね。
 《イタクァの暴風》とか《守護の烈風》じゃ難しいかな」
「僕は《平和の使者》とかの永続魔法・罠を持ってるよ。
 それで戦闘はなんとかなるかな……」
「それ以外の破壊手段の回避は、あたしのカウンター罠でどう?
 あまり入れると、デッキがまわらなくなるけど、いくつかは必要じゃないかな?」
「うん。僕なら少し古めのカードなら、かなりの数は持っている。
 寄せ集めれば、なんとか揃いそうだな」

「あとは相手への対策か……。
 サイバー流ってのは、かなり有名だと思うがみんな分かるか?」
「俺も知ってるよ! プロリーグのヘルカイザーのデッキだよね!」
「あたしも翼と見てたよ! 《サイバー・ドラゴン》格好良かった!」
「亮様かぁ……。僕ももちろん知ってるよ」
「やっぱり有名なんだな、丸藤は。
 丸藤は僕がいない間にプロになったんだ。
 だから、プロになってからの丸藤のデュエルを知らなくてな。
 ちょうどDVDを借してもらっていたんだ。
 まだ見ていないんだが、一緒に見ないか?」
 そう言って、藤原はひとつのディスクを差し出した。

『ヘルカイザー亮のすべて -The Best of Hell Kaiser Ryo-
 〜繰り広げられる阿鼻叫喚地獄! 聞かせてやろう、断末魔!!〜』

 早乙女はそのパッケージを見て、呆れる。
「恐ろしい宣伝文句と黒ばかりのパッケージだね」
「間違いなく丸藤は広告・宣伝に関わってないだろうから、
 プロデューサーのセンスなんだろうが、すごいなこれは……」
「早く見ようよ!」
「そうだな、早く見て返さないといけないしな。
 これを貸してくれたのは、柚原っていう女子なんだが、誰か知ってるか?
 少し変わった子だったな。すぐに貸してくれたんだが、僕の顔を見て、
 『3人が揃っていた黄金期なら輝いてたのに……。どの組み合わせも最高!
  一見クールそうでいて寂しがり、というのは絶対ウケると思うんですよ!
  単体での活躍の道はどうすればいいんですかねぇ……』
 とか言ってたんだが、何のことかさっぱりだったな」
「えっ、柚原さん?」
 早乙女が嫌そうな顔をする。
「知り合いなのか? 男子は簡単に女子寮に入れないから、返すのを頼んでもいいかな?」
「う、うん。いいよ。とにかく見てみよっか」
 4人は個室にテレビがある藤原の部屋に移動した。

「お勧めのシーンもメモしてくれてな。そこから見てみようか」
 DVDを早送りして、まずは飛ばし飛ばし見ることにした。


ヘルカイザー亮
LP1000
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
5枚
ドクター・コレクター
LP10000
モンスターゾーン《マジシャンズ・ヴァルキリア》×3、
《白魔導士ピケル》、《黒魔導師クラン》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
0枚
墓地
《マジックブラスト》が存在、ドローする代わりに手札に加えられる

「私の場には、《マジシャンズ・ヴァルキリア》が3体!
 そして、ピケルもクランもいる!
 私のライフは1万! 君のライフはたったの1000! 10倍差!
 墓地の《マジックブラスト》を回収して、次のターンで終わりのようだな!!」
 ドクター・コレクターの場には5体の女性魔法使いモンスターが揃っている。
 3体の《マジシャンズ・ヴァルキリア》が厚い魔力の障壁を形成している。 

《マジシャンズ・ヴァルキリア》
効果モンスター 星4/光属性/魔法使い族/攻1600/守1800
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、
相手は他の表側表示の魔法使い族モンスターを攻撃対象に選択できない。
※2体以上場に存在するとき、互いに魔法使い族への攻撃を防ぐ効果を発揮する。
 つまり、このとき《マジシャンズ・ヴァルキリア》を含む
 場の全ての魔法使い族に攻撃できなくなる。

《白魔導士ピケル》
効果モンスター 星2/光属性/魔法使い族/攻1200/守 0
自分のスタンバイフェイズ時、自分のフィールド上に存在する
モンスターの数×400ライフポイント回復する。

《黒魔導師クラン》
効果モンスター 星2/闇属性/魔法使い族/攻1200/守 0
自分のスタンバイフェイズ時、相手フィールド上に存在する
モンスターの数×300ポイントダメージを相手ライフに与える。

《マジックブラスト》
通常魔法
自分フィールド上に魔法使い族モンスターが存在する時に発動する事ができる。
自分フィールド上の魔法使い族モンスター×200ポイントダメージを相手ライフに与える。
このカードが墓地に存在する場合、自分のドローフェイズに
通常のドローを行う代わりに、このカードを手札に加える事ができる。

「フフフフハハハッ!!」
 しかし、ヘルカイザーは動じない。
 むしろ、悦んでいるかのように見える。

「何がおかしい!?」

「それだけの差でお前は万全だと思っているのか?
 勝負とは最後までのギリギリのせめぎ合いを楽しむものだ!
 勝つ前に満足した時点で、お前は甘いィッ!!
 俺のターン! ククク、この状況を覆して、お前を這いつくばらせてやる!
 融合魔法発動! 《パワー・ボンド》!
 手札の3枚の《サイバー・ドラゴン》を融合する。
 出でよ! 《サイバー・エンド・ドラゴン》!!
 《パワー・ボンド》の効果により、その攻撃力は8000!
 さらに《リミッター解除》を発動! 攻撃力はさらに倍となるゥッ!!」

《パワー・ボンド》
通常魔法
手札またはフィールド上から、
融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、
機械族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードによって特殊召喚したモンスターは、
元々の攻撃力分だけ攻撃力がアップする。
発動ターンのエンドフェイズ時、このカードを発動したプレイヤーは
特殊召喚したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

《サイバー・ドラゴン》
効果モンスター 星5/光属性/機械族/攻2100/守1600
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

《サイバー・エンド・ドラゴン》
融合・効果モンスター 星10/光属性/機械族/攻4000/守2800
「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」
このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
守備表示モンスターを攻撃した時、
このカードの攻撃力がそのモンスターの守備力を越えていれば、
その数値だけ相手に、戦闘ダメージを与える。

《リミッター解除》
速攻魔法
このカード発動時に自分フィールド上に存在する
全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK4000→8000→16000

「フン! 何のまやかしだ? そんなもので私の鉄壁の布陣は突破できん!」

「お前があんまりにほざくと、悲劇が喜劇になってしまうぞ。
 リバースカードオープン! 《ゲットライド!》
 墓地の《アーマード・サイバーン》をサイバー・エンドに装備!!
 その効果で、《マジシャンズ・ヴァルキリア》を破壊しろ!
 『ジャッジメント・キャノン』!!」
 三角に結ばれていた強固なバリアの一角がなくなる。

《ゲットライド!》
通常罠
自分の墓地に存在するユニオンモンスター1体を選択し、
自分フィールド上に存在する装備可能なモンスターに装備する。

《アーマード・サイバーン》
ユニオンモンスター 星4/風属性/機械族/攻 0/守2000
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして
自分フィールド上の「サイバー・ドラゴン」及び
「サイバー・ドラゴン」を融合素材とする融合モンスターに装備、
または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターの攻撃力を1000ポイントダウンさせる事で、
表側表示で存在するモンスター1体を破壊する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する。)

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK16000→15000
(《アーマード・サイバーン》をユニオン装備)

「うぐッ! だが、私にはモンスター4体と伏せカードが……」

「魔法カード、《ハリケーン》!!
 お前のカードは全て手札に戻り、
 同時に俺の《アーマード・サイバーン》も俺の手札に加わる。
 サイバー・エンドの攻撃力も16000に戻る」

《ハリケーン》
通常魔法
フィールド上の魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。

(実況)「おおっと、吹き飛んだのは《魔法の筒》と
    《聖なるバリア-ミラー・フォース-》だー!!」

《魔法の筒》
通常罠
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える。

《聖なるバリア−ミラーフォース−》
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する。

「慢心で打ち立てられたハリボテはもろいな!
 あとはお前ほどの腕ならもう分かるだろう?
 このターン、俺は通常召喚を行っていない!
 《アーマード・サイバーン》を召喚!
 そして、サイバー・エンドに再びユニオンさせる。
 攻撃力を1000下げて、《マジシャンズ・ヴァルキリア》をもう一体破壊だァァァァ!!」

「わ、私のヴァルキリア・ロックが!!」

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK16000→15000
(《アーマード・サイバーン》をユニオン装備)

「終わりだな! 勝者は俺だ!!
 『エターナル・エヴォリューション・バースト』!!!」

(実況)「攻撃力15000の貫通持ちモンスターの攻撃が入ったァァー!!
 なんという逆転劇!! 頑強なロックとIQ200の頭脳を破ったァ―ッ!」

 視聴していた一同は、あまりの迫力に唖然としている。
「えーと……、気を取り直して、次のお勧めシーンを見てみよっか」
 早乙女が止まってしまった空気を動かそうと早送りする。


「《オーバーロード・フュージョン》!!
 墓地の《サイバー・ドラゴン》と機械族モンスター5体を除外融合!
 来い!! 《キメラテック・オーバー・ドラゴン》!!!
 さらにお前のモンスターに《ミスト・ボディ》を装着させる!
 これでモンスターを破壊せずに何度も攻撃できるな……。
 いくぞ! 『エヴォリューション・レザルト・バースト』、ロォクレンダァ!!!」

《オーバーロード・フュージョン》
通常魔法
自分フィールド上または墓地から、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
闇属性・機械族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》
融合・効果モンスター 星9/闇属性/機械族/攻 ?/守 ?
「サイバー・ドラゴン」+機械族モンスター1体以上
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードの融合召喚に成功した時、
このカード以外の自分フィールド上のカードを全て墓地へ送る。
このカードの元々の攻撃力と守備力は、
融合素材にしたモンスターの数×800ポイントの数値になる。
このカードは融合素材にしたモンスターの数だけ
相手モンスターを攻撃する事ができる。

《ミスト・ボディ》
装備魔法
このカードを装備している限り、
装備モンスターは戦闘によっては破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)

「うん……、次」


「《DNA改造手術》を発動!! 俺は機械族を指定する!
 そして、お前のフィールドのモンスターごと取り込み、
 《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》を召喚!
 7体のモンスターを吸収した。
 よって、その攻撃力は7000!!
 けちらせぇッ!! 『エヴォリューション・レザルト・アーティラリー』ッ!!」

《DNA改造手術》
永続罠
発動時に1種類の種族を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した種族になる。

《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》
融合・効果モンスター 星8/闇属性/機械族/攻 0/守 0
「サイバー・ドラゴン」+機械族モンスター1体以上
このカードは融合素材モンスターとして使用する事はできない。
フィールド上に存在する上記のカードを墓地へ送った場合のみ、
融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
このカードの元々の攻撃力は、融合素材にしたモンスターの数
×1000ポイントの数値になる。

「……次」


「《ハウンド・ドラゴン》を装備した《サイバー・ダーク・キール》の攻撃力は2500!!
 こいつを生け贄に《闇のデッキ破壊ウイルス》を発動!
 俺は罠を指定! お前の罠を根絶やしにしてくれる!!
 がら空きだな……。俺の墓地には、キール・エッジ・ホーンが揃っている!
 魔法カード《サイバーダーク・インパクト!》を発動!
 《鎧黒竜−サイバー・ダーク・ドラゴン》を召喚!
 さらに墓地より《F・G・D》を引きずり出し、こいつに装備!
 鎧黒竜の攻撃力はさらに墓地のモンスターの数だけ上昇す  」

《ハウンド・ドラゴン》
通常モンスター
星3/闇属性/ドラゴン族/攻1700/守 100
鋭い牙で獲物を仕留めるドラゴン。
鋭く素早い動きで攻撃を繰り出すが、守備能力は持ち合わせていない。

《サイバー・ダーク・キール》
効果モンスター
星4/闇属性/機械族/攻 800/守 800
このカードが召喚に成功した時、
自分の墓地に存在するレベル3以下のドラゴン族モンスター1体を
選択してこのカードに装備カード扱いとして装備し、
その攻撃力分だけこのカードの攻撃力をアップする。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した時、
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
このカードが戦闘によって破壊される場合、
代わりに装備したモンスターを破壊する。

《闇のデッキ破壊ウイルス》
通常罠
自分フィールド上の攻撃力2500以上の闇属性モンスター1体を生け贄に捧げる。
魔法カードまたは罠カードのどちらかの種類を宣言する。
相手のフィールド上魔法・罠カードと手札、発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間に
相手がドローしたカードを全て確認し、宣言した種類のカードを破壊する。

《サイバーダーク・インパクト!》
通常魔法
自分の手札・フィールド上・墓地から、「サイバー・ダーク・ホーン」
「サイバー・ダーク・エッジ」「サイバー・ダーク・キール」を
それぞれ1枚ずつデッキに戻し、「鎧黒竜−サイバー・ダーク・ドラゴン」1体を
融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

《鎧黒竜−サイバー・ダーク・ドラゴン》
融合・効果モンスター 星8/闇属性/機械族/攻1000/守1000
「サイバー・ダーク・ホーン」+「サイバー・ダーク・エッジ」+「サイバー・ダーク・キール」
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが特殊召喚に成功した時、
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択して
このカードに装備カード扱いとして装備し、
その攻撃力分だけこのカードの攻撃力をアップする。
自分の墓地のモンスターカード1枚につき、
このカードの攻撃力は100ポイントアップする。
このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりに装備したモンスターを破壊する。

《F・G・D》(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)
融合・効果モンスター 星12/闇属性/ドラゴン族/攻5000/守5000
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
このカードは地・水・炎・風・闇属性のモンスターとの戦闘によっては破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)

早乙女は停止ボタンを押した。


「あーっ!! いいとこなのに!」
 久白が不満そうに口をとがらす。
「夢中になってる場合じゃない!」
 早乙女が突っ込む。

「あたしもこのDVDほしいな!
 あんな風にガンガン召喚して、攻めてみたい!
 超攻撃力ってかっこいいなぁ……」
「いやいや、感心してないで」

「さすが丸藤だな。カードを最大限に生かしてるし、桁違いの攻撃力だ……。
 プレイングと言い回しは多少豪快になったが、やはり丸藤は丸藤だな」
「懐かしまなくてもいい!」

 早乙女は映像に魅了されている3人を引き戻す。
「確かにすごいデュエルなんだけどね。
 でも、このサイバー流が相手なんだよ!
 これってどうやって勝つの……?」


 目の前の映像で散々繰り広げられたオーバーキル。
 凄まじい除去力、フィールド制圧の速さ、一瞬の決定力。
 全てが一線級のデッキである。

「サイバー流への対策となると……。
 俺は単純に機械族への対策を張るのもいいと思う。
 相手が分かっている分、一応対策は練りやすいよね」
「でもさ、あたしは後手にまわってたら負けると思う。
 デュエルはやっぱり守るほうがカードを消耗しちゃうし。
 《プチモス》を守りながらは難しいかもしれないけど、
 攻めなければ《ハリケーン》とか《闇のデッキ破壊ウイルス》から
 一気に決めてくると思うよ」

 久白と陽向居は意気揚々と、戦術を語りだす。
 その様を見て、早乙女は不思議に思った。
「あれれ? 案外二人とも全然動じていないね」
「すごいなぁ、とは思うけれど、でも俺は興奮する!
 グレート・モスだって召喚してみたいし、
 あのサイバー流とも戦ってみたい!
 あの攻撃をどうやってしのぐかを考えただけでワクワクする!」
「いい意気込みだな、久白。
 じゃあ、久白が実際に対戦するんだな?
 他の慣れないデッキでも戦えるのか?」
 藤原が不安そうに問いかけると、陽向居が答えた。

「その辺は全然心配ないよ。
 翼はいつも【輝鳥】のデッキを使ってるけど、他のデッキも十二分に使えるよ。
 デッキを見たなら、すぐに主な戦術を把握して、ある程度は戦えるんだ。
 あたしのデッキなら、ほとんどあたしと変わらないくらいの腕で使いこなせるし。
 まぁおおまかな戦術とかはひらめきとセンスでできるんだけど、
 正確な数値とか漢字表記は弱いから、筆記はからっきしなんだけどね」
「筆記がからっきしってのは余計だよ!
 でも、他のデッキを使うのはできるよ。
 俺はいろんなデッキでも戦えるように訓練してるんだ!
 だから、今回も何度か戦って調整できれば、大丈夫!」

「なるほど。じゃあ、お手並みを拝見させてもらおうか。
 そういえば丸藤とは最近会ったんだが、今は療養中なんだ。
 サイバー流を今回操るのは丸藤ではないだろう。
 少しは脅威が薄れるかもな」
「チャレンジするだけなら、少しの参加ポイントを使うだけなんだよね。
 早速購買に申し込みに行こっか」


 購買とは、アカデミアの憩いの場である。
 早朝から夜まで開いており、カードパックから日用品まで売っている。
 幅広いパックを取り揃えており、島の外からも求めに来る者がいるほど。
 その購買を切り盛りしているのは、主に2人の女性である。
 その2人の顔を知らない者はおらず、島内のアイドルとなっている。

 1人はトメ。
 仮名:シャーク=アイランド氏曰く、癒しの神ディアン=ケトに比する慈愛の持ち主。
 かつてその美貌は全国に存在する各アカデミアにとどろき渡るほどであり、
 その尊顔は未だ衰えることを知らないほどという。
 シャーク氏はトメ氏と何度もペアデュエルを行ったことがあるが、その度に大きく感ずるものがあるという。その斬新なプレイはいつもシャーク氏の心をときめかせる。まるでパートナーに全幅の信頼を寄せているかのような豪快さ、セオリーを超越したところで行われるプレイング……。こちらの度量を試すかのように、シャーク氏の心をかき立てるという。
 太陽のごとき温かさと、大河のごとき慈悲は戦士の決闘の憂鬱を和らげている。

 もう1人はセイコ。
 仮名:ウィステリア=プレイン氏曰く、魔性の麗人とのこと。
 その瓜実顔を目当てに何人もの決闘者が購買に向かう。
 しかし、何も買わず冷やかしで帰るわけにはいかないため、パックを買ってしまう。
 そのような被害者が後を絶たない。
 ウィステリア氏はアカデミア7年目になるそうであるが、氏の入学当初と比べてセイコ氏の容貌は一向に衰えることを知らないという。彼女の笑顔と声を聞いた瞬間、自分の空白の3年間が焼き尽くされたような心持ちに感ぜられたらしい。焼き尽くされたような心持ち! そうなのだ! 確かにウィステリア氏はそのイメージが浮かんだという。その心は檻に閉じ込められ焼かれ、空爆を受け、業火にまみれ、マシンガンで蜂の巣にされたような……。セイコ氏はデュエルをしないはずなのに、まるで1ターンで焼き尽くされたような衝撃を受けたという。
 『永遠の購買のおねえさん』による嬉しそうな被害報告は留まることを知らない。

 そんな購買の今日の店番は、トメさんであった。
「あら、いらっしゃい。
 おや、久白ちゃん。今日は何だい?」
「こんにちは、トメさん! 今日はチャレンジデュエルの申し込みに来たよ!」

「おや、チャレンジデュエルかい! 大歓迎だよ!
 実はね、このキャンペーンを始めたはいいものの、申込者が少なくてねぇ。
 ポイントが少ないのかしら。万丈目ちゃんが一生懸命に練ってくれたんだけどねぇ。
 『自分の戦術の枠を出ない奴が多すぎる! 新しいデッキを使う機会が必要だ!』って。
 今もプロデュエリストをやりながら、リストを送ってくれるけど元気かしら」

「万丈目先輩の提案なんだ。なら、ポイント設定が異様に細かいのも頷けるかも……」
 あのせこい性格とデュエルスタイルならば……。
 早乙女は妙に納得できた。

「しかし、僕はいい制度だと思うな。単に知名度がないだけじゃないか?
 実際、僕たちも久白が教えてくれるまで知らなかったしな」
「ん〜、となると宣伝不足かい。
 でも、その宣伝に人を割り振るわけにもいかないしねぇ……」

 少し思案した後、トメは思いついたと手をポンと叩いた。

「そうだ! 久白ちゃん。この宣伝に一役かってくれないかい?
 このチャレンジデュエルをみんなの前で大々的にやるんだよ!
 そしたら、みんな面白いと思ってくれるんじゃないかい?」

 その提案を聞いて、久白に笑顔が広がる。
 久白はみんなの前でデュエルすることが大好きだ。
 ましてや、こんな大きなチャレンジを繰り広げられるのだ。
 久白の願いかなったりの舞台ではないか。
「名案だと思う! 早速やろうよ!」

「おやおや、参加者も乗り気のようだね。
 よし、とびっきりのゲストを呼んで、盛り上げてあげるよ。
 開催は1週間後でいいかい? 準備にかかりそうでね。
 詳しい日時はこっちから連絡するよ」
「1週間かぁ。ちょっと長いなぁ」
 久白は待ち遠しい気持ちを抑え切れない。
「いやいや、短いくらいだ。デッキを構築するには時間が必要だ」
「藤原先輩はデッキ構築に時間かけすぎだよ。
 ひとまず直感で組んでみて、あとはデュエルしながら調整でいいじゃん」
「うーん、あたしも翼も直感派かな。
 多数決で、ひとまず組んでやってみよ!!
 みんなで使えそうなカード持ち込んで、また食堂に集合ね!」



1週間後……

「まさか放課後一番にデュエル場を貸し切らせるとは……」
「僕もトメさんは顔が利くとは聞いていたけど、ここまでなんて……。
 この時間帯は借りるのが一番難しいはずだよ。
 普通の学校で放課後一番に体育館を貸し切るのと同じくらいに。
 観客も集まってるね。……というか、単にこの後空くのを待ってるだけかもしれないけど」
「これは盛り上げないと、あたし達……主に翼がうらまれるね。
 練習でも召喚までたどり着けたのは、数えられるくらいしかない。
 今回はどうなるかなー」

「問題は相手か……。結局最後まで教えてくれなかったな。
 告知広告でも『サイバー流の新たなる使い手』と銘打ったシルエットしかなかったが。
 広告には《サイバー・ドラゴン》やサイバー・ダーク達がひしめいていたから、
 それらのモンスターを使いこなせる人物なのだろうが……。
 果たして丸藤並みにあのモンスターを操れる人物がいるのか?」

「ホッホッホッ。 それに関しては、心配ないですぞ」

「 「 「 校 長 先 生 ! ? 」 」 」

 藤原、早乙女、陽向居の3人が話し合っているところにスッと現れたのは、
 アカデミアの運営のトップに立つ鮫島校長であった。
「何もそんなに驚かなくても……。
 トメさんから依頼を受けて、ここの使用を許可したのは私だ。
 トメさんの頼みなら何でも聞いてあげますとも。
 それに今回招待したゲストも私とは面識がある。
 サイバー流師範の私として見ても、かなりの腕前。
 決して興冷めなデュエルにはならないはず」

「さーて、始まるノーネ。
 今回はワタクシ実技担当のクロノスが司会を務めさせていただくノーネ。
 このチャレンジデュエルが広まれば、生徒の成績向上にもつながるということで、
 ワタクシも企画に加わらせていただくーノ。
 では、早速選手の入場に進むノーネ」

 周りの視線がクロノスの指し示す先に集まる。

「左コーナーからは今回の挑戦者!
 【光属性】のホープ、セニョール久白翼ナノーネ。
 普段は【輝鳥】なんて洒落たデッキを使ってるケード、今回はグレート・モスデッキ!
 筆記は全然だけど、実技は確かに抜群。期待してくださイーノ」
 久白が手を振る。静かな拍手がわき起こった。

「そして、お待ちかねのゲストは右コーナー!」
 一人の少年、いや青年が歩み出る。
 黒いコート、黒いデュエルディスク。
 いずれも鋭利ささえ感じさせる硬質なデザインである。
 短身ながらも胸を張った姿勢は風格を見せつけ、一種の威圧感を放っている。
 無言で左腕のデュエルディスクを相手に掲げ、デュエルモードに展開させる。
 静かに機械音がフィールドに響き渡る。
「丸藤翔ナノーネ!!」
 威勢良くクロノス教諭がその名を宣言する。

 しかし、その名乗りに対して返ってきたのは、満場の歓声ではなかった。
 確かに、半分からは感心を込めた声があがっていた。
 ただし、残り半分の生徒からかえってきたのは、戸惑いのどよめきであった。
 一部の生徒達は周りと顔を見合わせ、落胆や不満を表現する。
 丸藤翔はその反応には動じずに、前を見据え正面から受け止めている。

「ノンノンノン。フラテッロ、リトル・ブラザーでも侮ってはいけないノーネ。
 1年生のドロップアウト寸前のときから、一番成長したのはセニョール翔ナノーネ。
 3年生のときの卒業デュエールでは、ベスト3として表彰されてルーノ。
 対戦したことがあるなら、その強さは分からないはずがないノーネ」
 クロノスの弁護に、どよめきは少しおさまる。

 その観衆に、久白は反発を覚える。
 最初から決めてかかるなんて、横暴に過ぎる。
 まだ何も知らないうちに、その人をはねのけるなんて……。
 舞台からキッと向き直り、感情的な声をあげようとする。
 しかし久白に手をかざして、それを丸藤翔は制した。

「久白くん。僕なら大丈夫。
 昔から兄さんと比べられることには慣れてるから。
 よりも早く、デュエルで伝えよう。
 大丈夫。兄さんの想いが刻まれたこのデッキなら、必ず応えてくれる。
 だから、君もあっけなくやられたりしないでね」

 いたわるような優しい大人の口調。
 でも、少し見え隠れする子供のような自信。
 そして、デッキに向けられた確かな信頼。
 久白は、この人はデュエルを通じて強くなってきたんだと直感で理解した。
 向き直って、ディスクを展開させ、戦いの意志を示す。

「俺は、この日のためにたくさん練習してきた。
 それにこのデッキには友達が大事にしているカードが詰まってる。
 もちろん、あっけなくなんて終わらせない!
 最後には、このフィールドを拍手で埋め尽くそうよ!」

「うん、その意気だ。
 それじゃあ、始めよう!
 クロノス先生。お願いします!」

 クロノスは、大人びた愛弟子・丸藤翔の姿に少し涙ぐんでいるようだ。
 だが、うながされて、それをごまかすかのように声を張り上げる。

「い、言われなくても、分かってるノーネ!
 それではデュエェェェルゥ・スタートッ!!」

「「デュエル!!」」

久白  VS  丸藤翔

チャレンジデュエル<《究極完全態・グレート・モス》を召喚せよ!>
成功条件:《究極完全態・グレート・モス》を召喚して、相手を倒す

「俺のターン!! ドロー!」

 目の前にあるのは、いつもとは違う手札のはず。
 しかし、久白は既にこのデッキに慣れていた。
 迷うことなく、カードを操る。

「モンスターをセット。
 そして、魔法カード《タイムカプセル》を発動!
 デッキからカードを1枚選んで除外。
 そのカードを俺の次の次のターンに手札に加えるよ!」
 デッキから1枚のカードを迷わずに選び、カプセルに納める。

《タイムカプセル》
通常魔法
自分のデッキからカードを1枚選択し、裏側表示でゲームから除外する。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを破壊し、
そのカードを手札に加える。

「早速、僕の渡したカードか。
 あのカードは一昔前に流行したカードなんだ。丸藤も愛用してたよ。
 いい緊迫感と駆け引きを生み出すからね。
 あの様子だと、ずいぶんと使い慣れたみたいだな」
「あたしは最初から発動は少し大胆すぎる気もするけど。
 でも、迷わないってことは、今の手に自信があるのかな?」

「さらにカードを1枚セットし、ターンエンド!」

「最初のターンは様子見かな?
 僕のターン! ドロー!
 ここは僕から仕掛けるよ。
 手札より《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚する!」

《サイバー・ドラゴン》
効果モンスター 星5/光属性/機械族/攻2100/守1600
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

 単体の機械幻獣では最強のしもべ、ドラゴン。
 そして、サイバー流の進化の系譜の象徴にして始まり。
 今、姿を現す。
 有名モンスターの登場に、観客も盛り上がりをみせる。
「ここは仕掛けていくよッ!!
 裏守備モンスターに攻撃!
 『エヴォリューション・バースト』!!」
 白色のエネルギー光線が相手を貫く。

 しかし、その攻撃を久白はむしろ望んでいた。
 威勢よく伏せられたモンスターを示す。
「破壊されたのは、共鳴虫!」

《共鳴虫》
効果モンスター 星3/地属性/昆虫族/攻1200/守1300
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。

 焼けただれた共鳴虫は大きな音を出し、仲間を呼び集める。

「さっそく召喚させてもらうよ!
 来い! 《プチモス》ッ!!」

 緑色のプヨプヨした幼虫がフィールドに現れる。

《プチモス》
通常モンスター 星1/地属性/昆虫族/攻 300/守 200
成長したらどんなムシになるか分からない、小さな幼虫。

 召喚されたのは、今回の鍵となるモンスターであった。
 早めの登場に観客は目を見張る。
 そして、丸藤翔の胸も高鳴った。
「……早速来たね。僕はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

 そして、久白も早く次の一手を繰り出したくて仕方がない。
 待ちわびたようにデッキトップに手をつける。

「俺のターンだ! ドローッ!
 へへへっ、早速いくよッ!!
 《進化の繭》を《プチモス》に装備。
 そして、守備表示に変更する!
 カードを2枚セットして、ターンエンド!」

《進化の繭》
効果モンスター 星3/地属性/昆虫族/攻 0/守2000
手札から装備扱いとしてフィールド上に
表側表示で存在する「プチモス」に装備する事ができる。
装備した場合、「プチモス」の攻撃力と守備力は
「進化の繭」の数値を適用する。

久白
LP4000
モンスターゾーン《プチモス》(繭)ATK0
魔法・罠ゾーン
伏せカード×3
手札
1枚
丸藤翔
LP4000
モンスターゾーン《サイバー・ドラゴン》ATK2100
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
4枚

 小さな幼虫が繭にとりこまれる。
 ピンクの繭が心臓のように鼓動する。
 糸は生きているかのように、命を育む。
 刻まれるべきターン数は、6ターン。
 相手の攻撃を6度しのぐこと。
 開始早々、成長のカウントダウンが始まった。

「えええええっ、最初から挑発しすぎだよ、翼!
 相手が全然消耗してないのに、仕掛けていくなんて……」
「相手は十中八九除去手段を持ち合わせてるぞ。
 それをいきなり迎え打つ気なのか?」

 もちろん、丸藤翔も相手の意図は理解している。
 相手はあのモンスターを守るために死力を尽くすだろう。
 ならば、自分もその覚悟に見合う態度で臨まなくてはなるまい。
「僕のターン! ドロー!
 早速《進化の繭》を使ってきたね。
 サイバー流の破壊力を受けきれるか、試させてもらうよ!」

 両者ともに一呼吸を置く。
 丸藤は手札を再度見返し、指先で確かめるように浅く撫でる。
 久白は盤面の伏せカードに手をかけ、相手の出方をうかがっている。
 少しの間の、張りつめた沈黙。
 互いの視線の先でつながる緊張感。
 どちらも引く気はない。
 全力でぶつかり、全力で防ぐのみ。

「まずは攻撃だ!
 サイバー・ドラゴン! 『エヴォリューション・バースト』!」

 手札を持つ左手を相手にかざし、力強く攻撃を宣言する。
 その口に大きなエネルギーを溜め込み、攻撃の態勢を整える。
 そして、繭に狙いを定めた瞬間、
 ――サイバー・ドラゴンは態勢を崩した。
 強烈な突風。身動きを封じられる。

「《イタクァの暴風》を発動!
 サイバー・ドラゴンに攻撃はさせない!」

《イタクァの暴風》
通常罠
裏側表示以外の相手フィールド上モンスターの表示形式を全て入れ替える。
(攻撃表示は守備表示に、守備表示は攻撃表示にする)

「やっぱり、攻撃は封じてきたね。
 なら、今度はこれだ!
 僕は手札から《アーマード・サイバーン》を召喚!
 そして、サイバー・ドラゴンに装着させる!
 攻撃力を1000下げて……、行くよ!『ジャッジメント・キャノン』ッ!!」

《アーマード・サイバーン》
ユニオンモンスター 星4/風属性/機械族/攻 0/守2000
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして
自分フィールド上の「サイバー・ドラゴン」及び
「サイバー・ドラゴン」を融合素材とする融合モンスターに装備、
または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターの攻撃力を1000ポイントダウンさせる事で、
表側表示で存在するモンスター1体を破壊する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。
装備モンスターが破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する。)

 サイバー・ドラゴンに1対の砲台が装着される。
 そして、自らのエネルギーを砲弾として、一気に放つ。
 攻撃が発令されて、映像が迫るごとに、観客はじっと見守る。
 そして、当の決闘者たちはまるで本当の剣戟を繰り広げているかのごとく、
 剣のようにカードをかざし、また盾のようにカードをかざす。

「まだ、これなら防げる! 《デストラクション・ジャマー》を発動!
 手札を1枚捨てて、《アーマード・サイバーン》は破壊になる!!
 そして、今墓地に送られたカードは《髑髏顔 天道虫》!
 ライフを1000回復するよ!」

《デストラクション・ジャマー》
カウンター罠
手札を1枚捨てる。「フィールド上のモンスターを破壊する効果」を持つ
カードの発動を無効にし、それを破壊する。

《髑髏顔 天道虫》
効果モンスター
星4/地属性/昆虫族/攻 500/守1500
このカードが墓地に送られた時、自分は1000ライフポイント回復する。

 補充された破壊エネルギーが内部から暴走し、《アーマード・サイバーン》は爆発する。
 しかし、《サイバー・ドラゴン》は今も無傷である。
 銀に照り光り、君臨している。

「やるね……。だけど、まだだッ!
 このターン、僕は攻撃をできなかった。
 だから、このカードが使えるッ!」

 追撃は、まだ、終わらない。
 手札からカードを手繰り、勢いよく前に掲げる。

「いくよ! 魔法カード《エヴォリューション・バースト》ッッ!!
 攻撃は防がれても、まだ終わらないッ!
 ゆけっ、サイバー・ドラゴン!」

《エヴォリューション・バースト》
通常魔法
自分フィールド上に「サイバー・ドラゴン」が表側表示で存在する場合のみ発動が可能。
相手フィールド上のカード1枚を破壊する。
このカードを発動したターン、「サイバー・ドラゴン」は攻撃する事ができない。

 再び《サイバー・ドラゴン》にエネルギーが満ちる。
 その瞳の金色が溶鉱炉のように、揺らめき燃える。
 機械音でいななきながら、強烈な攻撃を放つ。
 白色の破壊光線がフィールドをなぎ払いながら、繭に向かっていく!
 突き破られる大地とすさまじい粉塵。
 あたりは何も見えなくなる。
 爆音だけが響いている。

「ようやく、破壊でき……た…?」
 丸藤翔は目を凝らし、相手の場を見つめる。
 そして、その目に飛び込んできたのは
 ――1つのカウンター罠であった。

「《八式対魔法多重結界》!? まさか防がれるなんて!」

 小さな幼虫は繭に包まれ、そしてバリアに守られていた。

《八式対魔法多重結界》
カウンター罠
次の効果から1つを選択して発動する。
●フィールド上のモンスター1体を対象にした魔法の発動と効果を無効にし、
そのカードを破壊する。
●手札から魔法カード1枚を墓地に送る事で魔法の発動と効果を無効にし、
そのカードを破壊する。

 もう久白には防ぐ手段がない。
 手札も伏せカードも残されていない。
 相手の動きをじっと見つめる。

 丸藤翔は手札を確かめ、視線を下に落とす。
 それから久白に目を向け、
「僕は……、ターンエンドする」
 口惜しそうに、自分は今は手を引くことを、告げた。

 その瞬間、歓声が沸き起こる。
 ギャラリーの様々な声。
「すげえよ、あのサイバー・ドラゴン。放っておけば、3度も破壊してた……」
「それを防ぎきった1年も1年だ……。あれでオシリス・レッドかよ」
「でも、3度も防がれたんだぜ? じゃああの黒い奴大したことないんじゃないのか?」
「いや、たまたま防がれたんだろ。普通なら相手の場は焼け野原だぜ」
「もうどっちもすげーよ。
 こりゃあ目が放せねーぜ」
「どっちのチビも頑張れー!」
 激しい攻防にギャラリーは大いにわき上がった。


 しかし、これまでその練習を監督してきた仲間達は賛否両論であった。
「悪くはないんだが、良くもないな。
 相手が消耗したカードは2枚。
 それに対して、こっちは手札コストを含めて4枚だ。
 効率的に防げたとは言い難いな」
 藤原の厳しい批評を、陽向居が和らげる。
「でも、あたしはよくやったと思うよ。
 カウンター罠の役割は、単に効果を防ぐだけじゃない。
 相手の勢いを殺すことにもある。
 その点では……、この上なく成功だね。
 流れはこっちに傾き始めている。
 おまけに次のターンには《タイムカプセル》の効果がある。
 これはひょっとしたら、うまくいくかもよ」
「そうかもね……。本当に冷や冷やしたよ。
 ようやくサーチしたカードで態勢を整えて、安心して見てられるかな?」

「すごいね。僕の攻撃を全部防ぎきるなんて」
「思い切って全部伏せてみたけど、まさか1ターンで全部使うことになるとは思わなかったよ。
 防げたのはたまたま防げたから勢いでやっちゃっただけ」
 久白は笑って、照れる。
 その様子に、丸藤翔は底知れなさを感じた。
 久白はデュエルに対する優れた直感力を持ち合わせていると。
 そうでなければ、この野性的とも言えるほどの対応力は説明できない。
「だけど、僕の攻撃の機会はまだ5回も残っている!
 全て耐えきれるかな? 」
「へへっ、やるだけやってみるさ。
 俺は自分のドローを信じるだけだ!」

「俺のターン、ドロー!
 このターン、《タイムカプセル》からカードが帰ってくる。
 俺がサーチしたカードは……
 っとその前に、《アームズ・ホール》を発動!
 《明鏡止水の心》をサーチして、《プチモス》に装備させる!
 これで《プチモス》は守られた!」

《明鏡止水の心》
装備魔法
装備モンスターが攻撃力1300以上の場合このカードを破壊する。
このカードを装備したモンスターは、
戦闘や対象モンスターを破壊するカードの効果では破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)

《アームズ・ホール》
通常魔法
自分のデッキの一番上のカード1枚を墓地へ送り発動する。
自分のデッキまたは墓地から装備魔法カード1枚を手札に加える。
このカードを発動する場合、このターン自分はモンスターを
通常召喚する事はできない。

「いいカードだね。これで簡単には破壊できなくなった……」
「さて、続きだね。
 いくよ! 俺がサーチしたカードはこいつだ!」
 ポケットから手札に加えたカードを、勢いよくモンスターゾーンにたたきつける。

「《デビルドーザー》!! 墓地から昆虫を2体除外して、特殊召喚ッ!」

《デビルドーザー》
効果モンスター 星8/地属性/昆虫族/攻2800/守2600
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の昆虫族モンスター2体を
ゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手のデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。

 早乙女が仰天して、大きな声をあげる。
「ええええっ!! 僕が貸した《レベル制限B地区》と
 《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》はどこいったの?」

 それに対して、陽向居は上機嫌だ。
 自分とよく似た戦術を採用してくれているからだ。
「いやいやいや、守っていても消耗させられるだけ。
 あたしはこの選択は面白いと思うよ。
 攻撃は最大の防御! 翼、いっけぇーっ!」

「《デビルドーザー》の攻撃!
 『キャタピラー・プレス』ッ!!」
 機械の装甲がなんと甲虫の重みに押しつぶされる。
 鈍い音が響き、あたりは騒然となる。

 1枚の伏せカード。それは戦闘を想定したものではなかった。
 完全に虚を突かれた奇襲。
 そのまま、《サイバー・ドラゴン》の破壊を許してしまう。
「すごいな。まさかここから攻めてくる手は予想してなかったよ。
 これは僕もうかうかしてられないね!」
「へへっ、守るのは性に合わないんだ!
 ここからは俺も攻めていく!」
「僕も攻め負けないよ! サイバー流の奥義を見せてやる!!
 いくぞ! 僕のターンだ!!」

「ほっほっほっ。盛り上がってきた。
 二人ともデュエルを本当に楽しんでいるのが分かる。
 さすがトメさんが企画しただけある。
 素晴らしい熱気だ」
 感心している校長にトメさんは関係ないと突っ込みたくなりつつも、
 4人のカードが集結したデュエルは激しさを増して続いていった。





第8話 究極チャレンジ!? 《究極完全態・グレート・モス》を召喚せよ!<後編>



 クロノスは二人の戦いをじっと見守っていた。
 
 しかし、気にかけていたことがひとつあった。
 それは今朝職員の間で話題となった欠席者についてのことである。
 アカデミアは全寮制であるため、すぐに病状を把握できる。
 だが、その生徒の診断結果は「過労」であった。
 身体機能には特に異常がない。
 それでも体力が減退し、衰弱しているのだけは明らかであった。
 生徒はかろうじて起きて今日は動けそうにないことを伝え、すぐに深い眠りに落ちた。
 それ以上の何らかの事情を話すこともなく、眠りについた。
 部屋には、乱雑にはずされたディスクと汚れた衣服があった。
 不可思議な病状。
 しかし、全体からすればたった一人の単なる体調不良。
 何もなかったかのように、今この熱気ある放課後を迎えている。

 クロノスは深夜に何かあったのではないかと、推測していた。
 そのため、夜の宿直当番を自ら代わることに決めた。
 クロノスは早乙女から聞いていた不審者の件も気にかけていた。
 大事になるのを避けるために、そっけない振りはしたのだが。
 今までは直接被害が出なかったから、表立っては調査していなかった。
 しかし、エナジーを吸収しようとしているらしき不審者とこの体調不良者。
 1年前のデス・デュエル事件のときと同じような衰弱状態。
 関連性があるのかもしれない。
 これ以上被害者が出る前に、自分が確かめる。
 実技担当の最高責任者であるクロノスが、デュエルでそうそう引けを取るはずはない。
 生徒達を守るために自らが先頭に立って調査しなくては。
 生徒達の楽しんでいる姿を見て、クロノスは静かに意気込んだ。


「ドロー!!」
 そして、丸藤翔がカードを引いた瞬間、悪寒が走った。
 体温が下がるような、軽いしびれを感じる緊張感。
 意識の一部を持っていかれる。
 ぐにゃりと視界がゆがむ。
 鼓動が早まる。
 しかし、この感覚は慣れた――もはや親しみさえ感じる――ものでもあった。
「そうか……。お前たち、焦れているんだね」
 黒い寒気が腕を這い、背を巡り、首を撫でる。
「いいよ。すぐに出してあげるよ……」
 翔は静かにデッキに語りかけた。

久白
LP5000 《進化の繭》は1ターン経過
モンスターゾーン《デビルドーザー》、《プチモス》(繭)DEF2000・装備《明鏡止水の心》
魔法・罠ゾーン
装備カードのみ
手札
なし
丸藤翔
LP4000
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
4枚

 久白はその異変に気づいている。
 しかし、丸藤翔が笑みを浮かべていたから、声をかけるのをためらった。
 デッキからは悪意のような威圧感が放たれている。
 だが、丸藤翔はその黒い衝動に身をまかせていた。
 まるで一体になっているかのごとく。
 共に歩む覚悟を示すかのように。
 あれも精霊とデュエリスト――絆の形のひとつなのだろうか。
 そこに立ち入るのを、久白はためらった。
「僕は手札から魔法カードを発動!
 《未来融合−フューチャー・フュージョン》を発動!
 デッキからキール・エッジ・ホーンを墓地に送って、
 《鎧黒竜−サイバー・ダーク・ドラゴン》を指定!
 2ターン後にこのモンスターは融合召喚される!!」

《未来融合−フューチャー・フュージョン》
永続魔法
自分のデッキから融合モンスターカードによって決められたモンスターを
墓地へ送り、融合デッキから融合モンスター1体を選択する。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に選択した融合モンスターを
自分フィールド上に特殊召喚する(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

「明菜もよく使うカード!
 たった1枚のカードで2ターン後に融合を再現できる強力なカード……」
「その通り……。だけど、2ターンもあいつらは待ちきれないみたいだ」
「……まさか、このターンでッ!?」
「まずはリバースカードオープン! 《針虫の巣窟》!
 僕のデッキから5枚のカードを墓地に送る!

《針虫の巣窟》
通常罠
自分のデッキの上からカードを5枚墓地に送る。

 墓地に送られたモンスターは、《ドラゴンロイド》、《ハウンド・ドラゴン》、
 《サイバー・ウロボロス》、《カイザー・グライダー》の4体……」

「そして、ここで発動! 《サイバーダーク・インパクト!》!!
 ホーン・エッジ・キールが墓地にあるときに発動できる!
 こいつ達をデッキに戻して、《鎧黒竜−サイバー・ダーク・ドラゴン》を召喚!!」

 場が一瞬黒に染まる。
 そして、その奈落から超速度で這い上がる化け物の影。
 サイバー・ダーク・ドラゴン。
 鋭い爪を備えた両翼。
 かぎ爪がゆらめく腹部。
 縛りつけようと徘徊する尾。
 サイバー・ダークは奪う者。
 霊獣の王たるドラゴンに寄生する異形。
 故に奪うことに特化したフォルム。
 飛ぶことを捨て、守ることを捨て、ただとらえるのみ。
 貪欲さと獰猛さの化身が、今場に姿を現した。

《サイバーダーク・インパクト!》
通常魔法
自分の手札・フィールド上・墓地から、「サイバー・ダーク・ホーン」
「サイバー・ダーク・エッジ」「サイバー・ダーク・キール」を
それぞれ1枚ずつデッキに戻し、「鎧黒竜−サイバー・ダーク・ドラゴン」1体を
融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)。

《鎧黒竜−サイバー・ダーク・ドラゴン》
融合・効果モンスター 星8/闇属性/機械族/攻1000/守1000
「サイバー・ダーク・ホーン」+「サイバー・ダーク・エッジ」+「サイバー・ダーク・キール」
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが特殊召喚に成功した時、自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択して
このカードに装備カード扱いとして装備し、その攻撃力分だけこのカードの攻撃力をアップする。
自分の墓地のモンスターカード1枚につき、このカードの攻撃力は100ポイントアップする。
このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりに装備したモンスターを破壊する。

「サイバー・ダークの効果は、墓地のドラゴン族を装備すること。
 僕は《カイザー・グライダー》を装備させる!」

 サイバー・ダークの尾が墓地に伸び、黄金色に輝く龍を引きずり出す。
 そして、中心部に持っていき、――嬉しそうに全身の爪で貫いた。
 爪が触手のように鼓動し、生気を吸い上げる。

「墓地には5体のモンスターが存在する。
 それに加えて、《カイザー・グライダー》の攻撃力は2400!
 よって、サイバー・ダーク・ドラゴンの攻撃力は……」

《鎧黒竜−サイバー・ダーク・ドラゴン》 ATK1000→3400→3900

 ギャラリーが驚きに包まれる。
 早乙女は感嘆をそのまま口にする。
「すごい……、いとも簡単に攻撃力3000オーバーのモンスターを……」
 藤原はその華麗な盤面の運びを、冷静に評する。
「いや、簡単に出せたわけじゃない。
 永続魔法から罠につなげて、さらに魔法による特殊召喚だ。
 あらかじめ未来融合でデッキを圧縮して、ドラゴンを落ちやすくしている……。
 あのデッキを理解しつくしてなければ、このコンボはつなげきれない。
 よほどの鍛錬を積んで、実戦を重ねてこなければ、こうはいかないだろう」
 陽向居はより真剣に、これからの戦術を考える。
「でも、単なる高攻撃力だけならばまだ何とかできる……。
 問題はそれ以上に仕組まれた罠……。
 翼ならあのカードの恐ろしさに気付いているはず。
 なぜ攻撃力では上の《ドラゴンロイド》を選ばなかったか。
 それはサイバー・ダークはここまでモンスターを利用しつくせるから……」

 そう、翼が警戒するべきは見せかけの攻撃力だけではない。

《カイザー・グライダー》
効果モンスター 星6/光属性/ドラゴン族/攻2400/守2200
このカードは同じ攻撃力を持つモンスターとの戦闘では破壊されない。
このカードが破壊され墓地へ送られた時、
フィールド上のモンスター1体を持ち主の手札に戻す。

(《カイザー・グライダー》……。
 光属性のドラゴン族。明菜も好んで使うカード。
 あのカードを戻す効果は、装備カードになっていても発揮される。
 だから、あのサイバー・ダークを場から除去することはできない……。
 《プチモス》が戻されて、《進化の繭》も墓地に送られてしまう。

「そして、僕のデッキのモンスターはサイバー・ドラゴンだけじゃない。
 さらに《サブマリンロイド》を召喚!」
 潜水艦を模したロボットモンスターが現れる。

《サブマリンロイド》
効果モンスター 星4/水属性/機械族/攻 800/守1800
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。
この時、相手プレイヤーに与える戦闘ダメージはこのカードの元々の攻撃力となる。
また、ダメージステップ終了時に
このカードの表示形式を守備表示にする事ができる。

「まずはサイバー・ダーク・ドラゴンで、《デビルドーザー》を攻撃!
 『フル・ダークネス・バースト』!!」

 サイバー・ダーク・ドラゴンの爪がさらに激しくひしめく。
 《カイザー・グライダー》のエネルギーをむしり取る。
 そして、吸い取ったエネルギーは黒い波動に変えられて、一気に放たれる。
 久白には手札も伏せカードもない。つまり、防ぐ手段はない。
 ようやく召喚した反撃のモンスターは、圧倒的な力に飲み込まれた。

「デビルドーザーッ!!」

「そして、守るだけの時間稼ぎもさせない!
 《サブマリンロイド》は潜ることで、相手のモンスターを無視できる!
 直接攻撃だ! 『ディープ・デス・インパクト』!」

久白のLP:5000→3900→3100

「《サブマリンロイド》を守備表示に変更! これでターンエンド!」

 藤原は懸念を表す。
「すごいな……。この1ターンで大幅に追いつめられた。
 《サブマリンロイド》を放っておくわけにはいかない。
 このままではグレート・モスを召喚する前にやられてしまう。
 しかし、《サブマリンロイド》をモンスターで倒したとしても、
 サイバー・ダークの反撃が待っている。
 下手には動けない。しかし、動かないわけにはいかない」
 陽向居も同じだ。
「だけど、安直に除去することもできない。
 《カイザー・グライダー》の効果が控えている。
 翼のデッキに入っている機械族対策は簡単には使えなくなった……」

「俺のターン、ドロー!」
 引いたカードを見て、久白は即座に発動する。
「俺は2枚目の《タイムカプセル》を使う!」
 デュエルディスクからデッキを取り出し、考えをめぐらす。 
 2ターン後に最善の一手を打つために、もしくは最悪の事態を回避するために。
 だが、この状況に対応できそうなカードはなかなか思いつかない。
 戦術は幾重にも張り巡らされている。
 ひとつの危機を打開しても、新たな隙が生じるように。
 何度も選択しかねた末、ようやく一つのカードに決める。
 裏向きのまま、除外する。
「俺はターンを終了する」

「僕のターン、ドロー!」
 そして、丸藤翔もまた引いたカードをすぐに発動する。
「僕も……、《タイムカプセル》のカードを引いた。そのまま発動!」
 しかし対照的に、そのカード捌きには迷いがない。
 デッキからすぐさまにカードを選び出して取り除く。
 あらかじめ決められた答えに導かれるように。
「そして、《サブマリンロイド》で攻撃!」

久白のLP:3100→2300

 着実にライフポイントは削られていく。
「ターンを終了するよ」

「俺のターン、ドロー!」
 引いても、手札は1枚。
 ならば、その1枚に運命をゆだねるのみ。
「俺はモンスターをセットして、ターンエンド!」
 このカードならば可能性がある。
 久白はそれに託す。

「僕のターンだね、ドロー。
 このターンは、過去から到達した2ターン後の未来。
 だから、《未来融合−フューチャー・フュージョン》の効果が発動する!
 来い! 2体目の《鎧黒竜−サイバー・ダーク・ドラゴン》!!
 僕は墓地から《ドラゴンロイド》を装備させる!」

《ドラゴンロイド》
効果モンスター 星8/風属性/機械族/攻2900/守1000
このカードが墓地に存在する限り、このカードの種族はドラゴン族として扱う。

《鎧黒竜−サイバー・ダーク・ドラゴン》(2体目) ATK1000→3900→4300
(墓地の《ドラゴンロイド》を装備したため、墓地のモンスターの数は4体に変動)

「まずは攻撃だ! 1体目のサイバー・ダーク・ドラゴンでアタック!」
「伏せられていたのは、《共鳴虫》。
 俺は《ゴキポン》を守備表示で召喚する!」

 かわいしく丸っこいコミカルなモンスターが場に出る。
 
「《ゴキポン》……?」

《ゴキポン》
効果モンスター 星2/地属性/昆虫族/攻 800/守 800
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスター1体を
手札に加える事ができる。

 その選択に、丸藤翔は攻める手を止める。
 モンスターサーチャーからの別種のサーチャーの召喚。
 しかも、同じ虫属性に対応したモンスター。
 何か狙いがある。
 いずれにせよ、ダメージは与えられない。
 ここは場を留まらせて、期を待つのも手である。

「みすみす破壊するのは、危険そうだね。
 僕はここは攻撃をしない!
 《サブマリンロイド》でライフを削って、ターンを終了する」

久白のLP:2300→1500

 静かな緊張感が続いたまま、ターンは終わる。
「まずいな……。着々とライフを削られてる。
 こちらの手も読まれているな。
 《ゴキポン》から《電磁蚊》……、
 いやこいつの全体除去は今使えないか、
 ならば《人食い虫》のサーチに繋げて、
 ひとまず《サブマリンロイド》を破壊しようとしたんだろうが、
 それも許してはくれないか……」

電磁蚊(モスキート・マグネ)
効果モンスター 星3/光属性/昆虫族/攻 300/守1000
リバース:フィールド上に表側表示で存在する機械族モンスターを全て破壊する。

《人喰い虫》
効果モンスター 星2/地属性/昆虫族/攻 450/守 600
リバース:フィールド上のモンスターを1体選択し破壊する。

「クッ、俺のターン! ドロー!
 いや、まだだ。引いた《成金ゴブリン》の効果!
 ライフを1000ポイント回復させて、もう一度ドロー!」

《成金ゴブリン》
通常魔法
デッキからカードを1枚ドローする。
相手は1000ライフポイント回復する。

丸藤翔のLP:4000→5000

 1ターンに2度目のドロー。
 しかし、久白は引いたカードを見て、周りから見ても分かるくらいに顔をしかめる。
 《システム・ダウン》。

《システム・ダウン》
通常魔法
1000ライフポイントを払う。
相手フィールド上と相手の墓地の機械族モンスターを
全てゲームから除外する。

 本来ならば、機械族を一網打尽にできる切り札。
 しかし、このカードの対策は既に相手に仕組まれている。
 今は使うことのできないカードだ。

「このターン、タイムカプセルで指定したカードが手札に加わった。
 俺はそのまま場に伏せて、ターンエンドだ」
 久白は自分が信じたカードを伏せて、じっと待つ。

久白
LP1500  《進化の繭》は4ターン経過
モンスターゾーン《プチモス》(繭)DEF2000・装備《明鏡止水の心》、《ゴキポン》DEF800
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
1枚(《システム・ダウン》)
丸藤翔
LP5000
モンスターゾーン《サイバー・ダーク・ドラゴン》ATK3800・装備《カイザー・グライダー》、
《サイバー・ダーク・ドラゴン》ATK4300・装備《ドラゴンロイド》《未来融合》、
《サブマリンロイド》DEF1800
魔法・罠ゾーン
なし
手札
2枚
墓地
モンスターは合計4体 サイバーダークのATKに加算

 そして、丸藤翔は待ちきれないかのように、デッキからカードを引く。
「僕のターン、ドロー!!
 僕もこのターンでタイムカプセルに入れたカードを手札に加える。
 そして、僕はそのまま発動するよ!
 速攻魔法発動! 《サイクロン》!
 破壊対象は僕の場にある《カイザー・グライダー》!!
 これで《カイザー・グライダー》の効果を発動させて、
 《プチモス》には手札に戻ってもらう!」

《サイクロン》
速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

 カードから竜巻が発生し、サイバー・ダークを切り刻もうとする。
 邪龍は味わいきった餌食を、その旋風に投げ出すように差し出す。
 そのとき、竜巻はかき消された。
 砂煙が撫でるようにそよぐ。

 丸藤翔は驚きに目を見張る。
「どうしてまた僕のカードの効果が!?
 ……まさか、またカウンター罠がッ!」

 場が歪み、暗闇に染まる。
 新たな渦とよどみが空を覆う。
 そして、黒い魔犬の顔が浮かび上がった。
 それは王家の守護神・アヌビス。
 死者の聖なる領域を守る者。

「カウンター罠を発動!! 《アヌビスの裁き》!!!
 俺は手札から《システム・ダウン》を捨てて、《サイクロン》を無効にする。
 さらに《サブマリンロイド》を破壊して、その攻撃力分ダメージをうけてもらうよ!」
 サブマリンロイドに黒い雷が降り注ぎ、跡形もなく消え去った。
 モンスターを貫いて、その雷は丸藤翔にも降り注ぐ。
 目をつぶり、その黒い光の衝撃を受ける。

《アヌビスの裁き》
カウンター罠
手札を1枚捨てる。
相手がコントロールする「フィールド上の魔法・罠カードを破壊する」効果を持つ
魔法カードの発動と効果を無効にし破壊する。
その後、相手フィールド上の表側表示モンスター1体を破壊し、
そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える事ができる。

丸藤翔のLP:5000→4200

「ぐうっ! あの少ない手札で対策が練られていたなんて……」

「最初のサイバー・ダーク・ドラゴンが場に出たとき、
 俺が一番警戒していたのは、その後に控える《カイザー・グライダー》の効果だった。
 だから、それをまず防ぐ方法を考えた。
 確かに《サブマリンロイド》も放っておけないけど、
 まだライフには余裕があったし、他にも除去手段はあるから。
 それで《アヌビスの裁き》を最優先でサーチした。
 《闇のデッキ破壊ウイルス》とかの罠で破壊を狙ってこられたら、
 まずいかなーとは思ったけど、タイムカプセルで速攻を狙ってきたから、
 うまく予想が的中したんだ」
「そこまで読まれていたんだ。参ったなぁ……」
「へへっ、まぁね!」

 久白の解説に早乙女は感嘆する。
「すごい……。翼くん、そこまで考えて……」
 そこに陽向居は冷ややかに突っ込む。
「いやいや、そんな考えてないよ。
 知ってるカードをうまくつなげて、
 思いつきの戦略がたまたま決まっただけ。
 翼はああやってうまくいくと、
 調子に乗って知ったかぶりするんだから……。
 うっかり感心しちゃいけないよ。
 ……でもまぁ、防げたのは事実なんだし、
 そこはほめてあげてもいいかな!」

「さぁ、あと1回の攻撃を防げば6ターン目だ!」
「だけど、僕の場にはサイバー・ダーク・ドラゴンが2体いる。
 それに、久白くんの手札はゼロ。
 《究極完全態・グレート・モス》は手札になければ召喚できないよ。
 僕はこのままターンエンドだ!」

「俺のターンだ。なければ、引き寄せればいいんだよね!
 なら、引いてみせる! ドロー!!」
 久白は勢いよくカードを引く。
 そして、引いたカードを目にした瞬間、久白の口が緩んだ。
 その変化を丸藤翔は見逃さない。
「……まさか……」
「へへっ、やっぱ顔で分かっちゃうか。
 俺、全然隠しごとはできないんだよね。
 すぐに見抜かれちゃって……。
 予想通り……、引いちゃった!
 俺はこのままターンエンド!」

 丸藤翔はこのターンに妨害しなければならない。
「僕のターン、ドロー!」
 しかし、はやる気持ちに展開は追いついてこない。
 どれも……今は使えないカードだ。
「僕はカードを1枚場に伏せて、ターンを終了する」

 そして、遂に待ちわびたターンが訪れる。
 藤原達も胸をなで下ろす。
「やっと……、ここまで来たな」
「僕も本当に長く感じたよ。
 なんであんな危なっかしい賭けばかりするかな」
「あとはどうやって勝つか……だね。
 作戦通りにカードが展開できればいいんだけど」

「俺のターン! ドロー!!」
 今まで何度も危機を乗り越えて防いできた。
 そして、幾度となく練習で失敗してきた。
 藤原の操るサイバー流を意識した機械族デッキに苦戦させられ、
《オーバーロード・フュージョン》から《ガトリング・ドラゴン》で何度全滅させられたか……。
 対策を意識しすぎて陽向居のカウンター罠を入れて、
デッキが回らなくなって見直したことも数知れず。
 早乙女から《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》を調達したはいいものの、
そのロックを自分が解除できずに負けたのもあった。

 たくさんの見直しの成果、試行錯誤の実り。
 ――ようやく、この場につながった。

「6ターンが経過したプチモスを生贄に捧げて、いくよ!
 《究極完全態・グレート・モス》!!!」

 繭を突き破り、とがった爪に太い足が出てくる。
 生まれたての成熟態。
 まだ自然の培養液に粘ついてぬれたまま。
 破られた穴から、さらさらとりん粉が流れ出す。
 そして、あらゆる視界が青く黒くにじんでいく。
 りん粉をまき散らし、世界を自分の色に塗り替えていく。
 太く肥え尽くした体。大地からあらゆる養分を吸い尽くした。
 弾力のある生命に満ちた体は、どんな衝撃も物ともしない。
 その重い体を大きな羽ばたきで持ち上げる。
 空を覆い尽くす毛皮の絨毯のように広がる羽根。
 長い進化の眠りを経て、ついに昆虫族最強モンスターが現れた。

《究極完全態・グレート・モス》
効果モンスター 星8/地属性/昆虫族/攻3500/守3000
「進化の繭」を装備して(自分のターンで数えて)
6ターン後の「プチモス」を生け贄に捧げる事で特殊召喚する事ができる。

「そして、手札より魔法カード発動! 《アームズ・ホール》!
 デッキの上から一枚のカードを墓地に送り、俺がサーチするのは……
 もうガンガン攻めるしかないからね、《巨大化》!!
 そして、装備だ!」

《巨大化》
装備魔法
自分のライフポイントが相手より少ない場合、
装備モンスター1体の元々の攻撃力を倍にする。
自分のライフポイントが相手より多い場合、
装備モンスター1体の元々の攻撃力を半分にする。

 グレート・モスはさらに巨大化して、場を覆い尽くしていく。
 その異様なまでの大きさは、観客さえも飲み込みそうだ。
 
《究極完全態・グレート・モス》 ATK3500→7000

久白
LP1500
モンスターゾーン《究極完全態・グレート・モス》ATK7000・装備《巨大化》、
《ゴキポン》DEF800
魔法・罠ゾーン
《巨大化》のみ
手札
なし
丸藤翔
LP4200
モンスターゾーン《サイバー・ダーク・ドラゴン》ATK3900・装備《カイザー・グライダー》、
《サイバー・ダーク・ドラゴン》ATK4400・装備《ドラゴンロイド》《未来融合》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
3枚
墓地
モンスターは合計5体 《サブマリンロイド》が追加

「攻撃力……7000!!」
「これでサイバー・ダークも倒せる!!
 2体目の《ドラゴンロイド》を装備したサイバー・ダーク・ドラゴンを攻撃!
 『モス・パーフェクト・スリーム』!!!」

 ひときわ大きく羽ばたいて、宙高く舞い上がる。
 そして、相手に向かって羽根を構える。
 両翼で羽ばたいて、竜巻を作り出して、打ち出した。
 毒素のりん粉が含まれた危険な虹色に輝く暴風。
 サイバー・ダーク・ドラゴンはドラゴンロイドを差し出して、跳躍し破壊を免れた。
 《ドラゴンロイド》は散り散りに裂かれて、消滅する。

丸藤翔のLP:4200→1600 (ATK7000 VS ATK4400)

「クッ。一気にここまで削られるなんて……」

「よし! 巨大化までは上手くいったね。
 本来ならここで一撃で仕留めたかったんだけど、そうはうまくいかないか。
 でも、あと一息だよ! 翼!」

「僕のターン、ドロー!」
 違う、このカードじゃない。
 今はまだ期を待つしかないのか。
「……サイバー・ダーク・ドラゴン2体を守備表示にする。
 そして、カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 応援する3人の緊張感も高まる。
「確実に押しているよ!
 あとは貫通とか表示形式操作で、なんとかダメージを与えられれば……」
「しかし、2枚も伏せカードがある……。気になるな……」

「俺のターン! ドロー!
 《貪欲な壺》を発動!
 《共鳴虫》2体、《プチモス》、《進化の繭》、《デビルドーザー》を戻して、2枚ドロー!

《貪欲な壺》
通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 そして、モンスターを減らしておくよ!
 何も装備していないサイバー・ダークに攻撃!」

「その破壊はさせないよ!
 リバースカードオープン! 《和睦の使者》!
 僕のモンスターは破壊されなくなる!」

《和睦の使者》
通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になる。
このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。

「へへっ、防がれたけどあともう少しだ!
 カードを2枚伏せて、ターンを終了するよ」

「僕のターンだ! ドロー!」
 引いたカードを見て、丸藤翔の意識は収束した。
 ようやく、全てのカードが結びついた。
「そうか。お前たちはあくまで殴り勝ちたいわけか。
 ……分かったよ。とことん付き合ってあげるよ」

 デッキの意志に応えるべく、持てる自分の全ての技を動員して、
 お前たちの活躍する舞台を作り出してやろう。

久白
LP1500
モンスターゾーン《究極完全態・グレート・モス》ATK7000・装備《巨大化》、《ゴキポン》DEF800
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
なし
丸藤翔
LP1600
モンスターゾーン《サイバー・ダーク・ドラゴン》DEF1000・装備《カイザー・グライダー》、
《サイバー・ダーク・ドラゴン》DEF1000・装備《未来融合》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
4枚
墓地
モンスターは合計6体 《ドラゴンロイド》が追加

「僕は《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚する!」
「攻撃表示!? ついに、仕掛けてきた?」
「そう! このターンは攻めるよ。
 リバースカードオープン! 《ミニチュアライズ》!」

《プロト・サイバー・ドラゴン》
効果モンスター
星3/光属性/機械族/攻1100/守 600
このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、
カード名を「サイバー・ドラゴン」として扱う。

《ミニチュアライズ》
永続罠
フィールド上に表側表示で存在する元々の攻撃力が1000より上の
モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターのレベルを1つ下げ、攻撃力は1000ポイントダウンする。
そのモンスターがフィールド上に存在しなくなった時、このカードを破壊する。

「《ミニチュアライズ》? だけど、攻撃力を下げても6000ポイントある!
 まだまだ、サイバー・ダークには……」
「違うよ。僕が攻撃力を下げるのは、グレート・モスじゃない。
 対象は《プロト・サイバー・ドラゴン》だ!」
「自分のモンスターの攻撃力を? 何を狙って……」
「そして、このカードの発動が可能になる。
 魔法カード《機械複製術》を発動!
 来い! 2体の《サイバー・ドラゴン》!」

《機械複製術》
通常魔法
自分フィールド上に存在する攻撃力500以下の機械族モンスター1体を選択して発動する。
デッキから同名カードを2枚まで特殊召喚する事ができる。

「2体の本物の《サイバー・ドラゴン》……? そうか!
 《プロト・サイバー・ドラゴン》は場では《サイバー・ドラゴン》として扱う。
 だから、複製術を使ったときに出てくるのは、本物の方……。
 そして、今この場には3体の《サイバー・ドラゴン》が存在することになる……」
「その通り! だから、今引いたこのカードが発動できる!
 いくよ! 機械族最強の融合カード! 《パワー・ボンド》!!!
 3体の《サイバー・ドラゴン》を場から融合!
 出でよ! 《サイバー・エンド・ドラゴン》!!」

 サイバー流を極めたものにのみ扱うことが許されるモンスター。
 すべてを貫く攻撃力。
 白銀のフルメタルボディが光る。
 はがねの翼を広げて、グレート・モスと対峙する。

《パワー・ボンド》
通常魔法
手札またはフィールド上から、
融合モンスターカードによって決められたモンスターを墓地へ送り、
機械族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
このカードによって特殊召喚したモンスターは、
元々の攻撃力分だけ攻撃力がアップする。
発動ターンのエンドフェイズ時、このカードを発動したプレイヤーは
特殊召喚したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

《サイバー・エンド・ドラゴン》
融合・効果モンスター 星10/光属性/機械族/攻4000/守2800
「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」
このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
守備表示モンスターを攻撃した時、
このカードの攻撃力がそのモンスターの守備力を越えていれば、
その数値だけ相手に、戦闘ダメージを与える。

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK4000→8000

「攻撃力8000の貫通持ちモンスター!」
「すべてのモンスターを攻撃表示にして、バトル!
 《ゴキポン》にアタック!!
 『エターナル・エヴォリューション・バースト』!!!」
「それはさせないよ!
 《亜空間物質転送装置》!
 《ゴキポン》は退避させる!」

《亜空間物質転送装置》
通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、
発動ターンのエンドフェイズ時までゲームから除外する。

「やっぱり、これくらいの対策はしてるよね。
 でも、サイバー・エンドの攻撃はまだ続いている!
 《究極完全態・グレート・モス》にアタックだ!!」

 3つの首から同時にエネルギーが放たれ、ひとつとなりグレート・モスに向かう。
 グレート・モスの起こす風も、幻惑のりん粉も効かない。
 膨大なエネルギー波はなにものにも動じない。
 光線はグレート・モスを貫通し、巨大な風穴をあけた。
 グレート・モスは消滅する。

 巨大なモンスター同士の対決に観客も沸く。
「ああ! グレート・モスが!!」
「でも、まだ伏せカードが残ってる。
 このターンさえしのぎきれば、《パワー・ボンド》のデメリットで翼の勝ち!
 まだサイバー・ダークの攻撃は残されているけど、いける!」

 そう、久白にはまだ手が残されている。
「グレート・モスは粉砕されたけど、まだだ!!
 リバースカード、オープン!
 速攻魔法《スケープ・ゴート》!!
 4体の羊トークンを出現させるよ!
 残された攻撃モンスターは2体。
 これでこのターンはしのぎきれる!」

《スケープ・ゴート》
速攻魔法
このカードを発動する場合、自分は発動ターン内に召喚・反転召喚・特殊召喚できない。
自分フィールド上に「羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)を
4体守備表示で特殊召喚する。(生け贄召喚のための生け贄にはできない)

 張り切ってカードを発動させた久白。
 しかし、丸藤翔は何ら動じずにそのカードを見つめる。
 そして静かに――だが力強く――語りだした。

「《パワー・ボンド》にはリスクが伴う……。
 このカードを使うには、勇気がいるんだ。
 それは……、このターンで全てを決める覚悟!
 信じたモンスターの攻撃を必ず成功させるという決意!
 僕は貫き通してみせる!
 速攻魔法発動!! 《融合解除》!
 墓地には3体の《サイバー・ドラゴン》がいる!
 3体を特殊召喚だ!!」

《融合解除》
速攻魔法
フィールド上の融合モンスター1体を融合デッキに戻す。
さらに、融合デッキに戻したこのモンスターの融合召喚に使用した
融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、
この一組を自分のフィールド上に特殊召喚する事ができる。

 丸藤翔の場に総勢5体のモンスターが並んだ。

「《融合解除》ッ! そこまで備えていたなんて……」

「さあ、終わらせるよ。 総攻撃!
 『フル・ダークネス・バースト』2連打!
 そして、『エヴォリューション・バースト』3連打!!」

 次々と閃光が放たれる。
 巻き起こる爆煙とともに、祝砲のように大きな音が鳴る。
 熱いデュエルの機会を与えてくれた者に、モンスター達も敬意を示しているかのように。
 4体の身代わり羊たちは散っていく。
 そして、久白のライフは0を示す。

 久白は負けた。
 しかし、冷めやらぬ興奮のまま、真っ直ぐ前を見つめる。
 それは丸藤翔も同じ。
 チャレンジというハンデを背負いながら、互角ともいえるほどサイバー流に対抗した決闘者。
 その強者に出会えた感激は、まだ胸を焦がしたままだ。

 ソリッド・ビジョンが消える。
 どちらともなく、久白と丸藤翔は歩み寄る
 そして、握手を交わす。
「久白くん、気の抜けない面白いデュエルだったよ。
 君の本当のデッキとも戦いたいな!」

「俺も楽しかったよ!
 最高難易度のチャレンジだけあって難しいなぁ。
 あとちょっとでいけるかと思ったのに。
 やっぱサイバー流は強いね!
 今度こそは俺が勝ってやる!」
「再戦ならいつでも受けて立つよ!
 いいデュエルをありがとう」

 会場から拍手と歓声が巻き起こる。
「サイバー流やっぱりすげえよ!
 ちゃんと実力のある本物の後継だったんだな!」
「昔丸藤翔先輩っていえば、ビクついてたはずなのに、
 今日は見違えたように格好良かったぜ!!」
「グレート・モスもかっけええええ!
 小回りの効くモンスター達もいるし、昆虫族って結構面白いんだな!」
「よぉし! 俺もグレート・モスを召喚してやるぜ!」
「おいおい待てよ。あんな風にデッキまわせねーよ。
 あれどんなバランスで組んでるんだよ……」
「組むだけじゃなくて、サーチも難しいぜ、あれ。
 どう呼び分けるのかから、学ばないといけないぜ。
 あれだけサーチ手段に富んだデッキも珍しいな」
「あーもう難しいのは分かったよ!
 とにかく、早く俺たちにもチャレンジデュエルやらせろよ!」

 その歓声を、応援の3人は微笑ましげに聞く。
「僕たちはチャレンジ失敗しちゃったけどさ、宣伝としては大成功じゃない?」
「ああ。これならセイコさん達からおまけくらいもらえるかもな」
「ポイント山分けはどうしよっか? 翼は半分くらいとして……。
 あたしのカウンター罠が一番活躍したんだし、あたしが3割くらい?」
「いや、僕の古参のカードも活躍した。
 《タイムカプセル》がなければいけない局面が何度も……」
「(やばいよ。僕のカードあんまり活躍してないよ……。)
 いやいや、ここは平等に仲良く3人で割ろうよ、ね?ね?」

 賑やかな放課後。
 この盛り上がりを、丸藤翔は懐かしく感じた。
「アカデミアは相変わらず楽しいデュエリストが舞い込んでくるんだね。
 僕もこんな場所を作れたらいいな……」
 その独り言に、久白は反応する。
「場所を、作る?」
「うん。僕は兄さんと新しいプロ・リーグの企画を練っているんだ。
 こんな風に熱気の呼び込める場所を作れたらいいな……って」
「先輩ならきっと作れるよ!
 今日だってデュエルしてて、本当に楽しかった!」
「……うん。そうだといいな」
「参考になりそうな場所を紹介しよっか?
 それはね、孤児院ルミナス!
 俺がデュエルを覚えた場所なんだ!」
「孤児院なのに、デュエル?
 でも、久白くんが言うなら、本当に面白そうだね」
「へへっ! あそこには最高の元プロデュエリストがいるんだ!
 今度行ってみてよ!」

 その熱気はまだまだ冷めないままのようだ。



1日後……


 久白が騒がしく駆けていき、保健室のドアを開けた。
「クロノス先生が襲われたって!?」
 その大きな声に保健室のみんなが振り向く。
 早乙女がたしなめる。
「ダメだよ! 大きな声を出したら!」
「ご、ごめん。でも、本当にびっくりしたから。
 それで、その倒した奴ってのは?」
「それがね……」

「うーん、私から話すノーネ」
「クロノス先生! 大丈夫!?」
「寝ながらしゃべるくらいなら平気ナノーネ。
 動くことはできそうにないケード」
「私が宿直室からパトロールに出ようとしたら、
 その扉の目の前にいたノーネ」
「そして、デュエルしたら負けて吸い取られたノーネ。
 すごく強いドラゴン使いだったノーネ」
「姿と背格好は?
 やっぱり変人奇人?」
「いやいや、普通だったノーネ。
 黒いローブで、顔はゴーグルで見えないし、声もボカされてたケード。
 必要最小限のことしかしゃべらないから、何も分からなかったノーネ」
「うーん。正体不明で慎重……なのかな?
 いやでも、宿直の先生を正面から襲ってる時点で大胆?」
「とにかくこのことは一部にしか知らせてないノーネ。
 下手な騒ぎは起こしたくないノーネ。
 並のデュエリストじゃ、歯が立たないノーネ」
「じゃあさ、つまり俺たちの出番ってことだよね!」
「オー、ディーオ!?
 シニョール達には最初に報告してくれたから伝えただけナノーネ!
 誰もワタシーの屍を超えて行けなんて言ってないノーネ!」
「そうだね……。早いとこ、見極めて解決しちゃおう。
 明菜ちゃんや藤原先輩や剣山先輩にも伝えなくちゃ!」
「話を勝手に進めないでほしいノーネ!」
「あ、そうだ! クロノス先生!
 お弁当置いておくから食べてね!
 体力回復には食べるのが一番いいんだから!」
 そういって、早乙女は作ってきたお弁当を開いて見せる。
「オゥ! 気持ちは嬉しいケド、もう少し洋風のメニューが欲しいノーネ……」
「えり好みしない! さて、翼くん。次の作戦会議だよ!」
「ちょ、ちょっと待つノーネ!
 先生の話を聞くノーネ!」

 しかし、もう二人は聞いていない。
 新たな危機に向けて、その想像を逞しくしながら、もう保健室の外にいた。
 気になることが何も進まない1週間は長い。
 その進展が悪い傾きであっても、冒険とトラブル好きの2人には興奮剤でしかなかった。





第9話 心は通じない/瞳の先に届かない



 藤原が主導権を握って、話を取りまとめていた。
 場には光カテゴリのいつもの4人、加えて剣山。

 現に被害者が出始めた。
 しかも、先生を破るほどの強敵が現れた。
 早く食い止めなければ、さらに侵攻されてしまう。
 しかし、決して足手まといを選んではならない。
 単に負けて相手を増徴させるだけである。
 あくまで、少数精鋭。
 短期で圧倒し、戦意を失わせる。
 さらに捕獲し、自分たちにも危険があると知らしめる
 ここは狩場には適さない、と諦めさせる。
 それが今回の目標である。
 これなら相手の拠点に侵入できずとも、退かせる事ができる。
 それを達成するための具体的手段として、藤原が最終確認をまとめていた。
 
「まず、僕らはSAL研究所を中心に各人で別方向に行動する。
 固まって動いていたら、相手は寄ってこないだろうしな。
 あと手分けをして相手に見つかりやすくするための狙いもある。
 だけど、必ず一人でデュエルしてはいけない。
 逃げ足と正体を隠すことについては、あいつらは一流なんだ。
 このアカデミアならどこでも互いのPDAは繋がるようになっている。
 交戦状態になる前に、すぐに他の者に知らせるんだ。
 交戦中はベルトもあるし手出しはできないが、
 決闘が終わりそうになったらすぐに取り囲む。
 僕たちが羽交い絞めにすれば、奴らも逃げることはできない。
 そして、捕獲して必ず正体を突き止めよう。
 その上で取引をしてもいいし、まぁその後はその後だな……」

 その作戦を聞いて、久白はとても張り切っている。
「すごいや! これなら絶対に捕まえられるよ!
 今まで倒しても逃げられてばっかりだったしね!
 確かにただデュエルし続けるよりも、これならいけそうだ!
 ね、明菜!」
 久白に大きな声で話題を振られて、陽向居は驚く。
「う、うん。そうだね。
 あたしもこの作戦でいけると思う」
 少し気の抜けているように見える陽向居。
 早乙女がたしなめる。
「ダメだよ、明菜ちゃん。気を引き締めなくちゃ!
 作戦会議のときもあまり発言してなかったし、もっと頑張らなきゃ!」
「うう……。
 集中してないわけじゃないんだけど、
 ただ、あたしこういう話し合いとかって苦手で……。
 みんなの言ってることが正しいなぁと追うだけで精一杯で……」
 少し陽向居の立場が悪い場。
 その状況にパンッ、パンッと手を叩く音が鳴り響く。
 剣山がその空気を終わらせた。
「大丈夫ドン!
 俺たちは一人じゃないザウルス!
 すぐに呼び合えるドン!
 この作戦さえあれば、例え負けても得るものはあるザウルス!
 大事なのは、連絡と団結ザウルス!
 翔先輩とのデュエルで見せた結束力、素晴らしかったドン!
 あれさえあれば、この不審者もノックダウンザウルス!」
 剣山のフォローに、藤原も頷く。
「そうだな。
 剣山の言うとおり、やり方を守れば大丈夫だ。
 ひとまず、今日は長丁場になるかもしれない。
 早めに休んでおいた方がいい。
 夜間外出だが、女子は抜け出すときはくれぐれも見つからないようにな。
 じゃあ、解散としよう」

 5人は藤原の部屋から散っていく。
 それぞれデッキを見直して、気力を蓄えるために。
 そこで久白がレッド寮に向かおうとしているところを、陽向居が呼び止めた。
「ねえ、翼」
 いつもより高めの陽向居の声。
 風に頼りなく揺れながら、響く。
 久白は立ち止まり、振り向く。
 そして、ためらいがちに陽向居は口を開いた。
「翼は、来ない方がいいと思う」
「どうして?」
「そ、それは……」
 陽向居は返答に少し迷った後、思いついたように言った。
「翼には精霊に関する力があるからだよ。
 あいつらは精霊の力を利用しようとしている。
 だから、翼が力を持っていると知ったら、きっと……。
 それに……。あ、いや『それに』の先はなし!
 とにかく翼はこの探索は控えた方がいいと思うんだ」
 陽向居の言葉に、久白は首を振る。
「心配してくれて、ありがとう。
 でも、じゃあ尚更俺は退けないよ。
 俺は精霊を利用しようとするのを許せないんだ。
 それを防げるのなら、俺はできるだけのことをやりたい。
 だからさ、明菜も頑張ろうよ!」
 陽向居の表情はかげったままだ。
 だが久白に勇気づけられたと見せるために、少しつらそうだが微笑んだ。
 
 
「用意はいいかな? ここからは分かれ道。
 ちゃんと自分の位置周辺で待機して、誰かから連絡が来たらその人の定位置に向かうこと。
 遭遇しなくても、集合時間にはここに戻ってくること。
 まぁ戻ってこれなくても、PDAで連絡できるから、
 すぐに迎えには行けるんだけどね」
 森の岐路に立って、早乙女が確認をする。
 それぞれ、ここからは違う方面に歩いていく。
 みんな勇ましい顔つきをしていた。
 陽向居も覚悟が決まったのだろう。
 清々しいような表情をしていた。
「よーい、どん! で別れるわけじゃないけど、またね。
 にしても、一人歩きって暇そうだなぁ。
 PDAのデュエル・シミュレートで時間つぶししていようかな」
 早乙女が歩き出して、奥に消えていった。
 それを見送りながら、藤原が続く。
「僕は宿直室付近だったな。
 位置取り的には、陽向居が研究所に一番近い。
 気をつけてほしい。
 あとあんまりに速攻で倒しても、
 僕らが追いつけないから少し時間をかけてくれ。
 まぁ普通通りデュエルできれば、恐らくは追いつけるだろうが。
 さて、僕たちも行こう」


「うう……。夜の森って怖いなぁ……」
 早乙女は一人で歩くことに心細さを覚える。
 みんなといるときは別に怖いとは思わなかった。
 だけど離れてからは、夜を囲む動きが何だかもう全部怖い。
 確かにアカデミアの夜は安全ではある。
 外部からの侵入者は一人残らず管理されている。不審な者は立ち入らないだろう。
 (だがどんな方法を使ってか、SAL研究所には現に不審者がいるわけだが)
 それに内部の者は手を出せない。風評という特別な社会システムがあるからだ。
 アカデミアは狭いため、まずい行動をした場合すぐに広まってしまう。
 全寮制で、逃げ場もない。大抵は強制送還を余儀なくされる。
 だから、夜に女の子が一人で歩いても、実は安全上は怖くない。
 ただし、それはあくまで『安全上』の話である。
 『心理上』は怖いに決まっている。
 秋も暮れかかった頃で、虫もキィキィけたたましく鳴いている。
 あちこちで何か生物がせわしく動いているのが分かる。
 バサバサッと大きな羽音が頭上を通り過ぎて、早乙女は怖がり縮みこむ。

 もとはといえば、一人ずつというのは早乙女が提案したものだ。
 みんなはそれを平然と受け入れたので、大丈夫だと思っていた。
 だが、早乙女から提案したのが、間違いなく致命的な失敗であった。
 あのメンバーには夜に一人きりを怖がる者が、早乙女の他にいないのである。
 藤原はどこか達観していて、大抵のことでは動じない。
 剣山は生粋の野生児(それどころか野獣)で、森を怖がるわけもない。
 久白や陽向居も孤児院でたびたびオリエンテーリングをしていたり、
 久白の散歩好きに陽向居も付き合わされたりしていたから、全然平気のようだ。
 だけど、自分は『いたって普通の』か弱き乙女だ。夜に一人きりは怖い。
 しかし自分から別行動を提案した手前、そのまま帰るわけにはいかない。
 だから、今日はどこか明るいところを探してやり過ごそうかなぁと思う。
 また次以降に何か作戦を練り直させよう。
 早乙女はどこか開けた場所を探して、止まりがちな足を速めた。
 
 そう思いつつ歩くと、案外早く開けた場所に出た。
 一つの大樹を中心に、平原が広がる。
 早乙女は疲れた足と神経を休めるべく、ブルーシートを広げようと駆け出した。
 所定の場所・廃寮はあともう少しだけど、ここにいることにしよう。
 そうして、リュックに手をかけたときだった。
 ――ザザッ。
 恐怖に研ぎ澄まされた早乙女の感度。
 それが別の者の足音をつかんだ。
(嘘っ、嘘! よりによって、僕のところに!)
 早乙女はすがるようにPDAを手に取る。
 落とす。慌てて拾う。
 こうしている場合ではない。
 早く連絡を済ませないと。
 だって、現にクロノス先生が言った通りに、
 ローブがなびいて、顔が見えない奴が迫ってきている。
 気づかれないうちに早く知らせないと。
 焦る気持ちを抑えて、PDAの画面を確認する。
 そこにあったのは、――圏外の文字であった。
(どうして? 今までアカデミアでこんなことなかった。
 何でよりによってこんなときに?
 いや、あり得ないよ。今日も何度か使ったし……。
 今違うところがあるとすれば……)
 違いは目の前の不審者がいることだけ。
 そこまで考えをめぐらせて、ようやく早乙女は気づく。
電波障害(ジャミング)が引き起こされている!
 そうだ! あれだけの機器を開発できる奴らなら、これくらいできてもおかしくない。
 どうしてこの可能性が思いつかなかったんだろう。
 これじゃあ一人で戦わないといけない。
 もし勝ってもすぐに逃げられる。
 ここはひとまず勝って、作戦を練り直す正面突破しか……)
 既にあちらにも気づかれている。
 逃げることはできない。
 開かれた場所というのは、見つかりやすいリスクもある。
 こちらが立ちすくんでいるのをいいことに、ゆっくりと近づいてくる。

 そして、ベルトが放り投げられ、早乙女の腰に巻き付く。
 そのベルトを投げるときに、ローブの中が見えた。
 その中にあったのは、華奢な体……女性の体型であった。

(背も小さめだし、女性!?)
 だが、例のドラゴン使いには変わりがないはずだ。
 とにかく倒して、この危機を脱する。
 謎の女は無言でディスクを構え、開始を促した。

「「デュエル!!」」

早乙女 VS 黒ローブの女

(デュエルのときはしゃべるんだ……。
 でも、本当にテレビみたいにダミ声でぼかされていて、
 体格に注意しないと女性かは分からないんだね……)
「僕の先攻だね、ドロー!」
 手札はこの場に臨む上では決して悪くない。
 少なくとも時間稼ぎは確実にできるはずだ。
 その間に、早乙女のPDAにつながらないことに誰かが気づいてくれれば……。
「僕はモンスターをセット、リバースを1枚出してターンエンド!」

「私のターン」
 口数少なく、淡々とデュエルの動作をこなしていく。
「手札より、《ピクシー・ドラゴン》を特殊召喚。
 そのまま生け贄に。《サンライズ・ドラゴン》を召喚! その効果を発動!」

《ピクシー・ドラゴン》
効果モンスター 星4/光属性/ドラゴン族/攻1000/守1100
相手フィールド上にモンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

「《ピクシー・ドラゴン》からの、速攻生け贄コンボ?」
 早乙女はこの流れには覚えがある。いや、あの竜にも見覚えが……。

―――――――――――――――

「うーん……、にしても引けるカードが分かってるって、面白みがないなぁ。
 けど、これでようやくグレファーが倒せるね!
 あたしは手札から《ピクシー・ドラゴン》を特殊召喚!
 そして、生贄に捧げるよ! いっけえ!《サンセット・ドラゴン》!!」
 オレンジに輝く、天空龍が姿を現す。
 4枚の翼を高らかにかかげ、自ら黄昏色の光を放つ。

―――――――――――――――

 あのときも4枚の羽根の神秘的な妖精竜だった。
 色は紫に近い色で異なるが、同系統のモンスターに違いない。
「明菜ちゃんのデッキ!!?」

 その疑問符を無視して、敵は効果を続行させる。
「『リヴィール・サンライズ』。相手のモンスターを表側攻撃表示に変更」

 攻撃力ゼロの《ミスティック・エッグ》が暴かれる。

《サンライズ・ドラゴン》
効果モンスター 星6/光属性/ドラゴン族/攻2400/守1600
このカードの生け贄召喚に成功した時、
裏側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を選択し、表側攻撃表示にする事ができる。

「攻撃。『ライラック・バースト』」
 動揺している場合ではない。早乙女はリバースを発動させる。
「トラップカードオープン! 《ドレインシールド》!!
 その攻撃を無効にして、僕のライフを回復させるよ!」

《ドレインシールド》
通常罠
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。

早乙女のLP:4000→6400

「私はカードを伏せて、ターンエンド」

「ターンエンドの瞬間、《ミスティック・エッグ》の誕生効果!
 デッキの一番上にあるミスティック・モンスターは……」

《ミスティック・エッグ》
効果モンスター 星1/光属性/天使族/攻0/守0
このカードを生贄に捧げることはできない。
このカードが戦闘によって破壊され、墓地に送られた場合、
バトルフェイズ終了時に、墓地に存在するこのカードを守備表示で特殊召喚する。
相手ターンのエンドフェイズ時に、このカードを墓地に送り、
「ミスティック・ベビー」と名のついたモンスターが出るまで自分のデッキをめくり、
そのモンスターを特殊召喚する。
他のめくったカードはデッキに戻してシャッフルする。

 卵の色が赤・緑・青、それらの間とせわしなく変わり、やがて青で止まる。
「魔術士の青! 《ミスティック・ベビー・マジシャン》を召喚するよ!」
 湖のように爽やかな水色のローブをまとった少女モンスターが姿を現す。

《ミスティック・ベビー・マジシャン》
効果モンスター 星4/水属性/魔法使い族/攻1000/守800
自分のライフポイントが回復する度に、
このカードにミスティックカウンターを1個乗せる(最大3個まで)。
このカードに乗っているミスティックカウンター1個につき、
このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
ミスティックカウンターが3個乗っている状態のこのカードを生け贄に捧げる事で、
自分の手札・デッキから「ミスティック・マジシャン」を1体特殊召喚する。

「このまま僕のターンだ。ドロー!」

 どうして陽向居のあのカード達がここに?
 まさか、あの女性は陽向居なのか?
 ……いや、それは考えられるはずがない。
 そう考えるにはあまりにも多くの障害がある。
 あちらに協力する理由も思い当たらない。
 自分たちを恨んでいるはずもない。
 別行動しているのだし、こちらにいない。
 だとしたら、……偶然同じようなカードを使っている?
 しかし、それも考えにくい。
 陽向居や久白が使うカードはアカデミアでは見かけないカードだ。
 すぐに調達できるとは考えにくい。
 いや、『調達』する?
 そうなると、残されたシナリオは一つになる。
 それも、かなり悪いシナリオだ。
 陽向居は既に襲われて、カードを奪われている。
 つまり、これらのカードは直接に陽向居から『調達』された。
 謎の女もドラゴン使いである。
 だから、同じドラゴンのデッキを手にしたのなら強化しやすい。
 デッキをそのまま奪う動機は十分にある。
 陽向居のデッキを(バカにされたような話だが)そのまま試しに用いることもあり得る。
 
 早乙女はより気を引き締める。
 この相手を許してはおけない。
 絶対に倒して、尻尾を掴んでやる。
 そして、明菜ちゃんを早く救い出さないと。
 
 それにしても、本当に油断のならない相手だ。
 《ミスティック・エッグ》は再生効果を持つほぼ無敵のサーチャー。
 最初のターンに念のために、《ドレインシールド》を伏せていなければ、
 デュエル開始直後にも関わらず半分以上のライフを奪われていた。
 いくら警戒しても、この敵には突破されそうな気さえする。
 早めに態勢を整えなくてはならない。

「僕は《白魔導士ピケル》を召喚。
 さらに《平和の使者》を発動! これで攻撃力1500以上のモンスターは攻撃できない!
 2枚のカードを伏せて、ターンを終了するよ」

《白魔導士ピケル》
効果モンスター 星2/光属性/魔法使い族/攻1200/守 0
自分のスタンバイフェイズ時、自分のフィールド上に存在する
モンスターの数×400ライフポイント回復する。

《平和の使者》
永続魔法
お互いに表側表示の攻撃力1500以上のモンスターは攻撃宣言が行えない。
自分のスタンバイフェイズ毎に100ライフポイントを払う。
払わなければ、このカードを破壊する。

 キッと相手をにらみつけて、その行動を警戒する。
「私のターン、ドロー」
 少しの間。
「そのままターンエンド」
 不気味にそのまま沈黙をまもる。
「待って。僕はここで伏せカードをオープンする。
 《神の恵み》! ドローするごとに、ライフを回復する」

《神の恵み》
永続罠
自分はカードをドローする度に500ポイントのライフポイントを回復する。

「僕のターン! ドロー、そして《神の恵み》とピケルの効果! 回復するよ。
 さらに回復したことで、ベビー・マジシャンにミスティックカウンターが2個乗ったよ!」

早乙女のLP:6400→6900→7700

 この勢いならば、こちらから攻められる。

「《平和の使者》は解除! その代わりに、《アームズ・ホール》を発動!
 ピケルを守るために、《ミスト・ボディ》をサーチして装……」

《アームズ・ホール》
通常魔法
自分のデッキの一番上のカード1枚を墓地へ送り発動する。
自分のデッキまたは墓地から装備魔法カード1枚を手札に加える。
このカードを発動する場合、このターン自分はモンスターを
通常召喚する事はできない。

《ミスト・ボディ》
装備魔法
このカードを装備している限り、
装備モンスターは戦闘によっては破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)

「させない。
 リバースカードオープン! 速攻魔法《手札断殺》!
 互いに手札を2枚捨てて、2枚ドローする」

《手札断殺》
速攻魔法
お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドローする。

「サーチ対策が張られていた? 2枚捨てて、2枚ドロー!
 僕がドローしたことで、《神の恵み》の効果。500回復するよ」

早乙女のLP:7700→8200

 予想外の妨害ではあったが、かえって良かったかもしれない。
 これでミスティックカウンターは3つたまった。
 《ミスティック・マジシャン》に進化できる。
 引いたカードには、《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》もある。
 相手が捨てたのは、どちらも上級モンスター。
 単に手札交換をしたかっただけなのかもしれない。
 しかし、墓地の一番上にあるモンスターは……。

(最後に捨てられたのは、《サンセット・ドラゴン》。
 やっぱり、あれは明菜ちゃんのデッキ……。
 僕が解放してあげなくちゃ!)

「僕はベビー・マジシャンの力を解放するよ!
 進化! 《ミスティック・マジシャン》!!」
 進化と呼びかけたとき、大地から水がわき出した。
 生命の奔流(ライフストリーム)を受けて、幼い魔術士は成長を遂げる。
 海のように深みのある青色のローブをまとった女性モンスターが姿を現した。

《ミスティック・マジシャン》
効果モンスター 星8/水属性/魔法使い族/攻2500/守2300
このカードは、「ミスティック・ベビー・マジシャン」または
「ミスティック・レボリューション」の効果でのみ特殊召喚できる。
自分のライフポイントが回復する度に、
このカードにミスティックカウンターを1個乗せる。
このカードに乗っているミスティックカウンターを3個取り除くことで、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 相手の伏せカードもなくなった。今ならば攻撃が通る!
「《ミスティック・マジシャン》で攻撃!
 ミスティック・マジック!!」
 ロッドの青い水晶がきらめき、強い勢いで水球を放つ。
 ドラゴンはよけきれずに、そのまま破壊される。

黒ローブの女のLP:4000→3900

「さらにピケルもいくよ!」
 杖を精一杯に振り、プレイヤーをたたく。

黒ローブの女のLP:3900→2700

 しかし、それらの攻勢にも謎の女は動じない。
「僕はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

 伏せたのは、もちろん《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》。
 《ミスティック・マジシャン》の効果は無限の恩恵。
 例え相手が強力なモンスターを召喚してきても、ロックしてドロー強化に移る。
 そして手札を整えれば、また突破口が見えてくるはずだ。

早乙女
LP8200
モンスターゾーン《白魔導士ピケル》ATK1200、《ミスティック・マジシャン》ATK2500
魔法・罠ゾーン
《神の恵み》、
伏せカード×2(《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》、《???》)
手札
2枚
黒ローブの女
LP2700
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
なし
手札
4枚

「私のターン、ドロー」
 今度はためらわずに、即座に行動する。
《龍の鏡》(ドラゴンズ・ミラー)を発動。 墓地からの融合。
 《サンライズ・ドラゴン》と《サンセット・ドラゴン》を融合。
 《太陽竜リヴェイラ》を融合召喚」

《龍の鏡》
通常魔法
自分のフィールド上または墓地から、
融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

《太陽竜リヴェイラ》
融合・効果モンスター 星8/光属性/ドラゴン族/攻2400/守2400
「サンライズ・ドラゴン」+「サンセット・ドラゴン」
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
???

 6枚の翼を持った白くまばゆい翼竜が降り立つ。
 体よりも大きな翼を、天を覆い尽くすかのように広げる。
 まるで新たな太陽に場が支配されたかのようだ。

「上級モンスターの融合体!!
 《手札断殺》でモンスターを落としたのは、このために……」

 だが、攻撃力はまだ《ミスティック・マジシャン》の方が上だ。
 しかし、攻撃力が上昇しないとなると、恐らく何か強力な効果が……。

「《太陽竜リヴェイラ》は二つの竜の力を併せ持つ。
 『夕焼け』の効果を発動。 『サンセット・ヴェール』。
 《ミスティック・マジシャン》を裏守備表示にする」

《太陽竜リヴェイラ》
融合・効果モンスター 星8/光属性/ドラゴン族/攻2400/守2400
「サンライズ・ドラゴン」+「サンセット・ドラゴン」
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
1ターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して発動する事ができる。
●表側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする。
●裏側表示でフィールド上に存在するモンスター1体を選択し、表側攻撃表示にする。

 オレンジの光が暖かく場を包み込み、《ミスティック・マジシャン》は守備表示となる。
 女子寮の大騒ぎで、《ダイ・グレファー》が倒されたときと同じように。

「裏守備の《ミスティック・マジシャン》に攻撃。
 『サンシャイン・バースト』!」
 六枚の翼の切っ先から、一斉に光線が照射される。
「それはさせない! 永続罠《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》!
 レベル4以上のモンスターは攻撃できない!」

《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》
永続罠
フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。

「……カードを2枚伏せて、ターンエンド」

「僕のターン、ドロー!」

早乙女のLP:8200→8700→9500
(《神の恵み》&《白魔導士ピケル》)

 厄介なのは、あの融合モンスター。
 攻撃を封じたとしても、意味が無い。
 カウンターをリセットされてしまう。
 これでは手札を稼ぐこともできない。
 多少の代償を払ってでも、あのカードを倒さないと……。

「僕はマジシャンを表側にするよ。
 それとカードを1枚伏せて、ターンエンド」

「私のターン。
 リヴェイラの効果で、ピケルを裏守備に。
 伏せを1枚追加。ターンエンド」

「僕のターン、ドロー!」

早乙女のLP:9500→10000
(《神の恵み》、《白魔導士ピケル》は裏守備のため効果不発)

早乙女
LP10000
モンスターゾーン《白魔導士ピケル》(裏守備)、《ミスティック・マジシャン》ATK2500
魔法・罠ゾーン
《神の恵み》、《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》、
伏せカード×2
手札
2枚
黒ローブの女
LP2700
モンスターゾーン《太陽竜リヴェイラ》ATK2400
魔法・罠ゾーン
伏せカード×3
手札
2枚

(よし! 今ならしかけられる手が揃っている!
 とにかくあのドラゴンを倒さなくちゃ!)
「僕はピケルを反転召喚!
 手札より速攻魔法《非常食》を発動!
 バインドを墓地に送ることで、ライフを1000回復する」

《非常食》
速攻魔法
このカードを除く自分フィールド上の魔法または罠カードを墓地へ送る。
墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。

早乙女のLP:10000→11000

 自らロックを解除するということは、そのターン仕掛けるという合図。
 そして、その攻撃を通す自信があるということ。

「マジシャンで攻撃! ミスティック・マジック!」
 再び強い勢いで水球が放たれる。

「カウンター罠発動! 《攻撃の無力化》!
 この戦闘は無効になる」
 しかし、大きな渦が敵の前に現れ、攻撃を飲み込まんとする。

《攻撃の無力化》
カウンター罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。

 ――だが、そのくらいの対策は早乙女の想定内である。
「僕はさらにカウンター罠を発動! 《ライフストリーム・バニッシャー》!!
 ライフを3000ポイント支払って、あらゆる効果を無効にする!」

《ライフストリーム・バニッシャー》
カウンター罠
3000ライフポイント払う。
魔法・罠・効果モンスターの効果の発動を無効にし、そのカードを破壊する。

早乙女のLP:11000→8000

 その渦を打ち破るべく、極太の生命の奔流が超速度で迫る!
「よし! これであの太陽竜を……」

 ――そう思った矢先、ライフストリームがかき消される。
 そして、目に入ったのはさらなるカウンター罠。
 《盗賊の七つ道具》。

《盗賊の七つ道具》
カウンター罠
1000ライフポイントを払う。
罠カードの発動を無効にし、それを破壊する。

「ライフを1000支払うことで、バニッシャーを無効化。
 元通り《攻撃の無力化》の効果で、バトルフェイズは終わり」

黒ローブの女のLP:2700→1700

「そんな……防がれるなんて……」
 相手の対策を見抜いたはずの布陣。
 それをくじかれる。
 ライフならば、また回復すればいい。
 だが、この万全のはずの機会を逸して、早乙女は失望を塗りつけられた。
 ロックで早乙女が制御していた流れは、確実にせき止められた。

 しかし、その落胆に追い討ちをかけるように、闇のローブの女の1枚の手札が光る。

「あの光は……まさかッ!」

 カウンター罠の先に控える魔物。
 因果を覆したときのみ現れる竜の王者。
 《冥王竜ヴァンダルギオン》……!?

 だが、今の光は透き通るように白い。
 この夜を無に塗り替えるかのように。

「今、『カウンター罠の効果の発動をカウンター罠の効果で無効に』した……。
 このときに召喚できる竜の皇帝のカードがある」
 そうして、謎の女は1枚のカードを天にかざす。




「出でよ! ――――《天帝竜アルジャザーイル》!!」


《天帝竜アルジャザーイル》
効果モンスター 星8/光属性/ドラゴン族/攻2800/守2500
このカードは通常召喚できない。
カウンター罠の発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
自分のデッキからカウンター罠カード1枚を手札に加える。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 そして、現われしは裁きの預言者。
 恐怖という王座を打ち立てる者。
 『否定』の『否定』の先にのみ現れる竜の皇帝。
 何者も寄せ付けぬ純白のウロコで、全てを虚無に上書きする魔龍。
 青き凶眼が、罪人を凍らせる。

 全てを暴き、(ひざまず)かせる太陽竜。
 全てを(くじ)き、拒否する天帝竜。

 フィールドは2体の竜に支配される。
 圧倒的な威圧感、拘束力。
 早乙女の足元がぐらつく。
 だが、それを懸命に抑えながら、左手で手札の次の手を辿る。
 諦めないように、言い聞かせる。
 明菜ちゃんのためにも……。

「……僕はピケルを守備表示に。
 さらにカードを1枚伏せて、ターンエンドだよ!」

「私のターン、ドロー……」
 ゆっくりと、終わりを手招くようにカードが処理される。

「まずは太陽竜の効果。マジシャンを裏守備に。
 そして天帝竜の効果。『ヴァニティ・プロフェシー』!
 デッキからカウンター罠を引く……」
 女のデッキに白く太い雷が降り、ひとつのカードが導かれる
「《神の宣告》を手札に加える」

「さらにバトル。
 天帝竜よ……、『天帝浄化』!!」
 青の瞳が光り、天空から白銀の雷が降り注ぐ。

「それはさせない! 《光の護封壁》!!」

 早乙女は声を張り上げて、発動を宣言する。
 自らを奮い立たせようと、体の底から強がりを振り絞る。

「僕は3000のライフを支払うよ! これで攻撃は通らない!」

 生命エナジーで厚く固められた高い壁。
 竜の攻撃をも吸収する。

《光の護封壁》
永続罠
発動時1000の倍数のライフポイントを払う。
払った数値以下の攻撃力を持つ相手モンスターは攻撃できない。

早乙女のLP:8000→5000

 ことごとく防がれる攻撃に、さすがの無表情も歪む。
「……ッ、カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「僕のターン、ドロー!!」

 力強くデッキから引く。
 その屈しない瞳に、可能性は導かれる。

早乙女のLP:5000→5500→6300(《神の恵み》&《白魔導士ピケル》)

 目の前を見れば見るほど、めまいがするような威圧感。
 だけど、乗り越えてみせる!

早乙女
LP6300
モンスターゾーン《白魔導士ピケル》ATK1200、《ミスティック・マジシャン》(裏守備)
魔法・罠ゾーン
《神の恵み》、《光の護封壁》LP3000、伏せカード×1
手札
1枚
黒ローブの女
LP1700
モンスターゾーン《太陽竜リヴェイラ》ATK2400、
《天帝竜アルジャザーイル》ATK2800
魔法・罠ゾーン
伏せカード×3
手札
2枚

 早乙女は場の伏せに手をかけながら、息を飲む。
 恐らくはこれが最後の賭けになる。
 もう、相手をねじ伏せるだけのライフは限られている。
 だけど、これで繋げてみせる。
 あのヴァイザーの向こうに届かせてみせる。

「僕は伏せカードを発動する!
 《つり天井》! これで場のモンスターは全て破壊!」
 針が敷き詰められた天井が、頭上に現れる。

《つり天井》
通常罠
全フィールド上にモンスターが4体以上存在する場合に発動する事ができる。
表側表示のモンスターを全て破壊する。

「……《神の宣告》を発動! 《つり天井》は無効に!」

《神の宣告》
カウンター罠
ライフポイントを半分払う。
魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
どれか1つを無効にし、それを破壊する。

黒ローブの女のLP:1700→850

 成功すれば、場を一網打尽にされてしまう。
 これはマスト・カウンターのトラップ。
 女は発動せざるを得ない。

「ようやく……、届きそうだね。
 モンスターを守るためには、《神の宣告》は発動しなくちゃいけない。
 問答無用の万能カウンター。当然防ぐよね……」

 《つり天井》は一つ前の自分のターンに伏せたカード。
 本来は相手のターンでも発動できたはずの罠。
 それをここまで取っておいた理由……。

「天帝竜の効果は確かに場を制圧する。
 だけど、サーチするカウンター罠は一度公開される。
 目に見える恐怖……。
 だから、そこに一瞬の隙ができる!」
 
 手札から闇も虚無も振り払うべく、1枚のカードをかざす。

「――ようやく射程範囲内まで持ち込めたね!
 いくよ! 速攻魔法《ライフストリーム・ファイヤー》!!!

《ライフストリーム・ファイヤー》
速攻魔法
3000ライフポイント払う。
相手ライフに1500ポイントダメージを与える。

早乙女のLP:6300→3300

 ライフを3000支払うことで、相手に膨大なダメージを与えるマジック!
 この一撃で、終わらせる!!」

 早乙女の叫ぶような声に合わせて、勢いよく火球が飛ぶ。
 ライフを削っても、自らの戦術を貫く。
 それがこの【ミスティック・ファンタジー】。
 気持ちの量が、どんな効果もぶち破る世界。
 その全てを込めて、何も明かさない相手にぶつける。
 






 ――だが、その一撃は届かない。
 開かれた窓の先は、拒絶の(とばり)
 開け放たれた、絶望への深淵。

「――あなたの敗因は、目に見えないものまで見抜けなかったから……。
 カウンター罠、発動! 《マジック・ジャマー》!
 手札を1枚捨てて、その炎を消し去る」

《マジック・ジャマー》
カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。
魔法カードの発動を無効にし破壊する。

「そん……な……。 まだ手を隠し持っていたなんて……」

「違う、まだ『まだ』ある。
 今、『カードの発動をカウンター罠で無効にした』……。
 だから、もう一つのカードを呼ぶ事ができる」

 もう分かっている。
 さらに空がふさがれていく。
 絶望が体中にたたきつけられる。

「――《冥王竜ヴァンダルギオン》を召喚!
 そして、魔法の裁きは『ブラック・パニッシュメント』。
 あなたに1500ポイントのダメージ」

 漆黒の雷に、早乙女は貫かれる。

《冥王竜ヴァンダルギオン》
効果モンスター 星8/闇属性/ドラゴン族/攻2800/守2500
相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、
無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚する。

早乙女のLP:3300→1800

 ライフももはや並んでしまった。
 もう手札も伏せもない。
 手は尽くしたはずなのに、届かない。
 早乙女はそのままターンを見送る。

 だいじょうぶだよ。まだごふうへきがある。
 これでしのいでいれば、きっとぎゃくてんのカードがひける。

 前向きな思考をしようとしても、遠くで空々しく響くだけ。
 もう、早乙女の希望はえぐり取られていた。


「私のターン、ドロー」
 女がドローして、動きを止めた。
 場を確認して、軽くため息をつく。

 何にため息をついているのだろう。
 早乙女には検討もつかない。
 デュエルをしたのに、何一つ相手のことが分からない。

早乙女
LP1800
モンスターゾーン《白魔導士ピケル》DEF 0、《ミスティック・マジシャン》(裏守備)
魔法・罠ゾーン
《神の恵み》、《光の護封壁》LP3000
手札
0枚
黒ローブの女
LP850
モンスターゾーン《太陽竜リヴェイラ》、
《天帝竜アルジャザーイル》、《冥王竜ヴァンダルギオン》
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
1枚

「リバースカード、オープン! 《異次元からの帰還》……。
 ライフを半分支払い、《サンライズ・ドラゴン》と《サンセット・ドラゴン》を特殊召喚」

《異次元からの帰還》
通常罠
ライフポイントを半分払う。
ゲームから除外されている自分のモンスターを
可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する。
エンドフェイズ時、この効果によって特殊召喚されたモンスターを
全てゲームから除外する。

黒ローブの女のLP:850→425

 さらに空が埋め尽くされていく。
 5体の……上級ドラゴン。
 さんざめく光。
 だけど、どのドラゴンも3000の攻撃力はない。
 《光の護封壁》で攻撃できないはず。
 だが、どんな厚い壁さえも今は信じられなかった。
 
「――ねえ、気持ちが簡単に伝わるほどね。
 この世界は簡単でもないし、優しくないんだ……」
 
 何を伝えたいんだろう?
 だけど、ひとつだけ分かる。
 僕が作った壁の厚さ。
 今ここにいる二人の不理解の壁の厚さに比べたら、――なんて脆いんだろう。

「リヴェイラの効果。『リヴィール・サンライズ』
 《ミスティック・マジシャン》を表側攻撃表示に。
 そして、私は《融合》を発動。
 フィールドの5体のドラゴンを融合……」

 少しの間を置く。
 何かをためらうように。
 ……そして、女は終止符を打つ者の名をつげる。

《融合》
通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。

《F・G・D》(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)、召喚!」

《F・G・D》(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)
融合・効果モンスター
星12/闇属性/ドラゴン族/攻5000/守5000
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
このカードは地・水・炎・風・闇属性のモンスターとの戦闘によっては破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)

 5つの頭を持つ竜が、空を覆った。

 早乙女はもうとっくに自分の敗北を確信していた。

 いくつか疑問が浮かんでは消えた。
 目の前の女性は、ただの奪う者のはずなのに。
 僕なんて、奪う相手の一人に過ぎないはずなのに。
 まるで何かを背負っているかのように、どうしてこの決闘をこうも重く感じるんだろう。
 その一つの一つの動作が、どうしてこんなに力強くて物悲しいんだろう。
 ただそう感じただけで、何も形ある理由が思い浮かばない。
 とりとめもなく、早乙女の意識はうすれゆく。

「マジシャンに攻撃で終わり。
 『ディスオーダー・ストリーム』!」
 それぞれが息を合わせることも無く、バラバラに暴力の波動をぶつけた。
 それだけでも、大地を蹂躙するには十分であった。

 早乙女のモンスターは消え去り、そのライフは0を指す。

早乙女のLP:1800→0



「あなたたちでは私達に敵わない。
 帰ったら、『引き下がるしかない』と仲間に伝えなさい。
 おやすみなさい。
 それでは『欲望に殉じることなき者よ。我らが糧となれ』」

 呪文めいた言葉がささやかれる。
 早乙女は、エナジーが抜けていくのを感じる。
 抗うような戦意は既に奪われていた。
 ただ、何かがすり抜けていくのを感じるだけ。

 力無く、早乙女は倒れこんだ。


 女は倒れた早乙女を抱きかかえる。
 デュエルでは容赦なくたたきのめしたはずなのに。
「どこまで運ぼうか……」


 そう呟いたときだった。

「どこに連れて行くつもりだ!! そこまでだ!」
 勇壮な少年の声が響いた。

 久白翼が、この場に駆けつけた。

「明菜のデッキを使っていたのも見えた!
 それにレイちゃんまで……。
 許さない!
 お前は俺が倒す! 」

 久白はディスクを構える。
 久白のいきり立つ様を、謎の女はつらそうに見つめた。
 振り返り、謎の女は早乙女を抱きかかえる。
「待て! 勝負しろ!」
 久白が引きとめるのを無視して、淡々と木陰まで早乙女を運ぶ。
 そして、衣服の汚れを払い、木陰に横たえた。

「どうして……、そんなことを?」
 ただの略奪者のはずなのに、労わるようなことをするのはなぜか。
 だけど、二人を傷つけたことには変わりは無い。
 全力で倒すのみ。

 黒ローブの女はかがんで、横たえた早乙女を少しの間見つめる。
 そして立って向き直り、ディスクを構える。


「……あなたも、倒す」


「 「 デ ュ エ ル ! ! 」 」

 再び始まる決闘。
 夜のしじまに、優しく風が吹く。
 その決闘の結末を案じるかのように。





第10話 決闘交差-前編:度重なる否定



―――― ――― ―― ―

 俺の持ち場は滝付近だった。
 偶然にも、前に黒永くんと会った場所だ。

 藤原先輩によると、見晴らしが良いここは『要所』らしい。
 直接来るとはあまり考えられないけど、見張りには最適。
 でも、道慣れた人しか行けないから、俺が選ばれた。
 ここに限らず、周りにおかしな所があったら駆けつけてほしいとの任務。
 剣山先輩も候補だったんだけど、険しい『難所』の火山に向かうみたいだ。
 藤原先輩はいろいろ考えていてすごいと思う。

 手近で形のいい切り株に腰をかけていた。
 ここに来てから、しばらくの時間が経った気がする。
 滝のせせらぎを聞いて、森のざわめきに耳を澄ませば、退屈はしない。
 ここは見晴らしもいいし、恵まれた場所だ。
 立って見ると、オベリスク・ブルーの寮も見える。
 まだ明かりが点いている部屋が大半だ。
 みんな意外と夜更かしをしてるみたいだ。
 それとも、案外時間が経っていないだけかもしれない。
 時刻を確かめようと、PDAに手をかける。

 そのとき、デッキから声が聞こえた。
 風の大鷲、アクイラだ。
 こいつ達の声は、音としては鳴き声でしか聞こえない。
 だけど、俺にはその話したいことが直に伝わってくる。
「え? 廃寮の方角から精霊の気配がするって?」
 座っていた切り株をライトで照らし、方角を確かめる。
 廃寮ならば、あの方向だ。
 もう少し登れば、見えるかもしれない。
 そうして丘を駆け上がって、双眼鏡をのぞきこむ。
 すると自然ではない光がチラついているのが見える。
 ソリッド・ビジョンの光?
 まだ連絡はないから、もしかしたら別の人が襲われている?
 廃寮だったら、一番近いのはレイちゃんだ。
 PDAで連絡を発信する。
 ……だけど、何度かコールした後に無愛想なアナウンスが聞こえただけだった。
『あなたのかけましたPDAは電波の届かない所にあるか、電源が入っていないため……』
 圏外? いや、アカデミアではそんなことはないはず。
 うっかり電池切れでもしたんだろうか。
 次に廃寮に近い明菜に連絡を入れてみる。
『あなたのかけましたPDAは電波の届かない所にあるか、電源が……』
 また、同じアナウンスを聞くことになる。
 二人とも一緒にこんなミスをするなんて、偶然が過ぎる……。
 あの一帯で何かあったに違いない。
 二人とももしかしたら、もう襲われたのかもしれない。
 俺は急いで森を駆け下りて、廃寮に向かう。
 方角は分かるし、近道だって分かる。
 目印だっていつも散歩してたくさん知っている。
 迷うことはない。

 走りながらデッキからカードを引き抜き、呼びかける。
「アクイラ! 先に行って様子を見て来て!」
 アクイラは雄たけびをあげて、飛んでいく。
 実体は無くても、見聞きしたものは記憶できるし伝えられる。
 危険がないか確認してからじゃないと、俺もうかつに巻き込まれたら意味がない。
 それと、連絡もしておかなくちゃいけない。
『もしもし、藤原だ。久白、何かあったか?』
「うん! レイちゃんと明菜のPDAにつながらないんだ。
 廃寮の方角から戦っているような光も見える。
 とにかく、俺はそっちに直接向かうよ!」
『そうか! 僕も剣山に連絡して、廃寮に向かおう!
 予想外のアクシデントか? 考えが甘かったのか?
 ……いや今は考えている場合じゃない。ひとまず向かってくれ。
 何か新しいことが分かったら、また頼む』
「うん! じゃあ、廃寮で!」
 俺は獣道を突っ切って、道を急ぐ。
 こうしているうちにも二人は戦っているのかもしれない。
 早く駆けつけないと、手遅れに……!

 無我夢中で走っているところに、アクイラが戻ってくる。
「リヴェイラとアルジャザーイル!?
 レイちゃんが明菜のデッキと戦ってる?」

 どういうことなんだろう?
 明菜のデッキが奪われている?
 いつも明菜と一緒にあったデッキが?

 許せない。

 明菜はあのデッキを本当に大切にしていた。
 それを奪うなんて……。
 再びPDAに手をかけて、藤原先輩に伝えようとする。
 だけど、俺のPDAは圏外になっていた。

「2人のうっかりミスなんかじゃない……。
 連絡できなくなってたんだ!」

 目的地はもうすぐそこだ。
 先輩達はこっちに向かっているはずだし、追加情報を連絡しなくてもいいだろう。
 俺は足を速めて、ようやく開けた場所に出た。

 そこで俺が見たのは、レイちゃんがエナジーを抜かれて倒れるところだった。
「どこまで運ぼうか……」
 呆けたようなダミ声が響いたのを皮切りに、俺は叫んでいた。
「どこに連れて行くつもりだ!! そこまでだ!」
 黒ローブの奴は来ることが分かっていたように、ゆっくりとこちらを向く。

「明菜のデッキを使っていたのも見えた!
 それにレイちゃんまで……。
 許さない!
 お前は俺が倒す! 」

 俺はディスクを構える。
 挑まれたら、あいつらは断ることはないはずだ。
 藤原先輩たちが来るまで、俺が戦う。
 それに明菜のデッキなら、俺が世界で二番目に詳しく知っている。
 何度も苦戦させられたり、何度も使わせてもらったことがある。
 あらかじめデッキが分かっているなら、少しは有利なはずだ。

 だけど、あいつは乗ってこない。
 振り返って、レイちゃんを抱きかかえようとする。
「待て! 勝負しろ!」
 でも、人の重みを抱えたまま連れ去ることは普通はできないはず。
 あいつはレイちゃんを運ぶかと思いきや、単に木陰に横たえただけだった。
 しかも、いたわるみたいに丁寧に優しく……。
「どうして……、そんなことを?」
 少し、意味が分からなかった。

 レイちゃんを横たえたあとに、あいつはゆっくりと向き直った。
「……あなたも、倒す」
 俺は決して負けるわけにはいかない。
 投げられたベルトが巻きつき、もう引き返せなくなる。
 だけど、目の前にはレイちゃんと明菜を傷つけた奴がいるんだ。
 引き返すことなんてできない! 絶対に倒すんだ。

「 「 デ ュ エ ル ! ! 」 」

久白 翼 VS 黒ローブ

「俺の先攻からだ! ドロー!」

 手札は決して悪くない。
 ただ、もう少し準備が必要みたいだ。
 ここは様子見といこう。
 明菜のデッキ相手だから、うかうかしてるとすぐに押し切られる危険性はあるけど……。

「俺はモンスターをセットして、リバースを1枚セット。
 これでターンエンド!」

「私のターン。ドロー」

 明菜のデッキと戦う上で、一番怖いのが最初のターンだ。
 明菜はいつも最初にリードを奪って、あとは押し切ることで勝とうとする。
 だから、最初に場の主導権を与えないことが一番肝心だ。
 出だしに時間がかかってしまうデッキだと分が悪い。
 レイちゃんはその相性が悪いデッキだ。
 一度場を整えれば制圧できるけど、その前に崩されると……。
 デッキの相性として、明菜がかなり有利な組み合わせになっていた。 

 レイちゃんと同じくやられないように、俺はその手を見極めないとならない。
 黒ローブの奴が奪ったばかりのデッキを、どこまで使いこなせるかは分からないけど。
 明菜のデッキのバランスはかなり難しい。
 上級モンスターがたくさん入ってるし、カウンターのコストも確保する必要がある。
 すぐには把握し切れないデッキのはずだ。
 だから、まだ不慣れな今のうちに倒してしまわないと……。

「手札から《ライトニング・ワイバーン》を捨てる。
 デッキから残る2体を回収。そのまま《融合》。
 《クロスライトニング・ワイバーン》を融合召喚」

《ライトニング・ワイバーン》
効果モンスター 星4/光属性/ドラゴン族/攻1500/守1400
手札からこのカードを捨てる事で、
デッキから別の「ライトニング・ワイバーン」を2枚まで手札に加える事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
この効果は自分のメインフェイズ中のみ使用する事ができる。

《融合》
通常魔法
手札またはフィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。

《クロスライトニング・ワイバーン》
融合・効果モンスター 星7/光属性/ドラゴン族/攻2600/守1900
「ライトニング・ワイバーン」+「ライトニング・ワイバーン」
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
自分のデッキまたは墓地に存在する「融合」魔法カード1枚を手札に加える。

 まるで手馴れてるみたいにカードを操り、明菜の主力が現れた。
 怪鳥みたいに大きな羽を持つ雷を操る翼竜。
 《融合》を回収できるアタックモンスター。
 場を支配するモンスターを召喚するための、攻め手としての《融合》。
 カウンター罠でさらにその支配を固めるための、コストとしての《融合》。
 そのどちらも確保するために、このモンスターはすぐに召喚される。

「ドラゴン族がいることで発動できる魔法。
 《スタンピング・クラッシュ》。
 そのリバースを破壊する」

《スタンピング・クラッシュ》
通常魔法
自分フィールド上に表側表示のドラゴン族モンスターが
存在する時のみ発動する事ができる。
フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊し、
そのコントローラーに500ポイントダメージを与える。

 そして、相手の迎撃を消し去るための除去カード。
 明菜の手の中でも、一番基本的で強力な最初のターンの流れ。
 ――だけど、俺は数え切れないくらい明菜と戦っている。
 デッキは『相手』への対策を含めて、作るもの。
 俺にとって、その『相手』の一番多くは明菜だ。
 いつだって、俺は負けたくなんかない。
 そう思っているうちに、いつの間にか……。
 俺のデッキは明菜を倒す手段に特化してきたんだ!

「リバースオープン! 《八汰烏の骸》!
 これで俺はカードをドローする」

《八汰烏の骸》
通常罠
次の効果から1つを選択して発動する。
●自分のデッキからカードを1枚ドローする。
●相手フィールド上にスピリットモンスターが
 表側表示で存在する時に発動することができる。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「!」

 相手は動揺している。
 本来は1枚のカードをつぶして、ダメージを与えられるカード。
 でも、その1枚がかわされた。
 この1枚の違いは最初の形勢を分けるはずだ。

「破壊したのに変わりはない。
 500のダメージは受けてもらう」

久白のLP:4000→3500

 だけど、明菜のデッキとの対戦で警戒するのはライフの上下じゃない。
 フィールドに明菜の主力がどれだけ揃っているかだ。

「《クロスライトニング・ワイバーン》で攻撃。
 『ライトニング・クリスクロス』」
 
 作り出された雷が、モンスター目がけて十字に交差する。
 俺の鳥獣はまるこげになってしまう。
 ごめんね、コロンバ。

「伏せていたのは、《寧鳥(ねいちょう)コロンバ》!
 こいつがやられたときは、1枚ドローできる」

寧鳥(ねいちょう)コロンバ》
効果モンスター 星3/地属性/鳥獣族/攻0/守2000
自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「《クロスライトニング・ワイバーン》の効果。
 モンスターを破壊したときに、《融合》を回収できる。
 デッキから《融合》を手札に加える。
 『ライトニング・コンダクト』」

 俺もあいつもデッキからカードを取り、手札に加える。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「俺のターンだ。ドロー!」
 さっきのターンを手札を整えるために使った。
 だから、このターンで展開できる!
「俺は《兵鳥(へいちょう)アンセル》を召喚する。
 そして、《輝鳥現界》を発動!
 場のアンセルとデッキのピクスを墓地に送って……。
 来い! 《輝鳥-アクア・キグナス》!!」

兵鳥(へいちょう)アンセル》
効果モンスター 星4/風属性/鳥獣族/攻1500/守1400
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在する
鳥獣族モンスター1体の攻撃力は400ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも使用できる。

《輝鳥現界》
儀式魔法
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

《恵鳥ピクス》
効果モンスター 星3/光属性/鳥獣族/攻100/守50
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
このターン、コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

《輝鳥-アクア・キグナス》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「水」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上のカード2枚を選択し、
1枚をデッキの一番上に、もう1枚を持ち主の手札に戻す。

 こいつ達と一緒に明菜とのデュエルも乗り越えてきた。
 その中でもキグナスは明菜のモンスター除去には最適だ。
 俺が先に場を制圧してみせる!

「キグナスは水流でデッキと手札にカードを押し戻すよ!
 クロスライトニングは融合モンスターだから、
 伏せもモンスターもデッキに戻ることになる!
 いけっ! 『ルーラー・オブ・ザ・ウォーター』!!」

 水流が放たれて、あいつの場を飲み込んだ。
 これでこの場の主導権は握ったはず。

 ――そう思ったのに、その波は天雷に真っ二つに引き裂かれた。
 そのいかずちはそのままキグナスに降り注ぎ、消滅させられる。
 雷? でも、クロスライトニングにそんな効果はないはず。

 だとすれば、伏せカード!
 そして、俺の輝鳥に対抗できるカードといえば……。

「手札の《融合》をコストに、カウンター罠《天罰》を発動。
 効果は無効、そして破壊」

《天罰》
カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。
効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

 負けパターンをなぞるような、見事な迎撃だった。
 確かに効果を消されると、苦しい戦いになってしまう。

「クッ……、ここは《光の護封剣》を発動してターンエンド」

《光の護封剣》
通常魔法
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを表側表示にする。
このカードは発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上モンスターは攻撃宣言を行う事ができない。

 態勢を整えなおすしかない。

「私のターン……。
 カードを2枚伏せて、ターンエンド」

久白
LP3500
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
《光の護封剣》発動0ターン目
手札
3枚
黒ローブ
LP4000
モンスターゾーン《クロスライトニング・ワイバーン》ATK2600
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
1枚

 あいつは護封剣をやぶる手が無いみたいだ。
 単に伏せカードを出しただけで、エンドする。

 カウンター罠はやみくもに伏せられただけならあまり怖くない。
 怖いのはデッキを理解された後に、うまく伏せられたときだ。
 
「俺のターン、ドロー!」
 《光の護封剣》で防げるなら、またすぐに反撃に移れ――

「カウンター罠、発動。《強烈なはたき落とし》」

《強烈なはたき落とし》
カウンター罠
相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動する事ができる。
相手は手札に加えたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。

「そんな! 手札を整えることも……」

「さらにカウンター罠。《誤作動》」

誤作動(マルファンクション)
カウンター罠
500ライフポイントを払う。
罠カードの発動を無効にし、そのカードを元に戻す。


黒ローブのLP:4000→3500

「ッ!!」

 本当ならば、あり得ない流れ。
 自分のカウンター罠を自分でカウンターする。
 だけど、明菜のデッキならばあり得る。
 いや、これは勝ちパターンの1つですらある。
 だって、このコンボをした後には……。

「『カウンター罠の発動をカウンター罠で無効に』した……。
 このときに召喚できる竜の皇帝のカードがある」


 そう、白の支配者が、現れるんだ。



「出でよ! ――――《天帝竜アルジャザーイル》!!」


《天帝竜アルジャザーイル》
効果モンスター 星8/光属性/ドラゴン族/攻2800/守2500
このカードは通常召喚できない。
カウンター罠の発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
自分のデッキからカウンター罠カード1枚を手札に加える。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 速い、あまりに速すぎる展開だ。
 どんな可能性も()んでしまう力をもつドラゴン。
 明菜の【ドラゴン・パーミッション】の核。
 
 どうして……、どうしてそのコンボを使えるんだ?
 あのドラゴンを出すときは、相手にカウンター罠をつかってもらうか、
 自分で自分のカウンター罠を無効にしなくちゃいけない。
 だけど、カウンター罠にはコストがつきまとう。
 その消耗を最低限に抑えるのが、この2枚の組み合わせ。
 相手は1ターンに1度必ずドローする。
 だから発動しやすい《強烈なはたき落とし》。
 そして、カウンター罠を無効にしつつ再利用を許す《誤作動》。
 この2枚を組み合わせたなら、単に2枚のカウンター罠を並べるだけで、
 それ以外のコストもなしに、アルジャザーイルを呼べてしまう。
 その相性の一番いい組み合わせを……、どうして選び取れるんだろう?

 場に2体の上級ドラゴンが一気に並ぶ。
 こんなに……こんなに速く明菜の主力が揃えられるなんて……。
 テキストを一読しただけで、あのデッキは操りきれるものじゃない。
 カード間の絶妙な相性を読み取って、それを活かさないととても回らない。
 それを……明菜みたいに慣れたかのように操るなんて。
 
「俺は《霊鳥アイビス》を攻撃表示で召喚。
 ターンエンド!」

《霊鳥アイビス》
効果モンスター 星4/水属性/鳥獣族/攻1700/守900
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 まだ、俺の手札は揃っていない。
 だから、その前にアルジャザーイルで対策を打たれたら……。

「私のターン。
 そして、アルジャザーイルの効果。
 『ヴァニティ・プロフェシー』
 手札に加えるのは……」

 黒ローブは迷わずにデッキからひとつのカードを取り出した。
 ほとんどイラストも確認しないで。
 当然の勝ち筋が見えてるみたいに。
 そして、そのカードを見て、俺は震えを覚えた。

「《天罰》」

 輝鳥は召喚時にあふれる力を場にぶつける。
 これは強制効果。おさえることはできない。
 だから、輝鳥が出たとき、効果は発動してしまう。
 確実にこのカードに阻まれてしまう。

 確かに……明菜のメインデッキにはこのカードが3枚入っていた。
 強力な効果モンスターの対策はデュエルを左右する。
 でも、このカードを3枚投入するまでは普通は警戒しない。
 だけど、よく効く相手がいたから入れていたんだ。
 ――それは俺なんだ。
 俺が明菜と一番多く対戦してるように、明菜も俺と一番多く対戦している。
 だから、明菜のデッキも俺を倒すために特化してきている。
 最も油断ならないデッキになっているんだ。

 ……だけれど、どうしてそのカードを迷わず選べるんだろう。
 まだ一度しか輝鳥を召喚していない。
 初見で俺のデッキのキーカードを見抜いたんだろうか。
 それも他人のデッキから、俺の急所をとらえたカードを選べるなんて。

 ここまでできるのは……。
 いや! そんなことは……。

「カードを1枚セット。ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」
 嫌な予感を振り切るように、俺は力強くカードを引く。
 しかも、相手は《強烈なはたき落とし》を使う気がまだないみたいだ。
 まるでこちらのキーカードを要所で断つ機会を狙ってるみたいに。

 ……このターンに輝鳥を召喚する手は揃った。
 確実に罠が張られていると分かっていても、飛び込まなくちゃいけない。
 罠には限りがある。こちらが損する勢いでもやらなくちゃいけない。

「俺は儀式魔法《輝鳥現界》を発動!
 場のアイビスとデッキのルスキニアを墓地に送る。
 来い! 《輝鳥-イグニス・アクシピター》!!」

《命鳥ルスキニア》
効果モンスター 星4/火属性/鳥獣族/攻500/守400
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生贄に捧げる事で、
自分のデッキまたは墓地からレベル4以下の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果により「命鳥ルスキニア」を特殊召喚することはできない。

《輝鳥-イグニス・アクシピター》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「炎」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。

 空気の中から赤が集められて、タカの形になる。
 そして、あふれ出す力が炎になって降り注ぐ。

「『ルーラー・オブ・ザ・ファイア』!!」

 そして、当たり前のようにカウンター罠が連鎖(チェーン)する。
「《天罰》。手札の《マジック・ジャマー》を捨てる。
 効果を無効に、そしてアクシピターを破壊」

《マジック・ジャマー》
カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。 魔法カードの発動を無効にし破壊する。

 やっぱり来た。
 あいつはすぐにでも押し切る気だ。
 おまけに魔法を無効化するよりも、
 最後のモンスター効果発動の方が消耗することを見抜いているみたいだ。
 護封剣が切れたら、最上級モンスター2体が待ちかまえている。
 その前に手を打たないと……。

「アイビスが儀式の生贄になったから、俺は1枚ドロー。
 カードを1枚セットして、ターンエンド」

「私のターン。
 アルジャザーイルの効果で、《天罰》を手札に。
 カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 これで護封剣は破壊される。
 ここで攻勢に転じなくちゃいけない。
 だから、このタイミングだ!

「リバースカードオープン!」

 俺のデッキにだって、明菜対策のカードが入っている。
「《心鎮壷(シン・ツェン・フー)》!! 2枚のリバースを封印!」

《心鎮壷》
永続罠
フィールド上にセットされた魔法・罠カードを2枚選択して発動する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
選択された魔法・罠カードは発動できない。

 普段はあまり使えないけど、明菜に刺さるカードが!

「!!」

 輝鳥は耐性を持たないから、除去に弱くてねらい打ちされやすい。
 だから、そこから守るための《心鎮壷》。
 そして、……明菜のカウンターに対抗するための《心鎮壷》。

 あいつは唇をゆがめて、ターンエンドを見送る。

 ――いや、もう『あいつ』なんて呼ばなくていいのかしれない。
 だって、俺が次にすることなんて、とっくにお見通しなんだろうから――

久白
LP3500
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
《心鎮壷》
手札
2枚
黒ローブ
LP3500
モンスターゾーン《クロスライトニング・ワイバーン》ATK2600、
《天帝竜アルジャザーイル》ATK2800
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2(《天罰》&《強烈なはたき落とし》)←《心鎮壷》に封印
手札
1枚

「俺のターン、ドロー!
 《英鳥ノクトゥア》を召喚。そして、ノクトゥアの効果!
 3枚目の《輝鳥現界》を手札に加える。
 そして、さらに《輝鳥現界》を発動!
 場からノクトゥアを、デッキからクレインを墓地に送って……。

《英鳥ノクトゥア》
効果モンスター 星3/風属性/鳥獣族/攻800/守400
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。

《聖鳥クレイン》
効果モンスター 星4/光属性/鳥獣族/攻1600/守400
このカードが特殊召喚した時、このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。


 いくよ! ――――輝鳥(シャイニングバード)-アエル・アクイラ》!!!」

《輝鳥-アエル・アクイラ》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「風」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

 俺のフェイバリット・カード。
 俺が最初に知ったカード。
 俺といつも逆転を決めてきたカード。
 そして、――いつだって俺を見守ってくれてたカード……。
 天高く、届くように、俺は掲げる。

「アクイラの効果だ!
 『ルーラー・オブ・ザ・ウインド』!!
 場の魔法と罠を全て破壊する!!」

 ソリッド・ビジョンは弱い風を再現する。
 草木が静かにゆれた。

 だけど、俺はもう一つのことをしなくちゃいけないんだ。


 ごめんね、アクイラ。
 あのときみたいに傷つけたりはしないから。
 力を貸してほしい。
 俺は気づかない振りをした方がいいのかもしれない。
 だけど、放っておくことなんてできないんだ。
 俺はあんな風につらそうに戦う姿を見ていられない。
 誰にも打ち明けられず、自分だけを信じる姿を俺は見ていたくない。

 だから、――力を使わせてもらうよ!!

 俺の意志に答えるみたいに、アクイラは大きく鳴いた。
 それが合図だ。

「さらに俺は……アクイラの『力』を『解放』する!!
 風よ!! あのローブを取り去れ!!!」

 カードが力強く光り、鼓動する。
 静かに()いでいた森に、突風が起こる。
 あのローブの黒を取り去ろうと、下から上に巻き上げる。
 その風に抵抗しようとしたけど、自然の風でないと分かるとすぐに抵抗をやめた。
 ローブは森の奥に飛んでいく。




 そして、そこに立っていたのは、

 俺の一番見慣れた幼馴染み――明菜――だった。



 俺たちにはこれまでたくさんのことがあった。
 だけど、ようやくレールに乗せるトロッコを組み立てて、
 目指したい場所に向かっていくんだと思ってた。
 そのペースが少し遅く感じても、焦ることはないと思ってた。
 治らない傷や振り切れない悩みがあっても、歩んでいけると思ってた。
 きっと確実に夢に向かっているんだし、未来は広がっていくはずだから。


 楽観している俺を、明菜が羨ましいと言っていたときがあった。

「翼はいいな、夢が決まってて」

「明菜もデュエル・スターを目指せばいいよ。
 俺と同じアカデミアへの進学も決まったんだし」

「うん、それもいいかなと思う。
 だけどね、なんだか踏ん切りがつかないんだ。
 そりゃね、デュエルは一生懸命やるつもりだよ。
 でもね、その先に何があるのかな……って」

「だったら、『好き』だけでデュエルすればいいんだよ。
 そのうちにきっとデュエルでやってみたいことが見つかる」

「そうだね。そうかもしれない。
 また、『3年』あるしね。
 ひとまずね、あたしがしたいことがひとつあるんだ」

 そう言って、明菜は1枚のカードを差し出した。
 《希望に導かれし聖夜竜(ホーリー・ナイト・ドラゴン)》のカードだ。

「あたしが全てを失った場所にあったカード。
 このカードがどこから来たのかを、まず知りたいなって……」

「そっか……。うん、それも大事だね」

 そうだ。これもきっと大事なことだ。
 どこに行っても、俺たちを襲った災厄(さいやく)はつきまとう。
 何をしていても、俺たちは過去の先にしかいない。

 俺は『風の災厄』に襲われた。
 明菜は『水の災厄』に襲われた。

 10年前に、世界4カ所で起こった大災害。
 『四の災厄』。
 俺たちみたいに孤児になった人もたくさんいた。
 突発的に起こった自然現象。
 今でもちゃんとした原因は分かっていない。

「あたしはこの原因を突き止めたいの。
 突き止めたところで、どうにもならないかもしれないけど、
 それでもあたしは知りたい。
 その鍵を、このカードが握っていると思うんだ」


 同じ道。それぞれの目的。
 近くて別々のレール。
 そして、今の交差点。
 この決闘の先はどこに続くんだろう。


 ――明菜は、どこに向かって歩み始めたんだろう?





第11話 決闘交差-後編:ゆずれないもの



 まだ残っている風に、首筋までの短めの髪がそよぐ。
 明菜はゴーグルをはずした。
 コンパクトなシュノーケルみたいなのもついていたけど、あれが変声機なんだろうか。
 ローブの下には、何に使うかよく分からない機材がたくさん装着されていた。

「――だから、来ないでほしいって言ったのに……。
 だって、翼相手に隠し通せるはずないんだから」

「どうして……こんなことを……。
 デュエルしながら、俺はずっと明菜じゃないのかって考えてた。
 だけど、そんなの認めたくないから、否定し続けてた。
 でも、今目の前にいるのは……」
「うん、あたしだよ」
 明菜は、意外と平然としていた。
 俺にはその理由が分からない。

「レイちゃんを傷つけたのはどうして?」
「そうすれば、みんなが退いてくれると思ったから。
 できるだけ、圧倒的に倒した。
 それに……うん、あたしが勝てる可能性が高かったから。
 レイちゃんには悪いことをしちゃったけど……」
 そう言って、今木陰で気絶しているレイちゃんに申し訳なさそうに目をやる。
「そうだよ! クロノス先生だって……」
「うん、そうだね。
 あたしは悪いことをしてるよね……」
 沈んだ声で明菜は答える。
 じゃあ、どうして……。

「どうして、こんなことを?」
「それは……言えない。
 これは翼には言えない」
「どうして!?」
「だって、翼がつらくなるだけだよ。
 翼は……知らないままの方がいい。
 翼まで背負い込むことはないんだから」
「意味が分からないよ!」
「分からなくて、いいんだよ。
 分からないように言ってるんだから」

 澄んでいるけど、少し震えた声。
 不安定に声が大きくなったり、口ごもったり。
 足下を確かめきれず、ぐらついているような。
「……迷ってるの?
 こんな道を選んで、正しかったのかって?」
 そう聞くと、明菜は俺から目をそらして答えた。
「……うん、そうかもしれない。
 誰かに明かして、誰かにも決めてほしい。
 私はちゃんとした判断をしているって、後押ししてほしい。
 だから、翼にバレちゃうくらいに甘かったのかもね」

 明菜が、こんな弱気なことを言うのは珍しかった。
 そこまで言うと、少し楽になったみたいで、力を抜いて話す。
「……いや、翼にだけバレる加減で甘くしたのかもね。
 変装だって、ローブだけじゃ甘いに決まってるし。
 先輩達は来ないよ。足止めを喰らってるはずだから。
 翼にも足止めを行かせたんだけど、今頃待ちぼうけかなぁ。
 服が汚れてるし、獣道を来たんでしょ?
 なら捕まらないわけだ」
「レイちゃんと明菜にPDAがつながらなくて、急いで来たんだ。
 アクイラに見回らせたから、怪しい奴にも捕まらない」
「そっか。うん、さすがだね、翼は。
 でも、もうデュエルを始めたら、引き返せないよ。
 このベルトはあたし達でもデュエル中は解除することはできないんだ。
 あたしも、引き返す気はない。
 さあ、デュエルを続けようよ」

 そう言って、明菜はデュエルの続きを促す。
 
「待って!
 どうして明菜があいつらに味方してるんだ!
 俺は全然納得してない!」
「あたしはこれ以上話す気はないよ。
 レイちゃんを狙ったのは、翼達を止めるには一番効くと思ったから。
 そして、今エナジー狩りに加わってる理由は話せない。
 これ以上聞き出したかったら、あたしを倒さないとダメだよ。
 これで負けたのなら、あたしの意志が甘いってことだから、全部話すよ。
 だけど、――あたしは負ける気はないよ」
 明菜はディスクを正面にかざして、戦意をむき出しにする。
 俺は、少し気圧される。
 脅されて参加しているわけでもなく、まして洗脳されてるわけでもないみたいだ。
 いったい何が明菜を、あそこまで突き動かすんだろう?
 明菜はこんな……誰かを傷つけることは大嫌いなはずなのに……。

 理由と今が、全然つながらない。
「いや! 勝負をつけなくても話は……」
「しつこいよ、翼。
 このフィールドの状況なら……

久白
LP3500
モンスターゾーン《輝鳥-アエル・アクイラ》ATK2500
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚
墓地
《兵鳥アンセル》&《恵鳥ピクス》が存在
陽向居
LP3500
モンスターゾーン《クロスライトニング・ワイバーン》ATK2600、
《天帝竜アルジャザーイル》ATK2800
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚

 アクイラを召喚できたし、伏せカードもなくなった。
 墓地からアンセルを除外して、アクイラをパワーアップ。
 それで、アルジャザーイルを撃破……でしょ?」

 明菜は話してくれる気がないみたいだ。
 今じゃ何も分からない。
 だけど、きっと何か理由があるはずだ。
 それを聞き出すためには、勝つのが一番スムーズな方法だ。
 ここはデュエルを進めるしか……。

「分かった。デュエルを続けるよ!
 墓地からアンセルを除外。

《兵鳥アンセル》
効果モンスター 星4/風属性/鳥獣族/攻1500/守1400
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在する
鳥獣族モンスター1体の攻撃力は400ポイントアップする。
この効果は相手ターンでも使用できる。

 これでアクイラの攻撃力は400アップして、2900!
 バトル! 『シャイニング・トルネードビーク』!!」

 アクイラは回転しながら、そのくちばしでアルジャザーイルを破る。

「うん、ここは倒されるしかない」

陽向居のLP:3500→3400

「俺はこれでターンエンドだ」

「あたしのターンだね! ドロー!
 焦れったいだろうけど、あたしも発動するよ!
 《光の護封剣》! アクイラにはこれ以上攻撃させない!
 ターンエンドだよ!」

《光の護封剣》
通常魔法
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを表側表示にする。
このカードは発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間フィールド上に残り続ける。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上モンスターは攻撃宣言を行う事ができない。

 今の明菜は、やっぱりいつもとは迫力が全然違う。
 ひとつひとつの言葉、そして繰り出す動作の力強さが違う。

「俺のターン、ドロー!」

「あ、そうだ。翼」
 明菜は思いついたみたいに話す。
「最初に正体を隠すアンフェアなことをしたから、ひとつだけ教えるよ。
 あたしの今のデッキに《希望に導かれし聖夜竜》は入っていない。
 今は召喚条件がそろってるけど、召喚することはないよ。
 だから、安心して翼」
 唐突なアドバイス。
「それは……確かに安心するけど。
 何でそんなことを伝えるの?」
 あのカードを召喚されれば、確かに不利になる。
 それに明菜はフェアなデュエルが好きだ。
 でも、わざわざ伝えるようなことでもないと思う。
「なんとなく! さぁ、まだ翼のターンだよ」

 クエスチョンマークが浮かんだままだけど……。
「カードを1枚伏せて、エンドだ」

「うん。あたしもカードを1枚伏せて、エンド」

「俺のターン、ドロー!」
 《光の護封剣》があると、攻撃ができない。
 ここは効果が切れたときの準備だ。
「リバースカード、オープン!
 《転生の預言》!
 これで《輝鳥現界》2枚をデッキに戻すよ!」

《転生の予言》
通常罠
墓地に存在するカードを2枚選択し、
持ち主のデッキに加えてシャッフルする。

《輝鳥現界》
儀式魔法
「輝鳥」と名のつくモンスターの降臨に使用することができる。
レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、
自分のフィールドとデッキからそれぞれ1枚ずつ鳥獣族モンスターを生贄に捧げる。

 儀式魔法を切らしたら、デッキがまわらなくなってしまう。
 大抵は使い切る前に勝負がつくんだけど、今回は別だ。
「さらに《貪欲な壺》を発動!
 キグナス、アイビス、コロンバ、ノクトゥア、クレインを戻して、
 カードを2枚ドロー!!」 

《貪欲な壺》
通常魔法
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

「まだいくよ! 《祝宴》を発動!

《祝宴》
速攻魔法
フィールド上に表側表示の儀式モンスターが
存在するときのみ発動することができる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 もう一度デッキから2枚ドロー!」
 さらにデッキからドローしようと、デッキに手をかける。

「待って! リバースオープン!
 《精霊の鏡》! 《祝宴》はあたしのもの。
 カードを2枚ドローするよ!」
 明菜がデッキからカードを加える。

《精霊の鏡》
通常罠
プレイヤー1人を対象とする魔法の効果を別のプレイヤーに移し替える。

「そんな! 読んでたの?」
「読むも何も、《輝鳥現界》を使い切ったから、補充するかなと思って。
 当たりだったね!
 さっきは《心鎮壷》でぎゃふんと言わされたけど、
 あたしだって負けない!」

 明菜とのデュエルは互いの手の読み合いになる。
 相手の読みの先を越してカードを使わないと、決め手にはならない。

 少し甘かったけど、十分手札は揃ってきている。
 《光の護封剣》が切れたなら、すぐに仕掛ける!
「俺はカードを1枚伏せて、エンドだ」

「あたしのターン、ドロー!
 あたしはカードを2枚伏せて、ターンを終了するよ」
 だけど、カードが揃ってきているのは明菜も同じだ。
 明菜の伏せはどれも強力だ。
「俺のターン、カードを1枚伏せてエンド」

 ここで《光の護封剣》の効果がなくなる。

「あたしのターンだよ、ドロー!」

久白
LP3500
モンスターゾーン《輝鳥-アエル・アクイラ》ATK2500→2900 
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
1枚
陽向居
LP3400
モンスターゾーン《クロスライトニング・ワイバーン》ATK2600
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
3枚

 どちらの場にもリバースが2つずつある。
 それでどれだけ相手に対応できるかが、鍵になる。

「護封剣の効果はなくなった。
 だけど、攻められる前にこっちから仕掛けるよ!
 《ピクシー・ドラゴン》を特殊召喚!
 さらにそのまま生贄にして……。
 来て! 《サンセット・ドラゴン》!!」

《ピクシー・ドラゴン》
効果モンスター 星4/光属性/ドラゴン族/攻1000/守1100
相手フィールド上にモンスターが存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

《サンセット・ドラゴン》
効果モンスター 星6/光属性/ドラゴン族/攻2400/守1600
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上の表側表示モンスター1体を選択し、裏側守備表示にする事ができる。

 明菜の得意の生贄コンボ。
 しかも、《サンセット・ドラゴン》!

「いくよ! 『サンセット・ヴェール』!!
 アクイラを裏守備にする!」
 オレンジの光に照らされ、アクイラが翼で体を覆う。
 このままだと……。

「バトルだよ!
 《クロスライトニング・ワイバーン》! 『ライトニング・クリスクロス』!!」
 雷が空を十字に切り裂く。

「ここでアクイラは倒させない!
 リバースカード《イタクァの暴風》!!
 クロスライトニングもサンセット・ドラゴンも守備表示に!!」

《イタクァの暴風》
通常罠
裏側表示以外の相手フィールド上モンスターの表示形式を全て入れ替える。
(攻撃表示は守備表示に、守備表示は攻撃表示にする)

 その罠を明菜は落ち着いて見送る。

「やっぱり、迎撃用のトラップは用意していたね。
 じゃあ、カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 このトラップの発動は読まれていたみたいだ。

 なら、次の手もきっと分かっているはず。
「俺のターンだ。
 アクイラを反転召喚!」

 攻撃力はリセットされてるけど、今なら倒せる!

「クロスライトニングに攻撃!
 『シャイニング・トルネードビーク』!!」
 そして、対応してくるカウンター罠は……。

「あたしも攻撃はさせない!
 《攻撃の無力化》!!
 バトルは終わりだよ!」

《攻撃の無力化》
カウンター罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。

 やっぱり通らない。
 一手先を行かないと、どの攻撃も届かない。
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」
 明菜とのデュエルは、やっぱり気が抜けない。

 
「あたしのターン、ドロー!」
 次はどんな手で攻めてくるのか。
 明菜の手に意識が集まる。

 だけど、明菜は息を深くはいて、感慨深げにつぶやく。

「なんだか……久しぶりだね。
 こうして本気でデュエルするの。
 アカデミアに向かう船で対戦して以来かな」
「……そうだね。
 チャレンジデュエルの練習で、明菜が対抗デッキ使って俺と対戦したけど、
 全然勝負にならなかったよね」
「うん……。あたしの惨敗だった。
 あたし、このデッキ以外だとからっきしなんだよね。
 いろんなデッキ使える翼がうらやましいんだよ」 
「でも、俺はたまたまうまくやってるみたいな感じだよ」
「翼だと本当にそうっぽいから困るよね。
 だけどね、あたしはこのデッキなら負けるつもりはないよ。
 それにね、負けるわけにはいかないんだ……」

 明菜は自分の慕ってきたモンスターを見つめ、力強く話す。
 思い悩んだ結果だということは、すごく伝わってくる。
 俺は受け止めなくちゃいけない。
 でも、認めるのは別だ。
 何も知らないのに、それはできない。

「だけど、理由は話せないんだよね……。
 俺は勝って、必ず聞き出すよ!」

 だから、せめて明菜のデュエル――決意の強さ――を全力で受け止める。

「そうだね、ありがとう。
 ごめんね、翼。
 引き返せないんだけど、謝ることだけはしたかった。
 一方的だけど、あたしを試してほしい。
 だから、――手加減はしないよ!」

 手を振りかざし、攻撃を告げる。
 明菜の決意が、クロスライトニング・ワイバーンを鼓舞する。
 答えるように、雷鳴がとどろく。

「バトル!
 今なら倒せる!
 クロスライトニングでアクイラを攻撃!!
 『ライトニング・クリスクロス』!」

 だけど、この反撃もまだかわせる!!

「トラップ発動! 《守護の烈風》!!
 クロスライトニングは融合デッキに戻す!」
 電雲を巻き返そうと、大きな竜巻が吹く。

《守護の烈風》
通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在する鳥獣族モンスターが
攻撃宣言を受けたときに発動する事ができる。
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
その攻撃モンスターを持ち主のデッキの一番上に置く。

「翼のデッキの中心はアクイラ!
 きっと守ってくると思ってたよ!
 カウンタートラップ《魔宮の賄賂》!
 《守護の烈風》は発動させない!」

《魔宮の賄賂》
カウンター罠
相手の魔法・罠カードの発動と効果を無効にし、そのカードを破壊する。
相手はデッキからカードを1枚ドローする。

「しまった!!」

 一手先を行かれた。
 竜巻は消えて、電撃の十字がアクイラに浴びせられる。

「アクイラ!!」
 賄賂のデメリットで、1枚ドローできる。
 だけど、アクイラを倒されたのはそれ以上に大きい。

「クロスライトニングで倒した。
 効果の『ライトニング・コンダクト』! デッキから《融合》を引くよ。
 これでようやくフィールドが空いたね!
 ダイレクトアタックだよ! 『トワイライト・バースト』!!」

「でも、それは通さない! 墓地からピクスを除外!
 ダメージはなくなるよ!」

《恵鳥ピクス》
効果モンスター 星3/火属性/鳥獣族/攻100/守50
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
このターン、コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

「!!
 そっか……最初の《輝鳥現界》のときに墓地に……。
 だけど、アクイラは倒せたね。次は攻撃を通すよ!
 あたしはカードを1枚伏せて、ターンエンド」
 
 アクイラがいなくなった。
 状況は逆戻りして、劣勢に追い込まれる。

久白
LP3500
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
2枚
陽向居
LP3400
モンスターゾーン《クロスライトニング・ワイバーン》ATK2600、
《サンセット・ドラゴン》ATK2400
魔法・罠ゾーン
伏せカード×2
手札
1枚

 明菜のリバースは2枚。
 俺の伏せカードはサポートの1枚だけ。
 だけど、ここで確実に追いついてみせる。
 
「俺のターン、ドロー!!」

 このカードなら、いける!

「リバースカード、オープン!
 《リミット・リバース》!
 墓地から《命鳥ルスキニア》を特殊召喚。
 さらに、ルスキニアを効果で生け贄にして、《英鳥ノクトゥア》をデッキから召喚!
 そして、ノクトゥアの効果でサーチするよ!
 俺が手札に呼ぶのは、《輝鳥-アクア・キグナス》!!」

《リミット・リバース》
永続罠
自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、
攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

《命鳥ルスキニア》
効果モンスター 星3/火属性/鳥獣族/攻500/守400
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを生贄に捧げる事で、
自分のデッキまたは墓地からレベル4以下の鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。
この効果により「命鳥ルスキニア」を特殊召喚することはできない。

《英鳥ノクトゥア》
効果モンスター 星3/風属性/鳥獣族/攻800/守400
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、
自分のデッキから「輝鳥」と名のついたカード1枚を選択して手札に加える。

「キグナス!!」
 
 明菜は動揺している。
 もう《天罰》は3枚使いきった。
 そう簡単には防げない。

 俺も、俺の信じるカードで、この場を塗り替える!

「儀式魔法《輝鳥現界》発動!
 場からノクトゥアを、デッキからアイビスを生け贄に捧げる。
 《輝鳥-アクア・キグナス》を召喚! そして、効果発動だ!
 激流よ、押し戻せ! 『ルーラー・オブ・ザ・ウォーター』!!
 2体をデッキに戻す!! さらにアイビスの効果で1枚ドロー!」

《輝鳥-アクア・キグナス》
儀式・効果モンスター 星7/光属性/鳥獣族/攻2500/守1900
「輝鳥現界」により降臨。
このカードの属性はルール上「水」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、フィールド上のカード2枚を選択し、
1枚をデッキの一番上に、もう1枚を持ち主の手札に戻す。

《霊鳥アイビス》
効果モンスター 星4/水属性/鳥獣族/攻1700/守900
このカードを生け贄にして儀式召喚を行った時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 激流が2体のドラゴンを包み込もうと、襲いかかる。
 だけど、明菜は立ち向かおうと、カードを開く。

「ここで戻させるわけにはいかない!
 2枚のリバースをオープン!
 あたしのトラップはカウンター罠だけじゃない!
 1枚は《亜空間物質転送装置》!
 サンセット・ドラゴンを除外して、守るよ!」

《亜空間物質転送装置》
通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、
発動ターンのエンドフェイズ時までゲームから除外する。

 クロスライトニングは融合デッキに戻る。
 だけど、サンセットが戻らないから、デッキのトップは固定されない。

「そして、もう1枚は《サンダー・ブレイク》!!
 手札から《融合》を捨てて、キグナスは破壊するよ!」

《サンダー・ブレイク》
通常罠
手札からカードを1枚捨てる。
フィールド上のカード1枚を破壊する。

 雷撃。
「キグナス!!」
 明菜は確実に対応してくる。
 キグナスの力をかわされるなんて……。

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド……」

 だけど、このカードは今は使えるカードじゃない。
 次のターンは攻撃が通ってしまう。

「あたしのターン! ドロー!
《サンセット・ドラゴン》が戻ってくるよ!」

 明菜がオレンジの翼竜を頼もしそうに迎える。
 高い声で鳴いて、サンセット・ドラゴンも応える。


「……翼と本気で戦うのは、やっぱり楽しいね。
 あたしが食い止めても、反撃しようと必ずすぐに輝鳥を召喚してくる。
 すごくワクワクするよ。
 ずっとこうして楽しくデュエルしてられるのもいいのかもね」

「それで十分だよ。
 このアカデミアなら、たくさん心の躍るようなデュエルができる。
 ここでデュエルの腕を鍛えれば、プロリーグでも活躍できる。
 俺はそれが夢なんだ。
 俺のデュエルの舞台で、みんなが楽しくなれたらって。
 みんなを楽しませられる『デュエル・スター』になれたらって」

「うん、素敵だ。
 だけどね、あたしはそれだけじゃ足りないんだ。
 その前にやらなくちゃいけないことがある。
 だからこうして、道を踏み外したの。
 ずっと前からの願いが、もしかしたらかなうかもしれないから」

「でも……、誰かを犠牲にしてまで……」
 俺が言いかけたことを、明菜は大きな声で打ち消す。

「だからね! あたしは迷ってる。
 結論を出すのが怖いんだ。
 ここから先は、一つの道に決まる。
 どちらでも、もう引き返せない。
 迷えるのは、きっとここが最後になる」

「でも、一人で迷わなくていいよ!
 どうして、そんな風に思い詰めなくちゃいけないんだ!?
 俺は聞きたいよ!」

「翼だから、話せないんだよ。
 でも、翼なら気付けるかもね。
 気付いてほしいけど、気付かれちゃいけない。
 なんだか難しいね。
 だけど、ようやく結論が出そうだね」


 明菜はフィールドを見渡す。

久白
LP3500
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
3枚
陽向居
LP3400
モンスターゾーン《サンセット・ドラゴン》ATK2400
魔法・罠ゾーン
なし
手札
1枚

「いくよ! 攻撃!
 『トワイライト・バースト』!!」

「ぐうっ!」

久白のLP:3500→1100

「やっと、ダメージが与えられたね。あと一撃だ!
 このまま終わらせるよ! カードを1枚伏せて、ターンエンド」


「いや、俺はこのまま終わらせない」

 このまま終わったら、明菜は遠くに行ってしまうような気がして。
 そうさせちゃいけない。
 今止められるのは、俺しかいない!

「ドロー!!」
 
 ――デッキとこいつ達は俺の気持ちに応えてくれている。

 あとはこれを明菜に思い切りぶつけるだけだ!!


「装備魔法《契約の履行》を発動する!
 ライフを800ポイント支払って……

久白のLP:1100→300

《契約の履行》
装備魔法
800ライフポイントを払う。
自分の墓地から儀式モンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターをゲームから除外する。

 舞い戻れ!! 《輝鳥-イグニス・アクシピター》!」

「アクシピター!! 倒される!」

「いや、それだけじゃない!
 俺はさらに儀式魔法《輝鳥現界》を発動!!
 場からアクシピターを、デッキからコロンバを生け贄に捧げる!」

「レベル10の儀式……ッ!!」

 明菜なら、俺が呼ぶモンスターは分かっている。
 そうだ! これが俺の全力だ!!

「降臨せよ!
 《輝鳥-ルシス・ポイニクス》!!!」

 夜の光を精一杯に集めて。
 輝きの白から新たな輝鳥が舞い降りる。
 闇を染め変えるように、さんさんときらめく。

《輝鳥-ルシス・ポイニクス》
儀式・効果モンスター 星10/光属性/鳥獣族/攻3000/守2500
このカードは「輝鳥現界」の効果によってのみ降臨できる。
このカードを「輝鳥現界」により降臨させるとき、
フィールドから生贄に捧げるモンスターは、
「輝鳥」と名のつくモンスターでなければならない。
このカードの属性はルール上「風」「水」「炎」「地」としても扱う。
このカードが儀式召喚に成功した時、
相手フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。

「そして、効果発動!
 『ルーラー・オブ・ザ・ライト』!!
 サンセット・ドラゴンを破壊するよ!」
 
 ポイニクスは大地に飛び込む。
 そして、マグマとともに飛翔して、焼き尽くす。

「さらにダイレクトアタック!
 『ライト・ピュリフィケイション』!!」

 天空からポイニクスは急降下し、明菜をつらぬく。

陽向居のLP:3400→400

「くっ……! さすがだね、翼。
 ここでポイニクスを召喚してくるなんて」

「俺は必ず勝ってみせるよ!
 ターンエンドだ!」

 俺の場には攻撃力3000のモンスター。
 明菜の場はたった1枚の伏せカードのみ。
 さらに俺にはもう一手がある。
 きっといける!

 明菜はデッキの上に手を構えて、つぶやき念じる。
「嫌だ……。
 ……あたしは、負けられない。
 負けたくない!」

「あたしのターン! ドロー!!」

 明菜は引いたカードを見る。
 明菜の瞳が、意識がカードに吸い寄せられる。
 目線を下に向けた。
 何かに気付いたように。
 軽く息を吐いた。
 まるで覚悟を決めるみたいに。

「――そうだね、デュエルもデッキも嘘をつかない。
 最初から答えは出てたんだね。

 ごめんね、翼。
 あたしはやっぱり負けられない。
 このためなら、もう引き下がらない。

 だから、――あたしは、あたしさえも裏切る!!」

久白
LP300
モンスターゾーン《輝鳥-ルシス・ポイニクス》ATK3000
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
0枚
陽向居
LP400
モンスターゾーンなし
魔法・罠ゾーン
伏せカード×1
手札
1枚

 来る! このターン、何かを仕掛けてくる。
 
「手札より融合魔法発動! 《龍の鏡》!!
 墓地から5体のドラゴンを除外融合する……」

 5体のドラゴン?
 この組み合わせは確かに存在する。
 いや、だけど明菜があのモンスターを使うことは……。

「召喚! 《F・G・D》(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)!!!」

 まがまがしい多頭龍。
 そんな……明菜はこのカードを使わないはず……。
 どうして……、それがここに……。

《F・G・D》(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)
融合・効果モンスター
星12/闇属性/ドラゴン族/攻5000/守5000
このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ドラゴン族モンスター5体を融合素材として融合召喚する。
このカードは地・水・炎・風・闇属性のモンスターとの戦闘によっては破壊されない。
(ダメージ計算は適用する)


 孤児院にいたときに、俺たちがカードカタログを見ていたときに、明菜は言ったんだ。

「明菜はドラゴンデッキだしさ、このカードを手に入れれば強くなるんじゃない?」
 俺が指さしたのは、《F・G・D》のカードだった。
 でも、これはほとんど出回っていないカードだ。
 海馬コーポレーション主催の大会で成績優秀者に配られたくらいだ。

「うわ! すごい攻撃力!!
 でも……、うーん、あたしはこのカード嫌かな」

「え? どうして?
 すごく強いじゃん」

「でも、この融合条件見てよ。
 ドラゴン5体って。 乱暴すぎるよ。
 どのドラゴンもいろんな効果と格好良さがあるから面白いのに。
 何でも5体合わせれば、最強! だなんて、あたしは好きじゃないかなぁ」

「確かに……、そうかもね」

「うん。だから、手に入れたとしてもあたしは入れないよ。
 あたしもね! 誰も使いこなせないような、すごい戦術で『あっ!』と言わせたいんだ!
 オーナー先生みたいにね!
 だから、もっと面白いカードを使って、勝ってみせるよ!」


 明菜はこのカードを嫌いだって言ったんだ。
 それなのにどうしてここに。
 ……いや、もう分かるはずだ。

 『だから、――あたしは、あたしさえも裏切る!!』

 この言葉の意味は、この目的のためなら自分の信念も曲げること。
 明菜がそこまでかけてやりたいこと。
 それは……。
 
 ――そうだ。
 ひとつ、あったんだ。
 デュエル・エナジーと明菜のやりたいこと。
 どうして、もっと早く思い当たらなかったんだろう
 でも、だとしたら……俺は引き留めていいんだろうか?
 それができるなら、俺は見過ごしてあげるべきじゃないんだろうか。
 だけど、それは勝ってからでも……。

「いくよ! これが最後の攻撃!
 『ディスオーダー・ストリーム』!!」

「いや! まだだ!
 リバース罠発動! 《火霊術−「紅」》!!
 ポイニクスは火属性も持っている!
 生け贄に捧げて、ダメージだ!」

《火霊術−「紅」》
通常罠
自分フィールド上に存在する炎属性モンスター1体を生け贄に捧げる。
生け贄に捧げたモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 場に魔法陣が描かれ、ポイニクスが炎そのものとなる。
 紅炎が明菜にうずを巻いて、飛びかかる。
 届け!!

「《契約の履行》でアクシピターを選んだときから、来ると思ってた……。
 カウンター罠、発動!」

 気付いて、迷った時点で。
 自信を持って、引き戻せない時点で。
 俺の……負けなんだ。

「《神の宣告》!!
 ダメージは無効だよ!!」

《神の宣告》
カウンター罠
ライフポイントを半分払う。
魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
どれか1つを無効にし、それを破壊する。

陽向居のLP:400→200

 俺を守るモンスターはいなくなった。

 《F・G・D》の攻撃が迫り来る。
 暴力。
 きれいじゃない。
 足並みがそろわない。
 理不尽に奪うように。
 まるで災厄みたいに。

 悲鳴を上げる大地。
 迫ってくる氷刃。
 放たれる灼熱。
 巻き上げられる粉塵。
 黒の波動。

 恐ろしくて、前に両手を掲げて目を閉じてしまう。
 ソリッドヴィジョンが感覚を再現する。
 でも、あの時に比べたら、簡単な衝撃と音。
 そして、また目を開ければ、もうライフはゼロを指していた。

 ……俺は、止められなかった。

久白のLP:300→0


「あたしの勝ちだよ。
 だから、……ごめんね。
 『欲望に殉じることなき者よ、我らが糧となれ』」

 エネルギーが吸収されていく。
 体から力が抜けて、自分を支えられなくなる。
 糸が切れたみたいに、膝がついた。
 そのまま地面に前のめりに倒れるところで、支える感触。
 きっと、明菜だ。

「あたしはいくよ。
 じゃあね……、翼」

 その声を最後に、もう何も感じられなくなった。
 
 そして、意識は夢に入っていく。
 すごく疲れたときに、視るような。
 やけに鮮明な夢。
 何もかも本当みたいに感じられる夢。


 ――それは追憶だった。

 俺がまだ自分を僕と呼んでいた頃の夢。
 何もかもを失って、また組み立て始めた頃の……。

 僕は、これからどうすればいいんだろう。
 でも、その答えにきっとたどり着ける。
 この夢は僕らの旅路。
 たどれば、未来につながるんだ。

 僕は流れていく意識に、全てを投げ出した。





第1章後半(12話以降)はこちらから






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